二枚腰経営とは、不況のとき、攻められて土俵際の俵に足が乗り、まさに土俵の外に落っ
こちようかというような剣が峰、苦境の状態になりながらもぐっとこらえられる腰の強さが

ある経営を言う。つまり、二枚腰経営の
会社は、経済環境が悪いときに強さを発
揮できる会社のことである。
兵庫県芦屋市に本社を置く洋菓子販売
のアンリシャルバンティエ(昭和四四年
(一九六九)創業、蟻田尚邦社長)は、九六
年二月期には売上高八五億円、経常利
益一一億円を達成した超優良企業であ
る。図表31 ‐1を見ていただいてもわ
かるとおり、その前期の九五年二月期
は、工場半壊という阪神大震災の影響を
はねとばし、売上高六一億円、経常利益
五億五七〇〇万円を実現。小売・外食業
界大不振のさなかにあって、大健闘して
いる。
同社は芦屋、西宮、神戸、大阪地区でサロン・ド・テ形態(自家製洋菓子を提供する喫茶店)
の独立店舗を中心に展開している企業であったが、九〇年ごろからとくに京阪神、東京の百
貨店への出店を積極的に進めた。
私は百貨店への出店は大変に効率的であると信じている一人であるが、百貨店の売上げ手
数料が一八〜二五%と非常に高いので採算に合いにくいと言われる経営者が少なくない。だ
が、私は百貨店への出店こそ、井上式二枚腰経営の威力を発揮できる絶好の戦略であると信
じているc
その理由は、
①保証金、権利金がいらず、イニシャルコストがかからない。
②店舗内の内装費も少なくすみ、①と併せ、固定資産を計上せずにすむ。
③売上げは現金収入とはならないが、 一カ月後には現金で着実に回収できる。
④売上げ歩合は一八〜二五%であるが、地代、家賃のほか、設備償却費、消耗品費、水
道光熱費、従業員厚生費、宣伝広告費を考えれば、独立店舗を出してもそれぐらいは
十分にかかる。
⑤高単価商品、高品質、高付加価値商品の品揃えを求められるので、商品開発力が強化
され、粗利益率の向上につながる。
しかも百貨店のショーケースの前は人通りが多く、毎日、数多くの人の目に触れるので、
超一流の立地である。
ところで、アンリシャルパンティエも九一年ごろは長期計画のもと、いまから考えれば好
景気にも恵まれ、売上高、利益とも着実に計画をクリアできた。同社は八九〜九〇年ごろか
ら東京進出を図り、独立店舗の出店を計画し、いろいろと物件を捜していたが、バブルの時
期と重なったこともあり、なかなか好物件が見つからなかった。しかも人手不足による労務
経費の高騰で、固定費の増加がのしかかりつつあった。
そんな折、突然、鎌倉に格好の物件が見つかり、経営スタッフで十分に検討する間もなく
購入を決定したが、バブル崩壊後九四年までの三年間は、平成大不況の影響を受け、低収益
に甘んじた。ただ、投機的な財テクにはいっさい手を出していなかったのが救いであった。
そして、その三年目の九四年には、『のの字ロール』などをはじめとするヒット商品の開発に
成功。この売上げ増に支えられて製造部門のコストダウンが大きく進展し、金額的には不十
分ながら、経常利益一。四億円にまで回復した。
これに自信を得て、百貨店不況のさなかにもかかわらず、『ブラッシュアップ&リインカー
ネーション』をスローガンとして、売り物商品のいっそうの改良、ショーケースの磨き上げ。
化粧直し等のブラッシュアップを進めるとともに、販売・生産の創業原点の基本動作への立
ち戻り、過去の商品の再生といったリインカーネーション(輸廻転生)に取り組んだ。この新
しくも足元を見たスローガンのもとで、九五年二月期の目標として売上高五二億円、経常利
益二億円を掲げて新たなスタートを切った。夏場の新商品もヒットし、大きなヤマ場である
一二月も日標を見事にクリア、いよいよ決算まで残り三カ月足らずという九五年一月一七日
に、不幸にも大震災の直撃に遭った。
本店をはじめ神戸地区の店舗は大きな被害を受けたが、それにも増して被った深い痛手は、
西宮浜の工業団地内の生産拠点が半壊したうえ、その団地に通じる橋が通行できなくなると
いう、万事休すの状態に陥ったことだった。
しかし、幸い、家の被害を免れた工場の従業員は震災の翌日からまる一カ月間、文字どお
り不眠不休で再建へ頑張った。堺市の港から漁船を出して型鉄板を運び出し、菓子を製造す
るために下請けや工場を貸してくれる先を遠くは関東地区まで捜し回り、製造して、自分た
ちの百貨店の売り場を死守した。震災の翌々日の一九日には早くも、数は少ないながら百貨
店の店頭ショーケースには同社の生ケーキが並んだのである。
「大震災で売上げが落ちた―」と嘆く企業は多いが、その割に店舗や工場をすぐに再開した
企業が実際にどのぐらいあっただろうか。
普通なら、あの惨状を見れば腰が抜けてギブアップしてしまう者が多いのに、若い社員の
力というものは恐ろしい。ワッサワッサとお祭り気分とは言わないが、自然と心が一つに
なって寝食も忘れ、「俺らがやらずに誰がやる! 生涯に一度巡り会えるかどうかの絶好の
チャンス」との気持ちで、あの難局を見事乗り越えたのである。その結果、売上げ、利益と
も、二月には誰もが信じなかった目標を達成し、前述のように売上高六一億円、経常利益
五億五七〇〇万円を実現。多額の成果配分に感涙したのである。
それからスタートした九六年二月期の目標は、店舗の閉鎖など震災の影響も考慮して売上
高は一〇億円アップの六〇億円、経常利益は五億円とやや控えめに設定したが、なんと実績
は売上高が予算を二二億円も上回る八五億円、経常利益は三倍以上の一一億円を達成してし
まうという、まさに信じられないほどの業績を上げた。
少々長くなったがここまでの説明でおわかりいただいたように、アンリシャルパンティエ
の腰の強さは、要約すると、
①商品第一主義(どこのライバル企業の商品よりも良質で美しい)。
②商品開発にはつねに惜しみなく金を投入する。売上達成の鍵は商品のヒットにある。
③地域ナンバーワンの百貨店重視、商品の高回転率。
④管理(PIDICIA)の重視、予算即決算主義。
⑤平均年齢二人歳というヤング集団。
⑥幹部社員(業績責任)への十分な成果配分の実施。
の六点が実にうまく組み合わさって高回転している、というところにある。
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