①怒りを観察する
日常生活の中で起こる怒りを観察してみましょう。何かに腹を立てるということは、自分とその対象が同一化しているからです。
例えば、誰かに「あなたってブスね」と自分の容姿を馬鹿にされたとしましょう。このとき腹が立つとすれば、あなたとあなたの容姿が同一化しているからです。
今生この顔に生まれたのは前世の影響ですから、それは受け入れなくてはいけません。とはいえ、容姿は毎生ごとに変化するものですから、その姿はあなた自身の本質というわけではありません。
このようにとらえて、容姿そのものの執着から離れてしまえば、怒りは起きてこなくなります。
また別の例で考えてみましょう。
会社の後輩から仕事の事で「こんなことも知らないんですか?」と馬鹿にされました。
このとき「後輩のくせに偉そうだな」と怒りを感じるとすれば、会社の先輩と後輩という社会的な立場と私が同一化しているからです。
また、仕事の知識と私が同一化しているので、知らない事を恥ずかしいとか馬鹿にされたと思うのです。
ですから、なぜ自分に怒りが起きたかをよく観察して、「会社の先輩と後輩という立場は私の本質ではない、アドバイスが正しいものであれは素直に聞き入れよう」「仕事の知識は私ではない。
知らないことに対して、なぜ恥をかかされたと思う必要があるだろう」と考え、怒りから離れます。
このように、日常の怒りを観察し、私とその対象を切り離すことで、次第に心に怒りや不安は起きなくなります。
むしろ、あなたに怒りや不安を与える相手は、あなた自身の執着のありかを教えてくれているのです。
彼らの手助けによって、あなたは長年の執着から解放されるのですから、感謝こそすれ、恨む道理はありません。
②喜びにも注意する
心の世界は相対的なものです。
良い物だけを取って、悪い物だけを捨てるということはできません。
例えば、誰かに「あなた綺麗ね」と言われ嬉しくなるとすれば、「私」と「私の容姿」は同一化しているということになります。
この喜びが、次に自分の容姿が馬鹿にされたとき、怒りや悲しみに変わります。
ですから、「自分の容姿が褒められてうれしくなるとすれば、今度は悲しみにもなるぞ」という観点で物事を見なくてはいけません。
自分の容姿の美しさや若々しさに自信があれば、年齢を重ね体が衰えていくことは苦しみになるでしょう。
しかし、この肉体を移ろい行くものと見て自分の外見の執着から離れている人にとって、歳を取ることは全く苦痛にはなりません。
「私」と「私の体」は完全に識別されているからです。
このように、あらゆる執着から離れ、心に完全な平安を築くためには、怒りだけではなく喜びにも注意しておきましょう。
③欲望の幸せを観察してみる
欲望が与えてくれる幸福は私たちを非常に喜ばせてはくれますが、すぐに過ぎ去ってしまうものです。
例えば、お酒を飲んだ後、その幸福感がどれぐらい持続するか実際に観察してみましょう。
最初の一口はとても美味しいですが、その喜びはすぐに失われてしまうのではないでしょうか。
これは、お酒や食べ物だけでなく、洋服や車などにも言えます。
新車で買った車も、はじめは嬉しいものですが、しばらく乗っているうちにだんだんと飽きてきて、新型車が発売されると今度はそっちが欲しくなってしまいます。
欲望の幸福感がそれほど長く続かないものであるということが分かると、それに対する執着も次第になくなっていきます欲望の対象は、いつも私を喜ばせてくれるので、それがあれば私は幸福であると思い込んでいます。
しかし実際は、それがないときは飢餓感が起き、それを手に入れてもその幸福感はすぐ去ってしまいます。
そして、次に自分を喜ばせてくれるものを探し回るのです。
この堂々巡りを繰り返さなければなりません。
欲望の幸福は決して長続きしないということに気付き、それを手放すことはヨガの最初の実践です。
この欲望の性質をよく理解し、それに惑わされないように心を制御することができれば、心をいつも穏やかに保つことができます。
④思考の幸せを観察してみる
他人と比較して優越感や劣等感を感じるという性質は、思考の特徴的な働きです。
優越感を感じると確かに気分はよくなりますが、この喜びを幸福の基準にすれば、人生は非常に苦しいものとなるでしょう。
いつも他人を上や下というようにランク付けしたり、また自分が下に見られると腹を立てたり嫉妬したりとキリがありません。
このように、優越感は私たちを気持ちよくさせてくれることもありますが、本質的な幸福とはかけ離れています。
ですから、他人に対して優越感を感じたら、それは馬鹿らしいと思って、その思考の働きを遠ざけるようにしましょう。
他人を見下したり、馬鹿にしたりする人の様子を観察してみてください。
その人は、本当に幸福と平安に満たされているでしょうか?実際は、いつも誰かを笑ったり馬鹿にしたり、そうかと思えば自分も他人から見下されないように見栄をはったり、他人の反応を気にしてばかりいるのではないでしょうか。
こういった状態が心地よいものでないと分かれば、そのような思考の動きを一切止めてしまえば良いのです。
優越感を感じる基準を持つということは、同じ基準で劣等感やみじめさを起こす原因にもなります。
例えば、いくら稼いでいるかということが人の良し悪しの基準であれば、もし何か失業や病気などで年収が下がったとき、「私は年収が低いので恥ずかしくて人前には出れない」と思うようになります。
このように、相手を測る基準で自分にも同様の感情が起きて来るのです。
ですから、こういった劣等感による苦しみは自分で作り出しているのです。
物事をできるだけ平等に見て優劣をつけないようにすれば、心に苦しみが起きることはありません。
⑤私はアートマンであるという念想
瞑想をするとき、「私は永遠不変のアートマンであり、常に至福であり、一切の苦しみから離れている」と念想してみましょう。
アートマンに集中している間、私は至福です。
しかし、意識が心に移ってしまうと、様々な悩み、怒り、不安、そして欲望による飢餓感が起きてきます。
不安や怒りが起きた際、「アートマンである私に、なぜ怒りや不安が起きるのだろうか」と考え、執着から離れます。
何か問題が起きたときほど以上のように繰り返し念想し、心をいつも平安に保つように心がけましょう。
本当の自己であるアートマンは常に至福です。
この至福は確立されており、揺らぐことはありません。
「外界にある幸福はいつか失われてしまうものだが、私の本性の至福は失われることがない」ということがはっきりと分かれば、外界に幸福を追い求めることがなくなり、瞑想の至福感を十分に味わうことができます。
参考文献『インテグラル・ヨーガ』スワミ・サッチダーナンダ著伊藤久子訳めるくまーる『ヨーガ・スートラ』佐保田鶴治平河出版社
著者紹介岡本直人『ヨーガ・スートラ』や『バガヴァッド・ギーター』などに代表されるインドの哲学体系は、とても古くから伝わっています。
こういった古い教えは、現代の私たちにとって無関係なものと思われていますが、むしろ現代の私たちが学ぶべき知恵がたくさん語られています。
ヨガの哲学をわかりやすく解説し、瞑想なども取り入れながら、心の健康を目的としたヨガクラスを神奈川県を中心に開催しています。
JeffClark先生より神智学を学ぶMunindraKPanda先生よりインド哲学を学ぶスダルシャナヨガ陰ヨガTT【著書】『はじめてのヨーガ・スートラ』『古典ヨガの基礎知識』『怒りよさようなら』『メンタルヘルスケアのための瞑想』
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