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社長は社員を護らなければいけないのか

 さて、経営が苦しい状況の中で、果たして社長はなにを護れるのでしょう。  世間一般には、社長は社員を護るべき者といわれていますが、護るとはどういうことでしょうか。「社長はまず社員の生活を護るべきだ」「なによりも、自分の家族を護れなくてどうするのか」「自分より家族や、社員を大切にするべきだ」「家族や社員に心配をかけるようでは社長としての資格はない」  多くの経営者が口を揃えて言う言葉です。確かに、経営者として当然の義務かもしれませんが、それが本当の護りなのでしょうか?  私も先輩たちからさんざん言われてきました。  しかし、私は、護れないものを護ろうとするのは間違いだと思っています。  護れないのに護ろうとするのは、個人の驕りからくる錯覚にすぎません。護れるものは護ればいいけれど、護れないものを護ろうとするのは、驕りである

し、無理なことです。  そして間違った思い込みです。  この言葉の背後には、社長としてみっともない、恥ずべきことだという社長の勝手な思い込みがあるのかもしれません。  会社はいいときもあれば悪いときもあります。悪くなれば、どんなに立派なことを言い続けても無理なものです。  むしろ苦しいときには、苦しいと正直に本音で社員や家族に相談できる関係こそ、「護ること」につながります。  苦しいときは、社員の生活をくまなく護ることが無理であることを素直に認め、「あなたたちを護れません」ということを伝え、社員の意思に委ねる必要があります。  家族に対しても同様で、なによりも事実を伝えることが大切です。  社長は、苦しいことや大変なこと、困難なことを一緒に働いている社員たちと共有できていなければ、永遠に「社長という病」から脱することができません。社長個人が抱えるべきと思い込んでいることがらを、共に働く仲間と共有することによって、社内からさまざまな意見が出てくるはずです。「そうかあ」と納得する人もいれば、「こういう方法があるのではないか」という意見を出す人もいるでしょう。  問題を共有していないところに、「社長という病」の苦しさが存在しているのです。

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