第二の会社を再建するために、私は憎まれ役をつづけながらケチ経営に徹した。欠けたら補充する。減ったら満たす。常に充足しておくことは準備である。悪いことに悪いことが重なったので失敗した、倒産したという言い訳が経営者に許されるわけがない。悪いことがあれば、何をおいても良くしておく心がけを欠くことはできない。会社が悪くなっている 一のであるから、欠けているものを満たす他にない。そのための徹底した節約1倹約であった。 部十一年間その会社に関係したが、期首に定めた経費予算の増額を認めたことは、ただの一度もなかった。ある時など、「うちみたいにケチ会社ばかり増えると物の売行きが悪くなる。そうなれば商店泣かせとなり、日本経済全体も売行き不振、ジリ貧となる」などと真顔でいう幹部がいた。
「自分の会社は火の車経営、自分の頭の上の蠅も追えないくせに生意気いうな」と思ったが、こう話した。
「近年、日本企業のうち半数は赤字会社だといわれている。もし、これらの会社が合理化に徹して黒字になり、日本の全会社が黒字になったら日本経済はどうなるか。
反対に、いまの黒学会社が浪費を重ねて全部赤字会社に転落したらどうなるか、を考えてみるがよい。全社赤字ということになれば、法人税収入はなくなり、政府支出も減らさざるをえなくなる。民間の配当支出もなく、従業員給与も減って消費は極端に落ち、失業者は増え、不況は深刻化するだろう。
逆に、全部が黒字会社になれば、物は売れ、個人消費はさらに増え、商店も大繁昌ということになる。一時の思いきった節約は大切なことだ」と。
またある時、部門長が「経費の締めつけがきつすぎて、部下からケチ部長などといわれて情けない」と嘆いていた。
「ケチといわれることは名誉なことだ」と私。「ケチだとけなしている人と、いわれている人では、どちらがケチか考えたことがあるかね。今どき、飲まず食わず、義理人情に欠いて恥までかきながらケチっている人はない。ムダなことをやらない、節約ということだ。それを浪費家からみるとケチにみえるだけだ」と。
サラリーマンにしても、月給、ボーナス、退職金、年金など一生の総収入が一億円あったとすると、ケチといっている人は、たったの一億円使って死んでいくだけだ。ケチといわれている人は、節約して貯蓄し、利息を増し、儲けて増やし、事業を始めて増やす。 一生の間に使うかねは一億円どころではない。何億、何十億も使うことになる。どちらがケチかわかろうというもの。
小咄に「川に落ちて賜れかかっている男に″百文出せば手をかして助けてやろう″といったところ″百文出すくらいなら〃といってそのまま沈んじゃった」というのがある。必要なことにも出し惜しむのがほんとうの吝薔というものだ。
節約している人は、会社を大きく発展させよう、海外進出を果たそうなど、大きな志を抱いている人だ。また、ピンチに備えようとしている人で、経営者の条件を立派に備えた人と価いえるだろう。名誉この上なしである。あるとき、社長訓示のあと時間が余ったから、なにか話してくれといわれた。
「ここにおいでの社長を皆さんは、ケチ社長と陰口いっているようだが、私からみたら、このくらいかね使いの荒い社長はいないと思う。 一割五分配当が一人前の会社といわれているのに三割の配当を払い、二回ボーナスが常識になっているのに三回にしている。新設備にも半年に十数億ものかねを出している」と。ケチならぬ節約をしなければ、こうした結果は得られないことを知ったに違いない。
ある本に「倹約とは財貨に淡白なものである」とのべていた。倹約していれば、生活にこと欠くことはないし、貯蓄もでき不安もうすらぐ。おかねにガツガツしなくてもすむ。倹約しないものは、何事にも「それにつけてもかねの欲しさよ」と、 一見かね払いが良くみえて、かえってかねにきたないものである。言い換えれば節約・倹約は品性を高めるもの、人格を養うものともいえよう。
第二の会社再建がなって、法人税ゼロからここ数年十億円以上払っている。株の配当も無配から二割となり、社員ボーナスも二回を三回にしている。過去にケチった何倍、何十倍か支出増となるだろう。それは政府・株主・社員の収入増となり、消費を増やす結果となっている。価節約とは、大志を果たすための準備なのである。 .
コメント