はじめに
会計の役割は会社の活動を可視化することあなたは、なぜ「会計」を学ぶのでしょうか?会社の業績を株主や銀行に報告するためでしょうか?それとも、経営を有効に行うためでしょうか?私は、経営に役に立たない会計は、ほとんど意味を持たないと思います。
経営とは「業務を執行する行為」のことです。
つまり、経営者は会社の達成目標(ゴール)を定め、業績を把握し、会社内部で行われているさまざまな活動をコントロールする必要があります。
経営における会計の使命は、会社の活動を「可視化」することです。
経営者やマネジャーはもちろん、すべてのビジネスパーソンは、経営を効果的に行うために、会計を学ぶ必要があるのです。
もし、会計の知識がなければ、勘による手探りの経営を余儀なくされてしまいます。
ところが、会計数値が100%信頼できるかといえば、実はそうではないのです。
これを知らない経営者は、時として会計にだまされてしまいます。
会計を過信してしまうのです。
ハッキリといいます。
会計は「会社の実態を正確に映し出す鏡」ではありません。
会計は遊園地のマジックミラーのように、実際の姿よりも痩せて見えたり、太って見えたりするものなのです。
決算書は、会社の判断と処理ルールに基づいて作られた経営活動の「要約データ」にすぎません。
事実に近いけれども、あくまでその数値は「近似値」です。
つまり、事実を100%正確に映し出したものではありません。
この世の中に、絶対的に正しい決算書などは存在しません。
さらに、少しだけルールを踏み外せば、利益は簡単に操作できます。
この意味で、会計は「だまし絵」のようなものと言うことができます。
会計は経営と一体で学ぶことが大切また、会計は「隠し絵」でもあります。
単なる数字の羅列ではありません。
会計資料をじっくり見ると、不思議な「隠し絵」が浮かび上がってきます。
会計を経営に利用するためには、この「隠し絵」の存在と、その解読方法を知る必要があります。
会計はビジネスにおける「経営情報」そのものですから、経営と一体で学ぶことが大切です。
そこで、本書は経営の素人である主人公の由紀が、会計のプロである安曇教授の助けを得て、会計と経営を学んでいく、という物語形式をとりました。
各章は、決算書の読み方やキャッシュフロー経営のしくみなど、経営に必要なテーマを取り上げて分かりやすく説明してあります。
また、章ごとに解説を儲け、各テーマについて、より深く学べるように配慮しました。
解説は、やや難しいところもあるかもしれません。
ですので、まずは全体のストーリーを続けて読んでから、あとで解説をじっくり読んでもいいでしょう。
もちろん、頭から順番に読み進めていっても、まったく問題はありません。
伝統的な理論にとどまらず、できるだけ先進的な会計理論も取り上げました。
11章のすべてを読み終える頃には、経営者の視点に立って「会計とは何か」がお分かり頂けるものと確信しています。
会計のおもしろさと奥深さを少しでも味わって頂けたら、望外の喜びです。
2006年7月林總
目次
餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?
はじめに
目次
プロローグ突然の社長就任融資打ち切りの通告会計のプロにコンサルを依頼する
第1章会計はだまし絵、隠し絵だ会計の本質と損益計算書のしくみ
築地の会席料理屋ルビンの壺の隠し絵老婆と若い美女のだまし絵解説損益計算書から読み取れるもの
第2章現金製造機の効率を上げよバランスシートを理解する
銀座のレストラン初めに現金ありきバランスシートの右側と左側の関係成果測定器(パフォーマンスメーター)解説バランスシート(BalanceSheetB/S)の構造
第3章大トロはなぜ儲からないか?キャッシュフロー経営とは何か
千駄木の寿司屋スーパーの深夜営業が増えた理由なぜ在庫が増えるのか?キャッシュフロー計算書解説営業循環過程とキャッシュフローの関係
第4章テストの見直しをしない子は成績が悪い 経営計画と月次決算のPDCAサイクル
自宅でのレクチャー月次決算の必要性経営サイクルPDCAサイクルを回転させる経営ビジョンを持て経営計画における会計の位置づけ解説会計システムを再構築する理由
第5章餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?利益構造と損益分岐点分析
蒲田の餃子屋限界利益と固定費がわかれば会社の利益構造がわかる損益分岐点売上を計算する解説限界利益とCVP図表
第6章シャネルはなぜ高い?見えない現金製造機とコーポレートブランド経営
丸の内のワインレストランブランド価値とは見えない現金製造機のことビジネスモデルを構築する解説株主価値とは何か?
第7章整形美人にご用心粉飾決算の見破り方
内幸町の中華レストラン経営者失格粉飾の見破り方金額が突然大きく増えたり、減ったりした科目に注意在庫を使った粉飾は麻薬解説その他のよくある粉飾決算の手口
第8章殺風景な工場ほど儲かっている原価管理と活動基準原価計算
神田のそば屋製品原価を下げる工場の維持費を減らす工場の活動を可視化する可視化とは異常点が目に飛び込んでくる状態のこと材料費を減らす製造スピードを速くする解説新しい管理会計の手法が求められている
第9章決断進むか、退くか機会損失と意思決定
原価引き下げの3つの提案神楽坂にあるワインレストラン経営者の仕事は機会損失を最小にすること中国進出案中国企業に生産を委託するべきか?自製か外注か解説戦略的意思決定と戦術的意思決定
第10章シャーロック・ホームズの目と行動力を持て!異常点に着眼し、原因を究明する
新橋のふぐ屋助っ人登場返品は最悪の事態解説数字の裏側を見抜くには
第11章会計のトリックに騙されるな!逆粉飾を見破る本社会議室での対決キャッシュフローはウソをつかない黒字決算を赤字決算にする解説逆粉飾とは何かエピローグ夢に向かって紀尾井町のフランスレストラン
解説バランスト・スコアカード(BSC)とは?用語解説
プロローグ
突然の社長就任「え、私が社長に!?」由紀はとまどった。
株主総会で新社長に選任されてしまったのだ。
大学卒業と同時に、父、矢吹源蔵が経営するアパレル会社「ハンナ」に入社して5年。
この間、デザイナーの仕事に明け暮れてきた。
由紀はこの仕事を天職だと思っていた。
年に数回パリとミラノに出かけ、ファッションショーや展示会、そして有名ブランドショップを見て回る。
世界と日本の流行を敏感に感じ取ってオリジナルのデザイン画にするのだ。
自分が手がけた洋服がヒットしたときの快感は、言葉では言い表せない。
由紀はこの仕事をずっと続けるつもりだった。
ところが、楽しいことは続かなかった。
父親が急逝したのだ。
ゴルフの最中に倒れ、病院に運ばれた時、心臓はすでに停止していた。
さっそく臨時株主総会が開かれた。
当初、後任の社長には未亡人の里美が就任するのではないかと噂されていた。
ところが、大方の予想に反して由紀が選出された。
心臓の持病を抱えていた源蔵は、愛娘に会社のすべてを相続させる旨の遺書を残していた。
遺書の最後には、こう記されていた。
「誰も、私の意志に逆らってはならない」源蔵の遺言通り、由紀は年商100億円の「ハンナ」を相続し、代表取締役社長に就任した。
しかし、由紀にとってこれほど迷惑な話はなかった。
「私に社長が務まるはずがない」と心底思った。
この会社に就職した理由は、好きな洋服のデザインをしたかったからだ。
由紀は父親を憎んだ。
融資打ち切りの通告株主総会の翌日のことである。
由紀に思ってもいなかったことが起きた。
珍しくメインバンクである文京銀行本駒込支店長の高田五郎がやってきて、由紀の社長就任の挨拶が終わると、薄い黒カバンから書類を取り出して机に置き、話を始めた。
「御社とのお取引の件ですが」高田は、ハンナに対する融資の状況と、これまでの源蔵とのやりとりを説明した。
ここ数年、ハンナの業績は悪くなる一方だった。
高田はリストラを断行するよう何度も忠告してきたという。
ところが、源蔵は業容の拡大を続けた。
ブランドを増やし工場を増設した。
その結果、ハンナは運転資金(※1)にも事欠くようになってしまった。
高田は、このままではハンナは早晩行き詰まるだろうと、考えていた。
しかも、新社長の由紀は先週までデザイナーをしていた経営の素人である。
行き詰まったハンナの経営を立て直せるはずがない。
できる限り早いうちに多くの貸付金を回収して、倒産による銀行の損失を最小にしなくてはならない、と高田は思っていた。
(いまがそのチャンスだ)目の前で不安に怯える由紀に優しく言った。
「お父さんができなかったリストラを、ぜひ実行してください。
ただいつまでも、と言うわけにはいきません。
今日から1年間、時間を差し上げます。
頑張ってください」短い沈黙の後、高田はおもむろに付け加えた。
「本店からの指示がありまして、今後追加の融資には一切応じられないことになりました。
また、ご自宅も引き続き担保としてお預かりいたします。
それから、新社長には個人保証をお願いします」何もわからない由紀は、言われるままに書類に実印を押した。
高田が帰った後、由紀は大変な事態に巻き込まれてしまったことに気がついた。
父親から引きついだ会社は借金漬けの泥船だったのだ。
しかも、借金の個人保証までしてしまった。
(このままでは無一文になってしまう。
どうすればいいの)不安は頂点に達した。
会計のプロにコンサルを依頼する会社の役員に相談してみたが、誰もが素っ気なかった。
何とかしなくてはと思っても、どうすることもできない。
時間は空しく過ぎ去るばかりだった。
革張りの椅子に座って書類に判を押すだけの憂鬱な日々が続いた。
それから1カ月ほど経ったある日曜日の夕方。
母の里美が思わぬ人の名前を口にした。
「マンションの2階に住む安曇さんに相談したらどうかしら?」「あのもじゃもじゃ髪の」近くのスポーツクラブで、若い女性に混じって汗だくになってエアロビクスに励む安曇の姿が由紀の目に浮かんだ。
「お父さんから聞いたのだけど、あの人、公認会計士の資格を持っていて、上場企業の社長もして、今は大学院で会計(※2)を教えているそうよ。
本も何冊か書いてるわ」里美は書棚から安曇が書いた会計の本を取り出して、由紀に渡した。
その本には、由紀が知りたいと思っていることが、やさしい言葉で、わかりやすく書かれていた。
「今からコンサルをお願いしてくる」そう言い残して、由紀は部屋を飛び出した。
201号室のチャイムを押してしばらくすると、片手にワイングラスを持った天然パーマの中年男が現れた。
由紀は、玄関で用件を手短に伝えた。
「喜んで君の力になろう。
ただし条件がある」安曇はコンサルティングを引き受ける上で、3つの条件を出した。
まず、レクチャーは月1回。
教えたことは必らずその月に実行すること。
次に、レクチャーは美味しい食事をしながら行うこと。
そして、最後に、報酬は1年後に由紀が払いたいと思う金額とすること、だった。
「僕の趣味は食事とダイエットでね」安曇は大まじめに言った。
フィットネスジムでバンダナを巻き、汗を流す安曇の姿を思い出して、由紀はくすっと笑った。
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