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本当の友人を持つ

親友とは、親のごとき友人を言うのであろうが、喜多方ラーメン本舗の塩見四子男社長には、親友が少なくても二人はいる。

アトピーなどに効果的な死海(イスラエルとヨルダンの国境にある)の化粧品や塩を扱っているアハバの山中英郎さん、山陰地方でナンバーワンのスーパーマーケット原徳チェーンを営む足立優さん、ドラッグストアで一部上場しているハックキミサワの後藤武茂さんといった、飲んだり、ゴルフをしたり、時には勉強したりするいい仲間がいる。

もともと塩見さんは、福島県出身であるが、岡山県の倉敷の麺作り家の娘さんと恋をして、嫁にもらった。倉敷の麺家で麺に惚れた塩見さんは、麺を福島の喜多方へもってきて、喜多方ラーメン本舗を築いたのである。したがって、自宅は倉敷にあって、最近では喜多方にも建てたので、二重にあるという変則的な生活をしていた。

奥さんは、倉敷にいるのがほとんどで、友人たちは彼の所在を聞いて倉敷へ行くか、喜多方へ行くかを決めていたわけだ。

しかし、ここ七、八年、仕事場が喜多方にあるので、自宅としての比重を倉敷よりも喜多方に置いていた。

塩見さんは、いわば素人から苦労して喜多方ラーメン本舗を創業したが、今日まで決して平坦な道ばかりではなかった。

年商が一億、二億、七億円と伸びて、これから本格的な成長期に入ろうという時に、ラーメンの販売を一軒の問屋にまとめていたのが災いした。問屋は、その成長に目をつけて、自分でラーメンエ場を作り、似たようなブランドでスーパーマーケットで売っていくという裏切りを行った。倫理感のないことだが、こういうことは結構多い。

その時に、私は出会ったわけだが、その苦労は大変なもので、これを乗り越えて新しい販売ネットを築いていった。多くの旅行代理店を廻り、観光地である会津若松のさらに先まで観光客を招いて、喜多方の繁栄を築いてきた。喜多方には、「吹雪亭」というラーメンを食べられる美しい店を築き、お土産店としてのルートも作った。塩見さんには、新しい別の夢もあって、それを実現しようと思っていた。その途上で、今、悲しい出来事が起こってしまったc

倉敷にいる奥さんが脳溢血で倒れてしまったのだ。

社長業は忙しいし、自宅が二軒に分かれていて、遊びが好きな仲間が周りにいれば、奥さんの心痛はいつも塩見さんのことだったと、塩見さん本人が言うのだ。奥さんが可哀想な立場だったことは言うまでもない。

ある日、突然、襲った脳溢血に気が顛倒して当たり前である。

友人たちは、「あの遊び人の塩見さんが、これを機に全く別人になってしまった」と、私に言うのだ。

それから六か月程たって、山中さんは喜多方に帰っているという塩見さんの自宅を尋ねた。夕方であった。

塩見さんと応接間で少し酒を飲んでいた。「ちょっと待っていてね」と言って、塩見さんが応接間を出て行ったが、なかなか帰って来ない。

そのうち、台所で夕飯の支度らしい音が聞こえてきた。トイレに立ったついでに、ふと覗いてみたら、何と塩見さん本人が夕食の料理を作っていたのだ。「やあ」と言いながら、手伝おうとしたら、「まあまあ、お客様はあっち」と、応接間に追い返されてしまった。しばらくして、塩見さんの手料理を山中さんは食べた。

会社の話や、遊びの話に……と、花が咲いたころ、また「ちょっと待ってね」と、塩見さんが席を立って行った。

今度は何だろうと思っていたが、なかなか帰って来ない。そのうち、風呂場らしいところから水の音が聞こえてきた。「俺が泊まるので、風呂の湯加減でもみているのか」と思い、覗きに行ったら、何と、塩見さんは倒れた奥さんを抱きかかえて背中を流していたというのだ。塩見さんは、倉敷で倒れた奥さんを、「俺が悪かった。俺が悪かったんだよ」と叫びながら、喜多方まで抱いて運んだらしい。

会社には、「妻の看病をしたいので、この一年間、迷惑をかける。月に一度程度しか会社に出ないけど、みんなよろしく頼む。頑張って欲しい」と伝え、看病に専念したのだ。社員は、その社長の言葉に良く応え、これまで以上に売上を伸ばし、味を磨き、「お客様、お客様」と一心不乱に頑張った。非常時に、全員が耐えて努力してくれた。

時々、女子社員が晩のおかずを自宅へ差し入れてくれたり、とても今まで考えられないことも数々起こった。

その後、足立さんと後藤さんは、山中さんと一緒に塩見さんの自宅を訪れている。塩見さんの自宅は、磐梯山のよく見える高台にあって、裏にある農家の方が、塩見さんに惚れて分けてくれた敷地である。

磐梯山を見ながら、廊下に並んだ四人は、大粒の涙を流してオイオイ泣いたというが、塩見さんは、「ありがとう、ありがとう」と言って、かえって慰めてくれたという。塩見さんに迷惑をかけるというので、二人はホテルを手配し、塩見さんに来てもらって夕食を一緒にしたが、「早く、お前、帰れ」と言って、帰したらしい。

二人は、「塩見さんは大きい人だ」と言ったが、塩見さんは、「友達が励みだ」と、私に言った。

今、奥さんは、塩見さんの親身の看病で、少しずつ快方に向かっているという。頑張れの声援を送りたい気持ちで一杯である。

一生に何回か、人生の岐路があったり、事業の成否を左右するような出来事が起こる。その時に助けてくれる本当の友人を何人か持っておくべきだ。もちろん、助けられているばかりでは能がないので、お互いに助け合うようにする。

困ったときに助けてくれる人が、本当の友人だ。文句をしょっちゅう言ったり、大げさに突ついてきたり、トラブルをつくるような人は友人ではない。そういう区別を日頃から持っておいて欲しい。

友達は、大切にしなければならない。危機に瀕したときなどには、特に友達の真価がわかる。また、祝いごととか、不祝儀とか、何かのきっかけに、本当の友達かどうかがわかる。そういう時でなければ、なかなかわからない。どうしても―平素の上辺に惑わされがちだが、人間性を見抜く眼力を普段の付き合いの中で養っておくべきだ。

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