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序 章 捜査一課長の仕事

目次序 章 捜査一課長の仕事地味でしんどい仕事「カン」は「観」で磨かれる一課長は「ホテルのオーナー」事件判断捜査のポイント捜査会議時にガス抜き役も定例会見個別会見個別会見でのやりとりささやかな宴会働きながら大学に通いたかった同期の最期の言葉に奮起逆境をバネに本書の目的

本文中で取り上げた事件については、犯人や被害者のプライバシーに配慮し、あえて事実と異なる記述にした箇所もあります。

序章 捜査一課長の仕事地味でしんどい仕事 私は平成 16( 2004)年の8月 30日から平成 18( 2006)年2月 13日まで、第 62代警視庁捜査第一課長を務めた久保正行です。

警視庁は首都東京を管轄する警察で、その捜査第一課は東京で起きた殺人・強盗・強姦・放火・誘拐などの捜査に当たります。

所属する人数は、警視庁の警察官約 4万 5000人のうちの 390人(当時)。

彼らが、霞が関にある警視庁庁舎の 6階を拠点に、人口約 1323万人が住む東京の凶悪事件の犯人を日夜追い続けているのです。

――と書くと、格闘の末に犯人を取り押さえたり、パトカーで犯人の乗った車を追跡したり、犯人が人質をとって立てこもっている場所に踏み込んだりと、派手でカッコいい職業のように思われるかもしれません。

警察の仕事はテレビドラマやスペシャル番組で取り上げられることも多いので、なおさらそう感じる人も多いでしょう。

しかし、これはどの職業にも言えることなのですが、傍から見ているのと、実際にやってみるのとでは、大きく違います。

そしてほとんどの仕事というものは、地味でしんどいものでもあります。

それは、警察の仕事についてもあてはまります。

たしかに犯人を取り押さえる際には、もみ合ったり格闘になることもあります。

しかし、そこに至るまでの過程は、数多くの人への聞き込み、押収した物品や資料の分析、ご遺体の検視、数か月にわたる靴底をすり減らしての容疑者の尾行など、地道で根気のいる捜査の連続です。

犯人を逮捕しても一件落着というわけにはいきません。

取調べの場で、自ら犯した罪をはっきりと認めさせねばならないからです。

それには、犯人の心の動きをしっかり読んで、時に不幸な境遇に同情したり、時に強く出たりしながら、自ら罪を語る「自白」へと導いていかねばなりません。

これも根気と知力が必要となる作業です。

ようやく罪を認めたとしても、犯罪者の多くはそれまでの人生でウソをつき続けてきた「ウソのプロ」です。

白状したのもつかの間、すぐに前言を翻したり、裁判で「自白を強要させられた。

冤罪だ」と 180度真逆のことを言い始めることもしばしばあります。

そういう犯罪者と対決するには、まさに 24時間 365日全身全霊を捧げて、犯罪捜査に打ち込まねばなりません。

見た目のカッコよさや派手さへのあこがれだけではとうてい続かない仕事なのです。

「カン」は「観」で磨かれる では、捜査第一課(以下、捜査一課あるいは単に「一課」「捜一」)の仕事に一番必要とされる資質はなんでしょうか? それは「カンがいい」ということです。

他にも重要な資質はいろいろありますが、突き詰めればそこに行き当たると私は考えます。

「カンがいい」とは、すなわち人や物事の裏を瞬時に見抜くこと、他人が見落としている事実にすぐに気づくことです。

この資質に加えて、執念、情熱、探究心、体力、根気、知力などが備わっていれば、きっと一流の刑事になれるはずです。

そして、このカンは、人間や物事をしっかり観察することで磨かれていくのです。

一課長は「ホテルのオーナー」 警視庁の刑事部に所属する捜査第一課は、図のような組織になっています。

ただ、この図を見ただけでは、捜査一課長(正式には捜査第一課長)がどんな仕事をしているのか、想像がつかないでしょうね。

捜査一課長の仕事は、簡単に言うと、先に挙げた殺人や強盗などの凶悪事件を解決するために、捜査の大方針を決めることです。

たとえて言うと、そうですね、「ホテルのオーナー」を「捜査一課長」だとしましょう。

ある日、お客様をホテルのレストランでもてなすことになった――このお客様を「事件の被害者やご遺族、市民の方々」と考えてみます。

この時、お客様が最も喜ぶこと、すなわち「事件解決の最善策」を考えるのが、オーナーである捜査一課長なのです。

また、レストランには料理長がいます、この料理長が「管理官」(警視)や「係長」(警部)といえましょう。

この「料理長」が、オーナーの決めた方針の下、具体的なメニューを決め、どの料理をどの順番で、どうお客様にお出しするのがよいか具体的に考えます。

そして、「料理長」の指示の下、実際に料理を作ったり、お客様にサーブしたりする料理人や接客係に当たるのが刑事である「捜査員」なのです。

それゆえ、犯人逮捕には捜査員の手腕がものをいうのです。

どんなに美味しそうなメニューを掲げたところで、メニュー表示の材料に偽りがあったり、料理が不味かったり、サービスが悪かったりすればすべてが台無しになるように、「捜査一課長」が立派な方針を掲げたところで、「捜査員」の鋭いカンと技術がなければ事件は解決できないのです。

事件判断「一課長は、 24時間 365日フル活動」。

警視庁の幹部の中で、一番多忙なポジションであると言っても過言ではありません。

ナポレオンは毎日 3時間しか眠らなかったと言いますが、一課長の睡眠時間もその程度です。

おおげさに聞こえるかもしれませんが、それ以上睡眠をとれば、事件解決への道は遠のくでしょう。

ふだんは毎朝 5時 20分に起きて、ラジオを聴きながら 1時間程度ウォーキングをし、その日の予定を確認したり、捜査中の事件について検討してから、 7時 30分に警視庁本部か、事件が発生して間もない捜査本部の置かれた警察署へ向かいます。

しかし所轄署から「人が亡くなっている」「身代金を要求された」などという重大な連絡が入れば、深夜であろうが現場に駆けつけます。

事件か、そうでないかを即座に認定(これを「事件判断」と言います)しなければならないからです。

事件判断で一番難しいのは、ご遺体が何者かに殺されたことによるものか、あるいは事故によるものか、あるいは自殺によるものか、即断できないような場合です(これを「変死」と言います)。

通常、現場の状況やご遺体を見分(これを「観察」と言います)すれば、概ね事件性の有無を判断できるのですが、最近は偽装殺人や、遺体発見者が証拠隠滅をするなど手口が巧妙化しているものも多く、観察にも気を抜けません。

遺体を検視しただけでは判断を躊躇することもあるので、遺体の発見現場 6割、ご遺体の検視 4割の割合で観察をするようにしています。

事件であるにもかかわらず「事件性はない」と認定すれば、殺人犯を永久に検挙することができません。

犯人は「警察も甘いな」と見て、同じ手口で次の殺人を犯すかもしれないわけです。

決してそんなことがあってはなりません。

次の犯罪を食い止めるのも一課長の仕事なのです。

事件と判明すれば、捜査指揮官である捜査一課長は次の一手、すなわち捜査対象者を浮上させて犯人を割り出すことに全神経を使わなければなりません。

捜査員は被害者やご遺族の守護神として犯人に罪を償わせること、犯人が二次的犯罪を犯すのを防ぐこと、そして、捜査経済の面から早期逮捕(スピード検挙)することが不可欠なのです。

しかし、捜査指揮官は、犯人を逮捕し身柄を拘束して終わりかといえばそうではありません。

裁判員制度における公判において、犯人性(被告人と犯人との同一性)や事件の立証を裁判員に理解してもらうように努めなければ、一件落着とならない厳しい側面があるのです。

そのためにも、現場での観察力と初動捜査活動における情報や入手資料の検討分析力によって、捜査員全員が向かうべき道しるべを、捜査方針として樹立しなければなりません。

捜査のポイント 初動捜査活動の過程では、さまざまな情報が集まってきます。

被害者、遺族、関係者からの聴取による被害者情報、付近住民や通行人等からの「犯人を見た」「犯人に心当たりがある」「犯人を知っている人を知っている」等の情報、現場周辺地区における遺留品や被害品等の検索と駐車車両に関するチェック情報、防犯・監視カメラ、航空写真や交通車両等のキャッチ・システムなどです。

捜査指揮官はそれらを自らの下に一元化して、その情報が事実なのか、噂話のたぐいに過ぎないのか、その区別を疎かにしないことです。

噂話をあたかも事実のように捉えると、以後の捜査に重大な支障が生じてしまいます。

実際の捜査においては、以下の捜査項目に関して、捜査員を指揮します。

■ 鑑捜査被害者の顔馴染みや交友関係などに関する情報(敷鑑)、「敷鑑」によって得た情報(また鑑)、被害現場の付近に関する情報(土地鑑)といった「鑑」を、関係者からの事情聴取によって明らかにしていくのが「鑑捜査」です。

■ 地取り捜査「地取り捜査」では、現場を中心として付近一帯を区割りし、次のポイントに絞って聞き込みを行います。

・犯行時間帯における犯人の前足や後足(犯行前の行動、犯行後の逃走経路)の把握 ・通行人や車両等の把握 ・定時通行人、散歩・ジョキング者の把握 ■ 特命捜査(下命された1つの捜査項目を専従で行う捜査) ・事件の兆しの入手 ・被害品の特定 ・捜査対象者のアリバイ等身辺捜査 ■ 物捜査(客観的証拠となり得るように分析解明して立証する捜査) ・遺留品、押収品、指掌紋、足跡、工具痕、胃内容、尿、微物、 DNA型、カーナビ等のデータ、電話料金明細書、金融機関の口座、パソコン等 ■ 手口捜査(犯行の手段方法を明らかにする捜査をし、犯人を浮かび上がらせる捜査) ・犯人の習癖(七癖)と類似事件の検討 捜査一課長は、右に挙げたポイントを捜査員に教示して、「落ち」のない任務を励行させます。

捜査会議 捜査本部が設置されるのは、原則として事件の発生(発覚:発覚とは、たとえば行方不明になった人を捜査中に、その人が死体となって発見されたような場合です)した地域の警察署です。

例外として、事件性の疑いが濃い場合は、秘密裏に捜査を進めるため、警視庁内や関連先施設に設置することも多々あります。

捜査本部の人員構成については、事件の規模にもよりますが、所轄署に置かれた場合は通常実働員 60名くらいの態勢です。

捜査員の内訳は、捜査一課が 12名くらい(殺人係 10名、科学捜査 1 ~ 2名)、鑑識課員 1名、機動捜査隊 2名、方面特別捜査員 10名、所轄署員 35名くらい。

この所轄署員は、捜査の経験者が 10名くらいで、他は交通・生活安全・警備・交番勤務員です。

彼らが集まって、午前 8時 30分に捜査会議を開きます。

進行役を務めるのは、殺人担当係長(警部)です。

初日から 3日間は、捜査一課長が出席しますので、所轄署長も列席します。

初日の会議は、上席(ひな壇)の中央に一課長、その両脇を、署長、鑑識課長、機動捜査隊長(機捜隊長)、捜一理事官、殺人担当管理官、刑事指導官、検視官、所轄刑事課長、捜一係長の順に占めていきます。

他の捜査員は 2人 1組で対面して座ります。

会議の最初に進行役の係長が「気を付け、敬礼」と発し、相互に礼をします。

そして係長が「これから〇〇殺人事件の捜査会議を始めます」と事件名を言って、開会を伝えます。

殺人事件の場合、事件名(これを警察用語で「戒名」と言います)には、主として、「 ○ ○町 × ×丁目」などの地域、医師や主婦といった被害者の職業や属性が入ります(「戒名」が長すぎると、見出しになりにくいということでマスコミは嫌がるのですが)。

開会の後は、 ・刑事課長による事件の認知、現場の状況説明 ・機捜副隊長(警視)による初動捜査活動の説明 ・検視官による検視状況の説明 ・捜査に従事した者からの報告 ・捜査一課長から捜査方針やポイントの示達 ・所轄署長から依頼事項の示達 と続いていきます。

ここで、いったん会議は終了となりますが、以後も捜査一課理事官、管理官、係長から出席者に対して、細かな指示と噛み砕いた説明がなされます。

捜査会議の最中は、室内にピンと張りつめた空気が漂っています。

入室者(捜査員)が私語をかわすようなことはありません。

腕組みをしたり、顎に手を当てたりする者もいません。

捜査員は姿勢を正してメモをとり、疑問点があれば、その場で訊くのではなく、会議終了後に捜査一課の部屋長や相棒に訊ねて解消します。

以前は、会議が始まる前に室内でタバコを吸う者もいましたが、現在は禁煙になりました。

また、一般の企業と異なり、会議中にペットボトルの水を持ち込むような者もいません。

警察を退職後、初めて出席した企業の会議で、ペットボトルの水を飲んでいる人がいることにカルチャーショックを受けました。

もっとも、凶悪な犯人を一刻も早く逮捕することを目的とする会議と、より良いアイデアを出し合う会議とでは、緊張感が違って当たり前ですが……。

時にガス抜き役も 捜査一課長だった頃の私は、通常は午後に捜査本部に顔を出していました。

そこで捜査本部の雰囲気を把握したり、捜査員の捜査ぶりを確認するのです。

時には捜査員を慰労するなど、ガス抜きを行うこともあります。

特にデスクの係長(警部)や主任(警部補)とのコミュニケーションは欠かせません。

彼らは、捜査本部の要です。

捜査本部では主に事件についての話をしますが、時に彼らを外に連れだして、昼食をとりながら互いの家族や趣味、健康などについて語り合ったりもします。

そうするのも、ガス抜きをして、リフレッシュした頭でふたたび捜査に集中してもらいたいからです。

また捜査員たちに対しては、たいやきや饅頭などを差し入れて、捜査本部で一緒に食べたりします。

ここで刑事時代の失敗談や先輩の話をしたりしながら、捜査員一人ひとりに気を配るのです。

彼らの力を結集しなければ、犯人の早期逮捕・検挙は叶いません。

そのため管理官の頃は、捜査員全員の家族構成を把握し、本人や奥さんの誕生日には声をかけたり、早めに退署させることもありました。

定例会見 一課長は、これら捜査指揮の仕事と並行して、刑事部長・警視総監といった上職に、事件についての報告をします。

それも、即刻行わなければなりません。

続いて事件の発表を、マスコミに対して行います。

みなさん、新聞・テレビ・ラジオ等で、殺人や強盗などの事件についての報道を目にしたり、耳にしたりしない日はありませんね。

実は、これらの取材に応じているのは、すべて捜査一課長なのです。

このことを承知しているのは担当記者くらいで、一般の人たちやマスコミでも担当以外は知らないことが多いと思います。

マスコミとの「定例会見」は、平日午前 11時に捜査第一課長室で行います。

これは犯人の検挙や任意捜査による書類送致等の発表があるなしにかかわらず行われ、この時間になると、警視庁クラブに加盟している新聞・テレビ・ラジオ 14社の一課担当の記者が片手にメモを持ち、一課長の机の前に集まってきます。

重大事件が起きて、特別捜査本部が設置された場合は、設置署で朝夕に会見します。

各社の一課担当は、「仕切り」と称するグループ長(一番機)を筆頭に、二番機、三番機の通常 3名前後です。

この「番機」とは、マスコミ内で記者のことを指しており、番号は着任の順番です。

つまり、一番機が一番古株ということになるのですが、かつては、この順番が逆で、一番機が新転入記者だったようです。

警視庁側は、捜査一課長に加え、検挙などの発表事項がある際には警視庁広報課員が、そうでないときは一課の庶務担当が出席し、一課長の発表内容をメモします。

記者の側ももちろんメモをとるのですが、その手段は手書きに限られています。

ですから、企業の記者会見のように、 ICレコーダーで録音するような者は一人もいません。

時間の制約の下、マスコミ各社は、記者たちに正しい記録をつけることを競わせ、仕事のできる記者へと鍛え上げているようです。

つまり「プロ意識」を実践で体得させているのです。

会見では、犯人の検挙や重要事件の捜査の進捗状況について話します。

時たま何もないときには、「本日は皆さんにお伝えすることがありません」と発しますと、記者はそのまま退室します。

しかし、どこのマスコミもまだ入手していない事件や検挙に関する情報を発表すると、ちょっとした騒ぎになります。

数年前、世田谷署の管轄内で女性投資家が行方不明になった事件がありました。

S係長以下殺人担当係を投入して極秘裏に捜査をした結果、犯人が「女性を殺害し、静岡県下の山中に埋めた」と自供したのです。

引き当たりの結果、ご遺体を発見、犯人を逮捕。

定例会見の場で、この犯人を検挙したことを発表したのです。

通常検挙の発表をするときは、会見の数時間前に広報課を通じ、各社に「定例で検挙発表があります」という通知をします。

この事件についても同様に発表したのですが、全社事前に事件を察知していなかったのか、発表を聞いて慌てていました。

記者の中には一課長室に電話をかけてきて「どこの事件ですか」と探りを入れる者もいました。

しかしノーコメントです。

会見の場で初めて「女性投資家強盗殺害・死体遺棄事件の犯人検挙です」と告げると、ふだん威勢のいい記者たちの間からため息やうめき声のようなものがこぼれます。

そして我に返ると、 1人、 2人とメモを片手に課長室を飛び出していきます。

中には慌てるあまり転ぶ記者もいましたし、会見場にカバンを置き忘れる記者もいました。

置き忘れたカバンの中を見れば、この記者がどの捜査員と仲良くしているか分かるのでしょうが、もちろんそんなことはしません。

捜査一課長は、「殺人、強盗、強姦、誘拐、放火」など重要凶悪な事件の捜査指揮に専念していると思われるかもしれませんが、このように日々マスコミとの攻防戦を行っているというのが実情なのです。

一見広報は、捜査の仕事と直接関係がないように思われがちですが、警察に対する国民の信頼を得るためには、広報活動を通じて、犯人の検挙に至るまでの捜査員の苦労や事件の真実を知ってもらうことが不可欠であると確信しています。

最近の定例会見では、二番機や三番機も積極的に質問していると聞きますが、私の時は、この会見で質問を受け付けるのは仕切りのみでした。

二番機・三番機が質問してきても、「あなたは仕切りなのですか?」と告げて、答えません。

意地悪に思えるかもしれませんが、仕切りの立場の記者に制限したのは、三番機、二番機を経て這い上がってきた彼らを別格に扱っていたからです。

そうすれば、仕切りに統率力をもたせることもできますし、二番機・三番機に「仕切りになったら一課長に質問できる」という夢や希望を持たせることもできます。

ちなみにこのやり方は、私が敬意を払っている T捜査一課長の手法をそのままマネたものでした。

個別会見 会見はこれだけではありません。

午後 10時から、今度は公舎の一室でマスコミ各社との「個別会見」があるのです。

行事が入っていても、その時間までには公舎に戻ります。

個別会見(通称「個別」)の目的は、マスコミが誤った報道や、偏った報道をしないように助言をすることです。

出席するのは各社仕切りの記者だけ。

順番は、先着順です。

同時着の時は、「ジャンケン」で決めていました。

記者たちはなぜかジャンケンが好きで、何か決めごとをするときは、必ず「『最初はグー』で始まるジャンケン」でした。

個別の持ち時間は各社 7分程度。

長くなると次の社の仕切りが玄関に入り、右手のドアをノックして「時間だよ」と告げていました。

会見は仕切りとテーブルを挟んで差し向かいで行われます。

テーブル上には灰皿も湯呑もありません。

酒を酌み交わすようなことももちろんありません。

そっけないことこの上ありませんが、ここは、捜査指揮の責任者と取材の代表者との「闘いの場」です。

余計なものは必要ないのです。

闘いの場で、ウソをつくことはありません。

あくまで誠実な対応を心がけるのですが、互いに駆け引きは当然あります。

仕切りの質問に対して、私まで報告が上がっていなければ「知らない」、犯人の名前の読み方や漢字が異なっていれば、「その者でない」などと答えます。

決して「後で調べて回答する」などと期待をもたせるようなことは口にしません。

仕切りはここではメモはとりません。

自分の頭に記憶させるのです。

私の方は、ハガキ大のノートに各社の取材内容を記録しておきます。

後日、仕切りが上司を連れて一課長室に乗り込み、「 ○ ○について確認したが、『それは違う』と言われた」「 ○ ○について質問したら ○ ○とウソを言われた」とクレームをつけてくることに備えるためです。

クレームをつけられても、私はノートを見ることはしません。

見なくても、記憶をたどれば、記者の思い違いであることを指摘することができるからです。

このノートは、あくまで〝保険〟なのです。

個別会見でのやりとり ここで個別会見でのやりとりを再現してみましょう。

事件は、 2005年に東京・三鷹市の居酒屋チェーンの副店長 Aさんを殺害し財布を強奪、今も逃亡を続けている強盗殺人犯・上地恵栄に関するものです。

上地は、警察庁指定重要指名手配被疑者で、 2013年 10月 31日まで、 300万円の懸賞金がついていました。

2005年 11月 25日の午後 11時すぎ、 Aさんが出勤してこないので、同僚が心配して Aさんの自宅を訪ねたところ、玄関ドアが施錠されていました。

そこで、大家さんに連絡を取り、合い鍵を使って室内に入ったところ、 Aさんがトレーナー姿のまま布団内で死亡しているのを発見します。

Aさんの頭や胸部・背部には哆開創があり、死因は胸部刺切創による失血死の疑いであったことから、特別捜査本部(特捜本部)が設置され、同居人の上地が重要参考人として浮上しました。

その数日後の公舎でのやりとりです(複数の記者による質問ですが、 1人が発したものとして記載しています)。

記者「 Aさんに同居人はいたのか?」本職「同居人と言えるかは分からないが、当時部屋には男性が住んでいた」記者「それが、かみちけいえいか?」本職「違う」記者「何が違う?」本職「発表したメモを再確認しろよ。

『かみち』じゃない。

『うえち』だ。

キャップに叱られるぞ。

正確に報道しろ。

一度勇み足をしたら、報道の世界では生きられないぞ。

名前は特に慎重に、そのことは自分自身(私)にも言い聞かせている」記者「被害者の上に布団が掛かっていたのか?」本職「現場の状況は答えられない。

仏さんの状態をべらべらしゃべるわけにはいかない。

特に犯行の方法はノーコメント」記者「三鷹駅から 1人で帰ったのか?」本職「誰のことだ?」記者「被害者だ」本職「そのような聞き込みがあったようだ」記者「駅の防犯カメラに被害者は映っていないのか?」本職「解析中だ。

時間がかかりそうだね」記者「被害者に女性はいないのか?」本職「被害者宅に女性が出入りしていたかどうかを含め、出入り者については捜査中」記者「半年前に若い男が出入りしていたと聞いたが……」本職「被害者宅に出入りしていた者については、もう少し日数がかかるだろう。

噂話のたぐいじゃ、報道を混乱させてしまう。

情報が真実か否かが、重要だからね。

もっとも、出入り者が分かったとしても、広報するか否かは別だが」記者「被害者は給料日だったのか?」本職「被害金の件もあり、捜査中だ」記者「被害者は三鷹駅を 1人で出ているようだが」本職「そのような情報は得ているが、確認中だね」記者「逃亡中の上地は麻雀好きで、被害者とも卓を囲んでいたようだが」本職「そのとおり、麻雀好きだね。

一緒にやった者の捜査をしている」記者「部屋のカギが失くなっているとか」本職「カギが何個あったかはホシ(犯人)を逮捕した時に重要だから言えないね」記者「ということは、ホシが出入り口のカギを掛けたということか。

そうだとしたら、他に合いカギを持っていたという人物がホシか?」本職「良い質問だね。

一般的には、そういうことだろうね」記者「合いカギはいくつあったのか? 2個か?」本職「カギについては、事件解決のキーだけに言えないな」記者「玄関を叩く音がしたと聞いたが」本職「叩くよりも激しい物音を聞いているということで、この時間の特定をしている」記者「ホシは被害者を刃物で布団越しに刺したのか?」本職「それを教えるわけにはいかない」記者「被害者はタクシーで自宅に帰ったのか?」本職「被害者の足取り捜査は続行中」記者「食後経過は?」本職「数時間」記者「内容物は?」本職「鑑定中だが、居酒屋を出る際に飲食したものと合致すると思う」記者「被害者は店を何時に出たのか?」本職「それはあなたが調べることだろう」記者「上地は暴力団か?」本職「そう聞いている」 過去の手帳の記載を抜粋したもので、かつ、すべて 1人の記者からの質問というわけではないので、駆け引きまでうまく再現できたかどうかは自信ありませんが、生々しいやりとりの一端をお伝えできればと思い、書きました。

ささやかな宴会 通常の個別会見では、先にお話しした通り飲食を交えることはありませんが、犯人を検挙したとき、仕切りの交代時、お祝い事等があった時には、各社の担当者を集めて一献傾けることもあります。

その際は、事前に「個別終了後、囲みあり」と幹事社に通知をします。

午前 0時頃、個別会見が終わってまもない部屋に各社の仕切りがぞろぞろと集まってきます。

広さは 4畳半なので、テーブルを出すと、すし詰め状態になります。

そこで家内が用意した手料理を肴に乾杯するのです。

この時は、暗黙の了解で仕事や事件に関する話題は一切出ません。

話題はもっぱら家族や趣味のことで、血なまぐさい話は出てこないため、大いに盛り上がります。

ちなみに酒代や肴代は、一課長持ちです。

以上、捜査指揮と広報に絞って捜査一課長の仕事を紹介しました。

ほかにも色々細かい仕事があるのですが、それは紙幅の都合で割愛します。

ただ、これだけでも、結構細かい仕事があるんだな、と意外に思った方も多いかもしれません。

働きながら大学に通いたかった 本章の最後に、私が警視庁捜査一課長になるまでの経緯について簡単に述べておきたいと思います。

そもそも私が警察官を目指した理由は、正義感が人一倍強かったからとか、社会の役に立ちたいという奉仕の気持ちが強かったからではありません。

ひとえに大学に通いたかったからです。

私は昭和 24( 1949)年に北海道十勝の新得町というところで生まれました。

大自然に囲まれ、というと聞こえはいいですが、冬になると日高山脈から「日高颪」という強風が吹いてくる厳しい寒冷地でした。

最寄りの小学校・中学校まで片道 4キロ歩いて通わねばならないほどの僻地でもありましたが、そのおかげで都会生まれの者には負けない強靭な足腰を養うことができました。

父は道立畜産試験場の技術吏員でした。

母はそこで「出面さん」といって、夏場に牧草刈りなどをする仕事を日雇いでしておりました。

生活はふつうでしたが、決して豊かではありませんでした。

だから私は、働きながら大学を卒業しようと決めていました。

そこで、警視庁警察官を選んだのです。

高校から本格的に習った柔道を生かせる職業ということも魅力でした。

高校卒業後、札幌中央警察署で警視庁の採用試験を受けて合格。

十勝からひとり上京する際に母がかけてくれた「他人様に後ろ指を指されないような生き方をしなさい」という言葉は、今も私の行動規範になっています。

こうして私は、当時中野にあった警察学校に昭和 42( 1967)年3月に入って寮生活を始め、 1年後には世田谷区内玉川警察署に卒業配置され、警ら課(現・地域課)、刑事課看守勤務となりました。

その頃、管内の駒澤大学に入学し、念願の大学生になりました。

当時は、仕事と大学通いの両立で、文字通り時間に追われる日々でした。

警察署での宿直勤務に加え、事件ともなれば犯人を検挙するため全国どこにでも出向いて追跡捜査をせねばなりません。

大学に通うのもままならなかったのですが、そんなときは、同級生が「代返」で支援してくれました。

それはもちろん良くない行為ですが、ともあれ彼らのおかげで、無事卒業をすることができました。

念願の刑事になったのは昭和 46( 1971)年のことです。

そして 3年後に捜査第一課に異動になりました。

警察を退職したのは平成 20( 2008)年3月で、最後は警視庁第七方面本部長の肩書でした。

警察には 41年奉職したことになります。

その間、実に多くの悪を検挙してきました。

検挙の数は、個人としては警視総監賞 100本を目標に掲げていたのに、その半分の 50本止まりだったのは今となってはいささか心残りですが……。

同期の最期の言葉に奮起 私が捜査一課に所属したのは通算でおよそ 15年ですが、その過程で捜査第一課長を目指すようになったのは、同期生だった前田元生の死がきっかけでした。

彼とは警察学校の寮で同じ釜の飯を食った仲でした。

青森県出身で柔道が強く、正義感に溢れた愚直なほど真面目な男でした。

若い頃は機動隊勤務が長く、所轄署係長(警部補)に昇任配置となってからは刑事の道を進み、刑事課知能犯係長を経て機動捜査隊主任に配置換えとなりました。

しかし、その後、肺に癌が見つかったのです。

前田は 5年間、病気と闘った末、 47歳の若さで帰らぬ人となりました。

亡くなる間際に、前田は「クボちゃん、俺の分まで頑張れ……ここまで来たら一課長になれよ」と言い残して目を閉じたのです。

このとき私の肩書きは、一課長の2つ下の捜査一課管理官(階級は警視)でした。

巡査から始まってその階級に至るまで、出たり入ったりはあったものの、一貫して捜査第一課に在籍していたこともあり、「もしかしたら、前田の希望を叶えられるかもしれない……」と、私の心は熱く燃え上がったのでした。

ただ、いくら一課長になりたいと思っても、決めるのは昇任試験と上司の評価です。

私は元来迎合的な性格ではなく、仕事一筋でやってきた人間です。

それでも自分なりに周囲に気配りをしてきたつもりでしたが、至らぬ部分もあったかもしれません。

ただそんな不器用さを「実直さ」として評価してくれる上司に巡り合えたことで、一課長に引き上げてもらうことができました。

そのことを今も感謝しています。

逆境をバネに 警視庁捜査第一課長の辞令は、平成 16( 2004)年の8月 30日の午前 10時、警視総監室で警視総監から受けました。

このとき脳裏に蘇ったのは、捜査一課に巡査で着任した昭和 49年当時のことです。

私が命じられたのは管理官の車の運転担当でした。

所轄署で 3年間も刑事として犯罪捜査に従事していただけに、捜査ができないことに大いにフラストレーションを感じました。

結局その状況は 1年間続きました。

しかし、この時の経験が忍耐力を養う上で大きく役立ったように思います。

「あの時があったから今日がある」と強く思いました。

そして、私を育ててくれた両親、私を見守ってくれた上司や先輩、犯人の早期検挙を目指してともに汗を流した同僚や部下、ここまで私を陰で支えてくれた同郷の家内と寮母の川澄悦子さんに心の底から感謝をしました。

ただ、昇進したからといって喜んでばかりもいられません。

その瞬間にも、凶悪事件は起きているのです。

私は「常在戦場」を信条として持ち続け、凶悪犯人との勝負に勝つことを強く誓ったのでした。

本書の目的 本書では、私が捜査一課長時代に関わったものに加え、 41年にわたる警察官生活の中で担当した事件などを通して、人や物事をどう観察してきたか、その観察を通して、どのように刑事のカンを養ってきたかということを中心に述べていきたいと思います。

それに加えて、犯罪者になるのはどのような人間か、人が罪を犯したらどのような行動をとるのか、どうすれば犯罪者に自らの罪を認めさせることができるのか、といったことを経験に即して炙りだしていきます。

罪を犯すのは人間です。

イヌが人のお金をだましとったり、ネコが人を刺し殺して死体を隠すようなことは絶対にありません。

ですから、犯罪捜査に関わることは、すなわち人間に関わることです。

それも犯罪という、ある意味、極限とも言える状況で関わるわけですから、自ずとそこには人間の本性がさらけだされることになります。

といっても、本書で取り上げる事件に特異なものはありません。

「歴史は繰り返す」の通り、どれも過去に無数に起こってきた典型的なものばかりです。

ただ、個々のディテールはまったく違います。

犯人の置かれた状況や、被害者との関わり方など、千差万別です。

だから過去の経験則があてはまらないことばかりです。

それでも、やはり、犯罪者には、ある種の共通点があるように思えます。

くわしくは第 1章以降でお話ししますが、「ウソをつくのが平気」「前言をすぐに翻す」などといったことです。

その共通点をもってして、容疑者としてリストアップした中から、警察官は本ボシ(真犯人)を見抜くのです。

前著『君は一流の刑事になれ』(東京法令出版、現在は新潮文庫『現着―元捜一課長が語る捜査のすべて』)は、主に現職の警察官や警察官を志す人に向けて書きましたが、本書は一般の人に読んでもらうことを目指して書きました。

ですので、事件の詳細や現場での推理といったことよりも、犯人はどんな人物か、犯行後あるいは逮捕後、犯人はどんな行動や言動をとるのかといったことに焦点を当てています。

乏しい文才ゆえ、どこまで私の意図がみなさんに伝わるかは自信がありませんが、最後までお読みいただければ幸いです。

ところどころに、私が人や物事を観察する際の視点を【一課長の目】としてまとめてあります。

参考にしてください。

人間が存在する限り、犯罪は絶対になくなりません。

そして罪を犯す者には、置かれた状況もさることながら、共通する人間性・特質のようなものがあるのです。

何かがきっかけとなってそれが表に現れ、その者を凶悪な犯行へと駆り立ててしまうのです。

本書を通して、あなたが人を見る目を養い、また、自分の内面を見つめなおすことで、犯罪に巻き込まれたり、犯罪に関わることを未然に防ぐことができれば、私にとって望外の喜びです。

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