中小企業の社長の仕事というのは、本当に多岐に渡るものであるが、部下の育成というのも大事な仕事の一つである。
当たり前のことだが、社長一人で仕事はできない。社長の意図を十分に飲み込んで結果を出してくれる幹部がいて、はじめて仕事ができる。
しかし、現実には世の中の多くの経営者が人の使い方に悩み、苦労している。「どいつもこいつも自分が何をすべきかまるでわかっていない、我が社にはろくな幹部がいない」、「やかましく指示しているのに、俺の思うように動いてくれない」と嘆かれる社長がいかに多いことか。それだけ人の上に立つ人は、部下の「笛吹けど踊らず」という態度に苦労していると思う。
それでは、どうすれば部下が育ち、社長の意図を達成すべく自主的に動くようになるかといえば、社長自らが人材育成の「好循環サイクル」を築くべきなのだ。
「好循環サイクル」とは、目標設定と達成のための必要なチェック、助言・協力によって目標を達成し、その達成感を自信と意欲につなげて、より高い目標に挑戦するという、能力向上のスパイラルである。
第56表をご覧いただきたい。これが人材育成の好循環サイクルを図にしたものだ。
経営の本ではよく「PLAN (企画)DO (実行)CHECK (審査)」が仕事を進める原則とされているが、私に言わせれば、企画したものはどんなことがあっても実行させ達成させる。そして達成させるためには途中でチェックし、助言。協力をし、達成感を味わわせるという工程を、組み込むべきなのだ。
すると、P←D←Cの流れに、達成したことによる能力の向上と、さらに質の高い目標の設定という要素が新たに加わり、らせん状のサイクルが構築されるようになる。つまり、日標設定と達成のためのチェック、助言。協力によって目標を達成し、次のより高い目標に挑戦するという、いわゆる「好循環サイクル」が起こるというわけだ。
人間というものは一つの目標を達成すると、必ず次の目標にチャレンジする意欲が湧いてくる。達成感を味わった部下は、必ず前よりももっと高い目標を目指してくれる。それが必ず会社を大きくしていく確実な原動力となるのだ。
ただし、好循環サイクルの構築のためには、部下への目標設定も実現可能なものでないといけない。いつも未達、未達の連続では、社員は自信を失い、より高い目標に挑戦する意欲も高まるはずがない。これでは、能力の向上どころではなく、「悪循環サイクル」となりかねない。
要するに、過去の実績からみて考えられないような目標を掲げて、部下に実現しそうもない高すぎる目標を設定することは、「社長の出す数値は信用できない」と躾けているに等しいのだ。
ところで、私の門下生の一人に、この好循環サイクルをじつに巧みに構築されている社長がおられる。
A社では、5年先までの経営計画を立てるのだが、これを幹部と一緒につくる。もちろん、社長一人でも計画をつくるのだが、それとは別に、幹部と社長が一緒になって5年計画を立てることが大事だと考えておられる。
なぜなら、長期計画を一緒に作成することによって、日標数字がただの社長のヤマ勘で決められた数字ではなく、様々な角度から検討された実現可能な目標であること、そして何より、その目標数字を達成する真の目的が、自分たちの生活向上を願う社長の強い思いであることを、幹部がきちんと理解するからだ。
じつは、A社の幹部の方々は、私のセミナーにA社長が参加される際に、1人か2人ずつ同伴され、佐藤式経営の定石とその理念を理解した方たちである。私のセミナーは泊り込みの合宿で、まる4日みっちりと勉強するかなリレベルの高い内容なのだが、それでもA社長はこれまでに10名ほどの幹部を連れてこられている。
すると、セミナーで勉強した幹部と勉強していない幹部では、日標達成にかける意欲が自ずと違ってくる。たとえば、あなたが営業部長の立場だったらどうだろうと、考えてみていただきたい。社長に呼ばれ、「営業部長、今後5年で何とか20%増の売上計画をつくってくれ」と指示されたとしよう。毎期、社長の気楽な夢をいきなり売上計画や利益計画にした、水増しの数字に慣れた幹部なら、「どうせあらかじめゲタをはかせた目標だろう」と思うのではないか
そうなれば、はじめから検討もなにもしないで、「社長、20%増はキツイ、主力商品が伸び悩みですし…」と、消極的な返事をするのも当然といえば当然のことだ。
しかし、社長と一緒に長期計画をつくった営業部長には、売上20%増の根拠が、過去の実績と市場性、GDPの推移など様々な数字を踏まえて設定したものだとわかる。加えて、この売上をやらなければ、自分たちの生活向上もすべて狂ってくるという思いもあるから、目標を達成するために「あれは20%いけるが、こっちは5%増がいいとこか」というように、営業品目別あるいは営業拠点別に、売上20%増の具体的な計画を真剣に考え始めるのだ。
製造部長にしても、私の経営の定石を学んでいる人間なら「今期は最低でも付加価値率40%になるように考えて欲しい。今後とにかく付加価値率が0・5%より落ちないように、外注製作、買い入れ部品、生産計画を一つ一つ検討して欲しい」と指示すれば、社長の意図をすぐに理解するだろう。そして、「これからは人を増やして増産する時代ではない。設備投資枠は6億円だから、社員を増やさないでパートでできるような仕組みを考えよう」と具体的施策案を立案してくれる。
経理部長はどうか。「5年後に無借金にするぞ、専門家として俺をしっかリフォローして欲しい」と頼めば、「社長は資金運用をこう考えている。うちにはこれだけ資金が遊んでいるが、当座預金はこれだけにして、残り一日でもいいから金利を稼ぐような体勢をつくろう」となるだろう。
総務部長には、「我が社はこれからパートを増やしていく。パートの待遇、パートの採用が新しいテーマだ」と提示すれば、「当面は新卒1名、パート2名で採用計画を立てよう。なぜなら、5年後の社員の給料、賞与をこれだけ上げたいという社長の意図を達成するためには、この人件費枠におさめなければならないからだ」と考えが及ぶようになる。
このように、幹部が経営の定石をしっかりと理解し、その目標値をもとに社長と一緒に長期計画を立てれば、どの幹部も、なぜその数値でなければならないかを理解した上で、自社の人材、販売力、商圏などを活用して、どうやって社長の出した方向づけを効率的に、無駄なく実現していくか、その具体的な手の打ち方のポイントが掴めてくる。
このように、日標の実現性と具体的施策さえ見えてくれば、人間というのは俄然、意欲的に取り組むものだ。かくして、全社を挙げて、社長の夢の実現へと走り出すことになる。要するに、まずは社長の示す目標数字が、思いつきではなく、練りに練った実現可能なものであることをしっかりと理解させるのだ。
そうしておいて、社長と一緒に立てた5年先までの経営計画を、それぞれの部門でいかに目標達成するか、幹部らに具体策を立案させ、これを月ごとの目標値にして現場に落とし込ませる。
そして、毎月の幹部会議で彼らとひざを突き合わせながら、月間目標の達成度合いを検証し、当初想定した条件との誤差を見つけて新たな対応策を練り、これを実行させるのだ。そしてまた翌月に、前月立てた修正計画通りに行かない場合は再度実行プランを練り直し、実践し…と、毎月毎月、毎年毎年絶え間なくこのサイクルを繰り返していくことで、A社の幹部社員の能力はどんどん向上してきた。
経営の視野が広がり、事業推進の手腕が養われ、部下の指導・育成にも長けてくる。やがて、若手の中から後を継ぐ優秀な幹部候補がいつの間にか育ってくるようになった。
このように、全社を挙げて絶えずらせん型により高い目標へ上昇し続ける過程で、社員の能力はおのずと高まり、同時に社長自身の先見能力や経営手腕も飛躍的に磨かれて、予期しなかった事態への素早い対応や、より次元の高い事業目標に挑戦することが可能になるのだ。
要するに、会社全体の能力を一回り大きくしていくのが、社長の本当の統率力であり、その実現は、好循環サイクルの形成にあるということだ。
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