見通しの頂点に位置する高度5000メートルのレベルでは、人間や組織が持っている、根源的な疑間について考えていく必要がある。
その疑間とは「自分や組織の存在意義は何か」「自分や組織がどのような状態にあるか」だ。
このレベルは将来への見通しの根底にある部分で、目的と価値観という2つの要素がある。これらはどちらも同じように重要だ。
目的というのはあなたや組織が何のために存在し、どこに向かつていくかの究極の判断基準であり、価値観はあなたが守つていくべき重要な価値を反映したものだ。
目的
対象範囲
このレベルで何をすべきかを見極める際に威力を発揮するキーワードは「なぜ?」と「何のために?」である。
あなたが今も続けている活動や努力は何のためなのか、なぜこれをやつているのか、何を達成したいのか―‐と考えてみよう。
「目的」は、プロジエクトや行動の先にある「究極の目標」と考えることもできる。この目的に思いをはせることで実際に行動を起こすモチベーションが湧いてくることも多い。
顧客満足度と信頼を高められるように自社ソフトウェアの講習プログラムを考える、昇進した弟を祝福するために電話をかける、信徒のコミュニケーションを促進するために教会を増築する、といったものも「目的」になるだろう。
こうした比較的わかりやすいものはそれを達成した時点でリストから外すことができる。
一方で、もう少し深いレベルでの「目的」もある。
この場合、それらは完了させるべきタスクのようなものではなくて、常に意識しておくべきものだ。
それらが達成されるのは、その状態が維持されているときである。
ある組織の目的が、最高の製品とサービスを提供するということであれば、その目的を達成できている状態を常に維持することは可能だ(というより維持するべきである)。
つまリコンスタントに実現していく「目的」というものも存在するのだ。
管理の仕方
組織の目的を見極めたり見直したりするレベルの高い作業は、多くの場合、使命やビジョン、価値観、長期的な目標を検討して明らかにする行為と結びついている。
これも、企業や組織の幹部、オーナーや創業者、出資者などが社外に会場を借りて行う類のことだ。出てきた結論は、通常、綱領や趣意書といったかたちでまとめられる。
それにより、あらゆる部署やプロジェクト、製品、プロセスについて、「目的」より下のレベルでその存在意義を確認することが可能になる。
「○○のためにこれをやっている」「○○のために全員で努力している」「○○のためのソフトだ」といったことが明らかになってくるのだ。
個人の場合も同じようにすれば、方向性や意義を見極める最も高いレベルでの判断基準を持つことができるようになる。
それにより、「私は○○のためにこの世に存在している」と自信を持らて言えるようになるだろう。
より日常的なレベルのものについても、庭の手入れをする理由、商工会議所の理事を勤めている理由、地元で行われる手作り菓子の慈善バザーに参加する理由などを明らかにしていけるはずだ。
パーテイ、体暇、健康管理、音楽の習い事―‐あらゆるレベルの取り組みには、指針となるべき明確な目的が存在しているのだ。
これらの「目的」が最初から具体的な言葉や概念で表せる状態になっていることは滅多になぃ。ただ、すべてがうまくいっているならば無理に考えることはない。
慈善バザーの参加者全員が値段に納得しているなら、なぜバザーをやるのかを考える必要はおそらくないだろう。
だが、委員会で計画を立てているときにケーキの値段で折り合わない場合は、もつと上の高さに目を向けたほうがいいのかもしれない。
何かがうまくいつていないときには少し上のレベルで物事を考えるべき、とだけ覚えておくとよいだろう。
いつ、どのように取り組むか
先にも述べたように、「目的」については何かがうまくいつていない場合に考えるとよい。
どういう行動をとつていいのかわからなくなったときや、限られたリソースをどう分配したらいいかわからなくなったときなどだ。「目的」は、優先順位や成否を評価する際の究極の判断基準である。
例えば100人規模の結婚披露宴を開く目的が、ふだんあまり会えない人たちの交流を深めるためだとわかっていれば、披露宴のスタイルや予算を決めるのも容易になる。
そして、その目的の達成度が高ければ(この場合は自分の提供した場で参加者の交流が深まったかどうかが判断基準となる)、終わつたあとにそれだけ充実した気分を味わうことができる。
また、折にふれて自分がしている活動の、根源的な「目的」について考えてみるのもいいだろう(他に関係者がいれば、その人たちも交えて話し合うといい)。いちばんいいのは、その活動を始めるときに考えることである。
最終的な目的がわかっていると、そこに至るための創造的で独創的なアイデアも浮かんできやすい。また、選択肢を選ぶさまざまな判断基準もできてくるだろヽつ。
このレベルで考える必要が出てくるもう1つのケースは、リソース配分に関して問題が生じてきたときだ。
時間とお金が無限にあるのなら、どのようにリソースを振り向けていくかでそれほど迷うことはない。
だが、予算や、時間(通常はこちらのほうが問題であり、かつ重要である)が限られていて、取り組むべき対象を絞り込まなければならないときには、やはり目的について考える必要が出てくる。
○○社を買収するべきか、リサーチにもっと予算を回すべきか、サンフランシスコにもオフィスを置いたほうがいいかといったことを考えるときには、目的がはっきりしていたほうがいいのは間違いないだろう。
個人の場合も同じだ。
大学院に進むべきか、この機会に転職するべきか、2人の年齢を考えてそろそろ養子を迎えるべきか、この人と結婚したほうがいいだろうかといつたことは、目的がわかっていれば判断がしやすくなる。
新たな取り組みを始めるときや、取り組みに関わることがことごとくうまくいつていないときは、「なぜこれをやつているのか」と考えてみることだ。
事態が混沌としているとき、モチベーションが湧かないとき、物事が前に進んでいないときも「目的」について考えるといいだろう。きっと何らかの進展があるはずだ。
目的の究極のパワー
結局何のためにこれをしているか、という最終的な「目的」は、優先順位を決定する最大最良の判断基準となる。この点はどんなに強調しても強調しすぎることはない。
どこに行くのかがはっきりしていないなら、どの道を進んでもかまわないことになる。逆に言えば、今歩んでいる道が少しでも気にかかるなら、どこに向かつているかを確認しなくてはならない。
自分を見つめ直したり、組織を高い視点で見直してムダを省く作業は、いつ、どこでやつても、それなりの成果が得られるはずだ。
その成果ははっきり目に見えるものではないかもしれないが、大きな意味を持っているのは間違いない。
「人生の目的や組織の目的を見極めよう」などと言われると、たいていの人はプレツシヤーを感じ、きちんと取り組んでいく準備のないままに答えだけを出そうとしてしまう。
けれども、最も高いところをしっかり見据えたうえで、そこに向かっていけるようにすべてのエネルギーとリソースを振り向けて調整していけば、すべての行動を適切に選択して実行していくことができる。
これこそが、人生というビジネスと仕事というゲームで成功をおさめていくための、最も効果的かつ生産的なモデルに他ならない。
とはいえ、「自分が何をしようとしているのか」というデリケートで奥の深い疑間に向き合っていく自信がまだないという人もいるかもしれない。
自分がしていることや興味を持っていること、関わっていることの底流にあるものを探りながら、試行錯誤している段階の人もいるだろう。そのような人は、その事実を素直に受け入れればいい。
この部分の認識は高い次元のことであり、だからこそ大きなパワーが秘められているわけだが、それだけに、無理に考えたり、頭でつかちな議論で結論を出そうとすると、むしろ悪い結果になることもある。
そのようなことを明らかにして向き合っていく準備が整っていないのであれば、無理に今すぐ考える必要はない。
それができる日が来るまで、今の生き方を楽しみ、さまざまな経験を通じて学んでいくことだ。
自分が存在する根源的な理由に目を向ける作業を、意識が十分に高まっていない人がやると、逆につまずいてしまい、心が内向して自信を失い、自分の殻に閉じこもってしまう恐れがある。大きな視点は拠って立つ基盤になるとは限らず、逃避の口実にもなりかねない。
私はこれまで、目的や社会における使命を完璧に認識し、自信を持って宣言できているという、設立したての会社や組織にお目にかかったことはない。
少なくともそこに到るまでには5年ほどはかかるのではないだろうか。その会社や組織の目的はもちろん設立当初から存在している。創業者や発起人の心の中に、何かの志がきっとあったはずである。
だが、それを明確に意識して概念を固め、具体的なものとして宣言するには、組織の本質を理解して敷行していけるレベルの、厚みのある経験と円熟した意思が必要であり、それなりに時間がかかる。
個人の場合も、自分がこの世界に生まれてきた理由を、もろもろの現実や理念を含め、すべてのレベルにおいて本当の意味で自覚するのにはとてつもない時間がかかるはずだ。
もし、そのような認識に至っている人がいたら、私は彼を心の師と崇めてその一言一句に耳を傾けるだろう。
私が指導していて楽しいのは、「健全な懐疑心」を持った人たちである。
この手の人たちは、どんなモデルや仮説に対しても、本当に正しいのだろうかという疑間を持つ。すぐに効果を確かめられないようなもので時間をムダにしたくないからだ。
その下万で、新しい考え方やモデル、薦められたやり方を試してみようという柔軟性があり、導入にも意欲的なことが多い。
役に立つものがあればきちんと理解して、積極的に活用していきたいと彼らは考えている。また、子どもに「どうして生まれてきたんだと思う?」と問いかけてみるのもいいだろう。
子どもは大人のように世間の考え方に染まっていないので、固定観念や雑念にとらわれずに直観的に答えを出せる場合がある。
きっと思ったことをストレートに話してくれるだろう。「なぜ」の問いかけは、いつ、どこで、誰がやってもいい。ただ、はつきりした答えが出てこないなら無理に考える必要はない。おそらく時間がムダになるだけだ。
この問いかけの答えは、通常、時間が経つことで変わるようなものではないので、焦る必要はまったくない。
価値観
対象範囲
優先順位やリソースの配分を判断するときに、「目的」と並んで最も高い位置にあるのが、あなたが抱いている「価値観」である。
イタリア語講座に通う目的は、知識や文化的見識を広めるためかもしれない。だがその一方で、学習体験そのものに関する基準もあるはずだ。それが満たされるかどうかで、続けるかどうかも変わってくる。
それは例えば、実際の勉強が面白いか、思ったようなペースで学ぶことができるか、払ったお金に見合う体験であるかといったことだ。
「価値観」も「目的」と同じように、自分や組織の極めて深い部分にある、根源的な判断基準と言える。
私たちは誰もが価値観を持っていて、生きる指針としている。
いわば、何を許容できて何を許容できないかを判断する、感情的、知的、物理的、精神的なものさしだ。
「どこで働いていても、何をしているときも、これだけは譲れないというものはありますか」と尋ねられたら、あなたはどう答えるだろう。
どのような答えであれ、それが、あなたが仕事や働き方に関していちばん重視している価値観である。これは人生の他の分野についても考えることができる。
「どこに住むとしても、これだけは譲れない」「誰と結婚するとしても、これだけは譲れない」といったことについて真摯に考えて答えを出せば、いちばん上のレベルで最も大切だと感じていることを明らかにしていくことができるだろう。
企業においても、従業員や組織レベルでこの高さのことを考えれば、成功につながる重要な行動規範が明らかになるだろう。
あなたの会社では、カスタマーサービス、品質管理、コミュニケーションがどれだけの水準なら合格点を与えることができるだろうか。
価値観、判断基準、方針、行動規範と、呼び方はいろいろあるが、組織にはそのようなものさしが少なくとも3つ以上はあるはずだ(多いところなら30くらいあるかもしれない)。
お客さんの期待を上回る製品やサービスを提供する、従業員を育成する、株主の利益を高める、営業地域の法律を遵守する、地域社会に貢献するといったものがそれらにあたる。
私はボーイスカウトのモットーを今でもはっきり覚えている。
有名なので知っている人も多いと思うが、「信頼される、裏切らない、助ける、仲よく、礼儀正しく、優しく、素直に、元気に、節約する、勇気を持つ、清潔に、人を敬う」というものだ。
私の会社でも「何が達成できていれば最高のパフォーマンスを発揮できるか」について考え、24の答えを導き出した。
例えば次のようなものだ。
・確かな関係を創って、維持し、広げていく。
・高い生産性と効率を達成する。
・開放的な環境で豊かなコミュニケーションを実現し、最新の情報、疑問点、明快な認識、アイデアを共有していく。
いちばん上の高さで価値観に目を向けると、会社の個性、判断基準が明らかになり、それらが自分たちにとってどのような意味を持っているかが理解できるようになる。
また、自分が周りの人たちのふるまいにどれだけ満足しているか、といつたことも見えてくる。
人々が転職する最大の理由は、仕事の内容そのものではなく、上司の態度だそうだ(少なくとも統計的なデータで見る限り、そういうことになっている)。
これは上司が単純に嫌いだということではない。そりの合わない部長とでも、建設的に仕事をしていくことはできる。
そうではなく、彼らのふるまいや判断の基準が、自分にとっていちばん重要な価値観と合わないのである。
あなたも価値観のリストを作ってみるといいだろう。10から20程度見つかるかもしれない。
具体的には、次のようなものだ。
- 誠実にふるまう。
- 自分を常に高めていく。
- 身近な人を助けていく。
- 地域社会に貢献する。
- 何事にも誠意を持って取り組む。
- 時間やエネルギーに余裕があるときは必要としている人のために役立てる。
- 精神を高めてくれることに取り組んでいく。
管理の仕方
企業において最上位のレベルを見通す作業は、通常、幹部クラスの人々によって行われ、目的や価値観の見極めにつながるようなことが話し合われる。
結論はしばしば箇条書きのかたちで文書化され、プロジェクトチームやグループの指針になったりする。
個人の場合は、抱負や個人的信条などを文書にしておき、随時チェックすることで、インスピレーションを得ることもできる。
私は1980年代初めに、自分の理想的なイメージを持つことで、自分の思考や行動が深い部分で活性化されることに気づき、以来30程度の項目をリストにしている。
そこには、「人生における楽しみを満喫したいと思ったときには、そのための時間をきちんと割いていく」といったことが書かれている。
家族や会員制クラブのような結びつきの深い集団では、その集団だけの「行動規範」が定められていることもある。
そのようなルールは、メンバーに協調することの重要性や、自分に求められていることを認識させ、誤解や衝突が生じるのを未然に防ぐのに役立っている。
いつ、どのように取り組むか
企業やプロジェクトを立ち上げるときに価値観について話し合うと、大きな成果が得られることが多い。
特に、関わっている人たちがお互いをよく知らなかったり、どのように折り合っていくべきかをはっきりさせたいときに有益だ。
このような話し合いの場は、期待している成果や基準、集団のルールなどを、その組織のトップが新たに入ってきた者に伝えるよい機会でもある。
私が事業を妻とだけでやっていたときは、自分たちにとつて何が重要かを客観的に明らかにする必要は特になかった。
私たちはすでに人生とビジネスのよきパートナーだったし、結婚して何年も経っていたので、プライベートや仕事の行動基準がお互いにすっかりわかっていた。
例えばクライアントから電話があった場合はなるべく早く対応し、きちんとフオローするようにしていた。
だが、他のスタッフを雇いはじめると、仕事に対する私たちの考え方や気持ちを事前に伝えておいたほうが、あとで問題が起こりにくいだろうと思い至った。
私はこれまで、こういう部分を話し合っておかなかったために対立が生じ、そのときになってはじめて価値観にズレがあつたことが判明するというケースをたくさん見てきた。
そのような事態になったときには、もはや考え方をすり合わせて調整していくのが難しいことも多い。
なんらかの関係がスタートした時点で、価値観や行動規範について多少なりとも話しておくと、必ず何らかのメリットがある。
組織やチームが合併するとき、提携を結ぶとき、新しいアシスタントを雇ったとき、あるいは甥や姪が夏休みで泊まりにきたときなども、最初にこの部分を話しておくといいだろう。
例えば次のような言葉で切り出してみるといい。
私たちが日々の活動において最も大事だと考えていることがあります。
仕事のやり方に関して知っておいてもらいたいことがあります。
提携後のことでいちばん気になっている部分を申し上げておきましょう。
ある会社の年次会議で、上級幹部がスピーチの終わりにあるスライドを見せた。
タイトルは「私がイライラすること」で、そこにはチームの効率を低下させかねない非生産的な行動だと彼が考えていることが列挙されていた。
できれば「私が嬉しくなること」というスライドも用意してあるとバランスが取れてよかったと思うが、少なくとも問題を提起して、まずいと思っていることを伝えただけでも立派なものである。
また、私たちのクライアントである別の会社では、3つの基本理念が成功に欠かせないと考え、その基準を守らせることだけに気を配る専門の担当者を置いていた。
彼の役目はすべての従業員が基準を遵守しているか、常に目を光らせることだった。
ちなみに理念の1つは「お客様を笑顔にする」であった。
こうした基準は人事考課のときに昇給や減給の基準として使えるだろう。
通常、ロードマップのこの部分に目を向けるべきタイミングは、個人や組織が高いパフォーマンスを発揮していくためにさまざまなルールを明らかにする必要が出てきたときである。
価値観のレベルで考えることは、見解の相違が生じたり、不適切な行動が見られるようになったときも重要になってくる。
私たちは誰もが同じ価値観を持っていると思いがちで、自分の価値観に目が向くのは、それにそぐわない行動をする人に会ったときだけということが多い。
しかし、関係を構築する初期段階で全員が価値観に目を向けて認識を共有しておけば、難しい状況に直面したり問題が浮かび上がってきたときに対処するのも容易になり、手に負えない事態を未然に防ぐこともできるようになる。
人生で最も大切だと思うことや判断基準についてあらかじめ考えておくという作業をきちんとやつておいた人ほど、難しい選択を迫られたときでも自信を持って思考することができる。
この決断は人生の目的に沿ったものだろうか。本当に大事だと思っていることと矛盾していないか。
こうした視点で考えることは、人生の荒波を乗り切っていくときの大きな武器となるのだ。
コメント