戦略条件を強化する●
経営戦略とは、「事業構造を高収益型にもってゆく」ことであるのは、すでに述べている。しかし、構造それ自体の条件が適切でなかったり、大きな制約条件があったりすると、これらが高収益の障害となってしまう。
※構造自体が適切でなかったり、大きな制約条件があったりすると、高収益の障害になってしまう。
このような場合に、条件を変えるか、その条件を避けなければならないし、制約条件があれば、これを取り除いたりしなければならない。客観情勢が変れば、これまたその変化に合わせたり、成長の段階で壁にぶつかったりする。
※このような場合には、条件を変えるか、その条件を避けなければならない。また制約条件があれば、これを取り除いたりしなければならない。客観情勢が変われば、その変化に合わせて成長の段階で壁にぶつかる。
順調に発展してきた会社でも、年商三十億から五十億くらいの間にこの壁がある場合が多い。その壁を突破すると、あとは青天丼ということになる。というケースそれに、客観情勢の変化が大きな影響を与える。
※順調に発展してきた会社でも、年少30億円から50億円くらいの間にこの壁がある場合が多い。この壁を突破すると青天井になる。
それらの様々な状況において、成長と繁栄を実現してゆかねばならないのが社長である。我社の過去は捨て、新たな戦略をたてて、これを推進するというスクラップ・アンド・ビルドの基本的態度こそ大切である。
※成長を繁栄を実現してゆかねばならないのが社長である。我が社の過去を捨て、新たな戦略を立てて推進するスクラップアンドビルドが必要になる。
そのような事態に、どうしたらいいかを、実例をあげながら考えてみよう。
特化から総合化ヘ●
S社は、婦人フォーマルウエア(礼服)で、業界の占有率はナンバー・ワンである。社長は女性である。
S社がナンバー・ワンになった秘訣は何であったか。フォーマルウエアが和服から洋服に変ったのはまず喪服からであった。当然のこととして、それは黒であった。
この機会をとらえて、カラーを捨てて黒に絞るという大英断だった。これが大成功につながった。毎年倍々の急成長をとげたのである。
黒のフォーマルウエアの成長が一段落した時をとらえて、カラーフォーマルに進出した。
機を見るのに敏である。カラーフォーマルは新しい市場であったが、これも和服から洋服への転換は確実に進み、これまた順調に成長した。
次は新たに小売に進出したのである。
※フォーマルウエアが和服から洋服に変ったのはまず喪服からであった。当然のこととして、それは黒であった。この機会をとらえて、カラーを捨てて黒に絞った。→カラーフォーマル市場に進出→小売店に進出。
同社の成功は、まずは商品を絞りこんで黒のフォーマルにしたことである。事業は、その初期においては絞りの原理により商品を徹底的に絞り、これに全力投球をすることこそ占有率獲得の基本的戦略である。敵に勝る資源を投入することができるからである。
※商品を絞り込りこむことが成功の要因となった。初期の段階では絞りの原理に従って商品を徹底的に絞り、これに全力投球することで占有率獲得をする基本的戦略である。的に勝る資源を投入することができる。
これで、確固たる地位を築き、これの強味の上に新たな商品を導入し、これまた他社に優る戦力を投入することによって、相手に勝つことができるのである。会社としては総合化であるが、特定の商品にとっては特化と同じなのである。
※確固たる地位を築いたら、相互強みの上に新たな商品を導入して、また他社に勝る戦力を投入することによって相手に勝つことができる。会社としては総合化であるが、特定の商品にとっては特化と同じになる。
この辺のところを十分に心得ていて、常に敵より優位に立つことこそ、賢明で効果的な戦略なのである。
※常に敵より優位に立つことこそ、賢明で効果的な戦略である。
S社長は、常に変化の方向とタイミングを誤らなかったのは、市場の変化とお客様の好みの変遷を、優れた勘と注意深い観察によって的確に把えていたからである。
※客観情勢を捉え、常に変化の方向とタイミングを誤らなかったのは、市場の変化とお客様の好みの変遷を、優れたカント注意深い洞察力で的確に捉えることが重要である。
如何に優れた能力を持っていようと、市場とお客様を見続けていなければ、その決定は誤ったものにしかならないのである。
行き詰りを土台として●
S社は、人口一〇万余りのローカルの中心都市にある食品包材の納入業者であっ社長の懸命の努力によって、その地区の占有率は九〇%にも達していた。さらに売上げを伸ばしたくとも、隣りの都市までは五〇キロもはなれ、しかも別の経済圏にあるのでは、まだまだ力不足である。
といって、このままでは事業は停滞して、上昇する人件費と経費を賄うことはできない。全くの行詰りの状態であった。
ジリジリと低下してゆく収益の中で、S社長の苦悩は続いた。
そんな、ある日、S社長は、ふと筆者のセミナーできいた「九五%の原理」を思い出した。S社長は、心の中で「アッ」と思ったのである。分析データーを見直した。そして今度こそ本当に「アッ」と思った。
得意先総数千三百社のうち、三百社で売上げの九五%をしめていたからである。残りの千社で総売上げのたった五%である。
この千社を切捨てれば、社員はおそらく半分ですむ。その半分の人間で新事業を営むことができる。切捨ては、もしも社員に希望者があれば、独立させてこれに譲ることを考えた。
幸いなことに一人の希望者があった。この社員に、まず半数の五〇〇社程を譲ることとした。
独立した社員には、S社の商品を卸してやり、決済は集金後とした。これで、運転資金は不要である。S社長は、独立する社員をつれて、この社員に譲るお得意先に挨拶廻りをして、責任はS社長がとることを約束した。お得意先は心よく了解してくれた。
※独立した社員に、商品を卸す。決済は集金後にする。これで運転資金は不要になる。
この戦略は大成功であった。商売上の問題は何もなく、独立した社員の収入は、在社時の三倍以上になって大喜びであった。経費が大幅に少なくなったからである。
余った人員の中から、とりあえず二名で新事業の構想にもとづくテスト販売を担当させた。新事業というのは、周囲の山でとれる山菜野草を、業務用として、近くの温泉旅館や附近の割烹などを当面のターゲットとした。
これは、意外な程早く芽をふいた。若いセールスマンが、社長の方針通りの定期訪間を忠実に行なったところ、お客様から熱心だ、真面目だという評価を下され、これらのお客様から少しずつ注文があっただけでなく、地味ながら安定的な売上増があったのである。
この場合、食材の安定供給が大きな課題であるが、S社長は集荷の世話役を見つけてこの人にまとめを依頼した。これで集荷はOKとなった。
売上げが増加するにつれて、下椿えの作業が増えたために、下持えの作業場をつくった。作業場は明るい色に塗り、作業面で二千ルックス以上とした。
パートさんを雇い、まっ白い頭巾、作業衣、白長靴で、出入口には靴の消毒槽をつくり、特別にピンク色のタイルを張った二人用の化粧台をつくった。パートさんは大喜びである。
出勤時にお化粧をしてくるし、休憩時間などでは化粧直しをする。これがパートさんの楽しみとなって、 一日中気嫌よく仕事をする。やめる人はいないということになった。
お得意の社長や校長が様子を見にこられる。むろん、衛生状態を見にくるのだ。そのお客様はビックリしてしまう。整然として明るく清潔で衛生状態に文句はない。
作業員はキチンと挨拶をする。みな安心し、感心して帰られる。それらのお客様は、ここなら安心と、下搾えの依頼が続々と来るようになって、たちまち大忙しで手狭になってしまった。
お客様に誠意を尽すこと、特に明るく清潔な作業場は、お客様の大きな信頼をかち取ることができたのである。
一方、本家の方では、さらに五百社を独立希望の社員に譲り、三百社の得意先で売上高は殆んど変らずということになった。
余った人員で、今度は環境サービス事業を始めた。環境整備はお家芸である。それも、短日時の間に軌道に乗る見通しがついてしまった。
かつては夢にも考えられなかった三本脚の事業となり、事業は安定と成長の両方を手に入れることができたのである。
S社長は、事業経営に対する自信ができただけでなく、将来のS社グループの構想を描きはじめた。
「お客様が困っていることなど、いくらでもある。これを一つ一つ事業化し、お客様第一のサービスをすれば、事業の成功と発展は間違いない」という自信が、この構想となっているのである。
S社長いわく、「数年前までは、年商百億円というのは夢にも考えられなかったけれど、今では百億円はおろか、二百億でも三百億でも可能性を見られます」と。
戦略なき戦略●
知恵と努力という戦略
T社(経営戦略の冒頭に紹介したアイスクリームのメーカー)の社長は、お客様廻りを最近取引を始めたある食品店は、アイスクリームの売上げの伸び率がトップである。
T社長がこの会社にお伺いした時、丁度主人が店におられて、「よく来た、まあ上れ」と二階に案内され、丁度昼時だったのでビールと寿司をご馳走になりながら、ご主人の話をいろいろ聞くことができた。
このご主人は、かつては長距離トラックの運転手であったが、五十を過ぎた頃から仕事がシンドクなり、会社をやめた。
家では奥様が内職に小さな食品店を営んでいた。当然会社をやめたご主人が食品店主ということになった。
しかし、小売店の経験などないので、どうしていいか全く分らない。いくら考えても経験がないのだから、いい考えが浮かぶ筈はなかった。
考えては悩み、悩んでは考えていたある日、ハッと思い当ることがあった。それは、自分がトラックの運転手をしていた時に、「買物や食事には、どんな店に入ったか」ということであった。それは、「きれいで感じのよい店」だった。
「これだ」というよりも、これしか他には何も分らないのである。とにかく、「きれいで感じのよい店にしたらお客様はもっと来てくれるかも知れない」と。
これが非凡なところである。「お客様の立場に立って考え、これを事業に導入する」というのが、 一倉式事業経営の基本だからである。
早速、仙台の街中をかけずり廻り、「これは」と思った店のカラー写真をとってきて、研究し、これと思われる内外装をし、照明を明るくし、陳列のマネをしたのである。そして感じのよい応対をした。効果はタチマチ現われて、お客様が増えてきた。
もう一つは、納入業者に「値段の高いものを持ってこい」という要求をした。これも成功した。この店は、他の店より一格上の店になってしまった。
この店の主人の言った、重要で、かつ一般の経営者では夢にも考えられないことを紹介させていただく。
「最近、この近くに大手のスーパーが進出してくるというので、同業の人たちは大恐慌を来し、われわれのような小さな店はお客様を奪われてつぶれてしまうというが、私にとっては恐ろしくも何ともない。むしろ大手の店がお客様を集めてくれるので、私のところの売上げも増えるから大歓迎だ」というのである。
私はT社長に申しあげた。「この食品店の主人は、名経営者だ」と。
「死にもの狂い」という戦略
それは、大阪市の一〇人にも満たない小さなクおこしクを作っている工場だった。
私がお伺いした時には、狭くてウス暗い工場で数人の従業員が仕事をしていた。
商品をみせてもらったが、パッケージなど全く垢ぬけない。アイテムも僅かである。むろん売上げは振るわず、つぶれないのが不思議だった。
とりあえず、パッケージを親しい印刷会社の社長に事情を話して特別安くしてもらうように話をつけた。もう一つは、社長のお客様訪間である。
そして、最大の得意先のスーパーにお伺いをたて、現在納めている商品の改良か新商品の開発をすることを申しあげた。お客様を廻りはじめた社長の動きが変ってきた。何かを感じたのだろうが、私はソッとしておいた。
新商品の開発研究試作は、社長には持ち時間はなかった。昼はお客様廻りか製造である。夜しか時間はなかった。社長は夜の寝る時間を開発試作に当てたのである。
気がついて見ると、東の空が自んでいることが、どれだけあったか知れなかったと試作品は、毎月行なわれる大阪での私の社長ゼミの日に、会場に来て私に批評を求める。
それが、数力月続いた。出来上がった新商品は評判がよくて、今までにない売上げを記録した。売上年計は順調に上っていったのである。
お手伝いを始めてから一年近くたった十二月のことである。大阪の私のセミナーの会場に来られた社長は、私の前に座ると、「お陰様で黒字転換をし、ボーナスも払えるようになりました」と言い終った時、ホロホローと大粒の涙を流されたのである。
一年近い、文字通りの、寝る間を削っての死にもの狂いの努力の末の黒字転換だったのだ。感極まっての涙である。私も胸のつまる思いと喜びを同時に感じたのである。コンサルタントとしてこんな嬉しいことはないのだ。
事業構造を充実する●
我社の強味を生かし、弱味をカバーするスクラップ・アンド・ビルド
常に事業全体を眺め、客観情勢の変化に対応する変革を行なってゆくことのみが企業を繁栄させ存続を可能なものにすることができる。
そのためには、
- 1、我社の現状分析から必要な基礎固めを行ない
- 2、まず商品と市場を限定して、この中で占有率を高めてゆく
- 3、次に、新しい商品と市場を開発して事業の複合を行ない、さらに総合化を行なう
- 4、事業全体を見直してスクラップ。アンド・ビルドを行なうことにより、市場に確固たる地位を築いてゆく
ことこそ、社長の役割である。この過程で、さらに我社の強味を発揮して弱味をカバーしてゆかなければならない。それについて、以下具体的な施策についてのベてみよう。
I社は婦人服のメーカーであった。
自前の小売店舗のチェーン式の展開をしていたが、次第に思わしい立地や店舗を得られなくなっていった。
I社は、自ら開発した店舗毎の販促ノウハウを持っており、これが大きな強味であった。そのノウハウは独得の商品差替システムである。
そこで、このノウハウを生かすために、パートナーとなる小売店を開発し、小売店側では店舗の提供と販売を受け持ち、I社では商品の提供と販売ノウハウの実施である。
これは、両者にメリットをもたらす。小売店は商品在庫の負担がなく、販売ノウハウはI社がやるので、陳列と販売に専念すればよく、I社は店舗の利用と販売ノウハウを自由に駆使することができることになった。
パートナーの小売店は息を吹き返し、これはI社の商品の売上増大をもたらす。
小売店では、死筋商品はドンドン姿を消してゆくので、店舗の活性化が実現し、システムの実施は、女子社員の全く機械的な作業で極めて簡単にできるのである。
この方式は、コンピューターを使ってはできないのである。時系列データーの利用だからだ。コンピューターにできるのは断面データーの処理だからである。
事業経営においては、断面データーだけではできないことが多い。時系列データー又は時系列データーと断面データーの併用のほうが、遥かに大切なのである。
コンピューターの限界を知らなければならないのである。
昨日の敵を今日の友とする●
N社はロール成型機のメーカーであった。
数社のライバルは一社を除いてすべて大企業か準大企業であった。そのために、常に大手からの価格面からの圧力があり、業績は思わしくなかったが、他にも商品があるために、何とかしのいでいたのである。この先多くを期待することはできない状況であった。
N社の機械の特色は、最終工程の切断機にあった。そこで、私は、「参考までに」ということで「切断機の専門メーカーになって、業界全社の切断機を一手引受けとする」ことを提案した。
※業界全体の切断機を一手に引き受ける。
こうすれば、生産数の増加によってコストダウンの可能性が生れる。どこかの会社で、これを使わずに自社の分だけ作っていたのではコストの面でN社に負けることは明らかである。
こうして、業界全部をお得意様にすることができる。「昨日の敵は今日の友」となってしまうのである。しかも、次の発展の可能性が生れてくる。それは「切断機」の専門メーカーヘの道である。
※業界全体をお得意様にすることができれば、昨日の敵は今日の共になる。
こうなると、自然に多くの業界にまたがることになって、事業は安定するだけでなく、収益面でも向上する可能性が高まってくることは誤りないことであろう。自然に高収益が生れるような事業構造の実現という戦略の勝利となるであろう。
※また自然に多くの業界にまたがることになり、事業は安定するだけでなく、収益面でも向上する可能性が高まってくる。
商品価格と規模に合わせる●
G社は土木工事業者だった。総勢二〇名程の小世帯で、私がお伺いした時には赤字で、それは体質ともいえるものだった。競争が激しく、採算に乗らない工事が多いというのだ。
私は、物件価格別の粗利益高リストを作成してもらった。このリストが、G社はどうすべきかを明瞭に物語っていた。それにもかかわらず、G社長はこれと反対のことを考えていたのである。
リストは、3000万円以上、2000万円以上、1000万円以上、1000万円以下に分けてもらったのだが、3000万円以上の物件の粗利益率は10%にも満たず、価格が安くなるほど粗利益率は高く、1000万円以下は30%〜50%もあった。
どの業者も高額物件を狙っていた。競争が激しいというのはこの高額物件であって、一千万円以下の物件は、どの業者も逃げ腰だったのである。
このような実態を、社長は全く知らなかった。ただ、他社と同様に高額物件を追いかけていたのである。
社長は、 一千万円以下の低額物件に受注の重点をおくことに方針を転換した。問もなくG社は黒字転換したのである。
A社はスプレードライヤー(粉霧乾燥機)の専門メーカーであった。
A社長は、「一倉さんの占有率理論は我社には当てはまらない。我社の占有率は九〇%にも達するが赤字経営である」とおっしゃるのである。
この謎は年計グラフを見てとけた。大きく不規則な鋸刃状で、これはその会社の実力(規模)に比較して商品価格又は物件が高すぎる時に発生する。
製造や工事が大きいために、会社の資源(人・物・金・時間)の大部分をこれに投入しなければならず、そのために、それ以外の商品の製造は困難となって、それらのお客様に迷惑をかけて信用を失うだけでなく、売上げが立たなくなって、大型商品のみの売上げとなるために鋸刃状の年計になるからである。
仕掛期間は永くなり、売上代金はその間入らず、反対に仕掛在庫は大きくなって資金繰りを圧迫する。これが赤字の原因だ。まさに、「百害あって一利なし」なのである。
製品価格はいくらくらいかと聞いてみると、二億〜五億円くらいで、一億円以下はなるべく敬遠しているという。
何故、そんな高額商品をやるのかをただすと、図面を書く手間は、「○を一つ書くだけで十倍の金額の商品になる」という。僅かな製図費の節約のために、その何万倍ものロスを発生させて赤字になることが分っていないのである。
その点をよく説明し、では、どのくらいの製品価格がいいのか、算定基準の説明である。
「あなたの会社は百名である。適切な商品価格は一人一万円として百万円、これを下限として上限はこれにゼロを一つつけた一千万円である。この価格範囲の仕事をして、この基準の適否を確認すること。そうすれば、あなたの会社の業績を安定させることができる」と。
たまたま、A社の工場の空建物を他の会社に貸していたが、その会社は廃業するので、事業を継承しないかとの話があった。その商品― ―塗料用のロール磯― め価格をきいたところ、中型で五百万円だという。価格的にピッタリである。とりあえずこれを新商品候補として検討することにした。
むろんこれだけでなく、いくつかの新商品候補を探すこととしたのである。
T社は中型の除雪機のメーカーであった。売上年計は中くらいの鋸刃状である。大手メーカーの中での小企業なので限界生産者のために売上げ不足のための現象であって、必ずしも商品価格帯が高すぎるとはいえない。
これより下の価格というと家庭用になってしまい、これは多量生産的だからである。そしてこれには大手の先発メーカーが大きな占有率を占めていて参入不可能である。
といって大型進出には力不足である。どうすべきか、ということになる。ただ一つの道は輸出しかない。これは、大手に押されている中小企業の生きる道の一つであり、成功例も数多い。
テレコの赤井電機はアメリカで成功した歴史を持っているし、アイ・ビー・エムに押されたパソコンのアップル社は輸出に活路を求めた。洋の東西を問わないのだ。
私は、社長に勧めて欧米の市場を観察していただいた。その結果、ヨーロッパに進出できるという見通しを得ることができた。そして、これは成功したのである。
供給能力を整備する●
これについては、「内外作区分」のところでのべたように、戦略的な意味をもっているのだが、さらにこれを進めて長期的な方針を持つ必要がある。
※供給能力を整備するということは戦略的な意味を持っているのだが、さらにこれを進めて長期的な方針を持つ必要がある。
任天堂は、主力商品ファミコンの生産工場を持たずに、オール外注政策をとってそれは、非常に賢明な戦略である。ファミコンとて、永久にブームが続くわけではない。いつかは斜陽化するかも知れない。この時にもしも社内に生産工場を持っていたら、これが遊休工場になるという危険がある。
※任天堂の主力商品ファミコンの生産工場を持たずにオール外注政策をとっていた。非常に賢明な戦略である。永久にブームが続くわけでなく、いつかは斜陽化する。この時に車内生産工場を持っていたら、遊休工場になってしまう。
オール外注は、将来起り得る可能性に備えていることなのである。何でも内製ということは危険極まりないことである。
※オール外注は将来起こりえる可能性に備えていることなのである。何でも内製ということは危険極まりない。
S社の商品の殆んどはボーダレス的で、国内産の原材料部品だけでできているものは殆んどなく、最もボーダレス的商品は、手掌の上に乗るのに、四カ国の部品からできている。これが高性能と低コストの両方を実現している秘密である。
こうなってくると、何が国産で何が外国産なのか分らなくなっている。何が輸出で何が輸入なのかきめられないのである。
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