一番目の要素、環境・状況の変化にどう対応するかということから説明していく。
マリンフードの吉村直樹さんという社長がいる。現在はマーガリンを主体にやっているが、以前はチーズだった。消費構造が変わり、チーズは太るというので、マーガリンや脂肪分が少ない植物性の油をやるという方向性を下した。機を逃さなかった。
しばらくして、その二つとも市場が満杯になりそうになってきたので、次にジャンボ・ホットケーキという特大のホットケーキを開発した。それを全国の喫茶店で売ってもらった。すると、かなり食べ応えがあるので、オヤツというよりも昼食代わりにみんなが食べるようになった。即座に、「売れる」と判断するや、コンビニエンスストアのネットに流して、 一挙に全国に広げていった。見事な状況判断である。実行力も優れている。
ジャンボ・ホットケーキの市場が満杯になる前に、今度は、固形化したスープの素をはじめ、新商品を次々に開発していった。いまでは、上場を予定するぐらいの企業にまでなっている。
吉村さんが、そういう方向性をすべて決定している。
要するに、ブランドが古くなった、商品が売れなくなった、市場が満杯になった……環境とか状況の変化に対応して的確に戦略を変更していく必要があるという証左である。
四国の香川県に七宝産業という漬物を製造販売している会社がある。三谷哲也さんが、そこの社長で、彼は私が主宰する社長塾「無門塾」のメンバーの一人でもある。
「七宝漬け」がそのブランド名で、裏山の七宝山にちなんだネーミングである。江戸時代や明治時代に先祖が売った名前だ。確かに地元の限られた地域では有名である。ただ、 一歩外へ出ると、「何かの宝石を漬けている会社ですか」と、よく冗談に聞かれる位だから、あまり繁盛していなかった。そこに、「井の中の蛙」の典型を見た。
今や、ダイエーでもイトーョーカ堂でも、全国各地の漬物の名産を売っている時代だ。いたって競争激甚である。全国ネットで商売を展開していくには、商品に余程のインパクトがなければだめである。「七宝漬け」では、まったく通用しない。三谷さんは、環境とか状況の変化に対応して戦略を的確に変更していくことができないで困っていた。
そこで、私は、十五人から構成している無門塾の同期のメンバーに、四国から発信して全国ネットに乗るような名前を考えてくれるように課題を出した。
社長たちの口をついて矢継ぎ早に名前が出てきた。それを、 一切の批判やコメントなしに次から次へと黒板に書いていった。さすがに感覚の研ぎ澄まされた社長たちで、三十番目くらいに友人の杉山社長から、「四国の糟糠の妻、『一豊の妻』が良い」と言われた瞬間に、私はパッと提案を打ち切った。
「これしかない。四国から発信して全国に通用する名前は、『一豊の妻』に決まっている」と、私は断言した。
三谷さんをはじめ、全員が即座に賛成してくれた。
次のステップとして、形のない名前がお客様の視覚に訴えられるように、具象化する必要があった。そこで、質問をした。
「三谷さんのイメージする『一豊の妻』は、どんな人物? 年齢は? 体型は?…」すると、年齢は四十歳前後で、少し小太り、色白だという。このイメージをもとに、さっそく私の知り合いの女流画家に「一豊の妻」を描いてもらった。
さらに、この顔絵をデザインしなければならない。私には、 一つの確たるコンセプトがあったので、「あか抜けしないデザイナーを知らないか」と、三谷さんに聞くと、地元に打ってつけの人がいるという。何の迷いもなく任せて、できあがってきたものを見ると、まさに私のコンセプト通りだった。「一豊の妻」の顔絵を、包装紙からパッケージまでベタベタ貼り付け、都会的なセンスというものがまるでない。だからこそ、良いのである。私は、絶賛した。漬物という商品は、近代的なイメージや、機械的なデザイン、都会的なセンスでは、絶対に売れないことを知っているからだ。
全国の流通ネットに乗せると、「一豊の妻」は飛ぶように売れた。元々が非常においしい漬物だったから、とにかく買って食べてさえもらえれば、多くの支持を得られる自信があった。長い間、先代、先々代……が、て今日に至った漬物である。
近郷の農家と提携して一級の大根や胡瓜を育て、吟味し続け
今、自分の会社やブランドがおかれている環境とか状況がどうなっているのか、立ち止まってよく考えるべきだ。ローカルのままでいいのか、全国に打ちて出るのか、その進むべき方向性をよく見極め、柔軟でタイムリーな戦略を組み立てていかなければ、会社は永く続かない。機を逸することほど、危険なことはない。
環境とか状況とかの把握が、全くといっていいほどできていない人が結構多い。
出店の相談に来られる方がいる。「土地を持っているから、そこで何かをやりたい」という人は、痛い日に遭う。大概、失敗する。
なぜ失敗するか。土地を持っているから失敗する。つまり、なまじ持っている土地が邪魔をして、状況とか環境の把握ができなくなってしまうからだ。最適立地という発想が頭に浮かばない
小売業にとって一番大切なことは、「立地」である。立地が、その店の繁盛の人割を決定する。
私にいわせれば、 一〇〇%決定すると言いたいくらいに、立地は大切な要素なのに、土地を持っているということだけで、そこに店をつくってしまう人がいる。そこに莫大な投資をして、大やけどをする。だから、まず、道路とか、商圏の人口とか、世帯数とか、事業所数とかを正確に調査する。
そして、地図上で候補地を五か所も六か所もピックアップすべきである。それにもかかわらず、自分の事業がその環境に合うかどうか、ぜんぜん把握しようともしない。いいかげんに店を建てて、失敗する。無鉄砲にも程がある。スーパーをやりたいなら、最適立地と思われる所を五、六か所、探し出すことが先決だ。
そこにテントの仮店舗を建てる。そして、実際と同じ商品構成で、付近一帯にチラシをばらまく。給料日後の一週間、特に土曜日。日曜日に注意しながら実験してみる。 一番人が集まったところが一番いいに決まっている。そこに店をつくる。
自分が他の所に土地を持っていたら、その土地と最適地を等価交換する。あるいは、売却してでも、最適地を手に入れる。こういう努力が、ぜんぜん足りない。
土地があっても、大きな川や道路があれば、そこで商圏が削られてしまう。公園があって風光明媚であれば、その分だけ人口が減ってしまう。学校があれば、これまた人口が減ってしまう。
駅があって、周辺を多くの動め人が往来しても、晩のおかずなどの重いものは、あくまでも自宅周辺の店でしか買わない。いずれも、だめである。理の当然ではないか。環境調査が、繁盛の第一のカギを握っている。
以上の物理的な環境だけではなく、景気の変動というものも環境の中に入ってくる。そういうことがわからない人が、特に経験の薄い後継者に多い。
だから、自分が経験したことを正確に記録して、「環境や状況の変化に対しては、こういう手を打ちなさい」ということを、後代にも残していく。息子に伝え、息子が孫に伝えられるようにしておくべきだ。
たとえば、自分の店の近くに全国ネットの大きなスーパーが進出してきたとする。自分の商圏は小さく、スーパーの商圏は巨大で、アッという間に潰されそうだ。「どうしよう、どうしよう」と悩みに悩んで、円形脱毛症になったり、胃潰瘍になったり、はては癌になったりという人がたくさんいる。
「突然、大型スーパーがやってきた」とか言い訳するが、大型店舗は許可をもらって出店するように法律できまっている。それに、三年も五年も前から土地を買収したりしているはずだ。「なにが突然だ」と怒鳴りつけたくなる。
ところが、千葉にあるフレックの雲田孝夫社長などは、逆に、これこそチャンスだと大喜びする。そこには、考え方に天地の開きがある。
雲田社長は、どうしているか……敢えて大型スーパーのすぐそばに土地を借りたり、買ったりする。そして、敵を分析する。たとえば、これは中国物やトンガ物の野菜だ……とかである。そして、千葉県の農家と提携し、良質の種や苗を渡したり、土壌を改良したりして、新鮮でいいものを作ってもらう。地元の野菜で、新しくて、安いことを大声で叫ぶ。叫び足りなかったら、周辺にチラシを撒いて宣伝をするから、大型スーパーもかなわない。それが、だんだん評判になる。
「あそこのスーパーと比べてください。うちのほうが、はるかに安くて新鮮ですよ」などと言われたら、大型スーパーの方がかえって真っ青になってしまう。そして、お客は大型スーパーの駐車場に堂々と車をとめてフレックで買っている。これを「コバンザメ商法」と名付けている。また、いまの店舗がだめになったら、別の商圏にもっていくのも一つの方向性、戦略である。店舗を売って、そこの商圏から離れたところに別の店舗をつくれば、いくらでも生き残れる。あるいは、商圏や商品構成を少し変えただけで、見違えるように繁盛したりする。現在の店舗をパチンコ店にしても構わない。レンタルビデオ店でも、塾でも、何でも良い。店頭販売では、土地利用はいくらでもできる。
悩みに悩んで、オロオロするだけでは能がなさすぎる。社長が一番大事な方向性の決定を放棄しているも同然である。それは、固定観念に凝りかたまって、発想が萎縮してしまっているからである。強い主義主張や固定観念ほど後向きなことはない。
人の言うことが聞こえないし、見ても見えなくなる。頭を空にして、他人の言うことも、他所で見ることも、聞いたり認めたりすることが大事である。空の境地を知って、もっと自由闊達に発想し、社長自ら積極的に活路を開いていくべきだ。いくら役員会を開いても、オーナーではないから、そんな重大事は誰も決定してくれない。勇気を奮ってほしい。
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