それでは、社長の仕事とは一体、何なのだろうか? 結論を先に述べると、社長の唯一の仕事、それは「判断」だ。判断することが、社長のただひとつの仕事であり、社長にしかできないことだ。言い換えれば、判断をしなくなれば、もはや実質的に社長ではなくなる。 ここで、矛盾を感じる人もいるかもしれない。売上目標を立てることや、会社の重要な方針や理念を考えることは、社長の仕事ではないと先ほど言っていたではないか。でも、これらは判断そのものではないか、と。 まさしくこの点を深く理解する必要がある。判断に至るまでのプロセスにおいて、そのための準備・調査を行い、意思決定ができるだけの十分な材料を揃え、複数の選択肢を比較検討できる状態にする、といった最終判断を下す直前までの作業は、社長以外の人間が行えばいい(もちろん、社長自身で行ってもいい)。 だが、最後の判断、最終判断だけは、社長は絶対に手放してはいけない。なぜならそれが社長の唯一の仕事であるのだから。 会社は、社長が下すその時々の判断が正しければ、大きく、かつ末長く繁栄する。しかし、間違った判断を繰り返せば凋落し、場合によっては倒産や廃業の危機にさらされる。 その分かれ目となる判断が、経営理念に関することの場合もあれば、新商品や主力商品を選ぶことだったり、出店の立地だったり、人事採用基準だったり、資金繰りだったりする場合もある。 実際のビジネスにおいては、「この商品を取り扱うか、取り扱わないか」「 A案にするか、 B案にするか」「デザインはどうするか」「価格はいくらにするか」「このクレームにどう対応するか」「この人を採用するかしないか」「この契約は行うべきか、やめるべきか」……などの最終判断を現場に任せることもある。 その任せ方は、人に依存する方法もあれば、マニュアルやルールで決めることもできる。 例えば、経験も豊富で、能力が高く、倫理観も道徳心もある人を責任者として任命し、その分野(営業とか経理とか人事とか商品開発とかシステム開発とか)のすべての判断を任せてしまう。あるいは、マニュアルやクレド(行動規範)や基準を作って、その範囲内で判断してもらう。また、これらをミックスさせたやり方もある。 こういった場合、社長自身は最終判断を行っていないので、「仕事を放棄しているのではないか」と思うかもしれない。だが、判断の権限を現場の担当者に引き渡すことも、その担当者から権限を外すことも、社長自らが判断を下した上で行っている限り、「真の最終判断」は社長の手中にあると言っていい。 また、どんなルール(マニュアルやクレド、基準)を採用するのかという判断を社長が手放さなければ、やはり、「真の最終判断」は社長が行ったと言えるだろう。 だからやっぱり、「判断こそが社長の唯一の仕事だ」と断言できる。違う言い方をするなら、社長は、他の作業や業務は一切しなくても、素晴らしい判断さえしていれば社長であり、どれほど重要で素晴らしい業務を行っていても、判断を手放してしまったら社長ではない。 要するに、社長は会社における「判断担当者」なのだ。 本書の主たるメッセージは、「社長の唯一の仕事は判断である」ということに尽きる。そして、「社長の唯一の仕事」である判断について、様々なケースの中で、どのようにしてより良いと思われる判断を行っていくのか、ということに関する私なりの考え方を提示する。ダメな社長の落とし穴 とはいえ、現実問題としては、社長が「判断だけ」をしていればいい、というわけにはいかないケースも多いだろう。 小さな会社では特に、人手が足りないことなどが理由で、社長自ら営業担当者として売上アップに注力したり、マーケティングの責任者を担ったり、商品開発担当として企画を考えたり、といったことはある。 しかしそれらは、単に「兼務」しているに過ぎない。 兼務すること自体は構わないのだが、そうした「社長本来の仕事以外の仕事」が多忙になりすぎるあまり、社長本来の仕事である「判断」がおろそかになる、ということが非常によく起きる。 例えば、判断以外の営業や商品開発など、自分が得意なことばかりを率先して行ったり、反対に、社長はすべてにおいて一流であるべしという誤った認識から、資格を取ったり、必要以上に専門知識を詰め込もうと時間を浪費したりする社長もいる。 しかしながら、それらは大きな間違いであることを認識しなければいけない。 実際、私がこれまでに見てきた「行き詰まった社長」の多くは、ストレスの多いと感じる重大な判断をしたくないがために、自分が働いていることを感じられる得意な業務に逃げてしまう。つまり、会社に必要な処置を施さず、根本治療ではなく対症療法でやり過ごそうとするのだ。 その結果、その日その月は乗り切れても、本来の問題は解決せず、会社の健康状態は悪化していき、ちょっとした出来事で会社が消滅してしまうこともある。
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