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外部情勢の変化に対応する安全性の確保をはかる

目次

業界の組合せはよいか●

Iバルブは、中小企業モデルエ場であったがつぶれてしまった。I社長は、中小企業の世話役として有名であり、何十という名誉職的な肩書をもち、社業を顧みるいとまはなかった。

当時「優等生の落第」といわれて、たくさんのマスコミに騒がれたのである。こういう取りあげ方しかできないから困るのである。

優等生が落第する筈がない。劣等生だったから落第したのである。Iバルブは、合理化という内部管理の優等生であったが、経営では全くの劣等生だったのだ。

会社の優劣は内部管理の優秀さにあるのではない。事業経営の優秀さにあるのだ。

※会社の優劣は内部管理の優秀さにあるのではない。事業経営の優秀さにある。

いかに内部管理が優れていようと、内部管理には外部情勢の変化に対応する力は全くないのである。

※内部管理には、外部情勢の変化に対応する力は全くない。

Iバブルは外部情勢の変化に対応できずに潰れたのである。

Iバルブは、石油業界のバルブしか造っていなかった。戦後、石油コンビナートの建設ブームに乗って、業績も伸長していった。そして、そのブームに乗って大増産をすべく、近県の工場団地に大きな敷地を購入した。ところが、石油コンビナートの建設が一段落して、受注が減り始めた。そこへ、その後の不況が追い打ちをかけ、受注は激減した。資金繰りは大ピンチに陥った。

そのピンチに、社長は社業をよそに、他人のためにとび廻っている。その資金繰りは、工場用地を買ったために大きな資金を固定化して負担を大きくし、ついに、資金繰りに破綻を来してしまったのである。 

Iバルブは、更生会社の指定をうけた。I社長は深く反省するところがあり、切の公職を辞し、頭を丸めて再建に取組んだ。

再建の基本方針は、石油業界のみに住みついていた危険を思い知らされたために、他業界のバルブにも乗りだす、という「多角化」であった。

この再建を助けたものに、東京都の都市計画による本社工場用地の東京都への売却である。貴重な資金が、しかも多額な資金がころがりこんできたからである。

そして今は、負債を完済して更生会社の指定をとかれて、立派に一人前の会社に生れかわったのである。

Iバルブの教訓は、その破綻と再建が、完全に対照しているために、誰の目にもよく分るのである。

破綻の原因は

  • 1、社長が経営に専念しなかった
  • 2、一つの業界にのみ住みついていた
  • 3、固定資産に大きな資金を固定した

ことにより、外部情勢の変化に対応できなかったのである。

再建の原因は

  • 1、社長が社業に専念した
  • 2、事業を多角化した(他業界への進出)
  • 3、固定資産を処分した(他動的ではあるが)

である。

つまり、倒産の原因の全く逆をいっているところに注目したいのである。

※倒産の原因と全く逆を行くことが重要。

Iバルブの実例は、 一つの業界にのみ住みつくことの危険を端的に教えてくれる。どんな業界にも、斜陽化の危険は必ずある。永久に成長し続ける業界はないのだ。もしも業界それ自体が斜陽化してしまえば、いくらその中で頑張ってもダメである。

※1つの業界に住みつくことは危険である。どんな業界にも斜陽化の危険は必ずあり、永久に成長し続ける業界はない。

それだけではない。業界としての時期的な消長があり、業界固有の季節変動もある。

※業界としては、時期的な消長があり、業界固有の季節変動もある。

一つの業界にのみ住みついていたら、それらの影響を一〇〇%うけてしまう。まともにこの打撃をうけたら、耐えきるのは容易ではない。つぶれないまでも、大幅な業績低下や、季節変動による定期的な業績低下を来すのである。

この危険を避けるためには、二つ以上の業界にまたがることである。

※この危険を避けるために、2つ以上の業界にまたがるべきである。

ところが、多くの中小企業の経営者は、他業界に目を向けようとせず、自分のいる業界の中だけで物を考えようとする。

※しかし、多くの中小企業の経営者は、他業界に目を向けようとせず、自分のいる業界の中だけでものを考えようとする。

K社は、女学生用のセーラー服の縫製工場である。この業界は、夏場の三カ月はほとんど仕事がない。「どうしたものだろう」という相談である。冗談じゃない。

一年を九カ月で暮そうとは虫がよすぎる。それを、なすすべもなく、ただ「困った困った」といっている。

ミシンがあるのだから、あまり高度な技術のいらない縫製の仕事を探せばいくらでもある筈だ。下着類、枕カバー、エプロン、よだれかけ……ちょっと高級になれば、座ぶとん、置きクッションなどなど。

しかも、閑散期はもともと仕事がないのだから、安い工賃でも、遊んでいるよりいいのだ。遊んでいても人件費は減らないのだから、どんな仕事でもやる気さえあればできるのだ。安くてもいいのだから、競争力があるのだというのが、私の勧告であった。

右の例は、無策型である。しかし、積極的に考える社長でも、やはり同業界の中で物を考える人が圧倒的に多い。

※積極的に考える社長でも同業界内で考える社長ばかりである。

Z社は、土木用のコンプレッサーの専門メーカーである。社長は、多角化のために、クラッシャーをやりたいという。

私は、「同業界の新商品では業界の危険は少しも減らない。

※同業界の新商品では業界の危険は少しも減らない。

その半面、クラッシャーといういままでつくったことのない商品をつくるためには、あなたの会社にとっては新しい技術が必要になってくる。新しい技術は、 一朝一夕に修得できるものではない。

不慣れな技術のままで商品をつくったら、知らずに欠陥商品を発売する危険が新たに生れる。いったん欠陥商品をだしたら、それによって失った信用をとりかえすのは容易なことではない。安全性は増えずに、危険だけが増えるのが、同業界の異種商品だ。

※不慣れな技術のままで商品を作ったら、知らずに欠陥商品を発売する危険が新たに生まれる。安全性は増えずに危険だけが増えるのが、同業界の異種商品である。

安全性を増したいなら、現在の技術を使った他業界の商品に進出するのが正しい策である」と勧告した。

※安全性を増やしたいなら、現在の技術を使った他業界の商品に進出するのが正しい策である。

私の勧告を、社長が理解するには若千の時間を要したが、決定よりも先に検討を進めた結果、社長は納得してくれた。何といっても、手なれたコンプレッサーを主体とすることに安心感があったのである。

その検討とは、次のようなことであった。

コンプレッサーの主要市場は、土木用以外で、工場用と家電と冷凍機の三つに大別できた。工場用は一度手がけてみたが、どうも体質に合わないとしてやめたので食欲がわかず、家電は小型コンプレッサーで、しかも量産設備がないのでこれもダメ。最後に残った冷凍機と取組むこととなった。

冷凍機業界の調査をしているうちに、ある冷凍機メーカーが下請を探しているという情報が入り、早速このメーカーに働きかけたところ、先方でも喜びたちまち話がまとまってしまった。作戦としては、まず下請として冷凍機の勉強と冷凍機業界の調査をし、自社商品化の可能性を検討するということになった。

これならば、主体はコンプレッサーだから技術的には何の心配もいらないし、冷凍機の固有部品は支給してもらうか、購入先を紹介してもらうことで解決したのである。

こうして、危険はあまり増加せず、しかも他業界に乗りだすことによって、危険の分散と業績の向上という、一石二鳥を実現することができたのである。

※危険はあまり増加せず、しかも他業界に乗り出すことによって、危険の分散と業績の向上という一石二鳥を実現することができた。

このZ社のいき方こそ、多角化の正しいいき方なのである。

「多角化」とは、住みつく業界を多角化してゆくことである。同一業界内で、商品の品種を増やすことは、多角化ではなくて、「多品種化」である。

※多角化とは、住み着く業界を多角化していくことである。同一業界内で商品の品種を増やすことは、多角化ではなくて、多品種化である。

ところが、多角化と多品種化の区別が分らず、多品種化を多角化と思いこんでいる人が相当いるのである。

※しかし多品種化を多角化と思い込んでいる社長が非常に多くなる。

不用意な多品種化は、多くの場合に相当な危険を伴う。それに反して、多角化は多くの場合に危険はあまり増大せずに、収益の向上と安定をもたらす。

※不用意な多品種化は多くの場合に相当な危険を伴う。それに反して、多角化は多くの場合に危険はあまり増大せずに収益の向上と安定をもたらす。

「内部、つまり技術は専門化し、外部、つまり市場を多角化する」ということは、どのような会社にとっても、優れた企業構造の一つの型であるといえる。

※内部、つまり技術は専門化し、外部、つまり市場を多角化するということはどのような会社にとっても、優れた企業構造の一つの型である。

例えば、A社のコンター・マシンである。内部では、コンター・マシンに焦点を合わせた設備と技術を掘り下げるという専門化を進めればよく、外部では鉄を扱うあらゆる業種に潜在需要があるから、特定業種の不況の影響を全面的に受けるようなことがないのである。

もう一つ典型的な例としては、Y製作所がある。同社の発展のあとを辿ってみよ同社のスタートは、戦後で、最初に手がけたのは、腕時計のバンドのバネ棒であった。

バネ棒がほぼ軌道に乗った時に、腕時計のバンドに手をつけた。おきまりの「同業界の異種商品」である。ところが、バネ棒とは全く違う技術を必要とするために、どうしてもうまくいかず、失敗をしてしまったのである。

Y社長は、この失敗から貴重な教訓を得た。それは、「バネ棒と腕時計のバンドは全く異種の技術を必要とする。そこを考えずに、バネ棒とバンドという商品的な関連だけを見て、不用意に手を出したのが間違いだ。

我社のもっている技術は、「パイプ加工」である。だから、パイプ加工に焦占を絞って新商品を開発してゆかなければならない」ということである。

※同業界の異種商品ではなく、技術に焦点を合わせる。

こうして、Y製作所の正しい生き方が決定された。

そこで目をつけたのが、米軍人の持ちていたロッド・アンテナである。そして、これは見事に成功した。いまでは、「Y社のロッド・アンテナか、ロッド・アンテナのY社か」といわれるまでになり、圧倒的な市場占有率を誇っている。

次に手を出したのは、テレビ・アンテナである。これは失敗であった。加工度が低く、競争は激しいために収益性が悪かったからである。

これ以後の同社の進んだ道は、パイプ・ハンガー←靴べらのシャフト←ゴルフクラブのシャフト←バドミントンラケットのシャフト、というようにパイプ加工一本,に絞って商品を開発している。

さらに、ゴルフクラブに進出したが、これは体質に合わず撤退した。

Y製作所は、内部ではパイプ加工技術に専門化しているが、その商品の市場は、腕時計、家庭電器、雑貨、レジャーというように多角化されている。まさに理想的な事業構造である。

世の中は非常な勢いで変っているのだ。そのために、いつ、どのような業界が斜陽化してゆくか分ったものではない。自らが住んでいる業界が斜陽化したら、その中でいくらもがいてみても、どうにもなるものではない。

※世の中は非常な勢いで変化している。そのため、どのような業界が斜陽化していくかわからない。自らの業界が斜陽化したらその中でいくらもがいても、どうにもならない。

未来に、いつ起るかも分らない危険にそなえて、我社の安全のための多角化、少なくとも二つ、好ましいのは二つ以上の業界混成を図ることこそ、社長の役割である。

※迫り来る危険に備えて我が社の安全のための多角化、少なくとも2つ、好ましいのは2つ以上の業界混成を図ることこそ、社長の役割である。

市場には全く関心を示さず、会社の内部にのみ目を注ぎ、合理化と社員管理に憂き身をやつしている会社が多すぎるのを見るにつけ、戦後アメリカから入ってきた「経営学と称する経営学にあらぎる内部管理の手法」を、経営学と称して盛んに売っている人々に反省を求めたいのである。

※市場には全く関心を示さず、会社の内部にのみ目を注ぎ、合理化と社員管理に憂き身をやつしている会社が多すぎるのみるにつけ、戦後アメリカから入ってきた「経営学と称する経営学にあらぎる内部管理の手法」を経営学と称して盛んに売っている人々に反省を促したい。

それらの理論を勉強し、とり入れることが企業の近代化であると思いこまされているたくさんの企業は、間違った理論の被害者であることは事実ではある。

※それらの理論を勉強し、取り入れることが企業の近代化であると思い込まされているたくさんの企業は、間違った理論の被害者であることは事実であるが、

しかし、いやしくも経営者たるものが、初めは誤ったにせよ、すぐに、その理論は内部管理のためのものであっても、経営学ではないことに気がつかないというのも、困ったものである。

※その理論は内部管理のためのものであっても、経営学ではないことに気づかないというもの困ったものである。

経営者の役割は内部管理ではなくて、事業の経営である。そして、事業経営とは、市場と顧客の要求の変化に対応して、我社をつくりかえてゆくことである。

もしも、あなたの会社が、ただ一つの業界にだけしか住みついていないとするならば、今すぐに他業界への進出に踏みきる必要がある。

そして、社長自ら新商品、新得意先の開拓をやらなければならないのである。社員任せなどしたら、それは全くの間違いである。というのは、我社の将来の安全を図るのは、社長の役割だからである。

得意先の組合せはよいか●

G社はR社のオンリーさんであった。R社が順調な発展をしているうちはたいした問題はなかった。せいぜいR社のG社担当者から接待の要求が多すぎるという程度の不満があるだけだった。

ところが、競争が激しくなるにつれ、次第に値下げ要求がきつくなってきた。親企業のムリな要求も、結局は呑まなければならないだけに、その不満がだんだんと親企業への批判や反感となっていった。

それが批判や反感のうちはまだよかった。ついに、G社にとって、右すべきか左すべきかの存亡に関する大問題がR社から提示された。それは、R社への吸収合併の提案である。

G社長は悩み苦しんだことは事実だが、自らの気持としては、これを拒絶して「独自の道を行きたい」ということであった。

ところが、この選択を、自らの気持をかくして社員にその可否を問うという、大きな誤りをおかしてしまったのである。社長として何が誤りといっても「我社の将来の方向を社員に問う」という程大きな誤りはないからである。

※社員に未来の判断の可否を問うのは間違っている。

当然のこととして、社内は蜂の巣をつついたような大混乱に陥ってしまった。

ただおろおろするもの、我関せずと平静を装うもの、独得の嗅覚を働かせて社長の気持を察し、「G社の旗を守れ」と叫ぶもの、冷静に事態を判断して合併賛成を説くもの……、仕事は全く手につかず、来る日も来る日もいつ果るともない論争が繰返されていったのである。

ついに、社長の断、というよりは、自らの気持を明らかにしたのであるが、合併を拒否することに決定された。

これは、明らかに親企業に対する「宣戦布告」である。親企業にしてみれば、これは単に自らの提案が実現しなかっただけではなく、面子をつぶされたことである。

どんなことをしても、G社の仕事を取上げることは目に見えているからである。そして、半年後に注文を三分の一に減らされ、一年後には完全に切られてしまったのである。

合併拒否は、当然のこととして、このことを予測というよりは、「将来の事実」としてその対策をたてての上でなければならないのに、それが全くなかったのである。

合併賛成派は、このことを考えて「合併より他に道なし」というのが、その根拠だったのである。

会社が順調な時には、社員は会社のことを考えない。しかし、いったん危急存亡のピンチに立った時には、社員は会社の運命を自らの運命と考えて真剣に取組む。

この時は単なる社員ではなくて、経営者の立場に立つものであることを、今にして私は思い当るのである。というのは、この時私はG社の社員だったからである。

私が第一章であげた実例で、「一倉のやつは、人間不信論者だ」とお感じになった読者もおられるかもしれない。しかし、私は人間不信論者ではない。人間は、そのおかれた立場や環境によって、全く同じ人間とは思えない考え方や行動をとる動物だということをいいたいのである。

話をもとにもどそう。

G社の運命は「倒産」だったのである。会社創立以来、ずっと「オンリーさん」ですごしてきたために、自らの力で商品を創造し、自らの力でこれを売る能力などなかったからである。

倒産までに二年余りであった。この間、会社の将来に見切りをつけた社員が次々にやめていった。いち早くやめた人々の中に、つい昨日まで「G社の旗を守れ」と叫んだものが相当いたのである。

反対に、新商品を開発し、会社を何とか生き残らせようと努力をした人々は、かつて「G社の旗を守れ」と叫んだ人々によって、「社賊」のらく印を押された「合併賛成派」だったのである。これが世の中というものであろう。

G社の実例は、オンリーさんがいかに危険なものであるかを我々に教えてくれる。

その危険とは、全く自主性をもっていないことである。親会社のピンチはその影響をまともにうけ、親企業の方針転換にも、全くなすすべがないからである。

だから、会社とはいえ、その実体は親企業の「分工場」なのである。本当の分工場ならば、配置転換をしてもらえるが、下請ではつき放されるだけである。

「お互いの信頼関係に立って」というようなきれい事は、調子のよい時だけの話である。

かつての不況期に、それまで超優良会社といわれていたT社は、北陸地方のオンリーさんであった機屋を情容赦なく、バッサバッサと切捨てた。

好調のときには、優良協力工場としてT社に招き、T社長自ら感謝状を手渡し、お互いの信頼関係に立って、末永く協力関係を誓って握手をしたその協力工場をである。

T社の道義的な責任を云々するのもいいが、それよりもむしろ、そんな甘言に感激して、全面的な協力を誓ったお人好しの機屋の社長こそ、批判される立場に立たなければならない、というのが私の主張である。

だからといって、T社のやり方が不間に付されていいというのではない。論より証拠、それ以後、北陸地方におけるT社への不信感は、ぬぐい去ることのできない汚点としていまだに北陸地方の人々の心に残っているのである。

次は、T木工の倒産について考えてみよう。

同社は、売上げの九〇%をM電器に依存していた。実質はオンリーさんである。

主要商品は、ステレオのキャビネットであった。ステレオのキャビネットは、モデル・チェンジのサイクルが短く、短期間でのモデル・チェンジに次ぐモデル・チェンジである。

しかし、その切換えロスは全く認められない。これは、我が国の下請工場の甘受しなければならない宿命なのである。この損害に追い打ちをかけたものは、輸出品である。輸出品は価格が安い上に検査が厳しい。そのための赤字は多額にのぼり、これが切換えロスの赤字に上乗せされてゆき、ついに倒産してしまったのである。

T木工の例などまだいい方である。私は、親企業が悪どい手段を、しかも巧妙に使って下請企業を乗っ取った例をいくつも知っている。

そして、その常とう手段は、造ることしか知らない技術優秀な「職人社長」の経営する職人会社を狙って、初めは好餌を与えてオンリー化し、次に絞めあげるということである。

これは「判」で押したように一致している。親企業にとっては、オンリーさんを乗っ取ることなど、赤子の手をねじ上げるようにやさしいことなのである。

オンリーさんの危険を防ぐための、最も手早く有効な手段は、オンリーさんを避けることであることはいうまでもない。

その典型を私はH社に見る。H社長の方針は、我社の売上げの三〇%以上を一社に依存させない、というのである。

※我社の売上の30%以上を一社に依存させないという方針にする。

H社は、この方針を得意先に説明して了解をとってある。だからH社には、世に多くある親企業からのオンリー化の要請や、資本参加による実質的乗っ取りの要求H社の得意先構成を見ると、家電業界から「コロムビア」、自転車業界から「宮田工業」、事務機業界から「リコー」、計量器業界から「トキコ」、家具業界から「岡村」、自動車業界から「車輪工業」という、全くの一業一社である。

一業一社というのは、非常に重要な意味がある。まず第一は危険分散であることはいうまでもないが、H社の得意先のうち、コロムビア、宮田、リコーと何と三社が破綻または赤字転落による倒産寸前という事態をひき起しているのである。

もしも、それらの会社の一社依存であったなら、H社はどうなったか分らない。

しかしH社は得意先が分散していたために、その打撃は痛かったではあろうが、会社をつぶすことにはならなかったのである。その三社の破綻は同時に起ったのではなかったので、打撃を受けた時期も分散されたためである。

第二には、下請にとって、得意先が同業界であったなら、得意先から見た場合に、考えなければならないのは、新商品発売までの機密保持である。

普通の場合に、新商品の試作発注をした会社に、量産発注が行なわれる。というよりは、量産予定会社に試作発注が行なわれるのである。

とすると、同業他社の仕事をしている下請会社への発注は、機密保持の上からみて好ましくない。

そのような考えを、得意先にもたせることの不利は、いうまでもないことであろう。

H社は、 一業一社であるために、得意先は機密保持に対して全く心配はいらないのである。H社の方針の優れているのは、この点にもあるのだ。

得意先の組合せについて考えなければならないことは、まず第一に、主力得意先は三社以上が望ましく、一業界一社が理想である。第二には、最大の得意先でも売上げの三〇%以上を依存しないことである。第三には、主力得意先の中に、限界生産者があると危険である。

※得意先の組み合わせについて考えなければならないことは、まず第一に主力得意先は3社以上が望ましく、1業界1社が理想である。第二には、最大の得意先でも売上の30%以上を依存しないことである。第三には、主力得意先の中に、限界生産者があると危険である。

社長たるもの、我社の収益増大を図るのは当然として、その前に我社の安全性を確保するための手を打っておかなければならない。

外部情勢は、いつ、どのように変るかも知れず、その影響をうけて、いつ得意先に大幅な業績低下が起るかもしれない。あるいは、得意先自体の方針転換のために、我社の受注が減少するか分ったものではない。

将来の危険に対して、今のうちに手を打つことこそ、社長の重要な役割の一つである。

商品の組合せはよいか●

衛生ナプキンという、アイディア商品を開発し、高収益、高成長を誇った、かつてのアンネの破綻は、我々に「単品経営」の危険を警告するものである。

※単品経営では危険。

どのように優れたアイディア商品であろうと、高収益商品であろうと、その優位性を長期間にわたって保ち続けることはまず不可能である。

※どんなに優れたアイディア商品であろうと高収益商品であろうと、その優位性を長期間にわたって保ち続けることはまず不可能である。

その第一は、後発業者の台頭による競争の激化である。それが優れていればいる程、多くの業者が参入してくる。

※第一は、後発業者が台頭することによって競争が激化する。優れていれば優れているほど多くの業者が参入してくる。

アンネの場合には「チャーム」という新たな装いをこらした商品に打ち負かされたのである。その理由の一つに、アンネが有名になりすぎたために、ブランド・ネームそのものが女性生理の意味合いをもち、これが購買心理的にマイナスを来したという説がある。

有名小説のヒロインの名をとったアンネは、最初のイメージとは違ちたものになってしまったのである。

第二には、お客様の好みの変化による売上高の減少である。単品経営の多くの経営者は、その商品が永久に売れるものと思いこんでいる。

※第二には、お客様の好みの変化による売上高の減少である。単品経営者の多くは、その商品が永久に売れるものだと勘違いしている。

お客様の好みが変って売上げが落ちることなど考えようとしないのである。そのために、現在の商品の売上げ減にそなえて次の商品を用意する、というようなことはほとんどない。

※お客様の好みが変わって売り上げは確実に下がっていくことを忘れ去ってしまう。

だから、お客様の好みが変って売上げが落ちはじめるという、今まで考えてもみなかった事態にぶつかって、初めてあわてる。しかしこれでは間に合わないのである。

※お客様の好みが変わって売り上げが落ち始める。考えてもみなかった事態にぶつかって初めて慌てる。しかしそうなってからはときすでに遅しである。

世の中には、永久に売れ続ける商品など一つも存在しないのである。それを、我社の商品は永久に売れ続けると思いこんで、現在の好調に酔い、次の商品の開発を怠る経営者は決して少なくないのである。

※世の中には永久に売れ続ける商品など一つも存在しない。好調に酔いしれ、次の商品の開発を怠る経営者は多い。

このことは、単品経営ではなくとも、ある特定の商品の売上げが大きくて、他の商品の売上げが少ないという場合にも当てはまるのである。

※単品経営ではなくとも、ある特定の商品の売上が大きく、他の商品の売上が少ないという場合にも当てはまる。

Dガラスの倒産は、ヤクルトの瓶が大きな売上比率をもっていたためである。ヤクルトの瓶がプラスチックに変ったその瞬間に売上げが激減し、ついにつぶれてしまったのである。

カルビー製菓は、戦後の菓子業界における場外ホームランともいうべき、「かっぱえびせん」の開発によって爆発的に成長した会社であり、菓子にはまれな高収益性をもつ「かっぱえびせん」なるがゆえの、高業績を誇っている優良会社である。

ところが、この優良会社は、大きな潜在的危険をもっているのだ。というのは、会社の売上げに占める比率が大きすぎるために、実質的には単品経営とさして変らないのである。

「かっぱえびせん」が、永久にお客様の好みに合うという保証は何もない。というよりは、いつお客様の好みが変るか分ったものではないのである。お客様の好みが変った時には、 一気に売上げが落ちて、大ピンチに陥るおそれがあるのだ。

このような危険を、「成功しすぎる危険」というのである。この危険をカバーしたのがポテトチップスである。

新商品というものは、成功すればする程いいというものではないことが、おわかりいただけると思う。会社の売上げに占める比率が大きくなりすぎると危険が増大するということを忘れてはならないのである。といっても、丁度よく成功するというようなわけにはなかなかいかない。

経営とは、難しくて厄介なものであると、つくづく思うのである。

成功しすぎた危険とよく似た危険に、「パテントで守られた危険」がある。パテントが切れた瞬間の危険である。吉野工業がもっていた、プラスチックの「ブロー・ホール成型法」は、パテントが切れた瞬間に、各社いっせいに製造にかかった。

たちまち過当競争である。同社は、この製法に多くを依存していたわけではないので、大打撃を受けたわけではないが、もしも大きく依存していたら、大変なことである。

とかく、中小企業はパテントの強味をもっていると、それに甘んじて、パテントの切れた時のことを考えない。どたん場になって気がついて、あわてても遅いのである。

ところで、パテント切れの時には、切れた会社にとって危険なだけでなく「これに飛びつく危険」がある。

A社にお手伝いをしていた時に、ブロー・ホールのパテントが近く切れるから、我社でもやりたいという。私はやめるように勧告した。

というのは、A社より数倍大きな会社が、我も我もと乗りだす準備をしていたからである。たちまちに過当競争に陥り、値崩れしてしまうことは、日に見えているからである。

その他、単品経営の危険については、拙著『社長の条件』にも実例があげてある。

それは、得意先の方針変更によって、危うく倒産しかけた会社の話、警報器の使用制限令によって大打撃をうけた会社の話、などである。

世の中は、いつ、どのように変るか分ったものではない。今いいからといって決して安心はできないのである。

まだ変化がこないうちに、「現在の我社の商品は遠からず斜陽化する」という認識のもとに、その変化に備えることこそ、社長の大切な役目の一つなのである。

※現在の我が社の商品は遠からず斜陽化するという認識を常に持つこと。

内外作区分はよいか●

N社はオートバイの部品加工をやっていた。工程は、プレスー溶接―塗装―サブアッセンブリーで、塗装工程だけが外注されていた。

ところが、N社長は塗装まで内作にしたら、もっと利益が大きくなると思いこんでしまった。決定に先立って、というよりは決定してしまってから、その可否を私のところに相談にきた。

※内製化したらもっと利益が大きくなると思い込んでしまう危険がある。

私の意見は、内作移行に反対であった。その理由は、同一業界どころか、同一得意先の同一商品の異種技術への進出である。業界の危険は変らずに、異種技術の危険が増えるからである。どうせ多額の設備資金を投入するなら、他業界のに対して行なうべきなのである。

※内製化に反対する理由は、同一業界どころか、同一得意先の同一商品の異種技術への進出である。業界の危険は変わらずに、異種技術の危険が増える。せっかく多額の設備資金を投入するなら、他業界に対して行うべきである。

N社長は、それでも決心を変えなかった。内作によるコスト低減の期待が大きかったからである。

※内作へのコスト低減の期待が大きいとそうなってしまう。

やがて、駆逐艦のような塗装プラントができ上がって、塗装作業が開始された。

しかし、未経験の技術だけに、不良続出で、コストを下げるどころではなく、大きなロスが発生した。その混乱は、 一年半も続いた後、やっと技術を物にすることができた。

「やれやれ、これからいよいよコスト低減のメリットが生れるぞ」と喜んだのもつかの間、マーケットが変ってしまったのである。

※ようやく技術をものにしたところ、マーケットが変化してしまった。

いままで黒一色だったオートバイは、カラー時代に入り、何種類もの違った色を、少数ずつ塗り分けなければならなかった。常時、十五〜六種類、多い時は二十種類以上にも及んだ。 

こうなると、大きなプラントが小廻りがきかないために、ロスが大きく、そのためにどうしても採算に乗らず、会社の長期的な重荷となってしまったのである。そして、また私に相談が来た。N社にお伺いして右の事情を知らされたのである。

私は、カラーは数の多い二〜三種類に絞って他は外注する。余った能力で一色で済む仕事を探す他に、当面の策はない。こうして、とにかく採算ベースに乗せることが先決である。その上で、将来の方針を検討するのがいいだろうと勧告した。

この実例には、三つの教訓がある。一つは同一の商品の加工の流れの中で、異種技術進出への危険である。二つにはマーケットの変化に弱いプラントの危険である。三つには、作業能率にばかり目を向けて、有利な内外作区分を考えつかなかったコチコチ頭の危険である。

※3つの教訓がある。1つは同一商品の加工の流れの中で、異種技術進出への危険がある。2つ目は、マーケットの変化に弱いプラントの危険がある。3つ目は作業能率にばかり目を向けて、有利な内外作区分を考えつけない凝り固まった考えである。

そして、このコチコチ頭は能率の亡者にしばしば見られるのだ。いったん能率のとりこになると、それ以外のことには全くという程頭が廻らなくなるらしいのである。

※こちこち頭は能率の亡者にしばしば見られる。一旦能率の虜になると、それ以外のことには、全く頭が回らなくなる。

工程の組合せ、 一口でいえば「内外作区分」のことであるが、その場その場の都合や、単なるコストだけの検討で、不用意にきめてしまうことはいましめなければ特に、能率主義者は、増大し続ける人件費・経費を、能率をあげることだけで賄おうとする。

※工程の組み合わせを内外作区分という。その場その場の都合や単なるコストだけの検討で、不用意に決めてしまうことは戒めなければならない。能率主義者は増大し続ける人件費・経費を能率を上げることで賄おうとする。

まず第一に社内加工の能率をあげることであり、第二には外注費の節減である。特に、外注費の絶対額が多くなったり、数量が多くなってくると、これを内作に切換えようとする。これによって外注費を節減できるからである。

※まず第一に社内加工の能率を上げることであり、第二には外注費の節約である。特に外注費の絶対額が多くなり、数量が多くなってくると、これを内作に切り替えようとする。これで外注費を節約できるからである。

ここに思わぬ「陥し穴」がある。外注費以外の条件を考えないからだ。内外作区分の変更ということは、そんな単純なものではなく、経営の基本的要件に関する重大問題なのである。N社の失敗がこれを実証している。

※ここに落とし穴がある。内外作区分の変更ということは、そんな単純なものではなく、経営の基本的要件に関する重大問題である。

内外作区分は、単にメーカーだけでなく、流通業者にとっても重大な問題である。

衣料品問屋T社の倒産を考えてみよう。T社の倒産は、自ら縫製工場をもったところにある。同一業界の異種活動への進出である。

※自ら縫製工場を持ったことで倒産した。同一業界の異種活動への進出である。

仕入れだけのうちは、シーズンに間に合うように仕入れ、端境期の仕入れは減らせばよく、返品が可能なものもあり、身軽な経営ができた。

※工場を持つ前は身軽な経営をすることができた。

ところが、いったん自社工場を持つと、そうはいかなくなった。衣料は、夏は冬物、冬は夏物というように、半年前から製造を開始しなければならず、もしも見込みが外れた時には、以前ならば返品できたが、こんどは全部自社負担となった。

端境期といえども、工場を遊ばせるわけにはいかない。このようにして、運転資金の増大と、不良在庫の増大をきたし、これらが次第に積って、ついに「不渡り」を発生させたのである。

※工場を遊ばせるわけにはいかない。運転資金の増大と不良在庫の増大により、不渡を出した。

これと全く同じケースに、工具問屋のW社がある。工具を仕入れて売っていた時には、経営は順調であった。ところが、欲を出して工具製作を始めた。

多額の資金を投入した工具工場はうまくいかず、折からの不況にあって、工具の売上げは減少し、ついに「資金ショート」を起してしまったのである。

異種技術や慣れない事業に進出するときは、十分な準備と、慎重な運営を必要とするのを忘れてはならないのである。そんな危険をおかさなくとも、業績を向上させる道はあるのだ。

※異種技術や慣れない事業に進出するときは、十分な準備と慎重な運営を必要とすルのを忘れてはならない。

例えば、T社の場合には、製造には手を出さずに問屋に徹して、現在の販売網に乗せられる商品を、新たに加えるところから始めるのが順序であろう。

W社の場合にも、流通業者として、中小型の機械を扱うか、支店を出すか、というところが確実性が高くて無難であろう。

メーカーにせよ、流通業者にせよ、内外作区分をどうするかということは、想像以上に、我社の将来に大きな影響を及ぼすものであることを考えて、慎重にいろいろな角度から検討しなければならないことを、よく心得ておくべきであろう。

内外作区分というものは、単に「間に合わない」とか「安いから」だというような理由でするものではない。重要な戦略的な意味があるのだ。

第一には、収益性の向上である。外注は外注費を払わなくてはならないから、そのぶん収益性が低くなると思い違いをしている社長が多いが、それはその反対で、固定費の増加がない。

もしも、これを社内で新たに行なう場合には設備費がかかるだけでなく、製造費がかかる。この計算法は、同じく社長学シリーズの『増収増益戦略』のところで解説してあるので参照されたい。

第二には、季節変動のピーク時には多くの会社で間に合わない場合が多いが、これを外注で間に合わせることによって、簡単に占有率向上が可能になる。

いったん間に合わせると、お得意様は「あの会社は力がある」と感じ、次回のピーク時にそなえて、平常時の注文を増やしてくれるものである。競争に勝つための最もやさしい作戦なのである。

だから、内外作区分は長期的な戦略として内作一対外作五(以上多い程よい)くらいは必要である。最低目標として内作一対外作二は確保しなければならないのである。

※内外作区分は長期的な戦略として内作1対5(以上多いほど良い)くらいは必要である。最低目標として内作1対外策2は確保しなければならない。

これが実現したら、筆者がなぜ「外注は多い程よい」と主張しているかを、身をもって知ることができることは間違いないのである。

※外注は多いほど良い。

設備投資の不利な点を知れ●

A製作所は、オートバイのハブ・ブレーキの専門メーカーで、宮田自転車の「オンリーさん」であった。多量生産品の宿命として、競争に勝つためには、親会社からの定期的な値下げ要求に耐えてゆかなければならなかった。

そのために、次々と新鋭機、自動機を導入し、そして窮極的には専用機化への道を歩まなければならなかった。こうなると、もうそれは、機能的には「プラント」といってよかった。違った種類の仕事は全く出来ないからである。

やっとの思いでプラント化を完成し、「やれやれ、これから収益があげられる」と思ったのも、つかの間であった。

※プラントが完成してまもなく、マーケットが変化してしまった。

宮田自転車の経営が破綻し、松下電器の傘下に入ってしまった。松下電器は、宮田工業と改名して再建に入った。そして、まず打った手が、「アサヒ号」の切捨てであった。

A製作所は、 一瞬にして仕事の全部を失ってしまったのである。私がA製作所に遊びにいったのは、それから一年程たっていた。その私をつかまえて、専務は嘆いた。

「一倉君、俺達はいったいどうしたら安心して生きてゆけるのだ。しゃにむに設備投資をして、能率化をしなければやってゆけない。といって、その努力は、いつ状況が変ってフイになるか分ったものではない。ハブ・ブレーキにかわって、やっと見うけた今の仕事だって、 ハブ・ブレーキの二の舞をふまないという保証は全くないのだ」と。

工場へ行ってみると、かつてのA製作所の武器であった、ハブ加工の専用機群が、全く休止し、ほこりをかぶって黒々とした姿をならべていた。社長や専務は、この有様を見るたびに、はらわたをえぐられるような気になることであろう。

その後のA製作所は、五年程頑張ったが、ついに倒産してしまった。ハブ・ブレーキの痛手があまりに大きかったのと、その後の事業が、もともと低収益であったために、人件費の上昇を賄いきれなくなったためである。

設備は、優れた武器であることはいうまでもない。そのために、設備投資の効用ばかり大きく叫ばれて、その反面の危険はほとんど無視されてきた。ここに大きな陥し穴があるのだ。

多くの経営者は、設備投資こそ生産性を向上させ、企業を繁栄に導くものであるという権威者(?)の言葉を信じて、ひたすら設備を増強した。

※設備投資こそ生産性を向上させ、企業を繁栄に導くものであるという権威者の神話を信じで多くの経営者は勘違いを犯してしまう。

行政指導も「設備近代化資金」を無利子で貸したり、「合理化モデルエ場」というお墨付をだしたりした。

※行政も同様に設備投資を推進してくる。

そのために「設備投資はいい事だ」とひたすら信じこまされて、設備を増強し、知らず知らずのうちに、大きな危険区域に踏みこんでしまうのである。

※設備投資はいいことだとひたすら信じ、設備を増強し、知らず知らずのうちに危険区域に踏み込んでしまう。

設備投資のまず第一の不利は、設備資金の金利、減価償却費、維持費などの増加と、設備を使う人の人件費などの固定費増加による損益分岐点の上昇である。

※設備投資の第一の不利は、設備資金の金利・減価償却費・維持費などの増加と、設備を使う人の人件費などの固定費増加による損益分点の上昇である。

第二には、設備資金の返済による資金繰りの圧迫である。不況による売上減少時などに、本当に骨身にこたえるという経験をお持ちの方は、相当いる筈である。

※設備資金の返済による資金繰りの圧迫である。不況による売上減少時などに、本当に骨身にこたえるという経営をしている経営者は多い。

第三の、そして最も重大な不利は、変化に対応する機動力と弾力性がなくなっていくことである。設備は、これが順調に働いてくれてこそ武器である。働かない設備ほど始末の悪いものはない。そしてその危険は常に外部にあるのだ。

※第三は、最も重大な不利は、変化に対応する機動力と弾力性がなくなっていくことである。設備は順調な場合は、武器になるが、働かない設備ほど始末の悪いものはない。そしてその危険は外部に存在する。

市場は変化する。お客様の好みは変ってゆく。得意先の方針が変る場合もある。いつ、我社の設備でつくられた商品が陳腐化したり、あるいは全く売れなくなるか分ったものではない。多様化によってロット・サイズが小さくなって、高性能機の能力を発揮できなくなるかも知れない。(前章の塗装プラントの例がこれである)

※市場は常に変化する。お客様の好みも変わっていく。得意先の方針も変わっていく。そして我が社の設備で作られた商品が陳腐化し、全く売れなくなる可能性もある。

このような場合に、設備はその弱点を顕わにしてくる。高能率を発揮できないのはまだしも、全く使いものにならなくなるおそれさえある。それが高度に自動化されていたり、専用機であった場合にである。その危険の度合は、高性能機ほど大きいものであることを忘れてはならないのである。

※高性能機ほど、リスクが大きくなる。

外部からいや応なしにくる危険だけではない。我社自らの方針転換や革新の場合にも、設備は手かせ足かせとなる場合もある。

以上のような危険を知らず、「現在の状態は永続する」と思いこみ、現在の状態をもとにして設備投資をする経営者は非常に多い。特に好況時やブームの時にこの誤りをおかしやすい。

I化学の倒産がこれである。同社は、プラモデルのメーカーであった。「鉄人三八号」の大当りに次いで、「サンダーバード」のブームがきた。

社長はこのブームに酔い、ブームはやがて去ることを忘れて、設備を大増設した。これが命とりになったのである。ブームが去った時に、ガタ落ちした売上げでは多額の設備資金の返済ができなくなってしまったのである。

小野田セメントの「改良焼成炉」は、多額の資金を投じて、それが設置された次の瞬間に、さらに性能のよい炉が開発されたが、今さらとりかえるわけにもいかず、このために小野田セメントは長期にわたって不利な立場に立たされ、業績不振に泣かなければならなかったのである。

設備投資の危険は、ますます大きくなってゆく。それだけではない。最近の地価・物価の高騰によって、必要な資金はうなぎ昇りである。

場合によると、付近の住民から公害問題でつるし上げを喰うかも知れない。設備投資の不利益は大きくなるばかりである。では、どう考えたらいいのだろうか。実例に教わることにしよう。

武藤工業のドラフター(製図器)である。同社は、東京の世田谷区にある。市街地であるために、売上増大につれて、工場を拡張できなかったためであろう。部品は完全外注といっていい。

社内でやっているのは、治工具の製作と総組立だけである。それでいて優れた開発力と、優れた販売力によって、高収益をあげている。

S印刷は工場を全然もっていない。全部外注である。しかし、優れた企画力と営業力によって、特色のある経営を行なっている。

S社が売っているのは印刷物ではなくて、「印刷物の宣伝効果を売る」というのが社長の考えである。S印刷も、かつては工場をもっていた。その時は工場を働かせるために、不利と知りながらも、仕事をとらなければならなかった。

S印刷の特色を発揮するためには、工場はむしろ「お荷物」だったのである。今は、その「お荷物」はなく、存分に特色を発揮できるという、行動の自由をもっているのである。

U工業では、会社創立以来ごく小型の部品やネジ類以外はすべて内作でやってきた。社業の発展につれて、その都度土地を買い、建物をたて、機械を買い、人を集める、という繰返しであった。ところが、最近社長はこのやり方に疑問をもってきた。

まず第一には、そのために費やされる社長を初めとする幹部の時間と労力が、次第に大きくなってきて、その負担は大変なものになってきたからである。

第二には資金である。何とか調達はできても、その返済のための資金繰りで、年中ギューギューいわされている。会計上では固定資産が増えても、それは増大する借金と見合っているのだから、本当の資産とはいえない。

こんな苦労と危険をおかしてまで、次から次へと設備投資をしていていいのだろうか、というのである。

社長はいろいる考えた末に、どうしても社内でなければできない作業だけを社内で行ない、それ以外は外注にしたらいい、という結論に達して、私に意見を求めてきた。私はこの考えに賛成した。

社長は、自信をもってこの方針を推進した。その結果は、まず第一に、いままでどうにも解決できなかった新事業のための必要設備の設置スペースが、たちまち浮いてきた。

このために、新事業推進のメドが立ってきた。第二には、外注工場群の整備により、会社全体の生産能力が大きくなって、売上増大のピッチが早まった。

第二には、外注工場には、それぞれきまった品種だけをやらせるようにしたために、いままで社内で段取り替えして、やっていた時にくらべて、生産性が格段に向上した。

そのために、増加した外注費は減少した人件費以下でおさまってしまった。工場増設のための労力と資金がいらなくなった上に、いい事ずくめの結果が生れたのである。

外注管理のための、僅かな管理コストと労力の増加という、ほんのチョッピリの代償で、この成果である。

私の頭の中にある理想的な経営構造の一つに「工場をもたないメーカー」というのがある。

設備をもち、材料を買って加工をするという形は、それが自社商品であれ、下請加工であれ、その本質は工賃かせぎである。

これでは、いつまでたってもウダツが上がらないだけではなく、増設増員、増加資金の苦しみと、変化に対応できない硬直化の危険に常にさらされていることになる。どうみても上策とはいえない。

それよりも、設備は止むを得ないもののほかは一切もたずに、自らは強い営業力と優れた事業開発力をかねそなえた「頭脳集団による経営」こそ賢明である。生産は、造ること以外に能のない職人会社にやってもらえばいいのである

このような経営構造ならば、増設に伴う苦しみと危険がないだけではなく、損益分岐点は上がらず、変化に対応する機動力と弾力性を、常にもち続けることができるのである。

このような理想の姿ではないまでも、理想の姿をふまえて、頭脳集団化へ、 一歩一歩進むべきであろう。内作中心主義を捨て、まず外注、購買の比率を高めるところから始めるべきであろう。

メーカーで大切なのは、社内生産能力ではなくて、外注購買をひっくるめた総合的な供給力なのである。

このような姿を実現するためには、高い収益性をもった事業、商品を開発し販売すればよいわけである。このような、基本的な態度こそ、経営者として大切なのである。

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