はじめに「儲かる会社」とは、どんな会社でしょう。私の答えは、こうです。「儲かる会社=モノの置き場所を、定期的に変えていける会社」今、この本を立ち読みしている方なら分かるでしょう。繁盛している書店ほど、売れ筋を読んで商品の置き場所を頻繁に変えています。逆に潰れそうな書店では、何年も前に棚に置かれた本が、埃をかぶって同じ場所にあります。同じ本を同じ数だけそろえたとしても、置き場所の選び方ひとつで、儲けに大きな差が出ます。マーケットには、お客様とライバルしかいません。お客様は常に変化します。その変化に、いち早く対応した会社が、ライバルとの競争を制します。ビジネスの基本構造はシンプルです。だから、絶え間なく変化できる会社が「儲かる」。お客様と世の中の変化のスピードがすさまじい今だから、あらためて確認したい真理です。では、会社の何を変えるのか。社長が心を入れ替える。社員の心を入れ替える。あるいは、一致団結して行動を変える。その心意気は尊いですが、悲しいかな効果は今ひとつです。人間の心は不安定なうえに形がなく、変化した結果を確認できません。行動もまた、結果の確認が難しく、持続性に欠けます。結果を出すには、具体的で確認可能な、形あるモノを変えていくのです。その筆頭が、モノの置き場所です。お客様と世の中の変化に合わせて、モノの置き場所を変えれば、社員の行動が変わります。結果、心が変わります。モノの置き場所を変えるとは、すなわち整頓です。儲けの7割は、整頓で決まると私は考えます。その整頓の極意を伝えるのが、本書です。私は今までに、50冊以上のビジネス書を著してきました。
けれど、どんなに言葉を尽くしても、伝わらないものがあります。なぜなら、経営の真髄は現場にあるからです。そこでこの本は、現場の写真をたっぷりと掲載しました。どの写真も一見、何ということもないオフィスや倉庫の風景に見えます。しかし、その背後に、社員が積み重ねた工夫が隠されています。会社として築いた仕組みも隠されています。そこに、どれだけ気づけるか。ここに職業人としてのレベルが端的に表れると私は考えます。この本は、あなたの「儲ける力」を試す1冊でもあります。我が社では、20年前から中小企業の経営者や幹部、社員の方々に、自社の現場を公開する「現地見学会」を開催してきました。毎月2回の開催で、定員60人、参加費は1人3万7800円。満員御礼が続いて、累計2万人以上が視察に来ました。ほかのセミナーも含めると、お金を払って私たちの現場を見に来た人は、累計5万人を超えます。なぜ経営者は、現地見学会に集まるのか。武蔵野は14期連続増収で、売上高54億円。実質的な経常利益率は9%です。「強さの秘密は、『現場』にあるはずだ」そうにらむ経営者の嗅覚は鋭く、きわめて正しい。けれど、その先のレベルには、個人差があります。一見、どこの会社にもありそうな、売り上げグラフだけとっても、ちょっとしたつくり方の違いで、社員のモチベーションを上げるか、逆に下げてしまうかの差が出ます。その違いに、パッと見ただけで気づける人は、多くありません。パッと見ただけで誰もが気づくような工夫など、ノウハウとは呼べません。私たちは尋ねられないかぎり、個々のノウハウをこと細かに説明することはしません。もったいぶっているわけではありません。いちいち説明していたらきりがないほど、膨大な数の工夫があるからです。そんな現場に潜む工夫に、自分で気づける社長は、現地見学会にまた来ます。「1回見ただけでは、とても吸収しきれない」そう思って、もう一度来ると、前回はなかった新しい工夫が現場に加わっていることに気づきます。なぜなら、社員が継続的に業務改善を繰り返す仕組みが埋め込まれているからです。すると、さらに興味が湧きます。「次に来たら、どんな新しい工夫が出てくるのだろう」
「今度は、社員も連れてこよう」こうして、何度も繰り返し訪れるリピーターが、累計5万人の視察者の約半数を占めます。新しいアトラクションを次々に追加し、ゲストを飽きさせないディズニーランドと同じです。いわば、経営のワンダーランドです。一方で、自社との違いに気づけない社長も多くいます。「こんな売り上げグラフなら、うちの会社にだってある。この現場の何がすごいのか、よく分からない」そう考えて、何も得ることなく1度で挫折してしまう人が多くいます。3万7800円も払って、もったいないことです。しかも、こういう社長は、自分自身の気づきの力を上げないかぎり、ほかのどんな素晴らしい企業を視察しても、何も学べません。本書には、この「現地見学会」のエッセンスが、ギュッと詰まっています。武蔵野の現場を、まだ一度も見たことがない人はもちろん、一度は見学したものの、要点を見逃してしまった方にも役立つ1冊です。駆け足の見学会では、説明しきれないポイントを丁寧に解説しました。すでに何度も見学に来ている方にも、新しい発見があるでしょう。さらに、経営者と幹部、社員が一緒に読めば、「強い現場」のあり方に、共通のイメージを持てます。社内での価値観の共有にも役立つ1冊です。会社の業績を上げたい、仕事で結果を出したいと切実に願う、経営者や幹部が求めているのは、精神論ではありません。具体的なソリューションです。経営を良くする、最も具体的で、目に見えて分かるソリューションは何か。答えは、現場の「環境整備」です。モノの置き場所、置き方を変える整頓に加えて、整理、清潔、礼儀、規律を徹底することです。どんな職場でもすぐ導入でき、結果に直結する万能薬です。その第一歩は、すでにほかの会社で結果が出ている方法を、パクること。だから、この本には、パクれるネタを、写真でたくさん載せました。だから、まずは1個でいいから、何かパクッてみてください。あなたの会社が大きく変わる、第一歩を踏み出せます。本書の刊行にあたっては、膨大な写真を撮影いただいた的野弘路さん、鈴木愛子さん、栗原克己さん、そして編集にご協力いただいた福光恵さん、日経BP社の小野田鶴さんに大変、お世話になりました。この場を借りて、深く御礼申し上げます。
小さな会社の儲かる整頓──[目次]
はじめに
【総論】なぜ「整頓」が一番、大事なのか
第1章……「整頓」は、「形から入って心に至る」
【Q01】仕事における「モノを並べる基準」は何か?【Q02】社員はなぜ、面倒なやり方をやめないのか?【Q03】「徹底する」とは、どういうことか?【Q04】「家の掃除」と「職場の環境整備」の違いは?【Q05】整理整頓と、戦略、戦術の関係は?【Q06】「優秀な人」とは、どんな人か?【Q07】社員の心を変えるには、どうすればいいのか?
第5章……願望を貼り紙にしない
【Q26】業務改善に不可欠な情報とは何か?【Q27】「結果にこだわる」とは、何にこだわることか?【Q28】効果のない貼り紙の特徴とは、何か?【Q29】社員をやる気にする、グラフのマジックは?【Q30】最も役立つ売り上げグラフのつくり方は?【Q31】計画表が「ポスター」になるのを、防ぐには?【Q32】社員がつくった計画、社長がチェックすべきは?【Q33】ボトムアップの経営は、正しいか?
第6章……ミスを99%潰す、超アナログの情報管理
【Q34】マグネットを使ったチェック表、何が便利?【Q35】大事な情報はアナログで共有。それはなぜ?【Q36】お客様の声をアナログで共有。それはなぜ?
第7章……従業員満足は、コミュニケーションの強制から
【Q37】なぜ管理職に「現場同行100回」を求めるか?【Q38】なぜ、「サシ飲み」を申請させるか?【Q39】「サンクスカード」を書かせる教育的効果は?【Q40】企業間の競争は今、「何の奪い合い」なのか?【Q41】「もったいない」は、正しい価値観か?【仕組み編】強い現場はチェック&横展開
第8章……基準を定めて、チェックしよう
【Q42】「やれ」と指示した後に、するべきことは?【Q43】社長が現場を回れば、十分か?【Q44】評価基準をつくるコツは?【Q45】社員を規律正しくするコツは?
第9章……会社のなかをパクッて歩こう
【Q46】優良企業を視察する前に、見せるべき場所は?【Q47】気づけない人に、気づかせる方法とは?【Q48】「会社を変えたい」と願う社長が、陥る罠とは?おわりに
第5章……願望を貼り紙にしない
【Q26】業務改善に不可欠な情報とは何か?
次ページの「スキル表」は、新人スタッフに職場で求められるスキルを分解して、誰がどの仕事に、どの程度、習熟したかを一覧できるものです。
スタッフが、身につけるべきスキルの目標を定めやすく、モチベーションアップにつながります。新人のスキルアップの目安があるので、上司が指導しやすいメリットもあります。我が社が最初に取り入れたのは、もう20年以上前のことです。最初は1部署でしたが、後述する「バスウォッチング」(第9章参照)で、ほかの部署の人たちが「スキル表」を見て、「これは便利だから、うちも導入しよう」となり、どんどん全社に広がっていきました。しかし、私は現場を回るうち、同じスキル表を導入していても、成果が上がる部署と、上がらない部署があることに気づきました。両者の違いは何だろう。あれこれ考えるうち、分かりました。第1に、スキル表が見やすいかどうかです。表に入れるイラストがゴチャゴチャしていたり、文字が多すぎたりすると、スタッフが見る気を失い、スキル表をつくる意味が薄れます。第2に、スキル表を貼る場所です。目立つ場所に貼っている部署では、スタッフのスキルアップが早く、業績が上がっていました。そもそもスタッフが見ないことには、スキル表の効果はないので、考えてみれば当たり前です。第3に、スキル表に「この日までに、このスキルを習得するぞ!」という、「目標期日」を入れている部署と、入れていない部署でも、雲泥の差がありました。そこで私は、幹部に指示しました。「スキル表は必ず、目立つ位置に貼り、目標期日を記入しなさい」さらに、「スキル表は見やすく、分かりやすくつくる。それができるかを見て、管理職を評価しています」と話しました。その結果、多くの部署でスキル表の改善が行われ、スタッフの成長スピードが目に見えて上がった。こうやって後から説明すれば単純な話ですが、こういうコツに現場で気づくのは案外、難しいです。実際、武蔵野を視察してスキル表を撮影している人も、ほとんどが、このノウハウに気づきません。スキル表は一例に過ぎません。どんな仕組みも、最初は優良企業のモノマネで導入すればいい。オリジナリティーを求めてはいけません。ただ、それ以上に重要なのは、モノマネで導入した後、自社で運用しながら、奥底に隠れたコツに気づけるかどうか。ノウハウを蓄積していけるどうかです。
運用のノウハウに気づくには、絶対に欠かせない情報があります。それは「結果」を示す、数字です。いろんな手法を試すだけでなく、試した結果、その部署の業績は上がったのか、下がったのか、数字と照合して考える。もちろん、一発で因果関係が見えることなどありません。何度も現場を回りながら数字とにらめっこして、試行錯誤を繰り返す。こうして頭に蓄積したデータが一定量に達したとき、天啓のようにひらめきます。「ああ、これがノウハウだ」と。我が社は、次の写真のように、すべての部署で、6カ月分の粗利益と営業利益を前年同月と比較する形で掲示しています。「前年同月と比べてプラスなら黒色の数字で、マイナスならば三角をつけて赤色で表示」がルールです。さらに、直近12カ月分の数字を平均した、年計グラフを掲示する部署もあります(こちらを参照)。
スキル表の運用のノウハウも、「結果の数字」を示す表やグラフを何年も使いながら考えたから、気づけた。「暗黙知」は、膨大なデータから読み取ります。ビジネスの世界で暗黙知を得るのは難しい。日ごろからデータを積み重ね、活用していないと気づけません。だから、「仮説」を立てることが欠かせません。仮説を立てて実行した結果の数字を見て、当たっているかを確認する。はずれたら、また別の仮説を立てる。仮説なしのデータを積み重ねていては、いつまでも暗黙知の領域に達することはできません。我が社の環境整備点検(第8章参照)は、120点満点です。職場ごとに整理、整頓、清潔の状況を採点します。あるとき100点満点への変更を考えてデータを見直し、まったく別の事実に気づきました。95点以下の職場は、上司の力量に明らかな問題がある。整頓の項目の点数が低いのも共通点でした。環境整備点検95点は、上司のマネジメント力の分岐点ではないか。そんな仮説を立て、3回連続95点以下の課長は更迭することにしました。仕事ができる人は、人生のあらゆる局面において、常に仮説を立てます。ジャンケン一つとってもです。「この人は、過去の経験からグーが多い」「今は疲れているから、何も考えずにパーを出す可能性が高い」「だから、今回はチョキを出してみよう」そんな具合に、常に仮説を立てて検証しています。日常生活から思考実験を繰り返し、脳のトレーニングを欠かさないから、効果的な業務改善のアイデアが思い浮かびます。【A】仮説を検証するための「数字」【Q27】「結果にこだわる」とは、何にこだわることか?「結果を出せ」「結果にこだわれ」と、社員を叱咤激励する社長も幹部も多くいますが、そんな号令には、まったく効果がありません。「結果にこだわる」とは、具体的には、どういうことでしょう。
「数字」にこだわることです。「結果を出せ」と、抽象的に指示しても、あまり効果はありません。その代わりに、私は、社員に自分の部署が出している「数字」を掲示させます。前に紹介した写真の通りです。ルール通りに掲示しているかを、環境整備点検でチェックしています。だからといって、数字が悪い部署の社員を叱り飛ばすことはありません。その必要はないです。前年同月比マイナスは赤い数字で示すのが、会社のルールです。目立つ場所に大きく掲示するから、赤い数字ばかりが並べば、誰だって恥ずかしくなります。特に幹部は、粗利益と営業利益の多寡が賞与の額に大きく影響し、賞与半減は日常茶飯事です。そんな切実な数字が、毎日、嫌でも目に入る。数字が悪いと、私がうるさく言わずとも、自分から、どうにかしようと考え、行動します。正しく数字にこだわれば、叱咤激励など不要です。【A】「数字」にこだわること【Q28】効果のない貼り紙の特徴とは、何か?中小企業を訪問すると、よく貼り紙を見かけます。「今期売上高●●億円、必達!」「トイレはきれいに使いましょう」──。しかし、こういう貼り紙のある会社の多くが、売り上げが伸び悩んでいたり、トイレが汚いものです。本質的な問題は、社長の「願望」を、そのまま標語にしたことです。「」「」──。そんな願望を、社長が表明しても、社員は変わりません。我が社は、多くの掲示物があるが、私の願望をそのまま書き出した掲示物は、1つもありません。掲示するのは、次の2つだけです。第1に、結果を示す数字。第2に、結果を出すためのツール。仕事で結果が出れば、社員はうれしいです。人事評価が上がり、給料も賞与も上がるから、当然です。そのためのツールやノウハウを会社が提供してくれるなら、これほどありがたいことはありません。だから、会社が正しいノウハウを示せば、社員は必ず、ついてきます。重要なのは、社長と幹部が結果につながる正しいノウハウを突き止め、社員を正しく導くことです。
【A】社長の願望を、そのまま標語にしている【Q29】社員をやる気にする、グラフのマジックは?掲示物は「結果を示す数字」と「結果を出すためのツール」だけと、先ほど書きました。「結果を示す数字」は、粗利益や営業利益の表であり、年計グラフです。一方、「結果を出すためのツール」は、次のグラフです。
そして光本さんも、そんな周囲の賞賛の視線を感じ、やる気になる。事実、光本恵里香は入社3年で課長に昇進した。こういう「突き出すグラフ」というのは、光本さん一人の頑張りだけではできません。光本さんの上司の牛島弘貴課長がグラフをつくるとき、いい意味で悪知恵を働かせているから、できるものです。種明かしをすれば、上司にとって、グラフを突き出させるのは、さほど難しいことではありません。最初に設定するグラフの上限を、今の部下たちの実力からして、低めにすればいいのです。要は、尺の取り方の問題です。身長150センチの人も、子供用の身長計に立たせれば大きく見え、大人用の大きな身長計に立てば小さく見えます。それと同じです。それでは上司として、一番頑張っている部下に、自分自身の頑張りを、どう感じさせるか。「私なんて、まだまだ。もう頑張れないわ」と、自虐的な気持ちにさせたいのか。あるいは、「うわっ、私って結構すごい!」と、自信を持たせるか。どちらが、その後、良い結果を出す可能性が高いか。後者です。だから、頑張っている部下に、自分の成績が「すごく良く見える」ように、グラフの尺を調整する。グラフをつくるのに、大きいフセンを使うのも、同じ理由です。棒グラフが突き出しても、グラフそのものが小さくては、インパクトが弱い。壁一面に掲示されるグラフが突き出るから、驚きとやる気が生まれます。武蔵野のグラフは、天井に達して、天井を進むこともあります(次ページ)。「あと1件で天井に達する!」の一心で、難局を乗り切った社員が多くいます。
グラフのつくり方ひとつで、社員の心は大きく変わります。【A】尺の工夫で「より良く」見せる【Q30】最も役立つ売り上げグラフのつくり方は?どの会社でも目にするグラフに、売り上げグラフがあります。ほとんどが、月次の売り上げの棒グラフなどです。しかし、単純な月次の売り上げグラフは、あまり経営の役に立ちません。なぜなら、大きな流れがつかめないからです。自社の売り上げが中長期的に上昇傾向にあるのか、下降傾向にあるのかが、分かりにくい。業界によって「夏は売れるが、冬は売れない」と、季節変動があります。また、特殊要因で1カ月だけ売り上げが突出して増減することもあります。季節変動や特殊要因を調整することなく、月次の売り上げデータを眺めていると、大局を見失います。その結果、景気が悪くなりかけの業界で出店攻勢をかけて大損したり、逆に急成長中の市場での拡販が遅れて商機を失ったりします。このような事態を防ぐには、どうしたらいいか。「売り上げ年計グラフ」を、自分の手で書き、見ることです。「売り上げ年計」は、直近1年間の売り上げを1カ月ずつ移動して累計する方法で、「移動年計」とも呼ばれます。季節変動が調整され、一時的な特殊要因の影響が少ないので、中長期的なトレンドをつかむのに、最も適する数字です。売り上げ年計の重要性を理解している社長は多くありません。しかも、理解している社長の間でも間違いが蔓延しています。売り上げ年計の「表」を「部下につくらせる」だけで満足してしまう。部下がつくった「売り上げ年計表」を眺めるだけでは、やはり市場の変化の潮目を見逃します。社長が、売り上げ年計の「グラフ」を、「自分で手書きする」ことが、必要不可欠です。社長室に、売り上げと粗利益の年計グラフを貼り(次ページ)、常にチェックする。私だけでなく幹部も、それぞれの部署で年計グラフをつくっています。
では、なぜ、グラフを手書きする必要があるのか。グラフの角度が変化したとき、いち早く敏感に察知するためです。売り上げ年計グラフがあれば、経営においてやるべきことはシンプルです。第1に、年計グラフの傾きが緩やかになったら、頂点、または谷が近いと認識する。すなわち、景気の転換点が近い。自分たちの業界が「好況から不況」、あるいは「不況から好況」に、移行しつつある。第2に、年計グラフが下がりはじめたら、経費を見直す。本格的に不況期に入りつつある。第3に、年計グラフが上がりはじめたら、販売を強化する。本格的に好況期に入りつつある。私が見るところ、売り上げ年計グラフを書いている社長は、書いていない社長と比べて、市場における潮目の変化を察知するのが9カ月は早い。経費でブレーキをかけるにせよ、販売でアクセルを踏むにせよ、9カ月のアドバンテージで、業績は大きく変わります。市場の変化を、ライバルに大きく差をつけるチャンスに変えられる。【A】「売り上げ年計グラフ」を手書きする
【Q31】計画表が「ポスター」になるのを、防ぐには?我が社の掲示物で、最も重要なものを1つ挙げるなら、次ページの実行計画シートでしょう。これは半期に一度、部署ごとに作成する計画です。
会社の方針は、私と幹部が「経営計画書」を通じて示します。方針に基づく部署ごとの計画は、現場の社員とパート・アルバイトのスタッフが、ボトムアップで完成させます。具体的には、半年を振り返って、それぞれのメンバーが感じた課題をフセンに書き出し、ホワイトボードに貼って評価。これから半年の実行計画に落とし込みます。まず、「3年先の目標(ビジョン)」を定め、そこからの逆算で次の半期の「重点方針」や「目標」、「重点施策」を決めます。さらに、重点施策を着実に実行したかを検証するため、実行状況の「評価尺度」を、事前に設定します。そして毎月、この尺度に従って、実行状況を5段階で「評価」し、記入する仕組みです(次ページ)。
実は、ここが重要なノウハウです。多くの会社では、計画(PLAN)を立てても、実行(DO)されず、計画の「プラン」が、「ポスター」と化します。だから、経営の基本である、PDCAサイクルが回りません。そこで、計画表をつくる段階から、いつ、どのように検証(CHECK)して、改善(ACTION)を行うかを、あらかじめ決めています。だから、実行計画シートのフォーマットに最初から、評価尺度を設定する欄と、評価結果を記入する欄があります。さらに毎月、メンバーが評価を実行したかを確認するため、証拠写真を貼ります。【A】計画表に「評価」の欄をつくる【Q32】社員がつくった計画、社長がチェックすべきは?社員が実行計画シートを作成したら、部長、役員のチェックを経て、私が承認します。私は、実行計画の整合性を「評価尺度」からチェックします。部長や役員が承認した「重点方針」や「目標」「重点施策」に、おかしなものは、ほとんどありません。しかし、「評価尺度」のさじ加減は、難しい。甘すぎてもダメ、辛すぎてもダメですが、どちらかと言うと、厳しくしすぎて失敗する人が目立ちます。どんなに現場の社員が頑張っても、「0点」しか取れない。そんな厳しい評価基準では、現場は最初からやる気を失います。評価基準だけは、社長の私がしっかりチェックします。先ほど紹介した実行計画シート(こちらを参照)であれば、「確認テストの平均点が100点なら、評価5」「90~99点なら、評価3」といった基準が、目標設定として厳しすぎないか、あるいは、甘すぎないか。実行計画シートを見るときは、そこを最初にチェックします。部署の方針やビジョンのチェックなどは後回しです。【A】目指すレベルの厳しさ。甘めの調整が正しい【Q33】ボトムアップの経営は、正しいか?
武蔵野は、ボトムアップの会社です。社員とパート・アルバイトが日々、業務改善を繰り返し、現場の姿がどんどん変化するので、社長の私にも会社の全体像が見えないです。幹部にも全容を把握できる者はいません。それは、ここ十数年のことに過ぎません。私が社長に就任した1989年から2004年まで、実に15年間、「超」を3つくらい付けても足りないトップダウンでやってきました。最初のころの社員は、暴走族出身とか、高校を数カ月で中退した問題児ばかり。仕事をサボっても平気な社員に、私は実力行使も辞さない厳しい姿勢で臨みました。強権的にやらないかぎり、整理整頓やあいさつ、時間厳守といった社会人としての基本を教え込むのはムリでした。社員が育ち、強権的な教育を脱したのは、日本経営品質賞を受賞した2000年ごろ。このころは、私が計画を決めれば、PDCAサイクルが回るようになっていました。そして私は、ボトムアップへの切り替えを決意しました。2004年、大号令をかけました。私はもう、「決定」に関わらない。幹部や社員が決めたことを「チェック」して、「承認」するだけにする。これが「プロセス・マネジメント」であり、我が社をさらなる発展に導く経営手法──。そして経営数値を現場の社員やパート・アルバイトに公開して、実行計画書をつくらせた。現場は混乱しました。今までは「考えるな!言われた通りにやれ!」と言っていた社長が突然「考えろ!」と言い出したから、ムリもありません。「プロセス・マネジメント」を「プロレス・マネジメント」だと勘違いした、経営サポート事業部の大森隆宏部長をはじめ、多くの社員がよく理解できずに困惑していました。やがて社員は、権限移譲に面白さを感じるようになりました。先ほど紹介したように(こちらを参照)、実行計画シートに証拠写真を貼るルールがあります。きちんと貼られているかを、4週間に1度の環境整備点検(第8章参照)でチェックします。このチェックの仕組みは、社員の提案です。自分が考え付いたことを全社に広めたい。だから、社員が社長に「チェックしてください」と要望する。その結果、社員の仕事のレベルはどんどん上がり、しかも本人たちは喜んでやっています。一方、社長の私は、今では社員の操り人形です。社員に言われるままに社長が動くのを、社員が楽しんでいる。それが、今の武蔵野の姿です。トップダウンは、「決定」が早い長所があります。社長一人で決めるから早いです。け
れど、社員の「実行」が遅く、そもそも実行されないことがよくあります。なぜやるかが理解されていなくて、社員の納得感が低い。どんなにいい計画も、実行されなければ無意味です。一方、ボトムアップは社員の意見を集約し、「決定」までは時間がかかります。しかし、いったん決定されれば、社員の納得感が高いので、「実行」が圧倒的に早く、確実です。最終的にどちらが強いかといえば、後者です。しかし、ボトムアップの経営は、社員がある程度のレベルまで育っていることが大前提です。昔の武蔵野のような会社で、ボトムアップを導入するのは自滅行為です。トップダウンからボトムアップへ。この順序が大事です。「トップダウンとボトムアップ。どちらのスタイルで、あなたは社員を率いたいですか」そう尋ねられれば、ほとんどの社長が「ボトムアップ」と答えます。「では、どうしてボトムアップにしたいのですか」この質問に明確に答えられる社長は、あまりいません。深い理由などない。ただ何となく、「ボトムアップが格好いい」と感じているだけです。しかし、「格好いい」を基準に経営しては、会社は沈没します。そんなあやふやな理由でボトムアップを選ぶくらいなら、泥臭くトップダウンで行くべきです。では、トップダウンで何をやるか。それが環境整備です。【A】順序が大事。トップダウンからボトムアップへ
第6章……ミスを99%潰す、超アナログの情報管理
【Q34】マグネットを使ったチェック表、何が便利?
次の写真のチェック表、どこがすごいか分かるでしょうか。
ルートセールスを手掛ける、ダスキン事業の法人部門で使っています。武蔵野が業務改善の取り組みを始めた時期の歴史的な作品です。この表は、左端に8人の営業スタッフの名前を並べ、それぞれが、お客様から受け取ったレンタル料の入金を済ませたかどうかを、黄色のマグネットを使ってチェックしています。基本的にはミスを防止する仕組みです。始業時は、「入金してない~」と一番上に表示された列に、黄色のマグネットが8つ並びます。そして営業スタッフが外回りを終えて事務所に戻り、入金を済ませると、マグネットを左側の「入金しました~」の列に移します。だから、終業時には8つのマグネットが左側に縦一列に並ぶことになります。問題は、次のステップです。翌朝には、8つのマグネットは再び、「入金してない~」という列に移っていなければなりません。こういうとき、ほとんどの会社は、マグネットを1つずつ移します。移動回数は、合計8回です。我が社の仕組みでは、マグネットの移動1回で済ませます。チェック表の上部にある「入金してない~」と「入金しました~」の項目もまた、マグネットです。2つのマグネットを入れ替えれば、それでおしまい。次ページの表も同じ仕組みです。
些細なことと、侮ってはいけません。こういう小さな手間を徹底して潰してきたから、赤字続きの零細企業だった武蔵野が、30年後の今は高収益企業です。8個のマグネットを1個ずつ移動する仕事を、最初は「面倒臭い」とちらりと感じても、3回繰り返せば、社員は慣れて忘れます。その手間を省く手段を考案するなど、まずできません。相当にレベルが高いことです。ある会社に経営指導に行ったときのことです。本社の1階が事務所で、2階が倉庫でした。1階で、事務職の女性社員に尋ねました。「朝、出勤してから退勤するまでに何回くらい、事務所の外に出ますか?」「せいぜい1回か2回でしょうか」彼女はそう答えました。私は、さらに尋ねました。「この事務所には毎日、お客様がいらっしゃいますか」「ほとんど来ません」そう彼女が答える間にも、2階は頻繁に人が出入りしています。なんと愚かなことでしょう。それなら1階を倉庫にして、2階を事務所にすればいい。商品の入出荷で階段を上り下りするのは、健康にはいいですが、儲ける観点で考えれば、バカバカしいことこのうえありません。しかし、この会社を笑い飛ばせる資格のある人など、ほとんどいません。こういう類のムダが放置されている会社は、数限りなくあります。人間は本質的に、だらだらと効率悪く働くのが好きです。そして多くの社長は、そんな社員の姿を見て「頑張っている」と、勘違いします。社員が面倒臭いことをやるのが好きなら、社長も面倒臭いことをやらせるのが好き。これでは儲かるはずがありません。そういう意味で、先ほどの写真は試金石です。この写真を一目見て、移動の手間を8分の1にする工夫に気づけるか。そもそも社長が気づけるか。そして社員はどうか。現場の底力が問われます。【A】移動の手間が8分の1に。大幅な効率アップ
【Q35】大事な情報はアナログで共有。それはなぜ?次の写真は、仕事の「見える化」の実例です。同じ職場で働くスタッフのスケジュールを、オフィスの壁に大きく貼り出し、情報共有しています。
この部署が手掛けているのは、飲食店などのお客様に、ゴキブリなどの害虫獣駆除のサービスを提供する「ターミニックス事業」です。スタッフは、お客様の店舗を定期的に訪問します。青や白のマグネットを使ったスケジュール表から、3人のスタッフが各自、何月何日の何時に、どのお客様を訪問してサービスを提供するかが、一覧できます。青や白のマグネットに、お客様の店名が書かれています。片面が青で、裏が白です。サービスを提供する前は青い面を表にして、終わると、裏返して白にします。だから、担当者が予定通りに仕事を進めているかが一目瞭然。ヌケモレを防げます。マグネットから分かる情報は、それだけではありません。先ほどの下の写真を見てください。お客様の店舗の所在地と、1回当たりのサービス単価が書かれていて、請求のミスなどを防いでいます。さらに、オレンジや赤、白など、様々な色の丸いシールが貼られているのに、気づかれたでしょうか。これらは色ごとに意味があり、「お客様からカギを預かっている」「このお客様は、特に丁寧にあいさつしないとダメ」といった具合です。こうしておけば、新人スタッフも初日から、何に注意したらいいかが明確に分かります。礼儀にうるさいお客様に、新人がおざなりな挨拶でクレームを招くといった事態が防げます。上司がこと細かに教えなくても仕事のコツが分かり、指導の手間が省け、新人のストレスも軽減できます。最近では、このような職場での情報共有に、グループウェアの「サイボウズ」をはじめ、IT(情報技術)ツールを導入する企業も増えていて、我が社も積極的に活用しています。しかし、本当に大事な情報は、絶対にアナログで共有します。なぜなら、ITツールを活用したデジタル情報の使いこなしは、誰にでもできないからです。自分から「サイボウズ」にアクセスして、明日の仕事のスケジュールを確認する。こういう働き方は、ITが使いこなせるだけでは不十分で、高度な自己管理能力が求められます。一方、先ほどの写真のように、壁に大きく掲示されれば、誰だって嫌でも目に入ります。自己管理能力が低くても、必ず、自分のスケジュールを確認し、それに従って行動する。こんな話をすると、次のような勘違いをする人が出てきます。「うちの会社(職場)は、自己管理能力が高い人ばかりだから大丈夫」「自己管理能力が低い人だけ、アナログで管理すればいい」「そもそも自己管理能力を高める教育をすることが重要ではないか」
このような考えが間違っているのは、なぜか。まず、会社の仕組みは、基本的に能力が低い人を基準に設計すべきです。今いる社員が高い能力を持っていても、です。会社は絶えず、新しい人材を入れます。ITで管理をしている職場に、ITスキルが低い新人が入ってきたら、どうなるか。仕事を教えられません。能力が低い新人でも、最初からある程度の仕事をしてもらわなくては、会社は儲かりません。だから、最初から必要なことは、絶対にアナログで情報共有する。そして、アナログで情報共有する仕組みをつくったら、全員が同じ仕組みを使う。自己管理能力が高い社員に例外を認めたら、仕組みの運用が面倒です。そもそも、自己管理能力は、一朝一夕に身につきません。個人差も大きく、頑張っても、一生、身につかない人もいます。そういう人が会社にとって不要か。そんなことはありません。自己管理能力は低いが、コミュニケーション能力は非常に高い。そういう人には、弱みを潰すより、強みであるコミュニケーション能力の発揮に力を入れてもらったほうが、会社のメリットは大きいです。会社の仕組みは、能力が低い人でも成果を出せるようにつくる。多くの経営者や幹部は、「社員全員が、仕事ができる人」の前提で、仕組みをつくります。ここに落とし穴があります。「仕事ができる人」を前提とした仕組みに、「仕事ができない人」を置くと、まったく身動きが取れない。しかし、「仕事ができない人」を前提とした仕組みのなかに「仕事ができる人」を置いても、ほとんど問題は起きません。そして、「仕事ができない人」を前提とした仕組みは、超アナログ。壁に色とりどりのマグネットを貼ったスケジュール表は、その一例です。【A】「能力の低い人」に合わせたら、アナログになる
【Q36】お客様の声をアナログで共有。それはなぜ?お客様の声に真摯に耳を傾け、お客様の様子を注意深く観察する。その重要性は、どんなに強調しても、強調しすぎることはないでしょう。最近は、お客様とのコミュニケーションもITを活用する場面が増えましたが、お客様満足を高めるには、アナログのコミュニケーションが欠かせません。人間が深い喜びを感じるのは、他人に手間をかけてもらったときです。「ITで効率化」は、業務連絡や経費精算などのバックヤード。そこで浮いた時間を、お客様と直に接するフロントエンドに回す。それが原則です。次の写真は、家庭向けの清掃サービスを手掛ける「サービスマスター(SM)事業」の部署が、お客様の声を集めるために考えたアナログのツイッターです。スタッフが現場でお客様から聞いた声をフセンに書き、貼り出します。誰が一番多く集めているかが一目瞭然。クレームや褒め言葉などに分けてフセンの色を変えて、どんな声が多いかもパッと見て分かります。
このようなお客様の声は、デジタルでも共有できる。では、この部署はなぜ、アナログなフセンで共有しているのか。まず、みんなに見てほしい大事な情報です。それに加えて、そもそもアナログで入った情報です。メール発注など、デジタルで届いた情報のプリントアウトは、余計な手間がかかるだけでムダです。社内は「デジタルのまま流通、処理」が効率的です。しかし、口頭で受けたクレームの情報をデジタルに変換すると、意外に手間がかかります。会話の流れを思い出して文章化し、キーボードで入力。これは面倒です。しかも、手間がかかるわりに、うまく書けません。ほとんどの人は、アナログの情報が持つリアリティーを、デジタルで再現するだけの文章力を持ちません。アナログで入った情報は、アナログで処理したほうがいい。クレームの重大性は、口頭の報告が早く、正確に伝わります。そこで私は、ボイスメールを頻繁に使います。サービスマスターのスタッフを通じて、お客様の声が届くのは、ご自宅で清掃したとき。まさにアナログな現場です。お客様と会話しながらiPadにメモを残すなら効率的ですが、さすがに失礼です。許されるのは、せいぜいフセンにさっとメモする程度です。ご自宅を後にしたら、「デジタルに入力」より「アナログに手書き」が早い。デジタルな手法を使うと、作文に時間がかかりがちです。部下を褒めたり、叱ったりも同じです。部下の頑張っている姿、サボっている姿は、アナログの情報です。それに対する自分の気持ちを、デジタルで伝えるのは、作家並みの文章力を持たないかぎりはムリです。だから、口頭で返す。手書きのハガキを出す。手間ひまをかけた事実で、思いの深さが伝わるのも、アナログな手法の良さです。【A】アナログな情報を、デジタルに変換するのは大変
第7章……従業員満足は、コミュニケーションの強制から
【Q37】なぜ管理職に「現場同行100回」を求めるか?
武蔵野のオフィスには、「現場同行50回帳」「現場同行100回帳」と書かれた模造紙が貼られています(次ページ)。
新任の管理職が、部下と一緒に現場に行った回数をフセンで数えます。原則として、課長は100回、部長は50回が義務です。課長の100回のうち、前半50回で、これから所管する部署の仕事を把握させます。現場を知らない上司が、とんちんかんな指示をして、部下との関係が悪化するのを防ぐためです。後半50回は、上司と部下がコミュニケーションを深めるのが狙いです。家族や恋人などプライベートの情報を共有し、マンツーマンの指導を効果的に行うのに不可欠な、人間関係の基盤を整えます。課長、部長に初めて昇格した場合、この現場同行が終わるまで、新しい職責の管理職手当は支給しません。達成した時点で、就任日に遡って支給します。人材教育は、本質的に手間がかかります。そんなこと、分かっているよ──。そう思われる経営者に、お尋ねしたい。会議室に社員を集め、講師の「ありがたいお話」を聞かせただけで、教育した気分になったことはありませんか。社員が仕事を覚えるプロセスは、子供が自転車に乗るのと似ています。座学でどんなに説明してもダメです。だから、学ぶ前に行動させる。「考」の前に「行」です。加えて、個別指導がカギを握ります。初めて自転車に乗ったときにつまずくポイントは人それぞれです。だから、個々に合わせた説明が必要です。すると本人が頭で考えはじめて、習熟が早まります。このような手法は、先生1人に生徒3人が限界です。生徒4人以上は、習熟度の低い人が先生の目を盗んでサボります。理想はマンツーマンです。会議室で一斉に講義を受けさせるより、手間もコストも膨大です。しかし、手間をかけなければ、社員は育ちません。だから私は、新任管理職に「現場同行100回」を義務付け、マンツーマンで部下指導を求めている。ただ、こんな仕組みを中小企業が導入したら、現場の負担が重すぎて、社員が悲鳴を上げる。お客様に手が回らなくなり、ライバル会社に負けます。そこで我が社では、ITの活用で業務を効率化して、事務の負担を極限まで抑え、社員同士やお客様とのコミュニケーションに、たっぷり時間を取れるようにしています。アナログな人材教育とデジタルな効率化は、中小企業を発展に導く車の両輪です。【A】部下の「個別指導」を、上司に強制する
【Q38】なぜ、「サシ飲み」を申請させるか?我が社は、上司と部下の「サシ飲み」を、明確に義務づけています。上司は毎月1回、部下と1対1で飲みに行く。同じ部下と2カ月連続で行くのは禁止。部下が1人だけの上司は、3カ月に1回でいい。そんな公式ルールを、明文化しています。さらに、「サシ飲み」の後、次の写真のような報告書を提出させます。領収書と証拠写真の添付を求めます。それらを一覧できるように、本社の会議室の壁に貼り出しています(その次の写真)。
なぜ、ここまで詳細な報告を求めるのか。「サシ飲み」に、最大で1組5600円の補助を出しています。その不正受給を防ぐため。そう考えることもできますが、本質ではありません。社長が「社員がやるべき」と思って、「やれ」と指示したことを、言いっぱなしにしないためです。社長が「やれ」と号令しても「やらない」のが正しい社員の姿です。人間の本質です。本気でやらせるなら、基準の設定とチェックの仕組みが必要です。私は、「儲かる会社をつくるには、上司と部下の『サシ飲み』は必要不可欠であり、『サシ飲み』が上司の義務である」と、本気で思っています。だから、「毎月1回」の基準を定め、それが守られたかを「報告書提出」の仕組みでチェックしています。2カ月連続で未提出の上司は、始末書です。半期に始末書2枚で賞与半減。サボる上司は厳しく指導します。そこまでやらなくては、「社長は本気だ」と、社員が思いません。「軽い思いつきで、そのうち忘れてしまうだろう」と考え、様子見を決め込みます。ただ漠然と、「部下とコミュニケーションをとってください」とか、「『サシ飲み』の機会をつくりましょう」と言うだけでは、社員は絶対、動きません。なぜ、上司と部下の「サシ飲み」が必要か。上司は必然的に、部下を叱らなければなりません。コミュニケーション不足の上司と部下は、関係をこじらせます。仕事で部下が失敗しても、個人攻撃や人格否定をしないのは当然です。コトを叱って、ヒトを叱らない。これが鉄則です。しかし、どんなに上司が冷静に叱っても、反感を覚える部下はいます。根本的な問題は、上司と部下の間に「1対1」の人間関係ができていないことです。上司にとって、自分は「たくさんいる部下の一人」。この距離感で、部下は上司を見ています。要するに「1対n」の人間関係です。この関係で叱られると、どんな正論でも、部下はカチンときます。「私のことをよく知らないくせに、心のなかまで土足で踏み込んできやがって」です。だから上司は、部下を叱る前に「1対1」の人間関係をつくる。それに役立つのが、「サシ飲み」です。我が社は、部下と飲むときの段取りも管理職に指導しています。最初は上司から15分ほど、故郷や家族、昔の恋人の思い出など、自分のプライベートについて話します。それを受けて、今度は部下が15分、自分のことを話す。こんな流れでやると、どこかでクラッチ
が合い、自然と打ち解けます。【A】「上司の義務」だと、明確に示すため【Q39】「サンクスカード」を書かせる教育的効果は?社員のモチベーションアップに一番、効果があるのは何か。ほとんどの人は、直感的に正解を知っています。仕事で褒められることです。それなのに、部下を褒める経営者も幹部も少ない。部下を褒めるのに1円のコストもかかりません。なのに褒めないのは、もったいないことです。企業規模を問わず、赤字会社の共通点は、経営者と幹部が、部下を褒めないことです。コストゼロで、社員のモチベーションを上げる方法があるのに、その手間を惜しんでいるから、本気で業績を上げる気になれない。武蔵野は、すべての部署に「サンクスカード」を入れるボックスを用意しています(次ページ)。社員全員分あります。仕事で「ありがとう」と伝えたいときは、カードに書いて相手に渡します。社員が前月、何枚のカードを書いて送り、何枚を受け取ったかも、ボックスに表示します。
こうすれば、誰がたくさん書いて、たくさん受け取っているかが一目瞭然。数の少ない社員は、肩身が狭く感じます。だから、サンクスカードの流通量が増えます。今では、従業員数760人の会社で、年に約7万枚が流通しています。こんな半ば強制的な形で、社員に「ありがとう」と書かせることに、抵抗を感じる人もいるでしょう。しかし、自然に任せたら、経営者も幹部も、そして社員も、永遠に「ありがとう」と言えません。私自身がそうでした。30年ほど前は、部下を褒めるどころか、暴言社長。そして会社の業績は低迷していた。サンクスカードの仕組みは、仲間の会社から単純にパクりました。実際やると、他人を褒めるのは難しいです。褒めるには、その人のことをよく観察しなければなりません。そのうえで、その人ならではの美点を言葉にするのは、とても面倒です。面倒なことを自発的にやるなんて、よほどの聖人君子でなければ、できません。けれど、強制されて続ければ、凡人でも変わります。部下の長所に気づき、最初より上手にできるようになります。これぞまさに成長です。サンクスカードの強制の効果は、褒められた社員のやる気を上げるだけではありません。褒める側の気づきの力も高めます。むしろこの人材教育の効果のほうが重要です。こうして社員が育ち、会社が明るくなり、業績が上がった。だから、「ありがとう」の強制は、正しい。私は毎日、褒める材料を探して幹部の話を聞き、ネタを見つけて、社員にハガキを書き、ボイスメールを送っている。この活動に毎日1時間使います。昔と違って、私が聖人君子になったわけではありません。儲かる会社をつくるため、経営者がすべきことを突きつめたら、必然的にそうなった。社員を叩きのめすように叱るのは愚かで、褒めまくるのが賢い。そんな事実に気づきました。【A】他人を観察させ、気づく力を高める
【Q40】企業間の競争は今、「何の奪い合い」なのか?「いい人を選んで採用したい」「やる気のない社員には辞めてもらって、いい人と入れ替えたい」──。それが、多くの経営者の本音でしょう。そして実際、その戦略が正しい時代もありました。しかし、悲しいかな、そんな贅沢な時代は終わった。まさに今、企業間の競争のルールが変わった。競争の基準が「売り上げの奪い合い」から、「人の奪い合い」にシフトしました。このうねりは、1980~90年代に、大量生産型の企業が衰退し、少量多品種生産の企業が伸びたことに比肩するほど、大きなものです。人手不足が原因で店舗を閉鎖したり、倒産したりする企業が話題になっています。私が経営指導する中小企業でも、受注できる仕事は山ほどあるのに、人手が足りないばかりに受注できない悲鳴を聞きます。売り上げの確保より先に、人手確保に知恵を絞るべし。働く人を一定数確保できれば、売り上げは後からついてくる──。極論すれば、これからの企業経営のセオリーです。社員との関係も、おのずと変わります。働きたい人が多くて、企業が選べた時代は終わり、働き手が企業を選ぶ時代です。しかし、悲観することはありません。ゲームのルールが変わるとき、新しいルールにいち早く適応すれば、大逆転が可能です。【A】「売り上げの奪い合い」から「人手の奪い合い」に変わった
【Q41】「もったいない」は、正しい価値観か?「人手の奪い合い」は、生産性の向上がカギです。環境整備と業務改善がますます重要です。加えて、設備投資です。我が社は、全部署にウェブカメラを取り付けています。誰が席にいるのかを、すぐ確認できて便利です。iPadも発売直後から大量購入し、社員とパート・アルバイト全員に600台を配りました。こういう投資に、中小企業の社長は尻込みします。すごくお金がかかると思い込んでいます。ちゃんと調べれば、そんなことはありません。あらゆる電子機器が安くなっている今、この手のウェブカメラは1個当たり5万円ほど。中小企業にも手が届く設備です。日本語に「もったいない」という言葉があります。家庭生活で大事にすべき考え方だと、私も思います。しかし、会社経営に、この日本人特有の美学を持ち込むと大きな弊害があります。効率を上げるには、絶え間ない投資が不可欠です。まだ使えるパソコンでも、もっと性能が良くて、仕事のスピードが上がる新機種が出たら、すぐさま古いのは捨てて、新しいのを買う。そこで「もったいない」という価値観を捨てなくては、儲かる会社はつくれません。【A】家庭生活では〇。会社経営ではNG
第8章……基準を定めて、チェックしよう
【Q42】「やれ」と指示した後に、するべきことは?
武蔵野は4週間に1度、全社が張りつめた空気に包まれます。「環境整備点検」が、実施されるからです。社長と幹部が1日かけて全部署を回り、整理整頓や掃除など、環境整備の実施状況を点検します。部署ごとに21項目をチェックして採点し、3回連続で高得点を取った部署は、メンバー全員が2000円のご褒美を獲得し、賞与が増えます。逆に得点が低ければ、賞与は減ります。次の写真は、環境整備点検日の早朝の一コマです。本社社屋の2階の窓を、社員が外側から念入りに拭いてます。
こんな社員の姿を見た人は「武蔵野の社員さんは、真面目だなあ」と、感心しますが、実のところは前述の通り。お金に釣られているのです。環境整備で社員教育する経営手法は、私の専売特許ではありません。今となっては伝説のコンサルタント、故・一倉定先生の教えに従ったもので、武蔵野創業者の故・藤本寅雄も熱心に取り組みました。環境整備の実施状況を、社長と幹部でチェックする仕組みは、私のオリジナルです。部下に「やれ」と命じて、「はい」と返事が返ってくると、社長も幹部も気が緩みます。「はい」と答えが返ると、やってくれると信じます。しかし、口約束と実行は別の次元です。部下の実行の担保は、上司が現場に足を運び、自分の目で確かめなければできません。私は、藤本の時代から、社長がどんなに「環境整備をしろ」と言っても、社員がサボる現実を見てきました。当時、社員だった私も当然サボっていた。だから、社長になって、「環境整備で業界一になる!」と宣言した後、現場でチェックを行った。それも、「●月●日に、チェックします」と予告してから行きました。これが、環境整備点検の始まりです。点検日を指定すれば、社員は嫌々ながら、環境整備をやります。いつやるかといえば、点検の前日、あるいは当日の朝です。直前に慌ててやります。そういう社員を責めるのは愚かです。締め切りの直前に慌てて仕事を片づけるのは、人間の自然な性です。しかし、慌ててではあっても、社員が言われたことをきちんとやる会社と、やらない会社では、どちらが強いか。答えは明白。しかも雲泥の差がつきます。【A】点検日を予告して、チェックに行く
【Q43】社長が現場を回れば、十分か?私が現場を点検に回ると、社員は必要最低限の力で環境整備を始めました。最低限の力なのに、本人は一生懸命のつもりです。これが曲者です。社員は皆、自分なりに一生懸命、整理整頓や清掃に取り組んで、しかも結果に個人差があります。点検では「○」と「×」をつけます。すると、「×」をつけられた社員は、不満に思う。「こっちは一生懸命やっているのに、なんでだよっ!」そこで、私は気づきました。「見せなければ、分からない」根本的な問題は、私と社員の価値観が一致していないことでした。私が考える「きれいな現場」と「汚い現場」の違いが、社員に分からなかった。原因は、現場を一緒に見ていないことでした。現場で1カ所ずつ、「ここはきれいですよね」「ここは汚れていますね」と確認し、価値観をすり合わせないから、お互いの「きれい」と「汚い」の基準が一致しなかった。そこで、環境整備の点検に、社員を同行させました。さらに同行した社員に、点検の一部を任せた。すると、「×」をつけられた社員も納得する。「確かにこの部署は、うちより整頓ができている」「自分は頑張っているつもりでも、ほかと比べれば、まだまだなんだ」と。
私は、こんな例え話をします。「『あそこの店に、きれいな娘さんがいる』と、言葉で100回言っても、伝わらないよ」と。なぜなら、「きれいな娘さん」の基準は人によって違います。あなたの基準は、どれほど言葉を重ねても伝わりません。けれど、1回でも一緒に「きれいな娘さん」を見せれば、正確に伝わります。社長一人が現場をチェックするだけでは、会社は変わりません。社員と一緒に現場に行き、時と場所を共有しながら、価値観を合わせる。手間はかかるが、地道な積み重ねが、強い会社をつくる第一歩です。【A】社員にも見せなければ、伝わらない
【Q44】評価基準をつくるコツは?武蔵野の環境整備点検のチェック項目とはどのような内容か。主な項目をざっと紹介します。□文房具が所定の位置に向きをそろえて置かれているか□掲示物が4点で留められているか□掲示物が水平に掲示されているか□「」、□蛍光灯の型番の表示を見て、向きがそろっているか□蛍光灯をさっとなでて、手に汚れがつかないか□パソコンを移動させたとき、周囲に汚れがないか□キーボードの間やモニターの角を綿棒でなぞって、汚れがつかないかこれらは、整頓や清潔のチェック項目として比較的分かりやすい。
そのほかに、武蔵野独自の仕組みが、きちんと運用されているかをチェックする項目もあります。以前に紹介した(こちらを参照)、部署ごとの月次の粗利益と営業利益を示す表が、会社のルール通りに記入されているか。このあとに紹介する(こちらを参照)、「業務改善シート」が3カ月分、きちんと掲示されているか、といったことです。要するに、会社が「やれ」と、社員に指示しても、社員がなかなか「やらない」ことを、どんどん点検項目に加えた。環境整備点検の点数は、その部署のメンバーの人事評価に反映され、賞与の額を左右します。お金がかかっているから、皆、必死にやります。こうして、会社の方針が末端の隅々まで行き届く、実行力の高い組織ができました。環境整備の点検項目は、今では社員が変更します。私の役目は社員の提案の承認だけです。自分の提案が会社の方針に変わると面白いので、社員は活発に提案します。その結果、現場に要求されるレベルはどんどん上がり、自分で自分の首をしめていますが、社員は喜んでやっています。ただ、ここまで読んで、「うちの会社でも環境整備点検を始めよう」と思い立った人に、ぜひとも注意してほしいことがあります。それは、最初から評価基準を上げすぎないことです。環境整備点検に限った話ではありません。多くの会社が、評価基準を厳しくしすぎて失敗しています。子供に自発的に勉強させるには、どうしたらいいでしょうか。賢い学習塾は、こんなやり方をしています。生徒が入塾後、最初に受けるテストを易しくして、みんなに高得点を取らせる。するとお母さんは「偉いね」と、子供を褒めます。だから子供がやる気を出して、勉強に励む。そこで次のテストは、前より少しだけレベルを上げる。とはいえ、子供たちは勉強するから、今度も高得点を取り、モチベーションを維持します。こうすれば、子供に余計なストレスを感じさせることなく、その実力を確実に引き上げていけます。しかし、多くの学習塾が、その逆をやります。いきなり難しいテストで低い点を取らせ、やる気を奪ってしまう。社員教育も、同じ轍を踏む企業が目立ちます。私が、環境整備点検を始めたとき、工夫したことが2つあります。
第1に、採点を120点満点にしました。こうすれば、20点の減点でも100点。普通の学校のテストなら満点の数字です。だから、100点満点で80点を取るよりうれしいと考えました。第2に、120点を取れる部署が出るように、採点基準をいったん緩くした。110点、115点の部署は、あと少しの努力で満点が取れるので、満点を狙って頑張ります。こうして全体のレベルを上げて、採点基準をまた戻した。何年も続けるうち、会社の隅々までピカピカになりました。今では、会社を訪れた人たちから「社内がきれいですね」と褒められるので、社員のやる気は増すばかりです。必要なのは、発想の切り替えです。「努力したら満点をあげる」のでなく、「最初に満点をあげて努力させる」。人手不足が深刻化する今後、ますます有効な考え方ではないでしょうか。【A】わざと満点を取らせて、やる気にさせる
【Q45】社員を規律正しくするコツは?武蔵野の早朝勉強会を見学した人が最初に驚くのが冒頭、我が社の「経営理念」と「七精神」の唱和です。全社員が背筋をぴんと伸ばし、喉が張り裂けんばかりの大きな声で唱和するので、多くの社長が疑問に思います。「どうしたら今どき、こんなに規律正しい社員を育てられるのか」答えは簡単で、練習をさせるからです。年に1回の経営計画発表会と半期に1回の政策勉強会は、若手社員から2人を選抜し、経営理念と七精神の唱和の「導師」に任命します。当日は、導師が大きな声で経営理念を読み上げると、それに続く形で全社員が唱和します。導師は大役で、選ばれた若手は緊張します。しかも、導師はリハーサルの際、声の大きさを音量計で計測されます。男性100デシベル、女性は95デシベルが基準。超えないと不合格です。合格するまで、何回でもやり直しをします。
最初のころは、合格までに1時間かかることもざらでした。導師が合格しないことには、リハーサルが終わりません。本人はもちろん、リハーサルに参加する社員全員が疲れます。だから、みんなが必死になります。導師に選ばれると、本人に気合いが入るのはもちろん、上司や同僚も「頑張れっ!」と、圧力をかけます。なぜなら、早くリハーサルを終えて、本番の前に休憩する時間がほしいからです。動機は不純です。けれど、不純な動機で頑張る結果、大声で唱和するのが当たり前になり、見学者に感動を与えます。「こんなに礼儀正しく、規律ある社員がそろった会社はほかにない」と、褒めてもらえます。礼儀正しく、規律ある社員を育てるのに、社員の心が変わるの待ってはいられません。そもそも社長一人の力で、社員の心を美しく変えることなどできません。できると思うのは、過信であり、傲慢です。だから私は、不純な動機で社員を追い込み、行動を変えます。礼儀正しく、規律ある行動を取らざるをえないよう、強制的に仕向けます。社員の行動を変えるには、道具が必要です。それが音量計です。漠然と「大きな声を出せ」と言われても、どのくらいの大きさならば十分か、社員には分かりません。道具を使って、「男性100デシベル」「女性95デシベル」という、明確な基準を示します。そして、この基準を満たしているかを、道具を使ってチェックする。すると、社員の行動が変わります。行動が変わると、気持ちが変わります。見学した人に褒められてうれしくなり、経営理念の唱和時に一体感の心地よさを味わいます。こうして、いつしか心も変わっていきます。形から入って、心に至る。環境整備の底流にあるこのセオリーは、礼儀、規律にも当てはまります。【A】「行動の基準」を数字で示す
第9章……会社のなかをパクッて歩こう
【Q46】優良企業を視察する前に、見せるべき場所は?
武蔵野は全部署に「黄色ボード」と呼ばれる、次ページの掲示物があります。その部署が最近、実施した業務改善を3つ、A4サイズのシートで説明します。
重要なのは、シートの下にある、評価の欄です。評価結果に加えて、評価者の名前と所属部署、評価した日付を書く欄があります。違う建物にある部署の社員が評価するのがルールです。ルール通りに他部署の社員の名前がないと、環境整備点検で減点されます。その狙いは、評価を名目に「社員に他部署を見に行かせる」ことです。儲からない会社の共通点は、社員が他部署を知らないことです。知らないどころか、見たことも、足を踏み入れたこともありません。ホテルなら、フロントに配属された人は、ずっとフロントにいて、客室にも厨房にも入ったことがないといった具合です。だから、フロントの人はフロントのことしか知らないし、客室の人は客室、厨房の人は厨房しか知らない。ホテル全体のことをお客様に説明できるスタッフは1人もいません。こういうタコツボ化した会社が、えてして社員に競合他社の視察をさせます。はっきり言って、ムダです。業務改善で最も効果的なのは、自社ですでに結果が出ている取り組みを、横展開することです。なぜか。第1に、成功確率が高い。他社の成功事例のマネは、前提となる競争条件が違うために失敗することが多い。自社のマネなら、競争条件は同じです。第2に、マネされた部署のモチベーションが上がります。第3に、社員の気づきの力が上がります。他部署をマネして成功した体験があると、社員の他部署を見る目が変わります。日ごろ、見慣れた景色のなかに、自分の仕事に役立つ何かが隠れている。そういう視線で社内を見るので、今まで気づけなかったことに気づきます。結果、業務改善が加速します。こうして違いに気づける社員が育った後なら、優良企業を視察し、ベンチマークするのもいいでしょう。自社と他社の違いも分かります。【A】自社の他部署を見せるべし【Q47】気づけない人に、気づかせる方法とは?結果を出せない社員に2つのタイプがあります。1つは、ほかの人が実践している「いい方法」に気づけない人。もう1つは、「いい方法」に気づいているのに、面倒臭いから実践しない人です。
どちらが上司にとって指導しやすいか。後者です。「面倒だからやらない人」を変える方法は多くあり、即効性が高い。しかし、「気づけないからやらない人」は、一朝一夕に変えられません。では、気づける人を育てるため、何をすべきか。多くの経営者は訓示する。だから効果が上がりません。私は、社員に他部署を見せる。さらにそこに、カンニングの仕組みを取り入れています。武蔵野で、力を入れている社員教育の取り組みに「バスウォッチング」があります。社員とパート・アルバイトが、社内の全部署を1日がかりで視察します。年に十数回の開催で、各回の参加者は30人ほど。社員は年1回の参加が必須です。バスを貸し切り、パート・アルバイトには日給を支払います。各部署で、現場の人が「3押し」を発表します。自分たちが整理整頓や業務改善で、特に工夫しているポイントを3つ選び、解説します。狙いは、2つあります。1つは、特定の部署で成果を上げている「いい方法」を、全社に広げる。さらに重要なのは、何気ない現場の風景に潜む工夫に、自ら気づける力を育むことです。だから、バスウォッチングでは、「今日1日で気づいたこと」を、社員は50個以上、パート・アルバイトは20個以上、書いて提出してもらいます。書ければ500円のご褒美が出ます。となると、やはり皆、50個、20個を目指して、頑張ります。しかし、自分一人で数十個は、ハードルが高いです。そこでカンニングです。移動中のバスで、一人ずつ「自分が気づいたこと」を発表させます。ほかの人は、そのなかに「自分が気づかなかったこと」がないかと必死に耳を傾け、あれば「なるほど」と思ってメモします。特にいいのは、それまでは内心、「あいつは仕事ができない」と思って、バカにしていた同僚や後輩が、結構いいことを言っているケースです。「あんなやつに、オレは負けているのか」と悔しくなり、強く印象に残ります。こうして自分の手と頭を動かし、さらに感情まで揺さぶられた瞬間、その社員の「気づく力」は確実に上がります。
お金で釣って、わざとカンニングさせる。このようなやり方に、眉をひそめる人もいるかもしれません。しかし、元来、ものぐさな人間が、何のインセンティブもヒントもなく、今まで気づけなかったことに目を向けるのはムリです。だから、会社がわざわざバスを用意し、ご褒美や日給を提供してまで、強制的に気づかせるのです。【A】わざとカンニングをさせる
【Q48】「会社を変えたい」と願う社長が、陥る罠とは?「会社を変えたい」と、社長は願う。それ自体は、まったくもって正しい。強い会社の条件は、常に変わり続けることです。そこで大半の社長が間違えるのは、一度に多くを変えようとすることです。大改革の計画を練っているうちに疲れ果て、何も実行しないまま、挫折してしまう。あるいは、支離滅裂な指示を繰り返した末に社員が混乱し、すべてが中途半端に終わる。結果として、何一つとして変わらないまま、時が流れます。私は、社員に絶え間なく変化を求めるが、いつでも「1度に1個でいい」と、念押しします。それも、「一番易しいことを1個だけやればいい」と、強調します。バスウォッチングの後に「気づき」のリポートをもらうとき、そのなかから「自分が実行すること」を、1つだけ申告させます。武蔵野は従業員数760人で、バスウォッチングの参加者は、パート・アルバイトも含めると年に400人くらいです。400人の従業員が1人1個変えれば、会社全体で400個が変わります。実際は、「この1個をやります」と申告した人のうち、実行に移すのは半分より少し多いくらいです。それでも200個以上が変わります。我が社のような従業員数760人の会社で、1年に200個以上の変化が生まれれば、もう全然違う会社になります。しかも、その変化は、社長が「上から目線」で、決めたものではありません。社員自身が「現場目線」で、「こうしたら本当に仕事がやりやすくなりそうだ」と感じて、選んだ変化です。社長1人で考えて、一度に何百個もの変化を起こそうとしても、絶対にうまくいきません。しかし、何百人もの従業員が、今すぐにできることから1人1個の変化を起こせば、会社は100%の確率で、大きく進化します。【A】一度に多くを変えるのはNG。「1個」にこだわれ
おわりに2016年4月期、武蔵野は14期連続の増収を記録し、売上高は54億5800万円に達しました。前期比11%の増収です。実質的な経常利益は約5億円。経常利益率は9%以上です。かつての自社の姿を振り返れば、奇跡です。私が、創業者の故・藤本寅雄から経営を引き継いだ約30年前、武蔵野は売上高7億円で、赤字続きでした。社長になって、最初に立てた中期経営計画の売上高目標は15億円。5年で倍増。はっきり言ってムリですが、達成しました。ムリして頑張った。その後も七転八倒しながら、無謀な挑戦を重ね、そして今、夢の「売上高50億円」を達成し、利益もたっぷり出ている──。私には奇跡としか思えません。そんな奇跡が、なぜ起きたのか。武蔵野を指揮することになったとき、私はまず大号令をかけました。「環境整備で、業界一になる!」そのときには、深い理由などありませんでした。当時、師事していたコンサルタント、故・一倉定先生が常々、「環境整備が大事」と言っていたからです。社長になって真っ先に経営計画書をつくったのも、一倉先生の教えに従ってです。何をするにも、最初はそれくらい、いいかげんでいいのです。一倉先生の指導先に、業績が伸びている中小企業が多くありました。ならば、結果が出ている方法をマネてパクろう。そう考えて、環境整備に力を入れ、経営計画書をつくってみました。理由なんて、最初は分かりません。けれど、実際にやって、体験してみれば、環境整備の意義も、経営計画書の意義も、骨身に染みて分かってきます。この本でパクりのネタを見つけ、実践する人が一人でも多く出ることを願います。誰もがいきいき働く職場をつくるヒーロー、ヒロインになってください。
コメント