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十 財テクの是非

昭和六十三年二月四日に東京商工会議所が、「財テクに対する企業経営者の意識調査」の結果を発表している。

この調査は、前年十二月中旬、資本金三百万円以上の企業、二千八百六十社を対象にアンヶl卜で経営者の意見を求めたもの、と説明している。

その中で、財テク、つまり企業が株式債券などによる資産運用を行なうことの是非について、「財テクは、本来の業務とはいえず望ましくない」という回答が六十四%を占めている。「企業経営の一環として積極的に行なうべきである」との回答は四・九%と低い。これは、前年十月のニューヨーク、東京市場を中心とした株価の記録的暴落の直後でもあり、反省も加わっての回答でもあろうが、それにしても、財テク美徳論者の少ないことには驚かされた。同時に「本来の業務とはいえず望ましくない」といっているように、経営に対する考え方が健全であることを示すもので、 ″さすがに″の感を深くしたものである。

財テクの今後の動向について「沈静化する」が四十九%と多く、「ますます盛んになる」は十一%と少ないところからも、慎重さがうかがえるのである。これを見て「わが意を得たり」というのが実感であった。財テクと称するものの多くは、利を追うだけで損を考えない。

昭和四十六、七年当時、日本列島改造論を背景に″一億総不動産業″などといわれたように、土地の思惑投資が全国で盛んにおこなわれた。その後の石油ショックで思惑外れとなって会社を窮地に陥れたものも少なくない。

昭和六十二年の財テクブームでまず馬脚をあらわしたのがタテホ化学。優良な中堅企業であったが、利に眩んだ恐ろしさを知らずもかな、借金までして株式や債券を買いあさり、結局三百億円近い欠損を出して天下のもの笑いになっている。この会社にしても、最初は資本金と同額程度の儲けを出した。これがいけなかった。さらに儲けようとして、年商の五倍近くの損を出すまでストップできなかったわけである。

競馬の予想屋が、「この商売でかねをためるには、絶対に馬券を買わないことだ」と達観していた。こうも言っていた「競馬場へ来て確実に儲けているのは地面師だ」と。馬券を買う人の中には、少額の当り券は捨ててしまう人や、よく確かめないで当り券を外れたと思って捨ててしまう人がいるそうである。この捨てられている券を拾い集めて、家に帰ってから当り券を探しだす商売で、場所代も元手もいらないから、確実に儲かることになる。

財テクにしても、損得をわきまえて最初は堅実本位の投資から出発するが、これに、飽き足らなくなるのが、この道の常である。儲けの世界に絶対ということはないのであるが、絶対ということもある、と思いこむようになったら危険信号で、ここらで停止すべきだが、ブレーキがきかない。結局は転覆してから止まることになる。

ところが、実際に経営にあたってみると、 一時の大利ほど魅力に感ずるものはない。環境不良の時期など利幅も小さくなり、営業利益も伸び悩んでくると、 一時の大利を狙いたくなる。しかし、思いをかなえてくれないのが儲けの社会である。

それよりも、日々軽々の利を重ねることは待ち遠しくもあり、煩わしくもあるが、これでこそ、企業の基礎固めは密になって強くなる。一時の大利で基礎を固めることはできないことも知っておきたい。

鉄鋼王カーネギーは、大実業家になる条件のひとつに、投機的事業にたずさわらないことを挙げているのも、これらの事情を含めてのことである。

関係した会社が、巨額の借金を完済し、幾分の余裕資金ができた頃である。財務の担当長から相談を受けた。

「この余裕資金で株式に投資して儲けたい、われわれにも手柄を立てさせてくれませんか。副社長は株に明るいから、よろしくご指導願いたい」というものだった。

「私は株で儲けた体験もあるし、儲ける自信もある。しかし、この会社のかねで儲ける自信はない」「同じかねではないですか」

「いや違うかねだ。この会社のかねは目的のあるかねで、使い道のないかねではない。当社ではまだ、設備の近代化や、技術開発を進めなければならない。そのかねで一年間に二倍に増えたとしても一時的儲けに過ぎない。しかし、設備の近代化などは一年遅れることになり、永久に取り戻せない損を受けることになるだろう。

近代化、技術開発から生まれる利益は確実だが、株式投資の利益は不確実。確実を選ぶほうが賢明な経営といえるのではないか。

それに、儲けて担当長の手柄にしたい、という面もうかがえた。手柄の陰には引責辞職のあることも忘れてはなるまい」と。功を先にするから暴虎潟河の勇になる。

そのとき話したわけだが「財務部課長として手柄を立てようとするなら、タダのかねを作って投資すればよかろう。 一年に一千万円経費を節約すれば十年で一億円。使ってしまったと思えばタダのかね。タダのかねなら丸々損してももともとだ」「気の長い話だ」「節約したかねには、かねのありがた味がある。そうしたかねで危ない橋は渡れないものだ」と。といっても、資産運用として株式や債券を買うことすべてを好ましくない、というわけではない。かね儲け、投機目的の投資は厳に慎むべきだということである。

万一の場合の準備として、債券や株式を取得、会社の資産として保有することは健全な財テクのやり方である。これからの日本経済の発展を思えば、財産価値も高まり、儲けようとしなくても儲かることになる。ただし、長い日でみた採算であって、短期間に危険を冒してまで儲けを急ぐことは全くないのである。

関係した会社でも、先にのべたように、投機的な株の売買を厳禁していたが、同じく貴金属、不動産、書画骨とう、ゴルフの会員権まで禁じていた。しかし、取引金融機関の株を中心に健全な財テクはやっていた。その場合も、経理上所有証券は、流動資産として処理されているが、固定資産として考えるべきだ、と担当長に言っていたものである。

それに、企業が投機的な財テクを常としていることはイメージダウンにつながる、ということも知っておかなければならない。昔から、トバク、競馬競輪などを常習としている者は周囲から信用されなかったと同じく、企業も同じ目で見られるからだ。また、いかに業績が順調であっても、いつ逆境になるか計り知れない。こうした不安がつきまとうからである。それ以上に企業の信用をおとすのは、不労所得に頼ろうとする経営姿勢と、頼らねばならない企業体質である。

一夜漬けの勉強で試験に挑むようなもので、かりに山が当って及第したとしても、卒業は危ぶまれるのと同じである。

利を追うだけで、損を考えない財テクというものは、単に、かねの損得よりも、本業を疎かにする損、依存心や士気の低下を招くなどの″見えない損〃のあることを忘れてはならない。たとえ財テクが一時的にうまくいっている時でも、会社のあちこちに″見えない損″が発生して、結果的には差し引き大損、ということになりかねない。

「世の知は却って愚なり」「世の愚は却って知なり」というが、企業が一時の大利を狙うことは、いかにも知恵者のようであるが、結果は、愚者と世間のもの笑いになる懸念も多いということである。

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