兄弟仲よく事業経営ができれば、 一番の理想だが、うまくやれる例は三割もない。七割以上はおかしな経営をやっている。
兄弟が二人いて、弟の一人が非常に気が強い場合、彼は大概やめる。あるいは、やめさせられる。そして、残ったもう一人の弟は脆弱で、長男の意見に迎合していく。弱々しい人だけが残るが、その弟は本当の人材とはいえない。
それでは、どういう工夫が必要か……弟が二人いたら、長男が弟二人の会社をつくっていく。
自分ができるだけ若くて元気なうちに人生計画を立案し、いついつまでに次男、三男の会社をつくってやるということを決めておくことが大切である。
兄弟にほとんど手腕がなくてもやれる事業が数多くある。たとえば、賃貸マンションを弟にやる。そこにいい不動産の流通業者がいれば、自動的に家賃が入ってくる。人手はほとんどいらない。手腕がなければ、そういうもので食わしていっても構わない。こうした配慮が必要だ。マンションを二、三棟あげるようにしていけば、弟も一生食いっぱぐれがない。血を分けた弟でも、手腕のない人間にとっては、こうした処遇のほうが幸福である。親身な心遣いが、兄としてできなければだめだ。
織田信長でも、源頼朝でも、兄弟が相争ってきた。古くから兄弟の争いは、変えることができない姿である。人間の情は、有史以来、少しも変わっていないからだ。周りの文明が変わっているだけである。
まず、このように兄弟会社の失敗がないようにする、さらに、もっと積極的に兄弟会社を成功させるためには、リーダーである自分が、予め人生計画をつくり、兄弟に発表しておく。また、親族の面倒をみるようにしておくべきだ。そして、「これから十年、努力をして、おまえの会社をつくってやる」と明言し、そして、 一子相伝の原則をあくまでも貫く。 一子相伝でやっていくのが、本当は一番良い。将来のことではなくて、兄弟会社のトラブルが現実に起こっている場合にはどうすべきか。ここで、具体的な事例を紹介しておく。
Aさんは、二世経営者だ。父親が数年前に二つの会社と六つのパチンコ店を残して他界してしまった。他界する前に、中心的会社の代表に彼の弟を、パチンコ店の代表にAさんを据えた。
実は、Aさんは、父親の商売が嫌いで、長男でありながら、かつて家を出てしまった経緯がある。弟が長いこと父の経営を手伝っていたが、十数年前、父親の強い説得にあって、サラリーマンからパチンコ店の経営者になったのである。
とにかく、出戻ったAさんは、弟の会社を核にしてグループ会社をつくり、Aさんがグループの代表、弟が専務として今日まで経営してきた。
ところが、弟は、Aさんが戻ったことを、あまりよく思っていない。グループとしての経営も、代表者が二人いてギクシャクしている。非常に経営しづらい。
時々グループを解消したいと考え込んでしまうこともあるが、色々なしがらみがあって、それもできない。
何事もそうだが、現実の問題に直面したなら、自分はどうしたいかという意思をはっきりと示さなければならない。「自分の会社にしたい」のか、あるいは、「二人仲よくやりたい」のか、いずれかの選択をして、はつきり意思を伝えることが大切だ。ヘビの生殺しは最悪だ。どちらかにサイを振ることが答えである。しったがって、まず第一に、 一緒にやりたくないのなら、 一日も早く会社を分けるべきだ。
私がこんなことを言うのも、互いに敵意さえ感じているように見えたからだ。相談に来たAさんも、弟のことを決して良くは言わなかった。こういう状態で、代表者が二人いるのは、本当に良くない。将来にわたって考えれば、いまのうちに会社を分けるほうが正しいという判断も成り立つ。
第二に、弟が折れれば、 一緒のままの方が良いに決まっている。兄も、ナンバーツーとしての弟の辛さを分かってあげる。ナンバーツーとは、本当に辛いものだ。兄弟が互いに折れ合い、 一年、二年と経つうちに、だんだん我慢が身についてくるようになる。仲よくやっていくのが、 一番いいことだ。
心底、 一緒にやりたいのであれば、さらに一歩踏み出して、弟と一緒に事業経営の何たるかを勉強し、ともに目覚める必要がある。二人で一生懸命に勉強すれば、互いに分別が身について、悪いようには決してならない。そのようにして、初めて意見が同じになる。
第二に、即効薬として、前項で述べたように、非常に偉い人を会長として会社の中に引き込むことだ。そうすると、兄弟仲がおさまる。会長なら会長の地位を与えて絶対的権力を持ってもらう。会長の言うことは、両方が聞くように、最初から約束事をする。そうすると、非常にうまくおさまる。
東京銀座の三愛の社長、会長をやられた田中道信先生という方がおられる。販売の鬼といわれ、私が非常に尊敬する佐賀県の先輩でもある。田中先生は、大島康広さんが社長をやっているプラザクリエイトという名古屋の会社、最近、店頭登録したばかりだが、そこの特別顧間を引き受けている。これは、やはり、大島社長が事業をやっていくうえでの考え方をおさめてもらうためにお願いされたことだと思っている。
私の知り合いで、もう一人、「喜代村」の木村清さんという社長がいる。社長が非常にアイディアマンで、どんどん突っ走ってしまうタイプであるために、会社に人がなかなか定着しない。そこで、田中先生に会長を引き受けてもらい、社員と社長の間に何かあったときには中に入って、両方が相談できるようにした。そうすると、うまくおさまる。人の配置の妙である。
Aさんがはっきり意思表示できないのは、パチンコ店が嫌いで、 一度外に出た負い目があるからかもしれない。しかし、職業に貴賤はない。ニコニコ堂という有名な会社は、誰もがスーパーマーケットだと思っているが、売上の半分以上はパチンコである。映画の松竹なども、そうだ。レジャー産業としてのパチンコは、決して卑下すべきものではない。ソフトバンクの孫さんの父親も、パチンコ店をやっていた。孫さんといえども、それを財にしたからこそ、世界を変えていくような事業を興すことができたのである。Aさんは、もっとプライドを持つべきだ。この相談は、今後のAさんの決断を待っているところである。
私は、七割ぐらいの会社で兄弟が仲が悪いと書いたが、残り三割の仲良くやっている会社も数多く知っている。
兄弟経営の場合、簡単に言ってしまえば、片方が折れるとうまくいく。あるいは、全く別の性格で、お互いに補完し合えれば理想的だ。
私が尊敬している尼崎工作所の山村俊郎社長の会社では、実にうまくやっている。自分が会社全体を見て、営業に長けた弟が営業担当の専務取締役として手腕をいかんなく振るっている。タイプも全く違って、兄がやせ型で、弟は太っている。これぐらい体つきまで違うと、なおさら良い。本当におかしなことだが、二人の奥さんを見ても、それぞれタイプが全く違う。察するところ、兄と弟では女性の好みまで違うようだ。うまくいくはずである。
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