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序章なぜ前向きな性格と後ろ向きな性格があるのだろう

人生のあらゆる瞬間において、人間は過去の自分であると同時に未来の自分でもある。

オスカー・ワイルド『獄中記』

悲観主義者はすべての好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見つける。

ウィンストン・チャーチル

序章なぜ前向きな性格と後ろ向きな性格があるのだろう

アルビーの精神科医:どのくらい、ベッドをともにしていますか?アニーの精神科医:セックスは、ちゃんとしてる?アルビー:ぜんぜん。

週に三度だけ。

アニー:しょっちゅうよ。

週に三度も。

──映画『アニー・ホール』よりあなたがものごとをどう見るか、そしてそれにどう反応するかによって、実際に起きることが変化する。

それが、心理学が解き明かしたシンプルな事実。

しばしば見落とされがちだが、強力な事実だ。

あなたの行動のスタイル、ものごとのとらえ方、そして生きる姿勢こそが、あなたの世界を色づけ、あなたの健康や富を、そして幸福全般を規定する。

世界を色づけ、起きることを左右するこうした心の状態を、わたしは「アフェクティブ・マインドセット(心の姿勢)」と名づけている。

世の中には、悲観的な人もいれば、楽観的な人もいる。

そうした「ものの見方」のちがいを計る方法を、わたしたち心理学者はこれまでにいくつも開発してきた。

おかげで、ものの見方の基本的な相違は、数値でとらえられるようになってきた。

そして、「人生の明るい面に目がいくか、暗い面に目がいくか」という差が、脳の活動パターン自体に関連しているらしいことまでわかってきた。

脳の中には思考をつかさどる新しい領域と、原始的な感情をつかさどる古い領域があり、両者は神経繊維の束で結ばれている。

この結びつきが、さまざまな心の動きを生む。

ネガティブな心の動きとポジティブな心の動きは、それぞれ別の回路が担当しており、前者の回路を「レイニーブレイン(悲観脳)」、後者を「サニーブレイン(楽観脳)」とこの本では呼ぶことにしよう。

ネガティブなものに注目してしまうレイニーブレインと、ポジティブなものに人を向かわせるサニーブレインは、どちらも人間にとってなくてはならないものだ。

このふたつのバランスこそが、あなたをあなたという人間に、わたしをわたしという人間にする。

生きるうえで重要なことを人間に気づかせ、生きることに意味を与えるのは、こうした心の動きの作用なのだ。

ものごとの受けとめ方は、なぜ人それぞれちがうのだろう?わたしはこのテーマを、二〇年以上にわたって科学的に研究してきた。

喜びや不安。

何かを美しいとか楽しいと思う気持ち。

死にたいほどの絶望。

人がそれらを経験するのは、脳のどの部分がどう作用しているからなのかを、わたしは長い時間をかけて少しずつ解き明かしてきた。

人が自分に害を与えるものを察知したり、危険なものを警戒したり、良いものに引き寄せられたり、快楽や生きる喜びに目を奪われたりするのは、レイニーブレインやサニーブレインがもたらす心の動きのせいなのだ。

何百万年もの進化の過程を通じて、脳の古い領域は、新しい領域との間につながりを築いてきた。

たがいの間に回路を形成して、自分にとって重要なことがらに、わたしたちがうまく注意を向けられるようにしてきたのだ。

この回路の反応が人によって微妙に異なることが、生き方や考え方の深い相違につながっている。

これが最初に述べた「アフェクティブ・マインドセット」の本質だ。

人の性格がそれぞれなぜこれほど異なるかの答えは、おそらくここにある。

思考の下にあるこうした心の動きこそが、いうなれば、人間に魂を与え、人生に火をともす。

快楽と危険への反応をはじめ、何かの感情を経験する能力は、ヒトだけでなく他の多くの生き物にも備わっている。

けれど、巨大な大脳皮質をもつ人間には、話す、考える、問題を解決するなど、独自の認識能力がある。

そうした能力が感情を経験する能力と結びついた結果、ヒトは他の生物とは一線を画する卓越した存在になった。

思考と感情とをあわせもつことで、わたしたち人間は、思わず歩みを止めて美しい夕焼けに見入ったり、ごく単純な音符や言葉の連なりに涙がこぼれるほどの感動を覚えたりするのだ。

だが、このふたつが結びついたことにはデメリットもあった。

人間が、不安に非常に脆くなったことだ。

不安や心配ごとですぐに落ち込んだり、風が──アイルランドの詩人イェーツふうに美しく言うなら──「怪物のような猛り声」をあげただけで、暗くふさいだ気持ちになったりすることが、わたしたちにはよくあるものだ。

ネガティブからポジティブへわたしは「アフェクティブ・マインドセット」の複雑な動きを解明するために、こうしたネガティブな面から研究をはじめた。

けれど研究を重ねるうち、「なぜ世の中には、何が起きてもへこたれず、いつも幸福な人がいるのだろう?」という点に興味が移っていった。

心理学全般も、これと同じ流れをたどってきた。

心理学は誕生当初からほとんどいつも、ネガティブな問題ばかりに着目し、不安や抑うつ、依存症や強迫感などを研究の対象にしてきた。

なぜ一部の人々はなにごとにも悲観的で、不安症や抑うつ症になったりするのかという研究には、長い年月、多くの助成金が与えら

れ、多くの論文が書かれてきた。

そして科学者らは、こうしたネガティブな心の動きがもたらす弊害をなんとか解決しようと、方法をあれこれさぐってきた。

不安症や深刻な抑うつ症が人の生活をどれだけぼろぼろにするかを考えれば、こうしたネガティブな面にスポットがあてられてきたのは当然だし、適切でもあった。

謎を解明するにはいろいろな手法があるが、わたしがこれまでとってきたのは伝統的な認知心理学のアプローチだ。

たとえば次のような実験で、不安症や抑うつ症の患者の心を調べる。

まず、コンピュータの画面にポジティブな画像とネガティブな画像のふたつをほんの一瞬、時には被験者が意識すらできないほど素早く表示する。

ふたつの画像が消えたあと、どちらかの場所にしるしがあらわれたら、被験者はそれをできるだけ素早く見つけだし、ボタンを押さなくてはならない。

このしくみで、ポジティブな画像とネガティブな画像への反応速度を測ることができ、どちらの画像が被験者の無意識をより早くとらえたのかがわかる。

もしも被験者の視線が幸福そうな画像よりも不幸そうな画像──たとえば交通事故現場の光景──に向かう傾向があれば、ネガティブな画像のあとにあらわれたしるしをより早く探知できるはずだ。

その差はわずか一〇〇分の一秒程度かもしれないが、このような調査を長年積み重ねた結果、不安症の人の脳はネガティブな画像を、文字通りまたたくまにキャッチすることがあきらかになった。

心理学の最近の流れは、幸福や楽観をもたらすのは何かを解き明かす方向に向かっている。

その結果、意外なことがわかってきた。

楽観的な人の心は、ポジティブなものに強く引かれると同時に、ネガティブなものを巧みに遠ざけている。

悲観や不安を抱きがちな人と楽観的な人とでは、認識のスタイルが根本的に異なっているのだ。

それはなぜだろう?こうした認識のスタイルの差こそが、四六時中不安に悩まされている人と、明るくていつも希望を忘れない人とのちがいを生む原因なのだろうか?さらに突き詰めれば、こうした「アフェクティブ・マインドセット」の根本的な相違はなぜ、どのように生まれるのだろうか?心理学が大きく発展し、また、神経科学と遺伝学の技術が驚異的な進歩を遂げた今、こうした古くからの疑問を解明する新しい証拠がつぎつぎ見つかっている。

いまやたいていの心理学科には、脳内を映像化する高性能の機械がそろっており、脳の中のはたらきを垣間見るという、昔なら不可能だったことも可能になった。

こうして得られた新しい情報を伝統的な手法と組み合わせることで、脳の奥で起きている作用と人それぞれの「ものの見方」がどのように関連しているかについて、解明の糸口が新たにもたらされたのだ。

ものの見方が世界を変えるというほんの一例出来事をどう解釈し、どう行動するかによって、どんな人生を送るかは大きく変わる。

わたしが大学時代に知り合った二人の兄弟の話を例に引こう。

ダニエルとジョーイは一歳ちがいの兄弟で、どちらも一九六〇年代にアイルランド西部の小さな町に生まれた。

町で商店を営む両親はそこそこ裕福で、兄弟は小さなころから店の仕事を手伝っていた。

二人はともに地元のキリスト教系男子校で学び、スポーツ協会の活動にも積極的に参加した。

特筆するようなことは何もない生活だった。

小さな町で過ごした子ども時代、彼らの身にはとりたてて悪いことも、とりたてて良いことも起こらなかった。

そして今、ダニエルは億万長者になってアメリカに住み、自分の名を冠した事業をいくつも成功させている。

いっぽうのジョーイは学校教師としてダブリンに暮らし、住宅ローンの支払いに追われている。

そもそもの最初から二人の兄弟は異なっていた。

いつもチャンスを探し求めているダニエルは、七歳のころから両親の店で新聞配達のアルバイトをはじめ、もうけの一パーセントを駄賃としてもらうようになった。

一年後ダニエルは、町まで来ることのできないお年寄りのために自転車で食品を配達するサービスを開拓した。

お客の多くは、配達に来たダニエルに気前よくチップをはずんでくれた。

その後もダニエルは、あちこちに住むお客のために使い走りのアルバイトをつづけ、しばしばジョーイを説得して仕事を手伝わせた。

一八歳でダブリンの大学に進むころには、キャンパスに近いフラットの頭金を支払うだけの貯金ができていた。

ダニエルはジョーイに、二人の資金を一緒にして何かする気はないかと提案したが、ジョーイは貯蓄の目減りを心配し、自分の金は銀行に預けた。

ダニエルはその後も、小さなビジネスのアイディアをたえまなく考案しつづけた。

大学を卒業するころにはフラットを貸し出し、家賃収入でローンを組んで、もっと大きな物件に移り住んだ。

余った二部屋は人に貸した。

借主の一人はジョーイだった。

いつも良い学生だったのは、ジョーイのほうだ。

学業優秀で誠実なジョーイは卒業試験で最優等の成績をとり、大学院にも進学した。

ジョーイは、ダニエルからベンチャービジネスにかかわらないかと話を再三もちかけられるたび、それを断った。

もともと用心深い性格の彼は、リスクを負うことを避けたのだ。

これはだいたいが、賢明な選択だった。

ダニエルのプロジェクトの多くはじっさい、華々しいまでの失敗に終わったのだから。

けれど長い目で見れば、ダニエルは大きな成功をおさめ、ジョーイは成功をおさめなかったわけではないが、きわめてつつましい人生を送ることになった。

どんな人間にもたいてい、ダニエル的な部分とジョーイ的な部分の両方がある。

わたしたちは時に、用心など忘れて何かに突き進むこともあるし、逆にチャンスに賭けるのをためらうこともある。

なんでも来いという気持ちで世界に向き合えるときもあれば、もっと臆病な心もちで、何か問題はないかと案じながらおそるおそる行動するときもある。

ジョーイの人生がどんなふうに展開したか、それがダニエルとどう異なっているかを考えると、ものの見方しだいで人生が変わることがよくわかる。

似たような背景と似たような才能、そして似たような遺伝子を授かっていながら、ダニエルとジョーイの人生は対極ともいうべき展開をした。

生きる姿勢がちがっていただけで、二人の人生はまるで異なる道をたどることになったのだ。

何もかもうまくいかないと思いこんでいる極端な不安症の人や抑うつ症の人はもちろん、もっと程度の軽い人まで悲観的な人はみな、人生の明るい部分よりも暗い部分に目を向けがちだ。

彼らは難題にぶつかると、それを何かのチャンスとしてではなく、障害としてとらえてしまう。

いっぽうダニエルのような楽観的な人間は、いつもチャンスに目を光らせ、好機と見れば全力でそれに飛び込んでいく。

こうした態度のちがいは、人それぞれの幸福度や成功、そして健康にまで影響をおよぼす。

多くの科学的な証拠からもそれはあきらかだ。

人間の心のこうしたふたつの側面について調査と研究を重ねるうち、わたしは次の結論に至った。

サニーブレインの中心は神経構造の中でとくに、報酬や気持ちの良いことに反応する快楽の領域にあり、レイニーブレインの中心は脳の古い構造部の中、とくに危険や脅威を警戒する恐怖の領域に存在している。

これらふたつの領域の反応には、微妙な個人差がある。

そして、その反応を脳の制御中枢がどれだけコントロールできるかも、人により異なる。

こうした差が人それぞれの脳の中に長い時間をかけて独自の神経のネットワークをつくり、それぞれのサニーブレインとレイニーブレインを形成していくのだ。

どんな人の脳にもだいたい似たような場所に、サニーブレインの回路とレイニーブレインの回路がある。

だが、それらのポテンシャルには大きな個人差がある。

快楽や楽しみにすぐ反応する人もいれば、同じことに反応するのに長いウォームアップが必要な人もいる。

逆に、危険に過敏で、すこしの脅威にもはらはらしたりやきもきしたりする人がいるいっぽうで、不安に耐える力が非常に強い人もいる。

こうした差こそが、人それぞれの個性の土台になるというのが、わたしの考えだ。

楽観と悲観を形成する三つの要素本書では、楽観的な人々と悲観的な人々のさまざまな経験を例に引きながら、現代の最先端の科学を複数の分野にわたって論じていく。

快楽と恐怖への反応というふたつの大きな心の動きが何によって強まったり弱まったりするかについては、この数十年のあいだに多くのことが解明されてきた。

そこからあきらかになったたくさんの事実を、ぜひ読者に知ってもらいたい。

これから論じていくように、性格の形成にまつわる神秘は今、科学の力で解き明かされはじめている。

答えはけっして単純ではない。

性格形成の鍵が潜んでいるのはおそらく、人がどんな構造の遺伝子を授かったか、どんな出来事を経験するか、そして(これがいちばん重要なのだが)起きた出来事をどのように見たり解釈したりするかという三つの要素のはざまのどこかだ。

遺伝子が重要な役目を果たすのは、もちろんだ。

だが、遺伝子がどれだけ本来の力を発揮できるかは、環境に大きく左右される。

人はみな何らかの遺伝的な強さと弱さをもって生まれるが、そうした強さや弱さがじっさいに表にあらわれるかどうかは、人がどんな世界に生きているかで決まるのだ。

この本でわたしは、心理学、分子遺伝学、神経科学の各分野を横断しながら、人格形成の神秘を徐々にあきらかにしていこうと思う。

人格がどうしてできるのかを科学的に理解するためには、思考の癖や偏りばかりを見るのではなく、その奥にある脳細胞や神経のネットワークのレベルにまで、そしてさらには、遺伝子が性格のさまざまな側面に与える影響にまでふみこんでいかなければならない。

そこからは、興味深い事実が浮かびあがってくる。

生まれもった遺伝的な要素は、その人が経験する出来事と複雑に関連しあい、楽観と悲観の両方向に連鎖的な影響を及ぼすのだ。

楽観と悲観はどちらも、「人がどんな遺伝子をもっているか」「どんな出来事を経験するか」「世界をどのように見、解釈するか」の複雑なからみあいから生じるのだ。

何とも刺激的な話ではないか。

遺伝子がもともと持っている力がそのまま発揮されるかどうか、そしてポジティブとネガティブのどちらの回路がより強くなるかを決めるのは、遺伝子上の弱さ強さだけでなく、生きていくうちに出会う経験でもあるのだ。

それぞれの人格は、脳の奥にあるこうした回路の微妙な変化とともに形づくられていく。

危機に出会ったときに勇気を奮い起こし、それまで以上に強くなってどん底から這い上がれるか、あるいは挫折感に打ちのめされ、ネガティブなほうへと果てしなく思いをめぐらすようになるかは、それぞれの脳の中でサニーブレインとレイニーブレインのどちらが優勢かに左右される。

自分の弱さと強さを知るのは重要だし、役にも立つ。

生まれもった傾向が何によって表に出るのか、どうすればそれを変化させられるかがわかれば、人は自分で自分を守ることも、すすんで幸福へと向かうこともできる。

ありがたいことに、サニーブレインとレイニーブレインの根底にある回路は、脳の中でもいちばん可塑性が高い、変化しやすい部分だ。

ストレスや憂うつな出来事が長期間つづけば、あるいは幸福感や喜びが長期間つづけば、脳の特定の部分に構造的な変化が起きる可能性がある。

つまり、人間の脳には変化する可能性があり、じっさいに変化できるのだ。

ものの見方が──言いかえれば心の癖や偏りが──わずかでも変化すれば、脳の構造は再形成される。

そしてそれは、人をより楽観的にもすれば、悲観的にもする。

逆にいえば、困難や喜びに対する脳の反応を変えることができれば、性格を変えるのも夢ではないのだ。

本書ではこの先、「アフェクティブ・マインドセット」を変化させるテクニックをいくつも紹介していく。

それらの有効性は、科学的な証拠にきちんと裏づけられている。

たとえあなたが臆病で不安がちな性格であっても、「生まれつき」とあきらめる必要はない。

サニーブレインとレイニーブレインのバランスを変化させれば、「ものの見方」を変える一歩を踏み出せる。

そして、人生そのものを変えることもできるのだから。

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