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終章伸び続ける会社を作る

終章伸び続ける会社を作る

行動分析学で会社は成長するあとがき参考文献

終章伸び続ける会社を作る行動分析学で会社は成長する「サカモトさんが……アメリカ転勤?」合併から二年がたとうというある日、人事課長の水木のもとに、ノルウェー・モバイル本社の人事から一通の電子メールが送られてきた。

「異動は……来月じゃないか」水木はサカモトを会議室に呼び、辞令の話をした。

「ええ。

この件は、しばらく前から言われています」サカモトは言った。

「アメリカで、ノルウェー・モバイルがHG社から、ある工場を買収したのです。

それで、私に来てほしいと」「そうですか。

ご栄転、おめでとうございます!……でも、淋しくなります。

いや、こんなことを言ってはいけませんね。

せっかくのビッグチャンスなんですから」水木のお祝いの言葉は、最後にはしみじみとした口調になってしまった。

サカモトは珍しく顔をうつむけた。

そして、目を伏せながら言った。

「私も、できれば、もっとここで皆さんと一緒に働いていたかったのですが」(サカモトさんも、こんな淋しそうな顔をすることがあるんだ)初めて見る、元気のないサカモトの表情に、水木は一瞬、呆然となった。

「……水木さんにも、ご苦労をおかけしたままで終わってしまうようで。

申し訳ありません」サカモトは目を伏せたまま、水木に向かって頭を下げた。

「何をおっしゃるんですか!?」水木は驚いて目を丸くした。

「サカモトさんには、いろいろ教えていただいて、本当に感謝しているんですよ」水木の言葉に噓はなかった。

「水木さんに、そう言っていただけると嬉しいのですが……でも、ここに来て約二年。

ようやくほぼ全社員の皆さんと馴染むことができ、皆さんの力で会社も変わり始めて、いよいよこれから、というときに転勤というのは……」サカモトは、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎだす。

「何か、やり残したことが、まだあるような気がして」「まあ、会社をよくすることに、『これで完了』ということはないでしょうから。

サカモトさんのお気持ちも、わかるような気はしますが」「私は、やるべきことを、すべてやったのか。

ノルウェー・モバイル・ジャパンは、これからどうなるのか……いざとなると、心配事が次から次へと心に浮かんできてしまって」サカモトは、照れたような、淋しそうな笑顔を見せた。

(サカモトさん……)水木は心の中でつぶやいた。

(お気持ちはわかりますし、ありがたいですが。

いけませんよ。

そんな弱気じゃ)「サカモトさん」水木は、サカモトの目を、まっすぐに見て言った。

「安心してください。

私たち全員で、引き継ぎますから。

大丈夫ですよ」サカモトの顔が上がった。

「この会社の人間たちは皆、サカモトさんにずいぶんと助けていただきました。

今度は私たち自身が、お互いを支え合ってゆかなければならない。

私は、そう思います」「水木さん……」「もし最後のお願いをさせていただけるなら、来週の全社ミーティングで異動のご挨拶をされるときに、私たち全社員にサカモトさんからの最後のメッセージをください。

それをわれわれは忘れずに、これからもっとよい会社を作っていきます」「水木さん。

ありがとう……」サカモトは、しっかりと水木と握手をした。

サカモトにとってノルウェー・モバイル・ジャパンでの最後となる全社ミーティングがやってきた。

ウィンスタンレー社長に促され、サカモトが壇上に立つ。

「皆さん。

私は今月いっぱいをもって、この会社を去ります。

すでにご存じの方も多いでしょうが、アメリカで大きなM&Aがあり、新たに仲間となった会社のために、私も微力ながらお手伝いさせていただくこととなりました」サカモトは、最後のスピーチを、こう切り出した。

「会社には、さまざまな出来事や課題が、日々発生します。

それを今まで私は、行動分析学を通じて解決しようと試みてきました。

中には皆さんのおかげでよい結果を残せたものもあると思いますし、また私の力不足で上手に解決できなかったものもあると思います。

ですが、私が去る今これからは、どうか皆さんに、このマネジメント活動を続けていっていただきたい。

私が願うのは、ただそれだけです」製造部長の岩崎が、懐かしそうに目を細める。

かつて皮肉屋と呼ばれていた生産1Gの小田切が、今はキラキラした目で壇上のサカモトを見つめている。

「行動分析学には、たくさんのテクニックや概念がありました。

しかし最も大切なのは、随伴性という考え方です。

人は、それまでの人生において、さまざまな環境にさらされ、その環境が作る随伴性の影響を受けて、人それぞれの行動パターンを身につけています。

もちろん、それらは個性ですから、基本的には肯定されるべきものです。

ですが中には、自分として、できることなら変えたいと思っている行動というものも、あるのではないでしょうか」事業ディレクターの田宮、調達ディレクターの桐山が、同時に「うん、うん」とうなずく。

抹殺法を行った営業二課の元木が、うつむきながらうなずく。

「そういうときには、まず、どのような随伴性が、その行動を維持強化しているのかを考えてみていただきたいのです。

そして、新たな行動パターンを獲得するための、新しい随伴性、望ましい随伴性というものを、工夫してみてください。

きっと、何かが変わるはずです。

『人は、変われる』──これは、私の信念であるばかりでなく、行動分析学で実現できると証明された事実でもあります」かつて鬼と呼ばれた坂東課長が、真剣な面持ちで聞き入っている。

「行動の変化は、強化の頻度に比例することを忘れないでください。

これは、夢への階段を一歩一歩のぼっていくステップです」苦手客を克服した営業二課の片山が、熱心にメモをとっている。

「思えばずいぶんといろいろなことを、ここにいらっしゃる管理者の皆さんとさせていただきました。

そのときそのときで具体的な課題は違いましたが、しかし、いかがでしょう。

皆さんの努力で、組織の文化や風土が変わったと、皆さんお感じになりませんか?文化とは、実はさまざまな随伴性の集合体なのです。

たとえば、『問題を見つけたときに、それを指摘すると、嫌な目で見られたり邪魔にされたりする』とか、『問題を見つけても、知らん顔をしてなかったことにしていれば、罰や叱責を免れることができる』とかの随伴性がある会社では、組織ぐるみで虚偽や偽装が行われます。

個人の意識や資質に関係なく、そういう文化ができてしまうのです。

逆に、『問題を見つけたときに、それを指摘すれば、周囲から賞賛され尊敬される』とか、『問題を見つけても、知らん顔をしていたら、やがて厳しい叱責や罰が待っている』とかの随伴性がある会社では、仕事の品質にこだわる文化が定着します。

『文化や風土が悪い』といった言葉が出ると、大抵はそこで思考が停止し、議論が行き詰まってしまいます。

文化や風土というものの正体が見えないため、どう手をつければよいのかわからないのです。

ですが、行動分析学を学んだ皆さんなら、もうおわかりになると思います。

随伴性が文化・風土をつくり、随伴性を変えれば文化・風土が変わるということを」新しく開発部長になった山脇や、表彰制度を変えた管理部長の剣持が、感じ入ったような顔でサカモトを見上げている。

「最後に、行動分析学というものについて、一言だけ言わせてください。

行動分析学の理論を初めて聞いたとき、皆さんの中にはこれを『非人間的な考え方だ』と思われた方も、もしかするといらしたかもしれません。

確かに行動分析学は、人間を特別なものと考えず、動物と同列で論じたり、冷徹なまでに科学的な物の見方をしたりします。

ですが、そこには常に、人としての成長を志向し、よい会社を作りたいと願う情熱が根底にあるのです。

行動分析学は、本当は、とても人間的な熱いメソドロジーなのです。

もう皆さんには釈迦に説法かもしれませんが、これはとても大切な価値観なので、念のために申し上げました……皆さんと一緒に仕事ができて、本当によかった。

心から、感謝します。

ありがとうございました」サカモトが話し終わり、お辞儀をすると、全員から大きな拍手が沸き起こった。

そこには、チェイニングで自信をつけた営業一課の栗林がいた。

もう裏表のない購買課長の村上がいた。

そしてもちろん、人事課長の水木も。

満場の拍手の中、サカモトは壇を降り、出口へと向かった。

翌月──きょうはノルウェー・モバイル・アメリカの、全社ミーティングの日だ。

広いホールに、HG社から買収された工場の管理職や作業員たちが並んでいる。

皆、これから自分たちはどうなるのかと、少し不安をにじませた表情をしている。

そこに、着任したばかりの新社長が現れた。

アメリカでは珍しくもないが、この社長も四〇代であろうか。

しかも東洋系なので、一層若く見える。

社長はマイクの前に立つと、ゆっくりと全員を見渡し、温かな笑みを浮かべながら、よく通る声で挨拶を始めた(もちろん英語で)。

「こんにちは、皆さん。

私はリョーマ・サカモトといいます。

皆さんと一緒に、すばらしい会社を作るため、日本からやってきました」その言葉と表情は、自信と力に満ち、社員たちの胸に明るい希望の灯をともし始めた。

あとがき一九九四年七月のことだった。

デザイン会社を経営し、VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)の専門家として売り場の演出を手がける旧くからの友人が、「自分が今仕事で直面している問題の解決には、どうも行動分析学が必要な気がする。

勉強する機会を作ってもらえないか」と、切羽詰まった様子で電話をかけてきた。

華やかなデザインの世界と行動分析学がどう結びつくのか、皆目わからぬままに、会って事情を聞くことになった。

「商品を最も効果的にディスプレイするために売り場をデザインしているが、日々商品が動く(売れる)とともに、ディスプレイは変えざるを得ない。

それは店舗の販売員の仕事であるが、だんだんと元のデザインとかけ離れたものになっていく。

原因は、販売員のデザインについての知識不足と考え、カラーコーディネートなどの講習をしたが、いっこうに改善は見られない。

問題は知識にあるのではなさそうだ。

販売員の行動を変えるには、杉山が学生時代に力説していた『随伴性』というのが鍵になるような気がする」。

そう言って、彼女は分厚いシステム手帳の中から色あせた箸袋を取り出すと、そこには、紛れもなく私の字で『随伴性』と書かれているのであった。

互いに学生だった頃、私の研究室でデンショバトの実験を見学したあとに行った居酒屋で私が書いたものを、なぜか気になって一〇年以上後生大事にとっておいたのだという。

なるほど、彼女の言う通り、販売員の行動を変える鍵は、まさに行動随伴性にある!同じ頃、行動分析学の研究・教育で世界三強の一つと呼ばれるウェスタン・ミシガン大学のデール・M・ブレスアワー教授(当時)が、慶應義塾大学で組織行動マネジメントについての講演をすることになった。

わが国で初めて、行動分析学の観点でビジネスの問題を取り上げた講演であり、彼女を誘うと二つ返事で来てくれた。

講演後には懇親会が開催されたが、招聘側の一人である私は接待に追われて懇親会を楽しむどころではない。

一段落して彼女を探すと、明らかにビジネスパーソンとおぼしき人々と談笑している。

そして、私を見つけて振り返ると、「この方たちと行動分析学の勉強会を始めることにした。

日にちはもう決めたから」と言うではないか。

そうして始まったのが、「まえがき」にあるパフォーマンス・マネジメント研究会であり、共著者の舞田さんとめぐり会い、多くのビジネスパーソンや行動分析学の組織への応用に興味を持つ学生たちと刺激的な場を共有することになったのである。

行動の原理の応用可能性に関しては、特別支援教育ばかりに目を向けられることが多いが、ビジネスへの応用は実は非常に早い段階からなされている。

一九八四年に米国ナッシュビルで開催された国際行動分析学会に初めて参加した折も、国際舞台で繰り広げられていた応用行動分析学の守備範囲の広さを目の当たりにすると同時に、今後の行動分析学の発展はビジネスと医療の領域にかかっていると直観した。

それから二〇余年が経過し、わが国においても、予想通り、看護やリハビリテーションの領域では研究者や実践家が着実に増えてきている。

一方、ビジネス領域への展開はこれからである。

しかし、現在ほど、「行動」という語がキーワードになっている時代はないように思う。

行動に着目し、「人も組織の行動も変わることができる」という信念が、本書を契機に少しでも広がることができれば本望である。

最後に、「書き始めるまでは時間がかかりますが、取りかかれば一気に書きますから」と豪語しながら、いっこうに筆の進まない私を辛抱強く待ってくださり、決して嫌子を与えなかった共著者のHRビジネスパートナー株式会社代表取締役の舞田竜宣氏、日本経済新聞出版社執行役員の森川佳勇氏、そして編集担当の三上秀和氏にお詫びと共に深甚の謝意を表します。

また、原稿の多くは那須山麓にあるアニマル・ファンスィアーズ・クラブで仕上げることができました。

快く執筆環境を提供してくださった、代表の佐良直美先生に厚く御礼申し上げます。

二〇〇八年一〇月杉山尚子

参考文献『行動分析学マネジメント』のいっそうの理解の助けとなる文献をご紹介します。

杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・マロット.R.W・マロット.M.E.行動分析学入門産業図書一九九八年──実験的行動分析、応用行動分析、理論行動分析からなる行動分析学を体系的に紹介している、日本語で書かれた唯一の書籍である。

杉山尚子行動分析学入門──ヒトの行動の思いがけない理由集英社(新書)二〇〇五年──一般書として行動分析学を紹介するために書かれた新書である。

島宗理パフォーマンス・マネジメント──問題解決のための行動分析学米田出版二〇〇〇年──部下、安全、体重、恋愛、スポーツ、道徳、病院、品質、知識、学校、組織を対象に、ABC分析を使って、行動分析学的に問題解決をするための考え方をまとめたコンパクトな本である。

ビジネスの日常の問題を題材にしたケーススタディで構成されている。

Daniels,A.C.(2004)Performancemanagement:Changingbehaviorthatdrivesorganizationaleffectiveness,4thed.,revised.──著者は、行動分析学に基づいたコンサルティング会社AubreyDanielsInternational(ADI)の創立者/CEOであり、本書はパフォーマンス・マネジメントに関するバイブルである。

日本で「行動科学マネジメント」として紹介されているものは、主としてこの文献とこの著者の考え方をもとに書かれている。

Daniels,A.C.(2000)Bringingoutthebestinpeople:Howtoapplytheastonishingpowerofpositivereinforcement.──本書も強化随伴性によって働く人々から最大のパフォーマンスを引き出す考え方を述べているが、前掲書がより教科書的であるのに対し、本書は一般書と位置づけられる。

なお、本書の初版の邦訳が『ベストを引き出せ』のタイトルで一九九五年にダイヤモンド社から出版されたが、この原典にあたることをお勧めする。

Malott,M.E.(2003)Paradoxoforganizationalchange:Engineeringorganizationswithbehavioralsystemsanalysis.──著者はMalott&Associatesを主宰するコンサルタント。

メタ随伴性という概念を導入し、個人のみならず、より企業の組織変革に重点を置いてかかれた本である。

タイトルの「パラドックス」は、組織の変革は動的で、複雑で、混沌としていると思われがちだが、随伴性の観点からみると、変革のプロセスは一貫性があり、単純で、規則的であるという筆者の主張に基づいている。

著者舞田竜宣(まいたたつのぶ)東京大学経済学部卒。

世界最大級の人事組織コンサルティング会社の日本法人代表を経て、現在ではHRビジネスパートナー株式会社代表取締役としてコンサルテーションに携わるかたわら、大学院や大学で教鞭をとっている。

日本行動分析学会会員。

国際行動分析学会会員。

主な著書に『行動分析学で社員のやる気を引き出す技術』(日本経済新聞出版社)、『社員が惚れる会社のつくり方~エンゲージメント経営のすすめ~』(日本実業出版社)、『10年後の人事』(日本経団連出版)などがある。

問い合わせ先:info@hrbp.jp杉山尚子(すぎやまなおこ)慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。

星槎大学大学院教育学研究科教授。

日本行動分析学会常任理事、日本心理学会教育研究委員会委員。

日本行動科学学会運営委員。

主な著書に『行動分析学入門──ヒトの行動の思いがけない理由』(集英社新書)、共著に『行動分析学入門』(産業図書)、共訳に『うまくやるための強化の原理』(二瓶社)などがある。

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