MENU

四 人は用い方

「群小人を役して以て大業を興す者は英主なり。衆君子を舎てて而して一身を亡ぼす者は闇君なり」(多くの平凡な人を使って大事を成した人は英邁な君主である。多くの優れた人を捨て用いずわが身を亡ぼした者は愚かな君主である)。

言志四録にある言葉だが、現代でも、平凡な人を能力者に育てたり、人事管理を巧みにして大成している人も少なくない。また、天下の能者、知者をかり集めてはいるが用いることができずに一敗地にまみれている人がある。能者を集める能はあっても用いる能がないからである。

だいたい人間のうち、どうにも始末に困るものは全体の五%ぐらいだろうといわれている。ということは、教え方、仕向けかたによっては九十五%は役立つ人間ということになる。また、当初は無用の人間と思っていた者が有用な人材になることもあるし、用いる人の引き出しかたが悪かったため、能力の発揮できないでいる者もある。中国戦国時代の故事である。

趙の国は大国秦の大軍に包囲され、首都部鄭も鼠一匹銭刀三十枚の値を呼ぶほど食糧に窮し、城の運命もここに極まらんとしていた。こうなっての生きる道は、他国の援助を受けるそこで王の一族である平原君が楚の孝烈王に救いを求めるため出発することになった。

平原君は前にもふれたように常に三千人の食客を養っていた。その中から二十人を選んで同行させようと考え、十九人は選べたが残り一人選びあぐねていた。そこへ毛遂という男が「ぜひ自分を」といって自薦してきた。平原君は驚いてきいた。

「あなたは、ここへ来て三年たつというが、賢士というものは、あたかも、錐が袋の中にあるようなもので、すぐ、きっ先を外に現わします。それなのに三年もいるのに人の噂にものぼっていないということは、たいした才能がない、といえるのではないか」。毛遂は「もし袋の中に入れて下さっていたら、錐の柄まで突き出ていたでしょう」(嚢中の錐の故事)。こうして毛遂は一行に加えられた。先方へ着いて楚王との交渉が始まったが難航していつ決まるかの見当もつかない。

一同からうながされた毛遂は、手を剣の柄にかけながら階段をかけ上がり「半日もかかって決まらないとは何ごとですか」と叫んだ。

趙の国は大国秦の大軍に包囲され、首都部鄭も鼠一匹銭刀三十枚の値を呼ぶほど食糧に窮し、城の運命もここに極まらんとしていた。こうなっての生きる道は、他国の援助を受ける以外にない。そこで王の一族である平原君が楚の孝烈王に救いを求めるため出発することになった。

平原君は前にもふれたように常に三千人の食客を養っていた。その中から二十人を選んで同行させようと考え、十九人は選べたが残り一人選びあぐねていた。そこへ毛遂という男が「ぜひ自分を」といって自薦してきた。平原君は驚いてきいた。

「あなたは、ここへ来て三年たつというが、賢士というものは、あたかも、錐が袋の中にあるようなもので、すぐ、きっ先を外に現わします。それなのに三年もいるのに人の噂にものぼっていないということは、たいした才能がない、といえるのではないか」。毛遂は「もし袋の中に入れて下さっていたら、錐の柄まで突き出ていたでしょう」(嚢中の錐の故事)。

こうして毛遂は一行に加えられた。先方へ着いて楚王との交渉が始まったが難航していつ決まるかの見当もつかない。

一同からうながされた毛遂は、手を剣の柄にかけながら階段をかけ上がり「半日もかかって決まらないとは何ごとですか」と叫んだ。

孝烈王の怒りにもひるまず「王がお怒りになるのは楚の大兵力を後にしているからでしょう。しかし、この場は違います。王と私の間は十歩に過ぎず、大兵力は役立ちません。王の命は私の手にあるといえます。それに、大国の楚たるものが、むざむざ秦の風下に立とうということ自体不可解な話。同盟を勧めるのは趙のためというより、楚のためである」と。孝烈王もなるほどといって盟約を承知した。こうして趙は危機を脱したのである。

毛遂は同行の十九人に言っている。「公等禄禄たり。所謂人に因りて事を為す者なり」(おまえさんたちは、そこらに、ごろごろしている石ころのようなもので何の役にも立たない。いわゆる人の力にたよって事をなすだけの人間である)。人を見る目を誇らていた平原君は毛遂にこう言って兜をぬいだ。

「毛先生には大変失礼致しました。先生は一度楚に行かれただけで趙の国威を″一ルぅ騰対呂″より重くしました。毛先生は、 ″三寸の舌を以て百万の師よりも彊し″というべきでしょう。これからはみだりに人物評をしないことにします」と、毛遂を絶賛するとともに自らの人物を見抜く力のなかったことを恥じたという。

九鼎大呂とは古代中国に伝わる天下の名宝のことで、九鼎は夏の高王が九州(当時の中国全土)から銅を献上させて造った鼎で、夏・殷o周三代に伝えられた。大呂は、周の祖先の廟にあった大鐘で、その音が大呂という音階であったので名づけたという。天下の名宝も、国難を救った口先三寸には勝てなかったということである。

現代の企業においても、磨けば玉になる人もいるはずなのに社長に見る目がなく、磨いてみようとしない。用いれば袋から柄まで突き出すような人材かもしれないのに、袋の中に入れようとしない。人材不足を嘆いて宝の持ち腐れに気づいていないのではないか。かつて関係した会社に技術者だが進歩の上まってしまった者と、事務屋だが、これも力の限界を思わせる中年男がいた。会社へ何をしにきているのか見当もつかない。

この人たちに女性一人を加え、分社経営移行を機会に独立会社を建てた。業務は用品の仕入れ、販売で、会社の消耗品、小物器具などが扱い品である。現金仕入れ、現金販売。薄利多売、いわば大きく儲けるより、早く売る方が収益を増やす道となる。その日、その日の利益がわかる。自分たちの月給やボーナス一ヵ月分の経費を、今月は二十日で稼ぎ出した、十日で稼ぎ出した。今月は来月分まで儲けた、という具合に自分たちの努力も評価できるため働き甲斐も出てくる。従来は他の稼ぎで自分たちの給与を賄ってもらっていたものが一年後には、すべてを自分たちの稼ぎで賄い、現在では社内積立を増やすほど稼いでいる。居候扱いされていた者が、居候をおく身分になっている。当時私は言ったものだが、 ハサミとバカは使いようによって切れるというが、切れるハサミも使える人間もバカが使うと切れなくなる、と。

人間、全くの例外を除いては使えない人間というものはない。どうも役に立たなくなったから窓際に移せ、受け皿会社へ転席してしまえ、と軽々しく言うべきではない。そういう人間こそ先に追い出されるべきなのである。世に無用というものはない。無用の用、という教えもある。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次