日本のみなさんへ 私のデビュー作『発想する会社!』が日本で出版されてからはや 10年以上。
その間、世界は大きく様変わりしてきました。
ですが、日本でも世界全体でも、クリエイティブな解決策がこれほど求められている時代はありません。
『発想する会社!』が主に研究開発チームの中でイノベーションを生み出す方法について書いたものだとすれば、本書『クリエイティブ・マインドセット』はもっと広い見地に立ち、私たちの直面するどんな課題にも、個人や組織が創造性を発揮できるようになるためのコツを紹介しています。
私はビジネスや家族の用事でもう 25回以上は日本を訪れています。そして、日本を大好きになり、尊敬するようになりました。
ですから、日本の企業や日本のみなさんが、本書に書かれたアイデアをヒントに、最高の創造力を発揮できるようになることを願ってやみません。
創造力に対する自信には、欠かせない要素がふたつあります。斬新なアイデアを思いつく人間の生来の能力と、アイデアを行動に変える自信です。
私のこれまでの経験からいっても、日本人は本当に本当にクリエイティブです。その創造性に「自信」さえプラスすれば、きっと創造力を解き放てるはずです。
たとえば、世界 5カ国の 5000人を対象とした最近の調査によると、日本以外の国の回答者たちは、日本が世界でいちばんクリエイティブな国だと答えました。
ところが、日本がもっともクリエイティブだと回答した人の割合は、なんと日本人がいちばん低かったのです。
本書を通じて、日本の人々が創造性と自信の両方を養い、日本がイノベーションでさらなる成功を遂げられるよう、願っています。
トム・ケリー
まえがき
読者のみなさん、ようこそ! 仲良し兄弟のデイヴィッドとトムがおくる本の世界へ。
思えば、私たちはいつも一緒だった。
オハイオ州の小さな町で過ごした少年時代。
毎年、夏になれば同じリトルリーグのチームで野球をプレイし、冬になれば一緒に雪のお城を作って遊んだ。
14年間、自宅の地下の同じ寝室で寝起きをし、その部屋の木の壁にはイケテる自動車のポスターをぺたぺたと貼りまくった。
同じ小学校に通い、同じボーイ・スカウトのボーイ隊に属し、休みには家族みんなでエリー湖に出かけたものだ。
そうそう、いちどなんて、「カリフォルニアまで往復キャンプしようぜ!」なんて言って、両親とふたりの姉妹を連れ回したこともあった。
色んなものを分解するのも好きだった。
組み立て直すのはあんまり好きじゃなかったけれど。
でも、どれだけ私たちが仲良しで、人生に共通点が多いといっても、ふたりの歩んだ道がまったく同じだったわけではなかった。
兄のデイヴィッドは昔からはちゃめちゃなタイプだった。
高校時代にハマっていた科目は美術。
友人と「サーベルズ」というバンドも組んでいたし、大学好例の春の学園祭では、合板で巨大なジュークボックスや振り子時計を作ったりもした。
それから、夏も友だちと何か作りつづけたくて、「銀河間破壊会社」とかいう会社まで作る始末だ。
あるときは冗談半分で、両親の自宅の裏側の壁に、ペンキで 3本のストライプ模様を入れたこともある。
どうなったかって? 40年がたった今でも、ちゃんと健在だ! そうそう、世界にひとつしかない贈り物を作るのも好きだった。
いちどなんて、ガールフレンドのために、どのボタンを押してもデイヴィッドの番号につながる電話をこしらえたことだってある。
一方、弟のトムの方といえば、デイヴィッドと比べると正統派の道をたどった。
大学でリベラル・アーツを学ぶと、法科大学院への進学を検討した。
しばらく会計事務所で働いたあと、ゼネラル・エレクトリック社に入社して、 IT関連の職をゲットした。
MBAを取得してからは、経営コンサルタントになった。
トムの就いた仕事は、日常業務という意味でも、キャリアという意味でも、ほとんどレールの上を進むようなものばかりだった。
だがあるとき、トムはデザインの世界に飛び込んだ。
枠をはみだして色を塗るような人生の方が楽しいと気づいたってわけだ。
私たちは 1万 2000キロ以上も離れて暮らしていたけれど、ずっと心はひとつだった。
そして、毎週のように連絡を取り合った。
デイヴィッドが IDEOの前身となる会社を設立すると、トムはビジネス・スクールに通うかたわら、ちょくちょく手を貸した。
そうして、 1987年にはフルタイムの社員になった。
それ以来、私たちはずっと一緒に働き、会社を大きくしてきた。
デイヴィッドは当時の CEO兼会長として、トムはマーケティング、事業開発、広報の面で、リーダーシップを発揮した。
さて、この本の物語は、 2007年4月に始まる。
ある日、兄のデイヴィッドのもとにかかりつけの医師から 1本の電話がかかってきた。
電話に出ると、医師は医学用語の中でももっとも恐ろしい単語のひとつを述べた。
ずばり、がんだ。
電話がかかってきたとき、デイヴィッドは 4年生の娘が通うクラスで、「リュックサックのデザインを見直そう!」という授業を行なっている真っ最中だった。
それから 1時間、デイヴィッドは必死で授業をやり通すと、ようやく我が身に降りかかった問題と向き合った。
デイヴィッドの告げられた診断は咽頭がんだった。
生存率はたった 40パーセント。
ちょうどそのとき、弟のトムはブラジルのサンパウロで、 2000人の経営者を相手にプレゼンを終えたところだった。
舞台裏でふうっと息をつき、携帯電話の電源をオンにしたとたん、電話が鳴った。
頭をトンカチで殴られたような衝撃だった。
彼はデイヴィッドの診断を聞くと、南米の残りの予定をキャンセルして、その足で空港に直行した。
駆けつけてもあまり力にはなれないとわかっていたけれど、どうしてもアメリカに戻ってデイヴィッドの顔を見ずにはいられなかったんだ。
私たちはずっと仲良しだった。
でも、デイヴィッドの病魔は、私たちの絆をもっともっと強くした。
それから半年間におよぶ治療や手術のあいだ、私たちは毎日のように会い、時にはとめどなくおしゃべりをし、時にはほとんど無言で時間を過ごした。
病院で出会ったほかの患者たちは、次々とがんとの闘いに敗れていった。
このままだとデイヴィッドももうすぐ……。
そんな考えがよぎったこともあった。
本当のところはね。
この恐ろしい病気にも、ひとつだけ良い面がある。
それは、人生の目的や意味について深く考えさせられるところだ。
私たちの知るかぎり、がんとの闘いを生き抜いた人はみんな、病気の前とあとで、人生観が変わったと話している。
年末が近づき、デイヴィッドが手術から回復しはじめると、がんと永久におさらばできるという希望が見えてきた。
それは願ってもないチャンスだった。
そこで、私たちは、「もしデイヴィッドががんに勝ったら、医者とも病院とも関係のないふたつのことを一緒にしよう」と誓った。
ひとつ目は、兄弟水入らずで、世界のどこかを楽しく旅すること。
大人になってこのかた、そんな機会がいちどもなかったものだから。
そしてふたつ目は、ふたりで肩を並べ、お互いや世界とアイデアを共有できるようなプロジェクトに取り組むこと。
東京と京都への旅は、忘れられない 1週間になった。
私たちは現代と古代の最高の日本文化を十分に満喫した。
そして、もうひとつの共同プロジェクトというのが、そう、今まさにみなさんの目の前にある、この本だ! この本のテーマは、創造力に対する自信だ。
どうしてそんな本を書こうと思ったのかって? 私たちは 30年間におよぶ IDEOでの経験から、イノベーションは楽しくてやりがいのあるものだと痛感してきたからだ。
長い人生。
その人生を終えてもなお残る遺産は? そう考えたとき、「みんなに創造力を発揮するチャンスを与えられたら、どれだけ価値があるだろう」と思い至ったってわけだ。
2007年、デイヴィッドががんと闘っているあいだ、「自分はいったい何をするためにこの世に生まれてきたんだろう?」という疑問が何度も頭をよぎった。
そのひとつの答えが、この本なんだ。
できるだけ多くの人にメッセージを届け、未来のイノベーターに情熱を追求するチャンスを与えること。
個人や組織が潜在能力をフルに発揮し、創造力に対する自信を手に入れる手助けを行なうこと。
それが私たちの生きる意味なのだ。
デイヴィッド・ケリー、トム・ケリー
目次
日本のみなさんへまえがき
序章
人間はみんなクリエイティブだ!
「創造性」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるだろう? 彫刻、絵画、音楽、ダンス──多くの人はこうした芸術的な活動を真っ先に思い浮かべる。「クリエイティブ」と「芸術的」を同義語のように思っているかもしれない。
建築家やデザイナーはクリエイティブなアイデアを出すことで報酬を受け取るが、 CEO、弁護士、医師は違うと思っているかもしれない。
または、「クリエイティブである」というのは「茶色い目をしている」と同じで、一生変わらない性質だと思っているかもしれない。
クリエイティブな遺伝子を持って生まれたか、そうでないかのどちらかなのだ、と。
私たち兄弟は、 30年間にわたり、イノベーションの最前線で一緒に働いてきた。
そして、このような誤解を「創造性のウソ」と考えるようになった。このウソを信じている人は、あまりにも多い。だがそれは大きな間違いだ。
私たちの考えの根底には、「人間はみんなクリエイティブだ」という信念がある。実際、人間は誰でも、開花するのを待っている無限の創造性を秘めているのだ。
私たちの会社である IDEOは、アップルの初代コンピューター・マウスをデザインし、メドトロニック社の次世代手術器具や、ザ・ノース・フェイスの中国での斬新なブランド戦略といった画期的なアイデアを、数千社の企業が市場に出す手助けを行なってきた。
そして、私たちの手法によって、人々がまったく新しいクリエイティブな考え方を身に付けるのも、何度となく目撃してきた。
それは、医療、法律、ビジネス、教育、科学など、どの分野で働く人々にも当てはまることなのだ。
この 30年間、私たちのサポートによって無数の人々が自身の創造性を育み、価値ある目的に活かしてきた。
紛争地帯から戻ってきた男女の軍人のニーズにあった住宅を築いた人。
会社の廊下で臨時のイノベーション・チームを作ったところ、活気があまりにもすごかったので、会社から専用のプロジェクト・スペースを与えられた人。
途上国の年配の村民のために、補聴器のスクリーニングとフィッティングを行なう低価格なシステムを開発し、日常生活に支障をきたすほどの難聴に苦しむ世界 3億 6000万人の一部を救った人(注 1) 。
私たちのサポートした人々は、経歴こそさまざまだったが、ひとつだけ共通点があった──みな創造力に対する自信を獲得したのだ。
基本的に、創造力に対する自信とは、「自分には周囲の世界を変える力がある」という信念を指している。別の言い方をすれば、自分のしようと思っていることを実現できるという確信だ。
そして、自分の創造力を信じることこそ、イノベーションの「核心」をなすものなのだ。こうした自信は筋肉のようなものだ。努力や経験次第で、強くしたり鍛えたりできる。
本書の目的は、みなさんの心の中に創造力に対する自信を築くお手伝いをすることだ。
みなさんが自分を〝クリエイティブ系〟だと思っているかどうかにかかわらず、本書を読めば、誰もが持っている潜在的な創造力を引き出し、今まで以上に活かせるようになるはずだ。
創造性こそビジネスにおける最大の武器
創造性は、みなさんが一般的に思っている〝芸術的〟な分野よりも、もっと幅広く普遍的な分野で活かすことができる。
私たち筆者の考える創造性とは、想像力を使って、今までの世界にないモノを生み出すことだ。つまり創造性は、新しいアイデア、解決策、アプローチを生み出すために発揮できる。そして、誰もがその力を使えるようになるべきなのだ。
20世紀のほとんどの期間、デザイナー、アート・ディレクター、コピー・ライターといったいわゆる〝クリエイティブ系〟の人々は、真剣な議論とは縁のない〝お子様用〟のテーブルに追いやられていた。
一方、ビジネス関連の重要な議論は、廊下の先の奥にある役員室や会議室に集まった〝大人〟たちのあいだで行なわれていた。
しかし、 10年前なら非現実的だとかお遊びにすぎないとみなされていた創造的活動が、今では立派な主流になっている。
教育に関する思想のリーダーであるケン・ロビンソン卿は、創造性は「教育において文学と同じくらい重要であり、文学と同等に扱われるべきだ」と語っている。
実際、「学校教育は創造性を殺しているか?」と問いかけた彼の 2006年の伝説的な TEDトークは、史上もっとも人気を集めた(注 2) 。
ビジネスの世界では、創造性はイノベーションという形で現われる。
グーグル、フェイスブック、ツイッターなどの花形テクノロジー企業は、従業員の創造性を開花させ、数十億人の生活を変えてきた。
今日では、カスタマー・サービスから財務まで、どんな部門の人々でも、新しい解決策を考えなければならない。企業は組織じゅうから従業員のアイデアを必死に求めている。ひとりの経営幹部やひとつの部門だけがこうした役目を独占することなんてないのだ。
あなたがシリコンバレー、上海、ミュンヘン、ムンバイなど、どこに住んでいるのであれ、市場の革命的な変化の影響をすでに感じ取っているはずだ。
今日の企業の大半は、成長のカギ、もっといえば生き残りのカギは、イノベーションにあると気づいている。
1500人以上の CEOを対象とした最近の IBMの調査によれば、現代の複雑なビジネスのグローバル化に直面した企業にとって、創造性は唯一最大のリーダーシップ能力なのだという(注 3) 。
3大陸の 5000人を対象としたアドビシステムズの調査によれば、潜在的な創造性を開花させることが経済成長のカギであると考える人は 80パーセントにものぼるという(注 4)。
にもかかわらず、自分の生活やキャリアの中で創造性を発揮できていると感じる人は、たった 25パーセントしかいない。これは才能の大いなる無駄なのだ。
どうすればこの状況を変えられるだろう? どうすれば残りの 75パーセントの人々に創造性を解き放ってもらえるだろうか? 2005年、デイヴィッドはスタンフォード大学の大学院に通う未来の起業家たちに、デザイン思考を教える「 dスクール」(正式名称「スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所」)を設立した。
デザイン思考とは、イノベーションを日常的に行なうための方法論のひとつだ。
私たち (*)は最初、自分を〝分析家タイプ〟だと思う学生たちに創造性を教えるのが最大の難問だと考えていた。
ところがすぐ、 dスクールにやってきた人々はすでに紛れもない創造性を持っているとわかった。
だから、新しいスキルや考え方を教え、人々の創造性を引き出すだけでよかったのだ。
私たちは、ちょっとした練習や励ましだけで、人々の想像力、好奇心、勇気がいとも簡単に目覚めることに驚いた。
創造性のフタを外すのは、ずっとブレーキを踏んだまま車を運転してみるようなものだ。
そして、ブレーキを離して自由に運転できるようになったらどんな気分なのかを、人々は突然体験する。
ワークショップに参加した経営幹部や、私たちと肩を並べて一緒に仕事をするクライアントが、そんな体験をするのをよく見かける。
彼らはそれまで何度もイノベーション・セミナーを受け、自分の創造性──いや、創造性のなさ──がどの程度なのかわかっていると思い込んでいた。
だから、即興で演習を行なうというような、あいまいで想定外の状況に出くわすと、急にスマートフォンを取り出し、「〝緊急〟の電話をかけないといけないので」と言って出口に向かってしまう。
なぜか? その状況で能力を発揮できる自信がないからだ。
だから本能的に、「私はクリエイティブ系じゃないので」という言い訳に頼ろうとするわけだ。私たちの経験からいえば、誰もがクリエイティブ系だ。
一定期間、私たちの方法論に従ってもらえれば、誰でも最終的には驚くような成果を挙げられる。
画期的なアイデアや提案を思いついたり、仲間とクリエイティブに協力し、本当に画期的なモノを生み出したりできるのだ。
そして、自分自身、思っていたよりもずっとクリエイティブだったことに気づき、びっくりする。
この最初の成功によって、自己イメージが変わり、もっと何かをやってみたくなるのだ。
私たちが気づいたのは、創造性を一から生み出す必要はない、という点だ。
人々がすでに持っているもの──世界にふたつとないアイデアを想像したり発展させたりする能力──を再発見する手助けをするだけでいいのだ。
しかし、アイデアを実行に移す勇気を奮い起こさないかぎり、創造性の真の価値は発揮されない。
つまり、新しいアイデアを思いつく能力と、アイデアを実行に移す勇気──このふたつの組み合わせこそが、創造力に対する自信の特徴といえるのだ。
最近、 20年以上にわたってダライ・ラマの主な英語通訳者を務めているゲシェー・トゥプテン・ジンパから、創造力についてこんな話を聞いた。
ジンパによれば、チベット語には、「創造性」や「クリエイティブ」に相当する言葉はないのだそうだ(注 5)。
翻訳するとすれば、いちばん近いのは「自然」なのだという。つまり、もっとクリエイティブになりたければ、もっと自然であるだけでいいのだ。
忘れられがちな事実だが、幼稚園のころは誰もがクリエイティブだった。
恐怖や恥ずかしさなんて感じずに、遊びや、おかしなことを試していた。そんなことをしちゃいけないという分別などなかった。
何かやらかせば社会的に拒絶されるという恐怖は、歳を取るにつれて身に付けたものだ。
だからこそ、数十年がたってからでも、創造力を一気に、しかも劇的に取り戻すことは可能なのだ。創造性は、一握りの幸運な人々だけが持っているまれな才能などではない。
人間の思考や行動の自然な一部なのだ。創造性にフタをしてしまっている人はあまりにも多い。でも、そのフタを外すことはできる。
そして、いったん創造力を解き放てば、あなた自身、あなたの組織やコミュニティに、大きな影響を及ぼせるかもしれない。
私たちは、創造のエネルギーこそ、人間のもっとも貴重な資源のひとつだと思っている。
創造力さえあれば、この世でもっとも困難な問題を革新的な方法で解決することもできるのだ。
生き方が変わる
創造力に対する自信があれば、新しいアプローチや解決策を生み出す世界を体験することができる。
私たちの経験からいうと、誰でも、こうした自信を手に入れられる。
実際、実にさまざまな経歴やキャリアを持つ人々が自信を獲得するのを目撃してきた。
研究所の科学者から、フォーチュン 500の大企業の上級マネジャーまで、誰もが新しい見方と強力なツールを手に入れることができ、生き方を変えられるのだ。
そうした人々の例を、いくつかご紹介しよう(注 6) 。
●ある元オリンピック選手は、航空業界に入ると、自社の危機管理の問題に、自信を持って真っ向から取り組んだ。
彼女は、操縦士、運航管理者、乗務員スケジュール管理者などからなる有志の特別部隊を組み、天候などの原因で運航に混乱が生じたあとの回復手順を新たに考え出した。
その結果、回復時間を 40パーセントも短縮できた。
●イラクとアフガニスタンで従軍したある陸軍大尉は、シリコンバレーのパロアルトのユニバーシティ通りで歩行者天国を実施する嘆願を行なうため、 1700人以上の署名を集めた。
彼は、将軍にまで出世しなくても十分に影響力を及ぼせることを証明した。
●ある法科大学院の学生は、模擬裁判に挑むにあたって、訴訟の事実だけを淡々と提示するのではなく、人間中心( Human-centered)のアプローチを取り入れた。
彼女は陪審員たちに事件の現場にいるところを思い描いてもらい、どう感じるかを想像してもらった。
共感をうまく利用することで、彼女は裁判に勝利した。
その模擬裁判で陪審員が被害者側の主張を支持したのは、初めてことだった。
●ある元政府高官は、ワシントン DCで草の根のイノベーション運動を始め、 1000人を超えるメンバーを集めた。
彼女はワークショップや交流会を通じて、組織の変革に対する新しい見方を、ほかのリーダーや起業志望者たちに広めている。
● 40年間の経験を持つある小学校の教師は、自身のカリキュラムを作り直した。
それぞれの教科で、扱うテーマは同じでも、生徒が机を離れて物事をもっと批評的に考えられるカリキュラムを考えを出した。
その結果、テストの成績も上がったが、もっと重要なことに、親たちは子どもの関心や探求心が向上したことにも気づいた。
考え方を変えるのに、転職する必要も、シリコンバレーに引っ越す必要もない。
デザイン・コンサルタントになる必要も、今の仕事を辞める必要もない。
世界はよりクリエイティブな政策立案者、マネジャー、不動産業者を求めている。
職業が何であれ、創造性を持って仕事に取り組めば、より斬新で効果的な解決策を思いつき、いっそう成功することができるだろう。
創造力に対する自信は、現在あなたがしているどんな仕事にも、インスピレーションを与える力を持っている。
今までの手法をいっさい捨てることなく、今使っている問題解決手法を向上させる新しい道具が手に入るからだ。
これまで、私たちは色々な人々と話をしてきた。
表面的な症状を見るだけでなく、患者に共感し、より効果的な治療を行なう新しい方法を発見した医師。
優秀な人材とその人材をもっとも必要としている企業とを新しい方法で結びつけている管理職専門のヘッドハンター(注 7)。
人間中心のアプローチを用いて、複雑な申請用紙を地域の人々にとってわかりやすいものにするソーシャル・ワーカー(注 8) 。
創造力に対する自信を手に入れた人々は、周囲の世界により大きな影響を与えられるようになる。
子どもの通う学校に積極的に関与したり、倉庫を活気あるイノベーション・スペースに変えたり、ソーシャル・メディアを利用して骨髄バンクのドナーを募ったりできるようになるのだ。
伝説的な心理学者でスタンフォード大学教授のアルバート・バンデューラによると、われわれの信念体系は、行動、目標、認知に影響を及ぼす。
つまり、「自分は周囲の世界を変えられる」と信じている人の方が、目標を実現できる可能性が高いわけだ。
バンデューラはこのような確信を「自己効力感」と呼んでいる(注 9)。
自己効力感を持つ人々は、そうでない人と比べて、目標が高く、懸命に努力をし、忍耐力が強く、失敗しても立ち直りが早いという。
私たちはイノベーションの世界で豊富な実践経験を積んできたが、その経験からいっても、彼の主張はまさしくそのとおりだ。
創造性の妨げになっている恐怖さえ乗り越えれば、ありとあらゆる新たな可能性が生まれてくる。
失敗に対する不安で身動きが取れなくなるのではなく、あらゆる体験を学習のチャンスととらえるようになるのだ。
何もかも自分の思いどおりにしたいと思うあまり、プロジェクトの計画段階で動けなくなっている人もいる。
しかし、創造力に対する自信
があれば、不確実な状況を受け入れ、すぐさま行動に移すことができる。
仕方なく現状を受け入れたり、他人の言いなりになったりするのではなく、自由に本音を語り、既存のやり方に疑問を投げかけられるようになる。
そして、今までよりも勇気を持って行動し、粘り強く障害に対処できるようになるのだ。
本書は、みなさんの創造性の妨げになっている精神的な障害物を乗り越えるきっかけになると思う。
本書では章ごとに、自信を持って新しいアイデアを追求するための道具を紹介していく。
本書で紹介する物語や手法は、数十年間、世界じゅうのクリエイティブな思想家たちとコラボレーションする中で生まれたものばかりだ。
きっと、みなさんの助けになると信じている。
世界をより良くする旅に出よう
この本の目標は、なるべく多くの人に、自分の潜在的な創造力を再発見してもらうことにある。
自分の創造性を再発見した人の中には、「実は母親がダンサーだったんですよ」とか、「父親が建築家をしていましてね」と打ち明けてくる人もいる。
そうやって自分の創造力が開花した理由を説明しようとするのだ。
しかし、彼らの気づいていない点がある。
創造力はずっと彼らの中に眠っていたのだ。家系や遺伝的素質の影響ではない。創造力は、人間が誰でも生まれつき持っている能力なのだ。
創造力に対する自信とは、不安や疑念に目を曇らされることなく、自分の潜在能力をよりはっきりと見据えるための手段といえる。
ぜひ、みなさんも私たちと一緒に、創造力に対する自信を人生に取り入れる旅に出かけませんか? 力を合わせ、世界をより住みよい場所へと変えるために。
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*「私たち」という言葉について。
本書には筆者がふたりいるので、「私たち」という言葉を頻繁に使っている。
どちらかひとりについて話すときは、「デイヴィッド」または「トム」と言うことにする。
ただし、文脈によっては、「私たち」という言葉で、ふたりが働いている IDEOのチームや、デイヴィッドが出入りする dスクールの教職員やスタッフを指すこともあるので注意。
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