これまで、売掛債権と在庫を減らすこと、すなわち運転資金の「使途」についての定石を述べてきた。そこで続いては、運転資金の「調達」についての定石を述べたい。
運転資金の「調達」は先ほど説明したとおり、短期の借入金と買掛債務である。そして、資金の使途が増えればその分調達を増やさなければならないのだから、買掛債務の支払い以上に売掛金や在庫が増えれば、その分借金が増え、その支払金利で利益が減る。
しかし反対に、買掛債務が売掛金や在庫を上回れば、借金をしなくてもカネが回り、調達が使途を上回った分を借入金の返済に充てれば、会社の収益性と健全性も高められるというわけだ。
買掛債務の支払い状態は、第38表のとおり「期首買掛債務」と「当期仕入高」(売上原価十一般経費の70%)の合計である「当期支払対象額」を分母にして、「当期支払対象額」から「期末買掛債務」を引いた「当期支払高」を分子にした、支払率というもので把握する。
ところで、「買掛債務」とは自社のB/Sに計上されている買掛金のほかに、支払手形、欄外脚注の受取手形裏書高を一括したものだ。ちなみに、割引手形や未払費用は買掛債務に含めないのだが、こういう経理的な細かい説明は本書では割愛する。もし、どうしても疑問に思うようであれば、会社の経理に聞いていただきたい。
さて、「当期仕入高」について説明すると、売上原価と一般経費の約70%を合計して求める。売上原価は、商社では仕入原価、製造業ならば、外注費や原材料費が売上原価になる。これは当然、買掛で買っているものだから、当期の仕入高に該当する。
さらに、売上原価以外にも一部の経費は当然買掛で計上していると思う。たぶん、皆さんの会社でも事務用品や細かい消耗品というのは、いちいち現金決済せずにツケで月末決済の買掛払いとか、あるいは手形決済をするとか、とにかく一般経費の中でもだいたい7割くらいは買掛だろうから、当期仕入高に一般経費の70%と入れているのはこういう理由からである。
ところで、先ほどから述べているとおり、この回収率より支払率がよかったら、売上が増えるに応じて、運転資金がどんどん膨らんでくる。つまり、回収率は常に支払率を上回っていなければいけない。もし回収率が80%や70%のままで、支払いだけはきっちり全額、つまり支払率100%というのでは、必ず運転資金が詰まる。
いま、短期の借入金で運転資金を賄っている会社はおしなべて、モノを売っても回収にはルーズで、しかも仕入れたものにはしっかり律儀に支払うような、のんきとしか言いようのない商売をしているはずだ。
試しに、皆さんの会社のカネの「入り」と「出」が過去どうだったかを確認してみればよい。
第39表A社の直前3期の支払率は、分母の当期支払対象額が、期首の買掛債務2億2,000万円十当期仕入高14億7,300万円=16億9,300万円で、分子の支払高は、当期の支払対象額16億9,300万円―期末の買掛債務2億4,800万円=14億4,500万円である。
したがって直前3期の支払率は、14億4,500万円■16億9,300万円で、85。35…%となり、四捨五入で85・4%と求められる。同様の計算で直前2期、直前期の支払率も求めてみると、どちらも87・8%である。
ただ、ここで先ほど計算したA社の売掛債権の回収率を思い出していただきたい。直前3期の回収率は77・9%、対する支払率は85・4%だ。要するに、回収率よりも支払率の方が高いのである。本来ならば、77・9%しか回収しなかったならば、支払いはこれ以下に抑えなければならない。このままでは資金繰りは厳しくなる一方だ。
しかもA社は、直前2期、直前期と回収率はどんどん下がっているにもかかわらず、支払率は直前3期よりも増加している。大方、銀行から「社長さん、支払いを短くしてその分値引きなさい。いくらでも有利な条件で融資をするから」とアドバイスされて、言いなりになってしまったのだろう。確かに支払いを短くした当初は値引くかもしれないが、すぐに何だかんだといって、もとに戻してしまうのが商売の常道である。
さて、ここで回収率と支払率の別な読み方をしてみよう。現状の直前期実績、回収率72・4%とはどういう意味なのであろうか。
72・4%の回収で8億700万円の売掛債権が期末に残っている。直前期の売上は22億6,200万円だから、期末の売掛残高8億700万円が売上の何力月分かは、期末の売掛債権残高を月の売上高で割れば求められる。
すなわち、8億700万円■ (22億6,200万円■12カ月)の計算で、だいたい回収できなかった売掛債権が4・3カ月分、つまり売上が発生してから4カ月ちょっと、おおざっぱに言って月末締めで3カ月、90日の手形をもらっていることを意味している。
では、支払いの方はどうか。こちらは月の仕入高で買掛債務の期末残高を割るのだから、期末の買掛債務2億4,500万円■月間支払対象額(17億6,900万円■12カ月)で、現状、直前期の支払率87・8%というのは、約1・7カ月の支払いサイクル、つまり月末に締めて翌月には支払っているということである。
払う方は、ほぼ現金払いのような状態で、貰う方が90日の手形では、資金が詰まってくるのも当たり前だ。そこで、A社が定石に従った場合の運転資金を計算してみる。
回収率は77・9%を3期維持するように設定しているので、支払率はこれを下回るように設定する。目標は5%の差を設けることであるが、回収率77・9%を5%下回る支払率72・9%を直前2期、直前期の2年間で達成することは、いささか無謀である。
現状の直前3期の支払率は85。4%であるから、じつに12・5%も支払率を下げなければならない。よって、直前期までに毎年5%ずつ下げて、とにかく回収率を下回る数値にまでもっていくようにしてみる。
まず直前2期には80%まで支払率を下げる。そうすると、直前2期の支払額は支払対象額18億9,300万円×支払率80%=15億1,400万円となる。
ゆえに、直前2期の期末買掛債務は、支払対象額18億9,300万円から、支払額15億1,400万円を引いて、3億7,900万円になる。
続いて、直前期の支払率をさらに5%下げて計算してみる。これでやっと支払率が回収率77・9%を下回ることになる。
直前2期の支払率が下がると、直前2期末(直前期。期首)の買掛債務が増えるので、直前期の支払対象額が「現状実績」よりも増える(直前期。期首買掛債務3億7,900万円十仕入高17億6,900万円=直前期支払対象額21億4,800万円)。
そうすると、直前期の支払額は支払対象額21億4,800万円に回収率75%を掛けて、16億1,100万円になるから、直前期。期末の買掛債務は支払対象額21億4,800万円― 直前期支払額16億1,100万円=5億3,700万円である。つまり、支払率を毎年5%ずう下げていくと、直前期の買掛債務が現状実績よりも約3億円増えるのだから、要するにこの3億円分が調達できるということだ。
このように、毎年毎年、1%でも2%でも回収率を上げて支払率を下げていき、カネの「入り」が「出」よりも常に早くなるサイクルを築くことが、運転資金の一つの定石なのである。
日標は、先ほどから述べているように、回収率が支払率を5%上回ることだ。というのも、5%の差ができると、カネの「入」が「出」よりも1カ月早くなる。すなわち、1カ月分の資金余裕が生まれるからだ。
たとえば、A社が直前期に回収率が80%、支払率が75%に改善できたとする。回収率が80%になると、直前期の回収高は回収対象額28億6,400万円×0・8=22億9,100万円だ。ということは、直前期末の売掛債権残高は回収対象額28億6,400万円122億9,100万円=5億7,300万円だから、これを月間売上高で割ると、売上が発生してから3カ月、月末締めで2カ月後にはカネが入ってくることになる。一方の支払率の方は75%だから、期末の買掛債務残高5億3,700万円■ (直前期仕入高17億6,900万円■12カ月)を計算すると、仕入れてから約4カ月、月末締めで3カ月後の支払いでカネが出ていく。
すなわち、回収率が80%、支払率が75%に改善できた場合、A社はカネの「入」が2カ月後で、カネの「出」が3カ月後となり、要するにこの1カ月分の差ができれば資金がショートすることはなくなるというわけだ。
ちなみに、回収率が支払率を5%上回ると、カネの入りが出よりも1カ月早くなるという法則には、学問的裏づけは一切ない。ただ、自身の経営経験と指導実績から自然と導き出した、いわば実務の目安であるから、読者の皆さんが自社の回収率と支払率の改善を計画する目安としていただくのに、十分お役立ていただけると思う。
こういう、回収率や支払率の適正値を社長が知らずにいると、いつまでも自社の支払いと回収のサイクルの誤りに気づけないから経理にも別段注文をつけられない。
これを放漫経営という。読者のなかにも、自社の回収率と支払率をいま初めて計算してみて、これまでいかに無駄な資金の使い方をしてきたかとびっくりされた方もおられるのではないか。
ここで一つ注意を申し上げておくと、回収率がよくて、支払率が低ければそれでいいのかといえば、そうともいえない。
支払いをあまり遅らせると、「あの会社は危ないのではないか…」と取引先から信用不安が起きる可能性もあるし、規模の小さな取引先の場合、相手先の負担を大きくしすぎてはいけない。そういう、どちらかが損をするような関係は、結局、永くは続かないからだ。
そもそも、回収率や支払率というのは、業種業態によって大きく違うものなので、絶対的な適正値があるわけではない。ゆえに、とにかく回収率が支払率を上回るようにすること、目安は5%、それが運転資金の一つの定石だと思っていただきたいのだ。
もう一つの理由は、小売業がその典型だが、飲食店などは日銭で現金が入って、支払いは月払い、手形もあるというような商売だと、売上が増えれば増えるほど流動負債が増えて、会社の健全性が悪くなるという間違いに陥りやすいからだ。
確かに、回収率と支払率のどちらを改善する努力がラクかと言えば、商売の力関係の上では客の立場なのだから、支払いを遅らせる方が優位に進められる。したがって、これまで手形を切っていなかった会社も手形を切って支払率を下げて、その分のカネでさっさと短期借入金を返済した方が収益性は高まるのだが、同時に、健全性についても社長は手を打っておかねばならない。
資金の無駄遣いを徹底して省き、これ以上ないというほど効率よく回したとしても、突然、取引先に不渡りが起きたときに会社が潰れては元も子もない。社長は効率のいい経営をすると同時に、不測の事態が起きても会社を潰さないということを考えておかないといけないし、そのために守るべき健全性の経営指標というものがある。
とにかく、会社を絶対に潰さないために守るべき健全性の経営指標については、後で詳述するが、健全性の指標を遵守した上で支払率を下げる、という具合に、ほどほどを心がけていただきたい。つまり、「経営とはバランス」ということである。
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