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多くの人に支えられていることに気づく

 すべての社長は多くの人に支えられています。  一人ぼっちだと孤独感を味わう社長のほとんどが、ものごとの本質が見えなくなっています。現実を目の当たりにしたくないという心理が働いているため

かもしれません。  孤独感は、自分の中に閉じこもる、自分中心にものごとを判断してしまうという傾向を強めます。  その結果、自分だけにしかわからない、他人に話しても理解されない、という考え方が強くなります。すると、孤独感に拍車がかかります。「こんなに苦しいのに」「こんなにもつらいのに」「誰にも理解されない」「もう、やめたい」  さらに、「笑われたくない」「馬鹿にされたくない」「信用を失いたくない」「こんな程度か、と思われたくない」  このように自分を否定の殻に閉じ込めてしまいます。  しかし、本当は多くの人々に支えられているのが会社であり、社長の姿といえます。実際に一人でできることなどなにもないからです。  どうやら、「社長という病」の正体は、「心の持ち方」「心のあり方」にあり、自分勝手な妄想や「思い込み」のような気がします。  その自分勝手な「思い込み」を外す方法を教えてくれた人がいました。  年商約十五億の売り上げを記録し、社員数約百五十人の会社の社長ですが、内部の問題で倒産寸前となり、そこから復活を果たした飲食チェーン店の人の貴重な話でした。「経営は、とても苦しいもの。私は馬車馬のごとく三十年以上働き続けてきた。だが、会社の内部で造反が起こり、大量に従業員がやめてしまい、営業を継続することができなくなってしまった。  原因は身から出た錆、経営の甘さからだった。私自身に原因があった。会社が倒産する直前になり、私は生まれて初めて家族や兄弟にこのことを相談した。みな、青天の霹靂のような顔をしていた。  私はいままでの状況、現在の状況、なによりも数十年間苦しみ続けてきたこと、つらかったことのすべてを吐き出した。後日、社員を全員集めて同じ話をした。もう、みっともないとか、恥ずかしいとか、プライドなどなかった。  それができたのは、みんなにこれ以上の迷惑をかけたくなかったからだ。私は、すべてを話し続けた。全力で努力してきたことも伝えた。  すると、家族や社員たちは、この状況を理解してくれた。むしろ、家族や社員たちは、なにも説明しなくても、私の姿を見ていただけでわかっていたようで、冷静に話を聞いてくれた。  私は、家族や社員たちから軽蔑されると思っていた。また、軽蔑されて当然だとも感じていた。しかし、『社長、本当のことを言ってくれてありがとうございます。僕たちはたとえ会社が倒産しても残りますよ。社長がそのまま社長でいてくれたなら』という言葉に私は驚いた。  しかし、もう会社を存続することは不可能なところまできていた。私は、みんなの期待にはそぐ得ないと話した。  すると、『社長、まだやるだけやってみませんか?  多くの社員がやめてしまったのだから、いままでの人件費の十分の一ですみますよ。頑張ってみませんか』と言われた。私は涙が止まらなかった。『社長の大変さはわかっていました。ただ、もっと早く話してほしかった。僕たちは、やめて行った人たちほど能力はありませんが、現場の仕事は負けませんよ!』との言葉も出た。  私は翌日から銀行や取引先をすべて回り、現状についての本当の話をした。二十軒あった店も五軒に減らした。返済や支払いなどはすべて長期に切り替え、売り上げが安定したら完済するという条件で再出発することになった。  私の大きな支えは、理解してくれた家族と、残ってくれたわずか十人の社員たちだった。私は彼らのためだけを考えることにした。私のことなどはどうでもよい、この者たちだけにはせめて恩返しをしたい、と。  本当の社長は彼らだった。私はその十人と家族に雇われた一従業員として再スタートすることにした。私の仕事は、その十人の社長たちの考えや意見を取り入れることだけだ。  すると、いつの間にか、私には怖いものがなくなった。不安や心配などもない。夜はよく眠れるし、支払いや返済も怖くなくなった。無理はしないで、自分のできる範囲で誠意を持って銀行や業者さんたちと接している。  最初は、困った顔、怒った顔だったのが、時間が経つにつれて、いままでのような顔に戻りつつある。六十五歳を超えた私だが、人生でこんなにもやりがいのある、楽しいと思った仕事はない。後十数年以上は働けると思う。いまは、こんなにも大勢の人たちに支えられていたのだ、という喜びしかない。  私は、社長なのだが、社長という考え方、思い込みを捨てることができた。みんなが社長で、その社長に仕えるのが本当の社長の姿というように、いまは感じている」  どこの社長も孤独です。  誰にも理解されない、誰も理解してくれないと深い悲しみに包まれています。  深い孤独感と強烈な寂しさ、そしてやり場のない苦しさ。いったいいつのころからだろう、こんなにも寂しい人生になってしまったのは。もう、生きるのも疲れてきた。  ああ、愛されたい……。

重度の社長の病です。  誰もが社長になると、社員のため、家族のため、お客様のため、取引先のためと思い込みます。また、そう思い込むことによって自分を正当化しているのかもしれません。  そう思い込むことによって、自らを奮起させている場合もあります。すると、多くの人を支えているのが自分で、支えられていない自分がいると感じ始めてしまいます。このように「孤独感」は、自己中心的にものごとを捉えてしまう病の一種です。  父親や母親が子どもたちを支えているように、社長だけでなく、社員たちも会社や家族を支えていると考えています。このように本来は互いが支え合う環境の中に私たちは存在しています。  しかし、その「支え合い」は見えるものではありません。人は見えるものばかり信じてしまいますが、見えないものを信じることも重要な問題です。  社長は社長でなければならない。社員は社員でなければならない。社長と社員は互いに相容れない関係であると、社長も社員も思い込んでいるようです。  しかし、会社がなくなれば互いに新しい職を探さねばなりません。  会社が利益を出せば配当を出さねばなりません。社長も社員もその会社という「場」で生活が成り立っているわけですから、同じ目的のある者たちです。  社長と社員の違いは仕事の内容だけで、会社から給料をいただいているわけですから、立場は一緒だとも考えられます。  ですから、「社員」は社長としての意識を持ち、「社長」は社員であるという意識を持つ必要があるわけです。  社員は給料を社長からもらっているわけではなく、自分たちの会社からお金をいただき、社長も会社から給料をいただいているという意識です。  すると、社員は経営を学べるようになり、考え方や行動が変わります。  すると、社長と社員の意識が重なり合い、「支え合う関係」が感じられるようになります。  社員たちは社長を支え、社長は社員を支える関係です。  そうなればもう、社長なんていらないかもしれませんね。みんなが社長になるのですから。

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