「おい、スターはこのままいくとつぶれるぞ」
山田社長が就任して二回目の役員会のときである。社長から「つぶれるぞ」と、いきなり
の話だ。当時、利益が一億円以上でていて、地元の合理化モデルエ場の第一号に指定され、
少なくとも「つぶれるぞ」などと言われる覚えはなかった。
「これからはエレクトロニクスの時代だ。時計の業界も例外じゃない。将来は、時間を針じゃ
なくて数字で直接知る時代になる。歯車やネジなんかなくなってしまうんだ。ネジや心棒の
部品やその工作機械なんか時代遅れになってしまうんだぞ。早く業種転換しなさい」とアド
バイスされても、仕事は順調だし、実のところピンとこなかったのである。
ところが半年後の役員会でも、
「佐藤さん、業種転換の案はできましたか」
「いや、まだできてませんが」
「急ぎなさいよ、本当に大変なことになりますよ。ほかのことは、どうでもいいんだ」
と、山田社長は、今にでも商売がだめになる、というようである。
本当のところ、何をやっていいか分からなかった。山田社長はシチズンという大会社のトッ
プでもあるから、われわれの知りえない世界の最新情報も、いち早くつかむことができる。
そのうえでのアドバイスなのだから、何とかしたいのだが、動きようがなかったのだ。
もやもやとして気のはれない毎日が続いていたある日、会社の運命を決定するような電話
が、自宅にかかってきた。
「佐藤さんのお宅ですか、シャープの佐々木と申します。お宅の会社はなにか小さなもの
を非常に安く作るということで定評がある会社だ、とお聞きしたんです。ぜひ工場を見せて
いただけませんか」
日本ではじめて電卓を開発され、シャープ技術陣の総帥であった佐々木専務(当時)から
の電話であった。日曜日の午後であったが、これから工場を見学したい、というのである。
わたしに何か感ずるところがあったのであろうか、どうぞどうぞ、ということで静岡駅に出
迎え、工場へご案内した。社員はだれもいなかったが、無人工場で時計のネジを加工してい
るところを見ていただいたのである。
「ネジというものは、旋盤で何ミクロンという精度で削って、焼き入れ焼き戻しをして、
ネジの頭をダイヤモンドの粉で顔が映るぐらいに磨くんです。そして錆びないようにメッキ
をかける。それを一グロスなり一ダースずつ袋に入れて納める。それで一個二五銭から、 一
番複雑な大きいもので一円なんですよ。それでもやっていけるように、このように徹底して
合理化してきたんです」。時計業界でずっと飯を食ってきたわたしは、シャープといえばだ
れも知らない人のいない大会社の専務であっても、他業界の人という気楽さもあったから、
どうです、すごいでしょうと、多少自慢めいて説明したのだ。
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