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八 師厳にして道尊し

し げん       とうと

「師厳にして道尊し」とは礼記にあることばで、人を教え導く者は己に厳しくして、手本になるような行動をしなければならない、ということである。

社長は最高まで登った者、これ以上勉強することはないが、下の者は勉強せよ、というのでは厳とはいえない。自ら学んで、しかる後に学べというなら怠け者も学ぶことになる。それに、権力のため学ぶのではなく、時代の進歩に対応するために社長自ら、より多く学ぶ必要があるのである。

ところが、地位が上がるはど学ばない者が多くなる。自身は軌道に乗ったとでも思っているだろうが、軌道は軌道でも窓際行きのレールなのである。関係した会社で「本一冊読んでいない者は、名刺をいま社長に返してこい」と管理職に言ったことがあるが、新知識も吸収しないで職責を果たすことはできないからだ。中国故事に「復た呉下の阿蒙に非ず」がある。

三国時代の一方の雄、呉の孫権は家臣にこう語った。「学問というものは、自ら進んでやるべきものだ」。家臣の一人、呂蒙は武勇にはすぐれていたが学問がなかった。そこで、 いったん志した呂蒙は、それこそ寝食を忘れて学びつづけた。

そのうち学のある魯粛が呂蒙と議論をしてみると魯粛のほうがかなわないはどの博識ではないか。魯粛も驚くとともに喜んで言ったという。「貴公が武略に長けていることは知っていたが、それだけの能とばかり思っていた。しかし、いま話してみると、どうして、博識になって、もう呉にいたころの蒙さんとは大違いだ」(阿蒙の阿は″さん″という敬称である)すると呂蒙は昂然といった。「およそ士というものは、別れて三日たったら、次に会うときは目を見開いてみるものだ。日に日に進んだことがわかるだろう」と。

この呂蒙は、知将魯粛が死んだあと孫権を補け、蜀の勇将関羽を捕殺し、呉の地歩を一層強固にしている。いわば孫権は呂蒙に学問をすすめ、呂蒙はそれにこたえて学び文武両道の将となって国の基盤強化に寄与している。

現代経営者のうちにも自ら学び、学ばせて企業の発展に役立とうとしている人が少なくない。会社を大きく発展させようとする社長は、 一人の力には限界のあることを知っている。また、自分一人が学んだとしても協力する人たちが学ばなかったら半身不随と同じくすることも知っている。

そのため、自ら学ぶのである。指導者が自ら学べば、部下は命じないでも学ぶことになる。指導者についていくこともかなわなくなり見離されることを恐れるからである。

し げん        とうと           よろ

また言志四録に「師厳にして道尊し。師たる者宜しく自ら体察すべし。如何なるか是れ師の厳、如何なるか是れ道の尊き」(人の師たる者=上司は尊厳が備わって教えの道の尊いことが知られると礼記にある。したがって師たる者は自ら、師の厳とはいかなることか、道の尊きとはいかなることかを体験して知るべきである)とある。

いわば、口先だけではダメ、体験し、その厳しさを知ってから口に出せということである。

権力のある人が、どれはど強く部下に、ああせよ、こうせよ、と命令しても、自分で行なっていないなら、なんの尊さもない、価値もない。自ら行なっていることを部下に言うのであれば千金の重さがある。言わずとも行なうようになる。「上の好むところ、下これをならう」は昔もいまも変わらない。

前職時代、小唄に熱中している支店長がいた。次長以下が支店長とおなじ師匠に弟子入りさせられた。不治の音痴まで仲間入りしたという。支店長転勤で次長が抜櫂されたが、これもすでに小唄病に冒されていたため依然たるものだった。その交替のとき、私が言ったわけだ。「新支店長を読書家、勉強家にしてはどうか」と。

しかし、これは不発に終ったが、勉強家支店長にしても、勉強だけは下が上にならわないようである。これを、ならうようにするにはどうするか。上に立つものが自ら学び、学ぶ者を取り立てる、ということである。学ばざる者管理職にあらず、というムードを高める。学ばない者は会議で発言もできないように仕向ける。試験制度を実施するなど、学ぶ者だけが社内を大手を振って歩けるようにしたり、社長が主催して学習会を開くなど方法はいくらでもある。

師厳にして、の戒めは学問に限らない。人の長となる者は、常に自分を厳しい境地におき、自らを厳しく律するはどの気がなければ、部下が従うことはない。

社長として過半数を出資しているから、何をしようと自由と考えている向きがある。たとえ全額出資していようと、会社を私物化することは許されないのに、社長自ら、あいまいな考えで経費の公私混同を招くと、次第に部下がまねることになる。関係した会社の幹部を前に、こんな話をしたことがある。

唐の名君、太宗が重臣を前にして言った。「君主というものは、国のおかげで立つものであり、国は、民があって成り立つものである。それなのに、民から重い税を取り立て、君一人が財を蓄え、ぜいたくをすることは、ちょうど、自分の肉を切りさいて腹いっばい食べるようなもので、腹がいっばいになるころには自分が死んでしまうように、君が富んだときには国が亡びてしまうだろう」と。

また、あるとき太宗が侍臣にきいた。「西域の蛮人の商人は、みごとな珠を手に入れると、盗まれないように、自分のからだを切りさいてかくすというが本当のことか」と。

実際にありますという答えをきいて「役人が、フイロを受けて罰せられるのと、帝王が奢修欲望に身をまかせて国を亡ぼすのと、なんで蛮人の愚かで笑うべき行ないと違うことがあろうか」。すると重臣の一人魏徴が言った。「昔、魯の哀公が、孔子に向かって、よくものを忘れる人がいて、家の引っ越しの時に妻をつれて行くのを忘れた人があった。すると孔子が、いや、それより、ひどい人がいます。夏の条王、殷の村王は、わが身を忘れて奢欲におばれ、国を亡ばしてしまいました、と答えたといいます。ちょうど陛下のいまのお話と同じことであります」。この話は十八史略にあるものだが、「国という言葉を当社と変えてみるのも参考になるのではないか」と話したことがある。毎日毎日の公私混同は些細なものでしかないだろうが、これには白蟻の恐ろしさがある。気づかないうちに会社の大黒柱は空洞になる。物的ばかりではない、そこに働く人間の心まで食いつくす恐ろしさである。また、若い課長連中の会合で次のように話した。

皆さんは、商売柄、クラブ、バーなどにも行くだろうが、彼女たちに嫌われない秘訣を教えておこう。これも先輩の役目だ。

前職時代、私は東京銀座のクラブで働く、ナンバーワンという女性と対談したことがある。そのとき、嫌いな客と好きな客の品定めをしてもらった。

まず、嫌いな客として、頼みもしないのに名刺を出す人(肩書きだけが自慢の種の人間)、油頭を衣類にこすりつける人(相手の立場を考えない人)、飲みながら仕事の話きりしない人(世間知らずで融通のきかない人、まじめぶっている人)などの他、最もいやな客として「明日は日曜日だ。ピース五個もってきてくれ」「今晩は遅いからタクシーで帰る。一万円ばかり立て替えてくれ。その分も公給領収書へうまく含めて会社へ取りにこい」「接待客を帰したあと二人できて、領収書には四人としておけ、という知能犯もあるし、彼女と一緒にきたときの勘定まで今晩の分に含めてくれ、というのもある」と。私が、そのほうが売上げも増えて、貴女がたの収入も増えるではないか、と言ったら「詐欺犯に協力してまでナンバーワンになりたくありません」といって柳眉を逆立てた。もし皆さんが、彼女たちに好かれようとするなら、この話の逆をやりなさい、と話した。

「天網恢恢、疎にして漏らさず」(天の網は広大であって、その目は粗いが、善悪の応報は必ず下して見のがすことはない)とか、いずれは代償を払わなければならない。

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