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盛運の獲得法

私は二十歳の時に、中村天風先生に会って、積極心ということを教えられた。以来、心に強く念じ続けることによって、中村天風先生の本を四冊出版することができた。私共が、『成功の実現』『盛大な人生』『心に成功の炎を』『いつまでも若々しく生きる』の四冊を出版したからこそ、昨今の天風哲学ブームが起こったと自負している。

天風先生は、積極心を非常に力強く説いた人である。

先生も、奔馬性肺結核という絶対に不治の病にかかり、欧米に救いの道を求めて旅に出たが、ついに求めるものが得られず、エジプトのカイロで大喀血し、もはやこれまでという土壇場を経験している。ところが、偶然そこにヨガの聖者がいて、

「君は、何をしている」

「血を吐いて、もう間もなく死ぬかもしれない。どんな名医に診てもらっても、『これは治せない』と言われた。もうだめです」

「なんだ、そんな病はすぐ治る」と、ョガの聖者カリアッパ師が言い切った。

「どうしたら、治るんですか?」

「教えるから、黙ってついて来い」と言われたという。

何のためらいもなく、その言葉を素直に信じて、どことも知れぬ所へ付いて行くことにした。着いた所はインドの奥地で、身分戒律が非常に厳しかった。カリアッパ師のような聖者やヨガの大家が一番上の身分にいて、その下に貴族、何とその次に聖牛という牛がいて、そして平民、 一番下に奴隷や天風先生のようなよそ者などがいる。

カリアッパ師は、全く雲をつかむぐらい遠くにいる人である。とても、直接に面会を申し込んで、話をできるような人ではなかった。

意を決した天風先生は、カリアッパ師が通る道を、毎日毎日、研究し、ある時、「ここを通る」という場所に待ち伏せをして、とっさに足もとにすがった。すると、「まだ、お前は分かってないのか」と、 一喝される。

そして、「心と体は一体、『心身一如』であって、健康も運命も、何もかも心の思い通りになって実現する」ということを教えてもらう……というより、二年数か月の厳しい修行を通して自ら悟らされる。

それはどういうことか、天風先生は、概略、次のように説明している。

「健全な肉体に健全な精神が宿るとかよく言うだろう、あれは違うんだ。健全な肉体に健全な精神が宿るんだったら、体の不自由な人は健全な精神を持っていないことになるが、そうじゃないだろう。体が不自由でも、健全な精神を持っている人は、いっぱいいる。君たちはね、体が病になると、心までも病にしちゃってる。心が何もかもつくるということなのに、心まで病にしているからだめなんだ。だから、物事は積極的に考える。つまり、前向きのこと以外、後ろ向きのことは一切考えないようにするんだ」と。

天風先生自身、あらゆることを前向きに考えていくうちに、不治の病が治った人だ。そういう人もいるぐらい、積極心は大切である。

詳しくは、『成功の実現』をはじめ『盛大な人生』『心に成功の炎を』『いつまでも若々しく生きる』が出版されているので、経営者たる者、それらの四冊を熟読していただきたいと、これは決して宣伝のためではなく衷心から、そう思っている。

積極心は、盛運をもたらすうえでの第一条件だ。

ティアールド・シャルダンも、著『肯定の哲学』の中でそのことを強く説いている。

涙を流すような歌を歌うと、泣くような運命にしかならないと先述した。だから、私は、語弊があるかもしれないが、運の悪い社員はできるだけ採用しない。最初から、そういう人たちを外していく。

採用面接のときに、そういうことをそれとなく聞いて、確かめるようにしている。

「運」には、「天命」と「運命」の二つがある。

天命とは、帝王の子供で生まれたら、帝王の子供であって、変えようがないということである。殊に陽明学が、天命という言葉を、江戸の後期から明治、昭和の初期ぐらいまで、好んで多く使った。

中国から日本に入ってきて、当時、公認された唯一の学問となった陽明学は、政治的な意図もあって、天命につながる秩序保持の部分しか教えなかった。後に朱子学が入ってきて、天命を二つに分けた。つまり、天命そのものと運命との二つに分けた。

朱子学では、「運命とは命を運ぶ」と書く通り、自分で変えることができるとした。自分の努力で変えようがあるものは、すべて運命だと教えた。

しかし、江戸幕府でも明治政府でも、帝工学上、そんなことを教えられては困る。帝王と同じような立場をつくり、革命を起こそうとする勢力が、後から後から出るといけないから、朱子学は否定されてしまった。以後、帝王の息子であることを変えることはできない、社長の息子であることを変えることはできない……そういうきらいが多分に残っている。

運命は、文字どおり、自分の努力で変えることができる。私も、断じてこの立場をとる。

社長の息子として生まれた、サラーリーマンの息子として生まれたとしても、それは運命であり、運命は自分の努力で変えることができる。

絶対的なものは、そんなに多くはない。むしろ、絶対的ではないものの方が、世の中には圧倒的に多い。それらは、運命であり、変えられるということを強く教えておくべきである。

そして、盛運、要するに運を自分に持ってくるためには、積極的な心が一番だということを肝に銘じておいてほしい。物事を成就させる時に、その成功に欠かせない精神は、まず、「自分は運が良い」という信念を強く持つことである。

特に、子供を育てる時には、運が良いとか悪いとか、たったひと言、ふた言がその子の一生を左右することがあるので、言葉遣いには特に注意しなければならない。

なぜそんなことを言うかといえば、私は、「ひと言の災い」を身に染みて知っているからだ。私の知り合いで非常にできる子がいて、有名塾で「東大にも軽く受かる」と太鼓判を押されていた。塾で常にトップクラスだった。自信があるから、最初、その子が受けた大学は、東大のほかにほんの一、二校だった。ところが、すべてに落ちてしまった。 

一浪して、受験して、また全部落ちた。二浪して、間口を広げ、かなリレベルを下げた大学を受けたが、やはり落ちる。塾のトップにいて、東大でも絶対に大丈夫だと言われたが、三流、四流大学を受けても落ちてしまう。

そこで、私が兄弟みたいに仲良くしている行徳哲男先生に内観、 一種の催眠をやってもらった。

すると、小学校の五年生の時に、学期末テストの直前に風邪を引いて、熱を出したということが分かった。そして、非常に尊敬していた担任の先生が、その子に、「君は、運が悪いなあ。こんなに努力したのに、ちょうど試験の時に熱を出して」と、ひと言いった。

「運が悪いなあ」と言ったそのひと言が、その子の一生を左右するぐらいの言葉として脳の中に残ってしまった。

行徳先生が催眠をかけた時に、自分は運が悪いと信じ込んでいるような言葉がたくさん出てくる。どうしてだろうと、さらに奥深く探っていくと、小学校の五年生のときの出来事に突き当たった。

人間とは不思議なもので、そういう性向がある。行徳先生は、その子の潜在意識の中のマイナス暗示を、 一種の催眠で取り除いてあげた。すると、その次の年、受けた大学のすべてに合格した。受験に臨むまでのその一年間は、ぜんぜん勉強しなかった。映画を見たり、旅行をしたりしながら、のんびり構えていた。運、不運なんて、そんなものである。

人間は生きていくうえで、「強い」「できるんだ」という信念を持たないとだめだ。「できない」と思えばできない。だから、「できる」という信念を強く持つことが非常に大切である。

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