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状況のコントロール 見極め

人生と仕事をコントロールしていくための第2のステップは、ナレッジワーカーにとってとりわけ大きな意味を持っている。このステップは、仕事の本質を見極めるのに絶対必要な思考プロセスとなる。

ここで自分の注意が向いていることにもっと注意を向けると、ムダなエネルギーを費やさずに済むようになる。

この「それが何かを考えて判断を下す」という重要なステップをやらないと、いつでも自信をもって行動を選択していくことはまず不可能だ。

GTDのワークフローモデルではこのステップを「処理」と呼んできたが、より広い視点で考えると、ここでやっていることの本質は「見極め」である。

このステップでは、曖味なものや意味がよくわからないものにどう対処していくかを考えていく。これは私たちにとつては、すでに馴染みのある作業だ。

ただ、違うのは、ふだんは無意識にやっていることを意識的にやるという点である(GTDの原則の多くはここがポイントになっている)。

意図的に意識を集中させて生産的な思考を行うと、そうでないときよりも、ずっと大きな価値を生み出すことができる。これは誰でも訓練することで習慣にしていくことができる。

最初の「収集」が身についている人は多いが、そのような人たちでも、集めたものについて判断を下すことには抵抗があるようだ。

だが、このステップはたいへん重要であり、やらないとせつかく集めたものも意味が曖味なまま放置されることになる。

意味を見極めると言っても、根源的な意味を明らかにするわけではない。そうしたことは哲学や宗教の領域だ。

ここで言っているのは、私たちが関わっている物事が自分にとってどのような意味を持っているかということである。

それらが自分にとつて重要か、そして重要なら具体的に自分にとつてどのようなものであるかをはつきりさせるのだ。このステップでよくある事例をご紹介しよう。

ある投資顧問会社の会長が、役員会議でアイデアを付箋紙に書くというGTDの手法を大いに気に入った。

そこまではよかったのだが、机や引き出しやノートに何百枚もの黄色い付箋紙が貼られるようになってしまい、ほとほと困り果ててしまった。

そんなふうになってしまった原因は、「気になること」を1つの容れ物に入れるという、もう1つの重要な原則のほうを実践していなかったからだ。

メモを散乱させるのではなくて、iniboxに集めてしまえば、時間のあるときにそれぞれについて検討し、適切な判断を下していくことができる。

この会長は、意味を判断する「見極め」の作業を避けていたためにこのような事態に陥ってしまったのだ。

目次

「気になること」の性質と量

「気になること」とは『はじめてのGTD』でも説明したとおり、あなたの世界に舞い込んできた物理的、精神的な物事のうち、具体的に何をどうしたらいいか明らかになっていないものである。

これらの曖味な部分が残っていると、多かれ少なかれそれらは私たちの意識に負荷を与えつづけてしまう。

「収集」で心の掃除をしたり情報を集めたりしたときに出てくるもののほとんどは、まだこのような状態だ。デスクや引き出しに山積みにされているものも同様である。

気になることを収集しているときに、リストに「母」とだけ書いてしまった人もいるかもしれない。だが、その「母」は、もっと具体的に内容を見極めないと頭の中から消えてくれない。

収集でそうした「気になること」を1カ所に集める最大の理由は、それらが目立つようにして「見極め」へのモチベーションを高めることにある。あなたの家や職場には、封を切って目を通したまま放置してある手紙はないだろうか。

あるという人は、なぜすぐに捨てないのかを考えてみてほしい。読んでしまったのに放置している理由を尋ねると、例えばこんな答えが返ってくる。

「だって手紙ですし」「そうですね。でも、それをどうするつもりなんですか」「どうするって……大切な手紙ですから」「その大切な手紙を、どうするのですか。返事を書くのですか。それとも新しい住所を住所録に書くのですか。書いてあったことを奥さんに話すつもりですか。

それとも、資料の『思い出――手紙―その他』の項目に入れておきますか。備忘録ファイルに入れて5日後にまた読めるようにしておきますか」このような手紙は「気になること」の典型的な例で、その意味を明らかにしない限り、あなたの意識の一部を占有しつづけることになる。

あなたがそばを通るたびに、それは「判断してよ。処理してよ。意味をはつきりさせてよ」と訴えつづけるのである。

ところが、あなたはその声がうっとうしいので、その手紙に対して無視を決めこむことになる。つまり、気にしなくなってしまうのだ。

だが、困ったことにあなたの潜在意識はそのことを決して忘れはしない。メモ帳に書きっばなしのメモや、コルクボードにピン留めした紙切れなども同じだ。

ToDoリストの項目の大半も曖味な状態のままだし、上層部では認識していながら具体的な対策を決めていない企業の問題なども同じ状態にある。

「気になること」は、名刺の東だったり、システム手帳やカレンダーに書き込まれた雑多なメモだったり、作業台の隅にある壊れた道具だったり、居間のテーブルに積み上がったもののいちばん下に重なっているものだったりする。

これらは、はっきり目に見えるものである下万、その意味においては曖味で複雑なままになっている。

ほとんどの人は、人生や仕事におけるすべての「気になること」を「収集」しきれていない。ほんのごく一部だけがリストや書類受けに集められているが、他のほとんどのものは家やオフィスや頭の中に散乱している。

これらは収集されてもいないし、もちろん意味も明らかにはなっていない。

すでに説明したように、意味が明らかになっていない「気になること」があればあるほど、それらは意識の奥に隠れてあなたの集中力を妨げる。

プロジェクトや行動として具体化していない問題、はっきり認識していない将来の夢、きちんと目を向けていない人生や仕事上の変化なども、あいまいになったままの「気になること」と言える。

*43のフオルダからなるファイルシステムで、ある特定の日付に見るべき情報やメモなどを保管しておくもの。

構想と実行の関係

状況をコントロールしていくための最初の2つのステップ「収集」と「見極め」には、大きな違いがあり、この違いを認識していないと、十分に生産性を発揮することはできない。

一言でいうと、「収集」はアイデアを出すステップであり、「見極め」はそのアイデアについて何をすべきかを判断するステップだ。

これを混同してしまい、「収集」をしているときに判断をしてしまつたり、「見極め」をしているときにアイデアを自由に出してしまったりするとうまくいかない。

この2つのステップでは、それぞれ違った視点やツールが必要なのだ。あなたがアイデアを出すときは、可能な限り制約を取り払ったほうがいい。

このモードのときはいつどこにいても新しいアイデアはないかと考え、できるだけ多くのインスピレーションを得ようとする。

そうしたときには雑誌の記事を1つ読んだだけでも10件以上のやりたいことが浮かんでくるだろう。

あのレストランに行ってみよう、この便利そうな旅行用品を買ってみよう、今度の会議ではあれを試してみよう、といったアイデアがぼんぽんと湧いてくる。このような状態のときに使えるベストなツールは書類受けだろう。

アイデアをメモ帳に書いたり、役に立つ記事を切り取ったりしたらそこに放り込むといい。迷わずに何でも入れてしまうことだ。そのどれかがもしかしたら画期的な成果に結びつくかもしれない。

身近なところに信頼できる収集ツールや容れ物があれば、そうしたアイデアをどんどん入れていけるし、さらに多くのアイデアや、やるべきこと、掘り下げてみたいことなども浮かんでくる。

この段階では、自分の手に負えないのではないかと心配する必要はない。できるかどうか、という判断は他の誰かに任せればいいのだ。ただ、その「他の誰か」とは他でもないあなたのことである。

ただし、「アイデアを出すモード」のときのあなたではなくて、「判断をするモード」にいるときのあなただ。

このモードでは、新たに思いついたり収集したことを検討し、現実的な判断を下していくことになる。

これは自分にとってどういう意味を持つか、本当にやる価値があるのか、他のやらなければならないこととの折り合いをどうつけるべきか……。

あらゆる制約や基準を考慮に入れつつ、そうした判断を下していくのがこのモードであり、コントロールを改善させていくための2つ目のステップ、「見極め」なのである。

このような判断を「アイデアを出すモード」のあなたに任せてしまうと、他のアイデアが気になってしまい、とたんに判断する作業が行き詰まってしまう。

逆に、「判断をするモード」のあなたにアイデアをもっと出せ、と言ってもさまざまな制約が気になつてアイデアが出なくなってしまうだろう。この点も、従来の時間管理術や整理術がうまくいっていない理由の1つのような気がする。性質が異なる作業をいつしよにやってはいけないのだ。

効率的に自己管理をしていきたいなら、自由にアイデアを出すモードと判断をするモードを意識的に使い分けていく必要がある。

例えば、やるべきことのリストを作っている人は多いが、2つのモードを同時にやろうとしているためにうまくいっていないことが多い。

同時にやろうとするために「収集」と「見極め」がどちらも中途半端になってしまうのだ。集中力を高めるためにリストを作るのは、すべてを頭の中に置いておくよりはずつといい。

だが、そのリストに2つの機能を持たせようとすれば、心の能力は大きな制約を受けることになる。チームや組織においては「収集」と「見極め」の違いがより明確になり、実践もそれだけスムーズになる傾向がある。これは「ブレインストーミング」という手法が一般的になってきたからだ。

ブレインストーミングを効果的に行うためのルールに「出てくるアイデアは多ければ多いほどいい」というものがある。

これはブレインストーミングをしているときにいっさいの判断をするのはやめよう、ということでもある。アイデアが全部出尽くしたあとで判断をするのはかまわない。

ただし、これをいつべんにやろうとするとブレインストーミングのパフォーマンスは著しく下がってしまう。

inlboxを空にするコツ

「見極め」のステップにおいては、収集したメール、メモ、その他のリマインダーなどが入ったiniboxを空にすることが重要な作業となる。

多くの人が「GTDの醍醐味」と呼んでいるこの状態を体感したいなら、この作業について十分に理解しておく必要がある。私は以前、このステップを「処理」と呼んでいた。

日々何百件と新たに舞い込んでくることを選別し、判断していく重要な「処理」作業だからだ。

ただ、より普遍的な原則として考えた場合、この作業には単にiniboxを片付ける以上の意味がある。

現状に関する情報を「収集」した後、私たちはそれらが具体的にどのようなものかをはつきりさせなければならない。

それは自分や他の人にとってどんな意味を持っているのだろうか。この中には他と比べて大事なものもあれば、あとで再び見直す必要があるものもあるだろう。また中にはあなたにとってまったく意味がなかったと気づくものもあるだろう。

問題は、ほとんどの人が自分にとつてそれがどういう意味を持つかを考える前に「整理」をしようとしてしまう点だ。

この種の人たちは、意味のはっきりしていないことの山を作り直しているだけで、水中を歩いているかのようにちっとも前に進んでいない。

一方、それぞれの意味を明確にする作業をきちんとやつてしまえば、整理はごく単純で日常的な行為になる。

整理システムについても、その内容ごとに収納できる場所を確保するだけでいこうした意味を明確にする「見極め」の作業は一見、当たり前すぎるように思える。

例えばこのステップでは次のような会話がよく交わされる。

「あの、この紙はどうすればいいんでしょう」「それはどういうものでしょうか。それをどうするべきだと思いますか」

これらは実に当たり前のように思えるだろうが、実際には、世界のトップ企業や極めて有能な人たちでもこの質問にすぐに答えられないことがある。

彼らでさえも、デスクや家や心の中に意味の明らかになっていないものが散乱していることが少なくないのだ。

意味を考えるこのステップを飛ばしてしまうと、いつまでたってもトンネルの出回は見えてこない。その理由に気づかない人はツールでそれを解決しようとする。

しかし最新の整理ツールやアプリケーションをとつかえひつかえ試してみるが、結局期待しているような成果を得ることはできない。

一方、「見極め」のプロセスを習慣にしてしまえば、あとはさまざまなツールの中からいちばん自分に合ったものを自由に選べるようになる。

逆に「見極め」をやらない人には、何を使ってもうまくいかないという感覚がつきまといつづけることになる。

はっきりさせるべきこと

コントロールの第2のステップが大事なのにはとんどの人がやらないのは、やり方やモデルが複雑だからではないのか、と思われる方もいるかもしれない。だが、実際にはむしろその逆である。

収集したことを心から追い出すのに必要なのは、それぞれについていくつかの質問をするだけだ。これは、あなたにとつてすでにお馴染みの作業でもある(実際、日常的にやっているはずだ)。

ただ、それをもっと意識的かつシステマチツクなかたちで、ふだんよりも素早くやっていく必要がある。簡単に言ってしまうとこういうことだ。

まず、それらが行動を起こすべきものかどうかを判断し、望んでいる結果と、前に進めるために必要な具体的な行動を見極める。

行動できないものについては、ゴミなのか、あとでレビューすべきものか、資料としての価値があるものなのかを見極める。

ワークフローを管理してiniboxをきれいにするための実践的手順については『はじめてのGTD』の「第6章処理」で説明した。

このステップは、世界のGTD愛好者が最も慣れ親しんでいる作業でもある(付録4参照)。

ただし、『はじめてのGTD』で紹介した原則すべてに共通することだが、この思考プロセスにも、見た日以上に奥深いものが隠れている。

さて、ここからは意味を明らかにするための具体的な質問に移っていこう。「心のお掃除」で集めたリストの中の項目を1つ、選んでおくといいだろう。もしくはたつた今、頭に思い浮かんだ「気になること」でもかまわない。

行動を起こすべき?

最初に判断しなければならないのは、それに関して(もしくはそれが引き金となって)やらなければならない行動があるかどうかである。答えは「ある」か「ない」の2つだ。

「あるかもしれない」は「ない。だがあとで行動が必要になるかもしれない」が答えになる。

ただしこの場合は、その時点で自分にとつてどのような意味を持っているかを明らかにしておくことが前提だ。

この判断を怠っているせいで、行動を起こすべきものとそうでないものがごちゃまぜになっていることも多い。

そしてそのような状態をそのままにしておくと、あなたの心はそれらに対して無感覚になってしまう。それらについて考えたとき、あなたの心はそこにあるさまざまなものの意味を判別しようとする。

しかし、あまりにも異なった意味のものがごっちやになっているので、それだけでうんざりしてしまう。

その結果、積み上がったものに注意が向かなくなり、せいぜい「あれを何とかしないとなあ」とときどき思い出す程度になってしまう。

問題は、心がそれらに対してだけ無感覚になるのではなく、あなたの生産性に影響が出てきてしまう点だ。

すぐに返信すべきメールが、保管しておくメールや削除すべきメールといつしょになっていたり、読まないといけない雑誌が捨てる雑誌といっしょになっていることはよくある。

ホヮイトボードにも、たいていは価値のあるプロジェクトとどうでもいいことがごちゃまぜになって書かれている。

特にコルクボード類は悲惨で、電話番号や覚え書き、予定、メモ、落書きなどが雑然と貼られていたりする。

プロジェクトに関するアイデアも似たような状態になりやすく、特にネツトやソフトウェアを使って大勢の人のアイデアを集めているときはなかなか手をつける気が起きないだろう。

この「行動を起こすべきかどうか」の判断を実践しただけで、生活や仕事のやり方が大きく変わったという個人や組織を私はよく知っている。

判断のできていないものが溜まっている状況に目を向けるようになった人や、今誰が何をやるべきかを明確にするようになった企業の前には、まったく新しい世界が開けてくる可能性がある。

仕事ができる人たちや、高い機能性を実現している職場でも、曖味なものが存在していることで生産性が損なわれている可能性は常に存在する。

行動を起こすべきかどうかの判断を習慣にすることができれば、人や組織が「被害者」から「キャプテン&コマンダー」の状態に移ることができる道が開けてくるのだ。

収集のステップですべてに正直に向き合い、「会社の株価」「父の健康問題」「不動産市場の下落」「上司の性格」などの、重要だが曖味なところのある「気になること」をすべて書き出し、それらについてとるべき行動があるかという基本的な問いかけをしている人は、仕事というゲームと人生というビジネスに勝利するマスターキーを手にしたことになる。

これは、周囲の状況そのものではなく、それらとの関わり方に目を向けることでよりよく生きていけるという典型的な例だ。

人生におけるすべては考え方1つで決まり、その考え方に基づいてアプローチしていけばすべてが変わってくる。

物事を成し遂げていくための思考プロセス

行動を起こすべきだと判断したものについては、次の質問をすることでその意味を明らかにしていこう。

この質問は仕事と人生における生産性を高めるうえで決定的なカギとなるものだ。

具体的には、次の2つの質問である。

  1. 望んでいる結果は何か?最終的に何を達成したり終わらせたりしたいのか。。
  2. 次にとるべき行動は何か?その目標に近づくために次にやらなければならないことは何か。

私は、ずいぶん昔に、今でもGTDの思考プロセスの核をなしているこの2つの質問の重要性に気づいた。これはどういう状態になれば「終わった」ことになるのだろうか。

何をすれば「行動している」と言えるのだろうか。また、それはどこでやればいいのだろうか。「気になること」が出てきたときに、これらがはつきりしていることはほとんどない。

それらを明らかにするには、意識的に考えて判断を下していく必要がある。この作業をやることで、「気になること」は、実際に進行させられるプロジェクトに変わっていく。

例えばあなたが「母」とリストに書き出したとしても、そのままでは何もできない。

それについての望むべき結果が「母の60歳の誕生日を盛大に祝う」だつたら、明確に方向性が定まり、具体的な行動としては「招待する人たちのリストを作る」となるだろう。そうなってはじめてそれは「実行可能」になる。

このように「望んでいる結果」と「次にとるべき行動」を明らかにすることで、「母」と書いただけの状態から、明確な目標に近づくための具体的な行動を把握した状態に移すことができる。そしてそうするのにさほどのエネルギーはいらないのだ。

だが、最終的な目標と、そこに近づくために実際にどういう行動を起こすべきかを明らかにしなければ、それは「いつまで経っても達成できそうにないこと」のままである。

結果を見極めることの現実的な意味

高い生産性でもって物事に取り組んでいくためには、「望んでいる結果に意識を向け、その状態を維持すること」が重要だ。

最終的な結果を強くイメージするという行為に宿っているパワーについてはその気になればいくらでも本が書けるし、実際書かれてもいる。

すでに説明したように、あなたの注意を奪つている「気になること」の多くはまだその意味が曖昧なままである。

これらを明らかにし、実際に終わらせるための行動に結びつけられる習慣が身につけば、リラックスした状態で次々と物事を終わらせていくことができるようになる。

従業員が抱えている問題を解決したいと思つたときにはまず、それがはつきり目につくようにしておくべきだ。

「キャロリン・ジョーンズのことを何とかする」といった項目をリストに加えるわけである。ただし実際には、その従業員を最終的にどうしたいかがはっきりしていないと、なかなか行動に移すことができない。

こうした問題に具体的にどう対処するかが決められず、だらだらと何もしない状態が続いてしまう、という体験をしたことがある人も少なくないだろう。

一方、「これこれを解決する」のように結果をはっきりさせ、次にとるべき行動を見極める癖がふだんからついていれば、ずっと早く行動に移れるようになる。しかも、リラックスした状態で、より効率的に実行していけるのである。

こうして事態を解決に近づけることに意識を向けられるようになれば、より具体的な部分に目が向くようになる。

「そうだ、キャロリンの同僚のスティーブンにこの状況をどう考えているかを訊いてみよう。彼と会う機会をジョンにセツテイングしてもらおう」といつたことを思いつくわけだ。

このように具体的な行動ステップが決まってしまえば、物事を進めていくのはずっとラクになる。

比較的優秀な人たちを長年指導してきて私が驚いたことの1つは、望むべき結果を考えるというごく常識的な行為をなかなか実践できていない人が多いということだ。夏が近づいているのに子どもの夏休みの予定がまだ全然決まっていないという人も多い。

こうした人たちは、考えなければならないと思った時点で、何かのプロジェクトリストに「子どもの夏の予定を決める」という項目をちやんと書き加えるべきなのだ。

具体的な目標がわかっていない状態では、自分や他の人のモチベーションを高めるのはまず無理だ。目標の中には壮大で長期的なものもあれば、すぐに達成したいものもあるだろう。

どのようなものであっても、それらと自分の位置関係がはっきりしていれば(目標はあそこで自分はここにいる、という認識だ)、自分がどういうものに向き合っているのかがわかる。

それにより、達成するのにどれくらいのエネルギーが要るか、どんなことがどれだけ必要かといったこともよりはっきりしてくる。

一方、目指している結果が不明瞭だと、そこへ向かう気力はなかなか湧いてこないだろうc進んでいく方向を定めて航路を維持していくためには、将来の夢やビジョンを随時見直していく必要がある。

それらにはさまざまなレベルのものがあり、それぞれの高さで人生を見通していかなければならない(詳しくはあとの章で見ていく)。ある高度でうまくいっている人も、別の高度でうまくやれているとは限らない。

私がこれまで指導してきた企業幹部の中には、長期的な目標やゴールを把握するのは得意でも、これまで例を挙げてきたようなプロジェタトレベルでの見極めで苦労している人もたくさんいた。

どんなに仕事の達人になつたと感じたとしても、人生や仕事に関してはっきりしていない分野は必ず1つや2つはあり、それらは私たちを不安にさせ、集中力を妨げている。

そうしたことも漏らさず収集し、行動を起こすべきものについて、絶対確実なアプローチで達成可能な結果を見極めていくこと―‐これが、すべてを効率的に機能させていくのに必要なことだ。

現実に照らしあわせて次にとるべき行動を見極める

「気になること」の意味を明確にして状況をコントロールしていくために、もう1つ重要なことがある。それは、具体的な行動を決める際に、自分が置かれている状況ときちんと向き合うことだ。

これについてはコントロールの最終ステップ「行動」を解説した9章でも詳しく見ていくが、ここでも触れておかなければならない。

「気になること」から曖味さを取り除くには、どうしてもこの部分に目を向ける必要があるからだ。

先ほど述べたように「気になること」の意味をはっきりさせるためには「望むべき結果は何か」「次にとるべき行動は何か」という2つの質問に答えなくてはならない。

1つ目を明らかにするのはそれほど難しいことではない。目標はあなたが自由に決めることができる。

だが、次にとるべき行動を明らかにするときは、現実を冷静に見つめ、一定の時間とエネルギーを割いて必要なリソースを配分し、それまで明らかになつていなかった問題や懸案事項などをすべて洗い出していく必要がある。

プロジェクトの意味がはっきりしたと思っても、実際にはそうでないことも多い。それは次にとるべき物理的な行動を判断しきれなかったときに起こる。

会議においてさまざまなアイデアが飛び交い、議論が深まったとしても、次にとるべき具体的な行動を決める際に、はたと物事が進まなくなってしまうという事態を、私は今まで何度も目の当たりにしてきた。「気になること」がどれだけ明らかになつているかを測る簡単な方法がある。

次にとるべき行動に対して、全員がきちんと合意しているか、それらの行動の責任者がちゃんと決まっているかと自問してみるのである。

合意がなされていれば、それ以上の「収集」「見極め(処理)」「整理」「見直し(レビユー)」は不要だし、望んでいる結果を協議する必要もない。状況のコントロールはうまくされていると言っていいだろう。

ただ、注意してもらいたいのは、それだけでベストの「行動」が保証されるわけではないということだ。あくまで、その状況に対して全員がうまく関ゎっている状態が達成されただけだ。

この状態になってはじめて、それぞれのメンバーが目の前のタスクに集中し、プロジェクトを前に進めていけるようになるのだ。

行動を起こす必要がないもの

「気になるもの」の中には、すぐに行動を起こさなくてよいものもある。それらについては、次の3つのサブカテゴリーに振り分けられる。

自分にとって意味のないもの

「気になるもの」の中で何よりわかりやすいのは、実は自分にとって意味がないものである。もう必要のないものや、元々必要のなかったものなどだ。

ゴミ箱に直行する郵便物や、関心も関係もないメール、留守電に入っているくだらない勧誘メッセージなどがこれにあたる。

このカテゴリーには、あなたの身の回りにあるもので、その場所になくてもよいもの、そもそも要らないもののすべてが含まれる。

パソコンのDELキーで消したり、ゴミ箱やリサイクルボツクスに放り込んだり、シュレツダーに入れたりするようなものだ。

ゴミはゴミであることがわかった時点で、通常は問題ではなくなる(ゴミの収集業者がストライキをしたり、キッチンのディスポーザーが壊れていたり、庭で枯れているバラを引き抜くのが面倒くさいというのなら話は別だ)。最大の問題は、それがゴミかどうかの判断そのものである。

先ほども述べたように、「気になるもの」に対してこれを前に進めるべきか、今の状態にとどめておくべきか、それとも単純に捨てるべきかの判断がつけられないと、あなたの心はスムーズに機能しなくなる。

このゴミはあなたが思つている以上に身の回りに存在している可能性がある。

これは、自分にとつて身の回りのものがどのような意味を持っているかという判断を怠つてきた結果である。

「気になること」の意味を定期的に明らかにする作業をしない限り、この手のものはどんどん増えていくし、中には自己増殖していくものもある。

そして、そのような認識されていないゴミが増えるにしたがって、あなたの心の中に、いかんともしがたいモヤモヤが広がっていくことになる。

また、このカテゴリーは単純明快に思えるかもしれないが、ものによってはデリケートな問題や根の深い問題が関わっていることも少なくない。

例えば、別れた妻との思い出の品物が詰まつた箱などがそうだ。

しかし、その箱についてどうするべきかをきちんと判断しない限り、その箱はあなたの意識の一部を占有しつづけてしまう。

ただ、こうしたものについては、なかなか判断を下せないという人も多いだろう。

「気になるもの」の意味を明らかにしてすつきりした状態と、今までと何も変わらない状態のどちらかを選ばなくてはならなくなったとき、人は後者を選びがちだ。

人は変化が苦手だし、意味を明らかにする過程でなんらかの問題が起こってくることも多いと知っているからだ。

さまざまな人々に長年このプロセスを指導してきた経験から言うと、「要らない」という判断ができるようになった人ほど、仕事と人生で成功するための判断をスムーズにできるようだ。

捨てるべきものを見極める能力は極めて重要で、これができないと、日常的にすべての物事の意味を明らかにしていくことはかなり難しくなる。

とりあえず保留しておくもの

もちろん、「今は判断しない」と判断することもできる。それに対して行動を起こすかどうかの判断をとりあえず保留しておきたいものもかなりあるだろう。

それらを当面その状態に置いておくことも、決して悪いことではない。とりあえず保留しておきたいものは「いつかやる/多分やる」のカテゴリーに入れておくことになる。

例えば、ダンス教室に通ってみたいけど今は無理だという人もいるだろう。専任のサイト管理者を雇いたいが、今すぐというわけではないという人もいるかもしれない。Excelのマクロを覚えたいけれど、今はちょつと……という人もいるだろう。

私の「いつかやる/多分やる」のリストは、アクティブなプロジェクトのリストに比べるとずっと長い。そこには、ミシシッピ川をカヌーで下るといった「夢」に該当するものも含まれている。

より現実的なものとしては、古い写真をスキャンしてデジタルデータで保存する、会社のサイトの一部を書き換えるといつたことがある。

このカテゴリーのものに関しては、具体的な次の行動を決める必要はない。

アクティブなプロジエクトはすべて、時間があるときに実行できる具体的な行動が見極められている。

一方、「いつかやる/多分やる」には、現時点で先に進める必要がないため、具体的な行動を見極める必要はない。

「先に進めなくてもかまわない」と判断したことを1つのカテゴリーに集めることには実に大きな威力がある。

私はそれを友人に教えてもらつた。

彼はコンサルテイング会社の代表を務めているが、クリエイティブなアイデアをぽんぽんと生み出し、さまざまなプロジェクトをクライアントに提案していた。

しかし彼は心のどこかでこうしたプロジェクトすべてに関して何らかの行動を起こさないといけないと思い込んでいた。

そうした無意識のプレツシヤーが積み重なったある日、彼ははたとアイデアを出せなくなってしまった。

しかし彼はすぐにその問題に気づき、「いつかやる/多分やる」というリストを作り、すぐにリソースを割り当てられないプロジェクトをそこに放り込んでおくことにした。

そのおかげで彼の心からプレツシヤーが取り除かれ、再び思考のギアを上げて存分にクリエイティブなアイデアを出していくことができるようになった。

一見ごく当たり前のことのようだが、これも実際にやったときに驚くほど効果が得られるGTDの数々の基本原則の1つである。

このカテゴリーのものを見極めたほうがいいもう1つの理由は、現代社会に暮らすほとんどの人が、(少なくとも心の中に)自分の能力を圧倒的に上回る「気になること」を抱え込んでしまう傾向があるためだ。

自分がやるべきことのすべてを把握している人はほとんどいない。そのため自分があとどれだけやれるのかを把握しきれずに、一時的に自分の能力を超えた約束をしてしまうのだ。

こうして安請け合いをしてしまった約束はたいていの場合、後々のトラブルにつながっていく。

一方、自分が何をどれだけ抱えているかを把握することの重要性に気づいている人にとつても困ったことは起こりうる。

実際に「気になること」のすべてを収集してみたら何百件にも及ぶ項目がリストに並んでしまうからだ。GTDの実践においてここでつまずく人も多い。

すべてのプロジェクトと行動をフォローしていかなければならないという現実に向き合ったときに、人生や仕事における「気になること」があまりにもたくさんある事実にげんなりし、絶望的な気分になってしまうのだ。

このような状態になった人は、リストに対して無感覚になってしまい、中身にじっくり目を通すことも、リストを更新することもなくなってしまう。

せっかく頭の中をすっきりさせたのに、またしても頭の中で「気になること」を抱え込んでしまい、そのときどきで気になるものしかやらなくなってしまうのだ。

私たちのコンサルタントは、こうした問題を抱えるクライアントに対しては「いつかやる/多分やる」のリストを作って適宜更新していくことの重要性を説いている。

そうすることで、やるべきことがたくさんありすぎて絶望的になっている状態から抜け出しやすくなるからだ。

カギとなるのは現実にきちんと向き合い、すべての項目を意識的にレビューして、近いうちに行動できる可能性が少しでもあるものとそうでないものをきつちり判別していくことだ。

当面行動できないプロジェクトは「いつかやる/多分やる」に入れ、より現実的な「気になること」に注意を向けられるようにしていく必要がある。

このことも、GTDが各ステップを統合的に機能させてはじめて真価を発揮することを示している。それぞれのステップを単独で追求していくだけではダメなのだ。

あとでレビューして適宜実行するという確信が持てなければ、そのことについて安心することはできない。

「このリストから外しておいても、一定の頻度で見直されて再検討されるので、今はこのリストにあるものだけに注意を向けていればいい」と思えないと、「いつかやる」こともToDoリストに載せることになり、結果として膨大な項目を抱え込んでしまうことになる。

そうした状態が続けば、やがて手に負えない状態になり、中身に注意を払わなくなってしまう。せっかく「気になること」を収集したのに、振り出しに戻ってしまうのだ。

資料としての価値があるもの

最後のカテゴリーは、行動を起こす必要はないが、現在、あるいは将来役立つ情報が含まれているものだ。

保管してある大量のデータや、プロジェクトや関心のある分野の参照情報などの膨大な資料類である。

誰かの電話番号のような小さなものからネット上のデータのように大規模なものまで、幅広い情報がここに含まれる(資料はさらに2つのカテゴリーに分かれる。詳しくは7章で説明する)。

物理的なものであれ、デジタルなものであれ、フアイルやフオルダに手を焼いている人は多い。数が多すぎる、ごちゃごちゃしていて使えないというのが彼らの言い分だ。確かにそう感じている人もいるだろう。

けれども私の経験から言うと、これについてもたいていは意味が明らかになっていないことが原因になっている。

意味がわかっていない状態のままで机の上に置いたり、書類カバンやキツチンのいちばん下の引き出しに入れてあるものは、あなたの意識の一部を占有しつづける。

だが、それらの意味さえ明らかになれば、それらが気になることはない。そしてその意味ごとに分類されていれば、それに対する行動も明らかになり、ごちゃごちゃしているという感覚を覚えることもなくなる。そうなればいくらでも新しいことを収集していける。問題は量ではなく、自分にとつてどのようなものかを常にはっきりさせておくことなのだ。

GTDの思考プロセスに宿るパワー

私が薦めている意識的な思考プロセスを実践していない人には、GTDがひどく単純で、たいして価値がないように思えるかもしれない。これはある意味当然だ。

GTDの手法には、頭を必死に働かせないと理解できないような複雑な要素はいっさいない。しかも、やることもほとんどの人がふつうにできそうなことである。子どもでも、それなりに実践して成果を上げられるはずだ。

物事がうまくいっているときはほとんど何も考えずにやっていけるだろう。

しかし、予想外の出来事のためにふだんの流れが妨げられると、「収集」と「見極め」のような単純な作業にも支障が出てくる場合がある。

そうなると、それらの作業をやりたくないという気持ちが湧いてきて、意識からシャツトアウトされてしまうことも多い。

しかし、キャプテン&コマンダーの状態で居つづけるには、集中が妨げられる原因となったものにGTDの原則を意識的に適用していかなければならない。

うまくいっているときには何がうまくできていたのかを理解し、プレツシャーの原因になっていることに対してシステマチツクにアプローチしていく必要がある。

実際の例で考えてみよう。あるフォーラムで講演してほしいという依頼のメールが私に届いたとする。そのメールを開いて目を通したとき、私にはいくつかの選択肢が生まれる。

  • ゴミと判断した場合―形式的なもので特に気にする必要はない。削除してしまおう。
  • 資料と判断した場合―やりたくない、あるいは依頼に応じる必要はないが、依頼してきた団体についてはあとで情報が必要になるかもしれない。参考資料としてフアイルしておこう。
  • 保留と判断した場合―‐依頼に応じることもできそうだが、その日は別のクライアントの予定が入る可能性がある。どうなるかは1週間後にならないとわからない。備忘録フアイルに入れて10日後にチェツクできるようにしておこう。
  • 面白そうだと判断した場合―‐興味はあるが実際に応じるか決めるにはもう少し判断材料がほしい。「○○フォーラムについて調べる」をプロジェクトにしてリストに入れておこう。次にとるべき行動は、アシスタントに会社のことを調べさせて報告させることだ。メールで伝えておこう。
  • 判断を避けた場合――机の横に積み上がっている資料の山にとりあえず載せておこう。

コントロールや見通しが低下してモヤモヤした状態になってしまうのがどの選択肢か考えてみてほしい。

適切なものに注意を向けられるようになると、判断基準がはっきりして、ワークフローもスムーズになっていく。ただ、何の努力もせずにそれが達成されることは稀だ。

そのためには、人生や仕事において意味を明らかにする作業を意識的にやっていく必要がある。

この作業が身についてくるほど、より曖味で難解な「気になること」とも向き合つていけるようになり、成果を体感できる機会も増えていく。

あなたの子どもには、このような考え方が身についているだろうか。スタッフはどうだろう。

気が散る原因を積極的に見極めて対処していく方法を知らないせいで、集中力が低下したリエネルギーが奪われたりしていないだろうか。

リュックやカバンに大量の情報や資料を詰め込んで歩いている小学生を目にすると、私はいつも疑間に感じてしまう。

この子たちは相変わらず「気になること」だけを押しつけられて、それらを適切に処理する方法を教えられていないようだ。

学校に関わる人々――教師、親、生徒などのほとんどは、GTDを知ると、このようなことをしつかり教える仕組みが教育制度に組み込まれていないのはおかしいと訴える。

情報だけが大量に与えられ、それらをどのように扱うかの指導がほとんど行われていないのが現状なのだ。

注意が向いたことを収集してそれらの意味を見極めることは、状況をコントロールしていくうえで重要なカギとなる。

だが、その次のステップを実行しないと、コントロールの質はどんどん落ちていく。

意味が明らかになったことに、必要に応じていつでもアクセスできる状態が確立していないと、それらはまた無秩序な状態に戻ってしまうからだ。

次に説明していく「整理」ができていない限り、あなたの心が本当にリラックスすることはないのだ。

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