会社の目的は利益追求にあります。利益がなければ会社自体の存続ができなくなるわけですから、赤字では成り立ちません。また、利益がなければ社会貢献など夢のまた夢で終わります。さらに、一緒に働いている社員の生活も成り立たなくなってしまいます。そのため、社長自ら先頭に立ち、叱咤激励を繰り返し、営業し、仕事を増やし続けなければなりません。固定客というものはやがていなくなります。
どんなに安定している会社と取引していたとしても、それが生涯続く保証はありませんから、新規顧客の獲得も重大な仕事の一つです。
そうやって馬車馬のごとく働き続けるのが社長の運命であり、宿命といえるものなのでしょう。
しかし、利益追求ばかりしていると、お金に追われる日々が続きます。毎日頭の中がお金でいっぱいになります。まるでお金の囚人のようです。すると、すべての本質が見えなくなります。最初は誰もが夢や理想に燃えて出発したはずなのですが、現実にぶつかり、その現実に振り回されてしまいます。
ある社長はこう言いました。
「こうして気晴らしにお酒を飲みに来ても、悲しいかな、一杯飲んだらいくら、三杯飲んだらいくらかかると考えてしまう。
社員が無駄遣いすれば文句を言ったり、会社の電気代や社員の使うコピー機の枚数や電話代まで気になってしまう。その結果、私はなんてせこいのだろう、と落ち込みます」会社が利益を追求することは、ごく自然で当たり前です。
また、経費を節約するのも当たり前のことです。問題は、社長が細かいところまで気になってしまう点にあります。
ある社長は、会社の体質を変えました。
「私はお金のことばかり考え続けるのに疲れ果てたので、どうしたらよいか考えました。それまでは、売り上げ・利益を追求して、そればかりを求めてきました。売り上げのために馬車馬のごとく働き続けるのが当たり前だと信じてきたからでした。
しかし働いている人には申し訳ありませんが、売り上げが伸びなくてもやっていける体制を作り上げることにしました。
社員の人数を減らして、最低限度のスタッフだけを残す、しっかりとした利益体質に変えました。
最盛期は三十人くらいの規模でしたが、いまはわずか三人で仕事をこなしています。
足りない人員は、アルバイトか外注にしました。
売り上げを上げずとも、少数でのんびりと稼ぐ方法に切り替えたのです。
まあこれまで、能力以上の会社経営をしてきたのでしょうね。
私はいま、平和ですよ」
売り上げがなければ経営は行き詰まります。そのため、経営者は「売り上げ追求主義」になりがちです。会社経営とは、「利益追求」が正しい姿です。
利益がなければ社員に給料を支払えませんし、家賃の支払いや返済もできなくなるからです。利益がないということは、お客様に喜ばれていない結果です。つまり、世の中に必要ではない会社になっているわけです。
ここで短絡的に、「利益=売り上げ」と考える社長は、売り上げを伸ばせば問題は解決すると考えてしまいますが、それではうまくいかないのです。
売り上げが伸びれば現在の社員だけでは不足するため、社員やアルバイト、パートを増やさねばなりません。すると、資金繰りが悪化して経営がさらに苦しくなります。売り上げが伸びると同時に支払いが増えます。
余剰資金が潤沢なら結構ですが、売上金の入金と支払いにタイムラグ(時間差)が発生した場合、銀行からつなぎ資金を融資してもらう必要ができるかもしれません。
このとき、必要な分だけお金を借り続けるのも、社長の仕事になります。
年商数百万円だったころの私の会社は、わずかな売り上げと支払いで成り立っていました。
それが年商数千万円、数億円、数十億円の規模になると、どうしても外部スタッフを含めて社員を増やさねばなりません。
それに比例して支払額、立替額、銀行からのつなぎ融資額も増え続けます。
また、おかしな現象も起こります。
それは、年商が大きくなればなるほど、固定費を含めた支払額も大きくなり、利益率が減少してしまうということでした。
読者のみなさんには笑われるでしょうが、そのころの私の自慢は「年商」でした。「オレの会社は年商一億だ」「四億を超えた」「六億だ」と「年商自慢」をしていました。また、銀行借り入れは「信用の証」と思い、銀行から大きな資金を借りるのは会社の信用があればこそという「借入金自慢」がありました。これらも「社長の病」の錯覚現象でした。
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