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定石18:社員個々の給料は上げるが、人件費の総額は下げよ そのために自社の労働生産性を正確につかめ

日本の賃金水準は、世界でも随一だ。日本の会社全体をマクロ的にみれば、これ以上賃金をあげる余力を失ってしまったように思える。世界一の賃金のために国際競争力を失ってしまったという悲鳴があちこちから聞こえてきそうだ。

しかし、それは評論家の言うことで、われわれ実務家が言うべきことではないのではないか。個々の会社のトップが社員に向かって、「もう今年から賃上げはできないよ、いやならヨソの会社か、なんなら賃上げが期待できる外国へ行って働いてほしい」などと言えるものだろうかc

社長の役割として、社員の生活向上の中心である給料はなんとしてでも上げていかなければならない。第一それができなければ、社長は自分の報酬だって将来上げていくことができないではないか。

では、どうすればいいか。人事や経理の担当部長なら、困った弱ったで済むかもしれないが、社長はそういうわけにはいかない。なんとしても、給料を上げても経営に影響のない方策を考え、知恵を絞るしかない。そこで社長には、ある意味では単純な、しかも過去のやり方にこだわらない発想が必要になってくる。

そのひとつの発想は、極端にいえば、社員個々の給料は上げるが人件費の総額は下げるような方策を考えられないかということだ。

改めて確認するが、社長は「最小の人件費で最大の利益を稼ぎ出す人」である。社員に対する「情と心」だけでは、経営できないのだ。そのためには、「今の事業を何人の社員でこなすと一番儲かるのか」を、社長として正確に知っておかなければならない。

ここでキーワードとなるのが「労働生産性」である。これまでのような、勘や成り行きで社員数を決めていたら、人件費総額をコントロールすることなど、夢のまた夢である。そこで人件費の面から現在の事業をになう最適人員数を決める最も有効な武器として「労働生産性」という指標を活用していくのである。

「労働生産性」とは、社員の平均数で年間付加価値を割ったもので、「社員一人当たり正味でいくら稼いだか」を示す指標である。したがって労働生産性の算出式は、第15表のとおり年間付加価値■平均社員数となる。ここで「平均社員数」とは、期首人員と期末人員を足して2で割った、その年度の平均人員数のことである。社員の生活向上や待遇改善を考えるとき、社員一人当たりの稼ぎを増やさないままに、人を増やし、給与を増やしていったら、会社は人件費倒産に追い込まれる。

つまり、社員の給与を上げていくには労働生性の向上が常に伴わなければならないということだ。この労働生産性を上げるには、①年間付加価値をアップするか、②平均社員数を減らすか、③あるいは、その両方を同時に実現する、しかない。そうでないと、「一人当たりの稼ぎ」は増えないのである。

先に、「中小企業の人件費については、少ない儲けを少ない人数で分けることが原則だ」と申しあげた。ご記憶いただいているだろうか。

これを前記の算式に当てはめてみると、(中小企業の労働生産性)=(少ない付加価値)■(少ない社員)ということになる。社員の待遇改善のために労働生産性を高めていこうとすれば、何としても儲けを増やし、しかも、人を増やさないことが肝心である。

これからの時代は、そう簡単に儲けを増やすことができそうもない。楽観的な増益予測で人を増やしていくこれまでのやり方では、人件費の改善どころか、手かせ足かせとなって会社の寿命を縮めかねない。読者の皆さんが、「経営の情」に厚ければ厚いほど、この冷たい「経営の理」を知っておかなければならないのである。

この算式を変形すれば、平均社員数=年間付加価値■労働生産性となり、社員の適正数は年間付加価値と労働生産性から自ずと決まるわけである。

ここではっきりさせておきたい。労働生産性のアップを無視して、社員の待遇改善も、増員も何もあったものではないということである。これが「経営の理」なのである。会社は、ボランティア組織ではない。会社は、自らの力で付加価値を稼いで、それを人件費という形で分配するのである。自助努力が企業経営の原則なのである。

つまり、労働生産性は、多くの会社にとって、「おまえの会社は儲けの割に人数が多すぎるよ」と教えてくれる指標でもある。今日の状況では「あなたの会社は、儲けの割に人数が少ないから、まだまだ人も増やせるし、給与も上げることができます」というような余裕のある会社は、残念ながらそうはないはずだ。過剰な社員を抱えていて、待遇改善を考えるなど、百害あって一利もないと知らなければならない。

社員の適正数は業績によって決まる、つまり、儲けが多ければ社員の数も増やせるし、待遇の改善もできる。当たり前のことだが、多くの社長が、この当たり前の理屈を忘れているのである。

社員の待遇改善を考えたいなら、まず会社の業績を上げることである。それも人の数を増やさずにという条件つきである。なぜなら、むやみに社員の数を増やして労働生産性を下げるのでは増益も意味をなさないからだ。そこで現在の事業を見直して、採算の悪い部門を切り捨て、その人員を将来性のある部門に投入し、人をあまり増やさずに高収益体質になるように手を打たなければならない。

一方、事業の収益性を無視して場当たり的に人員を増やしてきた会社は、過剰な人員を適正な数まで急いで減らさなければならない。右肩上がりの経済成長の中で水膨れになった人員をそのままにして、高収益体質にもっていくことは至難の業である。昨今の人員整理の嵐は、漫然と社員を増やしつづけてきた会社にとっては、新たな体勢に切り替わるための苦渋の選択なのである。

社員の適正数は労働生産性が決める。このことを社長として決して忘れないで欲しい。その上で、初めて社長の「情と心」を表す待遇改善ができるのだ。良いも悪いも、それが冷厳な掟である。

ここで、確認のために、既に何度か出てきた「付加価値」について触れておきたい。付加価値とは、会社が永続的に繁栄していくための根本エネルギーであり、企業が自ら生み出した価値のことで、大まかに言えば、「売上総利益」とほとんど同じである。

たとえば、売上1億円で、仕入れ原価6,000万円、売上総利益4,000万円とすると、売上の1億円は便宜上の数字で、他社の力6,000万円を借りて1億円となっているだけで4,000万円こそが自社が稼ぎ出した正味、すなわち付加価値だということになる。

付加価値と同じようなものを、業種によって、「売上総利益」「粗利益」「加工高」と名づけたりする。会計や経理の立場から言えば、それぞれ厳密な規定があるのだろうが、本書は専門書ではないので、それらをひとまとめにして「付加価値」と呼ぶことにする。

そして、会社の利益の源泉である付加価値の配分で、最も大きなウエイトを占めるのが人件費であり、中小企業では40〜50%にも達する。したがって、社長の実務としてまずやるべきは、自社の労働生産性を正確に把握することである。

そのためには、自社の決算書から付加価値額を抜き出して、その年の平均社員数で割ってみればいいだけである。ただし、単年度の労働生産性を見ただけでは、その数字が良いのか悪いのか、そして、その数字をどうすればよいのか、社長としての判断がつかない。直前期。直前2期…と、時系列に労働生産性を並べて、初めて判断がつく。

労働生産性に限らず、社長がつかむべき決算書の数字は、単年度の絶対額を見ただけでは何もわからない。決算書を年度ごとに並べて、ある項目の数字が傾向的にどうなっているかを把握して、初めて経営的な判断ができる。しかも、過去3年間くらいの数字だと、会社によっては傾向をほとんどつかめない場合があるので、過去5年間の数字を並べてほしい。さらに、より正確を期すには、1991年1月からの資料を作成した方がよい。なぜなら1991年4月から日本のバブルの崩壊が始まったからである。

バブル崩壊直前の荒稼ぎの真っ最中に、自社の社員は一人当たりどのくらい稼いでいたか、その後の落ち込みようと比較してみることは、非常に意義深いことだ。

1991年1月以降、自社の経営数字がどのように変化してきたかを見れば、バブル期の自社の経営のウイークポイントが一目瞭然となるはずだ。特に、労働生産性をいかに疎かにしてきたか、骨身にしみて実感できるに違いない。

そして、労働生産性が年々下がっていれば、人の用い方が悪いということである。つまり、稼ぎ出す付加価値に対して、過剰あるいは割高な人員を配置しているということだ。皆さんの会社では実際のところ、どのような傾向だろうか。

そこで第16表どおりに、自社の労働生産性の過去5年間の経過(できれば1991年の数字も)を算出し、実際の傾向をつかんでいただきたい。簡単な計算なので、ぜひ社長ご自身の手でやってみてほしい。

過去の労働生産性がもし次第に悪くなってきているのなら、社員の待遇改善を掲げる社長として労働生産性の現状維持はありえないから、それを毎年、着実に向上させていかなければならないということになる。

ここで、労働生産性のつかみ方と社長としての対応について、実例をあげながら簡単な実習をしてみよう。H工業は、私が主宰する経営塾の参加者で、主に東日本を商圏にするキッチン用品メーカーである。H社長は、過去3年売上が順調に伸びてきたことに安心しきって、問題の本質が何も見えていなかった。そこで作成してもらったのが、第17表である。この表の見方は、上が「過去の実績」、下が「今後の計画」となっている。下の数値は、H社長が実際に作った目標数値である。

このH工業は、直前3期の売上が47億5,200万円、直前2期が48億9,800万円、直前期が50億5,300万円であった。企業の業績が非常に低迷している昨今、直前3期から直前期まで売上が順調に増えつづけてきた珍しい会社である。

さらによく見ると、直前3期の付加価値は47億5,200万円の売上に対して16億3,800万円で、付加価値率は34・5%だった。それが直前2期になると、売上は48億9,800万円に増えたが、付加価値は15億4,300万円、付加価値率は31・5%に減っている。

直前期は、さらに売上が増えて50億5,300万円になったが、付加価値も付加価値率も、それぞれ14億8,100万円、29・3%と落ち込んでしまった。ところがH社長は、付加価値の額と率がともに年々落ちていることには気づいていたが、「こういうご時勢だからしょうがない、売上が伸びているからまあいいだろう」と考えていた。

だから売上が年々増えて50億円の大台が間近に見えてきたので、強気一本で社員を増やし続けた。直前3期首には124名だった社員が、直前3期末に3名増やして127名に、直前2期末に3名増やして130名に、さらに直前期末には5名増やして135名になった。

労働生産性を計算すると、直前3期が13,052,000円である(年間付加価値16億3,800万円十平均社員数125・5人)。言い換えれば、従業員一人当たり13,052,000円稼いでくれたわけである。

それが直前2期になると、売上は増えたが労働生産性は12,008,000円に下がっている。付加価値が下がって、社員数が増えているからである。直前期では、さらに付加価値が14億8,100万円に下がって、平均社員数は132・5人に増えている。したがつて、労働生産性は11,177,000円に落ちてしまった。

毎年100万円ずう社員の稼ぎが落ちているにも関わらず、給与を上げるといっても、所詮、無理である。このような状況で、待遇改善しようと考える社長自身が間違っている。

なぜなら、労働生産性が人件費の基本だからである。繰り返すが、会社は、ボランティア組織ではない。このような明々白々の失敗を、この社長が犯したのは、労働生産性の何たるかを全然わかっていなかったからである。

では、具体的にどうやって労働生産性を高めればよいか。先に、労働生産性を高めるには、①年間付加価値を増やす、②平均人員数を減らす、③その両方をやる、の3つの方法しかないと申しあげた。

そして、①に対するキーワードは、仕事の徹底的な見直し、つまり「事業の再構築=リストラ」であり、②のキーワードは、人の徹底的な見直し、つまり「組織の再構築=リストラ」と「人件費の変動費化」である。

社長は、自社の社員の生活向上を考え、同時に自社の事業の繁栄を願うならば、自社の「リストラクチャリング」と「人件費の変動費化」に強くならなければならないということである。引き続き、H社の事例で説明していこう。ふたたび第17表をご覧いただきたい。下段がH社長に提示してもらった今後5年間の計画である。「売上高」の欄に記載されている数字を見ると、直前期まで順調に伸びてきた売上が、初年度の計画では48億3,800万円に下がっている。

これには、意味がある。これからの時代、増収増益、つまり売上と同時に利益も伸ばすなどという教科書的な経営は、並大抵ではできない。同じ「増益」といっても、売上が減って減収になっても、何とか増益にこぎつける「減収増益」のケースがはるかに多くなる。言い換えれば、これからの社長は「売上を減らしても、利益を増やすやり方」に強くならなければいけない。

これまで、強気一本で成功を収めてきた社長なら、「そんなバカな。儲かる新規分野にドンドン進出して、人員を増やしていけば、多少のへこみ以上に売上も利益も増えていくに違いない。そうやって、社員を厚遇していくのが、社長たる者の野望だ」と、反論されるかもしれない。

お説もっともだが、本書で繰り返し述べたように、これからの厳しい経営環境の時代、特に資本力の弱い中小企業は、まず基礎体力をつけ、次に余力を十分に蓄えた上で、新規分野に進出すべきである。

これまでのように向こう見ずでやっていったら、必ず痛い目に遭うことになる。それは、野望でも何でもなく無謀に過ぎない。中小企業は、来るべきビッグチャンスに備えて、たった今から、足下を固めることが第一だ。

そのためには、儲からなくなってきている仕事は捨てる。そうしておいて、余った人員を有能な者から優先的に、利益率の高い商品とか、成長性の高い分野に重点的に配置していくべきである。事業の中身を根本的に再構築して、これからの時代にも儲かる体勢を整えることが大事である。

これこそ、本当の意味でのリストラクチャリング、すなわち、「我が社の仕事の構成内容と質」を徹底的に見直すことなのである。

儲けの薄い商品、成長率の低い分野で事業をつづけていても、会社の業績が伸びるわけがない。売上をすべて見直し、利益率の高いものをどんどん伸ばして、たとえ売上を減らしてでも、高収益体勢を再構築することが、労働生産性を高める第一の戦略である。要するに、前述の定石、「攻める経営」「守る経営」「捨てる経営」のことだ。

H社長の場合は、売上を減らすことによって利益を確保する決心をした。そこで50億円近く売り上げている商品の一つ一つを厳しく検討し、「これは、もっと伸ばす」「これは、捨てたほうがいい」という商品を決め、経営資源、特に人員の再配置について、徹底的な見直しを行ったのである。

その結果、直前期に29・3%まで落ち込んだ付加価値率を、商品構成を変え、売上を減らすことによって、初年度は32%まで回復を見込んでいる。つまり、売上は落ちるが、利益率の高い商品を全社員を挙げて重点的に売っていくことによって、付加価値の増加を図ろうという戦略である。

そして、初年度の売上48億3,800万円、付加価値率32%を出発点として、今後の付加価値計画を根本的に立て直していくことにした。つまり、これからますます価格競争が激烈化する時代、付加価値率は毎年0・5%ずつ下がっていくことを前提に、付加価値の計画を立て直したのだ。

まず年々の売上目標を決め、次に付加価値率もマイナス0・5%と厳しく見積もり、付加価値目標を出していった(付加価値=売上高×付加価値率)。

その結果、第17表を見ると、直前期に11,177,000円まで落ち込んだ労働生産性を初年度に11,509,000円、そして、あまり急激に上げることは無理かもしれないが、5年度には、少なくとも過去の最高額13,052,000円を超えて13,421,000円にしようという計画を立てたのである。

その計画の裏づけとして、付加価値率の高い商品を重点的に販売し、人の配置も根本的に見直すという、事業構造の大きな転換があったことを忘れてはならない。

さてH工業の社員の適正数は何人になるだろうか。5年度の付加価値の目標が17億8,500万円で、労働生産性の目標が13,421,000円だから、平均社員数は133人となる(年間付加価値17億8,500万円■労働生産性13,421,000円)。

逆に、133人の平均人員でやらないと、13,421,000円の労働生産性は得られなくなるから、この133人という枠の設定ができるのである。

初年度〜4年度も同様に計算すれば、H工業の定員枠が決まる。すなわち、定員枠は緻密な経営戦略からしか出てこない。これを逸脱して、いい加減に人を採用するから失敗するのである。労働生産性が上がって、初めて増員も社員の待遇改善もできる。労働生産性が下がっていながら、増員や待遇改善などという虫のいい話は、民間企業ではできない相談なのだ。これが事業経営の定石である。

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