あなたは、サーブォ機構に目標を与えなければならない。
「創造のメカニズム」を活性化させるような目標を与えるには、現在の可能性を念頭に置いて最終結果を考える必要がある。
その目標の可能性は、脳や神経系が本物と感じるほど鮮明に見えないといけない。それどころか、日標が達成されたときに覚えるのと同じ感情が引き起こされるほどリアルなものでなければならない。
これは一見困難で不可解に思えるかもしれないが、実は誰もが日常的に行っている。
たとえば、将来起きそうな嫌なことについて思い悩むときに、不安や無力感、ひょっとしたら屈辱すら感じていないだろうか?実際私たちは、失敗したあとで味わうべき感情を前もって味わってしまっている。
自ら失敗をイメージしている。それも漠然とではなく、ありありと具体的に。さらに、その失敗を何度も繰り返しイメージしている。記憶をさかのぼり、過去の失敗のイメージを掘り起こしているのだ。
私たちの脳や神経系は、実体験と、ありありとイメージしたものとを区別できないということを思い出してほしい。
私たちの自動的な「創造のメカニズム」は、常に環境や状況に合わせて対応する。だが、その際に利用できる環境や状況の情報は、あなたが真実と信じているものだけなのだ。
鮮明にイメージし、成功の感覚を呼び起こせ!
神経系が本物と勘違いするほど鮮明に失敗をイメージしつづけると、私たちは失敗にともなう感情や肉体的な反応までも経験してしようことになる。
ポジティブな目標を心に抱き、それを現実と思うほどありありとイメージし、成し遂げられたものとして考えてしまえば、私たちは「勝利感」(勝利の感覚)――望ましい結果が得られるという自信や勇気や確信―も抱けるようになるのだ。
私たちはサーヴォ機構を意識してのぞけないし、それが成功と失敗のどちらのギアに入っているのかも確かめることができない。
しかし、感情によって現在のセッティングを決めることはできる。実際、成功にセットされているときには、勝利感を味わっている。
サーヴォ機構を上手に働かせるうえで単純な秘訣があるとすれば、それは「成功の感覚を呼び起こせ」というものだ。
成功の感覚を覚え、自信がもてれば、実際に成功できる。その感覚が強ければ、失敗しようがないのである。そうした「勝利感」そのもののおかげで、成功するわけではない。
それは、成功にギアが入っていることを示すサインのようなものだ。温度計が、部屋を暖めるわけではなく、温度を測れるだけというのと同じことである。とはいえ、私たちはこの温度計を活用することができる。
思い出してほしい。
勝利感を味わっているときには、あなたのなかのメカニズムは成功にセツトされているということを。
創造的な行動を意識的に起こそうと頑張りすぎると、逆にそれができなくなってしよう。ただ目標や最終的な結果を決めるだけのほうが、ずっと簡単で効果的だ。目標を鮮明にイメージしよう。
それから、望んでいる目標が成し遂げられたときに味わうはずの感覚を呼び起こしてみよう。すると、自然に創造的な行動ができるようになり、潜在意識のパワーを使えるようになる。
その結果、心のメカニズムのギアが「成功」に入る。
筋肉に正しい動きや調整をさせ、あなたに独創的なアイディアを与え、そのほか目標を達成させるために必要なことを何でもしてくれるのだ。
建設的に考える
自信と勇気も、恐怖や不安とまったく同じようにして生まれてくる。目標となるものが違うだけだ。どうせあれこれと考えることになるのなら、建設的に考えてみることをお勧めする。
まずは、できるだけ望ましい結果を思い描く。「もし」から始め、「もし起こりうる最良の結果になったら」と考える。次に、それが起こりうると自分に言い聞かせる。
この段階では、「起こるだろう」ではなく、あくまで「起こりうる」だ。要は、そうした望ましい結果がありうると、自分に気づかせることが大事なのである。
あなたは、この楽観主義と自信をだんだんと取り込み、心のなかで消化できる。望みどおりの結果が確かにありうると思えたら、その望ましい結果がどんなものかイメージしてみよう。
このメンタル・イメージを入念に調べ、細部まで正確に描写する。それをしつこいくらい繰り返すのだ。そうしてあなたのメンタル・イメージの具体性が増すと、次第にそのイメージにふさわしい感情が現れてくる。
もう望ましい結果になっているかのように。今度の「ふさわしい感情」は、自信や勇気だ。それらがひとまとめになって「勝利感」になるのである。
第二次世界大戦で名を馳せた勇猛果敢な将軍ジョージ・パットンは、「無慈悲なおやじ」との異名をもつ。
彼は、戦闘を前にして恐怖を感じたことはないかと質問されたとき、大事な決戦の前や、ときには戦闘のさなかにも、恐怖を覚えることはよくあると答えた。
しかし、そのあとにこう付け加えている。
「恐怖を相談相手にしたことはないね」誰もがときどき感じるものだが、大事なことに取り組む前にネガティブな敗北感―恐怖や不安―を感じても、それを失敗する兆候ととらえてはいけない。
失敗するかどうかは、あなたが敗北感にどう対応し、どんな態度を取るかによって決まるのだ。敗北感に耳を傾けたり、従ったり、相談したりしたら、間違いなく失敗する。その敗北感が真実とはかぎらないにもかかわらずだ。
まず、恐怖や不安や自信のなさといった敗北感は神のお告げではないと理解する必要がある。それはあなたの星回りでもないし、絶対的な真理でもない。失敗が定められているという運命の暗示でもない。それは、あなた自身の心のなかで生まれるものなのだ。
あなたの内なる態度を示しているだけで、不利になるように仕組まれた外部の事実ではない。
自らの実力を過小評価し、日の前の障害を過大評価して、過去の成功の記憶より失敗の記憶をよみがえらせていることを示しているにすぎない。
そして、これこそが敗北感の正体なのだ。
未来の出来事についての真実を表しているわけではなく、ただ未来の出来事に関するあなたの心構えを表しているにすぎない。
これさえわかっていれば、こうした敗北感を受け入れるのも拒むのも、自由にできる。敗北感に従って相談するのも、無視してそのまま進むのも、あなたの自由なのだ。さらには、この敗北感を自分のために利用することまでできる。
「成功間違いなし」と考える
「君にはできない」と告げられると、がっかりして挫折してしまう人は多い。その一方で、がぜんヤル気を起こし、成功しようという決意を固くする人もいる。
実業家ヘンリー・J・カイザーの仕事仲間は、こう言っている。
「ヘンリーに何かをさせたくなければ、「それは無理だ」とか、「君にはできない」とかうっかり言わないほうがいい。そんなことを言ったらヘンリーは必ずやり遂げてしまう」
自分自身の感情からの「ネガティブなアドバイス」に対しても、他人からのときと同じように攻撃的・積極的に対応することは可能なだけでなく、非常に実利的でもある。
感情は、意思のパワーで直にコントロールできない。蛇口を開け閉めするように、自由にこしらえることはできない。
意のままにはならないが、仕向けることならできる。直に意思のパワーでコントロールできないのなら、間接的にコントロールすればいい。ネガティブな感情は、意識的な努力や意思のパワーでは追い払えない。だが、別の感情でなら追い払える。
ネガティブな感情を正面攻撃で駆逐できなくても、ポジティブな感情に置き換えることで結果的に駆逐できるのだ。
感情というのは、イメージのあとから湧いてくるということを思い出してほしい。感情は、神経系が外部の環境について現実や真実と受け止めたものに対応して生じるものだ。
だから、望ましくない感情を抱いていると気づいたら、その感情にとらわれてはいけない。追い払おうとするのもだめだ。かわりに、すぐにポジティブなイメージに意識を集中させよう。
健全で前向きな望ましいイメージやイマジネーションや思い出で、心を満たすのだ。すると、ネガティブな感情は自分で自分をやっつけてくれる。つまり、消えてしまうのだ。
こうして新しいイメージにふさわしい新しい感情が生まれてくるのである。まずは心のなかで、「成功間違いなし」と考えることから始めよう。
無理に考えるのではない。心に強制してもいけない。不安な思いを追い払うことだけにとらわれていると、どうしてもネガティブなことばかり考えてしまう。
たとえ不安な思いを追い払えたとしても、新たな不安が押し寄せてくる。というのも、気分がまだネガティブなままだからである。
キリストは、心のなかから悪魔を一匹追い払っても、心を空き家のままにしておいたら、新たに七匹の悪魔が入り込んでくるだけだと戒めている。
そしてまた、悪に逆らうのでなく、悪を善で打ち負かせとアドバイスしている。
お互いに影響し合う「過去と現在」の扱い方
私が医学生だったとき、教室での口頭試験で病理学の質問に答えさせられたことがあった。ほかの学生たちのいる前で、なぜか私の心は恐怖と不安でいっぱいになり、質問にきちんと答えられなかった。
ところが、スライドがセットされた顕微鏡をのぞき込みながら、書面の質問に答える試験のときには、リラックスして、自信をもって堂々と答えられた。
まるで別人のように勝利感を抱いていて、実際に良い成績を収めることができた。
時が経つにつれ、私は自己改造に取り組み、教室で立って質問に答えるときには、ほかの学生を見ているのでなく顕微鏡をのぞきこんでいるつもりになった。
リラックスして、ネガティブな感情を勝利感に置き換えた。
こうして学期の終わりには、私は口頭試験でも筆記試験でも好成績を収めたのである。
ネガティブな感情が、結局のところ、勝利感を呼び起こす条件反射をもたらす「ベル」になったのだ。今日、私は世界中のどこで行われるどんな集まりでも、楽に話ができる。
話すときにリラックスして、自分が話そうとしていることがよくわかっているからだ。そればかりか、私は人々を会話に引き込んでリラックスさせることもできる。
あなたの心のなかには、失敗も成功も含め、私が医学生の頃にした経験のように、過去の経験や感情をしまった巨大な倉庫がある。
これらの経験や感情は、テープに録画されるように、あなたの脳神経の「記憶痕跡」として記録されている。
ハッピー・エンドの話の録画もあれば、不幸な話の録画もある。どちらも真実で、どちらも現実であることに変わりはない。
ただ、どれを選んで再生するかは、あなた次第なのである。この記憶痕跡については興味深い科学的な知見がある。記憶痕跡は、変更も修正もできるというのだ。
録画したテープに新しい映像を加えたり、古い録画の上から新たに録画したりして変えてしまえるように。
人間の脳に記録されたものは、再生されるたびに少しずつ変わる傾向がある。そのときの気分や、考えや態度に影響されてしまうからだ。
過去が現在に影響するだけでなく、こうして現在も過去に影響するのである。つまり、私たちは過去によって不幸を運命づけられているわけではないのだ。
現在の思考や心構え、過去の経験や未来に対する見方といったすべてのものが、古い記録に影響を及ぼすのだ。古い記録は、現在の思考で変更し修正しうるのである。
ネガティブな自己表現をポジティブな断言に変える
もうひとつ興味深い知見は、脳神経の記憶痕跡というのは再生・活性化されるほど強力になるという点だ。
記憶痕跡がどれだけ恒久的なものになるかは、シナプスの強度(チェーンを構成するニューロン同士の結合の強さや、しやすさ)に左右され、そのシナプスの強度は使えば向上し、使わないと弱よる。
したがってやはり、過去の不幸な経験を忘れて無視し、幸せで楽しい経験だけを考えるべきだというのには十分な科学的根拠がある。
そうすることで、成功と幸福にかかわる記憶痕跡を強化し、失敗と不幸にかかわる記憶痕跡を弱めるからである。
家族や友人を亡くすと、その人によつわるたくさんの思い出を懐かしむ。嫌な思い出はほとんどうっちゃって、楽しい思い出を呼び起こし、さらにつくり変えてもっと楽しい思い出に仕立て上げる。
たとえば、いつもむっつりしていて冷淡で、あら探しばかりしていたおじが、たまに優しくユーモアがあれば、死後はひょうきんで、よく人を元気づけてくれた人に変わってしまい、家族は折に触れてとでも淋しがることになる。
また、年に二、三度、休日に会うだけで、それ以外のときに淋しく思うことのなかった姉や妹が、死後は毎日話していたのが懐かしいと思うほど、かけがえのない友になってしまうこともある。
これはどれも故人を悼む感情の表れである。
その感情は、ある記録だけを再生し、それ以外をすっかり忘れ、再生した記録に修正まで加えてつくり出されたものなのだ。
過去は、故人を悼むのにふさわしいと思う感情を生み出すように、文字どおり書き換えられる。
そしてそれは、自分がどんな人間で、その状況でどう振る舞うべきかといった、自己イメージにプログラムされたあらゆるものに基づいているのだ。
私がある葬儀に参列したときのことだ。
故人の弟は、家業のことで故人とぶつかり、以来ずっと仲たがいをしていた。
にもかかわらず、彼は一五分近くも、棺桶に後光がさすのではないかというほど故人を称える感動的な弔辞を述べ、居合わせた人々の涙を誘った。
数週間後、近くの喫茶店でたまたま彼に会い、一緒に座って話をした。そこで私は遠慮がちに尋ねてみた。
「ビル、君と兄さんがうまくいっていなかったのは知っていたよ。だから聞くけど、なぜ葬式であんなに優しくなれたんだい?」これに対する返答は、私たちが感情をつくり出すための大きな秘訣を明らかにしている。
彼はこう答えた。
「僕は、死んだ人のことを悪く言わないような人間だよ」「自分は……ような人間だ」という言い方は、非常に意味深く、非常に大きなパワーをもっている。
それは自己イメージの核心を明らかにする言葉で、思考や感情、行動、結果といったものはすべて、この核心に従っている。
それはまた、必要なときに勝利感を生み出し確定できることをもはっきりと表している。ネガティブな自己表現(自動失敗メカニズムの声)を、「私は……ような人間だ」というポジティブな断言に変えよう。
この断言を呪文のように何度も唱えれば、やがで心に忍び入るかすかな自己不信にも、自動的に対応できるようになる。
いくつか例を挙げてみよう。
- 私は、うまく一日の計画を立て、日標を定め、それを成し遂げられるような人間だ。
- 私は、人の話をよく聞き、そのうえで堂々と説得力のある話ができるような人間だ。
- 私は、率先して問題を解決し、アイディアを出せるような人間だ。
- 私は、プレツシヤーを受けても冷静でいられるような人間だ。
- 私は、ジャンクフードよりも新鮮な果物などの健康にいい食品を好きになるような人間だ。
●注記*1ヘンリー・J・カイザー…一八八二〜一九六七年。アメリカの実業家。街頭写真師から出発し、道路工事の請負でしだいに財を貯え、ダムや橋梁の建設・セメント・自動車・造船などに進出。第二次大戦中は組み合わせ式スピード造船の方法を考案、貨物船隊の建設に功を奏す。
*2シナプス…神経細胞と神経細胞の接合部のこと。または他の細胞との接続関係、およびその接合部の称。シナップスともいう。
*3ニューロン…神経細胞に同じ。神経系を構成する一個の細胞全体。
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