わたしは「信念」という言葉よりも「執念」という言葉の方を大事にしている。
広辞苑によると、信念とは「ある教理や思想などを固く信じて動かない心」、執念は「思
い込んで動かぬ一念、執着して離れぬ心」とある。日本人は、どちらかというと信念という
言葉は好きだが、執念という言葉は、執念深いというように否定的に使うようだ。
たしかに信念はきれいな言葉である。信念をもつことは決して悪いことではない。しかし
わたしに言わせれば、信念は変わるものだ。自分が尊敬している人や偉い人から説得される
と変わってしまうものである。
ところが、執念というのはお化けになっても変えない、変わらないものなのだ。
企業経営には、たとえお化けになってもやり遂げるという、どろどろした執念こそ大事な
のである。信念ではきれいすぎて頼りない。
わたしは経営会議の席上で幹部に対して、「何がなんでもこの目標は達成してもらいたい。
泥棒してでも詐欺をやってでも達成するんだ。警察には俺が行く」と言ったことがある。同
席していた真面目な監査役がびっくりして、「社長、いくらなんでも経営会議で泥棒でも詐
欺でもやれ、とはあんまりだ」と、言葉どおりに受け取って、真顔のクレームである。しか
し長年わたしと仕事を共にしてきた幹部は、「これは社長本気だな、どんなことがあっても
達成しなければ」と感じとってくれたのだ。信念程度では、泥棒、詐欺は国にできない。理
屈もはるか及ばない執念というものが社長には必要なのだ。
ただし、執念だけでは危ない。矛盾したことを同時に頭にいれて、しかも矛盾を感じない、
これと執念の二つの組み合わせができないと、ただの頑固者となりかねない。
この二つの組み合わせに長けること、すなわち、 一方で思い込んだら一念、あらゆる妥協
を許さずやり抜く心と、柔軟な対応でここは引く、休んだ後にまた進むということも同時に
できることが大事だ。これは口で言うほど簡単ではない。しかし社長には、このような老練
でしたたかな対応もまた必須のものである。
社長が執念を燃やしつづけ、しかも老練な対応ができるには、社長の溢れるような野望を
究極のひとつに絞り込むことではないかと思う。
大欲のために小欲を捨てるということである。あれもこれもやりたい、社長の抱く幅の広
い、奥の深い野望(ロマンでも夢でも言い方は違うが同じものだ) の中から、絞りに絞って、
これひとつ達成できたら本望だ、というものを自分で整理してつかむことである。
長期計画を立て、実践するプロセスは、社長の漠然とした野望の絞り込みでもあるのだ。
そして一段と次元の高い野望に絞り込んだとき、社長は前にも増してしたたかに成長する。
そうなれば他の望みは人に譲れるのだ。他は柔軟に対応し、譲るべきは譲っても、しかしこ
の一点は何がなんでもやり抜くという本当の執念も生まれてくるように思うのである。
悔いのない社長人生を送るには、このような考え方が案外大事ではないかと、日ごろから
心掛けているわけである。









創業者が残してくれたもの〜復刻に寄せて
このたびの復刻新装版出版にあたって本書を読み返し、あらためて、父・佐藤誠一
の残したものの普遍性に驚いた。
本書に記されている内容には、「時代遅れの考えだな」とか「これからの経営には
そぐわない」と感じるところが何一つない。それどころか、今のような極めて先行き
不透明な時代にこそ、親父の編み出した経営法はその威力を発揮すると、私自身がス
ター精密を経営する中で実感している。
私は大学卒業してすぐにスター精密に入社した。当時は売上25億円の典型的な中
小企業だったが、親父の手足となって会社を育て、2009年からは8年の任期で社
長を務めた。現在は会長として、バトンを渡したばかりの社長のバックアップに就いている。
この間、幾度もの試練を経験したが、すべて親父から受け継いだ経営法に徹することで乗り越えてきた。
記憶に新しいのは、2008年のリーマンショックに端を発した世界的な不況だ。
アメリカの一民間企業の倒産を、当初は専門家でさえ「対岸の火事だ」とタカをくくっ
ていたが、金融不安はあっという間に世界中に飛び火した。
かくいうわが社も、わずか2か月で主力の工作機器部門の受注が8割減った。結局、
翌年度の決算は売上が3分の1に激減し、85億円の大赤字である。
しかし、現預金は6億円減っただけ。翌年には黒字に回復。もちろん従業員のリス
トラはなし。それどころか、日本経済新聞社による『2008年の冬の賞与支給額ラ
ンキング』は、任天堂に次いで2位だった。ちなみに、わが社には3年売上がゼロで
も従業員に今と同じ給料を3年払い続けられるだけの体力がある。
どうしてこんなことができるのか、本書を読まれた方ならご理解いただけると思
うが、私は当時、「作るな、売るな」で在庫と売掛金を徹底的に減らして、その分の
89億円を現金化したのである。
会社はキャッシュがあれば何とでもなる。むしろ売れない時に無理に売上を伸ばそ
うとすると値引きせぎるを得ないから、景気が戻った後に価格を戻せない。在庫も売
掛金も増える。結果、利益率が減って、キャッシュが減って、最悪は倒産だ。
事実、2008年は上場企業の倒産が戦後最多となった。増収増益を続け、過去最
高益を出した大手不動産建設会社が、突然の不況と融資の厳格化によって資金ショー
トを起こして倒産するというニュースが世間を騒がせたが、スター精密はこの危機を、
BS (バランスシート)を徹底的にスリムにすることで乗り切った。
先が読めない危機はまだある。2016年には、英国のEU離脱の決定があった。
海外の売上比率が85%以上、うち欧州の売上は30%強を占めるスター精密にとっ
て、影響は必至である。
しかし、離脱後の英国、ユーロ経済圏がどうなっていくかという話だから、リーマ
ンショック以上に先は読めない。こういう状況のなかでいろいろな人に日本企業への
影響を聞いたところ、 一番多かった意見は「売上は1割減る」だった。そこで私は、
2割減るとみて長期計画を作り直した。
本書が述べているとおり、トップがすべきことは「先を読む」ことと「決める」こ
とである。とりあえず静観する経営者もいるだろうが、その時になってからでは遅い。
「そんなに落ちないかな、どうかな」と考えていては後手に回ってしまうからだ。
しかも、先が読めないのだから最悪を想定して、それでも大丈夫なように計画を立
てる。これは親父から経営法を受け継いだ私が、いまの経営環境に合わせてとくに徹
していることだが、計画は「良い」「普通」「悪い」の3つの場合を想定している。
たとえば、市況と自社が身を置く業界と、その中での自社のいまの状況を考え合わ
せて、売上が年率2%の伸びで5年間推移した場合をAパターン、このまま現状維持
で伸び率ゼロ推移をBパターン、それと、売上がマイナス2%推移で落ちていく悪い
パターンのCというように、「良い場合」、「普通の場合」、「悪い場合」の3つを想定
するのだ。
ここで非常に重要なのが、悪いパターンを、それも最悪の状況を想定することだ。
非常に嫌なことだが、これが最も重要である。英国のEU離脱の件でいえば、離脱が
撤回されるとかEUが譲歩するとかいった可能性は一切考えず、売上が何割減るか、
ユーロとポンドがいくら下がるか、円高の影響はどのくらいか、すべて最悪を想定し
て計画を立てるのだ。
なぜかといえば、最悪を想定して具体的な数字でシミュレーションすると、それで
も乗り切るためには何をしなければならないかが真に迫って見えてくるからだ。パ
ターンCの売上の伸び率がマイナス2%になった時を例にすれば、第一に経費の多く
を占める人件費の総額の増大を抑制する。まず「人を増やさない」、そして「労務構
成にも手をつける」と、考えが巡るようになる。
大事なことは具体的な数字で先を見通していると、状況が変わったら、「あ、これ
では利益が減ってしまうから、何をすればいいだろう」と考えられることだ。そして、
いくら経費を詰めなければいけないから、人件費はいくらに、そうすると労務構成は
こう変えよう、少ない人数でより生産性を高めるには設備投資はこうしよう…等々、
具体的な数字をともなった先の見通しができる。それが社長の先見性につながるので
ある。
結局、会社が潰れる時というのは、想定外の事態に打つ手がなかったということだ
ろう。だから、悪い場合、普通、良い場合の3つを考えておけば、すべての事態はこ
のレンジに収まるのだから、想定外のことが起こりようがないのである。
ほかにも、かつてわが社はフィンランドの世界的企業ノキアヘ、携帯電話の部品を
年間80億円売るトップサプライヤーだったが、ノキアの携帯電話事業からの撤退に
ともない、80億円の売上が3年でゼロになったこともある。
メーカーの宿命ではあるのだが、技術のトレンドというのは非常に先が読みづらく、
主力の事業や商品がわずか数年でまったく利益を出さなくなることも珍しくない。だ
からこそ社長自身が「先行投資」に充てる予算を毎年きっちりと付加価値の中から分
配し、社員に積極的に使わせる。「今年は利益が出なかったから来年は先行投資をし
ない」「今年は利益が出たから先行投資する」では絶対にダメである。
なぜなら、先行投資を怠っていたら次の時代の発展はないからだ。だから、日の前
の仕事だけでなく、将来の果実を得るために常に投資し続ける。とくに現代日本はモ
ノ余りの成熟社会であり、新しい価値を生み出さなければ売れない時代である。ゆえ
に、企業は他社との差別化を図り、新しいイノベーションを起こさなければならない。
そして、大事なことは、それを実行する原資は「現業の儲け」であるということだ。
「差別化が大事、イノベーションが大事、先行投資が大事」は、本屋に並ぶ多くの
ビジネス書に書かれている。しかし、その原資をどうやって確保するか、イノベーショ
ンの実現のために資金の裏づけをどうするか、その具体策が明確に述べられている本
は、本書以外、あまり多くはないように思う。
いずれにせよ、これからの経営環境は決して楽観できるものではない。我々が身を
置く日本にしても、ますます少子高齢化が進む。そうすると、国民一人あたりの社会
保障費の増大を賄うために、所得税や消費税が上がり、手取り所得が減るからますま
す消費は減退する。加えて、世界一高い法人税もおそらくは下がらない。
こういう厳しい経営環境において、我々経営者がまずやることは、無駄を省くこと
だ。そのために先を読み、儲かるものを育て、儲からないものは早めに見極めて捨て
る。在庫や売掛金を減らす。ムリに売上を伸ばさずにキャッシュを大事にする。従業
員を安易に増やさず、少ない人数で多く分けるための方策を考える。
せっかく社員が汗水たらして稼いでくれた稼ぎを銀行の金利支払いに費やさないた
めに、安易な借入はしない。できれば、設備投資は減価償却費の範囲以内で自前でやる。
そうやって稼いだ儲けを、給与・賞与。福利厚生費というカタチで社員へ、配当と
して資本家へ、税金として国や地域へ。さらには将来の儲けのための先行投資や、減
価償却費や、何かあった時の蓄えや、経営者自身の報酬へと正当に配分し、次の発展
につなげる。
この経営法は決して派手ではない。しかし執念をもってやり続けることで、会社を
絶対に潰さず、着実に成長発展させていける。これは本書を遺した親父の願いであり、
社長を継いだ私の願いでもあり、さらには、会社を経営するすべての経営者の願いで
もあると思う。
そのために、どうか本書を大いに活用し、そして実践し、会社をさらに良くしていっ
てほしい。もし「自分にはまだ5年先を厳しく見通す目が養われていない。ひとりで
計画書をつくり会社を正しい方向に導く自信がない」と思われる方は、私が塾頭を務
める長期計画作成セミナーにご参加いただきたい。
このセミナーは、親父が多忙な社長業の合間をぬって中小企業の経営者に計画書づ
くりを指導していたものを私が引き継ぎ、2018年で56期を数えている。ゆえに
初参加の会社はもちろんのこと、幹部と一緒に10年以上参加している方もおられる
から、構えず安心して来てほしい。
毎年欠かさず来られる社長は一様に、「私が間違った長期計画を立てたら、会社が
間違った方向に行ってしまう。年に一度、佐藤先生に客観的なアドバイスをもらい、
同じ立場の塾生たちからは、勇気と元気をもらえる。毎年この機会が、自分にとって
非常に貴重なものとなっています」とおっしゃる。
確かに、日本広しといえども東証一部上場企業の現役経営者が直接指導にあたるセ
ミナーというのは希少であろうから、自社のさらなる発展のために、大いにご活用い
ただきたい。
また、佐藤式の経営法を書籍でさらに勉強したいという方には、次の3冊をおすす
めする。
一冊は、親父から受け継いだ長期経営計画づくりを、根本的な考え方はそのままに、
目安となる経営指標などを、現役の経営者である私が時代に合わせて変えて解説した
『佐藤式先読み経営』。
一冊は、バブル期以降の厳しい時代に経営のバトンを渡された私が、膨大な佐藤式
経営の定石の中で、とくに徹底して実践しているものだけを厳選した『社長が絶対に
守るべき経営の定石50項』。
最後の一冊は、これから激化する人手不足と賃金高騰に対応するための『社員の給
料は上げるが総人件費は増やさない経営』(すべて日本経営合理化協会刊)。
いずれにせよ、会社を良くするも悪くするも社長次第。この激動の時代に、佐藤誠
一の遺したものが、 一社でも多くの中小企業が生き残り、さらなる繁栄を築かれる一
助となれば、私としても望外の喜びである。
二〇一八年九月吉日
スター精密代表取締役会長佐藤肇
著者/佐藤誠一氏について
「社長の仕事は事業の将来を的確に読むこと」と断じ、常に一〇年先まで繁栄できる独自の長
期計画を創案。社長の夢や野望を確実に実現させる計画化ノウハウは、四〇数年に及ぶ経営体
験に裏づけられ、他に類を見ない実践的なものである。
一九四七年、初代社長より経営のすべてを任され、弱冠二〇歳で創業、自ら企図した長期計
画を信じ、執念をもって実行しつづけ、東証一部上場企業を築き上げる。社長業の激務の傍ら、
若手経営者六〇余人からなる「佐藤塾」を主宰、製造・流通・サービス・建設・印刷業……さま
ざまな業種業態の企業に、その長期計画ノウハウを直接指導、株式上場を果たす会社や高収益
会社をつぎつぎに輩出。その経営手腕と魅力的な人柄に、多くの経営者が氏を信奉、私淑して
いたが、 一九九七年急逝。
前スター精密伽相談役。 一九二七年東京都生まれ。
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