十八史略の太古に、天皇氏の統治期間が一万八千年で、十二人の兄弟が順に同じ年数を治めたと前にものべた。兄弟全部で二十一万六千年統治したことになる。もちろん、神話である。国亡び、人は死んでも山河は在る。次に治める者が現われて絶えることがない。企業にしても、経営する者は変わっても企業は残る。残さねばならないものである。
しかし、同じ条件で出発しながら、百年もの歴史を誇り、将来一層の発展が期待されているものもあれば、すでに消え去ったものもある。また、過去の繁栄から気息奄奄の状態に陥っているものもある。
また、十年一昔どころか、二代、三代と代は変わり、年を経てもうだつの上がらない向きもある。
この違いはどこから生じてくるか興味ある問題である。
これには、いろいろな要因が考えられるが、私は、五十キロを一人で独走するのと、十人リンーで走るのとでは、どちらが速いか、という発想をしてみた。
本書の第一章でものべたが、中小企業の多くは、二十年、三十年と長期にわたって一人で社長を務める。大企業になると、二年一期として一人の任期は、長くて四期八年程度である。一般的には二、三期、四、六年である。
中小企業の多くは一人で長距離ランナーとなるが、大企業では、新進気鋭の継走者が次々に現われる。もし、独走者が、大企業の継走者と同等の学力、能力を補給しつづけられるなら競走に負けることはない。
しかし、これは言うべくして実行は困難といえる。むしろ体力的にも衰え、補給も及ばなくなる。
一方、先任者から早く引き継ぐ者は、社内から選びに選びぬかれた者で、時代の変化に対応できる能力もあれば、近代感覚にも優れた者といえる。因襲にとらわれることもなければマンネリに陥ることもない。
しかも、後継者に万一のことがあっても、それに代わる者も少なくない。これでは、企業経営という長距離競走の勝敗は明らかといえるだろう。
そこで、言えることは、もしこの弊を避けるに、 一つは、長期独走を考えるなら、時代の進歩に遅れない躍けの勉強をすることである。もし、これを厭うなら早く後継者にトップの座をゆずることである。
一己を知って、後継者にゆずるなら、企業にとっては大きな功績を残したに等しい。己を知りながら、権力の座に居すわる者は、企業の発展を阻害した不忠の経営者といえよう。
さて、そうはいっても、ここに困ることがある。それは、己の因襲、時代感覚のズレなど自身の足らない点を知れ、といっても、過去の成功を誇って、唯我独尊になり、自分の知恵だけに頼るということである。さらに、己を知りながら改めない者もある。これは、長期滞留病とでもいえるもので不治の病といえる。周囲が知恵を巡らして神棚へあげ、実際の経営から遠ざける以外にない。
ある会社では、死ぬまで社長をやると頑張っている社長を、地方の名誉職に祭りあげたり、ゴルフ会の会長など会社以外の仕事を与え会社の経営から遠ざけて成功した。父の社長は創業者で頑固一徹でまさにワンマン経営者である。長男は、見識もあり近代的経営に徹したいが、父というカベがある。そこで、父の旅行趣味を利用しようと考え、海外視察の名目で旅行に出すことにした。子のほうは、せっせと資料を集め、スケジュールまでたてて父を誘って経営介入から遠ざけた。三年後には長男に経営権までゆずっている。またある会社では、社長の父の経営がいかにも時代遅れ、さればといって社長退陣を迫るわけにはいかない。そこで、父の胸像をたてた。父も人生のひと区切りと考えて経営を任せてくれるものと考えて。
除幕式の当日、当の父が挨拶した。「社長という権力の座というものは、なかなか去り難いものだが、こうして、鋼製の像になってしまうと、経営には手足、日出しはできなくなる。いい退き時をせがれが与えてくれたことは、せがれが経営に自信をもったからだと思う。これからは、だまって見守っているだけだ」と。
あとで、子の二代目社長いわく「子を見ること親に如かず、というが、おやじは俺の腹の中までお見通しだった」
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