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社長になると相手がわからなくなる

社長になったとたんに、私は自分も相手もわからなくなりました。それは、若すぎた、自らの未熟ということもありましたが、お金を支払う立場になったことが大きな理由です。

立場が変わると、業者や取引先などとの付き合いが増えてきて、接待などを受けるようになります。こちらは世間知らずの若社長ですから、簡単に利用されてしまいます。

年上の社長から、「社長、社長」と呼ばれ、ていねいな言葉で話しかけられ、うまく乗せようとしてきます。

私はもともと疑い深い人間でしたから、露骨なゴマすりなどは信用しませんでしたが、それでも褒められると嬉しいものです。

クラブや飲み屋に行けば、「こちらは若いけれど実力のある社長さんで……」などと紹介され、褒められます。そのうちに、私はどんどん勘違いしていきます。

関わる人たちがみな善人に見えてしまうのです。

私は信用されている。

信頼されている。

だから多くの人が寄ってくる。

私が名刺を差し出すと、一様に驚き喜んでくれる。

たかが社長という肩書がついているだけなのに、相手の対応が変わるので、私はそのように勘違いしていきました。

しかし、それは私が支払うお金に対しての信用や信頼であり、私自身への信頼ではありませんでした。

このことは、後に会社を潰すまで、わかりませんでした。

こちらがお金を払うときは恵比須顔、払えなければ、その恵比須顔が鬼に変わる。会社を潰したとき、私は恵比寿さまが鬼に変わるさまを数え切れないほど見ることになりました。

役職が人を変えるという言葉があるように、役職で自らが見えなくなるということもあるようです。

会社に行けば、社長ですから社長らしく振るまわねばなりません。

たとえ、経営が苦しくても、「苦しい」「会社が危ない」「このままだと倒産してしまう」などとは冗談にも言えません。

社員に不安を与えれば、たちまち業務に支障が出てしまいます。家族も同様で、苦しくても苦しい顔などできません。無用な不安を与えても意味がないからです。社員の側も、社長には気を使うようになります。お互いが本音を漏らさなくなります。

たとえば私に誤りがあったとしても、それを遠回しに話してくれる人はいるかもしれませんが、ストレートに指摘する人は非常に少ないでしょう。

社長には悪く思われたくない、というサラリーマン的な考え方が育ってしまっているからです。もちろん、それでも私や会社のために苦言を呈する者もいます。

しかし、その耳の痛い苦言を私は認める気持ちになれません。社長というくだらないプライドがあるからです。

こうなると、相手のことがまるでわからなくなり、しまいには自分のことすら見えなくなってしまいます。

 こうして、「社長という病」はどんどん重くなっていきました。

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