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先見涵養

別項でのべたとおり、私は二十才のとき、四挑戦(生涯信条)五段作戦(生涯設計)なるものを定めた。

四挑戦は、厳しさ、時代の変化、自己能力の限界、疑問(先見)の四つに挑め、ということである。私の二十才といえば、昭和五年で世界恐慌の年でもある。

その前の昭和二年にはわが国の金融恐慌の年で多くの銀行が倒産した年である。農村の疲弊がその極に達し、人身売買が行なわれ、史上稀な悲惨な状態にあった。そうした時期の生涯計画である。

その中の一つに「時代の変化に挑戦」を加えた理由は、悲惨の中から一纏の光明を求めようとする願いもあった。

また、私は親ゆずりの借金返済のため母の農業の手伝いをしたが、すべて手作業であった。機械が買えなかったからだ。近隣の農家では、発動機付きの機械を使うようになっていた。そうした機械が買えたら、という羨望からでた「時代の変化挑戦」でもあった。しばらくして読んだ科学小説に「マッチ箱大の爆弾で大型軍艦を爆沈する時代がくる」という記事もあった。いまにして思えば原子爆弾である。こうした見聞から、時代の変化に挑戦しようとしたのである。

こうした生涯信条をもつと、常に、現在から将来をみることが習慣になってくると同時に、大きな興味にもなってくる。

こうして、こうすりゃ、こうなるものと。たわいもない歌の文句も、なにかヒントを与えているように思う。「空っ風が吹けば桶屋が儲かる」(空っ風が吹くと、はこりが舞って目に入る。目を悪くして目の不自由な人が増える。目の悪い人は三味線を持って収入を得るようになる。三味線は猫の皮で作るから猫が殺されて少なくなる。当然に鼠が増えて桶をかじる。その修理のために桶屋さんが忙しくなって儲かることになる)。

いまでは子供だましの話にもなるまいが、原因と結果のつながりをよく示している。こうした、ばかばかしい話にも興味をもつようになる。

これもその頃であるが、先輩から「新聞を読むにも活字と活字の間を読め」と、きつくいわれていた。それが身にしみていたためか、新聞を読んでも読みっ放しということはない。

こうした、出来ごとがあると、どのような影響が、どこに、どのように現われるかを考えるようになる。これに慣れてくると読みながら、よってきたることが頭に浮んでくるようになる。ヒラメキ、というものである。

経営者のなかにも、「勘がするどい」といわれる人がある。感じとる能力、先を見る能力が優れている人に用いられるが、こういう人は何を見ても、そのものについて考える以外に、それにつながって起るもろもろのことを考える習慣が養われているのである。

また、当時、先輩から「空気の見える人間を志せ」ともいわれた。神様でもあるまいし、空気が見えるわけがない、と思ったものだが、経営にあたってなると、こういうことにかなうようでなければ一人前の経営者ではないことに気づく。

だいたい、今より先が見えない人間や、抽象的なことを具体的に見えない人間は、かね儲けもできない。

気づかれないように忍び足でいけと泥棒の親分にいわれ、子分が出かけたのはいいが翌朝手ぶらで帰ってきた。わけをきくと忍び足で行けといわれたから家を出るときから忍び足でいったので先方へ着いたら夜が明けていた。「間抜けな泥棒」という落語だが、小咄の種になるようでは人の上には立てない。

あるプロセールスマンは「お客さんが買ってくれるかどうかを決する時間は、 せいぜい二、三分間。長い間話していても、客が買ってみようかと考える時間は、長くて二、 三分間。そのときをとらえることがセールスのコツで、それを逃したら、あと何時間話してもムダになる」といっている。相手の心を読みとることが秘訣となる。その昔、私が、東京銀座の「流し」と話し合ったときのことである。

「私たちの稼ぎどきは夜八時から十一時までの三時間だ。その間に、 一日分を稼ぐわけだから時間が大切だ。歌わせてくれないところに頑張っていても時間のムダ。

歌わせてくれるか、くれないかをどこで見きわめるか。 ″お客さん、 一由どうですか〃と声をかけて、まずハネ返ってくる語調で見当がつく。なまりがあれば、その地方の民謡を歌いだす。また、上司、部下の客だったら、人生劇場、柔道一代など根性ものを歌い、客と一緒と思えば、客のこのみに合わせるし、年輩者同士だったら旧制高校の寮歌か軍歌を歌いだすと、よし、そのつづきをやってくれ、ということになる」と。その道によって賢し、というが読心術を心得ているようでもある。

余談になるが、「時々変わったお客がある」とそのとき話してくれた。人生劇場の二番を一時間余りも歌わせた人がある。年ごろは旦那ぐらいだ。それを一曲たのむといって「あんな女に未練はないが」を繰り返し繰り返しきいていたという。私が六十才を過ぎたころである。

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