人間の能力は、大体、二つの分野に分かれる。
一番低いところに知性がある。正しいとか、正しくないという基準で物事を判断する。つまり、知性は知識、特に記憶力を中心にして成り立っている。
知性の豊かな人たち、たとえば、漢字を一つ余計に知っているというような人たちは、事務方に合うタイプである。計算とか法律も、この範疇に入る。
今までの日本では、記憶力の豊かな人たちが、頭がいいとされていた。試験制度もこれに基づいていたので、誰もが知性を磨いてきた。
しかし、実は知性の上に感性がある。
感性は、好きとか嫌いとかが基準になっている。五官、すなわち目や耳や鼻や口や皮膚感覚を通して感じることを感性という。
感性は、創造力が中心になっている。人間の脳でいうと、右の脳にある。知性は、左の脳にある。感性豊かな人は、とりもなおさず創造力豊かな人であるから、商品の開発とか、あるいは新規事業の開発とかに非常によく向いている。
この二つの能力は、脳みその置きどころも全く違っていて、知性豊かな人が感性豊かかというと必ずしもそうではない。感性豊かな人が知性豊かかというと、これも、必ずしもそうではない。両方がほどほどになっている人が多いのだが、なかには非常に偏っている人もいる。
戦後、四十年、五十年、一貫して知性豊かな人が登用されてきた。ところが、いまの世の中では、感性が豊かでない人はだめである。
たとえば、以前は雨露をしのぐために衣類を買うとか、家を建てるとかいうように、必要に迫られて行動を起こす人たちが大半の時代であった。
今は、結婚するのも、物を買うのも、ほとんど好き嫌いで判断する。つまり、正しい結婚というのはない。好きだから結婚する。好きな色や形や素材の衣服を買う。好きだから車を買う。要するに、社会全体が豊かになって、かなり消費の構造が変わってきた。それにつれて事業の構造も変えなくてはいけない時代に入っている。
男は女と喧嘩をしても、絶対に負ける。
男は、知性的である。つまり、理屈が中心になっている。正しいとか正しくないという基準で物事を判断する男が大多数を占めている。勉強でいうと、論理的な物理とか数学とか法律とかが得意だ。ところが、ほとんどの女は、感性、つまり好きとか嫌いとかが中心で物事を判断する。たとえば、私と妻が喧嘩をしたとする。
「君、こっちが正しいんだよ。こうしないと、絶対に損する」と、私が言う。「あなた、正しいとか正しくないとか言いますが、いくら言っても、私は大嫌いだもの」と言われたなら、 一発でおしまいになる。
つまり、正邪ということと、好き嫌いということは、交わることがない平行線である。しかも、知性より感性の方が上だと先述した。いくら喧嘩をしても平行線で、「大嫌い」と言われた途端に、選挙には落ちるし、物は売れないし、支持も得られない。だから、男は女と喧嘩をしても負けるという理屈になる。
お客様と社員が喧嘩したら、必ず社員は負けてしまう。嫌われたらおしまいだからである。
感性の上に霊性がある。
霊性は、善悪や好き嫌いとかいう領域を超えている。霊性は、「分からない」というのが正確な言い方で、たとえば、運が非常にいいとか、あるいは勘がいいとかいうことである。感性は五感だと言ったが、霊性は第六感である。
人間が論理的に関知し得ない分野がたくさん残されている。たった今、「霊性は分からない」と言ったのはそのことで、まさしく不明の分野である。
霊性で物事を判断していく、これこそ、指導者に相応しい能力である。指導者は、理屈で「こっちへ行こう」と道を選ぶと同時に、「あっちへ行くと、どうも危ない」という第六感が働かないとだめだ。第六感は、指導者にとって非常に大切な能力である。
指導者たる社長は、感性と霊性とを身につけなければならない。
霊性、第六感を働かせるためには、物事を絶えず積極的で明るく考えていかなければ、それを発揮するチャンスが通過してしまう。「チャンスの女神に後ろ髪はない」……つまり、女神は、通り過ぎてしまったら、後ろ髪を掴もうと思っても掴めないということだ。
チャンスをものにするには、すべて第六感に基づくわけだから、霊性を豊かにしていくことが必須である。
第六感の分野では、たとえば、高層ビルのエレベーターに乗る時でも、乗客が十人いたとして、「この人は何階で降りる。あの人は何階で降りる。この人は何階で降りる……」と、言い当てる訓練を常にしていると、いつの間にかそれが当たるようになり、第六感が働くようになる。
昔、禅は山水を用いた。野山に伏して、滝に打たれて修行をした。いま、禅は山水を必ずしも用いないということで、ほとんど道場で修行をするようになり、それだけ野性の感性が鈍ってしまった。
後ろから弓を射かけられても、 一瞬の殺気を捉えて、パッと身を翻すような勘が非常に豊かだった時代があるが、今はそういう勘が失われている。
確かに、現代人は野性の感性がだんだん退歩していっている。野性の感性を一番残しているのは運動選手で、次が経営者だ。
指導者になるためには、いつでも第六感を身につける訓練をすべきである。先述したように、エレベーターに乗る時、「この人、何階で降りるか」ということを言い当てる訓練をしておくことが大切だ。
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