未来事業という考え方
昭和五十一年のヨーロッパ旅行で再度、ジーメンス社訪間の時、同社の決算書(といっても、バランスシートと損益計算書が記載してあるカタログ)をもらうことができた。
早速分析してみたところ、売上高利益率がたったの一・五%であった。ところが、その日の同社の幹部の説明では、売上高の六%を新技術開発費に投入しているということである。
売上高の六%という数字は大きい。何しろ日本の日立製作所とほぼ同じ売上高があるのだ。この高額を技術開発に投入し続けているとは恐れ入った。日本の大企業の平均的な率は三%なのだ。世界のトップレベルの地位を確保しているのは、こうしたところにある。
もしも、日本の大企業並みに、開発研究費を三%に落したならば、たちまち三%の利益を上積みできる力を持っているのである。利益を出したければ、いつでも出せるのに、あえて利益を削り、これを開発研究に投じ、我社の未来の収益を得る方途をとっているのだ。
アメリカのシカゴに、スピード・ファムという小企業がある。平面研磨機の専門メーカーで、従業員はたったの七十人ほどである。
私が訪問したのは、昭和五十年の春で、当時のアメリカは石油ショック後の長期不況で失業率は八%にも及んでいたそのさ中に、四千台の受注残をかかえて高収益をあげ、悠々と経営していた。七十人の会社で四百台でもたいしたものなのに、四千台の受注残とは恐れ入ってしまったのである。
高収益の秘密は、独創的な機構によって、高精度多数同時研磨を、殆んど熟練を要せずに行えるところにあることは勿論であるが、それと同時に、同社の異常なばかりの販売努力にあったのである。経費率が業界平均の三倍あり、多い分の殆んどは販売促進費だった。それだけの経費を使いながら、なおかつ同業他社より高収益をあげていたのである。
現在の我社の利益を削り、これを将来の売上増大のために使う。これによって長期の安定収益を確保し、それをさらに将来のために再投資する、という繰り返しなのである。
社長もこの点を強調し、我社の強味はここにある、と自信満々の話しぶりだった。
ついでに、同社のことについてふれると、部品は全部外注し、社内では総組立てだけしか行っていないのである。私の主張しているク設備を持たないメーカークの典型を見たのである。
さらに私が敬服したのは、会社の状況説明の中で、社長は何も資料を見ずにバランスシートと損益計算書の数字を黒板に書いていったことである。それも絶対値ではなく、バランスシートは総資本を百%とした比率で、損益計算書は売上高を百%とした比率であった。これは覚えやすいだけでなく他社との比較にも極めて便利である。読者諸兄におすすめしたい方法である。
T社はF県にある従業員四十名足らずの食品メーカーである。四年ほど前までは、地場のランクが第四位であった。現在は地場で第一位を勝ちとっている。次の目標は全国のナンバーワンである。
T社の躍進の秘密は、まず第一につぎつぎに開発する新商品と、陳腐化した商品を捨て去るというスクラップ・アンド・ビルドにあるが、それにも増して力を入れているのは販売である。
T社長の考え方は、セールスマンの増強について、常に先行を心掛けているのである。毎年、経営計画における要員計画でのセールスマンの確保もさることながら、もしも適当なセールスマン要員が見つかれば、たとえ経常利益がゼロになろうとも、計画外採用をする、というのである。そのセールスマンは、来期以降に大きな戦力となるのであるから、短期的な利益を犠牲にしても、長期的に安定利益を得るための戦力の充実こそ大切であるというのだ。同業他社の社長たちは、何というムダをするのか、そんなにセールスマンを増やすことはないではないか、という批判的な見かたをしているのである。それらの社長の会社は売上げ不振に泣いているのである。
何回ものべているように、事業というものは市場と顧客の要求を満たす商品又はサービスを持つことによって、はじめて存続できるものである。
その市場と顧客の要求は変転極まりないものである。ということは、現在の我社の商品やサービスは、将来とも顧客の要求を満たし続けるという保証は何もないのである。
とするならば、まだ現在の商品が顧客の要求を満たして収益を得ているうちに、我社の将来の収益を保証する商品― つまり顧客の将来の要求を満たす商品を開発しておかなければならないのである。
我社の将来の収益を得るために、現在行っている活動を「未来事業」といい、そのための費用を「未来事業費」というのである。
優れた企業は常に現在の利益のみならず将来の利益を同時に考え、将来への布石を怠らない。凡庸な企業は現在の利益だけを考え、将来の利益を考えないどころか、将来の利益を犠牲にしても現在の利益を得ることだけを考えているのである。これでは、その会社の将来はどうなるか甚だ心もとないといわなければならない。
優れた社長は、今年のことは考えずに我社の未来を考え、ボンクラ社長は今年のことを考えて未来を考えない。優秀会社の社長は、今年のことは、すでに二年前に手を打っているのである。
ところで、『未来事業には人が必要であり、費用もかかる。いいことは分っていても現実にこれをひねり出せなければどうにもならない』ということをいわれた社長がいたが、たしかに一理ある。しかし、私はこういう社長に対して「本気で未来事業に取組む気があるのか」と反論したい。やる気さえあればたとえ中小企業であってもできるのである。例を挙げてみよう。
F社は三十人足らずの菓子のメーカーである。私がお伺いした時には、数年前から赤字の連続で、資金繰りは極度に苦しかった。
商品をみせてもらい、試食してみた。その結果は商品に可成りの改良を加え、パッケージも大幅にイメージチェンジをしなければならないことが分った。
私はF社長に、『あなたの会社の今の状態では、大変なことは分るが、どうしても大幅改良をやらなければならない。商品こそ事業の命なのだ、どんな思いをしてもやらなければならないものだ。それがあなたの会社の業績向上の基礎になる』と強調した。
F社長は私の勧告を全面的に受入れた。といってもク人クもなければ夕金クもない。それを社長は自らの努力と工夫でやり始めた。
まずク人クの問題である。これは社長自身が当った。昼は徹底した顧客廻りで時間はない。あるのは夜である。毎晩遅くまで自ら試作である。私のところにもつぎつぎと試作品が持ち込まれた。次第にうまいものができた。幸いにも、菓子なので試作費が少なくて済むのが救いだった。
ある時、F社長は『灘の水を使ってみましたが、これを使うと味が一段とよくなります』という。この熱意には頭が下がったのである。
その熱意に動かされて、私は知り合いの印刷会社に事情を話し、当分の間特別に安くパッケージを提供してくれるように頼んで協力をしてもらった。自らの熱意が人を動かしたのである。
やがて、面目を一新した新商品が一つまた一つとできあがり、これが新戦力となっていった。 一年ほどたった時に、F社長の新工夫による素晴らしくうまい商品が開発された。誰に試食してもらっても「これはうまい」という。F社長は自信をもって発表に踏みきった。結果はむろん上々だった。ついに社長の努力がむくわれた。そして、これがF社の牽引車となったのである。
F社の業績は確実に上がりだし、ほぼ完全な黒字基調ができあがった。こうなると銀行も現金なもので、「いくらでも必要なだけご用立てしましょう」ということになってきたのである。
しかし、F社長は慎重であった。『我社の牽引車ができたといっても、この商品は夏には品質上の問題を起す危険があるから、この点の解決ができない限り夏季は販売中止をする』という。万一のことを考えて慎重を期すという態度は立派である。F社も、私が安心してみていられる会社になったのである。
開発部門は独立させ、社長直轄とせよ
0社の社長が、『うちの新商品開発はさっぱり進まないけれど、どうすればよいでしょうか』という質問である。事情を聞いてみると、技術部長が兼任しているという。兼任では開発が進まないのが当然である。
現事業と未来事業を、同一部門または同一人に兼任させたら、どういうことが起るだろうか。現事業というものは、後から後からと問題が起ってくるものだ。そして、それは放っておくわけにはいかない。どうしても現事業に優先的に取組むことになる。それを解決したら何らかの現実の収益に結びつくだけに、やり甲斐もある。
それに対して、未来事業というものは、何もどうしても今日やらなければならないことではないし、やったところで現実の収益があるわけではない。つい、今日やらなくとも……ということになってしまう。
だから、未来事業と現事業を同一部門や同一人にやらせたら、未来事業などいつまでたっても進まないのである。
未来事業は、それが新商品の開発であれ、販売促進であれ、マーケットの開拓であれ、現事業と完全に分離しなければならないのである。
現事業と未来事業を兼任させるくらいなら、むしろ未来事業などというきれい事はやめたほうがよい。形だけ作っても、実質的には何もないのと同じだからである。
人がいないというのなら、社長自らこれに取組むべきである。それができないなら専任者をおきなさい、ということになるのだ。私に云わせたら、社長の意を挺して未来事業を推進する人は、販売部門と共に最重点に考えるべきなのである。自らもできない、人もいない、で済む問題ではないのである。
次に、未来事業部門は必ず社長直轄でなければならないということである。たとえ専任者がいようと、その専任者を技術部長などのもとにつけるようなことをしてはならない。現事業との兼任と同じことだからである。
事業部制(これは中小企業ではやってはいけないことではあるが)をとっている会社で、事業部に開発責任を与えると(事業部制ではこれを与えよと教える)その途端に開発活動がとまってしまう。――これは数多くの社長が、私にその悩みをうち明けている――当り前である。事業部制で事業部長に利益責任を負わせている限り現在の収益を優先するからだ。それどころか、未来事業という、現在の収益を生まない活動に人と費用を投入すれば、現事業の収益を喰うからである。
だから、事業部制をとるならば、未来事業は事業部にまかせずに、あくまでも社長の直轄としなければならないのである。
しかし、未来事業を社長直轄とすることは、効果的な体制をとるということだけではなく、もっと根本的な理由からである。
もし、未来事業部門を社長直轄としなければ、我社の将来の運命を決める未来事業を社長自らやらないということになる。こんな大きな誤りはない。企業の未来を部下に創らせるとは、社長の怠慢であり社長の責任放棄以外の何ものでもないのだ。だから、未来事業を社長の責任において行う体制としても直轄とすることが正し
さて次には、開発部門の長の人選である。これは、会社の中で最適任と思われる人材をあてることである。たとえ、その人間が抜けることによって大きな打撃を受ける部門ができても、である。それだけの覚悟と決意がなければ、未来事業など成功する筈がないのである。社長直轄で、責任者に最適の人材を選び、社長として、この部門をどのように指導したらいいのだろうか。それを次にのべるとしよう。
開発方針の決定は社長の役割り
『一倉さん、うちの開発部門は活動が鈍くて困っています。どうか指導して下さい』というT社長の言である。
『では、開発部門の方々と会ってみましょう。そのためには社長の方針を知っておく必要があります。まずそれをお伺いしましょう』と私は答えた。
ところが、T社長はケゲンな顔をして、『一倉さん、それはどういうことなのですか。私は、開発に関しては開発部門に任せてあるのだから、開発部門で方針を決 .めるべきでしょう。その開発部門から方針が出ないから困っているのです。どのような製品(こういう社長は「商品」とは決していわない。あくまでも我社で製造する品物であって、売るための「商品」とは考えないのである)を開発したいのか、を私のところに云ってこない限り、判定のしようがないではありませんか』と。困った社長である。私は社長を説いた。『新商品というものは、未来の我社の収益を生みだすものである。だからこそ、どのような商品を開発したらいいかは社長が決めるべきである。開発部門というものは、社長の決めた方針に従って開発活動を行う部門であって、開発部門の自由意思によって開発活動を行うものではない。
論より証拠、もしも開発部門で勝手な動きをして、それが社長の意図から外れていたら、社長がこれを放任する筈がない。必ず中止を命ずるのは間違いない。ということは、社長は開発に関しての方針を持っているということである。だったら、その方針を示して、それにそって開発部門に活動をさせるべきである。
自分の意図を示さずに、開発部門が社長の意図と違った行動をとったといってブレーキをかけるのは、ブレーキをかけられる方にとっては心外である。「任せる」と言われ、任されたつもりで動きだすと、ブレーキをかけられるとは……。それならば社長の方針を示してもらいたい、となるのである。社長自らの意図を示さず、その意図を知らない社員が意図に反した行動をとったからといって、それをとがめるのは、社長のほうが悪い。「任せるという怠慢」は厳に謹まなければならない。自らの意図を社員に示して、これに従って活動させる、というのが正しいのである』と。
T社の開発部門は、本当のところ何をやっていいのか分らなかったのである。社長の意図は示されず、社内にいて考えても、何を開発していいか分る筈がないのである。だから、営業部門からつぎつぎと持ち込まれるクレームや、セールスマンがお客様から聞いてくる要望― それは得意先の技術者の個人的な関心からくる要求なのか、その会社の本当の要求なのか、さえも分ってはいなかった― に従って、これに追いまくられていたのである。
いくら私が口を酸っぱくして説いても、T社長は自らの考えを変えようとはしなかったのである。この、T社長の考え方は決して例外ではない。N社では、約二十名の開発部門の人達が、百に余る開発テーマを抱えて途方にくれていた。社長からも開発部長からも、開発の方針は何も示されてはいなかった。
開発部長は、営業部門から来る要求を、判を捺して部下に流すだけである。そのために、このように始末に負えないほどのテーマを抱えて困ちていたのである。
私の「社長セミナー」に参加したN社の開発部員からの相談である。こういう種類の相談は返答に困る。社長がやるべきことをやっていないのでは、どうにもならないのだ。だいいち、「社長セミナー」に自らは参加せず社員を参加させるということ自体すでに間違っているのである。
T社長もN社長も、何を考えているのだろうか。「新商品開発」というのは、我社の将来の収益を生みだすためのものだ。我社の将来を築くことこそ社長の役割りであると同時に、社長以外の誰の役割りでもないのである。
その収益は、「顧客の要求を満たす」ことによって初めて手に入れることができるものなのだ。だから、社長自ら顧客の要求を見つけだし、それにこたえる新商品は何かを決めるべきである。こんな当り前のことが分らずに、社員に任せるとは何たる無責任社長なのだろうか。
それらの社長の云い分は、「そんなことを云ったって、僕は技術屋ではないから、できる筈はない。だから技術屋に任せるのだ」ということになる。冗談じゃない。それらのものは、事業経営に関することであって、技術に関することではないのである。このことが分らずに、よく社長がつとまると思う。
自らの会社の将来を社長自らの意思で決めずに、誰が決めるのか。このような会社の将来に待ち受けるものが、破綻でなければ幸いである。
開発方針をつくる
T電気は、中堅の重電気メーカーである。同社は他社に真似のできない製造技術を持っているだけでなく、新商品開発にも優れた実績を持っている。
同社の開発部門は試作工場を持っており、研究員が自らのアイディアや設計を、この試作工場で作っている。これは、同社独得のやり方ではないけれども、少なくとも特色といえよう。研究員が机の上だけの考えで、実際と遊離してしまうのを防ぐことができるのである。
T電気の新商品開発方針は次の通りである。
・スペシャリティで用途の広いもの
。自社開発を主とする
。装置産業的なものは避ける
。電気関係に絞る
。三〜五年先を考える
。有カテーマを五種類とする
。二つのテーマについて開発研究を進め、三つ以下は調査と資料集めだけにと
どめる
。二つのうち、進んだ方に全力集中する
。研究の結果、ダメなものは捨て、第二のテーマを取り上げる
というものであり、付帯する方針として
。開発要員は質を重視する。必要あれば外部よりのスカウトも辞さないこの方針は、社長の考えを具体的に分りやすく表現している。こうした表現が大切なのである。
特に重要なのは、「有カテーマを五種類とする」というところである。
開発テーマというものは、次第に増えてゆくものである。営業部門から、やたらといろいろな課題を持ち込まれるのが大きな原因である。放置しておくと始末に負えないほど増えるのである。
優れた成果をあげるためには、ただ漫然とやってもダメである。対象を絞ってこれに資源を集中的に投入することこそ、成果達成の鍵である。
本田宗一郎は、『我社は売上高の三%に相当する開発費を、「国つくりから米つくりまで」やっているのではなくて、エンジン一本に投入している』といっている。この集中主義が世界に冠たる本田技研のエンジン技術を育てあげたのである。
ソニーで研究所を作った時に、井深大は初代研究所長に『研究所長の最も大切な役割りは、どんな研究テーマを取り上げるか、ではなくて、どんな研究テーマを捨てるか、である』という意味のことを云っている。これも集中主義である。優れた経営者は、集中主義こそ優れた成果を生むものであることを知っているのだ。
T電気の社長も、この「集中の原則」を知っている、だからこそ、数々の開発を可能にしているのである。
面白いのは、二つのテーマを並行して進める、そのうち進んだ方に全力を集中する、という考え方である。
社長の説明によると、『一つのテーマに絞った場合には、それがダメになった時には、次のテーマを第一歩から始めなくてはならない。これでは時間がかかりすぎる。だから二つを並行して進める。二つのうちで成功の見通しがついた時には、これに全力投球すれば、開発活動を最も効率的に進めることができるからである』というのである。経験から生れた知恵である。
Y社は金属の表面処理剤のメーカーである。Y社の新商品開発は、対象が主力商品である脱脂剤と脱錆剤に絞られている。そのために、Y社の開発方針は、方針というよりは商品開発の条件を設定している。それは
一 当社の資源(人、物、金、時間)が活用でき、全社的に拡販可能で、マーケットの占有率の大きくなるもの
一一 開発費は売上高の○ ・五〜○ 。六% (研究員一人当り一日一万円)
ニ マーケットニーズによるシンデレラ商品で、会社の社運をかけるものは、
一、二にかかわらずに推進する。
というものである。Y社では、新商品の開発手順とチェック項目を明確に決めている。それは次のようなものである。
一、 マーケットニーズ
・市場調査、刊行物調査
・トップ、ミドルの得意先訪問よりの情報
。営業員の情報
・技術院の研究過程からの技術的発見
二、新商品候補のストツク
三、新商品開発テーマの決定
市場又は顧客の大きさ
性能と特徴……顧客の要望から、 マスターベーシヨンはダメ
価格……顧客のメリットと当社の利潤の両面
プロジェクトチームの編成
研究方針……製造原価の目標を初めから決める時と、
研究過程から決めるもの
予算と期限
中間チェツクの間隔
四、開発研究
・開発マニュアル
・基礎研究
・計画書作成(内容と日程)
・中間チェック……討議とあわせて実施
・テーブルテスト
五、モニターテスト
テスト先の決定
データの作成
最終確認……使用説明書の確認
六、発売計画
名称……顧客がおぼえやすく、社内整理が楽で簡単なもの
。価格
。発売時期
。宣伝
このように、チェック項目を決めておくことは賢明である。こうしておけば手落ちが防げるからである。
よくある例は、品物はできたが箱の手配もれで、みすみす発売時期を遅らせた、というようなことである。とかく品物にだけ関心がいってしまって、発売に必要なカタログ、価格表、梱包などの手配もれが発生することは、しばしばであるからだ。明文化しておくことは、このようなミスを防ぐために有効な手段である。 一度決めておけば、どの新商品にも適用できるのであるから、面倒がらずに必ず明文化をすべきである。
プロジェクトチームを編成する
M社にお伺いした時に、社長は開発が思うように進まないので困っていた。M社の開発部員は十名ほどで、 一人一人がいくつもの開発テーマを持ち、その上に後から後からと出てくる営業部門からの要求を持て余していたのである。私は次のように勧告した。
『まず第一に、開発テーマを整理しなければならないこと。そのやり方は、社長がテーマを検討して、重要なものを十ほど選び出す。それを更に検討して優先順位を決める。次には、優先順位のトップのテーマに必要な人員を配分する。全員配分ということもあるし一部の人員で足りることもある。この人員でチームを組む、これをプロジェクトチームという。チームには責任者(プロジェクトマネジャーまたはリーダー)を任命し、明確な方針と目標を与える。責任者は与えられた任務を遂行するためのプロジェクト計画書を作成して社長に提出し、承認を受けた後に実施に移す。社長は定期的に― 一カ月に一〜二回― チェックすればよい。残った人員があれば、次のテーマに関する調査や情報収集に充てる。必要があれば第二のテーマのプロジェクトチームを組むようにする』というものであった。
人の能力には限界があるだけでなく偏りもある。このような人が一人だけで開発研究をしても、本人の能力に余ることにぶつかると二進も三進もいかなくなる。だからなかなか進まないのである。チームを組むと、お互の長所がお互の欠点を埋め合せることができる。「二人よれば文珠の知恵」とはこのことを云っているのだ。私の勧告に従って再出発をした。結果は上々であった。今度は誰かが分らないことにぶつかっても、他の人が解決のヒントを出す。このようなディスカッションが毎日のように行われるようになった。この力というものは、人数の二乗に比例すると思えばいい。 一人対二人ならば、その力は一対九になるのだ。数力月のうちに、十年来の課題が完全とはいかないまでも、立派に商品として通用するものができ上がったのである。そして、三年後には画期的な新商品の開発に成功し、大きな収益の柱となったのである。
新商品開発(新技術も同じ)というものは、それが個人だけの力でなし遂げられるということは、その個人が他に比をみない優れた能力を持っている場合に限定されるといっていい。そして、そんな人間はザラにはいないのだ。だから、個人の力に期待することは考えないで、チームを編成し、チームの力を利用するほうが得策である。
この場合に、二人のチームというのは、なるべく避けたほうがよい。というのは、意見が対立し、お互にゆずらずにいるというようなことが起きた場合に処置なしだからだ。その点、二人以上だとこういう意見対立による膠着状態にならずにすむからである。
M社のプロジェクトチームがうまく運営されたのは、 一つには最優秀な人材がプロジェクトマネジャーになったことにある。いままでは、優秀な能力がありながら、自分一人のために、その能力は自分にだけしか適用できなかった。それが、チームとなったために優れたアドバイスをメンバーに与えることができるようになった。これは大きかったのである。
もう一つの理由は、マネジャーの優れたリーダーシップである。そして、そのリーダーシップを思うさま発揮できたのは、クプロジェクト計画書クを作成したからである。この計画書は、開発活動の方向づけと、それに基づく各人の分担と相互の関連についての、明確な手引となったからである。
開発活動がそんなにうまく計画化できる筈がない、と思われる方もあろう。しかし、この考え方は間違っている。このように考えるのは夕計画どおり病クにかかっている証拠といっていい。計画というのは、そのとおりいくものではないし、もしもそのとおりにいくのなら、計画などいらないのである。計画どおりにいかないからこそ必要なのである。
開発活動は、何もかも五里霧中というものではない。そこには必ず目標や狙いがある。その目標なり狙いなりを達成する手段も、筋道も、かなリハッキリしたものがある。分らないのは、その結果である。
だからこそ、その筋道を忠実に辿ることが大切なのである。そのためには計画書が必要なのだ。その計画書の筋道を辿った上で、その結果を確認し、狙いとのズレを発見することにより、これからどうしなければならないかを考えることができるのである。計画の大切さというよりは絶対に必要な理由がそこにあるのだ。
もしも、計画書がなければ、その場その場の思いつきで行動することになり、成果を期待することは難しいといえよう。筆をプロジェクトチームに戻して、私が感銘を受けた話を紹介しよう。
ソニーで開発したカラーテレビのトリニトロン方式は、そのプロジェクトマネジャーには井深社長自らがなったということである。社長がプロジェクトマネジャーになったこと自体に大きな意味があるのだ。それは、トリニトロンこそ、ソニーの社運をかけたプロジェクトという社長の意志表示だったからである。それは、カラーテレビのないソニーを考えてみたら分る。
社運をかけたトリニトロンは、それが世界の何処にもない全く独得の原理によるものだけに、その困難さは想像に余りあるものがあったであろう。
このような時に、何が何でも成功させなければならない、という社長の決意を示すものが、自らプロジェクトマネジャーになることだった、と私は解釈するのである。これこそ、社長の態度として正しいものである。だからこそ、見事に成功したのだ。
これに反して、ボンクラ社長はどういう態度をとるだろうか。F社はT社のオンリーさんだった。ところが、T社の都合によってF社の仕事は大幅に引きあげられた。F社はピンチに陥った。
そのピンチを切抜けるために、自社商品をやるべきだというのが社内の大勢だった。下請のみじめさと危険を、いやというほど思い知らされていたからである。候補に上がった新商品には、社長が乗り気でなかった。しかし、社内の大勢に押されてしぶしぶ承認したのである。社長は、この新商品の開発にも販売にも全く手をかさなかった。それどころか、たえず批判的な立場で担当者にイヤ味を言い通したのである。
それにもかかわらず、その商品はそれ以後二年間というもの、会社の大きな収益源になっていたのである。二年間というのは、二年後に会社はつぶれてしまったからである。
この間、社長は何も新商品も新事業の構想も打出さなかった。社員の開発した商品のみに頼うていた。しかし、それだけでは収益が不足していたのである。心ある社員の数十度にも及ぶ新商品開発要求の膝づめ談判(これは社長への質問というより、まさに膝づめ談判だった)にもただ『成算がある』の一言だった。思いきった減量作戦だけでもとっていれば或いはつぶれずに済んだかも知れないのにである。
社長の態度で最も悪いのは、躊躇唆巡して何も決めないことである。何も決めないということは、間違った決定よりも恐ろしいのである。間違いは直せばよいが、何も決めないでは何もできないのである。
定期的チェック
新商品開発は
一、開発部門を独立させ
二、明確な開発方針と目標を設定し
三、プロジェクトチームを編成してマネジャーを任命し
四、プロジェクト計画書を作成させてこれを承認する
ことによって開発活動を行わせるのであるが、あとは任せておけば自然に進むのではない。
任せるということは夕放任クに通ずるのだ。「任せてあるから、やたらに口を出さないほうがよい」と思っても、やはりどうなっているかが気になる。そこで時々「どうだ」と担当者に声をかけてみる。返答は「まあまあです」というようなところだ。そこで、「しっかりやってくれ」「ハイ、しっかりやります」というようになる。こういうのをク禅問答クという。どういう意味にもとれるからである。これで成功など望めるものではない。
また、ヤイノ、ヤイノとうるさく云っても、うるさがられるだけである。そして、「任せるといいながら、何だかだとうるさい」と思われるのが落ちだろう。ではどうしたらいいのだろうか。
それは「定期的にチェックする」ようにするのが一番よい。それも、 一カ月に一回程度がよいだろう。
この定期的チェックは、プロジェクト計画書に明示しておくとよい。
このチェックの際に、必ず報告書を二部複写で提出させるのである。 一部は社長のファイルに、 一部はマスターとして、開発資料室(ファイリングキャビネットや書棚でもよい)に保管するのだ。このマスターは門外不出とし、閲覧したい人はその部屋の中で行うようにする。必要ならばコピーをとるのは差支えない。
何故こうするのかというと、 一般に日本の会社では研究記録は本人が保管することが多い。そのために、本人が退職するときに、この資料をそっくり持っていってしまう、というようなことがよく起るのである。
これでは、折角の研究もすべてパーになってしまう。マスターがあればそうした危険を防げるのだ。
一カ月一回程度のチェックで、この報告書に基づく説明をきけば、何がどのようになっているかが分る。そして、必要な指示や助言はこの時にやればいい。新たな計画が必要ならば計画書の提出を命ずるのだ。
こうすれば、進行状況も的確につかめるし、担当者も張合いがあると同時にウカウカしているわけにはいかないのである。
一カ月に一回程度のチェックというのは、 一般的基準であるから、何もこれにとらわれることはない。特に大詰めに近づいた場合などは、頻繁にチェックをする必要がある場合も起るのである。
日本の社長は、とかくこの定期的チェックを怠りがちである。そのために、開発進行が遅れる危険は大きいのである。「忙しいのでツイ」というような言訳はやめたほうがよい。忙しくてチェックできないような開発ならば、それは我社の将来にはあまり重要な役割りを果たすものではないと、社長自身が思っている証拠である。重要なものならば、忘れようとしても忘れられるものではないからだ。とはいえ社長は忙しい。だから自らの時間を有効に使うためには、チェックを計画的に行うのである。
そのために、プロジェクト計画(のみならず、いろいろな計画や、チェックを必 一要とする指令なども)は初めにいつチェックするかを決めておき、これを秘書(社 214長は秘書を持つ必要がある)に命じておくのだ。秘書は、社長のスケジュールの中 .にこれを織り込むのだ。
こうして、チェックを誤りなく、もれなく行うことこそ、成果達成と時間の計画的使用を同時に実現できるのである。
蛇足ながらつけ加えると、長府製作所の川上米男社長は、「チェックこそ社長の重要な仕事の一つだ。チェックを怠っては社長としての責任を果すことはできない」という意味のことを強調しているのである。
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