芸術の世界では、作者自身のフィーリングから「モノ」を創造し、完成させる。市場調査を
行なってから、絵を描いたり彫刻を彫ったりしない。
市場調査はいわば理屈の世界であり、文化の情の世界とは対称的である。市場調査は、こ
の理の世界を、情の世界へ移行しなければ、あまり有意義なことではないと思う。
新商品の開発を行なう場合、今や文化性を抜きにしては考えられない。物事を数字で分け
られる時代ではなくなってきているからだ。
マーケットが増大して、マーケットサイズが、より大きくなれば、大量生産で対応できる
のは、大手企業であり、どんどん進出してくる。大量生産して、理の世界に深く入っていこ
うとする中小企業は、儲からない。
旧来の市場調査に依存していては、振り回されるだけでなく、経営の方向すら見失ってし
まう。
経営は一面、芸術性を求められるのであるから、文化性の有無にかかわってくる。フィー
リングを肌で感じてこそ、芸術家の芸術家たるゆえんである。作曲家であれば、その頭の中
に自然に曲想が浮かび、流れてくる。我々でも、文章を書くとき、辞典ばかりひいて書いて
いるのではない。知っている文字は、イメージに基づいてすらすらと出てくる。
市場調査をやるとなると、まずマーケットなどを歩かねばならない。商品が使用されてい
る現場において、直接触れてみて、肌で感じなければ市場調査の意味がないからだ。
顕在化されているのをやってみても、特徴が出てこないし、あまり価値があるとは思えな
市場調査とは、あくまで商品開発のためのものである。市場に全く存在しないものを出し
てもしようがない。また、ありあまっているものをやってみても、これまたしようがない。
基本的には、人間の持っているデザイヤー(欲求)ということだ。
市場調査のやり方などの参考書は多くあるし、政府機関はじめ、専門企業からのマーケティ
ングに関するデータは、無数に世に出ている。こうしたものを参考にして勉強をし、大きな
傾向を知ることは、私も賛成だし、そのためのリサーチの必要性は否定しない。
しかし、芸術の世界の人達が、デザイヤーからの発想で創作を進めるように、経営者も芸
術家だとすれば、デザイヤーを重視すべきであることを、考え直してほしい。
物事の発想法で文化的発想を私は、常に説いている。経営には、文化性を欠かすことので
きない時代に入っているということだ。
「文明」の進むこの時代に、「文化」と「文明」の相違を追求してみると、文化とは人間性に寄与
する領域、文明とは、人間の利便性に寄与する領域ということになると思う。
仮に顧客に「ごはん」を提供しようとする場合、文化の領域の人と文明の領域の人とでは、
発想の違いがみられる。
文明の発想世界の人達は、いかにしてその「ごはん」を早く、わずらわしくなく、エネルギー
コストを少なくして、誰がやってもぶっくらと、おいしい「ごはん」が、いつでも誰でもでき
るようにと考える。
そして商品化したものは、電気炊飯器などの類だ。
文化的に考える場合は、いかにおいしい「ごはん」を提供しようかとなると、まず、米の銘
柄から選ぶ。「コシヒカリ」ならば新潟県蒲原郡の天日乾燥のもので、炊き上げは日本的なお
釜で薪で炊く。盛り付けは志野焼きの陶器で漆塗りの盆に並べる。つけものは○○○しば漬
けでないといかんという。そうすることによって「ごはん」のうまさを考える。これが文化と
いうことだと思う。
経営を常に文化の領域で考える。いわゆる高付加価値の領域であり、成熟社会になってく
れば、電機業界であろうと住宅業界であろうと企業の文化度の向上を念頭におかなければい
け
な
い。
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