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社長の役割意識こそキメ手

さて、生み出した付加価値をこのように「社員配分」から「蓄積配分」まですべて配分し

てしまうと、結局残りはゼロになるということにお気づきだと思われる。どんなに儲かって

いる企業でも、たとえ一〇〇億円の付加価値を生み出していようと、残りはゼロになる。す

べてを配分してしまうのだから、残りがゼロになるのは当然といえば当然なのだが、実はこ

こに大きな意味があるということをわたしは言いたいのである。

これら一〇の配分先は、お互いに一方を増やすとその分他方が減る、いわゆるゼロサムの

関係にある。しかもどの配分先ひとつとっても、もし協力が得られなければ付加価値を思う

ように造成できない。それぞれの付加価値造成の役割に対して「正当な配分」が行われてこ

そ、協力が得られる関係にあるということである。つまり配分の方針次第で、会社は良くも

悪くもなるのだ。

要するに、企業の究極的な目的は利益を出すことではなく、生み出された付加価値をどう

配分するかということにある。それが経営である。先に「経営は分配である」と書いたのは、

このことをいう。社長は「付加価値を正しく分配できる人」でなければならない。それぞれ

立場の相違はあれ、 一〇の配分先がそれなりに満足する配分をすることが経営者の役割なの

だ。

この役割を果たしたときに、はじめて社長は立派な経営者だといわれ、尊敬される。それ

が経営の一番の原点なのではなかろうか。

たとえば、社員配分を少なくし、経営者配分だけを多くしたら、そういう経営者は労働者

から決して尊敬されるはずがない。あるいは、減価償却費を減らし、その分で利益を上げた

と誇っているような引き算型の経営者がいたら、経営者として風上にも置けない経営者だと

言っても言いすぎにはならないだろう。

経理的な発想でいくと、 一〇の配分先の大部分は「経費」である。経費というものは、す

べて安上がりがいいに決まっているし、経費を値切って、払い渋るのも、利益をできるだけ

多くしたいからである。だが、社長は経理の担当者ではない。社長は、配分すべきものを削

るといった引き算の発想で利益を考えるべきではないのだ。

事業の発展は、みんなで力を出し合って、いかに高い付加価値を求めるか、そしてそれを

達成して、すべての付加価値をいかにバランスよく配分し、次の発展につなげるかにかかっている。

それぞれの協力によって高い付加価値を生み出し、それを明日の意欲につながるように、

それぞれに不満なく配分することで、翌年にはさらに大きな付加価値を生み出していく。そ

の繰り返しが、小さな木を立派な大木に育て上げていくのだ。そのためのモチベーションを

起こし、付加価値をどんどん高めていくように協力者たちをコーディネートしていくのが社

長の仕事である。社長の仕事はそれ以外にない。

そうなると、社長にそういう役割意識があるかどうかがキメ手となる。社長の役割意識な

くして、以上のような付加価値の配分は考えられない。役割を意識しない社長は、利益を引

き算で考え、次元の低い目先の損得計算に陥ってしまうことになるだろう。

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