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明確な答えがない時代がやってくる

京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センターは、「アートとコミュニケーションの可能性を広げる活動を通じて、社会で主体的に生きることができる人材の育成に寄与する」という理念のもと、美術・博物館、学校教育、企業など、様々な領域で、対話型鑑賞を用いた研修やワークショップを実施しています。

企業領域においては、私が大学に着任した2014年度から取り組みを本格化し、近年はメディアにも取り上げられるようになり、企業からの研修プログラム導入に向けた相談が増えています。

その背景には、グローバリゼーションやAIの急速な発展、国内では少子高齢化がますます進行するなど、外部環境の複雑化・多様化によって、「従来の枠組みにしたがっていてはビジネスが立ち行かなくなってしまう」という、企業側の強い課題意識があるように思います。

多くの企業が社員一人ひとりに、経営陣や上司の指示を待つのではなく、自ら問い、考え、解を導き出し、必要に応じてその解を更新しながら行動して成果を出す力、また、個人だけではなく、組織のパフォーマンス向上に貢献することを求めています。

さらに、組織自体の捉え方も変化しています。決まった事業部や職種の枠組みを越え、ときには異業種との連携も含め、どう他者と協働し、いかに新たな価値を生み出していくかが問われています。

同センターの取り組みは、こうしたニーズを実現する「アートを用いた新たな学びの手法」として注目され、企業ではマインドセットを目的とした階層別研修や、スキル向上を目的としたテーマ別研修として導入されています。

本章では、実際に私の研修を受けてくださった参加者のコメントをご紹介しながら、その声を手がかりに、私たちがアートを通して学ぶことの意義を、さらに考えてみたいと思います。

目次

これから重要なのは教わることよりも学ぶこと

私がある企業で行った研修の参加者から、内容そのものではなく研修の形式について、以下のようなコメントをいただいたことがあります。

「講師の方が全然『自己主張』をしてこない講義は初めてでした。それでも内容は覚えているし、お顔も覚えています。すべてを受け入れてくれるような感じがありがたかったです」

「何かを『教わる』のではなく『学ぶ』という感覚を、久々に味わうことができました」

「正解は1つでないという前提、多様な意見を受け入れる環境づくりによって『こういわなくてはいけない』といった優等生的な模範解答が求められてしまう研修に留まらなかった」

こうしたコメントの前提には、研修とは「教える側」と「教わる側」が固定されているもの、教える側が用意したコンテンツを教わる側が正確に受け取る場である、という認識があるように思います。

みなさんもご自身が受けられた研修を思い出してみてください。

私たちは日頃、教わることに慣れているのです。何かを教わることの答えは、基本的に1つです。

一方、参加者がそれぞれの課題意識に基づいて、研修から何を学ぶかは、参加者の数だけ答えがあります。

学びに決まった1つの答えはありません。すでにお伝えした通り、アート作品にも唯一の正解はありません。

作品が発している問いを受け取り、そこにどんな意味を見出すかは、見る人次第です。

アート作品を鑑賞することは、正解がない問いに主体的に取り組み、自分なりに答えを導き出すという行為でもあります。

アートは、「私たちに何かを教える」のではなく、「私たちが学ぶことを促す」のです。

こうした体験を積み重ねて習慣化することによって、正解がない問いに主体的に取り組む姿勢と意欲が養われていきます。この姿勢と意欲は、これからの時代を生き抜くために必要な基礎力といえるでしょう。

いま、「考え抜く力」が問われている

もう1つ、今後ますます求められるであろう、重要な力があります。明確な答えが出ない状態に耐え、考え抜く力です。

本章の冒頭で「明確な正解がない、先行き不透明な時代」とお伝えしました。

しかし、「答えは1つ」という前提で教わる経験が習慣化すると、正解・不正解、白・黒、優・劣、是・非といった二元論で物事を捉えてしまいがちです。

ある研修参加者は、アート作品の鑑賞体験から日常の自身の行動も振り返り、次のようなコメントをくださいました。

「いろいろな方の意見を聞き、発言しながら研修を受けることで『間違えてもいいんだ』『人それぞれ違いがあることっていいことなんだ』と、すべての発言を肯定的に捉えられたことが印象的でした。

その中で、いままで自分が正解・不正解を気にしながら発言をしていることに気付きました」

正解がないことを頭では理解していても、自分の考えを無意識に正解・不正解に当てはめてしまう──。この状態では、否定や間違いを恐れ、自身の考えを率直に発言することにブレーキがかかります。さらに、他者の考えも自分の物差しで正解・不正解を判断して受け取ってしまう可能性があります。

本来、否定する必要がないものまで、否定してしまう恐れが生じるのです。

研修であればその場に限ったことですが、こうした状態が職場の中で広がれば、正しい・正しくないという議論が生まれやすく、場合によっては賛成派と反対派の考えが平行線を辿り、メンバー同士の対立状態に陥りかねません。

正しい・正しくないでは、組織も人も動きません。物事の判断基準は、人それぞれ異なるからです。

ではどうすればよいのか?その術も、アートを通して学ぶことができます。

「まわりの方の話を聴いていると、作品の印象が初めとは違うものになりました。1つの作品には違いないのに、すなわち1つの事実として存在しているものは何ら変わっていないのに、解釈が変わる面白さと難しさを感じました。同じ作品を鑑賞しているのに、真逆の感想を抱く人がいたことには驚きました」

この研修参加者のコメントのように、アート作品の鑑賞では、正反対の解釈が出るのは当たり前です。

アート作品には、嬉しそうに見えながら悲しそうにも見える、温かそうに見えながら冷たそうにも見えるなど、相反する要素が同居しています。

また、1つの事実に対して、解釈も複数成り立ちます。どんな事実を取り出すか、その事実をどう解釈するかによって、物事の捉え方は変化するのです。そう気付くことができれば、1つの考えに固執することはなくなります。

ただし、物事から複数の可能性を見出すには注意深い観察と、観察によって取り出した事実に基づき、論理的かつ体系的に思考する力が求められます。

こうした思考力が身に付くと、自他問わず考えを正否で結論付けることなく、考えの根拠となっている事実に基づいて、その妥当性を検討できるようになります。

答えが出ない状態にとどまり、思考し続ける知的な体力も養われます。

そうすれば、たとえ考えの違いによってメンバー同士が対立状態に陥ったとしても、互いに共有可能な事実に基づきながら認識を擦り合わせ、「納得解」を導き出せるようになります。

また、1つの方法で仕事に行き詰まったとしても、状況を俯瞰し分析することによって、既存の方法とは別の選択肢を見出すことも可能です。1つの答えを見つけるのではなく、複数ある答えから選択できるようになるのです。

アート作品を鑑賞することによって身に付く観察力と思考力は、人間関係や組織のチームビルディング、仕事における意思決定にも活用することができるのです。

アートを通して「学び方」を学ぶ

正解がない問いに主体的に取り組む姿勢と意欲、詳細な観察力と論理的・体系的な思考力。こうした力が身に付くと、自分自身の日常を振り返り、そこからも様々な気付きを取り出して学ぶ力、すなわちセルフエデュケーション力が高まります。

「本にしても、資料にしても、メールにしても『いかに速く見るか』という意識が強かったのではないかと気付きました。

見た気になっていて、本当は見ていない。本当に見るためには『考える』という行動が必要なのに。

これからは『隅々まで見て考える』を実践しようと思います」「『知っている気にならない』そこで思考を止めていたということに気付きました。

ロジカルになりすぎないということも大きな気付きでした。シンプルに、端的に、スピーディーに、だけでは見落としてしまうことがあまりにも多いことに驚きました」

「アート作品が題材ではありましたが、それだけではなく自分の認知『概念、出来事の捉え方』を見直すきっかけになるとともに、社会人生活で身に付いた自分のコミュニケーションの癖に気付くよいきっかけとなりました」

これらのコメントにある学びは、私が行った研修で直接扱った内容ではなく、参加者自身が研修の経験を日常と結び付け、発展させてくださったものです。

じつは、研修もアート作品同様、そこにどんな意味を付け加え、どんな学びを得るかは参加者次第といえるのです。

そう考えると、研修という場だけではなく、日常生活のほんの些細な出来事さえも、捉え方によっては学びを生み出すきっかけになります。

アートを通して得られるのは、限られた場の学びだけではなく、日常のあらゆる場面から新たな学びを生み出す方法、つまり、学び方なのです。

「アートを学ぶ」ではなく、「アートで学ぶ」

アートを通してセルフエデュケーション力が向上すると、自身の学びはもちろん、「他者の学びをどう促進するか?」「どうすれば学び合いの関係が生み出せるか?」という思考も働きます。

まさに企業が求めている、個人だけではなく、組織全体のパフォーマンス向上への貢献です。しかし、求められているから行うわけではありません。

ひとりではなく他者とともに行うほうが、自分も他者も得られるものが増える、相乗効果が生まれると実感しているからです。

「経営者の言葉、会議での発言、業績データ、そうした様々なものについて、それをどう見て、どのように考えるかということで、次のアクションや展開が大きく変わってきます。顧客をアート作品に喩えるならば、我々は顧客をどう見て、その背景をどう考え、どのように接していくべきなのか、あらためて議論を深めたい」

「1枚の絵や作品からあれほど多くの異なる見方や考えを引き出すことができるということ、そして、それを人に伝えることの難しさを研修で体感できました。そして、それを自分の現在の仕事に置き換えたときに、自分の考えているビジョンや事業計画の青写真をメンバーにきちんと伝えられているかと思い返し、伝えたつもりになって、本当に伝わっているかどうかを確認することを怠り、自分ひとりの固定観念や知識で浅いビジョンや企画になっていないか、今一度考えなおす必要を感じました」

あらゆる物事に対峙する際、自分ひとりの目では必ず盲点が生じます。他者の目を借り、複数の目線から物事を捉えることによって、より多くの発見がもたらされます。

発見とは英語でdiscover、つまり「覆いを外す」ということです。自分の目にかかった「思い込み」というフィルターを外してくれるのは、他者の存在です。それはお互い様。自分の覆いを外してくれるのと同様、自分自身も相手の覆いを外す他者として存在しています。

そのことを理解していれば、自分と他者が違うことを恐れることなく、むしろ違いを歓迎し、互いの発想や可能性を広げる、建設的なコミュニケーションを取ることができます。

そのコミュニケーションの結果として、学び合いの関係や質の高いアウトプットが生み出され、組織全体のパフォーマンスが向上するのです。

アートで生きる力を育む

アートの語源はラテン語で「ars(アルス)=生きる術」です。アートを通して得られるものは、究極的にいうと生きる力、仕事に活かせるだけではなく、日常や人生にも影響を与える学びです。

「物をいわないアート作品が、それを見る人に物をいわせ、その人たちに多様性を認め合わせ、コミュニケーションを深めさせ、仕事や生活によい影響を与えていくツールになること、まさに生きること。アートがその役割を担っていること、とても不思議で素敵なことと思いました」

「目の前にあるアート作品に向き合うことで、日頃の関係性や仕事とは異なる世界ができる。その世界では上下もなければ正解不正解もない。一人ひとりが本来の個性や違いを、アート作品の感想を語る言葉の中でためらうことなく表現することができる。そして、それは皆に受け入れられる。また、仲間の言葉を受け入れることで、自分の見え方が変わる。日頃、色々な制約(役割、時間、環境、プライド……)の中で小さくなっている自分の思考が解放される感覚を覚えました」

「『見えているようで見えていない』ことを意識するだけで、いままで自分が見ていた職場の景色が変わりました。研修の期間、参加したみなさんと心を開き、意見を交換することは本当に心地よく、ひとりよりも仲間で議論することでの発想の広がりが、何よりも楽しく、豊かな時間でした」

フラットな関係性、安心・安全な場、鮮明に記憶に残る不思議でインパクトのある体験、多様性の受容とそのことによってもたらされる発見、自己理解と他者理解、他者とともに発想を広げる豊かな時間……。

これらはすべて、アート作品の鑑賞によってもたらされた〝コト〟です。ただ、これらを生み出したのは、アート作品を前にした人同士のコミュニケーションです。

つまり、私たちはコミュニケーションによって、「よりよく生きる術」を学ぶことができるのです。

私はアートで学ぶこと、他者とともに学ぶことの面白さを、より多くの方々に実感してほしいと願い、活動しています。仕事や人生をより豊かなものにする〝コト〟を体験していただけると信じているからです。

しかし、みなさんは「それって本当かな?」と疑問に感じていらっしゃるのではないでしょうか?そう思ってくださったなら、本書を執筆した甲斐があります。

みなさんに「答え」ではなく、「問い」を投げかけられたからです。沸いたその「問い」の答えを、ぜひアート作品を鑑賞することによって、導き出してみてください。

ゼロからアートに触れ、仕事と人生が変わった私からのご提案です。

おわりに

「もやもやする……」私が過去に行った研修やワークショップ、また、私が参加者となったイベントでご一緒した参加者から、ときおり耳にした言葉です。

特定のテーマや問いに対して、何らかの答えや結論、あるいは情報が示されなかった場合、いかんともしがたい後味の悪さが残るというのです。

さらにその話を聴いてみると、参加者に結論を丸投げされているような気がする。

「主催者側として何を知ってほしいのか?」「どんなことを考えてほしいのか?」「どんな体験をしてほしいのか?」、意図を示してほしいとのことです。

ファシリテーターとして駆け出しだった頃の私は、そう伝えられた際、「主催者の意図は何か、それも含めて自分で考えてみては?あなた自身はどう思うの?」と考えていました。

直接伝えたこともあります。

しかし、いまでは、それは結局「教える側」の立場から物をいっていたと感じます。

決まった答えは伝えていませんが、「自分で考えてみては?」という問いとして、答えを押し付けています。

そのことで、参加者が学ぶ可能性を閉ざしてしまっているのです。

決まった答えを伝えない、問いの押し付けもしない。参加者の興味関心をそそり、自ら考えたくなるような問いを投げかける。つまり、後味の悪い「もやもや」ではなく、知的探究心を刺激する問いを生み出す。

その結果、1つの答えは出なくても、仕事や人生に活きる学びが生まれること、むしろ、答えが1つではないからこそ、様々な可能性が生まれることを実感していただく。

そんな場を増やしたい、そのためにはどうすればよいか、人材育成の仕事に携わるようになって以来、10年以上そのことを考え続けています。

本書の執筆においても、そのことを念頭に置いていました。

そのため、本書を企画編集してくださったSBクリエイティブ株式会社の編集者、鯨岡純一さん、編集協力者の木村潤さんには大変なご苦労をおかけしました。

読者のみなさんに私から何かを一方的に「教える」のではなく、考えるきっかけとなり、「学ぶ」ための行動を促す書籍にしたいという私の考えを尊重してくださいました。

私たちの研修にもご参加いただき、アートという現象、アートを通して学べる〝コト〟を、読者のみなさんにお伝えするための〝モノ〟として形にするため、尽力してくださいました。

厚く御礼申し上げます。

また、本書を形にするにあたり、研修にご参加いただいた方々のコメントも多数引用させていただきました。貴重なコメントをくださり、心から感謝しております。参加者のみなさんのコメントによって、私たちの活動がより充実したものになっています。

研修実現にあたっては、人事ご担当者のお力も不可欠です。

アートとビジネスという一見異次元に思える組み合わせに、可能性を見出してくださったクライアントのご担当者にも、御礼申し上げます。

特に、取り組みを開始した初期から連携が続くクライアントのご担当者とは、人材育成に関して率直な意見交換を行い、さらに、共同してプログラム開発を行うなど、組織や立場を越えて、ともに学び合う関係を築かせていただいています。

誠にありがとうございます。

最後に、企業以外でも、美術・博物館や学校、行政、NPOほか、私が実施した対話型鑑賞でご一緒できたみなさんに感謝いたします。

私は、みなさんからいただいたコメントによってアートとコミュニケーションが持つ力を実感し、より多くの人に対話型鑑賞を体験してほしいと、強く思うようになりました。

学ぶことと同様、アートとコミュニケーションの可能性を広げる行為に終わりはありません。

新たな発見を期待し、これからも活動を続けてまいります。

本書が、アートとの新しい出会いが訪れるきっかけとなりますように。

2018年8月岡崎大輔

【著者プロフィール】岡崎大輔(おかざき・だいすけ)京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター専任講師副所長。

阪急阪神ホールディングスグループの人事部門にて、グループ従業員の採用・人材育成担当を経た後、同センターに着任。

対話を介した鑑賞教育プログラム「ACOP/エイコップ(ArtCommunicationProject)」を、企業内人材育成・組織開発に応用する取り組みを行っている。

企業、行政、NPOほか各組織を対象に、セルフラーニング、チームビルディング、ダイバーシティをテーマとした研修プログラムや組織開発ワークショップを多数開発・実施。

〈京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター〉2009年に京都造形芸術大学のアウトリーチ推進機関として設立。

「アートとコミュニケーションの可能性を広げる活動を通じて、社会で主体的に生きることができる人材の育成に寄与する」という理念のもと、対話を介した鑑賞教育プログラム「ACOP/エイコップ(ArtCommunicationProject)」を活用し、学校教育、美術・博物館の教育普及、企業内人材育成、地域・行政など様々な領域における研修やワークショップを行っている。

同センターは、鑑賞教育学、臨床心理学、企業内人材育成、美術教育学、アート・マネージメントなど、専門の異なる多様なメンバーによって構成され、その活動領域は年々広がっている。

活動の詳細・予定は(http://www.acop.jp/)より。

装丁井上新八本文デザイン・DTP斎藤充(クロロス)編集協力木村潤編集担当鯨岡純一

なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?2018年9月25日初版第1刷発行2018年10月1日電子第1版発行著者:岡崎大輔発行者:小川淳発行所:SBクリエイティブ株式会社〒1060032東京都港区六本木245電話:0355491201(営業部)印刷:三松堂株式会社本書の内容に関するご質問等は、小社学芸書籍編集部まで必ず書面にてご連絡いただきますようお願いいたします。

©DaisukeOkazaki2018ISBN9784797397147

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