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無印良品は、仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい 松井 忠三

はじめに

「努力」を「成果」に直結させる

無印良品には、全社員の「知恵と努力」の結晶ともいえる、二つの分厚いマニュアルがあります。業務をスムーズに行うための「社内の仕組み」と、店舗サービスのあらゆる「標準」が書かれているもので、〝無印良品のすべて〟が詰まったものです。本書では、このマニュアルの一部を公開しながら、「仕組みを大切にする働き方」を紹介していきます。マニュアルと聞くと「無機質で、冷たい印象がするもの」と思うかもしれません。しかし、本文で詳しく紹介しますが、無印良品のマニュアルは、決して無味乾燥なものではありません。むしろ、日々の仕事に生き生きと取り組みながら、成果を出していくことができる、最強の〝ツール〟です。楽しく、ムダなく働きながら、仕事の成果を出していくことができるのです。■なぜ今「仕組み」を公開するのか私はいま、無印良品を運営する良品計画の会長を務めています。そんな私が、あえて無印良品の秘密を公開して、仕組みの大切さを説く理由は大きく二つあります。

一つは、やや大げさな言い方になりますが、日本の経済を元気にするために、一緒に頑張っていきたいという思いがあるからです。いまの日本には、経済状況が厳しいなかでも、努力に努力を重ねているビジネス・パーソンがたくさんいます。しかし、そのような「努力」が、正しく「成果」に結びついていないケースが多いように感じています。では、どうすればいいのか。そのヒントが、「かつて不振にあえいだ無印良品」にあると思ったのです。おかげさまで無印良品は、国民的ブランドとして成長しました。今では海外でも「MUJI」と呼ばれ、日本発のブランドとして知れ渡っています。しかし、かつては業績が悪化し、「無印良品はもう終わりじゃないか」と業界内で囁かれていた時期がありました。私は、そのような〝谷底に落ちていた時期〟に社長に就任しています。そこで最初に取り組んだのは、賃金カットでもなく、リストラでもなく、事業の縮小でもなく、仕組みづくりでした。簡単に言うと、それは「努力を成果に結びつける仕組み」「経験と勘を蓄積する仕組み」「ムダを徹底的に省く仕組み」。これが、無印良品の復活の原動力になったのです。仕組みとは、組織の根幹にあたるものです。これがしっかり築けていないと、いくらリストラをしたところで、不振の根本原因は取り除けず、企業は衰退します。何事も「基本」がなければ「応用」がないのと同じように、「会社の仕組み」がなければ、そこから「知恵」も、ひいては「売上げ」も生まれません。逆に、・シンプルに仕事ができる仕組みがあれば、ムダな作業がなくなります。・情報を共有する仕組みがあれば、仕事にスピードが生まれます。

・経験と勘を蓄積する仕組みがあれば、人材を流動的に活用できます。・残業が許されない仕組みがあれば、自然と生産性が上がります。このような無印良品の「仕組み」は、あらゆる業務に及んでいます。神は細部に宿る──これは、ドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエが残したといわれる有名な言葉です。この言葉の意味についてはさまざまな解釈がありますが、ディテールにこだわることが作品の本質を決める、という意味ではないかと私は考えています。企業の力を決定づけるのも、やはりディテールであり、それが仕組みなのです。■「チーム・リーダー」がやるべきこともう一つの理由は、どんな業種でも、どんな立場でも、「仕組みを大切にする考え方」は働くうえで大いに役立つと考えるからです。この本は、経営者はもちろんですが、一般ビジネスマンの役に立つ内容になっています。とくに、会社の部課長クラスのチーム・リーダーには是非、読んでいただきたいと思っています。リーダーに悩みはつきものです。やるべきことはたくさんあるでしょう。組織あるいは部署の運営で頭を悩ませているのなら、まずは仕組みを見直してみてはいかがでしょうか。大半の悩みは解決できるはずです。業績を伸ばそうとノルマを厳しくしたり、部下のやる気を引き出そうと発破をかけたりする。それも大切なことかもしれませんが、それより、仕組みをつくってみてください。そうすれば、人(部下)は自然と行動を変えてくれるはずです。チームの悩みの「答え」が、本書に書いてあるのです。リーダーが「努力を成果に結びつける仕組み」をつくらなければ、日本の企業はますます元気がなくなっていきます。逆に、仕事の生産性を上げられる仕組みを整えたら、おそ

らくどの企業も業績は回復するでしょう。ひいては、それが日本経済の復活にもつながるのではないか──と、私は考えています。本書が、日本の会社を元気にするきっかけになれば幸いです。松井忠三

目次

目次

はじめに

「努力」を「成果」に直結させる

序章 なぜ無印良品には〝2000ページのマニュアル〟があるのか ──「標準」なければ「改善」なし

商品開発から経営、接客まで……すべての仕事の原点

【無印のマニュアル①】あらゆる仕事を「標準化する」

【無印のマニュアル②】「商品名をどうつけるか」でわかること

【無印のマニュアル③】「仕事の効率を上げる」仕組み

【無印のマニュアル④】「勝ち続ける仕組み」のつくり方

「こうしたほうが、いいのに」を集める

1章 売上げとモチベーションが「V字回復する」仕組み ──「人を変える」ではなく、「仕組みをつくる」

「赤字三八億円からのV字回復」を実現

〝戦略二流〟でも〝実行力一流〟なら良し

経験主義だけでは「会社は滅びる」

会社の問題を「新しい仕組み」に置き換える

部下の意識が「自動的に変わる」方法

「売れ筋捜査」「一品入魂」のアイデアはどう生まれたか

「お客様の声からヒット作をつくる」具体策

「見せかけだけの突破口」に注意

優秀な人材は集まらない。だから「育てる仕組み」をつくる

人は「二度失敗して学ぶ」

走りながら考える。但し、腹を括って

2章 決まったことを、決まったとおり、キチンとやる ──「経験」と「勘」を排除せよ

マニュアルをつくったところが「仕事の始まり」

なぜ「仕組みをつくる」と「実行力が生まれる」のか

年間四四〇件の「現場の知恵」を逃さない

いいマニュアルは「新入社員でも理解できる」

視野を広げる方法──仕事の「何・なぜ・いつ・誰が」

「隠れたムダを見つける+生産性を上げる」法

あなたの仕事のやり方〝最新版〟になっていますか?

なぜ「商談のメモを部署全体で共有する」?

「七〇〇〇件の苦情を一〇〇〇件に減らした」リスク管理法

マニュアルで「人材を育成」する

マニュアルで「人材育成をする人を育成」する

「見える化→提案→改善」という循環

「結果的に正しい道」を歩こう

3章 会社を強くするための「シンプルで、簡単なこと」 ──「他者」と「他社」から学ぶ

「締め切りを守る」「ゴミを拾う」──強い社員の条件

なぜ「挨拶を徹底する」と「不良品が減る」のか

部長も社長も「さん付け」で呼ぶ

提案書のハンコは「三つまで」

知恵は「他社から借りる」

他社とは〝徹底的に〟交流する

反対勢力はゆでガエル状態で染めていく

「幹部は三年間、固定」せよ!

部下のモチベーションを上げる一つの方法

コンサルタントには組織は立て直せない

迷ったときは「難しいほうを選ぶ」

性格を変える、ではなく、行動を変える

4章 この仕組みで「生産性を3倍にできる」 ──「むくわれない努力」をなくす法

「結果を出せる努力」には方法がある

仕事の労力を一気に五分の一にした「考え方」

原因が見えた途端に問題の八割は解決する

「机の上がきれいな会社は伸びる」理由

「仕事のデッドライン」を見える化する

ホウ・レン・ソウが「人の成長を止める」!

「一八時三〇分退社を徹底する」理由

なぜ、残業をなくせないのか

提案書は「A4一枚」

「形だけの会議」をなくそう

5章 自分の仕事を「仕組み化する力」をつくろう ──「基本」があれば「応用」できる

自分を常に「アップデートする」法

「自分のMUJIGRAM」をつくろう

「上手なコミュニケーション」もマニュアル化できる?

家事だって「基本」があると「応用」しやすい

利益を出し続ける原動力としての「マニュアル」

おわりに

あせらず、くさらず、おごらず

序章 なぜ無印良品には〝2000ページのマニュアル〟があるのか

商品開発から経営、接客まで……すべての仕事の原点

無印良品の店舗で使っているマニュアル──MUJIGRAM。店舗開発部や企画室など、本部の業務をマニュアル化した──業務基準書。この二つの〝マニュアル〟には、経営から商品開発、売り場のディスプレイや接客まで、すべての仕事のノウハウが書かれています。MUJIGRAMは二〇〇〇ページ分にも及び、なかには写真やイラスト、図もふんだんに盛り込まれています。これほどの膨大なマニュアルをつくったのは、「個人の経験や勘に頼っていた業務を〝仕組み化〟し、ノウハウとして蓄積させる」ためです。ではなぜ、個人の経験と勘を蓄積させようとしたのか。「チームの実行力を高めるため」というのが答えの一つです。仕事で何か問題が発生したとき、その場に上司がいなくても、マニュアルを見れば判断に迷うことなく解決できる。たったこれだけのことでも、仕事の実行力が生まれ、生産性は高まるでしょう。メリットはそれだけではありません。マニュアルの各項目の最初には、何のためにその作業を行うのか──「作業の意味・目的」が書いてあります。これは、「どのように行動するか」だけでなく、「何を実現するか」という仕事の軸をぶれさせないためです。

は、実行力を養うテキストであり、自分が「どう働くか」を考えるための羅針盤にもなるのです。このマニュアルは、企業秘密がつまっているので、本来は社外に持ち出すことは厳禁です。今回は本書のために、特別に一部を公開し、その秘密を紹介していきます。

【無印のマニュアル①】あらゆる仕事を「標準化する」

たとえば、店の〝顔〟となる、店頭のディスプレイ──通りすがりの人の目を引きつけ、興味をもってもらい、店内に誘わなければなりません。マネキンのコーディネートなどは、それこそ「センスや経験が問われる作業」に思えますが、無印良品ではこれもマニュアル化しています。コーディネートを本格的に勉強するとなると、覚えるべきことは際限なくありますが、MUJIGRAMではたった一ページのなかにポイントを絞り込んでいます。「シルエットを△形か▽形にする」「使う服の色は三色以内」──基本はこの二点だけです。これとは別に、参考として「色についての基礎知識」を解説したページがあります。これで、誰であっても手探りをしながら、洋服を組み合わせられるようになる。極端にいえば、新入社員でもマネキンのコーディネートができるのです。どんな作業にも「うまくいく法則」があります。それを見つけ、標準化するのです。

【無印のマニュアル②】「商品名をどうつけるか」でわかること

無印良品の商品タグには、「商品名」と「わけ」(後述)が書いてあります。このタグ一枚で、商品の説明をすると同時に、〝無印良品らしさ〟を出さなければなりません。もし担当者がそれぞれの〝思い〟だけで考えると、表記もニュアンスもバラバラになるでしょう。そのため、業務基準書では、商品名とコピーのつくり方も決めています。「無印良品の商品名のつけ方=まずはお客様にとってわかりやすいこと」「ウールや麻、綿などの天然素材の名称は使って良い。コットンやヘンプは使わない」「言葉で飾り立てようとしない。正直なモノを語るには、正直な言葉で」──読む人に、無印良品の理念まで伝わるように解説されています。こうした基準をつくることで〝無印良品らしさ〟が徐々に浮かび上がってきます。実際にタグを見たお客様にも、それが伝わるでしょう。マニュアルは〝その会社が大事にしていること〟もはっきりさせてくれるのです。

【無印のマニュアル③】「仕事の効率を上げる」仕組み

仕事の効率も、「仕組み」によって高まります。たとえば、無印良品の本部では、「一八時三〇分以降の残業をしない」という決め事をつくりました。すると、「残業をしないために、何を優先するか。何を省くか」と考え始めるようになります。自然と、仕事の生産性を高める行動がとれるのです。また、ある部署では、「取引先の名刺を共有する」「商談内容を共有する」仕組みがあります。取引先の担当者を検索するムダを省くことができますし、商談相手の重複といったムダをなくすことができます。仕組みをつくり、共有して、実践・改善していく。すると、ムダな作業は減り、仕事に迷いがなくなります。余裕をもって業務に取り組めるようになるでしょう。結果、仕事の効率が上がっていくのです。

【無印のマニュアル④】「勝ち続ける仕組み」のつくり方

無印良品のように、全国にチェーン展開するような業種では、「どこに店を出すか」が経営の成否を決めるポイントになります。無印良品では、この「出店の可否判断」の方法まで業務基準書で決めています。候補地に関する情報の集め方から、現地調査の仕方、出店した場合の売上げ予測の立て方など、出店に関する評価業務をマニュアル化しているのです(集めたデータをもとに点数をつけ、S→A→B→C→D……と評価。C以上の評価の候補地について検討します)。この一連の流れを仕組み化することで、開発担当者の印象や勘で判断するのを防ぎ、誰でも等しく評価できるようになります。海外に出店する場合も、海外用の出店基準に沿って評価をしてから、出店するか否かを決めています。海外展開を成功させる秘密も仕組みにあるのです。

「こうしたほうが、いいのに」を集める

社外の方がMUJIGRAMを見ると、必ず「ここまで書くのですか?」と驚きます。たとえば、無印良品の店舗では五種類のハンガーを使っているのですが、それぞれに洋服をかける場合の注意点まで、写真入りで説明しています。「それぐらい、口でいえばわかるのでは?」と思われるようなことまで明文化する。これは〝仕事の細部〟こそ、マニュアル化すべきだという考えがあるからです。無印良品では、お客様がどの店舗に行っても、同じような雰囲気の中で、同じサービスを受けられることを目指しています。店の雰囲気は、店内のレイアウトや商品の並べ方、スタッフの身だしなみ、掃除の仕方……といった〝細部〟の積み重ねでつくられますが、このような〝細部〟は往々にして、個人個人で判断してやってしまいがちです。だから、社内で統一することが難しい。マニュアルにする必要がある所以です。「細かいことまで決められていて、ちょっとめんどくさいな」「仕事がルーティンだらけになりそうだ」と思われる方もいるかもしれません。それは逆です。マニュアルは、仕事に潤いさえ与えてくれます。無印良品のマニュアルは、現場で働くスタッフたちが「こうしたほうが、いいのに」と感じたことを、積み重ねることで生まれた知恵です。また、現場では毎日のように問題点や改善点が発見され、マニュアルは毎月、更新されていくのです。仕事の進め方がどんどんブラッシュアップされるし、自然と、改善点がないかを探しながら働けるようにもなります。このように、仕事が停滞せず、常に〝動いている〟様子を、私は「血が通う」と表現します。そして、MUJIGRAMや業務基準書は、無印良品にとっての血管です。血管が詰まれば、組織も人も動脈硬化を起こします。常に成長し続けないと、あっという間に衰退するのが、企業という生き物です。〝現状維持〟はありえません。反対に、マニュアルが更新され続ける限り、成長は止まりません。仕事のマニュアルは、成長を図るバロメーターでもあるのです。みなさんの会社はどうでしょうか?次章から紹介する、マニュアル(仕組み)を大切にする働き方を参考にしてみてください。

1章売上げとモチベーションが「V字回復する」仕組み ──「人を変える」ではなく、「仕組みをつくる」

「赤字三八億円からのV字回復」を実現

三八億円の赤字──二〇〇一年の八月中間期、無印良品に衝撃が走りました。無印良品というブランドが生まれて二〇年。母体だった西友から、株式会社良品計画として独立して一〇年ほど経った頃のことです。それまでは、無印良品は右肩上がりの成長を続けていました。当時は〝バブル崩壊後の失われた一〇年〟と言われ、長引く不景気から世の中には閉塞感が漂い、百貨店や大手量販店は軒並み低迷。そのなかにあっても無印良品は、赤字を一度も経験したことがなく、一九九九年には売上高一〇六六億円、経常利益(営業利益と営業活動以外の損益を合計した利益)一三三億円を達成していたのです。その成長ぶりは「無印神話」とまで言われていました。それが、三八億円の赤字です。世間の評価も一転して、「無印良品の時代は終わった」と囁かれるようになりました。社内でも「この会社はもうダメなのではないか」という諦めムードが蔓延していたころ、私は社長に就いたのです。通常、赤字を出した企業がまず手掛けるのは、リストラや早期退職による人件費削減、不採算部門からの撤退、資産売却などでしょう。けれども、私はそれでは根本的な解決にならないと思っていました。無印良品に潜む、根本的な原因とは何か。スタートから二〇年が経ち、ブランドの〝革新的な部分〟が、お客様のニーズに遅れるようになってきたことが一番大きな原因ではないか、と思い至ります。さらに、西友がセゾングループの一員だったことも影響していました。セゾンから、経験と勘を重視しすぎる体質を受け継いだため、社員が上司や先輩の背中だけを見て育つ〝経験至上主義〟がはびこっていました。仕事のスキルやノウハウを蓄積する仕組みがなかったので、担当者がいなくなったら、また一からスキルを構築し直さなければならなかったのです。これでは昨今の、めまぐるしく変化するビジネス環境についていけません。そこで私が考えた解決策が、本書のテーマである「仕組み」です。仕組みづくりとは、会社の風土、社員がつくっている社風を変える試みでもあります。

セゾン色に染まった風土を、無印良品色に、新しく染め直す。それが谷底から這い上がるための方法なのだと、固く信じていました。もちろん、不採算店の閉鎖・縮小や海外事業のリストラなどの大手術も必要でしたが、同時に社内の業務の見直しも始め、MUJIGRAMや業務基準書などのマニュアルを整備し、徹底的に見える化を図りました。結果、二〇〇二年度には増益に転じ、二〇〇五年度には売上高一四〇一億円、経常利益一五六億円と過去最高益になりました。社長として最後となる二〇〇七年度には三年連続して過去最高となる売上高一六二〇億円、経常利益一八六億円を達成したのです。仕組みをつくれば、どんな時代でも勝てる組織の風土をつくりあげられる。それは無印良品だけではなく、どの企業にも通用する法則です。社員一人ひとりのモチベーションを上げ、能力を最大限に引き出し、組織を強くするのは、劇的な改革ではありません。必要なのは、地道な仕事の習慣を根付かせることだと、断言できます。

〝戦略二流〟でも〝実行力一流〟なら良し

戦略一流の企業と、実行力一流の企業。この二つの企業が闘ったとき、勝つのは間違いなく後者です。戦略を考えることももちろん重要ですが、実行に移せなければ意味がありません。私が社長になってから何度も読み返した『経営は「実行」』(ラリー・ボシディ、ラム・チャラン著、日本経済新聞社)という本があります。これは、CEOとして実際の経営の中で悪戦苦闘した経験を持つ経営者と、ハーバード・ノースウェスタン大学で教鞭をとりながら世界中の企業リーダーのアドバイザーとして活躍するコンサルタントの二人が、「成功している企業の、成功の本質」を描き出した本です。本のなかには、私が重要だと思ってマーカーを引いた部分がたくさんあるのですが、その中でとくに印象に残っている言葉があります。「議論を重ね、保養地での会議を何度も開くが、行動は起こさない。これが実行力のある企業とない企業の違いの一つだ」との一節です。毎日何時間もの会議を開き、けれども結論は出さずに次回に持ち越す。そのような企業は多いのではないでしょうか。戦略や計画をいくら綿密に練っても、実行しない限り、絵に描いた餅にすぎません。多少の戦略の間違いは実行力で取り戻せます。まずは、第一歩を踏み出す決断が必要です。無印良品を生み出したのはセゾングループです。世の中がブランド志向に走っている時代に、アンチテーゼとしてノーブランドの自社商品を開発しようという発想で生まれました。当時のキャッチフレーズは、「わけあって、安い」。デザインはシンプルに、さらに素材を見直し、生産工程でのムダを省き、包装を簡素化するという方針は時代にマッチし、お客様から愛されてきました。セゾングループはそういった発想力や事業構想力には優れていました。しかし、その発想を実現する実行力が欠けていたのです。私は良品計画に移る前、西友に所属していました。当時、セゾングループ代表の堤清二氏に企画を通すために、西武百貨店、パルコの担当者と一緒に、膨大な提案書を書くことがありました。そのときは一週間ぐらい研修所に寝泊まりして、資料を集めて作成したものです。堤氏は大変なマーケッターですから、その域に達する企画書をつくるのは困難を極めます。現場からのヒアリングだけを材料にしてつくった企画ではとても通りません。構想を

最大限に膨らませ、時には現場のニーズを斟酌することすらできませんでした。したがって、晴れてその企画が通っても、膨大な企画書をつくり上げるだけで疲れてしまい、実行する気力がわいてこないのです。しかも、現場を無視した机上のプランなので、現場に提案しても「これは無理ですよ」と一蹴される始末です。組織は巨大化すればするほど、トップと現場との距離は広がっていくものです。それでは実行力のない、頭でっかちで足腰の弱い組織になってしまいます。私が仕組みづくりを重視したのは、無印良品を実行力で一流にするためでもあります。当時のスローガンは「実行九五パーセント、計画五パーセント」「セゾンの常識は当社の非常識」でした。社内で激しく議論を戦わせただけで、仕事をした気になっていませんか?私は、「会社に議論は似合わない」と考えています。社員同士で丁寧に議論して、方向性を決めるのではなく、方向はトップが決め、方向が定まったら、実行に全エネルギーを注ぐような身軽さを持っていなければなりません(もちろん、実行にあたっての議論は不可欠ですが)。そのスピード感や判断力は、仕組みによって磨かれていきます。卑近な例ですが、たとえば会議をペーパーレスで運営する仕組みにするだけで、会議の準備作業を大幅に省略できます。たったこれだけのことでも、省略された時間の分、他の仕事に注力できるので、組織の足腰が強くなっていくのです。これは企業という単位に限らず、部署レベルにも当てはまります。実行力のあるチームにするには、ムダな作業を徹底的になくし、現場の社員が能動的に動けるような仕組みづくりが不可欠なのです。

経験主義だけでは「会社は滅びる」

私が良品計画の無印良品事業部長に就任したころの話です。千葉県の柏島屋ステーションモールに新規出店することが決まり、開店の前日に現場を訪れました。開店前日はいつもそうですが、店長もスタッフもみな高揚感があり、忙しそうに駆け回ります。夕方の六時ごろには商品を並べ終え、スタッフは「お客さん、たくさん来てくれるといいね」「この商品、私も欲しいな」などと話しながら一息ついていました。その時、他店の店長が応援に駆けつけました。そして売り場を一目見るなり、「これじゃあダメだよ、無印らしさが出てない」と、いきなり商品の並べ替えを始めたのです。新しい店の店長は戸惑っていましたが、ベテラン店長に物申すわけにもいかず、結局スタッフ総出で並べ替えました。ようやく並べ替えが終わったころ、今度は別の店長がやってきました。そして、「ここはこうしたほうがいい」と、直しはじめました。そのような調子で、応援に来た店長がそれぞれ売り場を変えてしまうので、夜の一二時を回っても、まだ作業は終わりません──。当時は、店長の数だけ、店づくりのパターンがあったのです。その光景を見ながら、私は「まずいな。このままでは無印良品の未来はないんじゃないか」と感じていました。悪い予感は的中しました。無印良品の母体であった西友の業績が悪くなったとき、希望退職を募ると、優秀な社員から抜けていってしまったのです。その中には多くの店長も含まれていました。店長がいなくなると、その店で今まで築き上げてきたノウハウがすべてなくなります。売り場づくりのノウハウは店長の頭の中だけにあったので、スタッフには何も残されなかったのです。当時のお店づくりは、個人のセンスや感覚に頼っていました。たしかに素晴らしい感性を持つ店長がいて、その店長のもとではいい売り場ができていました。ところが、そういう〝一〇〇点満点〟のような店長は、一〇〇店舗のうち、二~三店舗ぐらいの割合でしかいません。半数以上の店は、標準以下の〝六〇点の店づくり〟をしている状態だったのです。

これでは、お客様に満足いただける環境や商品を提供できません。それなら、一〇〇点の店がなくてもいい。すべての店が及第点の〝八〇~九〇点の店〟になったほうが、チームとしては強いはずです。そうするには、今まで個人のセンスや経験に頼っていたことを企業の財産にできるように、合理的な仕組みをつくることが有効でしょう。これが、MUJIGRAMをつくろうと思った瞬間でした。社長就任直後は、赤字で瀕死の状態になった会社の止血をするためにドラスティックな改革も手がけましたが、業績が上向きになったころ、仕組みづくりに本腰を入れて取り組みました。その一環として、MUJIGRAMの構築にも着手しました。仕組みづくりは社長時代だけではやりきれず、会長になった現在も続けています。組織の改革は一朝一夕ではできません。リーダーに必要なのは徹底力であり、組織の向かうベクトルをまとめる、それをできるまでやる、やり遂げるしかないのだと、私は社長になった時に覚悟を決めたのです。

会社の問題を「新しい仕組み」に置き換える

無印良品にあった問題は、読者の方の会社にある問題と共通している部分が多いかもしれません。そこで、本項からは、無印良品で行われた改革をなぞり、仕組みの重要性に触れながら、会社のV字回復の方法を模索します。無印良品で〝危機的な状況〟に直面したとき、まず会社の業績が悪化した原因はどこにあるのか、さまざまな角度から分析してみました。そして、次の六つの「内部要因」を挙げました。①社内に蔓延する慢心、おごり、②急速に進む大企業病、③焦りからくる短期的な対策、④ブランドの弱体化、⑤戦略の間違い、⑥仕組みと風土をつくらないままの社長交代。これに加え、ユニクロやダイソーなどの競合他社が台頭したという「外部要因」もあります。しかし、そこで思考を停止しては、問題の本質を見極めることはできません。「内部」に潜む問題の本質がわからなければ、適切な手を打てないのです。そのため何度も店に足を運び、社内の意見も聞きました。自分の目で見て、耳で聞いて、問題点を見つける。それが問題解決の第一歩です。とはいえ、ここまでは、どこの企業でもできるでしょう。問題は、それを解決する実行力です。問題点を特定したら、その構造を探ります。必ずどこかにその問題を生む構造があるからです。「景気が悪くなったから」「社員のやる気が足りないから」といった漠然とした理由で問題が起きるのではありません。そこで問題を探るのをやめてしまったら思考停止しているのと同じです。問題の構造を見つけたら、それを新たな仕組みに置き換える。そうすることで組織の体質は変わり、実行力のある組織になるのです。たとえば、バブル崩壊後、日本では終身雇用や年功序列は悪しき慣習だという風潮になり、多くの企業が人事制度を見直しました。欧米型の成果主義を導入した企業も多かったのですが、いち早く実践した富士通で、うまく機能しなかったのは周知の事実です。社員が自分だけの目標に固執してチームの成果

をないがしろにした、あるいは適正な評価をもらえなかったといった理由で内部がガタガタになり、業績が悪化しました。これも本質からずれた改革をしてしまった結果でしょう。トップを代える、リストラをするといった対処法だけでは組織の体質を変えられないので、景気が悪くなったらまた同じような危機に陥ります。根本的な原因を探り当て、新しい仕組みに置き換えないと、組織の体質は変えられないのです。

部下の意識が「自動的に変わる」方法

成長を続けていたはずの無印良品が、初の減益に転じた──その大きな原因は、大型店の相次ぐ出店で投資コストが想定以上にかかったこと、また、店舗の大型化に伴って商品数を増やしすぎたことです。四年半で商品数が二倍になるほどの勢いで開発したため、一つひとつの商品の力が落ち、ヒット商品が生まれなくなっていたのです。その背景にあるのは、〝無印神話〟によりかかっていた経営陣や社員の姿勢です。右肩上がりの時代に、無印良品は徐々に内部から蝕まれていったのでしょう。店を出せば売れる、商品をつくれば売れるのだと、無印良品のブランドを過信したのです。業績が好調なその時期、ホームセンターのニトリや一〇〇円ショップのダイソーは、無印良品の商品を買い込んで、あれこれ研究していました。そして、同じ質の商品を三割安く仕上げて売るような企業努力をしていたのです。ところが、無印良品にはまったく危機感はなく、それまでのやり方を変えようとしませんでした。当時、取引先のほうが危機感を抱き、「ニトリさんでこういう商品が売れているから、無印さんでもつくったらどうですか」と提案してくれたこともあったようです。それを聞いて担当者はありがたがるどころか、「無印は今のままでも売れているのだから、このままでいいんです」と一蹴する始末。社内には、おごり・慢心が蔓延していたのです。これは大企業や老舗の企業、業績のよい企業でよく見られる光景でしょう。「うちの企業は大丈夫」と高を括り、危機感を抱かないのです。現在、日本の家電メーカーはどこも危機的な状況だといわれていますが、当の社員は「さすがに倒産はしないだろう」といまだに思っているという話も耳にします。無印良品も、赤字に転落してもなお、おごりは拭いきれずにいました。問題点を洗い出し、解決案を募っても、過去の成功体験の延長線上の考えしか出せなかったのです。社員、あるいは部下の意識をどう変えればいいのか。これは多くのリーダーが直面する問題でしょう。たいていは教育から変えようとして、外部からコンサルタントを招き、社員に研修を受けさせて、意識改革をしようとします。

しかし、それでうまくいく試しはありません。私が西友で人事を担当していたときの話です。業績が悪化していくにつれ、社内でも段々と危機感が生まれました。まずは幹部の意識改革をしようということになり、取締役から部長まで三〇〇人ぐらいの幹部が二泊三日の研修に参加することになりました。これは、参加者をグループ分けし、同じグループになった人から、一人ひとり長所や短所を指摘されるという〝三六〇度評価〟をする研修でした。幹部になるくらいの人たちは、それなりにプライドや実績を持っているので、他人から思ってもいない短所を指摘されるのは不愉快なものです。研修の夜の懇親会の席で、私は幹部に呼び出され、「お前、なんだってこんな研修をやろうと思ったんだ!」と叱責を受けたりもしました。そこまで苦労して行なった意識改革の研修──その効果は、どれほどだったと思いますか?成果は、まったくありませんでした。結局、このショック療法も効かず、意識改革も進まず、西友は持ち直せませんでした。その後、西友はウォルマートに買収されています。このことからわかるのは、いきなりの意識改革は難しいということ。そもそも、ビジネスモデルが世の中のニーズと合わなくなっているから業績が悪化しているのであり、社員の意識だけを変えようとしても根本的な解決にはなりません。ビジネスモデルを見直して、それから仕組みをつくっていく。その仕組みに納得して、実行するうちに、人の意識は自動的に変わっていくものなのです。この順番が間違っていると、せっかくの改革もムダに終わってしまいます。本質的な部分から着手しないと、抜本的な改革は実現できないのです。

「売れ筋捜査」「一品入魂」のアイデアはどう生まれたか

大企業病に陥ると、現場とリーダーの意識が乖離していきます。それを埋めるには、リーダーが現場に出向いてスタッフの声を聞くしかありません。私が社長に就任してまず行ったのも、全国の店舗を行脚して回ることです。当時常務の金井政明をつれ、直営店一〇七店を一軒ずつ回りました。ただ視察して回るだけでは、表面的なことしかわかりません。夜は店長らスタッフと共に飲みに行き、そこで腹を割って話す場を設けました。最初は警戒して他人行儀なことしか話さなかった店長らも、こちらが話を聞く態勢でいるとわかると、徐々に本音を話しだします。そうして、本社にいるだけでは決してわからない現場の問題点が色々と見えてきました。過剰在庫の問題も、店を見て気づいた点です。救いだったのは、本社は意気消沈していたけれども、店は元気だったこと。無印良品は店長もスタッフも、もともと無印ファンだった人が多いので、店を愛する思いが強かったのです。「消費社会や旧態依然とした商習慣に対するアンチテーゼ」という創業時のコンセプトが人を惹きつけていたのでしょう。スタッフも元気に声を出して接客していましたし、店ごとにあれこれ工夫して売ろうとしていました。そして現場のスタッフたちの「自分たちが頑張らないと!」という思いから、さまざまな知恵が生まれました。後述しますが、無印良品では、前年のデータをもとに、売り場の在庫管理と自動発注を連動させる仕組みをつくりました。ただし、コンピュータだけに頼っていると、キャンペーンや特売をしたときや、気温の変化が激しかったときなどに対応しきれず、売り場に穴が開くという事態も起こります。すると売り場から、売れ筋の商品を多めに仕入れたほうがいいのではないかという意見が寄せられました。このようなアイデアに耳を傾け、それを仕組み化することで、現場とのコミュニケーションを図れます。このときは、この意見を精査したうえで、「売れ筋ベスト一〇の商品を常に店で把握し、その商品は目立つ場所に陳列する」という仕組みにしました。これを「売れ筋捜査」と呼んでいますが、この仕組みのおかげで、在庫管理がさらに円滑にできています。また、「一品入魂」という制度も、現場から生まれたアイデアです。これは「店のスタッフ一人ひとりが売りたい商品を一つ決めて、お試し価格として二割

ほど安くして売る」という手法です。なぜその商品がお勧めなのか、スタッフが自分でコメントを書いてアピールするので、自然と力が入ります。このような自発性があったため、厳しい業績の間でも、現場サイドは非常に前向きでした。だから無印良品は立ち直りが早かったのだと思います。業績が低迷している現場で、いくらリーダーが売り上げアップを説いたところで社員は動かないでしょう。まずは現場との溝を埋めて、不満に耳を傾け、一緒に解決策を考える──今の時代のリーダーに必要なのはカリスマ性ではなく、現場でも自由にものを言えるような風土をつくり、その意見を仕組みにしていくことです。そうして現場の自発性が育てば、自ずと実行力のある組織になっていきます。

「お客様の声からヒット作をつくる」具体策

よく「クレームは宝」といわれていますが、お客様の声を活用する具体的なシステムを整えている会社は少ないのではないでしょうか。「お客様の声を集める」仕組みは大事です。無印良品にも、電話やメールなどで、お客様からの要望が毎日のように寄せられます。「商品がほつれている」「前に買ったものよりゴムが緩い」といったご指摘もありますし、「キャスター部分の交換はできるのか」という問い合わせもあります。こうしたご意見は、「声ナビ」というソフトに入力し、毎週一回、関係者でチェックし、商品に反映するかどうかを決めています。同時に、「くらしの良品研究所」というサイトを立ち上げ、お客様とコミュニケーションをとりながら商品開発をしていく仕組みを整えました。くらしの良品研究所には、「蒸れない帽子をつくれませんか」「このサイズの机をつくってほしい」など、さまざまなリクエストがあります。それも週一回、関係者で吟味し、商品化するかどうかを決めます。お客様の声から生まれた商品の代表例は、「体にフィットするソファ」でしょう。四角いボックス型のソファの中身に微粒子ビーズを使用し、伸縮性の異なるカバーをかぶせることで、よりかかっても上に寝転んでも身体になじむ仕様になっています。これは、「部屋が狭くてソファが置けないならば、大きなクッションにソファの機能を付けたらどうだろう」というお客様のリクエストから生まれました。今でも年間一〇万個も売れる大ヒット商品です。くらしの良品研究所では、自分の声がどう商品に反映されているのかがわかるので、お客様も積極的に参加してくれるのでしょう。こうした仕組みも無印良品の商品力を強化することに役立っています。クレームもリクエストも、実際に役立ててこそ、本当の宝になります。そう考えると、どの企業にも、アイデアの宝が山ほど眠っているのではないでしょうか。

「見せかけだけの突破口」に注意

どこの企業でも、どんなチームでも、業績が低迷すると、商品やサービスを見直します。今までにない商品を開発して心機一転を図ったり、流行を取り入れてみたりと、思いつく限りのことを試してみると思います。それでヒット作が出るならいいのですが、たいていは不発で終わります。貧すれば鈍するの典型で、目先の利益に飛びついてしまうからです。無印良品も、業績が悪化したころは混迷を極めました。たとえば、一時期、赤やオレンジなど華やかな色合いの衣料品を販売していたことがあります。もともと商品づくりでは、自然界にある色と天然素材でつくることをコンセプトとしてきました。そうすると、衣料品も自ずと色合いは白やベージュ、グレーなどのベーシックな色が中心になります。時折、お客様から「モノトーンだけでは飽きるから、もっとカラフルな服があったらいいのに」という要望が寄せられることがありました。そして、商品を開発している人が、「そこが、業績回復の突破口になるのではないか」と飛びついたのです。社員も必死になっているので、新しいタイプの服が出来上がると、懸命にPRして売り出します。すると、いつもの無印良品とは違う新鮮さがあるからか、確かにしばらくは売れました。しかし、それも長続きはしません。多くのお客様は他店にはないものを求めてお店に来ているのに、「他店にはない、無印らしさ」を失ってしまったら、無印良品で買う意味がなくなってしまうのです。自然界にある色と天然素材を使い、シンプルなものをつくるというブランドの根幹に当たる部分を変えてはいけなかったのです。業績が悪化したときに戦略や戦術の見直しを図るのは必要ですが、ぶれてはいけない軸がぶれてしまうと、お客様は離れていきます。日本の多くのものづくりのメーカーが低迷している理由も、そこにあるのではないでしょうか。これはたとえば、寿司が売れないからと客の要望を聞いてツマミを増やした結果、居酒屋と大差なくなり、結局ほかの居酒屋に負けるのと同じです。流行に流されるほうが楽なのですが、流行は文字通り一過性であるケースが大半です。お客様第一で要望を聞き入れるのは大事ですが、どこまでも聞いていてはブランドのコンセプトが揺らいでしまいます。

足元を固めるために、自社が目指してきたコンセプトをしっかりと再確認したうえで、それを進化させる形で経営戦略を立てるべきなのです。

優秀な人材は集まらない。だから「育てる仕組み」をつくる

超優秀でスター性のある社員が一人いれば、低迷している部署でも一気に巻き返しを図れるような気がします。どこの企業も、どこの部署でも、優秀な社員は喉から手が出るほど欲しいものです。外資系の企業では、ヘッドハンティングされるような優秀な人材が、待遇のいい企業を求めて渡り歩くのはよくある話です。確かに、そういう社員は組織のカンフル剤になるかもしれません。しかし、その社員が抜けた後はどうなるのでしょうか。そのような社員はノウハウを組織に残すことなく去るので、業績が一気に悪化することもあり得ます。優秀な人材はどこかから引っ張ってくるのではなく、組織の中で地道に育て上げるべきなのです。無印良品の衣服雑貨が不振になった時、責任を取らされる形で何人かの社員が辞めていきました。そこで人材を補うために、新聞の求人広告でアパレルの経験者を募りました。すると、有名ブランドで開発を担当していたような立派な肩書の人が集まりました。これで何とかなると思っていたのもつかの間、却って混乱しただけでした。前項のように無印良品のそもそものコンセプトからは逸脱した商品が生まれたり、他社の商品をコピーしたりと、それまでの無印良品の風土が軽視されたのです。なかには、取引先にリベートを要求するような人もいました。こういった経験から学んだのが、「優秀な人材は簡単に集まってくるものではない」という事実です。そもそも優秀な人材なら、その会社が手放そうとしないでしょう。優秀な人を採用するためにコストをかけるのではなく、優秀な人材を育てるべく社内に人材育成の仕組みをつくるほうが、時間はかかっても組織の骨格を丈夫にします。無印良品では、「人材委員会」「人材育成委員会」という二つの機関をつくっています。詳細は省きますが、人材委員会は異動や配置を検討し、人材育成委員会は研修などを計画します。このような仕組みをつくったのは、人材は適材適所で育つからです。営業が向いていない社員に対して、何年も営業を経験させていては、いたずらに消耗させてしまうようなものでしょう。人には得手不得手があるのですから、すぐれたパフォーマンスを引き出せる部署に配置するのも、リーダーの役割です。人の適性を見極めるときにも、個人的な感情には頼らないのが基本です。無印良品では「キャリパー」という性格判断のツールを使って、社員一人ひとりの適性を判断しています。

妙にシステマティックに思えるかもしれませんが、直属の上司だけの判断に任せていたら、好き嫌いの感情が入ってしまい、冷静な判断ができなくなるでしょう。また、店舗のスタッフも、アルバイトから正社員へとステップアップできる制度があります。なかには、一八歳でアルバイトから始めて二二歳で正社員になり、二三歳で店長を務め、二五歳でマーチャンダイザー(仕入れ担当者、以降MD)になったケースもあります。実力がある人にはチャンスがある、という仕組みを整備しているのです。もちろん、人材育成はそれぞれの組織に合った方法があると思います。いずれにしても重要なのは「組織の理念や仕組みを身体にしみこませた人材」を育てることです。一般的な「できる社員」を育てても、自社に貢献するわけではないと考えておくべきです。

人は「二度失敗して学ぶ」

二〇〇一年三月、私は新潟県の小千谷市にある焼却処理場にいました。目の前には段ボールが山積みになっていました。その段ボールの中にあるのは、長岡にある物流センターの衣料品の在庫です。無印良品の社員にとっては、〝わが子〟のようなものです。それを大きなクレーンがわしづかみにし、次々に炎に投げ込んでいきます。炎で焼かれる商品を見る社員の目がうるんでいたのは、煙のせいではないでしょう。私は煙突から上がる煙を見て、「これが無印良品が置かれている状況なのだ」と自分に言い聞かせました。これで膿を出し切ることができるはずだ、と──。社長に就任して間もないころ、私はこのように大ナタをふるったのです。全国の店舗を歩いて回っていたとき、店頭が汚いことに気付きました。汚いといっても掃除をしていないという意味ではありません。その年の春物の商品が置いてある一方で、売れ残った昨年や一昨年の春物や冬物を値下げして置いてあり、処分のためのPOPが林立していたのです。もったいないから売り切りたいというスタッフの気持ちもわかりますが、売れ残りに手を伸ばすお客様は少ないでしょう。無印良品の衣料品がベーシックなデザインであるとはいえ、やはりその年ごとに好まれる商品の傾向があります。売れ残りの商品は、帳簿では三八億円。売価では一〇〇億円にもなります。普通は、もっと値下げをしてすべてを売り切ろうと考えるかもしれません。しかし、私は不良在庫を商品開発担当者の前で焼却しました。在庫対応の時間的な期限も切迫していました。これがショック療法となれば、「過剰な在庫」の問題もなくなるだろうと思っていたのです。ところが半年後……、また在庫がたまりました。人は一度の失敗からは学ばない、二度失敗してようやく学ぶものなのだと、私はこの経験から学びました。一度失敗して改善されなかった場合、多くの場合はそこで直らないものなのだとあきらめるのかもしれません。けれど、二度失敗して初めて問題の深刻さに気付き、原因が何なのかを探れる姿勢になれるものなのでしょう。では、在庫が過剰に築かれる原因は何か。

第一に、「欠品を恐れる」という理由がありました。右肩上りの時代は、一〇〇売るためには一五〇ぐらいつくっておかないと欠品していました。しかし二〇〇一年には衣服・雑貨の既存店昨年比は七五%でした。一五〇つくると半分売れ残る割合です。第二は、一〇〇の売上げにするには、処分等で売らないと売上げが稼げないので、余計につくっておかないと目標に届かないということです。それならば、MD(マーチャンダイザー)に、仕入れを抑えるように指導すればいいと、普通は思うかもしれません。しかし、言葉でいくら言っても、人は納得しないと動かないものです。また、別の問題もありました。調べてみると、MDは商品の販売情報を〝独自に作成した帳票〟で管理していました。個人の勘や経験が蓄積されていたものの、その情報を抱えているのはMDだけなので、上司のチェック機能が働かないのです。ここにも見える化が必要だったのです。さっそく、本社で販売情報を管理するフォーマットをつくり、それを使うように各MDに指示を出しました。当然のように、MDからの抵抗はありました。自分なりの方法で築き上げてきたやり方を変えるとなると、それまでの自分の苦労を全否定されたように感じるものです。しかし、私は社長直轄のチームをつくり、MDから古い帳票を没収してしまいます。強制的に本社のやり方に従うようにしたのです。さらに、商品開発の仕組みも整えました。新商品を投入して三週間後に販売動向を確認し、計画の三〇%売れていれば増産し、そうでなければデザインを変更して素材を使いきるようにしたのです。これをコンピュータで管理し、今まで「何となく」やっていた商品開発や仕入れの作業を、一つの仕組みにしたのです。こうして、二〇〇〇年度末に五五億円あった衣服・雑貨の在庫は二〇〇三年には一七億円にまで削減できました。仕組みがうまく機能するようになれば、現場のスタッフの抵抗もなくなります。丁寧に説明し、わかってもらうようコミュニケーションをとるのは重要ですが、それでも理解してもらえない場合は、思い切った行動をとらなければなりません。そこで社員やスタッフの顔色を窺っていたら、改革は骨抜きになります。断固としてやり遂げる勇気もリーダーには求められているのです。

走りながら考える。但し、腹を括って

二〇〇一年は出血を止め、構造改革をスタートする、二〇〇二年は社風を変えて次の成長へ向けての準備をする。そのように年ごとにテーマを決め、あらゆる方向から無印良品の改革を進めました。改革にはスピード感が重要で、戦略が間違っていても、実行力があれば軌道修正ができます。社内のITシステムを構築するときも、「七割できていればよし」とし、後は使いながら機能を変更したり追加するようにしました。とくにITの分野は変化が激しいので、開発に数カ月かかっていたら、その間に、求められる機能が違ってしまいます。走りながら考えないと間に合わないのです。不採算店を整理したり、過剰な在庫を減らすなどのドラスティックな改革をしたこともあり、赤字に転落してから二年で業績は上向きはじめました。しかし、そこで改革の手を緩めては、元の木阿弥です。MUJIGRAMをつくり始めて業務の標準化を図り、社員が個々で管理していた文書を共有させるなど、担当者がいなくなったとしても情報が残る仕組みをコツコツつくりあげました。それでも経営には波があるものです。二〇〇八年には増収減益に転じ、二〇一〇年まで減益が続きます。これは二〇〇八年に起きたリーマンショックの影響で、世界的に景気が悪化したという外部要因があります。さらに、細身のデザインの流行を追いすぎた結果、競合のユニクロなどと同じ土俵に立ってしまっていたという内部要因もあります。このとき商品力をつけるためにどうすべきかと考え、素材を見直しました。インドやエジプトから有機栽培のコットンを調達して商品を開発したところ、安全性を求める消費者のニーズと一致して、再び業績は上昇し始めます。一度V字の底を体験しているので、社員は業績が悪化しても悲観せず、すぐに解決策を探るという風土がようやく固まりつつあります。このような組織の風土になれば、この先どのような危機に見舞われたとしても乗り越えられるでしょう。これこそ実行力のある組織です。経営にまぐれはない。これは私が経営者になってから、つくづく実感していることです。

業績が好調なのは景気がよかったから、ブームが起きたから、といった〝たまたま〟ではなく、そこには何かしらの理由があるはずです。そして業績が悪化したのも時代の流れなどの漠然とした原因ではなく、たいていは企業や部署の内部に問題が潜んでいます。それを掘り起こして対処できれば業績に反映されるでしょうし、そうでなければ対処法が間違っているのです。実行してみて、結果が出ないのであればまた改善するという繰り返しで、組織は骨組みをしっかりと固めていけます。安易な成功法則などありませんし、痛みを伴わない改革もありません。リーダーが腹を括れば、必ずV字回復を成し遂げられるものなのだと、私は信じています。

2章 決まったことを、決まったとおり、キチンとやる ──「経験」と「勘」を排除せよ

マニュアルをつくったところが「仕事の始まり」

「無印良品には、マニュアルがある」という話を聞き、驚かれた人は多いでしょう。無印良品の店舗に行ったことがある方ならわかると思いますが、スタッフがお客様に商品を積極的に売り込んだりするわけではなく、始終「いらっしゃいませ」と呼びかけているわけでもありません。お客様は、自分のペースで商品を見て回れる雰囲気になっています。この雰囲気こそ、無印良品を無印良品たらしめている一因だといえます。ただ、雰囲気をつくりあげるのは、スタッフ一人ひとりの個性ではありません。MUJIGRAMというマニュアルにのっとって店づくりをし、スタッフを教育してつくりあげているのです。日本では、マニュアルという言葉にネガティブなイメージがあります。マニュアルを使うと、決められたこと以外の仕事をできなくなる、受け身の人間を生み出す、とよく指摘されています。無味乾燥なロボットを動かすような、画一的なイメージがあるようです。しかし、そういう人をつくるのが無印良品の目的ではありません。むしろ、マニュアルをつくれる人になるのが、無印良品で目指すところなのです。無印良品では、店舗で使うマニュアルを「MUJIGRAM」、本部(本社機能をもつ)で使うマニュアルを「業務基準書」と呼んでいます。「マニュアル」と呼ぶと、仕事を厳密にコントロールするツールのように思われてしまいそうなので、独自の名前をつけることにしたのです。MUJIGRAMも業務基準書も、目的は「業務を標準化する」ことです。それまでの無印良品では、店長が思い思いに店をつくり、スタッフの指導もしていたので、店ごとにバラつきがありました。それでは、お客様が〝どの店に行っても同じ商品を手に取り、同じサービスを受ける〟ことができなくなってしまいます。どこの地域の無印良品に入っても、「無印らしさ」を感じてもらえるようにするには、店づくりも接客などのサービスも統一しなければならなかったのです。現在、MUJIGRAMを読まずに店舗のスタッフが本部に質問しても、「それはMUJIGRAMで確認してください」と突き放します。

そこまでマニュアルを重んじていたら、社員やスタッフがマニュアルに依存してしまうのではないか、と思う人もいるでしょう。しかし、そもそもマニュアルは社員やスタッフの行動を制限するためにつくっているのではありません。むしろ、マニュアルをつくり上げるプロセスが重要で、全社員・全スタッフで問題点を見つけて改善していく姿勢を持ってもらうのが目的なのです。社員がマニュアルに依存してしまっているとしたら、そのマニュアルのつくり方や、使い方に問題があるのでしょう。マニュアルをつくること自体は問題ではなく、方法が悪いのです。本章で、無印良品ではいかにマニュアルをつくりあげ、活用しているのかを紹介するので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。くわしくは後述しますが、マニュアルは社員全員でつくり、常に〝仕事の最高到達点〟であるべきだと、私は考えています。そのためには、定期的に改善し、更新していく必要もあります。マニュアルをつくったら、そこで一つの仕事は終わったと考えてしまいがちですが、そうではありません。マニュアルをつくったところから、仕事はスタートします。マニュアルは、仕事のマネジメントツールなのです。

なぜ「仕組みをつくる」と「実行力が生まれる」のか

かつての無印良品では、たとえば本部が共通の販売企画を考えても、各店で実行されるまでに相当なタイムラグが生じていました。イトーヨーカ堂が強いのは、本部から通達があると翌朝にはすべての店の売り場が出来上がっている──という実行力に優れているからです。セゾングループではそれが、一週間から一〇日ぐらいかかっていたのです。このままでは変化の早い今の時代には対応できません。そこで、実行力のある企業にするには、オペレーションをもっと科学的にしなければならないと考え、取り組んだのがMUJIGRAMでした。機動力のある現場にするためには、仕事を標準化すること。誰もが実行できる素地を整えなければ、その先の発展もないと考えたのです。同時に、MUJIGRAMが必要なのは、お客様がどこの無印良品に行っても同じ商品を同じサービスで受けられるようにする最低限の基準を定めるためです。このように、会社の仕組み・マニュアルをつくるときには、その「目的」をはっきりさせておくことが大事です。マニュアルによって、社員の仕事のレベルを均一にしたいのか、コストを削減したいのか、作業時間を短縮したいのか……企業によっても部署によっても、解決したい問題は異なるでしょう。これが定まっていないと、現場で使えないマニュアルになりかねません。そこで、参考までに、マニュアルをつくることによって得られるメリットを、五つに絞って紹介しましょう。実際にMUJIGRAMを作成し、運用するうちに、マニュアルには以下のような、想像以上の効果(=目的)があると感じました。①「知恵」を共有するMUJIGRAMは本部だけでつくるのではなく、現場(店)で働いているスタッフの知恵をすくい上げて一つにまとめています。これにより、すぐれた知恵や経験を全員で共有できるようになり、個人の経験を組織に蓄積できます。②「標準なくして、改善なし」マニュアルづくりとは、すなわち仕事を標準化させることです。

同じ業務を誰が行っても、同じようにできるようにする。そうやって一つのフォーマットをつくりあげ、さらに改善していくと、組織全体が進化します。標準をつくらないうちに改善しようとしても、迷走するだけです。何事も基本なくては応用がないのと同じで、無秩序な創意工夫は力になりません。仕事も基本となる標準を固めないと、社員が応用して自分の頭で考えて働けるようにならないのです。③「上司の背中だけを見て育つ」文化との決別上司が自分なりのノウハウをつくり、それを直属の部下だけに教えるのは、どの企業でも行われていると思います。一昔前なら、上司がじっくり部下を教える時間もありましたが、変化の早い現代はなかなかその時間をとれないのが現状です。背中だけを見せて育てる文化とは決別し、マニュアルという目に見える形にすれば、上司が部下を効率的に指導できるようになります。④チーム員の顔の向きをそろえるそれぞれの業務を何のためにするのかという「目的」を確認することは大事です。これをマニュアルに明記すると、それぞれの判断で勝手に動くことがなくなり、仕事にぶれが生じません。さらにいえば、マニュアルは組織の理念を繰り返し伝えるためのツールでもあります。理念を伝え続けると、チーム員の志を一つにできる、すなわち顔の向きをそろえられるのです。⑤「仕事の本質」を見直せるマニュアルをつくる段階で、普段何気なくしている作業を見直すことになります。たとえば、時間が足りないからと毎日のように残業をしているのなら……本当に時間が足りないのか。もしかしたら、自分では必要だと思っている作業に、ムダがあるのではないか。そうやって自分の仕事を改めて考えるうちに、「どのように働くべきか」「何のために働くべきなのか」という仕事の本質に近づけるようになるのです。マニュアルとは組織の体質を根本的に変えるために必要なツールです。そのためには作業の一つひとつの意味を考え直さなければならないので、仕事の仕方や姿勢を深く掘り下げるきっかけにもなるでしょう。

年間四四〇件の「現場の知恵」を逃さない

多くの会社では、マニュアルは〝上の人たち〟が作成しているでしょう。トップダウンで決めごとをつくり、現場に渡しているのではないかと思います。無印良品でも、最初のマニュアルは本部主導で作成していました。けれども、店舗で頻繁に使われ、すべての店の業務を統一するというレベルにまでは達しませんでした。なぜなら、「現場を知らない人」がつくっていたからです。現場の問題点を知っているのは、やはり現場の人間です。埃がたまりやすい場所がある、棚の角が出ていて作業がしづらいといった、ちょっとした問題点は、本部の人間がたまに視察に訪れるくらいでは、なかなか気づきません。マニュアルをつくるときは、この知恵を拾い上げる、つまりボトムアップの仕組みを整えることが大切です。マニュアルは、それを使う人が、つくるべきなのです。また、特定の部署だけがつくるのではなく、必ずすべての部署に参加してもらうこと。さらにいうなら、すべての社員が参加できる道筋を整えておくのがコツです。MUJIGRAMをつくるにあたっては、「顧客視点」と「改善提案」の二つを大きな柱にしました。顧客視点というのは、お客様からのリクエスト、クレームを指します。具体的には、顧客視点シートというソフトをつくり、売場でお客様からいただいたご意見や、お客様の様子などから必要と思われることを、店舗のスタッフが入力するようにしました。これに加えて、スタッフの気付いた点や要望も別途入力できる欄を設けてあります。これが改善提案です。このとき、トラブルや不便な点を報告するのも大事ですが、改善点を自ら提案するのは、さらに重要です。これにより、問題点を自ら解決しようという能動的な姿勢が生まれます。なかには、シートで報告する際に画像を添付して、「ここをこう変えたらどうか」とアイデアを提案するスタッフもいます。これこそ、現場で生まれた知恵です。こうした現場発の意見を、まずエリアマネージャーが選別します。重複しているものはないかなどを精査してから、本部に意見を上げていくのです。本部にもマニュアルを精査する部門があります。ここでアイデアを採用するか、検討す

るか、不採用とするかを判断します。採用された案はMUJIGRAMに載せることになり、本部の各部門や店舗にフィードバックされ、それぞれのMUJIGRAMが更新されるのです。本部と店舗で直接やり取りするのではなく、エリアマネージャーを経由させるのは、全社で問題意識を共有するためです。本部だけでつくったら現場では役に立たないマニュアルになり、現場だけでつくったら費用対効果が悪いマニュアルになる可能性があります。本部も現場も、そして中間の立場であるエリアマネージャーもすべてが関わることで、バランスのとれたマニュアルになっていくのです。ある年の例を挙げると、年間二万件くらいの要望が現場からあがり、そのうちの四四三件が採用されて、MUJIGRAM化されました。そして改善点が各々の現場で実行されて、標準的な業務になっていきます。こうして初めて、マニュアルはその目的が達成されるのです。リーダーは、現場のアイデアを検証してまとめるのが役割です。もし、リーダーのやり方に従ってもらうためにマニュアルをつくろうとすれば、必ず現場とのズレが生じるでしょう。マニュアルづくりは一方通行ではなく、双方向の道筋を整えるのが、成功の秘訣なのです。

いいマニュアルは「新入社員でも理解できる」

ビジネスの世界で〝わかりやすく書く〟ことの究極は、新入社員が読んでも理解できるような言葉で、かつ具体的に説明することでしょう。マニュアルをつくるときも、同様です。MUJIGRAMでは、「インナー」「POP」といった簡単な用語を解説するページもつくっています。「それぐらいの言葉、みんな知っているのでは?」と思うかもしれませんが、無印良品は学生さんのアルバイトも多いので、我々が普段使っている言葉でも意味が通じない場合も多いのです。また、その会社独自の言葉の使い方をしているケースもあります。「ウインドウ」は一般的には窓ですが、無印良品ではウインドウディスプレイを指します。このように、社内で頻繁に使う言葉の意味も明記しておくと、話の行き違いが少なくなります。こういう小さなポイントも、意思を統一させるためには見逃せません。専門用語や符丁を多用すると外部(他社、あるいは他部署)の人間にはわからなくなり、ともすると閉鎖的なグループをつくってしまいます。それは組織が硬直化する原因の一つにもなります。さらに、どこまで具体的に説明するかが、マニュアルに〝血を通わせる〟最大のカギとなります。たとえば、「丁寧にお客様に説明する」という説明では、「丁寧」のとらえ方が人によって異なるので困ってしまいます。ある人は「言葉遣いをきちんとすることだ」ととらえるかもしれませんし、「説明の仕方を親切にすることだ」と判断する人もいるかもしれません。このように受け取り方や理解の仕方が人によって異なってしまうと、その仕事の方法は「基準」にはならないのです。したがって、マニュアルは徹底して具体化しなければなりません。「商品を整然と並べる」と指導しても、人によって「整然と」のとらえ方はまちまちです。これを統一させるために、「整然とはどういうものか」を定義づける必要があります。たとえばMUJIGRAMでは、〝整然〟とは、「フェイスUP(タグのついている面を正面に向ける)、商品の向き(カップなどの持ち手の向きをそろえる)、ライン、間隔がそろっていること」

と定義づけ、この四つのポイントがどういう意味なのかを、写真入りで説明します。読んだ人は誰でも、「整然とは何か」がわかるのです。誰にでもわかるようにするためには、いい例と悪い例を紹介するのも一つの手です。MUJIGRAMでは、売り場の商品のそろえ方について、いい例と悪い例を写真で説明しています。何がよくて何が悪いのかを一目瞭然にしておくと、判断に迷うこともなく、誰もが同じ作業を同じようにできるようになります。マニュアルの基本は、読む人によって判断軸がぶれるようなつくり方をしないこと。一〇〇人いたら一〇〇人が同じ作業をできるようにするのが、血の通う仕組みを根付かせるためにも重要なのです。

視野を広げる方法──仕事の「何・なぜ・いつ・誰が」

単純な作業や簡単な仕事になると、「なぜそれが必要なのか」が把握できず、手を抜いたり雑になるというのはよくある話です。たとえば、コピー取りやお茶くみなどの仕事をおろそかにしてしまう新入社員もいます。それでも、その仕事が、全体の仕事のなかでどのような位置づけにあるのかを説明すれば、取り組むときの意識は変わるでしょう。プレゼン資料をコピーするという作業も、何も知らずにするのと、企画の内容や規模、重要性を知ってやるのとでは取り組み方が違います。ただのコピーでも、自分のちょっとしたミスが何万円かの損害につながるかもしれないと意識したら、注意して資料をそろえるかもしれません。目の前の作業が何につながるのかを意識したとき、視野が広がって新たな視点を持てるようになります。さらに、目的を最初に伝えると、仕事の全体像を俯瞰できるようになるでしょう。MUJIGRAMでも各カテゴリーの冒頭に必ず、「なぜその作業が必要なのか」を記しています。肝心なのは、どのように行動するかではなく、何を実現するかです。どのような売り場をつくるのか、どのようなサービスを提供するのか、どのような商品をつくるのかを常に念頭に置いて仕事を進めないと、ただ言われたことをこなすだけになってしまいます。これは、「どのような会社にしたいか」「どのようなチームにしたいか」「どのような仕事をしたいか」という理念を浸透させるうえでも大切な考えです。会社の理念を紙に書き、額に入れて玄関口に飾ったり、朝礼のたびに唱和する会社もあるでしょう。もちろん、それも大事ですし、私も全体会議や合宿などでは必ず説いて聞かせています。しかし、理念や価値観は、ただ言葉で語って聞かせても、具体性や実践を伴わなければただの言葉です。理念は、それを実行するうちに、納得して、体に染みつくようにしなければなりません。無印良品では商品を陳列するときに柳の籠を使っていますが、柳のささくれで商品を傷つけてしまうケースがありました。それに気づいた現場のスタッフが「籠の内側にシート

をかぶせたらいいのでは」と改善要望で提案し、それがMUJIGRAMに採用されました。これも、「商品を大切に扱わなければならない」という価値観が具体的な形になった一つの例です。この価値観を持つようになれば、陳列の仕方を見直す意識が生まれて、どんどん問題点を発見できるようになります。そして、やがて、チームの理念が共有できるようになるでしょう。「社員全員の心を一つにしよう」とスローガンを掲げるより、同じ作業を全員でやるほうが、自然と心はそろっていきます。一例として、MUJIGRAMの「売り場の基礎知識」にはこう書いてあります。「売り場」とは何:商品を売る場所のことですなぜ:お客様に見やすく、買いやすい場所を提供するためいつ:随時誰が:全スタッフこのように、冒頭で「何」「なぜ」「いつ」「誰が」の四つの目的を説明してから、ノウハウの説明に入っていくというフォーマットになっているのです。「これぐらいのこと、言わなくてもわかるのでは」と思うかもしれませんが、その一方的な思い込みこそ、個人の経験や勘に頼りがちな風土をつくってしまうのです。コミュニケーションとは「言えば伝わる」のだと思いがちですが、実際は言ってもなかなか伝わりません。明文化して初めて意識できるものです。さらにそれを繰り返し教えることで、本当の意味で「体得した」というレベルになるのだと思います。

「隠れたムダを見つける+生産性を上げる」法

マニュアルを作成するときは、部署ごと、あるいはチームという単位で普段の業務を洗い出していくのが基本です。自分一人ではなく、複数の人が業務を一つひとつ検討することでムダを割り出せる。これが、マニュアルをボトムアップでつくるメリットの一つです。何から手を付けたらいいのかわからず、悩む人もいるかもしれませんが、そんなときは、まずは自分の普段の業務を見直すところから始めてみてもいいでしょう。営業部員なら、「電話をかけてアポを取る」ところから始めて、「商談で何を話すのか」「自社の商品やサービスの説明」「同業他社との比較」「先方の要望を聞く」など、交渉の際の業務まで細分化してみます。それを、すべての営業部員ができるように、明文化していくのです。このとき、ただ漫然と業務を書き出すのではなく、①本当にその業務は必要なのか、あるいは、②足りない業務はないかをチェックします。そうやって意識して見ると、普段何となくやっている業務にも多くのムダが潜んでいるのだと気付くことができます。たとえば、一日に何度もチェックしているメールも、見る回数を決め、返信するときにかける時間を決めておけば、メールチェックの時間を短縮できます。メールを読んでも返事を書くのを後回しにすれば、同じ作業を二度繰り返すことになります。小さな作業ですが、こういったムダが積み重なって、時間が足りなくなるケースがよくあるのです。無印良品の店舗では、売れた品を棚に補充するための「品出し」を、以前は頻繁に行っていました。これを、売れ筋の商品は多めに品出しをし、回転の悪い商品は一日一回と決めたところ、品出しの回数が減り、現場のスタッフは他の作業に回れるようになりました。さらに、回転の良い商品の売上げが上がるようになり、効率的に売上げアップを図れるようになったのです。このように、一つの作業を見直すだけで、生産性がアップする効果があります。

あなたの仕事のやり方〝最新版〟になっていますか?

仕事は「生き物」です。日々、変化し、進化していきます。「今の仕事のやり方」が、来月もベストなやり方であり続けることはありません。ところが、仕事のやり方を一度決めてしまうと、それに満足してしまい、しばらくは見直しもしないケースが多いようです。マニュアルをつくるのにも相当な労力がかかるので、〝守る〟意識が生まれ、問題点が報告されても数年経ってからようやく改良に着手するのが一般的だと思います。これが、マニュアルが使われなくなる最大の理由でもあります。せっかく決めた仕事のやり方が、すぐにビジネス環境や仕事の現場に合わなくなってしまうからです。マニュアルに完成はありません。どんなに一生懸命つくっても、できた時点から内容の陳腐化は始まります。そのため、重要な更新は随時行う必要がありますが、最低でも月に一度は見直しをする必要があるのです。無印良品では月に二回ほど、新商品が入荷するタイミングに合わせて、商品を売り場にどうディスプレイするか、本部から指示が出ます。それにしたがって現場のスタッフが作業する段階で、「これではお客様が手に取りづらい」という不具合が生じたり、もっと見やすいレイアウトを思いついたり、さまざまな改善点が生まれます。その意見を本部に伝えると、それがMUJIGRAMに採用されて、全店舗で実行しようという話になるケースもあります。こうしてアイデアは現実的な方法となり、仕事の基準の一つになっていくのです。これはリアルタイムで改善するのがポイントです。一年に一回まとめて改善点を報告し、検討しているようでは対応が後手後手に回ってしまいます。目の前にある問題点には、今対処する。その意識を持ってもらうためにも、マニュアルは毎月更新していくのがよいのです。無印良品ではマニュアルを統括する部門をつくっているので随時対応できますが、部署レベルでも、リーダーあるいは担当の社員を決めて意見が集まるようにすれば、対応できるのではないでしょうか。これを繰り返すうちに、マニュアルはより効率のよい仕事の方法の結集となります。一人ひとりが仕事のやり方を常に見直すためにも、毎月チェックして改善点を洗い出すべきです。マニュアルは使うものではなく、つくるもの。そういう意識が生まれれば、一

人ひとりの社員の仕事の取り組み方が変わってくるでしょう。さらにいうなら、常に改善していると、世の中の流れに連動することができます。お客様の要望は、年ごとに少しずつ変わっていくものです。細身の服が人気だと思っていたら、体型が隠れるようなデザインの服に世の中の関心はシフトしている、といったニーズの変化はよくあります。市場で勝ち続けるには、マーケットの変化の半歩先を行くぐらいの商品やサービスを提供するのが鉄則です。先走りすぎてもいけないし、変化に遅れたらもっと売れません。その微妙な頃合いを図るためにも、お客様の声は重要な情報源になります。そのお客様の声に合わせてマニュアルを変え続けていると、世の中の流れと連動した仕組みになっていきます。マニュアルの更新は、仕事の仕組みを常に〝最新版〟にするためにも不可欠なのです。

なぜ「商談のメモを部署全体で共有する」?

ここまで読んでも、「うちの部署にはマニュアルは必要ない」と思う人もいるでしょう。しかし、マニュアルはマネジメントツール(仕事の管理をする道具)です。そう考えると、すべての職種のどの部門にも必要なものではないでしょうか。無印良品の本部には「業務基準書」というマニュアルがありますが、ページ数はMUJIGRAMの三倍以上、六六〇八ページにも及びます。本部では、各部署が何の仕事をしているのか、他の部署からはさっぱりわからないものです。暗黒大陸のような存在ともいえます。そのような暗黒大陸を見える化するのが、マニュアルの使命です。本部の業務の見直しは、MUJIGRAMをつくりはじめてしばらく経ってから、着手しました。業務基準書のつくり方はMUJIGRAMと同じで、現場発で知恵を集め、定期的に更新します。たとえば広報や商品開発、店舗開発などは、一般的にはマニュアルを必要としない職種だと思われがちです。しかし、マニュアルの目的の一つが「仕事の内容を誰にでも引き継げるようにすること」だと考えれば、いくらでもマニュアルにすべき素材は転がっています。一例として、店舗開発部では名刺の管理をマニュアル化しています。これは重要取引先と会う回数の多い課長が一括して管理することになっており、取引先の情報を検索するときの効率化と情報共有が目的です。「備考欄には名刺交換した人の特徴や印象を書き込む」など、データへの入力の仕方を具体的に指示し、誰が課長になっても同じ管理ができるようにしてあります。さらに、商談のメモも部署内全員で共有するようにマニュアル化してあります。商談こそ個人の経験則として独り占めしがちですが、それでは自己満足だけの仕事になってしまいます。誰のために商談するのか、何のために商談するのかという本来の目的を考えたら、組織のため、ひいては店を訪れるお客様のためなのだという結論に達します。したがって、その情報はオープンにして組織に蓄積すべきなのです。これも記入するシートが決まっているので、商談日や商談先、商談内容などをどのように記入するか、指示してあります。重要なのは商談内容のメモの部分です。記入した内容に不備や漏れ、間違いなどがあった場合は、商談の同席者が修正することになっていま

す。これで話の行き違いがなくなるわけです。本部でマニュアルをつくる場合は、基本は部署ごとに作成しますが、それを統一する仕組みも必要です。部署ごとに独自にやっている状態では、本当に見える化が進んでいるのかをチェックすることができません。部長が代わるとそれまでつくっていたマニュアルは雲散霧消してしまい、業務が引き継がれない、というのはよくある話で、それではマニュアルをつくった意味がありません。それを防ぐためにも、マニュアルを一括で管理する部門をつくり、部署の人間ではない第三者が業務引き継ぎをチェックするようにしておくのがベストです。無印良品では専門の部門をつくり、社員が業務基準書と違う行動をとっていると気づいたときは、担当者が理由を問いただします。そうやって業務のベースを固めておくと、異動の後もスムーズに仕事を引き継げるのです。

「七〇〇〇件の苦情を一〇〇〇件に減らした」リスク管理法

どの企業でもクレームは日々発生しますし、さらに社内でもコミュニケーション不足などが原因で、さまざまなトラブルが起こります。こうしたミスやトラブルは企業全体で共有してこそ、初めてプラスに転化できます。MUJIGRAMでは「危機管理」というジャンルだけで一冊のマニュアルになっていますし、業務基準書でも「リスク管理」に関するマニュアルはあります。特に昨今は企業のコンプライアンス(法令遵守)が重視されているので、無印良品でもコンプライアンス委員会をつくってしっかりと対応する体制を整えています。リスク管理をマニュアル化するときに、必ず「具体的な事例」と「対処例」を入れるのがポイントです。多くの企業や団体でもコンプライアンスのマニュアルを作成していますが、たいていは相談窓口を設けているという説明や、セクハラやパワハラをしない、個人情報を勝手に利用しないといった禁止事項を述べているだけです。社外の人に「わが社はこのようなことに気を付けています」と知らしめるためにはこれで充分ですが、リスク管理についての社内の指針になっていないのは明白です。他のマニュアル同様、読んだ人がきちんと対応できるようにするためには、どのような場面でどのような対応をすればいいのかを明記しなければなりません。たとえばMUJIGRAMでは、お客様からクレームがあった場合は、一次対応として五つの応対を決めています。①限定的な謝罪、②お客様の話をよく聞く、③ポイントをメモする、④問題を把握する、⑤復唱する、という対応があり、それぞれのポイントで「言い訳をせずに最後まで聞く」「お客様の表現でメモする」といった注意点も記してあります。最終的な対応は店長がきちんとしますが、最初の対応は全スタッフができるようにしておかなければなりません。対応するのが新人スタッフであっても、お客様にとってはみな同じ無印良品のスタッフですので、これはスタッフの責務なのです。お客様と直接接しない部署であっても、取引先とのトラブルはあるでしょう。業務基準書では、衣服雑貨部など取引先と契約や取引でのトラブルが起きると想定される部署では、リスク管理のマニュアルを作成しています。部下がミスやトラブルを起こしたときに、「次からは気を付けるように」の一言で済ま

せてしまうリーダーもいるでしょう。その後、その部下はミスをしないよう気を付けるかもしれませんが、他の部下が同じミスをする恐れもあります。ミスやトラブルが起きたとき、誰が悪いのかという犯人捜しをして責任を追及するのが目的ではありません。同じトラブルを未然に防ぐための判断材料として、その情報を役立てるべきなのです。そのためにもトラブルの事例はフォーマットをつくって、管理しておくといいでしょう。無印良品ではこのような体制を整えてから、二〇〇二年度下期に七〇〇〇件を超えていたクレームが、その後右肩下がりになり、二〇〇六年度上期以降は一〇〇〇件台前半を推移しています。これは、重複して起こりうるクレームの発生を未然に防止できた成果だといえると思います。

マニュアルで「人材を育成」する

私が西友で人事の課長に就いたとき、「松井君、経理部の社員が一人前になるのには一五年かかるんだよ」と上司に言われたことがあります。「経理の仕事は、商品会計や財務など、大きく分けると四つぐらいあるが、それを一通り経験するには一五年かかる」ということでした。そうなると、経理に所属された人は、定年まで経理しか経験できなくなります。入社して一五年で経理の仕事を覚えた頃には、四〇代の中堅社員です。その段階で営業や商品開発のような畑違いの部署に異動となっても、何もできないでしょう。だから関連会社に経理として出向するぐらいしか、その先の道は考えられません。すると人材の流動化が進まず、組織が硬直化してしまいます。この構造は、部署ごとに派閥を生む温床にもなります。経理部の人間は、経理の利益だけを守ろうとし、販売部は販売の利益だけを守ろうとする。これでは会社全体を強くしていくことができません。こういった悪しき習慣をなくすためにも、人の流動化を進める仕組みが必要です。仕事を覚えるのに一五年かかるのは、上司から部下に仕事の仕方を口頭で教えるという、いわば〝口伝の世界〟だったからです。私は、これを明文化しようと決めました。一五年かけていた仕事を、新入社員でもある程度できるようにしたかったのです。長い時間をかけて覚えていた社員からは、「そんなに短期間で覚えられるわけがない」と反発はありましたが、そこは譲れませんでした。そうしてできた業務基準書では、経理部の業務は店舗に関する会計だけで一一個のカテゴリーに分かれています。クレジットカードや商品券で支払いがあったときの処理の仕方や、新店を開店するときに必要な対応などを具体的に記しています。経理の担当者は、この業務基準書を読みながら手続きを進められるようになっているのです。この仕組みができることで、経理の担当者はわずか二年間で一通りの仕事を覚えられるようになりました。五年もあれば一人前の経理部員のレベルです。つまり、マニュアルをつくると人材育成を効率的にできるようになるのです。担当者が異動になったときの業務の引き継ぎもスムーズにできますし、部下が判断に迷ったときにそばに上司がいなくても、マニュアルを見ればどう行動すればいいのかがわか

ります。よく課長と部長で指示が異なり、部下は同じ仕事を何度もやり直すケースもあるでしょう。それを防ぐためにも、部署内で方法を統一させておけば、仕事はスムーズに進むようになるのです。

マニュアルで「人材育成をする人を育成」する

新人に仕事を一から教えることに、大変な苦労をした経験がある人は多いでしょう。教育には、教える側のスキルが大いに問われるのです。MUJIGRAMは、無印良品のスタッフの人材育成のためにも使います。接客の仕方、衣料品の畳み方、店内の清掃など、基本的な作業の意味や手順を細かく説明しています。おそらく、同じような接客業や小売業には、このようなマニュアルが存在するかもしれません。ただ、MUJIGRAMはそれにとどまりません。「販売スタッフTS(トレーニングシステム)」という、スタッフを指導する立場の人のためのマニュアルをつくったのです。これは、「どう教えるのか」を明文化したものです。たとえば新人スタッフに「おたたみ」(衣類を陳列する際の畳み方)を教えるときは、「①目的・到達目標を伝える②実際の商品を使って、ポイントを説明する。やって見せた後、やってもらう」という手順を踏んで教えるように、書いてあります。このマニュアルの目的は何か。それは、「誰が指導しても同じことを教えられるようにすること」です。どこの企業でもある話ですが、同じ作業でも、指導する担当者によって方法が違ったり、教え忘れていることがあったりと、ムラが出るものです。そのムラをなくし、どこの店のどのスタッフにも同じ知識とスキルを身につけてもらうために、「教えるためのテキスト」が指導者には必要なのです。このマニュアルをつくることで、初めて人を教える立場になった場合でも、何をどう教えればいいのかがわかるという利点もあります。一般企業も、OJTなどで新入社員の教育をしていると思います。しかし、どう教えればいいのかわからない人が担当になり、トレーニングにならないという話をよく聞きます。毎年新入社員に教えることが決まっているのなら、教える側のマニュアルをつくってしまえばいいのではないでしょうか。そうすれば新入社員に均一に自社の理念を伝えられますし、仕事の進め方も均一に教えられます。人の上に立つ立場になると、これまでと同じ給料なのになぜ部下の面倒まで見なくてはならないのか──という不満がよく出てきます。また、教える側が各々で教え方を考えて指導しても、相手が育たないと、「教え方が悪い」と指導する側の問題にされるケースも

往々にしてあります。これでは、指導する側のモチベーションが保てません。指導する側のやる気や能力に頼るのではなく、教える方法を決めておけば、こういった不満も解消できるでしょう。指導することも大切な業務の一つとして認識できるようになり、「やらされ感」が拭い去れると思います。モチベーションも仕組みで向上できるものなのです。

「見える化→提案→改善」という循環

マニュアルはどんなに良いものをつくっても、それだけでは「絵に描いた餅」で終わってしまいます。社員全員に使われて初めて血が流れ、その機能を果たすことができるのです。それでは、これまでにも何度か触れてきた〝血が通ったマニュアル〟とは、一体どういうものか。具体的な事例でみてみましょう。無印良品には、店長になったときに必要な資格があります。衛生管理者、防災管理者などの八つの資格です。以前はこれらを、店長になったときに取るようになっていました。資格の取得自体はさほど難しくはないのですが、店長になると現場の仕事も忙しくなるので、仕事を抜けて資格を取りに行くのは大変なことでした。数年前、社員から改善提案が出て、こうした資格は店長になる前に取ったほうがいいのではないかという話になりました。店長代理になると、次の店長になるために研修があるので、そのときに必要な資格もすべて取得してしまえばいいのではないかという意見が出てきたのです。この意見をふまえ、今では、店長代理の研修を終えると、必要な資格をすべて取る流れになっています。このように、マニュアルをつくることで、今まで暗黙の了解の上で成り立っていた業務の問題点が見えてきます。社員からの意見や提案によって、一つひとつ改善が重ねられていき、今までの仕事の仕方がより合理的になっていきます。このような循環が生まれた時、初めて血が通う仕組みになるのです。さらにいうなら、リーダーが率先してマニュアルを使わないと、組織に根付きません。ですから、無印良品では店長に月一回テストをして、マニュアルを現場に浸透させるようにしています。リーダーが把握していないことを、スタッフが把握できるはずはありません。リーダーが徹底して活用しないと生きたマニュアルにはならないのです。

「結果的に正しい道」を歩こう

本章では、無印良品をV字回復させたマニュアルの秘密を具体的に紹介してきましたが、最後に一つだけ注意点を書いておきます。それは、一カ月や二カ月の短期間で急ごしらえでつくっただけのマニュアルでは役に立たないということです。今日この本で知ったマニュアルのつくり方は、すぐ明日から役に立つ、という類のノウハウではありません。前述しましたが、改善を繰り返しながら、ときに我慢を重ねながら、軌道に乗せていく長い過程があって初めて機能するのです。私も、MUJIGRAMをつくるとき、初めは模範となるような企業のマニュアルを参考にしようと考えました。他社のマニュアルを見て、他社とは異なる部分だけを手直しし、自社独自の内容を盛り込めば完成すると考えていたのです。そこで、まずファッションセンターしまむらのマニュアルを見に行きました。しまむらでは、全社員から毎年五万件以上の改善提案が寄せられ、これを一つひとつ検討し、マニュアルを毎月更新しています。三年もすると、マニュアルが一新するといわれるくらい、活用度の高い〝生きたマニュアル〟です。「これはいい」と合点して帰り、真似してつくってみようとしましたが、なかなか現場で使えるようなマニュアルにはなりませんでした。それはなぜか。当たり前ですが、会社が違えば、何もかもが異なります。扱う商品やその数、社員の数、取引先、店舗の大きさなど、何一つとして同じところはありません。そういった要因が異なれば、マニュアルも異なったものになるのは自然の道理なのです。しまむらでは、もっとも優れたベテラン社員のやり方をマニュアルの手本と考えていました。ベテラン社員が、長年のキャリアの中で培ったノウハウ、知恵といったものが素地になっていたのです。しまむらが時間をかけてつくり上げたマニュアルとは、いわばしまむらの風土です。それをそのまま無印良品で導入しても役に立つはずなどありません。マニュアルは、業務を標準化した手順書であるだけではなく、社風やそれぞれのチームの理念とも結びついています。マニュアルがこの二つの架け橋としての役割を担っていると言ってもいいでしょう。

ですから、マニュアルは時間がかかったとしても、自分たちの手で一からつくり上げていくしかないのです。MUJIGRAMも軌道に乗るまでは五年ほどかかりました。遠い道にこそ、真理があるのです。これは私の信念の一つですが、迷ったときは大変な道を選ぶと、結果的に正しい道を歩めます。マニュアルづくりは手軽にできるとは言えませんが、必ずチームの変革を実現できるはずです。それを信じてつくり続けた人にだけ、成果はもたらされます。

3章 会社を強くするための「シンプルで、簡単なこと」 ──「他者」と「他社」から学ぶ

「締め切りを守る」「ゴミを拾う」──強い社員の条件

業界の最前線を走り続ける企業に共通していることは、非常にシンプルです。「挨拶をきちんとする」「ゴミを見つけたら拾う」「仕事の締め切りを守る」といった、小学校で教わるような、人としての「基本のき」が社員に浸透しているかどうか。これが、強い企業に見られる共通点です。人としての基本が組織の風土・社風をつくり、これが最後の砦になって、組織を守っていけるのです。皆さんの会社では、これらの基本は守られているでしょうか。守られていないなら、危険信号が灯っています。無印良品の業績が悪化したころ、「基本のき」は崩れていました。そこで、いまではこうした基本を社員に体得させるために、月ごとの目標として掲げることにしています。ただ目標を言い聞かせるだけではなく、実行できているかどうかを内部統制・業務標準化委員会という部門をつくって確認させています。さらに、全社員を集めた集会でその結果を報告し、達成率をアップできるように促しています。これは現在進行形で行っている取り組みで、今後もずっと続けていくでしょう。言い続けていないと、人は忙しさにかまけて基本をおろそかにしてしまうものです。社員からうんざりされようと、やると決めたことはやり抜く。それがリーダーに必要な実行力です。皆さんも、自分の部署やチームの指導で思い悩んでいるのなら、まずはこういった基本から徹底させてみてはいかがでしょうか。売上げの達成やコスト削減など、リーダーが果たさなければならない課題は数多くあります。しかし、砦がしっかりできていない場所に城をつくっても、簡単に攻め落とされてしまいます。遠回りのように感じるかもしれませんが、まずは砦をしっかり築き、それから業績をアップさせるための戦略を積み重ねていけば、必ず足腰の強いチームができるはずです。

なぜ「挨拶を徹底する」と「不良品が減る」のか

挨拶はコミュニケーションの基本です。私も早朝にウオーキングに出かけたときは、近所の人と会うたびに「おはようございます」と挨拶します。そこから簡単な会話を交わす人もいれば、無視して通り過ぎる人もいます。このようなちょっとした振る舞いに、その人の人となりが出るものです。無印良品では、店舗だけでなく、本部でも「挨拶の習慣」を徹底しています。社内では毎月の目標を決め、掲示板やエレベーターホールに貼り出しますが、挨拶の強化を月間目標にすることもあります。そのときは、私を含めた役員が毎朝交代で「挨拶当番」としてエレベーターホールに立ち、出勤してくる社員達に率先して挨拶をします。さらに、部門長に五段階の挨拶のチェック表を渡し、毎日の終礼時に達成できたかどうかを、部下に自己申告してもらいました。部門長が一方的に評価するのではなく、自己申告にしたのは、社員に「やらされ感」を持たせたくないからです。「やらされ感」の強い仕事は身につきません。ガチガチに縛って「やらせる」のは得策ではないと考えたのです。

なぜ、いまさら「挨拶」の話なのか、疑問に思う読者もいるかもしれませんが、それは、チームの信頼関係について考えるためです。結果をなかなか出せないチームがあったとしましょう。そのチームの根本的な問題は、「能力」ではありません。社員同士のコミュニケーションや、信頼関係の希薄さが不振要因になっている場合が多いのです。そのような状態では、どんな改善策を講じても、勝てるチームにはなりません。部下に訓辞を垂れるよりも、朝の「おはようございます」、退社するときの「お疲れさまでした」のたった一言を徹底する。これだけでも、信頼関係は築けるものです。一流の企業、一流のチームをつくり上げるには、毎日小さなこと、たとえば挨拶などを徹底して実行するしかありません。それも、部下に指示するだけではなく、まずはリーダーが率先して行動することが大事です。

ある時、社外取締役をお願いしている酒巻久さんが社長をしているキヤノン電子の工場を見学に行きました。埼玉県の秩父にあるのですが、チリ一つ落ちていない清潔な環境で、従業員の皆さんが生き生きと仕事をしています。工場のチーム力もすばらしく、不良品が見つかったときにはすぐに生産ラインをストップし、全員で不良品の原因を探ります。しかし、以前はこの工場も、決して素晴らしい工場とは言えない時期もあったそうです。その当時は、工場で働いていたのは、タイやフィリピン、中国などから派遣されて来た人たちで、日本語がわからない人も多かったようです。キヤノン電子は、一人または少数のチームでほぼ一つの製品をつくる体制(セル生産方式)をとっています。言葉のわからない人同士でチームを組むと、「ちょっとおかしいな」と感じてもそのまま次の人に渡してしまい、不良品を生む温床になっていました。ところが、ちょっとしたきっかけでコミュニケーションが密になると、問題は段々なくなったそうです。毎朝、工場の入り口に役員全員が並び、出勤してくる従業員全員に「おはようございます」と声をかけはじめました。徐々に従業員からも明るく挨拶を返してくれるようになり、やがて従業員同士でも、声をかけあって仕事をする雰囲気が生まれたそうです。それ以降、従業員が「おかしいな」と感じると、誰が指示するわけでもなくラインを止め、自然と従業員達が集まって原因を調べるようになり……、その結果、早い段階で不良品の発生原因を修正できるようになりました。しかも、半年間ほど不良品率ゼロという偉業も生んだのです。朝の挨拶というコミュニケーションが、不良品の発生を大幅に防ぐという結果につながったのです。実行力のある会社にするには何をすべきか。この問いに対する答えは、非常にシンプルで、「企業の風土を変える」という一点につきます。企業の風土とは、言い換えるなら社風でもあり、企業文化でもあります。他社に真似できない風土になったとき、どのような時代でも生き残っていける企業になるのは、間違いないでしょう。よく強い企業のお手本とされるトヨタやホンダは、確固とした風土を築き上げているから、トラブルに巻き込まれてもすぐに立ち直る底力を持っているのです。企業の風土を変えるのは、難しいことではありません。挨拶や社内のゴミ拾いといった、当たり前のことを当たり前にできるようになれば、最強の企業に生まれ変わります。

部長も社長も「さん付け」で呼ぶ

皆さんは、会社で部下や後輩をどのように呼んでいるでしょうか。相手が男性の場合は「おい、○△」、女性の場合は「ねえ、○△ちゃん」。このように呼んでいる人は多いかもしれません。そして、役職に就いている人は「○△課長」「○△部長」と呼ぶのが一般的でしょう。無印良品では、全員を「さん付け」で呼ぶよう徹底しています。部下に対しては、男性も女性も「さん」、上司に対しても「さん」です。もちろん私も社員からは「松井さん」と呼ばれ、社長の金井は「金井さん」と呼ばれています。会議という公の場でも、プライベートの会話でも、これは変わりません。多くの組織や部署では、目下の人を呼び捨てにしています。呼び捨てが当然の組織では、会長、社長、専務、常務、部長といったヒエラルキーが強く、上の役職の人に口答えできない雰囲気があるものです。確かに、こういうチームが、〝ある種の強さ〟を発揮するのは事実です。学生の部活動のように、上司や先輩の言葉にすべて「はい!」と答え、やみくもに従うチームは、リーダーにとっては統率しやすい面もあります。しかし、よく言われることですが、このような組織には限界があります。トップダウンの組織は、部下が自主的に働かない風土になってしまう。部下は指示待ち族となり、上司の目を恐れてミスやトラブルを隠ぺいするようになります。「上司に対しても、きちんと意見を言うようにしよう」といくら言葉で言っても、なかなかそのような雰囲気は変わりません。改善するには「上下関係のあり方」を形から変えることが必要です。そこで、無印良品では誰に対しても「さん付け」で呼ぶことを徹底しているのです。目下の人を呼び捨てにすると、コミュニケーションは一方的になりがちです。一方的なコミュニケーションでは、部下が気づいた問題点や課題、苦情がトップに上がっていかないという弊害を生みます。双方向のコミュニケーションが成立する状況があってこそ、はじめて現場の重要な情報が上がってくるのです。「さん付け」は、単に〝社内の風通しをよくする〟ためだけでなく、その先に〝情報・意見の風通しをよくする〟ためといえるでしょう。呼び捨てではないにしても、「◯◯ちゃん」や、ニックネームで呼びあうチームも、不安が残ります。

こういった呼び方をしていると、仲良しクラブや大学のサークルのようなチームになってしまいます。そのようなチームに生まれるのは信頼関係というより、馴れ合いです。実行力が伴うチームや部署をつくるには、お互いがお互いを敬い、信頼しあう風土づくりが大切です。上司が部下を「さん付け」で呼ぶのは、実行するのはたやすいでしょう。では、自分自身が「さん」で呼ばれるのはどうでしょうか。部課長という役職につきながら、新入社員からも「さん」で呼ばれることに納得がいかないのであれば、自ら壁をつくっているも同然です。そういう心が組織の風通しを悪くし、ものを言えぬ風土を形成してしまうのです。

提案書のハンコは「三つまで」

大企業になればなるほど、決裁のルートは長くなる傾向があります。まずは該当文書に担当者がハンコを捺し、その次に課長や部長が捺します。その後、経理部や法務部、人事部、システム部などの部署でも回覧されます。最終決裁者である取締役の手元に届く頃には、一〇個以上のハンコが捺されているというケースも珍しくありません。無印良品においても、かつて七つから八つのハンコが必要な時代がありました。たとえば店舗宛に日報や業務連絡を送るとき、発行部門の担当者と課長、部長のほか、全店舗の責任者である販売部門の責任者のハンコも必要でした。さらに、連絡事項に配送業務が絡む場合は物流部門に、伝票の運行が絡む場合には経理部門に、用度品に関係する場合は総務部門に、と連絡内容によってはあちこちからハンコをもらわないといけない状況でした。ハンコをもらうために担当者は文書を持って各部門を訪ねて、担当者が不在の場合はそこで作業がストップします。出社していても席にいなければ何度も往復しなければならず、まったく生産性のない慣習だったのです。文書の発行日から店に届くまでに中二日程度かかることもありました。そこで、「販売部門の責任者、主管部門の担当者と責任者の印鑑の三つだけでいいではないか」と提案したのですが、社内からは反発がありました。「せめて五つにしてください。出店計画に関することは、人事部も知っておかないと、採用計画をつくれません」「うちの部署も情報を流してもらわないと困ります」このような感じで、みんなが〝情報〟を欲しがるのです。これは、関連する部門の了承を取っておきたい主管部門の防衛意識と、自部門も権限を持っていたいという縄張り意識の表れです。このまま放置しておくと、部門利益が優先される、それこそ部分最適(*)の温床になってしまいます。何より、これでは意思決定の時間がかかりすぎて、実行力が発揮できません。そこで、やはり「ハンコは三つまで」と決めました。今ではさらに効率化が進み、イントラネットで本部と業務部門間の連絡をしています。これで、ハンコは必要なくなりました。もっとも、稟議書などハンコが必要な文書は現在もありますが、ハンコを捺すのは最少の人数で抑えるようにしています。決裁ルートが短縮されたおかげで、スピード感を持って物事を決められる風土になりま

した。何より、起案部門が責任を持って実行し、仮にうまくいかなかったときには責任の所在も明確になるようになりました。関連部門長の印鑑がズラリと並んでいるわけではないので、すべての部門の責任という曖昧な結論にはならないのです。市場の変化に敏感に対応できる組織をつくるには、決定権のある人が即決定し、即実行できるような仕組みづくりが必要なのです。

知恵は「他社から借りる」

無印良品で運用しているほとんどの仕組みは、他社の仕組みにヒントを得ています。オリジナルのものは、ほとんどないといってもいいかもしれません。知恵の源泉は、徹底して他社に求めているのです。どうして、他社を参考にすることを基本にしているのか。それは、「同質の人間同士がいくら議論をしても、新しい知恵は出てこない」という事実に尽きます。無印良品は二〇〇四年にはV字回復を遂げ、売上げも利益も絶好調でした。そうしたなかで、恩情型・年功的な人事制度の見直しを始めていました。多種多様な福利厚生制度を見直し、働いた実績に応じた直接人件費に振り替えるようにしていったのです。原資はまったく変わりません。ところが、労働組合からは「業績が好調なのに、なぜ福利厚生を削るのか」と強い反対意見が出ました。この意見を聞いた時、私は危険の芽がまた出始めたと感じました。企業の業績や経営がおかしくなる芽は、業績がよい時にこそ出てくるものです。そこで始めたのが、「30%委員会」というプロジェクトです。これは当時、売上高における販売管理費率が約三四%だったのを、三〇%にまで減らすことを目的に始めたプロジェクトです。結果的に、年間五四億円のコストダウンを実現できました。この30%委員会の委員長は、私自身が務めました。会議は毎週火曜日、二〇〇四年八月に第一回の会議を開き、以降二八〇回開催しています。議題は、コスト削減に関する施策全般についてです。残業のカットや備品にかかるコスト削減という小さなことから、店舗の賃料や内装の見直しによるコスト削減といった、無印良品の仕組み全体を改革しなければ実行できないものまで、さまざまでした。ところが、スタート当初、なかなか販売管理費を減らせませんでした。それどころか、逆に増えてしまったのです。役員や関係部署の人間が総出で、一生懸命、販管費が増えた原因を考え続けたのにもかかわらずです。これが、「同質の人間同士がいくら議論をしても、新しい知恵は出な」かった実例です。同じ環境で、同じような情報に接している人同士が、いくら新しいことを考えようとしても、限界があるのです。そこで、同質の人間がいない、「外」に知恵を求める必要があるのです。

「外」には、すばらしい経営をしている人がたくさんいます。このときは、下着メーカーのトリンプが「早朝会議」で話題になっていたので、私も見学に行きました。当時の吉越浩一郎社長が会議を仕切り、社員はトップを前にプレゼンして、その案の採否がその場で決断されます。ダメ出しがあれば、翌日までにアイデアを練り直してプレゼンに再挑戦です。五〇項目ぐらいの案件が一時間半の会議で次々と決定されていき、まさにスピード感あふれる会議でした。「これは吉越さんだからこそできる会議だな」と思う一方で、①必ずデッドラインを決めること、②資料は簡潔にすること、③意思決定が早い点など、参考になる情報は山ほどありました。そこで、「会議では必ずデッドラインを決定するところまでやる」「会議のための資料作成に時間をかけない」など、取り入れられる要素はすぐに取り入れました。その効果は大きいものでしたが、こうした〝知恵〟は、社内でいくら話し合っても決して出てこなかったでしょう。「どこ」にヒントを求めるか、という点も重要です。当初は無印良品も、〝超大企業〟を参考にしていました。企業をその規模にまで成長させたからには、ノウハウがあるのではないかと考えていたからです。しかし実際に話を伺っていくと、実はノウハウは大企業ではなく、〝中小企業〟〝創業者型の企業(トップのカラーが強い)〟、それから〝販管費が低い企業〟にこそあったのです。経営と現場の距離が大きく離れてしまった超大企業より、いつまでも現場力を維持している中小企業に実践的なノウハウが根付いているのです。もちろん、他社のノウハウがそのまま自分の組織で実行できるとは限りません。しまむらの例で述べたように、組織の文化や構造、働いている人達が持っているスキルは、それぞれの企業によって異なります。他社から学んだノウハウのポイントをつかみ、自分たちの組織で実行できるノウハウに〝翻訳〟する能力も大切です。他社の知恵を借りれば、まだまだ改善の余地があることに気付けます。そのためにも、内向きではなく外向きの視点を養わなければならないのです。

他社とは〝徹底的に〟交流する

しばしば、話題になっている企業の工場にバスを何台も連ねて何十人もの方々が見学に行く姿を見かけます。このような〝視察〟を何十回やっても、学べることはごくわずかでしょう。たいていは、「素晴らしい工場だった」と感想を述べて終わりです。他社から学んだノウハウを現場で実行できるようにしなければ、実りはありません。それには、トップ同士が交流するだけでは限界があります。徹底的に交流するには、現場の担当者同士で話ができるような関係づくりが必要です。たとえば、共同で勉強会を開催し、その後の懇親会などでざっくばらんに話せる個人のつながりを構築する。こうすることで、もし調達担当者がシステムについての課題に悩んだら、「ちょっと、あの人に相談してみよう」と、相手の企業の担当者に電話で相談するような環境を整えられるのです。今でも定期的に他社の方を招いて勉強会を開いたり、社内での集会で講演をしていただいています。ブルボンの吉田康社長、ホームセンター・カインズホームの土屋裕雅社長、ポイント(アパレル)の福田三千男会長兼社長など、第一線で活躍されている方々の話には重みがあり、物事の本質を突くような学びが多々あります。私は、「当社の常識は他社の非常識」と社員にも何度も伝え、普段自分たちが当然のように行っていることに疑問を持つよう、促しています。外へ目を向けないと自分たちのポジションを正しく把握できず、必要な改革ポイントに気付かないのです。以前、たまたま、しまむらとの勉強会の際に話題になったのが、商品に付けるタグの種類でした。しまむらの専務に、「商品に付けるタグシールは、何種類ありますか?」と尋ねたのがきっかけです。タグとは値札のことですが、無印良品ではここに商品名と、商品の「わけ」(商品がつくられた理由。素材や機能、環境視点など)を入れています。当時、無印良品には衣料品から文房具まで、すべての商品で二〇三種類のタグがありました。ところがしまむらは、衣料品がメインとはいえ、膨大な種類の商品をたった三種類のタグで管理していたのです。これを伺ったとき、自分達が当たり前だと思っていた二〇三種類が、いかに多いかをはじめて認識しました。まさに、自分達の常識が、他社の非常識だったのです。それぞれのタグは大きさもデザインも異なるので、相当コストがかかっていました。国

内外で二七社もの会社に頼んでつくってもらっている状態だったのです。無印良品にとってタグとは、いわば「商品の顔」。ここで無印良品らしさを表現しているので、タグに手を付けるのは誰も思いつきませんでした。しかし、改革のためなら、たとえ聖域であっても手を付けなければなりません。当時の商品担当常務にタグの見直しを頼んだところ、最終的には九八種類にまで絞られ、つくってもらう会社も二社に絞られました。大量発注する代わりに単価を下げてもらい、その結果、タグ関連だけで二億五〇〇〇万円と五〇%のコストダウンを実現できたのです。新しいアイデアを生み出すには、常に自分の知っていることがすべてではない、という謙虚な気持ちを持ち続けなければなりません。自分や組織にある〝当たり前〟を意識しながら、内向きにならず、外側からの刺激で自分の限界を壊す体験が必要なのです。経営の神様と呼ばれるピーター・ドラッカーも、「人間社会において唯一確実なことは変化である。自らを変革できない組織は、明日の変化に生き残ることはできない」と語っています。変化こそ成長の源泉であり、組織やチームに内向き志向が定着すると、死に至る病になるといえるでしょう。自分のチームや部署を成長させたいと、努力されているリーダーは多いと思います。そして同時に、思うように成長しない部下に頭を悩ませているかもしれません。私も、社長に就任して一年程経った頃、同じような悩みを抱えていました。そして最終的には、こういう結論に至りました。自分の器以上には、組織はよくならないのだ、と。いくら組織の仕組みや体制を変えても、結局リーダーの器以上には成長していかないものです。それならば、リーダーは、チームメンバーが異文化に触れられる環境を積極的につくりあげることが、責務なのではないでしょうか。

反対勢力はゆでガエル状態で染めていく人間は、本能的に変化に対して警戒心を抱きます。それが自分にとってポジティブな変化であろうと、ネガティブな変化であろうと変わりません。だから、改革やイノベーションに、周囲からの抵抗は付きものです。おそらく多くのリーダーは、チームや組織にいる抵抗勢力に対し、何度も説得を繰り返したり、必死に妥協点を探ったり、立場や権限で反論を押さえ込んだりしているのではないでしょうか。私は抵抗勢力に対し、そのような対応はしません。〝ゆでガエル〟状態にして、染め上げていく方法を取っています。ゆでガエルと聞くと、あまりいいイメージを持たない方も多いでしょう。一般的な解釈は次の通りです。カエルを熱湯にいきなり入れると、熱さのあまりに飛び出しますが、水に入れてから徐々に温度を上げていくと、温度変化に気づかないままゆであがって死んでしまいます。そのことから、ぬるま湯のような組織にいると、業績や環境の変化に気付きにくくなり、いつの間にか取り返しがつかなくなる──衰退していく組織の体質を表すためによく使われる表現です。実は、この〝ゆでガエル〟の現象は、改革の反対勢力を染め上げる方法としては有効なのです。変化に気付かないうちに、徐々にゆであがっていく。この痛みもかゆみも感じないような方法をとれれば、メンバーに痛みを感じさせずに改革を実行できます。たとえば、MUJIGRAMをつくるときも反対勢力は少なからずいました。そこで私は、反対勢力の彼らを、あえてMUJIGRAM作成の委員に任命しました。責任者として、積極的に作成に関わらざるを得ない状態にしたのです。そうすると、最初は〝仕方なく〟という気持ちもあるのでしょうが、やはり自分の得意であり、こだわりのある分野についての仕組みをつくるとなれば、知恵を出すようになっていきます。「ディスプレイはこれで統一したほうがわかりやすい」「この商品はこの位置に置いたほうが手に取りやすいのではないか」など、次々と個人のノウハウが、全社で共有する知恵になっていったのです。

こうなれば、もはや彼らは反対勢力ではありません。自分たちがつくり上げたMUJIGRAMですから、それを積極的に活用すべく、現場にも伝えるようになっていきます。そして、新入社員の研修はすべてMUJIGRAMをテキストに使うようにしました。無印良品で働き始めたばかりのスタッフは、〝真っさら〟なだけに、MUJIGRAMの理念やノウハウをすんなりと受け入れる素地があります。そして毎年MUJIGRAMで新人研修を行ったので、MUJIGRAMを仕事の基準にするスタッフが増え、自然と組織の色は変わっていったのです。同時に、店長の教育もしなければなりません。私は西友の人事部時代、新人スタッフの教育係もしていました。挨拶や身だしなみなど、基本的なことを教えると、しばらくはアドバイスどおりにできていました。しかし、数カ月後に店を覗くと、スタッフは挨拶も身だしなみもおろそかにしているというケースが相次ぎました。なぜそうなるのかと原因を考えた時、店長がいいかげんな仕事をしている店は、スタッフの仕事の仕方もいいかげんになると気づいたのです。最初は嫌々MUJIGRAMに従っていた店長も、本部から何度も指導されると、自分の仕事の仕方を改めるようになります。ここだけは、早めにゆであげないといけなかったので、多少の強制力は発揮しました。ゆでガエル方式は、時間と手間のかかる、回りくどい方法に思えるかもしれません。確かに、私も三年間は辛抱だと思っていました。しかし、結局はこれが一番の近道だと私は考えています。力で反対勢力を押さえつけたり、無理な妥協点を見いだしたりしても、それでは本当の意味でチームや組織を変えることはできません。メンバーが当たり前のこととして自然と体現するようになって初めて、本当の変化といえるのです。

「幹部は三年間、固定」せよ!日本は過去七年間でのべ七人もの総理大臣が就任しています。総理大臣に就いて半年もたたないうちに野党やメディアが内閣を攻撃し、世論が同調して支持率が低下し、与党内で責任を追及する声が上がって引きずりおろされる、という繰り返しでした。たとえどんなに優秀な人でも、ここまで短期間だと何もできないでしょう。周りの政治家はトップが代われば国を変えてくれるに違いないと、国の危機を他人事のようにとらえているのではないかと思います。さて、私がまだ社長に就任する前、衣料品部門の部長が三年間で五人も代わりました。三年間で、五人。単純計算でも、一人あたり約七カ月で交代です。衣料品の売り上げが落ちた時に、何が原因なのかを社内で話し合うと、「リーダーである部長が悪い」という結論になり、次々とクビを切っていたわけです。おそらく本書の読者には部長さんや課長さんも多くいるでしょうから、身につまされるような話でしょう。部署で問題があった時は、リーダーが全責任を負う。確かにそれは、一見筋が通っているように思えます。しかし、そこでリーダーを代えたところで、根本的な解決にはならないのです。ころころとリーダーを代えると、次にリーダーになった人はクビを切られるのを恐れて、無難な判断をしがちです。そうなると抜本的な改革ができないので、問題を先送りにするだけになります。結果的に、リーダー不在の体制になってしまうのです。私は社長になってから、主要幹部は三年間固定することにしました。これでリーダーも腰を据えて各部署の問題点を洗い出し、徹底的に改善できるようになりました。もちろん責任の所在をはっきりさせるのは大切ですが、それは個人の責任を問うためではなく、根本的な問題を探るためです。リーダー自身が問題点に気づき、改善しないことには実行力のあるリーダーにはなれません。私が無印良品事業部長になったばかりのころも、「あそこの店の売上げはどうして悪いのだろう」と課長たちに投げかけると、「あれは〝人災〟ですね、店長の運営の仕方が悪いんですよ」と言われました。それを聞いて、私は「まるで本質が理解されていないのだなあ」と驚きあきれたものです。人に責任を押しつけ、自分には関係ないと思っている。問題の本質に目が向けられず、

思考停止している。これでは、根本的な解決にはとうてい辿り着けません。このような意識を生む原因を考えると、それは大企業病に陥った企業にありがちな「縦割りの構造」にもあるのだと思い至りました。たとえば当時、「モノをつくる機能」を強化しようとして、商品開発部と生産管理部、在庫管理部の三つの部をつくり、それぞれに部長を置いていました。この三つの部が互いに連携し合うことが狙いでした。ところが思惑は外れ、互いに競い合うようになっていたのです。在庫管理部は在庫を少なくしようと、値下げをして商品を処分します。そうやって在庫のコントロールがうまくいき、社内で表彰されたこともありました。一方、生産管理部は工場の品質管理や生産性を向上させるのが仕事です。ここは工場を効率的に動かすために難しい商品をつくることへ難色を示すようになりました。商品開発部は、前にも述べたように、ヒット作を生み出そうと試行錯誤を繰り返している状況です。それぞれの部門がそれぞれの利益しか考えないようになってしまったのです。まるで現在の日本が直面している、行政における縦割り構造と省益重視の官僚主義による弊害と同じです。こうなると部門ごとに意見がぶつかりあい、責任をなすりつけあい、話がなかなか前に進みません。そこで、商品開発部のMD(マーチャンダイザー)をヘッドにして、在庫管理と生産管理の担当者をその下に置きました。すると一人の部長の指揮のもとに動かせるようになったので、物事がスムーズに進められるようになったのです。縦割りの構造を変えていくと横の連携が生まれ、それぞれの担当者に問題意識が芽生え、当事者意識を持てるようになります。そうして初めて、正面から問題に向き合える体制を整えられるのです。

部下のモチベーションを上げる一つの方法実行力のあるチームをつくるには、メンバーのモチベーションが高いことは必須条件です。当たり前の話ですが、やる気と積極性のあるメンバーでなければ、ビジネスにおける困難な課題に立ち向かえません。部下のモチベーションを保つためには、給料を上げることが一つの方法ではあります。しかし、一時的にモチベーションが高まるだけで、持続させることはできません。部下のモチベーションを上げ、チームや部署全体の士気を上げるのに必要なポイントは二つあります。それは、①やりがいを与えること、そして、②コミュニケーションです。組織の仕組みを整えることは大切なのですが、仕組みを変えるだけでは、ハードを変えてもソフトは古いままのパソコンと同じで、いずれ支障を来して動かなくなります。やはり、社員一人ひとりの心(ソフト)も無視できません。では、どのようにしてやりがいを感じてもらえばいいのか。これは、社員がその組織、あるいはそのチームに尊敬の念を抱くようになることが理想的です。例えばかつての西友の衣料品は、「ダサい」というイメージが世間で定着していました。そのため、そこで働いている社員は、西友で衣料品を買おうとは思っていませんでした。自分達が満足できない商品は、当然お客様も手に取らないでしょう。お客様が買わなければ売上げも伸びず、結果的に給料も上がりません。そうなると、社員も自分達の働いている組織に誇りがもてなくなってしまうのです。そのため、無印良品では社員自身が満足できる商品をそろえるよう心がけています。自分が欲しいと思う商品であれば、お客様にも胸を張って勧められるでしょう。そして、お客様に喜んでもらえると、それが自分にとっての喜びとなります。やりがいとは、目に見える数値や金額だけで生まれるものではありません。目に見えない喜びや感動にこそ、価値があるのです。部下のモチベーションが上がらないのなら、自分たちが満足できる商品やサービスを提供しているのか、再確認してみるべきでしょう。モチベーションを維持する二つ目のポイントが、「コミュニケーション」です。

とにかく伝達経路をシンプルにし、社員の意見や行動に対してしっかりフィードバックすることがカギです。部下が三人いて、一人にだけ情報を伝えなかったら、その人には不満が生じます。すべての部下に等しく情報を伝えるのは基本です。無印良品では「朝礼システム」というものがあります。毎朝、店に社員が出勤してきてパソコンを立ち上げると、画面にその日にやるべき業務や予算目標、伝達事項が自動的に表示される仕組みです。これを導入した理由は、店舗ごとに朝礼を任せると、店長によって伝える内容にバラつきが出てしまい、情報格差が生まれるからです。後になって重要な情報を知らされると、上司や組織に対して不満を感じてしまうものです。そのようなことが起こらないように、朝礼をシステム化して、情報伝達をシンプルにしているのです。無印良品の場合、会社組織という規模でコミュニケーションを徹底するためにシステム化していますが、部署レベルならメーリングリストで一括して伝達事項を伝える方法で充分かもしれません。また、無印良品では、「生産性を二倍に、またはムダを半分に」というWH運動(W=ダブル、H=ハーフ)を行っています。これもボトムアップの仕組みづくりの一環なのですが、各部門に改善のテーマを決めてもらい、成果を出せた部門には「松井賞」「ホームラン賞」といった賞で表彰します。わずかではありますが、金一封も渡します。このように、「あなたの働きを認めています」というフィードバックもコミュニケーションの一つです。賞を与えるところまではしないにしても、部下の仕事を評価するよう心がけるだけでコミュニケーションは円滑になります。そして、部下のモチベーションも保てるようになるでしょう。

コンサルタントには組織は立て直せない経営戦略にしろ、人材育成にしろ、社内やチームでは解決できない問題が出てきた場合、コンサルタントに頼るリーダーは多いのではないでしょうか。確かに、新たな気づきや最新の情報を仕入れるために相談するのは、有用かと思います。しかし、仕組みづくりや組織改革の実行をコンサルタント任せにしてはいけません。無印良品の業績が悪化したころ、さまざまなコンサルタントと肩書のつく人が連絡をくれました。セゾングループの幹部からの紹介で来る方など、さまざまです。仕組みづくりでいくつかの事案をお願いしましたが、はかばかしい成果が得られたケースはほんの一、二例でした。結局、外から作戦参謀を呼んでも、社内の人間が彼らを使いこなせなければ、結果は出ないのです。コンサルタントのノウハウが、必ずしもその組織やチームに役立つとは限りません。当たり前ですが、コンサルタントは、本人の専門分野や得意分野での問題解決の提案をしてくれます。しかし、それが問題の本質に迫っているとは限らないのです。コンサルタントが活躍するには、結局のところ、実行力のある社内のリーダーと共に行動するしかないのです。コンサルタントに問題点を洗い出してもらっても、それを改善するかどうかはリーダーが決めなければなりません。そこで社内の抵抗勢力に阻まれ、改革を断念するケースもあれば、トップ自身が、せっかくのチャンスを握りつぶす場合もあります。そもそもコンサルタント任せの組織では、未知の課題に直面した際に、自分たちでその解決策を生み出そうという風土や意識が失われてしまいます。何事も、人に教わって直すようでは身につきません。自分で問題点を発見し、それをどう直せばいいのかを考えない限り、自分のものにはできないのです。組織やチームの改革は、他力本願ではなく、自力本願でいくしかないのだと腹を括るしかないでしょう。

迷ったときは「難しいほうを選ぶ」「未来は予測不能だし、手本もない」とは、元日本IBM社長の椎名武雄さんの言葉です。ビジネスは、日々決断の繰り返しです。絶対に正しい答えがあるわけではなく、実行した結果、吉と出るか凶と出るかがわからなくても、「やるしかない」場面も多々あります。多大な開発費をかけて投入した新商品や新サービスの売れ行きが芳しくない。そのような局面は、誰でも経験しているはずです。そのまま売り続けるか、撤退するかといった決断の場面では、つい簡単な道を選んでしまいがちです。ただ、私の場合は、あえて難しい選択肢を選ぶように心がけています。それは難しい選択肢にこそ、問題を解決する本質が潜んでいるケースが多いからです。簡単に実行できる解決策は、確かに魅力的ですし、〝目の前の問題〟ならすぐに解決してくれるでしょう。しかし、その問題を表面的にしかとらえていないので、いずれまた同じ失敗を繰り返します。無印良品には、以前アウトレットのお店が七店ありました。私は毎年一つずつ閉鎖し、社長退任時は三店舗にしました。アウトレット商品とは、見込み通りに売れなかったり、シーズンが過ぎて売り場に置けなくなった商品を集め、値引きしてお客様に提供し、在庫を処分していく方法です。とくに衣料品の業界では、多くのブランドやメーカーが在庫処理の手法として採用しています。しかし、無印良品ではその方法に頼らず、シーズン中にすべてを売りきる仕組みをつくることにしました。春物は沖縄から投入し、秋物は北海道から投入します。衣服雑貨の物流費はそれほど高くはないので、たとえば佐賀の店では売上げが伸び悩んでいる春の商品を新宿の店に移動させる。このように場所を変えるだけで、瞬時に売れていくようになります。重要商品は先行してネットで販売すると、動向が事前につかめます。生産のアクセルを踏み、ブレーキを踏むためには、EDI(商取引に関する情報を、企業内で電子的に交換する仕組み)で海外の産地と結ばなければなりません──そういった努力と仕組みの改革が競争力となっていくのです。アウトレットで原価を削って販売する企業との差は歴然です。

未来は、リスクを取らない限り開きません。皆さんは、リスクを取るような仕事をしているでしょうか。そして、部下にもリスクを取るよう背中を押しているでしょうか。チャレンジしなくなったときに、リーダーとしての資質はなくなります。部下が簡単な方法ばかりを選び、冒険をしないのは、リーダーがそういった決断ばかりをしているからでしょう。リーダーが自ら難しい決断をし続けていれば、部下もリスクを覚悟しつつ実行できるようになるのではないでしょうか。

性格を変える、ではなく、行動を変える部下の〝意識改革〟をしたい時、抽象的な精神論で、部下の性格や考え方を変えようとする人がいます。「君はやればできるんだ」「気合いが足りないんだよ!」という根性論や精神論で発破をかけたところで、部下の性格は変わりません。自分の性格でさえ簡単に直せないのに、人の性格を変えようとするのは元々不可能な試みなのです。それでは、部下の意識や考え方をどう変えればいいのでしょうか。私は、行動を変えれば、人の意識は変わるのだと考えています。たとえば、無印良品にはブロック店長という、自分の店舗と同時にブロック内の他の店舗を指導する立場の人がいます。一般的な企業では係長クラスにあたる管理職です。当然、ブロック店長は性格も個性もそれぞれで、就任当初は必ずしも管理職に向いているとはいえない人もいます。しかし、そのようなブロック店長に対し、研修で管理職の心得を説いたりはしません。日々の業務の中で、自然と管理職にふさわしい行動が取れるような仕組みを用意しておくのです。具体的には、本部の監査室の担当者をブロック店長に同行させ、ブロック店長として取るべき行動や業務を、指導していくのです。ブロック店長が各店舗で確認しなくてはならない事項から、スタッフの評価方法まで、「この場面ではこうしてください」と逐一指示を出します。それも、できるようになるまで何度も同行させます。こうすることで、誰がブロック店長になっても業務が標準化され、ブロック店長に求められる役割を果たすことができます。そして、行動に結果が伴うと、自然と管理職にふさわしい考え方や意識が身に付いてくるものなのです。「立場や環境が、人をつくる」とよく言われています。はじめに人柄や性格ありきではなく、立場にふさわしい振る舞いになるよう、具体的に行動を変えていくのです。そのために基本の仕組みをつくり、個人で解決できるようなプラスαはそれぞれの判断にゆだねるという、個性を活かす余地も残しておきます。もし無口な部下に積極的にコミュニケーションをとってもらいたいのなら、人との関わりの重要性を説明したり、消極性を責めるのではなく、その部下が毎日周囲に声をかけないと業務が進まないような仕組みを用意すればいいでしょう。

意識改革とは、人の性格を変えるのではなく、仕事の仕方を変えることで、自然と実現できるものなのです。

4章 この仕組みで「生産性を3倍にできる」 ──「むくわれない努力」をなくす法

「結果を出せる努力」には方法がある

仕事に向かう姿勢として、まるで少年野球チームの子どものように、漠然と「僕、頑張ります」というのは最悪です。アマチュアの世界では許されるでしょうが、プロの世界では、頑張っても結果を出せなければ、力不足だったと判断されるだけです。たとえ少年野球の世界でも、ピッチャーになりたいなら、人の二倍練習をするのか、ランニングや筋力トレーニングをするのか──方法を考え、そのポジションを取るまでのステップを考えて行動しなければ、レギュラーは勝ち取れません。がむしゃらに頑張るのではなく、どんな方法で頑張るかが大事です。それはビジネスの世界でも同じです。無印良品にも、「わかりました、頑張ります」と答える社員は少なからずいます。そのような人は、努力をすること自体を重視して、「どのポイントを、どのようなステップで努力すれば結果を出せるのか」を考えない傾向があるようです。当たり前の話ですが、結果を出して初めて仕事は成り立つものです。努力しても結果を出せないとしたら……、やはりそれは、努力の方法が間違っているのでしょう。象徴的な例があります。無印良品では、二〇〇一年に自動発注システムを導入しました。それまで売り場の発注担当者は、仕入れの仕事に大きなやりがいを感じていました。自分が「売れる」と判断して仕入れた商品が飛ぶように売れれば、それは嬉しいでしょう。そのため、店を閉めた後も、「ああでもない、こうでもない」と商品を並べ替え、どの商品をどのタイミングで仕入れるかを思案していました。そして終電に飛び乗って帰る毎日だったのです。それだけ自分の仕事に誇りを持ってもらえるのは、ありがたいことです。しかし、そこまで努力しても売れずに、在庫の山は築かれる一方でした。そのうえ、売りたい商品が店頭で欠品している場合も多かったのです。それを「今月は雨の日が多かったから」とか、「予想以上に売れたから」といった曖昧な理由で済ませてしまう。発注の仕事が、〝ギャンブル〟になっていたのです。そこで、自動発注システムを導入したわけですが、稼動しはじめた後、現場からの不満が出てきました。

発注担当者のこれまでの仕事ぶりを見てきた人は、仕事がなくなって落胆している担当者の姿を見て、「かわいそうだ」と同情するのです。また、導入時はしばらく現場が混乱したので、そのつど、「やはり人がやらないとダメだ」との批判も噴出しました。それでも、結果はどうだったか──。発注業務にかける時間は大幅に削減できました。その分新しい仕事にもチャレンジできるので、結果的に仕事の幅を広げ、自分自身の成長にもつなげられているはずです。一生懸命、発注作業をしている姿はたしかに心を打つかもしれませんが、それが結果につながっていないとすれば、やはり努力の方法の見直しが必要です。〝一見、必要な努力〟に目を奪われ、がむしゃらに頑張ってしまう前に、「本当に、この努力の方法でいいのか」を自問するわけです。

仕事の労力を一気に五分の一にした「考え方」努力を成果に結びつける仕組みを、いかにつくり、運用するか。正直にいうと、これは、なかなか難しいことでもあります。自動発注システムを導入したときもそうでした。これまで発注担当者の経験則や勘に頼っていた仕事を、仕組みに置き換えたことで、「人が努力して築き上げたスキルを、機械が代わりにできるわけがない」──そのような不満が現場でくすぶっていたのは、私も重々承知していました。自動発注システムとは、売上げ実績・市場の動き・季節などの情報から、単品の売り上げを予測して、一週間分の仕入れを発注するシステムです。基準在庫を下回ったら発注するというシンプルな仕組みで、勘や経験則は入り込む余地がないからです。それでも少しずつ成果は出始めます。それに私は、元来が批判にひるむような性格ではないので、システムの改善を命じることはあっても、元のやり方に戻そうかと心が揺れることはありませんでした。仕組みをつくるときは、旧来のやり方をしてきた人からの反対は当然あるでしょう。最初の数カ月は、我慢をすることも必要です。無印良品の場合も、新システムは〝徐々に〟現場に浸透していき、一つの仕組みとして根付いたのです。その結果、発注作業は原則なくなり、在庫修正作業も五〇%から一〇%に減少。その分、生産性が上がったともいえます。しかし、それだけではありません。加えて重要なのは、これまで個人の経験や勘に頼っていた仕事が、データとして蓄積されるようになったことです。もっと言えば、個人個人の大切な経験や勘の部分を、仕組みとして共有できるわけです。これこそ、仕事の仕組み──しかも、血の通っている仕組み──によるメリットの一つです。多くの経営陣や部課長は、部下に「努力をしてもらうこと」を喜ぶものです。連日徹夜をしている姿を見て、「頑張っているな」と評価する場面は、いまだに多くの企業で見られます。前項で述べた「努力の方法」を無視した態度です。これではいつまでたっても生産性は上がらず、効率化は図れません。せっかく努力している本人も浮かばれないでしょう。

リーダーは、「努力をすれば結果を出せる仕組み」を考えなければならないのです。

原因が見えた途端に問題の八割は解決するたとえば、営業部の成績が低迷を続けていたとします。なぜ売れないのか原因を考えた時、たいていは「売り方が悪い」という話になり、セールストークや接客態度を見直すということになりがちです。しかし、それらは本当に問題の原因なのでしょうか。営業部員が育たないのは、個人個人のスキルの問題ではないかもしれません。一部のトップセールスマンのノウハウを、部署内で共有していないからかもしれないのです。そのノウハウを共有する必要がない、あるいは共有したくないと思っている人が多いのなら、そこに問題の本質が隠れています。もし、営業部員同士を競争させて売り上げを伸ばそうとしているのなら、ノウハウは共有できず、伸び悩む営業部員はますますやる気をそがれてしまいます。その方法を変えない限り、売れないセールスマンを量産することになるでしょう。問題は、その根本的な原因が見えなければ解決できません。問題の本質をつかんでいなければ、トラブルが発生しても、場当たり的な対応しかできなくなります。まずは、「問題の見える化」が必要です。見える化ができないとしたら、それは個人の問題ではなく、組織の風土や仕組みに原因があると言えます。見える化を避けているとしたら、一人ひとりが「面倒なことに関わりたくない」「与えられた仕事をやっていればいいだろう」と他人事のようにとらえているからかもしれません。でも、そんな意識を持っている限り、根本的な問題は埋もれたままです。誰かが深く踏み込んでいかなければなりません。私が社長に就任した当初、衣服雑貨部門の売上げが低迷していました。それを立て直すためにはどうしたかというと、やはり「見える化」です。売上データを見える化し、それをきちんと分析した上で、対策を練る。文字にすると当たり前のことのようですが、これができていなかったのです。衣服雑貨だけで五つの部門に分かれているのですが、それまでは、部門毎の管理帳票はバラバラでした。それぞれの部門の担当者が独自にエクセルシートをつくって管理していたからです。「衣服雑貨の全部門」のデータを一括で見る仕組みがありませんでした。

たとえば「紳士服」だけでもTシャツ、シャツ、ジャケット、セーター、パンツと何種類もあります。さらにそれぞれのアイテムにはVネック、Uネックとデザインはいくつもあり、色もサイズも数種類あれば、無地かボーダーかなど……一つのアイテムでもこれだけ枝分かれしています。そのうちの何が売れていて、何が売れていないかの詳細を分析し、対策を立てるのは、紳士服の担当者にまかされていました。そのため、どこの工場にどのくらい発注し、仕掛り品(製造途中の商品)はどの程度あって、完成品はいつ、どのタイミングで入荷するのか、処分はいつからどれくらいの割引率で行うのか──などの情報が、担当者しかわからない状態でした。これでは、会社全体として統一された、効果的な対策を打つことができません。個人の能力のレベルが、会社のレベルになってしまいます。また、その人が辞めてしまうと、すべてのデータがわからなくなります。新しい担当者は単品の前年比すら把握できないという事態に陥ってしまうのです。そこを見える化するために、一括で管理できるシステムをつくりました。単品毎の売上動向は三週間目に判断できるようにフラグを立て、すべての人が見られる状態にしたのです。売上動向に応じて、アクセルを踏む(増産)、ブレーキを踏む(生産をやめる)ということができるようになり、店の在庫も、売れる店に移動できるようになりました。ネットで先行販売し、売上動向を把握するという改善もできるようになりました。こうした本質的な解決策を導入した結果、二〇〇〇年に約五五億あった在庫が、三年後に約一八億にまで圧縮されました。約三分の一の減少です。売上げはほぼ変わらないので、ムダを減らしただけで生産性は三倍になったとも考えられます。根本的な原因が見えれば、ピンポイントで手を打てます。問題は原因が見えた途端、八割は解決するものなのです。大学の先生や研究者が論文を書こうと思ったら、まずはその分野の過去の研究論文や事例を調べます。その上で、これまでの研究や実験では解き明かされていない事象や事例に対し、自分なりの仮説を立てて、それを実証します。ビジネスの問題の解決方法も、基本は同じでしょう。過去のトラブルや成功例を分析し、自分なりの解決策を考えて、実行する。スタート時点での分析が甘ければ、それ以降の解決策も不十分になります。問題は、意外なところに潜んでいるものです。それを見逃さないためにも、私は組織を丸裸にするような思いで、見える化に取り組んでいます。

「机の上がきれいな会社は伸びる」理由どこのオフィスにも、書類やファイルが積み上げられて今にも雪崩を起こしそうなデスクや、席の周りに段ボール箱を積み上げて砦のようになったデスクが、一つはあるのではないでしょうか。無印良品の本部にも、かつてはそのようなデスクが多数ありました。机の上には資料が積み上げられて、作業をするスペースといえば紙一枚分ほど。机の下には段ボール箱に入れられたサンプルなどが置かれていて、まさに足の踏み場もない状態です。どのように仕事をしているのかが不思議なくらいでした。しかし今は、クリアデスクルールを実施し、すべてのデスクが整理整頓されています。退社時には、私物や進行中の仕事の書類などを残してはいけないことになっており、机の上に載っているのはパソコンと電話ぐらいです。ただし、机の上のものを引き出しに詰め込むだけでは、問題の解決にはなりません。ハサミやホチキス、のりなどの文房具は、部門ごとで共有するようにしています。個人で文房具を所有していると、際限なく所有物が増えていくものです。この活動をスタートさせたとき、普段使っていないホチキスやハサミなどの文房具を集めたところ、山が築かれたぐらいでした。個人所有だとそれだけコストもかかりますし、スペースがいくらあっても足りなくなってしまうのです。さらに、共有文書で仕事をするよう、徹底しました。これには、「紙の資料を減らす」以上の狙いがあります。昔の無印良品は個人で情報を抱えてしまう傾向がありました。これを避けるために、「個人」に「仕事」を紐づけるのではなく、「組織」に紐づけるために、共有文書でやり取りをする習慣をつけているのです。作成した文書は自分で保管せずに、誰もがわかるようなファイルにまとめて、部署ごとにキャビネットに入れています。さらに、キャビネットの扉も取り払ってしまい、見える化を進めました。ここまですると、「三カ月前に会議でもらった資料はどこに行った」という話になっても、誰でもパッと探し出せるようになります。資料が山積みになったデスクや、何がどこに入っているのかわからないキャビネットでは、書類を探すだけでムダに時間がかかります。こうしたムダの積み重ねが、生産性を下げている要因でもあるのです。共有文書にすれば社員同士のコミュニケーションもとりやすくなり、情報の伝達力が上がるというメリットもあります。

担当者が長期休暇をとっている最中や出張で不在のとき、取引先から問い合わせがあり、慌てて担当者に連絡をするというのはよくある話です。共有文書を一括で管理しておけば、ほかの社員が代わりに対応できるようになります。もちろん、担当者が異動になった時も、スムーズに引き継ぎができます。見える化は、やると決めたら徹底してやらなければなりません。無印良品の場合は、クリアデスクを推進するチームをつくり、各部署のデスクやキャビネットをチェックして回り、徹底的に整理をしました。その結果、キャビネットの数を減らすことができ、空いたスペースにはコーヒーサーバーなどを置き、社員が打ち合わせや休憩ができるスペースを設けました。店舗でも同様に見える化を進めました。かつては倉庫に商品を取りに行くときには、婦人服なら婦人服の担当者、文房具なら文房具担当者しか、どこに在庫が置いてあるのかわかりませんでした。そこでMUJIGRAMで在庫管理の仕方を細かく決め、担当者以外の人でも在庫を見つけられるようにしました。これも、情報の伝達力を上げる取り組みだといえます。クリアデスクや倉庫の管理は、単に整理整頓だけが目的ではありません。それに伴って、組織の風土や仕組みを変えることでもあります。オフィスがきれいに整理された企業は、清掃に対する意識が高いだけでなく、情報発信力の高い企業でもあるのです。

「仕事のデッドライン」を見える化する「締め切りを設定していない作業」は、仕事とはいえません。チームのリーダーの立場にいれば、自分の仕事だけではなく、部下に割り振った仕事にも必ずデッドラインを設けているはずです。しかし、往々にして「デッドラインを設定した」だけで満足してしまう場合があります。そういう人は、自分の仕事のデッドライン自体を忘れてしまうこともあるでしょう。また、デッドラインを守れない部下も必ず出てきます。傍から見るとそれほど仕事量が多くない社員でも、締め切りを守れないのはよくあるケースです。理由を尋ねると、「他の仕事で忙しくて」「急に頼まれた仕事があるから」と答えるはずです。デッドラインを設けても、守れない場合がある。これも仕組みで解決できる問題です。デッドラインを見える化するのです。無印良品では、二つの仕組みによって、すべての業務のデッドラインを見える化しています。一つ目の仕組みは、「デッドラインボード」です。これは部門単位で管理され、部門長のデスクの近くに置かれています。部門長は部下に仕事の指示をした場合、デッドラインボードに担当者と指示の内容、デッドラインなどを書き込みます。それがデッドラインまでに守れれば○、守れなければ×をつけます。これにより、誰がどのような仕事を行っているかが見える化でき、その進捗も把握できるのです。締め切りを社員全員がチェックできるので、いい緊張感も生まれます。二つ目の仕組みは、社内ネットワーク上にあるDINAというシステムです。DINAとは、DeadLine(締め切り)、Instruction(指示)、Notice(連絡)、Agenda(議事録)の頭文字を取ったもので、パソコン上で全部門の業務の指示や連絡事項などが共有できるものです。たとえば会議の後は企画室の担当者が議事録をつくり、DINAシステムに投稿して、全社員で閲覧できるようにします。「本日、テレビでこの商品が紹介されます」という連絡事項があれば、ここに投稿して、情報を共有するのです。部署内で済むような小さな仕事はここには投稿しませんが、出店計画のように他の部署も関係するような案件については必ずアップします。一例として、会議で生活雑貨部に対して「商品の組み立て説明書の質を上げる」ように指示が出たとします。会議ではデッドラインも決めるので、その指示の具体的な内容をD

INAシステムに投稿し、いつまでに実施するのかも入力します。投稿内容を部署全体で把握できているかのチェックも重要です。部署で誰かが閲覧していないときは、画面には×がつきます。誰が見ていないかもわかるようになっているので、上司は確認して見ていない人に指示を出すことができます。これで会議に出席していなかった人にも、情報が漏れなく伝わるのです。そして、その業務が締め切りまでに完了した場合は、指示を出した人が完了のチェックを入れます。万一締め切りまでに完了しなかった場合は、指示の内容や期日を再度見直し、改めてデッドラインを設定します。こうすることで、業務の進捗はすべて見える化できるようになりました。このシステムは、広島にある病院で導入されているシステムを参考にし、無印良品流に開発したものです。

これらの仕組みには、二つの効果があります。一つ目の効果は、PDCAサイクルの実行です。PDCAサイクルとは、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のプロセスを順に実施するマネジメントの一つです。上司が「企画を考えておいてよ」と指示を出すとき、急ぎでないならデッドラインを設定しない場合もあるでしょう。デッドラインがないと計画がどこまで進んでいるのかわからないので、実行、評価、改善とつながっていきません。デッドラインを必ず設けて、さらにそれを見える化すれば、あらゆる仕事が計画倒れにならず、実行に結びつくのです。そうやって、PDCAサイクルは回るようになります。二つ目の効果は、上司が指示の内容を忘れなくなるという点です。多忙な上司は自分が出した指示をつい忘れてしまうので、見える化して全員で情報を共有するようになれば、それを防げます。無印良品では、デッドラインを見える化した結果、生産性は格段に向上しました。業務が漏れなく遂行された結果でもありますが、同時に見える化することで、何が何でもそれまでに完了させなくてはいけないという緊張感も強くなったからでしょう。

ホウ・レン・ソウが「人の成長を止める」!新社会人の多くは、報告・連絡・相談、いわゆる〝ホウ・レン・ソウ〟が仕事の基本であると教わります。確かにホウ・レン・ソウは大切な業務なのですが、多忙なリーダーがすべての部下から報告を受けたところで、対応できません。自分の仕事だけで手いっぱいなのに、細かい報告を受けて指示をするところまですべて引き受けていたら、リーダーの仕事の生産性が落ちてしまいます。無印良品では、ホウ・レン・ソウの代わりに、前項で紹介したDINAシステムで仕事の進捗状況を確認します。デッドラインの日付になった時点で上司が成果を確認し、できていなければ、どこで問題が起きているのか、そこで確認すれば充分対応できます。基本的には、小さな問題は部署で解決を図ります。ただし、万一重大なトラブルが起きた場合は、速やかに経営トップまで情報を上げ、経営レベルでの解決を行う仕組みを整えています。ホウ・レン・ソウはまんべんなく行うのではなく、要所要所で行うようにすれば、仕事のスピードを緩めずに済むのです。ホウ・レン・ソウは、部下が上司に逐一報告することでコミュニケーションをとれるのと同時に、トラブルやミスを小さいうちに発見して、後々大事になる前に解決できるというのが一般論です。しかし、行き過ぎたホウ・レン・ソウは人の成長の芽を摘んでしまう行為だと、私は考えています。常に上司が仕事に絡むので、部下の自主性や自分自身で創意工夫しようとする意識が育たなくなるのです。「今朝、指示のあったこの仕事とこの仕事は終わりました」「A社に企画書を送ったのですが、反応が鈍くて。どうしましょう」部下がこのような報告をするたびに、上司の判断を仰ぐことになります。すると、自分で考えて動くという判断力も実行力も育ちません。こうなると、段々と上司の指示だけを聞いていればいいと考える人ばかりになり、自分で考え、自ら動き出す人間が育たなくなってしまうのです。上司の指示を受けてから動くようになると、上司が外出や打ち合わせで不在のときに、仕事が滞ります。その結果、仕事のスピードが落ち、生産性は落ちます。

また、ホウ・レン・ソウを過度に行うと「縦のつながり」が中心になってしまい、「横のつながり」がおろそかになります。上司への報告と相談ばかりが重視されると、他部署との連帯を考えなくなるのです。私はよく、「部分最適の累積は、全体最適にはならない」と社員に話しています。たとえば、総務人事部が組織改定のため、各部門から人員の要望を聞いたとします。海外事業部からは海外出店数の増加に応じ、増員の要請が上がってきます。品質保証部からは品質レベルの向上のための増員要請が上ってきます。すべての部門の要望を聞いていると際限なく人員はふくらんでいくでしょう。一方、売上げの伸び率以下に人員は抑えなければいけません。無印良品では、社長がこの問題の決裁をします。なぜなら、〝全体最適の視点〟を一番持っている人だからです。行き過ぎたホウ・レン・ソウは社員の意識を自分の部署に縛り付けてしまうので、内向き思考になり、〝部分最適〟の温床となります。全体最適の視点を養うためにも、リーダーは手綱を握りすぎないことが大切なのです。

「一八時三〇分退社を徹底する」理由無印良品はフランスやイタリア、スペインといったヨーロッパにも出店しています。開店するときは現地に行って視察するのですが、ラテン系の国の人たちと、日本人の生き方はつくづく違うものだと実感します。日本人は食事をするのもタスク(仕事)のようになっているのか、仕事が終わった後にレストランに行くとしても、メニューは三分ぐらいで決めて、翌日も仕事があるからと早々に帰宅の途につきます。食事は空腹を満たすための行為という感じです。一方、ラテン系の国の人たちは、ランチに二時間とるというのは有名な話です。さすがにワインを飲むということはありませんが、おしゃべりを楽しみ、エネルギーをたっぷり充電してから午後の仕事に取り掛かります。その分、仕事が終わるのは遅くなり、八時を過ぎると今度はディナーです。ワインを何にするか、何を食べるかを三〇分ぐらいかけて、仲間とワイワイ話し合いながら決めます。そしてとことん飲み、料理はしっかり食べ、会話はつきることなく、深夜一時ぐらいまでディナーを楽しむのです。「そんなに遅くまで遊んでいて、明日の仕事は大丈夫なのか?」と思っていると、翌朝九時にはきちんと出社しています。人生を楽しむというのは、こういう生き方をすることなのだな、と思います。仕事以外の自分の時間を楽しむ彼らの生き方のほうがよほど人間らしいでしょう。一〇年間ぐらいラテンの国に赴任させていた社員に、日本に戻ってくるよう命じても、「もう日本の企業文化には戻れない」と、会社を辞めて現地に住むのを選ぶ人が数名いました。「ラテンの国には一〇年以上赴任させないようにしよう」と、暗黙の異動基準も考えられたぐらいです。冗談みたいな話ですが、ラテン系の国で働くと、それほど価値観を変えられてしまうものなのです。翻って、日本のビジネスマンの生活を見てみると、対照的です。早朝から夜遅くまで働きづめで、週末は仕事の疲れから出かける気力も起こらない。そんな会社人生を何十年も送り、定年を迎えた頃、自分には何が残っているのでしょうか。無印良品の社員もみな仕事に熱心で、残業するのは当たり前という風潮がありました。とくに商品部の社員は毎日終電まで仕事をし、週休二日のうち、一日は洗濯や掃除で追われ、もう一日で何とか休めるという状況でした。こういう生活を送っていては、生産性は上がらないし、仕事のアイデアもなかなか生まれません。

そこで、私は社員の残業をなくそうと決意しました。とはいえ毎日の残業をゼロにするという目標は、いきなり掲げて達成できるものではありません。まずは週に一日、「ノー残業デー」をつくることから始めました。毎週決まった曜日に、全社員で定時退社をしたのです。これは、意外とすんなり達成されました。そこで、半年後からはノー残業デーを週二日に増やしました。さすがにはじめは少し混乱もありましたが、これもそこそこ達成されました。そして、いよいよ完全に残業をなくす取り組みを始めました。全社一斉に、「一八時三〇分退社」を徹底したのです。ここからが大変です。定時になると社内の電気を消して回らせていたのですが、いったん帰ったフリをして、時間をおいて戻って来る社員もいました。家に仕事を持って帰る社員もいて、これでは残業をなくす意味がありません。残業をする人は、たいてい同じ人でした。そういう人に共通しているのは、非常にまじめだという点です。仕事には太い幹の部分もあれば、些末な枝や葉のような部分もあります。たとえば、会議で新商品のプレゼンをするとき、太い幹は「企画を通す」という部分です。しかし、まじめな人は時間をかけてプレゼンの資料を用意し、枝葉も徹底してやりたがるのです。だからといって、残業をなくすために仕事の質を落とせばいいという話ではありません。時間内に終わらせることの重要性を認識させ、工夫してもらわなければ生産性は上がらないのです。たとえば、会議で必要な資料をパワーポイントでつくるにしても、そのフォーマットを部署で決めておけば、集めた材料を当てはめていけばよくなるので余分な手間が省けます。情報の共有化によって、仕事の質を落とすことなく生産性は上げられるのです。また、八時間きっちり働いているようで、遊んでいる時間は結構あるものです。無印良品でも、社員のインターネットの使い方を調べてみると、二五%は仕事とは関係のないサイトを見ているという人もいました。このように、仕事の仕方を見直してみると、やらなくてもいい仕事や、ムダな時間が結構あるものです。仕事の本質を見定められるようになると、格段と生産性は上がります。同じ八時間労働でも、今まで以上に仕事量を増やせるようになるでしょう。

なぜ、残業をなくせないのか残業をなくすために一番有効なのは、デッドラインを設けることです。限られた時間内で仕事を済ませようとすると、集中力が生まれますし、仕事に優先順位をつけて取り組めるようになります。ただし、デッドラインだけでは、残業をなくすには不十分です。もし仕事量を減らせないのなら、社員を増やすか、時間を増やすかのどちらかしか対処法がないのも、また事実です。しかし、社員を増やす方向に、本当の改善策はありません。同じ質の仕事を社員の数を増やして対応しようとするのですから、進歩はない訳です。従って、やはり仕事量を減らす方向に本質があるのです。私は残業をなくすための提案を、全部門から出してもらいました。たとえば、商品部からは「今使っているデータでは必要な情報が取れないので、自分で加工して資料をつくっている」という声が上がってきました。そこで、システム部と相談して、必要なデータをすべて打ち出せるようにしました。こうした積み重ねで、全社の「人時(作業量)」を二〇%以上減らすことができたのです。しかしながら、残業を完全にゼロにするのは難しいので、途中で「一〇%ルール」を設け、一八時三〇分以降に残っている人数は各部門で一〇%以下にするように決めました。決算や商品の展示会などで、どうしても残業しなければならない仕事があるからです。これを二〇一三年は七%にし、さらに生産性を上げようと取り組んでいるところです。今では、経理の決算期や商品の展示会などがあっても、全社では七%以下になっています。残業を減らせないのは、個人の仕事の仕方だけではなく、会社の仕事の仕組みも関係します。無印良品では、まずは「夕方には新しい仕事を人に頼まない」というルールをつくりました。上司が夕方の五時に、作成に二時間程かかりそうな資料をつくるよう部下に指示すれば、当然そのために残業することになってしまうからです。さらに上司からだけでなく、他部署からの依頼ごとも、午前中の早めの時間に済ませるようにしました。これで指示を出すほうもデッドラインを早めに逆算して、仕事を割り振るようになるので、生産性が上がります。

ノー残業を試みる企業は多いですが、たいていは週一回実施するぐらいですし、毎日残業をなくそうとした企業のほとんどは、失敗しているようです。それは、仕事量を減らさず、人員も増やさず、しかし時間は減らすという不可能なことをやろうとしているからでしょう。デッドラインを設ければ残業が減るというわけではなく、上司が仕事の頼み方を変えたり、常に業務の改革改善を行って「人時」を削減する(仕事をなくす・効率化する)等の工夫をし、ようやく実現できるものなのです。ところで、私は何事も徹底しないと気が済まないので、自分が残業するときは残業申請を人事部に提出するようにしています。上がやっていると、部下も従わざるを得なくなるので、残業を減らそうという意識が強まります。もし、残業を仕事に対する熱意の表れだととらえているのなら、まずは上司がその考え方を改めなければなりません。仕事への貢献度は時間で測るものではなく、結果で測るべきではないでしょうか。

提案書は「A4一枚」国会中継を見ていると、しばしば居眠りをしている議員の姿を見かけます。自分は発言せず、他の議員のやり取りを聞いているだけでは、眠くなっても仕方がないでしょう。学校の授業と同じで、一方的に話を聞いていると、集中力はどうしても途切れてしまいます。多くの企業では連日会議が行われていますが、無印良品でもその点は同じです。とはいえ、時間を浪費するだけの会議では意味がありません。議論をするのも大事なのですが、あくまでも「決めて、実行する」ための会議でなければならないのです。会議の後が本番であり、そこに至るまでは準備段階です。「実行九五パーセント、計画五パーセント」の企業にするには、会議の準備にかける時間は最小限にとどめて、実行に時間をかけなければなりません。そのために、無印良品では会議の時に使う提案書はA4一枚(両面)と決めてあります。新規出店のような大型の案件でも、提案書はA4一枚です。この仕組みも、最初から社内ですんなり受け入れられたわけではありませんでした。A3で作成した資料をA4に縮小コピーをかけるという悪あがきをする者もいれば、パワーポイントのスライドを数枚割り付け印刷して、「一枚です」と提出する者もいました。こういうことに関しては、みな知恵を絞るものです。提案書のフォーマットはとくに決まっていませんが、必要な数値や重要な情報が入れてあるかどうかがカギになります。新規出店の提案の場合は、候補となっている土地の周辺情報、売り場の面積、賃料や保証金、周囲に無印良品はあるのかどうかといった基本的なデータや売上げ目標のほか、五年分ぐらいの損益計算書(どれだけ利益を得られるかを表す財務諸表の一つ)も予測を立てて入れます。これを会議でプレゼンする際は、建物の外観写真や出店場所のフロア図面、周辺地域の地図などをプロジェクターで投影しつつ、説明するのです。ここまで一枚の紙に内容を絞り込むためには、事前のマーケティングや調査が必要になります。そのための指標となるのが、業務基準書です。たとえば周辺に住んでいる客層を調査したり、候補地周辺の通行量を調べたり、周辺の商業施設の調査をしてどれだけの売上げが見込めそうなのか分析したり、調べるポイントはすべて決めてあります。郊外でファミリー層が多く、車や自転車で来店できそうな場所

なら、手堅く利益をあげられるのではないか、などと調査結果をもとに判断するわけです。その調査自体は「実行」に直接つながるので、時間をかけてやらなければなりません。でも、提案書はただの文書ですから、その作成に時間をかけるのは仕事の本質から外れているというわけです。パワーポイントを駆使し、イメージ画像やイラストを多用したり、複雑な図を入れたりと、凝った企画書をつくる人がいます。しかし、それは仕事の本質ではありません。企画を通すのが目的であり、見栄えのいい企画書をつくるのが目的ではないでしょう。私自身、以前は数十ページに及ぶ提案書を何日もかけて作成していました。数十枚の提案書だと、つくるのに時間がかかるうえ、会議で一時間以上かけてプレゼンしなければならなくなります。話す側も聞いている側も労力を使いますし、他の議題を話せなくなるので、いくつもの生産性を奪っているようなものだったのです。そもそも数十枚の提案書でも、重要なポイントはA4一枚でおさまるほどしかないものです。どの段階の作業に時間をかけるかを見定めないと、いたずらに時間を費やすだけです。さらに、何よりも情報量の多すぎる文書ではコミュニケーションがとれません。お店にはかなりの日報や指示書が届きます。A4一枚程度にしておかないと読むことすらできません。たくさん書いてあると、ポイントを理解するのも大変です。とくに「経営」はコミュニケーションの量とスピードで決まります。コミュニケーションを阻害する大量の企画書は、経営の実行力を著しく落としてしまうのです。ちなみに、パワーポイントを禁止にしている企業もありますが、無印良品ではそこまではしていません。プレゼンの時に必要な情報を伝えるという目的を果たすために、パワーポイントやエクセルを使うのは問題ありません。しかし、それがあくまでも手段であることを意識すべきです。伝えるべきポイントを自分で把握しているかどうかは、A4一枚で要約できたときに初めてわかるでしょう。

「形だけの会議」をなくそうその企業の「実行力」は、会議を見ればわかります。以前は、無印良品の会議は形骸化していました。いわゆる根回しがまかり通っていたのです。たとえば新しいお店を出すことになったとします。店舗開発部長が責任者として、役員や各部門長が一堂に会した場でプレゼンを行います。ところが、その説明の内容を理解できる人間はごく限られた人です。その案件が妥当なのかどうかは、開発部長と社長ぐらいしか判断できません。それにもかかわらず、他の部門の部長も、出席したからには何か言わなければならないと思い、適当な意見を述べます。「その付近の通行量はどうなの?」「どんな人が住んでいるの?」といった質問を投げかけ、答えられないと再調査となります。担当者は調査し直し、再び議題にかけても、また重箱の隅をつつくような質問をされ、数カ月間かけてリサーチをしたにもかかわらず、あっさりと否決されることもありました。こうなると、担当者としてはたまったものではありませんし、何より経営の効率が著しく落ちます。その結果、社内に蔓延したのが根回し主義だったのです。その案件に対して影響力のある役員などへの根回しは、とくに重視され、事前に案件を内諾してもらうように働きかけていました。こういう風潮は官僚主義の最たるものです。根回しによる会議の効率化とは名ばかりで、次第に自分一人が責任を負うのを避けるようになり、共同責任の人を増やしたいという心理が働くようになっていきます。こうなってしまうと、もはや会議は単なる儀式です。重要な案件は事前に結論が出て、些末な議題だけ話し合うような状況でした。活発な議論ができないので、組織の活性化など望めませんでした。実行より手続きが大事な会社は、衰退していくばかりです。私が社長に就任した頃も、そのような状況は変わっていませんでした。何かあるたびに、部長や担当者から「会議の前に説明をしたいので、時間をいただきたい」と言われる。そこで、根回しを禁止しました。担当者が自ら決断して、自分の責任でもって実行しなければならない仕組みに変えていったのです。

また、提案書は役員か部長から提案するということにしました。その部門の責任者がすべてを把握し、リスクを取って実行するということにしたのです。「当事者意識」が実行力に大きな影響力を持つためです。今ではビビッドな会議になり、それこそ「英知を集められる場」になってきました。会議ではどうしても発言する人は二~三人と決まってしまうので、私が議長を務めているときはあちこちに話を振るようにしています。すべてのデータが頭に入っていないとパッと答えられないので、出席者は緊張感を持って会議に臨むようになります。会議は、参加者が能動的になる環境づくりも大切です。会議が形骸化するかどうかは、仕組み次第です。仕組みを変えれば、会議は組織の成長エンジンとして機能するようになるでしょう。

5章 自分の仕事を「仕組み化する力」をつくろう ──「基本」があれば「応用」できる

自分を常に「アップデートする」法

仕事とは何か。この本質的な問いに一言で答えるのは難しいのですが、私にとっては「生きる価値そのもの」です。人は一日二四時間のうち、仕事にもっとも多く時間を費やしています。八時間労働なら一日の三分の一、つまり人生の三分の一は仕事に費やす計算です。プライベートも仕事と同じぐらい大事ですが、仕事を充実させるのは人生の大命題です。仕事を充実させるためには、モチベーションの維持の仕方を考えなければなりません。同じ仕事を続けていると、どうしても飽きてきますし、中だるみという壁にぶつかります。モチベーションを維持するために役立つのが、マニュアルです。そういう意味では、マニュアルは組織だけでなく、個人にも必要でしょう。マニュアルに沿った仕事をすると受け身になるといわれますが、それは他人がつくったマニュアルをそのままなぞっているからです。自分のマニュアルをつくれば、自分の仕事を俯瞰できるので、問題点や課題を見つけられます。自分で問題点を発見し、それを改善し、実行する。自分のPDCAサイクルが回るようになれば、確実に生産性は向上します。おそらく、多くの人は自分なりの仕事の仕方を築いているはずです。部課長レベルになると、ベテランなりの経験知が蓄積されているでしょう。しかし、ベテランだからこそ仕事を流れ作業のようにこなしてしまい、成長が止まってしまうリスクがあります。ルーティンワークはどのような仕事にも付きものですが、漫然とこなしていると気が緩んでしまい、大きなトラブルを招きます。医療の現場では〝ヒヤリ・ハット〟が多発しているといわれています。毎日同じ患者さんに同じ薬を投与していたので分量が変わった時に気付くのが遅れた、手術中に必要な器具がそろっていないのに気付いたなど、一歩間違えば大惨事になるようなケースが日常的に起きているようです。ヒヤリ・ハットの多くは、ルーティンワークや慣れから生じるケースが多いでしょう。どんな危険な現場であっても、毎日同じ作業を繰り返していると、人の感覚は麻痺するものなのです。ピアノやギターの弦は放っておくと緩んでしまいます。それを防ぐために、定期的に調

律や調弦をして一定の張りを保たなければなりません。仕事でも緊張感を保つためには、調整が必要です。ルーティンワークこそマニュアルをつくることで、常に精度の高い仕事を実現し、モチベーションも維持できるでしょう。そうすれば、常に仕事を最新版にアップデートすることが可能になるのです。

「自分のMUJIGRAM」をつくろうさて、それではどのように自分のマニュアルをつくればいいのか、実践してみましょう。たとえば、毎朝部署で朝礼を行っているのなら、その内容を書き出してみます。①全員で挨拶する②連絡事項を伝える③当番の社員が一分間スピーチをする④企業の理念を唱和する企業によってはラジオ体操をしたり、社歌を歌うところもあると思います。朝礼は毎日やっているとどうしてもマンネリになってしまい、あくび交じりにダラダラと出席している人もいるはずです。そんな朝礼を続けていると、「連絡事項は、メーリングリストで送信したほうが、効率的ではないですか?」との指摘があるかもしれません。こういう場面で、「なぜ朝礼をしなければいけないのか」をきちんと説明できるでしょうか。説明できないのであれば、自分自身も惰性でやっている証拠です。何のためにやっているのかを確認するためにも、マニュアルづくりは役立ちます。それでは、朝礼のマニュアルを、MUJIGRAM流につくったらどうなるでしょうか。「朝礼」とは何:始業前に社員で集まり、挨拶や連絡をする行事なぜ:部署内の社員同士でコミュニケーションをとるためいつ:毎朝一〇分間誰が:全社員この「なぜ」のところは、社員の士気を高めるため、基本的なビジネスマナーを学ぶためなど、その企業での目的によって変わるでしょう。それから、この目的に沿って、朝礼のメニューを見直してみます。

■全員で挨拶する挨拶はコミュニケーションの基本である・「おはようございます、今日もよろしくお願いいたします」とハッキリ発音する・お腹から声を出す・笑顔で挨拶をする・お辞儀をするときは四五度の角度で、両手は前で組む・人の話を聞くときは顔を上げる、背筋を伸ばす*下を向いている、声が小さい、姿勢が悪い、あくびをしている人は、その場で注意■連絡事項を伝える①上司から部下に伝えておくべきことを伝える・今週の目標・先週の目標の達成度・前日の会議で決まったこと・他の部署からの連絡事項・取引先からクレームがあった場合は、その報告②部下からの連絡があれば聞くここで、朝礼の「コミュニケーションをとる」という目的が、この方法で実現できているのか、チェックしてみます。挨拶はいいでしょう。連絡事項を伝える項目はどうでしょうか。これでは一方的に上司が伝えるだけになっていると思うのであれば、どうすれば双方向のコミュニケーションをとれるのか、他の方法を考えます。まずは部下に現在抱えている仕事の進捗状況を報告してもらい、それについて上司が意見を述べるのなら、コミュニケーションはとれるでしょう。あるいは、部下に今日一日の仕事のスケジュールを報告してもらい、抜けがあったら指摘する、という方法でも意思の疎通は図れるかもしれません。このように、マニュアルをつくると、今の仕事のやり方で仕事の本質から外れていないかどうかを確認できるのです。朝礼のように習慣化している業務ほど、マニュアルをつくると、問題点や改善点が見えやすくなります。ただ何となくやっている日常の業務の目的を再確認したら、とるべき行動は変わるでしょう。仕事はそのように発見と改善の繰り返しで、常にアップデートできるのです。

「上手なコミュニケーション」もマニュアル化できる?マニュアルは作業ごとにつくるという方法もあれば、目的別につくる方法もあるでしょう。部下に指導するとき、上司と接するとき、取引先と交渉するときなど、マニュアルをつくっておくとコミュニケーションを円滑にする手助けとなるかもしれません。もちろん相手は人なのでマニュアル通りにうまくいくとは限らないのですが、基本があると応用しやすくなります。自分なりの接客マニュアルのようなつもりで考えてみてください。ここでは、一例として「部下に注意をする」マニュアルをつくってみましょう。「部下に注意をする」とは何:部下のミスやトラブルを是正する行為なぜ:部下にミスやトラブルの原因を認識させ、反省してもらうことで成長を促すいつ:部下がミスやトラブルを起こした時誰が:自分■部下に注意をするための準備・注意するときはなるべく二人きりのときを選ぶ・会議室など、別室で話すのが望ましい■注意するときの態度・腕や足を組まない・何か作業をしながらではなく、部下と向かい合う・相手が立っているときは立ち、座っているときは座る・感情的にならない。感情的になりそうなときは深呼吸したり、いったん席を外して気持ちを落ち着ける■注意するときの手順①まず部下の話を聞く・自分が注意をする前に、本人に説明させる

例:同じミスを繰り返す部下に対して「最近、ミスが多いようだけど、何かあったのか」と説明を促す・部下が話をしているときは途中で遮らず、最後まで聞く・相槌を打ちながら聞くと、相手は話しやすい②自分がそのミスやトラブルに対してどう感じたかを伝える・自分を主語にしてどう感じたかを伝える例:僕は君に期待していたから、残念に思っている・頭ごなしに叱らない〈注意するときのNGワード〉×真剣さが足りないんじゃない?×何度同じことを言わせるんだ×もっとできると思ってたんだけど③相手がどう思っているか尋ねる・「君はどう思うか」「なぜそうなったと思うか」と相手の考えを聞き出す・相手の答えがどうであっても、批判はしない。ただ受け止める④どう改善すべきか、部下に考えさせる・自分からは解決策を言わない。自分で言ってしまったら、部下は自分の力で解決しようとしなくなる・その場で改善策が出てこないなら、「考えておいて」と保留にする部下とうまくコミュニケーションを取れていない人は、こうしたことを考えるだけで心が乱れそうですが、マニュアルをつくれば自分のストレスを減らす一助となります。感情的に怒るのではなく、この流れに沿って話を進めるようにすれば、問題はこじれずにすむでしょう。そして、うまくいかなかったら、投げかける言葉を変えてみるなど、ほかの方法を考えてみるのです。NGワードやおすすめワードなど、自分の独自のポイントやコツなども書き込むと血の通ったマニュアルになります。新入社員とベテランの部下とで対応を分けてもいいかもしれません。マニュアル化していないだけで、実際には、このような対処法は誰でも持っているはずです。明文化したほうがいいのは、こうすることで、普段の自分の行動を振り返れるからです。

部下の話を聞かずに叱ってばかりの人は、叱り方を考える前に、手順を考えてみると自分の指導に問題があると気づくかもしれません。つくる段階で問題を発見できるのが、マニュアルの効用なのです。

家事だって「基本」があると「応用」しやすい無印良品は、『「働きがいのある会社」ランキング』で二〇一一年から三年連続で二五位以内にランクインしています。採用の際は男女での人数の枠は設けず、能力のある人を採用していますし、出産や育児、介護などに関する制度も早い段階で整備しています。それが評価されているのでしょう。日本経済は長らく低迷を続け、結婚後も女性が働かざるを得ない状況になりました。共働きの家庭で必ずと言っていいほど問題になるのが、家事の分担でしょう。とくにお子さんが小さいときは、育児に関する家事もあるので大変です。そのような家庭でマニュアルをつくってみるのはいかがでしょうか。冗談のように聞こえますか?それでも、こうしたことを疎かにしてはいけません。仕事以外にも、「基本」を整えておくとその後の「応用」が円滑になることはいくらでもあるはずです。例のように「家事のマニュアル」は、女性は必要ないと思う人が多いかもしれませんが、男性にとってはありがたいテキストになるはずです。奥さんから「洗濯をしておいて」「掃除をしておいて」といわれても、洗剤は何を使うのか、どれぐらい使うのか、ハンガーはどこにあるのかなど、旦那さんは基本的なことがまったくわからず、右往左往するということもあるでしょう。分担を巡ってケンカになり、ストレスをためるぐらいなら、マニュアルをつくって誰でもその作業をできるようにしておけば、いざこざもなくなるのではないかと思います。「洗濯」とは何:家族の着た洋服を洗濯機で洗う家事なぜ:家族に清潔な洋服を着てもらうためいつ:毎朝または毎晩誰が:月、水、金は○△、火、木、土、日は○△このように「洗濯とは何か」をはっきりさせてから、「洗濯の手順」を考えます。ただ「洗う」と表記するのではなく、「シャツ類は色物と白いものを分ける(色移り防止のため)」など注意すべき点を挙げると、迷うことなくスムーズに作業できます。

マニュアルをつくりながら、「洗濯機で洗濯をする」という作業ひとつで、いろいろな工程があるのだということもわかります。洗濯物を干す段階になると、別のマニュアルが必要かもしれません。普段、奥さんが何も考えずにやっている作業でも、旦那さんにとっては未知の作業です。ここまで具体的な指示を出さないと、望んだとおりの結果にはならないのです。このMUJIGRAMは夫婦だけではなく、お子さんも家事を手伝う時の参考にできます。家庭用のMUJIGRAMですので、家族でワイワイと話し合いながらつくるのをお勧めします。そして、MUJIGRAMは更新していくものです。今まで一人でやっていた作業を複数でやるようになると、「洗濯物はこういう分類のほうがいいのでは」など、新たな視点が加わるでしょう。お子さんの成長によっても変わるかもしれません。それをもとに家族で話し合い、ベストな方法を考えていけばいいのです。たかが洗濯と思うかもしれませんが、スティーブ・ジョブズは洗濯機を購入するときに家族で数週間話し合って決めたというエピソードがあります。ヨーロッパ製を買うか、アメリカ製がいいのかを、毎晩夕食のときに議論して、最終的にはヨーロッパ製を選んだそうです。家事も見方を変えると、家族を結ぶコミュニケーションの場にできるのです。

利益を出し続ける原動力としての「マニュアル」「初心忘れるべからず」という言葉があります。この言葉ほど、実行するのが難しい行動はないでしょう。私は食べるのも飲むのも好きなので、油断をしていると体重がかなり増えてしまいます。多いときは八四キロぐらいまで増えてしまい、健康診断で脂肪が多くて血液が濁っているという結果が出たこともありました。そうなると危機感を持ち、早朝にランニングやウオーキングに出かけるようになります。仕事柄、会食が多いので、週二~三日は夕食を野菜サラダだけの粗食にしたり、抜く場合もあります。食事を抜くのも最初はつらいのですが、三カ月も続けていると胃が小さくなり、心地よい空腹感を保てるようになります。そして体重を一三キロぐらい落とすと、身体も軽くなり、健康診断も人間ドックも問題なく通るので安心します。しかし、そのうち油断が生まれて元の生活に戻り、三年ぐらい経つと徐々に体重が増え始め、気が付くと一〇年後にはまた八〇キロ台になっているのです。このサイクルを、三〇代、四〇代、五〇代と、一〇年周期で繰り返しました。この健康(体重)管理には、企業(仕事)の管理と共通点があります。本書では無印良品で取り組んできた、さまざまな仕組みづくりについて紹介してきました。しかし、どのような仕組みであっても一〇年は持たないのです。企業にいいサイクルを生み出す仕組みであっても、時代の変化と共に劣化していくものです。だからMUJIGRAMも永遠に更新し続けないと、いつか血の通わないマニュアルとなり、また棚の隅で埃をかぶって置かれる状態になるでしょう。私は無印良品の集会などで、本書でお話ししてきたことを、社員に向けても繰り返し伝えています。ところが、一カ月ぐらいしてから尋ねると、九八%ぐらいの人が覚えていません。それは社員のやる気がないという話ではなく、人間とはそもそもそういうものなのです。人はすぐに忘れるものであり、改善してもすぐに元に戻ります。放漫経営で会社が傾きかけ、プロの事業再生屋の力も借りて必死で会社を立て直したものの、経営が安定してくるとまた余計なことに手を出すような中小企業の経営者は大勢います。「喉元すぎれば熱さを忘れる」ということわざもあるように、人は辛い体験や苦しい記憶には背を向けたくなるものなのです。いつも気持ちをリセットして初心を思い出すためには、実行し続けるしかありません。だから私もしつこいぐらいに仕組みをつくってきたのであり、これからもつくっていくで

しょう。自分のマニュアルをつくったり、部署内の仕組みをつくったりしても、それで終わりではなく、そこからがスタートです。常に問題の芽を摘みつつ実践を積み重ねていると、仕事の仕方も洗練されていきます。うまくいかないことがあるのは当たり前ですし、なかなか結果に結びつかないこともあります。それでも問題から目をそらさずに考え続け、行動している限り、必ず自分も進化していきます。いいマニュアルは、そうやって走り続けるための原動力となるのです。

おわりに

あせらず、くさらず、おごらず莫煩悩──これは社長になったばかりのころに、手帳に書き留めた言葉です。鎌倉時代の幕府の執権・北条時宗は、モンゴル帝国に侵攻されるという、いわゆる元寇に悩まされていました。二度目の元寇の前、建長寺を訪ねて無学祖元に教えを請うたとき、祖元は紙に「莫煩悩」と書いて時宗に渡したといわれています。煩悩するなかれ。迷わず悩まず、ただ一心に目の前のことに取り組みなさい。私は、この言葉からそう教えられました。リーダーが改革を実行するとき、必ずさまざまな障害が立ちふさがります。部下からの抵抗であったり、コスト的な問題であったり、あるいは株主からの反対だったり。壁が立ちふさがっても、そこで後退することはリーダーには許されません。自分の考えた戦略を信じて、やり抜くしかないのです。「部下をうまく指導できない」「自分の抱えるチームでなかなか結果を出せない」という苦境に陥っている人も少なくないでしょう。私は、逆境こそ宝物だと考えています。私自身、順調に物事が進んでいるときより、逆境におかれたときのほうが自分は成長できたと感じています。もともと私が西友から無印良品に出向となったのは、左遷でした。私は西友にいたとき、上司の顔色を窺いながら仕事を進めるタイプではありませんでした。いつも主流派にはいなくて、集団の端っこで自分のペースで仕事をしていたので、上司たちからは煙たがられていました。おそらく、それが左遷の原因ではないかと思います。当時、無印良品は西友が母体であり、その中で展開するショップという位置づけでした。無印良品に移ることが決まったときは、正直ショックでしたが、与えられた場で全力を尽くさないのは、さらに耐え難いという性格でした。無印良品に異動してからは総務人事部の課長となります。課題は山積みだったので取り組み、結果を残そうとしてきました。そうこうしているうちに評価されるようになり、ステップアップしていったのです。私が新入社員の入社式でよく話すのは、

「あせらず、くさらず、おごらず」という三つの心構えが重要だという話です。これは新入社員に限らず、誰にとっても大事な心構えでしょう。この三つを実践していればチャンスは残りますが、もし実行しなければチャンスはなくなります。人間万事塞翁が馬ということわざもあるように、どのように現状が変わっていくのかはわからないものです。今は人生のどん底にいるような気がしても、いつか好転するかもしれません。調子がよいときも悪いときも、自分を磨くチャンスなのだと思い、くさらずに目の前のやるべきことをコツコツとやる、それも結果を残すようにやり続けるしかないのです。そして管理職に就くと途端におごり高ぶり、部下を自分の手先のように使う人は実に大勢います。部下の功績を自分の手柄のようにアピールする管理職もいますが、そういう人に部下はついていきません。結果的には、部下の管理ができないとみなされ、降格となるのもよくある話です。リーダーは自分が率先して、頑張って目標を達成するのがすべてではないはずです。部下が率先して行動するような仕組みをつくり、部下の意識を変えていくのが、リーダーに課せられた使命です。組織にとっても、「あせらず、くさらず、おごらず」という理念は大切です。だからこそマニュアルをつくり、絶望やおごりを回避するのです。逆境はやがて道を拓きます。改革は一朝一夕ではできませんが、あせらず、くさらず、おごらずに進み続けていれば、いつか自分の信じる道へとつながっていくでしょう。(了)

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