はじめに株式会社武蔵野は、2000年度に、日本経営品質賞を受賞しました。日本経営品質賞とは、米国の「マルコム・ボルドリッジ国家品質賞」を範とする、「卓越した経営の仕組み」を持つ企業の表彰を目的とした、権威ある、かつハイレベルな賞です。事実、米国では、時の大統領が表彰式のプレゼンターを務めます。過去の受賞企業には、アサヒビールや、リコー、IBM、ホンダカーズ中央神奈川など、そうそうたる企業が名を連ねます。そのような賞を、東京西部の中小企業が、1度いただいただけでも、ありがたいことなのに、さらに2009年度には、「継続的な経営革新の取り組みが確認され、今年度の受賞組織と同レベル」として、「総合A+」という身に余る評価をいただきました。評価レポートのコメントの一部を、ご紹介しましょう。「貴組織における力の源泉は、徹底した顧客視点で物事を考え、決めたことを徹底してやりぬく文化です。この文化は、環境整備や実行計画など、すべての社員が目標を決めて確実にやり遂げる日々の活動と仕組みにより育まれています」今回の評価は、2000年度の受賞時から9年、わが社が成長を続けていることの証でもあります。昨今の厳しい経営環境の中で、なぜ、わが社はこのような成長を続けることができたのでしょうか。もちろん、社長である小山昇の経営手腕によるところが大きいのですが、現場レベルの具体的な話で言えば、その理由は、「環境整備」にあります。なんだ、お掃除かと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「環境整備」は、ただの掃除や片づけではありません。それこそ会社の成否を左右する、大変奥の深い、決して侮ってはいけないものです。なぜならば、これは「経営の原理原則」だからです。私は、信州のホテルで15年間、武蔵野に来てから、14年間、合計29年間、現場での実務体験を積み重ねてまいりました。その間、一倉洋先生、一倉定先生、渥美俊一先生、西順一郎先生、清水義晴先生、佐々木隆様、石川洋先生、坂田道信先生、寺田一清先生、鍵山秀三郎先生、大和信春先生、南後浩先生、末松清一先生をはじめとする、多くの経営の師、人生の師と仰ぐ先生方と、時には小山と共に、ご縁を結ばせていただきました。そして、現在、武蔵野の常務取締役として、全国の企業を訪問させていただき、環境整備等に関して講演を行いながら、4万人以上の方とご縁をつくらせていただいております。そのような経験から、私は、次のことを確信しています。●経営の原理原則は、強い企業文化と社風をつくることから、すべてが始まること●そして、その手段は「環境整備」であることこのように言い切れるのは、武蔵野が経営をサポートさせていただいている会員企業様をはじめ、私が、29年間、拝見させていただいてきた企業で、この原理原則を大切にされて、コツコツと環境整備に取り組まれたところは、ほぼ例外なく、お客様に選ばれ、業績を向上させているからです。本書では、環境整備の「やり方」とともに、「なぜ環境整備が重要なのか」という理由、そして具体的な実例をご紹介します。そして最もお伝えしたいのが、多くの方が、理解しているようで理解されていない、「経営の原理原則」です。29年間の現場経験と、数多くのご縁から得たものをお話しさせていただきます。「環境整備」という言葉を初めて聞いた方、すでに取り組んでいるけれど結果が出ない方、さらには、会社を変えたいと考えているけれども、具体的な方法がわからない方、すべての方にお役に立ちたいと願い、本書を執筆しました。環境整備は、強い企業文化と社風をつくり、業績の向上に直結します。その一方で、正しい社会人をつくるという、教育的な側面もあります。ですから会社のリーダーには、人を育て、正しい社会人を世に送り出し、世の中を良くしていく、社会的な使命があるとも言えます。会社は環境整備で9割変わります。そして、社会、国家、自治体、学校、家庭も環境整備で9割変わるのです。ぜひ、そのようなことも頭に入れながら読み進めていただけると幸いです。2009年12月株式会社武蔵野常務取締役矢島茂人
はじめに
序章 会社の利益は環境整備から生まれる
利益という果実は、強い根、幹、枝葉があって生まれる
第1章環境整備が成功する9つの原理原則
環境整備を成功させるための原理原則とは
今の自分に起きていることはすべて自分の決定から生まれている
ご縁の自覚を持っているか誕生日とは、感謝の日社会人は誰からお金をいただいているか「現実」「現場」「現物」の三現を重視する社会人は仕事のやり方を誰から学ぶか創業者の時代から今日まで仕事のやり方を教えてくださったのは誰か「社会人の大恩人」をどのように呼んでいるかマーケットには、自分と自社の都合はあるのか原理原則を踏まえて環境整備、企業文化づくりに取り組む
第2章「共通の言語」「共通の認識」「共通の道具」を持とう
企業文化とは会社の取り組みの積み重ね会社の文化を構成する3つの共通化共通の言語を持つ頻度が高く、誰でも知っている言葉から始める共通の認識を持つ共通の道具を持つ道具を持つことを目的にしてはいけない
第3章「物」「人」「情報」の環境整備で会社の基盤をつくる
良い社風をつくる環境整備とは物的環境整備に取り組む人的環境整備に取り組むお客様の判断の9割は、「見た目」と「声」良い仲間を持つことも人的環境整備情報環境整備に取り組む社長の決心・覚悟と地道な取り組みで会社は変わる税務署を1日早く切り上げさせた環境整備の力金融機関は、現場を見て融資を決める「物」「人」「情報」の環境整備に取り組もう
第4章環境整備は、形から入り心に至る
見えるもの、形あるものから始めるとうまくいく
環境整備は、具体的な指示で、小さく始める汚いことに気づけない人はお客様の心にも気づくことはできないトイレ清掃で7年間体育祭が開けなかった高校が生まれ変わった清掃活動で、安全な街、きれいな街が生まれた会社も物的環境整備で必ず変わる
第5章今から、ここから、自分から変わる
リーダー自身が先頭に立たないと環境整備は定着しないリーダーの本気を伝える本気の決定で社員を動かす社長が先頭に立てば日本一にもなれる変わらなければ、お客様はライバルを選ぶ今から、ここから、自分から変わろう繰り返しを重ねれば良くも悪くも変わる終章ご縁に導かれて一倉洋先生、環境整備とのご縁一倉定先生とのご縁で小山昇と出会うご縁をつなげた1本の電話武蔵野、日本経営品質賞とのご縁おわりに奥
はじめに株式会社武蔵野は、2000年度に、日本経営品質賞を受賞しました。日本経営品質賞とは、米国の「マルコム・ボルドリッジ国家品質賞」を範とする、「卓越した経営の仕組み」を持つ企業の表彰を目的とした、権威ある、かつハイレベルな賞です。事実、米国では、時の大統領が表彰式のプレゼンターを務めます。過去の受賞企業には、アサヒビールや、リコー、IBM、ホンダカーズ中央神奈川など、そうそうたる企業が名を連ねます。そのような賞を、東京西部の中小企業が、1度いただいただけでも、ありがたいことなのに、さらに2009年度には、「継続的な経営革新の取り組みが確認され、今年度の受賞組織と同レベル」として、「総合A+」という身に余る評価をいただきました。評価レポートのコメントの一部を、ご紹介しましょう。「貴組織における力の源泉は、徹底した顧客視点で物事を考え、決めたことを徹底してやりぬく文化です。この文化は、環境整備や実行計画など、すべての社員が目標を決めて確実にやり遂げる日々の活動と仕組みにより育まれています」今回の評価は、2000年度の受賞時から9年、わが社が成長を続けていることの証でもあります。昨今の厳しい経営環境の中で、なぜ、わが社はこのような成長を続けることができたのでしょうか。もちろん、社長である小山昇の経営手腕によるところが大きいのですが、現場レベルの具体的な話で言えば、その理由は、「環境整備」にあります。なんだ、お掃除かと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「環境整備」は、ただの掃除や片づけではありません。それこそ会社の成否を左右する、大変奥の深い、決して侮ってはいけないものです。なぜならば、これは「経営の原理原則」だからです。私は、信州のホテルで15年間、武蔵野に来てから、14年間、合計29年間、現場での実務体験を積み重ねてまいりました。その間、一倉洋先生、一倉定先生、渥美俊一先生、西順一郎先生、清水義晴先生、佐々木隆様、石川洋先生、坂田道信先生、寺田一清先生、鍵山秀三郎先生、大和信春先生、南後浩先生、末松清一先生をはじめとする、多くの経営の師、人生の師と仰ぐ先生方と、時には小山と共に、ご縁を結ばせていただきました。そして、現在、武蔵野の常務取締役として、全国の企業を訪問させていただき、環境整備等に関して講演を行いながら、4万人以上の方とご縁をつくらせていただいております。そのような経験から、私は、次のことを確信しています。●経営の原理原則は、強い企業文化と社風をつくることから、すべてが始まること●そして、その手段は「環境整備」であることこのように言い切れるのは、武蔵野が経営をサポートさせていただいている会員企業様をはじめ、私が、29年間、拝見させていただいてきた企業で、この原理原則を大切にされて、コツコツと環境整備に取り組まれたところは、ほぼ例外なく、お客様に選ばれ、業績を向上させているからです。本書では、環境整備の「やり方」とともに、「なぜ環境整備が重要なのか」という理由、そして具体的な実例をご紹介します。そして最もお伝えしたいのが、多くの方が、理解しているようで理解されていない、「経営の原理原則」です。29年間の現場経験と、数多くのご縁から得たものをお話しさせていただきます。「環境整備」という言葉を初めて聞いた方、すでに取り組んでいるけれど結果が出ない方、さらには、会社を変えたいと考えているけれども、具体的な方法がわからない方、すべての方にお役に立ちたいと願い、本書を執筆しました。環境整備は、強い企業文化と社風をつくり、業績の向上に直結します。その一方で、正しい社会人をつくるという、教育的な側面もあります。ですから会社のリーダーには、人を育て、正しい社会人を世に送り出し、世の中を良くしていく、社会的な使命があるとも言えます。会社は環境整備で9割変わります。そして、社会、国家、自治体、学校、家庭も環境整備で9割変わるのです。ぜひ、そのようなことも頭に入れながら読み進めていただけると幸いです。2009年12月株式会社武蔵野常務取締役矢島茂人
序章 会社の利益は環境整備から生まれる
利益という果実は、強い根、幹、枝葉があって生まれる
「環境整備に取り組んだけれど、利益につながらない」という悩みを耳にします。また、「環境整備をしたいけれど、なかなか組織に定着しない」会社も多いようです。環境整備を定着させ、利益につなげるために、重要なことがあります。貴社ですべてが有機的に働いているかどうか、1つひとつ確認してみてください。会社を樹木に当てはめて考えてみましょう。会社は業績によって評価されます。赤字なのか黒字なのか、数字で表れますから、一目瞭然です。樹木でいえば、数字は、最も目立つ「花」「実」に当たります。樹木の価値は、美しい花や美味しい果実によって、決まります。「経営は逆算なり」私がご縁をいただいた、一倉定先生、一倉洋先生の教えです。利益は、花と実です。豊かな実りを得るためには、逆算すると、強い枝葉、太い幹、そして最後に根にたどりつきます。決して目には見えなくとも、深く広く伸びた根が大樹を支えるのです。会社で根に当たる部分は、「物的環境整備」、「人的環境整備」です。環境整備とは、単なるお掃除ではありません。仕事がしやすい「環境」を「整」えて、「備える」ことです。武蔵野では毎朝30分間、全社員が物的環境整備に汗を流しています。窓を拭いたり床のワックスをかけなおしたり、傍から見れば環境整備の作業はただの掃除です。地味なことをコツコツと積み重ねるのを軽視する会社が多いのが現実です。その意味では、環境整備は習慣整備と言っても良いかと思います。幹には根から栄養を吸い上げ、枝葉に届ける役目があります。同時に、枝・葉・花・実を支えています。この幹に当たるのが、3つ目の環境整備「情報環境整備」です。根だけ張っても、利益につながらないのは、幹が弱いせいかもしれません。幹と根に当たる、3つの環境整備によって、良い社風が醸成されます。すぐに花や実がなる施策や、イベントのような派手なことを好まれるリーダーの方が多いのですが、地味なことを嫌っていては、花や実を得ることはできません。「環境整備なくして事業なし」一倉定先生の、有名な言葉です。この言葉に、環境整備の重要性は集約されていると思います。環境整備は、まさに、会社の「根幹」なのです。環境整備の導入・定着の秘訣については、「なぜ、環境整備か」という事例とともに、第3章以降でお話しいたします。さて、根が張り、幹が伸びたら、枝葉です。会社で枝葉に当たるのが、「企業文化」です。大は国家から小は家族まで、人間の集団には必ず「文化」が存在します。それは会社も例外ではありません。たとえば「A社は若い人に積極的に仕事を任せる文化がある」とか、「B社は新規事業には慎重な文化だ」というように、企業風土や慣習を指して使うことが多いと思います。他にも、創業以来積み重ねてきたあらゆる取り組みの結果、たとえば、メモをとるか、とらないか、クレームに大騒ぎするか、しないか、環境整備を行うか、行わないか。いずれもみな会社の文化です。強い企業文化とは、社員の気持ちが一致し、同じ行動指針で動けることです。リーダーがどれほど素晴らしい方針を立てても、社員の心がばらばらで向いている方向が違うようでは話になりません。心を1つにし、同じ方向を向いて仕事をするためには、「共通化」が鍵となります。共通化するのは、「言語」「認識」「道具」の3つです。共通化を図ることでリーダーの方針が正しく伝わり、適切に実施されていきます。詳しくは、第2章で解説します。
会社は、このようにして、成り立っています。利益を得たいと思ったら、環境整備をして良い社風をつくり(強い根を張り、幹を太くし)、「言語」「認識」「道具」の共通化で、強い企業文化(枝葉)をつくれば良いのです。ただし、形だけ真似てもうまくいきません。土壌に栄養がなければ、吸い上げることができません。土壌に当たる部分は、環境整備を行う人たちの姿勢です。このとき、「原理原則」に基づいた認識と行動がなされているかどうかがポイントです。原理原則を知っている、さらには知っているだけでなく行動しているかで、環境整備の成功、ひいては、利益が得られるかどうかが決まるのです。次章では、環境整備を始める前に確認しておきたい原理原則をご紹介しましょう。▼環境整備で良い社風をつくり、共通化で強い企業文化をつくった会社が、美しい花、豊かな果実を得ることができる
第1章環境整備が成功する9つの原理原則
環境整備を成功させるための原理原則とは
環境整備を定着させ、利益を得るには、経営の原理原則を知っているかどうかが鍵となります。原理原則とは、認識や行動の基本法則を指します。原理原則を知っているか、知らないかで、環境整備に対する理解と、その後の定着具合が大きく変わってくるのです。本章では、環境整備を成功させるために知っておいていただきたい、9つの原理原則をお話しします。では、1つずつ見ていきましょう。
今の自分に起きていることはすべて自分の決定から生まれている
1つ目の原理原則は、成功も失敗も「今の自分に起きていることは、100%自分の決定」です。人はしばしば自らの境遇に不満を持ちます。人間は都合のいい動物で、成功は自分のせい、失敗は他人のせいにしたがります。しかし、今の自分を決めるのは、他ならぬ「自分」以外にはありえません。成功も失敗も今の自分に起きていることは、100%自分の決定で起きたことなのです。困った状況に直面したとき、この「原理原則」がわかっているかどうかで、次の行動は大きく違ってきます。現状が100%自分の決定で起きているのなら、解決は簡単です。自分が変わればいいのです。社長が社員を変えることはできないし、社員が会社を変えることはできません。ましてや、お客様を変えることは不可能です。しかし、変える対象が自分となればどうでしょう?明日から、いや、今この瞬間から変えることができます。それまで自分のやってきたことの結果が、「売上を伸ばせない」という事実になっているのならば、やっていることをすべて真逆にすれば好転するはずです。変えるのは、どんなに小さなことでも構いません。髪形やファッションといった、仕事に直結しないようなことでもいいのです。どんなに些細なことでも「あ、あいつは変わったな」と周囲からわかるようになれば、おのずと流れは変わっていきます。起きてしまったことは、仕方がないことです。それを好転させ、自分の生き方を好転させていくためにも、「今の自分に起きていることは、100%自分の意思決定」という原理原則を忘れてはいけないのです。▼原理原則①今の自分に起きていることは、100%自分の意思決定であることを自覚する
ご縁の自覚を持っているかさて、本書を読まれている大半の方は、何らかの形で「会社」に関係されている方だと思います。ここで確認しておきたいのは、経営者はもちろん、幹部であれ、あるいは一般社員であれ、その会社を選んだのは他ならぬ自分自身だということです。現在の日本には、大企業から零細企業まで含めると約300万社があると言われています。その膨大な数の中から、あなたはご自身で今の会社を選びました。脅迫されたり催眠術をかけられたりして、自分の意思に反して入社された方がいるでしょうか。いないはずです。縁故でも、後継者でも、自分の意思でその会社に入ることを決めています。それだけではありません。確かにあなたは今の会社を「選んだ」のですが、もう1つの事実があります。会社もあなたを「選んで」くれたということです。おのれの選択は自分でいかようにもできますが、相手の意思を操ることは不可能です。相手に任せるしかありません。つまり、双方が選び合って今の自分があるわけです。これは、大変な「ご縁」で結ばれていると言えるでしょう。この「事実」を忘れてしまうと、さまざまなことが悪いように、悪いように感じられていきます。会社を興したばかりの頃、入社したばかりの頃は、誰もが会社との「ご縁」を意識しています。起業して、初めて社員を雇用したときのことを思い出してください。社員を大切にし、一緒に頑張っていこうと思ったでしょう。フレッシュマンだったときのことを思い出してください。先輩や同僚の言葉を素直に聞き入れることができていたでしょう。それは、あなたが「ご縁」を意識していた何よりの証拠です。では、現在はいかがでしょうか。ことあるごとに、「あいつは働かない」「うちの部下はどうして駄目なんだ」「あの先輩はうるさい」と、さまざまな不満を持つようになってはいないでしょうか。もし「そのように思っているな」と自覚のある方は、もう一度事実を振り返ってみてください。300万社とも言われる中から、自分の意思決定で今の会社を選んだ、という「事実」です。誰に強制されたわけでもありません。口うるさい先輩も、働かない社員や部下も、元をたどれば、今の会社を選んだ自分の選択に由来しています。そして、会社も、あなたを選んでくれました。300万社分の1と、1億人分の1のご縁が、あなたと会社のつながりなのです。▼原理原則②ご縁の自覚を持つ
誕生日とは、感謝の日環境整備の目的の1つは、高い志を実現するために心の重心を低くすることです。心の重心が低い人は、感謝の気持ちを持っています。まずは、身近な両親から感謝を始めましょう。3つ目の原理原則は、「両親・先祖へ感謝する」です。私たちは、親のおかげで食事をし、服を着て、学校に行くことができ、社会人としての今があります。つまり、親がお金を払ってくれなかったら、現在の自分の生活はない。親とはそれほど重い存在です。さらに重大な事実があります。それは、両親がいてくれたおかげで私たちは命を授かったということです。両親がいなかったら、今、自分そのものが存在していません。私たちがこの世でスタートを切った日を「誕生日」といいます。周りに祝福されて、普段は目にしないご馳走を食べたり、プレゼントをもらったり、楽しく過ごす日です。しかし、考えてみてください。おいしい物を食べたり飲んだりできるのも、すべては自分が誕生したからです。そして、ここに存在しているのは両親のおかげです。両親がいてくれたからこそ、現在の自分があるのです。ここで提案です。誕生日を、「両親への感謝日」にしてはいかがでしょうか。「父の日」「母の日」はそれぞれあっても、なぜか「両親の日」はありません。父母の両方がいてこその自分です。自分のスタートとなった誕生日を「両親への感謝日」と考えるのはごく自然なことではないでしょうか。年に1度の自分の誕生日に、両親への感謝の思いを表せばいいのです。その日が自分の出発の日、ご縁の原点の日、感謝の原点の日です。しかも自分の誕生日なら忘れることはありません。たった年に1度の感謝でも、10年たてば10回になります。何もしない人はゼロです。この差はまず縮まりません。感謝の思いを口に出したり、文字にしたりして気分が悪い人はいないと思います。いい気分を味わえたら、日頃から自然に感謝の気持ちを持てるようになります。いつの間にか感謝は年に1度ではなくなっています。つまり、感謝しない人との差は加速度的に広がっていくのです。まずは自分の誕生日を両親への感謝日にするところから始めてみましょう。今の自分があるのは、両親のおかげだと述べました。さて、両親は誰のおかげで存在できるのでしょうか。その両親です。両親の両親、すなわち祖父母は4人います。さらに、その両親は8人。たった3代前で8人もの存在があります。計算をどんどん続けると、10代前には実に1024人になります。そこまでさかのぼる過程の人数を9代前512人、8代前256人……と足していくと合計2046人に達します。つまり、今の私たちが健康で、飲んだり、食べたりできるのは、過去に2046人の方がいてくれたおかげなのです。10代もさかのぼる必要はないでしょうか?しかし1世代を30年とすると、今から10代前は300年前。江戸時代の中頃にあたります。想像もできない大昔というわけではありません。大切なのは10代さかのぼる、さかのぼらないではなく、感謝の幅を広げるということです。そうすれば日常生活の中でつながっている方にも、自然と同じ感謝の気持ちが持てるようになります。たとえ幼少時にご両親と死に別れたために「感謝などしようもない」という方も、「顔を知っている人だけに支えられているわけではない」と思い至ることができるようになります。まずは両親への感謝から始めてください。そして、それが自然にできるようになったら、感謝の気持ちを先祖へ、周囲の人へと広げればいいのです。▼原理原則③両親・先祖に感謝する
社会人は誰からお金をいただいているか4つ目の原理原則に入る前に、学生と社会人の違いを確認しておきたいと思います。学生と社会人は根本的に何が違うのでしょうか。まず、学生と社会人の本質的な違いを考えるために、両者の共通点を確認しておきましょう。学生と社会人との共通点は「勉強」です。学生の仕事は勉強です。社会人も毎日が勉強です。勉強は両者の共通点です。ただし、「勉強」というキーワードは同じでも、両者には決定的な違いがあります。それは、「お金」です。学生はお金を払って勉強しています。社会人はお金をもらって勉強しています。つまり、学生と社会人の根本的な違いは「報酬が発生するか否か」なのです。学生時代にお金を払ってくれたのは、親、またはそれにあたる方です。むろん義務教育は無償ですが、その間の教育コストは税金という形で、やはり親が間接的に払っています。私たちは、学生時代に親がお金を払ってくれたおかげで学校に通えました。学校では先生から勉強を教えていただきました。学生時代、親の顔を見て「この人のおかげで学校に行けるのだ」と、先生の顔を見て「この方のおかげで、勉強でき成長できるのだ」と意識できた人はおそらく稀ではないかと思います。ですから、平気で授業をエスケープしたり怠けたりします。私自身もそうでした。このようにお金に対する意識が希薄なまま、社会人になって初任給をもらっても、「お金をもらったのだ」という実感は湧きません。やがて毎月の給料にも慣れると、「少ない」「減った」と不満だらけになっていきます。学生と社会人の違い――すなわち「お金」を意識しないままでいると、このような不幸な状態に陥ってしまいます。さて、社会人が、お金をいただいて勉強しているとお話ししました。人からいただいたものは、粗末にしてはいけません。同時に、それをくださった方に感謝すべきです。では、いったい社会人は誰からお金をいただいているのでしょうか?私は、これまでセミナーや講演で、この質問を約4万人の方にしてきました。そうすると、およそ8割の方が「社長」か「会社」とお答えになります。皆さん、そろって「何を当たり前のことを訊くんだ」と訝しげな顔をされます。それだけ、「お金は社長(会社)がくれるもの」という観念が根強く頭にこびりついているということでしょう。もし、あなたも同じようにお考えでしたら、ぜひここで考えを改めてください。お金をくださるのは社長でも会社でも、まして経理部長でも銀行でもありません。では、誰がお金をくださるのか?お客様です。「大切なお金を誰からいただいているのか」を知らないでいては、社会人として失格です。学生時代にお金を払ってくれていた保護者、社会人としての自分にお金を払ってくれるお客様、人間はそのような大恩人ともいうべき存在を忘れてしまう傾向にあるようです。毎日の生活がつつがなく送れることが当たり前になってしまい、その大前提となっている事実を忘れてしまうのです。▼原理原則④社会人にお金をくださる大恩人は、お客様だという厳然たる事実を自覚する
「現実」「現場」「現物」の三現を重視する5つ目の原理原則は、「現実」「現場」現物」の三現を重視することです。社会人はお客様からお金をもらっています。ところが、多くの社会人はそれを忘れてしまいます。それは、現場を見ていないからです。会社によってさまざまでしょうが、一般的には職階が上がるほど、人は現場から離れていきます。それにつれてご縁の意識が薄まり、素直な心も磨滅していきます。すると、社会人としての自分が、誰からお金をいただいているのかがわからなくなっていきます。ですから私のセミナーでも、現場でお客様と触れ合っている方は、実にあっさりと「お客様から給料をいただいています」とお答えになります。実際に毎日お客様からお金を払っていただき、「ありがとうございます」と頭を下げていれば、「社長」「会社」などという答えが出るはずがないのです。ですから、お客様からお金を払っていただいている、という事実を教えるには、現場を見せるのが最良の手段です。お客様が商品をお選びになって、レジやカウンターに持ってきます。包装が終わるとお客様は財布からお金という「現物」を取り出して渡してくれます。これほど生々しい「現実」はありません。これが「現場」で起きている「現物」に関する「現実」なのです。「現実」「現場」「現物」の「三現」を重視するという原理原則を知っている会社は、お客様に感謝しているので、お客様を大切にできます。だから、強いのです。社員を育てるには、とにかく現場を見させるのが一番です。それには何より社長や幹部が現場を知り、社長や幹部が「お客様からお金をいただいている」という認識を共有しなければなりません。本社でふんぞりかえって「利益を上げろ」「売上を伸ばせ」と命令しているようなリーダーではいけないのです。トップがわかっていないことを、社員に周知徹底することはできません。リーダーは、現場に足を運んでください。現実と現物を見てください。いかなる業種においても、真実は現場の中にしか存在ないのです。▼原理原則⑤「現実」「現場」「現物」の三現を重視する
社会人は仕事のやり方を誰から学ぶか社会人がいただくものは、お金のほかにもう1つあります。それは仕事のやり方です。会社に入り、仕事のやり方を教えて「いただく」のです。では、社会人は仕事のやり方を誰から学ぶのでしょうか。それは先輩・上司です。仕事のやり方を学ぶのは、先輩・上司です。では、先輩や上司は誰から仕事のやり方を教えてもらったのでしょうか。これも簡単です。その先輩や上司です。では、その先輩や上司は?さらにその上の先輩や上司です。いくら続けても答えは同じです。職責によって先輩や上司は「部長」「常務」「専務」と職級は分かれますが、最終的に行き着く先は1つ、「社長」です。では、社長はいったい誰から仕事のやり方を学ぶのでしょうか?仕事は先輩や上司から学ぶという事実に基づいて考えれば、社長が学ぶのは「会長」「相談役」ということになります。その会長や相談役は?これも繰り返しになってしまいそうですが、最後はある存在にたどり着くはずです。それは「創業者」です。個人の起点は両親ですが、今、その会社があるのは創業者のおかげです。創業者がいない会社はありえません。全国に約300万あると言われる会社、その1社1社に例外なく創業者がいます。その方がいたからこそ、それぞれの会社が存在し、そこで働く社員の生活が成り立っています。生物としての自分を生んでくれたのは両親。そして、社会人としての今があるのは創業者のおかげです。会社によっては、もう亡くなられていて創業者の存在が薄くなっているかもしれませんが、それではいけません。親がいたから人間としての自分がいます。創業者がいたから、社会人としての今の自分がいます。社会人の人生があるのは、創業者のおかげです。この事実は絶対に忘れてはいけないことです。株式会社武蔵野本社は、環境整備のおかげでぴかぴかに磨き上げられていますが、1カ所だけ埃だらけの場所があります。それが、社長室です。元々は創業者藤本寅雄の自宅の居間でした。最も創業者の匂いが残っている場所です。最も創業者を肌で感じさせる社長室、特に框より上は、掃除をしません。ですからどんどん埃が積み重ねられていきます。社長室の埃は、創業者、会社の歴史を忘れないための象徴です。社員は、積み重なった埃を見るにつけ、会社の歴史を感じ、創業者への感謝と社員の誇りも大きくなります。また、全社員は藤本の命日である2月24日の前後2週間に墓参をすることになっています。こうして、創業者のありがたさを全社員に徹底する仕組みを、幾重にも設けているのです。▼原理原則⑥創業者を大切にする
創業者の時代から今日まで仕事のやり方を教えてくださったのは誰かでは、創業者はいったい誰に仕事を教わったのでしょうか。創業者も、起業前までは、先輩や上司など、仕事のやり方を教えてくれた人が存在しています。ところが起業したらそういうわけにはいきません。かつての会社はもはやライバルです。有益なことを教えてくれるはずはありません。とすると、創業者は誰からも仕事のやり方を学べないのでしょうか。そうではありません。仕事のやり方を教えてもらえなければ、とっくにその会社は倒産しています。他社が教えてくれるはずはありません。会社にいるのは部下だけです。となると、他にいるのは――、答えは1つです。お客様です。創業者は「お客様」から仕事のやり方を学んだのです。創業者のみならず、実は、創業者の時代から、今日この日までずっと、私たちに仕事を教え続けてくださった方がお客様です。社会人にとってお客様とは、それほど絶大な存在なのです。先輩や上司に仕事のやり方を学んだ、というのは事実として納得しやすいのですが、「お客様」となるとわかりづらいかもしれません。確かにお客様から「こうやれ、ああやれ」と手取り足取り仕事を教えていただいた経験などないのが普通です。しかし、実は、どのお客様もわかりやすい形で仕事のやり方を教えてくださっています。お客様からの教えの代表的な例は、「クレーム」です。たとえば、部品の交換がしづらいというクレームは、お客様が、商品やサービスの欠点や改善点を教えてくださっているのです。どの会社でも、開発した商品に不備がないと判断したからこそ発売に踏み切ります。ところが、現実には不都合がゼロということはありません。社員がいくら考えても気づかなかったことを、実際に使ったお客様が指摘してくれるのです。これ以上の「教え」はありません。クレームとは対照的な「お褒めの言葉」も、重要な教えです。お客様は、どのような機能に喜ばれるのか、どのような対応に感動されるのか、教えてくださっているのです。大切なのは、クレームが出たからといっておろおろしたり、逆に褒められたからいい気になったりするだけではいけない、ということです。なぜ怒られたのだろう、どうして褒めていただいたのだろう、さらには「次はどうすればいいだろう」と関係者全員で考え、結論を共有し、お客様の教えを活かして成長していかなければならないのです。7つ目の原理原則は、「お客様は最高の教育者である」です。この原理原則を知らない会社は危険です。せっかくお客様が仕事のやり方を教えてくださっているのにメモをしなかったり、あるいはメモをしても後から見返すことを怠ったりするため、情報はまったく共有化されません。その結果、お客様からの貴重な教えは放置されたままになります。一人が失敗したということは、根本的な改善をしない限り他の人間も同じミスをする可能性が大です。しかし、皆がその失敗を忘れてしまうと対策はなされません。当然同じミスを重ねてしまいます。そして「何だよ、あの客。2、3回忘れたくらいで」とお客様のせいにして、また忘れてしまう。このようなことが続けばどうなるかは言うまでもありません。お客様から見捨てられるのは時間の問題です。「何度同じことを言わせるんだ!」となり、最後は「もう教えることはない」と言われてしまいます。つまり「いくら教えても仕方ない、もうお宅とのご縁は終わりだ」と、お客様から見捨てられるのです。「現実」「現場」「現物」の事実を一番よく見ているのは、お金を払っていただいているお客様です。そして創業の時代から現在に至るまで、お叱りやお褒めの言葉で仕事のやり方を教え続けてくれているのです。お客様は最高の教育者なのです。▼原理原則⑦お客様は創業の時代からずっと最高の教育者という事実をかみしめる
「社会人の大恩人」をどのように呼んでいるかときどき、数は少ないながらも「お金をくださる方はお客様」「お客様は最高の教育者」という事実を、すんなり受け入れられない方がいらっしゃいます。そういう方は、ほぼ例外なくお客様のことを「お客」、あるいはもっとぞんざいに「客」と呼びます。お客様はどこまでも「お客様」です。「お客」でも、まして「客」でもありません。この点について、「どうでもいいではないか」と考えているようでは、とても豊かで恵まれた人生を歩むことはできません。もちろん、平然と「客」と口にしてはばからない人も、お客様に聞こえるような局面で客呼ばわりすることはないでしょう。しかし、普段から「お客様」と考えない集団の感性は、しょせん「客」止まりになってしまうのです。練習のときに手を抜いて、本番だけ上手くやろうとしても無理でしょう。日頃から「客」呼ばわりだと、社風が日々劣悪化する一方です。そして、店や営業所にそのような空気が流れます。その空気は掃除、挨拶、活気と各所に表れます。それを見逃すほどお客様は鈍感ではありません。「客」呼ばわりの雰囲気を感じたお客様は、同じような品質、価格となれば、「お客様」という感覚を持つライバル店に流れてしまうのは明らかです。自分がお客様の立場になったときのことを考えてみましょう。「お客さん」よりは「お客様」と呼ばれた方がうれしくありませんか。一番うれしいのは「鈴木様」「佐藤様」と名前で呼ばれることです。その域に達すると、お客様はライバル店に流れることはありません。かつて病院は「お医者様」に「患者」が頭を下げる場所でした。きちんと医療費を払っているのに、付け届けや謝礼が当然という世界でした。しかし、いまや、きちんとした病院は、必ず「患者様」「ご家族様」と呼ぶようになりました。まだまだ「患者」よりも病院の方が力関係では上です。感じが良くても悪くても、患者に選択権はあまりない上に、命に関わるものだからです。そんな病院ですら「患者様」に変わりました。それなのに、お客様が選択権を持つサービス業が、いつまでも「客」と言っていては、お客様に支持されるわけがありません。自分がお金をいただいているのはこの方なのだ、という事実を知れば、「客」などと呼べるはずがありません。たえず「お客様」と考えることで感謝の心が芽生え、それが表情にも挨拶にも表れます。ますます社風が良くなっていきます。お客様の満足度が高まると、会社は美しい花と美味しい実(利益)が得られます。結果的に自分の収入アップにもつながる、まさにプラスの連鎖です。会社も、人生も、すべては、原理原則を実践するかどうかで、変わっていくのです。▼原理原則⑧いつでも、どこでも「お客様」「○○様」と呼ぶ
マーケットには、自分と自社の都合はあるのかご縁があって小山や私が教えを受けたコンサルタントの一倉定先生に次のような言葉があります。「市場にはお客様とライバルしかいない」お客様が「お宅ではなくライバルを選ぶ」という決定をされると、会社は、倒産、廃業に追い込まれます。社長や会長の決定によるものではありません。我々社会人は、お客様によって生かされています。この原理原則が共通の認識となっていない会社は、今度はお客様によって存続を拒否されます。生殺与奪の権を握っているのはお客様なのです。たとえ1社でもライバルが存在する限り、自社を離れたお客様はライバルを選ばれます。マーケットにはお客様とライバルしかいないのですから、当然の帰結なのです。▼原理原則⑨マーケットには、お客様とライバルしかいないことを肝に銘じる
原理原則を踏まえて環境整備、企業文化づくりに取り組むこれまで、9つの原理原則を紹介してきました。これらを理解しないまま環境整備を行っても成果は出ないはずです。しかし、原理原則を知らない人に限って、会社に入社すれば社会人と考えて、「自分はベテランの社会人だ」と吹聴します。正しい理解のもとに、正しい行動を積み重ねていきましょう。年齢を重ねれば重ねるほど、原理原則を知っている人と知らない人、実践している人としない人の差は大きくなります。それが、私がこれまで実際に数限りなく拝見してきた「事実」です。では、最後にもう一度、9つの原理原則を振り返っておきましょう。原理原則①今の自分に起きていることは、100%自分の意思決定であることを自覚する原理原則②ご縁の自覚を持つ原理原則③両親・先祖に感謝する原理原則④社会人にお金をくださる大恩人は、お客様だという厳然たる事実を自覚する原理原則⑤「現実」「現場」「現物」の三現を重視する原理原則⑥創業者を大切にする原理原則⑦お客様は創業の時代からずっと最高の教育者という事実をかみしめる原理原則⑧いつでも、どこでも「お客様」「○○様」と呼ぶ原理原則⑨市場には、お客様とライバルしかいないことを肝に銘じる原理原則を知ったところから、環境整備・強い企業文化づくりが始まります。これらの原理原則を、しつこいくらいに確認することで、初めて環境整備が、実効性を伴ったものになっていきます。原理原則に沿った行動をすれば、必ず、美しい花が咲き、豊かな実がなります。お客様から、「あなたの会社は、花と実を採ってもいいですよ」と許可していただけるのです。▼9つの原理原則を踏まえて環境整備に取り組もう
第2章「共通の言語」「共通の認識」「共通の道具」を持とう
企業文化とは会社の取り組みの積み重ね
本章では、強い企業文化をつくるための3つの共通化についてご説明します。企業文化とは、創業以来積み重ねてきたあらゆる取り組みの結果です。序章の樹木の話を思い出してください。会社の評価を決める業績は、樹木でいえば、もっとも目立つ「花」「実」に当たりました。きれいな花や、実がたわわになるには、樹木が大地にしっかり根を下ろし、太い幹から四方に枝が伸びて葉がたくさん茂っていることが条件です。この「枝」「葉」に当たる要素が、会社の文化です。強い企業文化という枝や葉があってこそ、美しい花や美味しい果実がなるのです。強い文化の会社が、花や実を採れるのは、リーダーが正しい判断ができるからです。マーケットには、お客様とライバルしかいません。近年、お客様のご要望、ライフスタイルは実に複雑化しました。ライバルも、日々変化します。このような状況の中で正しい判断をするためには、「現場」を見、「現場」の社員に話を聞かなくてはいけません。自分が現場にいた頃の感覚で判断をしては、誤った判断をしてしまう可能性が高いのです。わが社の社員は、半期に一度開催されるアセスメントの場で、小山に進言します。進言前に、ドキドキしている社員と、このような会話をすることがあります。「あなたの意見は、お客様の声と日々の現場での仕事がもとになって生まれたよね」「はい」「あなたと小山さんでは、今のお客様、最新の現場の情報を持っているのはどっち?」「わたしです」「じゃあ、自信を持って正しい小山さん孝行をしてらっしゃい!」そうすると彼らの発言の迫力や説得力が明らかに違ってきます。結果として小山も、「うーん」と言いながら、「今はこんな風になっているのか」と決済するのです。多くの経営者やベテラン幹部の方々が根本的な過ちをおかして盲進してしまうのは、この原理原則を無視または軽視するからです。社長の小山や武蔵野をご存じの方は、強烈なトップダウンの印象が強いと思います。しかし、小山が強烈なトップダウンができるのは、強靭なボトムアップがあるからなのです。では、このような強い企業文化をつくるためには何が必要なのか。それが、共通化です。▼強い企業文化を持つ会社が、花や実を手にすることができる
会社の文化を構成する3つの共通化企業文化の強さを左右するのが「共通化」です。リーダーがどれほど素晴らしい方針を立てても、社員の心がばらばらで向いている方向が違うのでは話になりません。共通化を図ることでリーダーの方針が正しく伝わり、適切に実施されていきます。強い文化をつくりだすために共通化するのは、次の3つです。①共通の言語②共通の認識③共通の道具この原理原則を教えてくださったのが、私や小山が学び、そして、わが社の創業者である藤本とも深いご縁があった、渥美俊一先生です。余談になりますが、藤本に、株式会社ダスキン創業者の鈴木清一様を紹介したのが、渥美先生だったことを数年前に知り、この不思議なご縁に驚きました。「強い企業文化をつくる3つの共通化」の詳細について、順を追って説明しましょう。▼言語・認識・道具を共通化しよう
共通の言語を持つまずは「共通の言語」です。リーダーは決定した方針を言語で発表します。つまり、言語についての共通化が図られていないと、社員一人ひとりで受け止め方が変わってしまいます。一人ひとりが違う解釈で行動しますので、ひいては社員の心が分散し、成果を挙げることができません。言語の共通化が進むと、会社の質が変わったことに気づくはずです。それまでいちいち確認しなければならなかったことが少なくなり、仕事の効率化が進みます。クレームも残業も減り、社員の顔はどんどん明るくなります。こういった事実を実感すれば、積極的に言語の共通化を図ろう、という文化が生まれるのです。言語の共通化とはどのようなものか、例を挙げて、解説しましょう。たとえば、あなたにとって「愛」とは何であるかを考えてみてください。私が、セミナーなどでこの質問をすると、返ってくる答えは「思いやり」「慈しみ合い」「ひたすら耐えること」と、人によってまちまちです。セミナーであれば、それでも構いません。しかし、これが会社になると少々やっかいです。たとえば、社長が「これからは愛の経営をするぞ」と宣言したとしましょう。AさんはAさんなりに愛を解釈して、ひたすらお客様の罵声に耐える営業をする。Bさんは同僚を思いやる仕事をする――。そうすると、社内のリソースが分散して、虻蜂取らずの結果に終わってしまいます。つまり「愛」をキーワードに経営をするのなら、大前提として愛の何たるかを定義し、周知徹底しなくては意味がないのです。言語の共通化なくしては、どれほど立派な方針が立てられても会社は強くなりません。その都度、言葉の意味を説明していたのでは効率が悪すぎます。したがって、日頃からあらゆる機会を利用して言語の共通化を徹底する必要があります。武蔵野では、毎朝「早朝勉強会」という会を実施して言語の共通化を図っています。使用するテキストは、社長の小山の著作である『仕事ができる人の心得』(阪急コミュニケーションズ)です。これは武蔵野で使うビジネス用語のうち1277ワードを抜き出して、小山の解説を加えたものです。ちなみに『仕事ができる人の心得』では、「愛とは、関心を持つこと」と定義されています。共通化された言語をたくさん持つほど、会社には強い文化が形成されるのです。▼共通の言語をできるだけたくさん持つ会社が強い会社
頻度が高く、誰でも知っている言葉から始める言語の共通化が必要だと言っても、すべての言語を共通化することはできません。言語の共通化を図るには、まず社内で使う頻度の高い言葉から始めるのが現実的です。そして、一見、誰でも知っている言葉から始めることです。自社の現場を見て、必要最低限の言葉から共通化していきましょう。たとえ1語でも構いません。ゼロはいくら足してもゼロのままです。1つでも始めた会社は、理想ばかり追って何もしない会社に対して確実に差をつけていきます。たとえば、「整理」「整頓」の2語を例に考えてみましょう。子どもの頃から、耳にタコができるほど聞かされてきた言葉だと思います。ところが、「整理」「整頓」それぞれの意味となると案外知られていないのが現実です。「整理・整頓と言っても、整頓・整理と言わないのはなぜか」という問いに答えられる人はそれほど多くありません。「整理」とは、捨てることです。必要な物と不必要な物とを分け、徹底的に捨てることです。一方「整頓」とは、いつでも、誰でも使える状態を保つことです。物の置き場を決め、向きをそろえ、仕事がやりやすい環境を整え備えることです。必要な物とそうでない物が混在しているのでは、仕事がしやすい環境を整えることなどできるはずがありません。つまり、まずは整理ありきなのです。だから「整頓・整理」ではなく、「整理・整頓」と言うのです。このような言葉の意味を共通化せずに、「整理・整頓をしましょう」といくら言っても、結果は出ません。成果につながらないことはやがて形骸化し、誰もやらなくなるのが普通です。整理・整頓のように、一見誰でも意味を知っていそうな言葉ほど、理解に温度差が出がちです。リーダーの言葉が社員に伝わらない、上司の指示を部下が守らない、それは言語の共通化が徹底されていないことに起因しているケースが意外に多くあります。長年連れ添った夫婦の会話が、「おい、あれ取ってくれ」で通じるのは、言語の共通化の完成形とも言えます。しかし会社は定期的に人が入れ替わりますから、意識的に言語の共通化を進める必要があります。「これくらいはわかっているだろう」「もう覚えただろう」は大変危険です。人は忘れる生き物です。しかも、その忘れ方には、個人差があります。となると、対策は1つしかありません。徹底しコツコツ続けることです。全社員が「もうわかりました」と声をそろえても、徹底的に共通化を図らなければなりません。武蔵野では、先述のように早朝勉強会などで、『仕事ができる人の心得』といったテキストを活用して、絶えず言語の共通化を図っているのです。▼頻度が高く、誰でも知っている言葉から徹底的に共通化する
共通の認識を持つ次は、強い企業文化をつくるための「共通の認識」についてお話しします。目の前で起きた事実をどのように認識するかには、大きな個人差が出ます。事実の認識の仕方が異なるのは、人間なので当たり前です。しかし、会社でそれは許されません。武蔵野ではクレームがあったら、とにかく一刻も早くお客様のところに顔を出さなければいけない、という共通認識があります。経営計画書には、次のように書かれています。「お客様への第一報は30分以内とする。スピードで当事者と上司がお詫びと事実確認に行く。当日中にお客様の前に顔を出すことが大事です。対策は後でよい。」多くの会社では、クレームが発生すると、まず対策から考えるようです。「こう謝罪しよう」「同じ失敗をしないためにはどうしたらいいだろうか」といった具合に、です。ですが、クレームとは、「こういうことをしてはいけない」というお客様からの教えです。ですから、武蔵野は「こういうクレームがあった」という情報をボイスメールで全社員が共有します。そして、近くにいる社員が飛んでいきます。その上で初めて「同じ失敗はしないようにしよう」という認識も共有しているのです。対策はそれからで十分です。さらに言えば、そのお客様から対策を教えていただくのが最上の対応です。かつて私は信州のホテル経営に携わっていました。ホテルは、武蔵野のような物販業・サービス業とは比較にならないくらい大量のクレームが発生する業種です。このときの共通認識は、「大部分のお客様は金銭的な慰謝がほしいのではなく、こちらの不手際で傷ついた心を癒してほしいと願っているだけである」ということです。この共通認識を持っていれば、たとえ、クレームが起こっても、従業員の対応によって、お客様の心は満たされ、継続してご利用いただけるのです。クレームという非常事態に対し、このような共通認識を持っている会社は強い企業文化を持っていると言えるでしょう。クレームに対する認識が共通化されているか否かで、貴重なお客様を失うかどうかが決まるのです。認識の共有化も、原理原則に即していないものでは、企業文化を加速度的に弱くします。最悪なのは「クレームは隠すもの・ごまかすもの」という認識です。その結果、クレームをないがしろにする文化ができあがります。隠蔽の文化も一朝一夕に形成されるものではありません。創業以来、長い年月をかけてでき上がったものです。その末路がどうなるかは、近年の「偽装」「隠蔽」の結果を見れば明らかです。第1章で、我々社会人は、お客様によって生かされていると述べました。生殺与奪の権を握っているのはお客様なのです。この原理原則に即してない共通認識ができると、企業文化はどんどん弱くなっていきます。強い企業文化をつくるために、共通の認識を持ちましょう。そして、その認識は、第1章で紹介した原理原則に即したものになっているか、常に確認することが大切です。▼原理原則に即した共通の認識を持つ
共通の道具を持つここまでお読みいただいた方は、お気づきでしょう。武蔵野では、共通の言語を持つために、「早朝勉強会」『仕事ができる人の心得』が、共通の認識を持つために、「経営計画書」や「ボイスメール」が活用されていました。言語や認識の共通化を図るには、「道具」が必要です。そして道具自体も共通なものになっていなければ意味がありません。全員が共通の道具を持っているから、言語と認識の共通化が簡単に図れるのです。「整理・整頓」の意味を共有化するために、おのおのが自分の好きな道具にメモをしていたら、ある社員は「手帳のどこにメモしたかわかりません」と探すのに手間どったり、別の社員は「メモしたノートは、ロッカーに置いてきました」と手元になかったり、ということがありえます。これでは、スムーズに共通化することはできません。武蔵野の早朝勉強会では、「はい、今日は、経営計画書35ページ」と始まります。だから、全員が共通の言語・共通の認識を持てるようになるのです。また、ボイスメールを持っている人と、持っていない人がいたらどうなるでしょうか。全社員に急ぎの情報を届けるためには、一斉同報でボイスメールを送ったあと、ボイスメールを持たない人の携帯電話にいちいちかけるか、連絡網で分担しなければなりません。それでは、手間がかかり、億劫になってしまいます。「これくらいはいいか」という気持ちが出て、共有化できるものが減ってしまう可能性があります。さらに、重要な情報を全員が聞いたかどうかの確認も、同じ道具を使っていれば簡単です。武蔵野が使っている共通の道具をいくつかご紹介しましょう。私が、小山と出会ったのは1987年9月、一倉定先生の経営計画書作成ノウハウのセミナーでした。私がホテル経営に携わっていた頃のことです。経営、現場の仕事、従業員教育……当時、私が心配していたこと、不安に思っていたことを、小山はたった3つの道具で解決していました。それが、手帳サイズの経営計画書、行動予定表、そして経営用語解説集(現『仕事ができる人の心得』)です。そのうちの1つ、年間行動予定表は、多くの会社にあります。しかし、通常のそれは、月ごとに予定を記入するものに対し、小山の予定表は4週を1セットにして組んでいました。一般の予定表は1カ月単位です。しかし、会社の業務は週単位で進んでいきます。であれば予定表も週単位になっているのが合理的です。特に私が働いていたレジャー産業の場合、週末が5回ある月と4回ある月とでは売上も大きく違ってきてしまいます。経理作業をはじめとする各種業務にもかなりの波が出ます。しかし、4週単位にしておけば、そんな面倒なことにはなりません。4週単位の年間予定表という道具の共有化によって、現場の仕事も経営管理も劇的に楽になりました。先述の『仕事ができる人の心得』(阪急コミュニケーションズ)は、一〇万部を大きく越えるベストセラーになりました。当時、私の勤務していたホテルは長野県内ではそれなりの規模にはなっていました。しかし、しょせんは叩き上げの中小企業です。世には一流とされる有名ホテルがたくさんある。そういうホテルが近隣に進出してきたらどうなるか。そんな危機感を、私は常に抱えていました。中小企業が大資本に拮抗して勝ち残るためには、全従業員が心を1つにして業務に当たるより他はありません。ですが、部下に「頑張りなさい」と鼓舞したところで、「頑張るとはどういうことか」という定義が共有されていなければ、彼らはどう頑張ったらいいのかわからないでしょう。結果、めいめいが勝手な解釈で頑張ることになり、戦力が分散してしまいます。これでは強力なライバルが現れたら到底勝ち残れません。このように用語集をつくって内容を定義し、そしてそれを基にきちんと社員教育を施せば、そんな心配は大きく減らすことができます。こうして私は、駆け出しの経営者だった頃、小山に見せてもらった道具にとても救われました。現在の武蔵野では、他にも、「ボイスメール」や「サンクスカード」、あるいは大和信春先生や南後浩先生の教えを基につくった「未来対応問題解決シート」「実行計画書」など、さまざまな道具があり、全社員共通のものを使用しています。詳しくお知りになりたい方は、『経営の見える化』(中経出版)など、小山の著書を参考になさってください。▼「共通の言語、認識」をより共通化させるために「共通の道具」を持とう
道具を持つことを目的にしてはいけないここまで、強い企業文化をつくるために、共通の言語と認識を持ち、そのために共通の道具を持つ必要性を述べてきました。道具を揃えるにあたっては、少々注意が必要です。多くの方が、道具と目的を混同してしまうのです。たとえば、わが社の代表的な道具に「経営計画書」があり、「経営計画発表会」があります。経営計画発表会は、社長以下全社員に、文化を支える言語と認識を、より共通化させるための大変重要なイベントです。しかし、経営計画書という道具を持つことは、目的ではありません。経営計画発表会というのは、企業文化をより強くするための手段、方法の1つです。道具はあくまでも道具です。道具をつくると、目に見えるので達成感があります。しかし、経営計画発表会を開いたから会社は大丈夫、などと考えてはいけません。繰り返しますが、会社の存亡を決定されるのはお客様です。お客様が判断の根拠とするものは、あくまでも「現実」「現場」「現物」です。「この会社は経営計画発表会を開いたから大丈夫」「経営計画書が充実しているから安心」と考えるお客様はいらっしゃいません。どれほど感動的な経営計画発表会を開催したとしても、薄汚れた店舗といった「現場」で、くたびれた商品といった「現物」や、ろくに挨拶もしない現場の社員の「現実」を露呈している会社をお客様は選びません。そのまま素通りしてライバルのもとへ行ってしまいます。豊かな企業文化の醸成は必要不可欠です。そのために、共通の道具はなくてはなりません。しかし、お客様の判断材料になるのは、直接感じることのできる「現実」「現場」「現物」なのです。道具をつくることを目的にしないでください。共通の道具によって、最終的にお客様が判断の根拠とされる「三現」という事実を充実させることに意義があるのです。道具をつくって安心してしまうのは、大変危険です。ことさら「道具」は勘違いを引き起こしがちです。道具は道具であることを意識していただくために、もう1つ例を出したいと思います。武蔵野の経営計画書です。小山と私が経営計画書の作成を学んだ一倉定先生は「経営計画書は会社の魂のようなものだから、きちんとした装丁でつくりなさい」と指導されていました。小山の経営計画書は手帳サイズです。この手帳サイズの経営計画書は、携帯性に優れ、気軽に読み返すことができます。経営計画書は自社を良くするための道具であり、そして道具は使わなくては意味がありません。道具をつくることが目的になっていたら、この工夫は生まれなかったでしょう。小山のセミナーに出席されたことのある方の中には、「オリジナリティを加えようとするな。なにも考えずにそのまま真似しなさい」というのをお聞きになったことがあると思います。誤解のないように補足すると、小山は一倉先生の教えを5年以上も真似した上で、自己流の工夫を加えました。ハンディになりましたが、中身は20年以上たった今でも一倉先生の教えに基づいて作成されています。道具と目的を混同しないよう気をつけましょう。道具は、あくまでも、「現実」「現場」「現物」の三現を充実させるためにあるのです。▼道具は、「現実」「現場」「現物」の三現を充実させるためにある
第3章「物」「人」「情報」の環境整備で会社の基盤をつくる
良い社風をつくる
環境整備とは序章でも触れましたが、環境整備は、大きく次の3つに分けて考えることができます。①物的環境整備②人的環境整備③情報環境整備環境整備の本質は、仕事がしやすい「環境」を「整」えて、「備える」ことです。序章で、会社を樹木にたとえました。美しい花や美味しい実といった豊かな実りのある木は必ず、広く深く根を張っています。会社において、この最も重要な根に当たるのが「物的環境整備」と「人的環境整備」です。そして、幹に当たるのが、「情報環境整備」です。幹と根に当たる、3つの環境整備によって、良い社風が醸成されます。多くの人は、地味なことをコツコツと積み重ねる作業を軽視します。ですから、環境整備を始めれば、自社の変化を強く感じることができるはずです。▼環境整備は、会社の「根幹」。物、人、情報の環境整備によって、利益を得る権利が与えられる
物的環境整備に取り組むすべての基本となるのは、「物」の環境整備です。「健全な身体に健全な精神が宿る」と言われます。会社にとって「身体」とは、建物をはじめとした「物」の部分です。ですから、3つの環境整備の中で、まず物的環境整備ありきです。せっかく物的環境整備という原理原則を知り、実践にまでこぎつけたのに、挫折する会社は少なくありません。これは、環境整備の手順に問題があります。環境整備の手順は、次の4つの順序で行う必要があります。①整理②整頓③清掃④清潔「整理」とは、捨てることです。必要な物と不必要な物とを分け、徹底的に捨てましょう。私はセミナー等で日本全国さまざまな会社の、さまざまな「現実」「現場」「現物」を見て回っています。ですが、ほとんどの会社・工場・店舗は、物的環境「不」整備の状態です。倉庫はもとより、引き出しもキャビネットも、ぐちゃぐちゃになっている会社が少なくありません。そういう状況では、「必要か不必要かを判断して、不必要なら捨てて……」というやり方をしていては、整理は進みません。あってもなくてもいい物が山のように残るだけです。いつか使うのではないか、そのうち必要になるかもと考え、「一応とっておこう」となりがちだからです。しかし、ここで決断してください。あってもなくてもいい物は、結局なくていいのです。思い切って捨ててしまって構いません。やがて捨てても問題がなかったことを実感します。そうすればどんどん捨てられるようになります。捨てた後で「しまった」と思うこともあるかもしれません。それでもいいのです。それは捨てようかどうか迷ったおかげで、長い間しまっておいた物の存在に気づいたからこその後悔です。もし捨てるかどうか迷っていなければ、また同じ物を買ってきて、不良在庫が増えるだけだったはずです。不良在庫にはすべてお金がかかっていることを忘れてはいけません。全社員が少しずつ「いつか使うかも」を行っていたら、その損失は計り知れません。私が、ホテル勤務時代に、環境整備に取り組んだときは、最初に、倉庫や引き出し、キャビネットの物をすべて出しました。とにかく一度空にするのです。次に、どうしても必要な物だけを元に戻してもらいます。すると、普通に始めるときと比べて、はるかに物が減っています。面白いもので、同じ人間が作業しても差は歴然としています。空にすると「ここはこんなに広かったのか」と気づくことができます。数々の有名な言葉を残している相田みつをさんに、「あってもなくてもいいものは、ない方がいいんだなぁ」というものがあります。私は一倉先生門下生の神田泰宏社長とのご縁で、20年ほど前、一度相田さんとお会いしたことがあります。食事をしながら、話を聴いて心底すごい方だな、と感じ入りました。相田みつをさんの師匠である武井哲應老師が禅のお坊さんだからでしょうか、とにかくおっしゃることが原理原則なのです。一語一語に深みがあります。それだからこそ、今でも多くの人の心を捉えてやまないのでしょう。環境整備を通して、「あってもなくてもいいものは、ない方がいいんだなぁ」と実感できれば、仕事や人生にもそのような姿勢で臨むことができるようになります。次に、「整頓」です。整頓とは、いつでも、誰でも使える状態を保つことです。物の置き場を決め、向きをそろえ、仕事がやりやすい環境を整えます。使用頻度に応じて戻していけばいいのですから難しいことはありません。よく使う物は手前に、めったに使わない物は奥に、という具合です。たとえばご自宅では自然とそうしていると思います。クリスマスツリーや雛人形は、1年に1度しか使わないので一番奥です。傘は1年を通して使いますし、出がけに急に必要になる場合もあります。ですから玄関です。会社でもこのように整頓を進めればいいのです。たとえば筆記用具なら、やはり黒を使うことが圧倒的に多いでしょうから一番手前に。次いで使用頻度の高い赤がその奥、たまに使う青は最奥に、といった具合です。私はかつて、株式会社和倉ダスキン様の見学に行った際、「整頓とは、探しの排除」という貼紙を目にして驚嘆しました。整頓の本質を端的に表している見事な言葉です。仕事をするとき、人は何かを探します。しかし、探すという行為自体は仕事ではありません。何かをするための準備です。短い、いや、ないに越したことはありません。仮に探している物が目の前にあれば、さっさとそれを手にして仕事にかかれます。ところが整頓ができていないと、さんざん探した挙句、今度は後輩に聞いて他人の時間まで奪うということになってしまいます。作業効率が悪いので、当然残業です。しかし時間だけはかけたわけですから、本人だけは、「よく働いた」とご満悦です。こうして物的環境整備の不整備のために、物を探すという不毛な時間を重ねて無駄を生み続けているとしたら、何ともったいないことでしょう。社員一人の時間は1日数分から数時間でも、会社全体で考えると膨大な無駄の集積です。このような会社の社員は、「あれがない、これがない、今日も残業か」と終始不満の連続になりがちです。そして、そうした会社の空気を敏感に察知し、そっと離れていくのがお客様です。逆に、徹底した整理に基づいて整頓と清掃が進むと、会社の雰囲気や作業効率も一気に良くなります。もちろんお客様も評価をしてくださいます。これが、「環境整備が社風をつくる」と申し上げる所以なのです。長野のホテルで、私は徹底して蓋を外しました。たとえば、段ボールは、カッターナイフを持って回り、次々に蓋を切っていきました。すると中に何があるかが見えるようになります。見える以上、中を乱雑にしておくわけにはいきません。整頓が進むというわけです。1本のカッターナイフで、段ボール箱1つから、整理・整頓の文化を育てることができるのです。整理・整頓ができて、初めて③の「清掃」に進むのが環境整備の基本的な流れです。清掃とはきれいにすること。継続して進めるには細かな工夫も必要です。まず、掃除用具は誰からも見える場所に置くことです。「見える」は気づきの心を養うためにも重要なポイントです。掃除用具が薄暗い廊下の片隅にあるロッカーの中では、掃除に対する意識が根付きません。
環境整備が進んでいる会社では、例外なく掃除道具を大切にしています。お金を惜しむことはありません。不具合があればすぐに交換です。これも、誰からも見える仕組みにしてあるからできることです。環境整備は毎日の積み重ねですから、作業計画表も必要です。担当区分と担当者を決めて、掲示をするのです。そして決められた通り実行することで、達成感を持つことができます。環境整備で重要なのは、掃除を通じて気づきの感性を養うことです。したがって、一人の担当範囲を広くしすぎてはいけません。狭いところを徹底的に磨くから、細かな汚れ、微小な傷に気づけるのです。範囲を広げると、漠然と掃除するだけになってしまいます。また、「始める時間」と「費やす時間」の2つの時間は厳守です。始めるのは一日の最初、という場合が多いかと思いますが、必ず就業時間内にしてください。給料が払われる時間なら、仕事ですから、言われた通りにやらざるをえません。費やす時間は各社の実情でいろいろでしょうが、環境整備が軌道に乗ったからといって短縮すると、業績が急落することがあるので注意が必要です。現にわが社もそういうことがありました。それまで環境整備に30分かけていたものを20分にしたら売上も粗利益も大きく落ち込んだのです。理由は明白です。短縮した10分のぶんだけ甘えが社員に芽生えてしまったからです。そこでもう一度30分に戻すと、面白いように業績は回復しました。環境整備の時間を短くするのは基本的には避けた方がいいでしょう。最初は、無理のないよう短めの時間でスタートして、少しずつ長くしていくのが現実的で効果的です。④の「清潔」とは、①~③の状態を維持することです。維持するためには、必ず出来、不出来を確認してください。そうしないと、ただのお掃除になってしまいます。プラスにせよマイナスにせよ、相手が納得のいく形で評価をしなければなりません。人間は自分のやったことを評価されたいものです。最悪なのは無視すること。評価の仕組みがない環境整備は、決して定着することはありません。武蔵野では、月に1度は社長の小山と幹部が点検しています。評価にあたっては、決して抜き打ち検査をしないことです。いつ点検されるかがわからなければ、社内が暗くなり、徹底的な環境整備をする気にはなれないからです。点検はあらかじめ告知してあるチェック項目に従い、マルとバツを明確にして次回へつなげるようにします。点検は、リーダー一人で行うのではなく、必ず幹部を同行させます。リーダーが現場で行う具体的な指導は、同行者にとっても最高の学びの機会になるからです。環境整備の点検は、社長の価値観を確認する部下の教育にもなるのです。そして点検結果を部門別に集計し、優秀なところを表彰することで全社に対してさらなる動機づけを行っていきます。人間はすぐに慣れてしまい、感覚を鈍化させる動物です。これらの工夫も、やがては慣れの中に埋もれていくことでしょう。そこで少しずつでもいいので工夫・改善したり、新しい仕組みを導入したりすることで、環境整備の質を落とさないように工夫し続けることも重要です。▼物的環境整備は、①整理、②整頓、③清掃、④清潔の順で行う
人的環境整備に取り組む物の整備が進んだら、今度は「人」です。人的環境整備の中心は、「礼を正す」ことです。前述の整理、整頓、清掃、清潔に加えて、⑤躾(しつけ)で、5Sと呼ばれます。具体的には、大きな声で明るく返事、挨拶をする、これが基本です。①返事②挨拶③笑顔人的環境整備の基本である返事、挨拶、笑顔の中で、私は返事を最重要視します。お客様に与えるインパクトが最も大きいからです。まず返事ありき、そして挨拶・笑顔です。順番を間違えてはいけません。さて、あなたは返事の声の高さを意識したことはありますか?人間の耳に最も快く感じるのは、「ラ」の音です。喫茶店でコーヒーを注文します。店員が「ラ」の音で、「はい」と答えればお客様も好印象を持ちます。ところが、ぶすっと「おう」とか「うん」などと言われたらどうでしょう。二度とその店で飲食するまいと思います。ラの音で「はい」と言ったら、続けて「かしこまりました」と言いましょう。これが最もお客様に喜んでいただける返事です。ただし、実際にやっていただくと、ほとんどの方が「かしこみゃりました」などと、言い淀んでしまいます。普段口にしない言葉ですから、急には使えないのです。しかし、繰り返すことで必ず言えるようになります。そして、続けるうちにどんどん上手になります。お客様の感動も、それにつれて大きくなっていきます。この返事、最初は渋々していても、やがて気持ちの良さに気づきます。そうなればどんどん積極的にするようになります。物的環境整備と人的環境整備、ここまでが樹木でいうと「根」に当たる部分です。これらをおろそかにしては、花も実もありません。充実した根を張るためには、地道な取り組みを、毎日毎日徹底し続けなければいけません。環境整備とは、習慣整備なのです。ここで注意していただきたいことがあります。人的環境整備は、物的環境整備と2つで会社の根となります。とても重要な項目ですが、物的環境整備の前に、人を変えようとすると失敗します。人は、汚いところで明るい返事、挨拶、笑顔を、と言ってもできないのが当然だからです。それは当人の資質や性格ではありません。人間が普通に持ち合わせたまともな感覚なのです。ですから、まず場を浄めましょう。環境整備は物から始めるのが基本となります。そして、人的環境整備に取り組んでください。▼人的環境整備の基礎は、①返事、②挨拶、③笑顔から
人的環境整備に取り組む物の整備が進んだら、今度は「人」です。人的環境整備の中心は、「礼を正す」ことです。前述の整理、整頓、清掃、清潔に加えて、⑤躾(しつけ)で、5Sと呼ばれます。具体的には、大きな声で明るく返事、挨拶をする、これが基本です。①返事②挨拶③笑顔人的環境整備の基本である返事、挨拶、笑顔の中で、私は返事を最重要視します。お客様に与えるインパクトが最も大きいからです。まず返事ありき、そして挨拶・笑顔です。順番を間違えてはいけません。さて、あなたは返事の声の高さを意識したことはありますか?人間の耳に最も快く感じるのは、「ラ」の音です。喫茶店でコーヒーを注文します。店員が「ラ」の音で、「はい」と答えればお客様も好印象を持ちます。ところが、ぶすっと「おう」とか「うん」などと言われたらどうでしょう。二度とその店で飲食するまいと思います。ラの音で「はい」と言ったら、続けて「かしこまりました」と言いましょう。これが最もお客様に喜んでいただける返事です。ただし、実際にやっていただくと、ほとんどの方が「かしこみゃりました」などと、言い淀んでしまいます。普段口にしない言葉ですから、急には使えないのです。しかし、繰り返すことで必ず言えるようになります。そして、続けるうちにどんどん上手になります。お客様の感動も、それにつれて大きくなっていきます。この返事、最初は渋々していても、やがて気持ちの良さに気づきます。そうなればどんどん積極的にするようになります。物的環境整備と人的環境整備、ここまでが樹木でいうと「根」に当たる部分です。これらをおろそかにしては、花も実もありません。充実した根を張るためには、地道な取り組みを、毎日毎日徹底し続けなければいけません。環境整備とは、習慣整備なのです。ここで注意していただきたいことがあります。人的環境整備は、物的環境整備と2つで会社の根となります。とても重要な項目ですが、物的環境整備の前に、人を変えようとすると失敗します。人は、汚いところで明るい返事、挨拶、笑顔を、と言ってもできないのが当然だからです。それは当人の資質や性格ではありません。人間が普通に持ち合わせたまともな感覚なのです。ですから、まず場を浄めましょう。環境整備は物から始めるのが基本となります。そして、人的環境整備に取り組んでください。▼人的環境整備の基礎は、①返事、②挨拶、③笑顔から
お客様の判断の9割は、「見た目」と「声」人も会社も、見た目と聴覚で9割を判断されています。一般に人間は、「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触角」の5つの感覚を持つと言われますが、中でも重要なのが視覚と聴覚です。この2つで判断の9割を決定します。つまり、お客様はまず見た目・声で判断し、「これは良さそうだ」と思って初めてお金を払ってくださるのです。見た目と声で、9割が決まるのです。この話をすると、「レストランであれば味覚や嗅覚が重要ではないか」と質問される方がいらっしゃいます。しかし、レストランでも、やはり見た目と声なのです。まず、汚いレストランには誰も入りません。よく「汚いけれど美味しい店」などと言われるところがあります。古びているのと不潔なのを混同しないよう注意してください。「汚いけれど美味しい店」と言われる店舗をよく見ると、内装はたとえ古びていても床は磨かれ、食器は輝いています。従業員の制服は白が目に鮮やかで、何より表情が明るいはずです。美味しくて繁盛している汚い店はありえないのです。見た目をクリアしたら、ドアを開けます。次は「音」です。「いらっしゃいませ」と明るく元気な声が聞こえてきました。きちんと自分の目を見ています。ここに至ってようやくお客様はその店を選ぶのです。「うちはフランスで修業したコックがいる」「店主は各地のコンクールで優勝している」などといくら「味」を強調しても、見た目と挨拶が悪ければ出て行かれます。美味しいだけで選んでくれると思うのは、あまりにお客様を馬鹿にしています。あなたがレストランに行ったときのことを考えてみてください。良かったな、また行きたいな、というお店は、味だけではなく、外見や内装、スタッフの挨拶、清潔なテーブルクロスなどが印象に残っていないでしょうか。食事に行ったのに味以外の印象も残るのです。つまり、人があえてレストランに行くのは味以外のものも求めているということです。それが「感動」です。感情が動いているから記憶に残るのです。店主がいくら味ばかり追求しても、お客様は選んでくださいません。まずは、見た目と挨拶で感動を与えましょう。▼見た目と音で9割判断される。だから、物的環境整備、そして人的環境整備という順番で実践を始める
良い仲間を持つことも人的環境整備先に紹介したのは、人的環境整備の基本です。ここでは、別な観点からの人的環境整備を紹介します。「類は友を呼ぶ」――一倉洋先生が教えてくださった原理原則です。良い仲間に囲まれていれば、おのずと良い決定ができるということです。一倉洋先生は、1986年の11月、私が出会ったとき、すでに癌に侵されていて、その2年後に43歳の若さで亡くなられました。一倉先生には、さまざまな教えをいただきましたが、これが、最後の教えとなりました。例を挙げて解説しましょう。たとえば本書を読んだ方が、環境整備について知らない仲間に、「こんないい話が書かれていたよ」と教えたとします。そして、「すごそうだから一緒にやってみようよ」と誘ったらどうでしょうか。「正直なところ面倒臭い」と感じても、付き合いもあるし、とりあえず良さそうだからちょっとやってみよう、となります。そこで、一歩良い方向に進めます。ところが、悪い仲間ですと、こうはなりません。「お掃除で儲かるなら苦労はしないよ」などと、まったく的外れな批判をして終わりです。会社は、変わらず荒れ放題です。良い仕事をし、良い人生を歩むには、前者のような人間関係が望ましいものです。ただし、周囲に不満があっても、それは仲間の責任ではありません。自分自身のレベルに合った仲間が自然にできただけの話です。「類が友を呼ぶ」のです。いきなり仲間を説得して、「環境整備をやろう」と言っても相手にされないか、何だかんだと理屈をつけられて結局やらずじまいに終わります。変えられるのは自分しかありません。まず自分が環境整備を始め、コツコツと続けていくのです。仲間も本心では興味がないわけではありません。新しいことを始めるのが面倒なだけなのです。ですから、仲間の誰かが環境整備を始めたとなれば、何となく様子を聞いて、「私もしてみよう」「ではわが社も」となるものです。それでも、「お掃除なんて」と勘違いを続ける仲間とは、やがて疎遠になっていきます。類は友を呼ぶのですから、感覚が合わなくなれば自然と離れていくのです。そして今度は、環境整備を実践している人と知り合っていきます。「悪貨は良貨を駆逐する」という有名な経済学者の言葉があるように、悪い物は影響力を広げやすいものです。したがって、悪友は簡単につくることができます。学校にはたいてい不良グループがいます。一人きりの不良など、見たことがありません。つまり、悪友は群れたがるのです。これは社会人も同じです。自分だけでは不安なので、他人を巻き込もうとします。その仲間に入ったら悲惨です。何かといっては群れて足を引っ張り合い、お互いを低め続けます。誘い合って堕落・退歩していくのです。誰かが成長して自分が置き去りにされるのが怖いので、他人の進化を妨害し続けます。一方、良い仲間は対照的です。助け合って共に成長・進化していきます。他人の話を素直に聞き、優れたことは積極的に真似をして、どんどん変わっていきます。良い物は広がりにくいため、このような関係を築くのは、少々困難です。しかし、それを達成している人は確実に存在します。こうして悪い仲間との交流がなくなり、豊かな人生へと一歩近づくことができるのです。元の仲間との差は、どんどん開いていくことでしょう。良い友達を選んで交流し、お互いの会社をベンチマーキングし合いましょう。そして良いところをどんどん真似してお互いに高め合えば、会社は長足の進歩・成長を遂げます。良貨が悪貨を駆逐するように、その企業の社風は一気によくなっていきます。類は友を呼びます。そのような関係が構築されていると、また似た感性を持った人が仲間に入ってきます。変化のスピードは集団の大きさに比例します。真似をする対象が増えるからです。したがって、良い仲間が増えれば増えるほど、進化がスピードアップするのです。ですから、特にリーダーはどのような人と交流し、どのように相互啓発を図っていくのかを絶えず考えていかなければなりません。その判断によって、自分や会社のありようが大きく変わっていくのです。以上が、もう1つの人的環境整備の心得です。▼類は友を呼ぶ。良い仲間をつくり、お互いにベンチマーキングしよう
情報環境整備に取り組む樹木で最も重要なのは、根でした。根の上は「幹」です。細い幹の樹木に豊かな実りは期待できません。根が整ったら、今度は幹の充実が必要です。会社で幹に当たるのが、「情報環境整備」です。根が吸い上げた養分は、幹を通じて最後は花や実に至ります。同じように、情報の伝達が遅かったり、コミュニケーションが不足していたりする会社の業績は伸びません。情報環境整備とは、コミュニケーションの促進です。コミュニケーションなくして、現場力が高まることはありません。情報環境整備では、まず、次の2つを徹底してください。①時間を守る②報告の内容を統一する情報を滞らせない感性を養うためには、「時を守る」ことが効果的です。たとえ1分でも遅刻は遅刻です。相手を待たせるということは、他人の時間を盗むことです。してはいけない行為だと理解し、時を守ることを習慣化するのです。次に、報告です。まずは、①「数字報告」です。数字は、さまざまな決定の根拠となります。次に、②「お客様の声」です。ただし、クレームのように緊急を要するものは最優先にしなければいけません。そして、③「ライバル情報」があります。④が「本部・ビジネスパートナーの情報」です。最後が⑤「自分の考え」です。一口に報告と言っても、このように「5つの情報」に基づいて実践するかどうかで、結果は劇的に変わります。ただ部下に「報告しろ」と言うだけでは動かないのが普通の社員です。もし、「部下がほしい情報を上げてこない」「事実と意見がごちゃごちゃで、判断に困る」といった悩みがあれば、それは、指示している側の責任です。情報の環境整備は、報告するもの、しないものを決め(整理)、何をどの順番で報告するかを教え(整頓)なければなりません。この2つを基本として、武蔵野では、コミュニケーションを活性化する仕掛けをたくさん儲けています。具体的な内容は、小山昇著『経営の見える化』(中経出版)を参考になさってください。仕事をしていく上で、人は、日々さまざまな意思決定を繰り返しています。これは、社長も一般社員も同じことです。決定を迷うのは、それが正しいかどうかの判断がつきかねるときです。現実には、やってみないとわからないことも多々あるので当然です。しかし、いつまでも悩んで、決定をくだせないでいるのは問題です。やってみて失敗ならやり直せばいいのです。ただし、「これだけはやってはいけない」という決定があります。「現実」「現場」「現物」から離れた意思決定です。現場を知らず、机上の理論だけで決定を下すことだけはしないでください。経営はギャンブルではありません。現場を知らずに下したイチかバチかの判断が問題の改善につながっても、「結果オーライ」で、たまたま成功しただけ。次はどうなるかわかりません。現場を知らないために、うっかり上手くいっているところに手をつけたら悲惨です。「この点は問題ありません、変えなくていいですよ」と教えてくれるのは、現場のお客様です。そこを変えたらどうなるでしょうか。せっかくの教えを一方的に踏みにじられたのですから、お客様は離れていきます。ライバルの頑張りではなく、自分の判断ミスでお客様をライバルに奪われてしまうのです。意思決定に際しては、とにかく現場を重視することです。現場がわかる情報環境整備をしましょう。5つの情報に基づいた報告もその1つの方法です。そして、直接、現場に出向くことが必要です。現場の空気や従業員の表情や声色といった、書面での報告では絶対にわからないところが肌で感じられます。実は、そのような言葉ではわからない部分にこそ、真実が潜んでいます。書面上は上手くいっている店舗も、従業員の表情が暗ければ、何か問題があるはずなのです。▼情報環境整備は、①時間を守る、②報告は5つの情報に内容を統一すること
社長の決心・覚悟と地道な取り組みで会社は変わるここで、原理原則を知って環境整備を実践し、驚くべき成長を遂げている会社の例をご紹介しましょう。株式会社ワールド・ワン様(河野圭一社長)は、神戸の三宮で飲食店を始め、さらに発展し続けている会社です。当初は自己流で経営を進めていらっしゃいました。しかし、事業の発展に伴い、パート・アルバイトも含め従業員の数が増えます。万が一経営が立ち行かなくなったりすれば、そのご縁のあった人たちを苦しめることになります。そこで、「このまま自己流でやっていてはいけない」と、自らの勘だけに頼らない経営を求め、武蔵野の経営サポート事業部とご縁ができました。同社の環境整備点検は徹底しています。まず始めるにあたり、河野社長は習慣整備という言葉を強調します。簡単に言うと「よい言葉を使う、よい行動をとる」ということです。簡単なようですが、習慣整備という言葉をごく自然に口にできる社長は一握りです。経営者が、このような視点を持つことで、従業員はお客様に対して、またはスタッフ同士でどのような言葉遣いをしたらいいのか、絶えず細心の注意を払えるようになります。このような環境は、自然発生するものではありません。その根っこにあたるのが、地道な物的環境整備です。同社の環境整備点検は、河野社長以下各店の店長、幹部により行われます。指摘された問題点には次々と目印の紙が貼られ、一目でわかるようになっています(これも共通の道具です)。厨房のシンクの下、換気フードの裏側、テーブルのわずかな埃といった細かな点もチェックされます。便器には直接手まで突っ込んで確認します。店頭の盛り塩に髪の毛が落ちていた、という指摘もされます。ここまでされれば、店長も環境整備を徹底せざるをえません。誰もここまで細かいところ見ない、と思うのは間違いです。たとえば、飲食店にとって盛り塩は、お客様にお越しいただくことを願った大切なアイテムです。そこが汚れていたのでは話になりません。お客様がご覧になったら、決してそのような店を選ばないでしょう。何しろ神戸の三宮といえば地域きっての繁華街です。ライバルは星の数ほどあります。このように環境整備を通して、原理原則を共通認識にしていくのです。物の点検が終わったら、開店前に人的環境整備・習慣整備のチェックです。爪や笑顔といった、お客様の目に直接触れるところはもちろん、靴下まで厳しく点検されます。環境整備点検で高得点を獲得するためには、店全体の一致団結が必要です。多数を占めるアルバイトの協力なしには実現不可能です。すると、店長や幹部にアルバイトに対する感謝の気持ちが生まれ、必然的にお店の空気がよくなります。ワールド・ワン様の環境整備点検がすごいのは、全店の幹部クラスが参加しているところです。点検をしながら、他店のベンチマーキングもし合っているのです。そこで発見した良い点をお互いに真似し合い、全店がどんどん強くなっていきます。他社のベンチマーキングももちろん有効ですが、どれほど素晴らしい点があっても、「あそこは規模が違うから」「うちとは事業内容が違うから」などと言い訳ができます。しかし、自社の他店では言い訳のしようがありません。同社の環境整備点検はまだ続きます。翌日には実行計画書という共通の道具を使い、講評を述べたり自店舗の計画達成を省みたりして、次への備えを行うのです。初日に現場の現実について、2日目には今後について共有化を図ることで、企業文化のレベルはどんどん高まっていきます。こうした地道な取り組みをコツコツ続けていくことが重要なのです。ワールド・ワン様は、今後もさらなる店舗展開を計画しています。このようにして、原理原則を知らず、何もしないでいる会社に、どんどん差をつけていくのです。▼環境整備と習慣整備を行おう
税務署を1日早く切り上げさせた環境整備の力次は、完璧な環境整備によって監督官庁をうならせた会社の例をご紹介しましょう。監督官庁は、社長の言葉や書類など信頼しません。ですから、必ず現場を見ます。真実は現場の中にあるからです。実態として環境整備が、びしっとできていれば、指導も自然と甘くなるのです。逆もまた然り。環境整備ができていない会社や、社員に覇気がない会社は、鵜の目鷹の目で調べられ、痛くもない腹を探られることになります。岐阜県で産業用梱包機械を製造している株式会社東伸様(藤吉繁子社長)では、税務調査が1日早く終わりました。ある日、税務署の調査が入りました。「今日から4日間行います。まずは工場を見せてください」。突然ですから社内に緊張が走ります。税務署員は、それまでの経験から次のようなイメージを持っていたことと思います。「工場は雑然として、何がどこにあるかがわからない。上手く在庫調整をしてごまかしているのではないか」それも無理はありません。そういう現場が圧倒的に多いのが事実だからです。ところが東伸様は違いました。何しろ同社は、全国から見学者が来るくらい環境整備が徹底されているのです。在庫などごまかしようもないことは一目でわかります。物だけでなく、人も完璧です。工場に行ったところ、働いている人が笑顔で「いらっしゃいませ!」と迎えてくれます。下手な接客業の人よりも、返事や挨拶、笑顔のレベルが遥かに上なのです。汚い、暗いが当然だと思っていた工場はぴかぴか、「いらっしゃいませ」に始まって最後のお見送りまで完璧。その効果は劇的なものでした。「4日」と言っていた税務署員が、「3日でいい」となったのです。あの厳しい税務署が現場を見て、この会社は不正をするはずがない、と判断したのです。同社には、翌月は消防署が査察にきましたが、完璧な現場を見てやはりすぐにOKが出ました。どんな些細なことも見逃さない監督官庁のチェックすら緩ませる、現場の現実というものは、それほど説得力を持っています。東伸様がそれほどのレベルが維持できるのも、「我ら以外、皆お客様なり」という精神が浸透している結果です。「我ら以外、皆お客様なり」と思えば、入ってきたのが宅配便や郵便局の人でも、業者様でも、自分たち以外の人間はすべてお客様であると考え、きちんと立って相手を見て挨拶します。これを「相手がお客様なら分離礼」「業者なら会釈」などと場合分けすると、従業員はその都度、相手が誰であるか判断しなければいけません。その判断が絶対に正しいとは限りませんし、反応も遅れます。そのときは業者として訪れた方も、いつお客様になられるかはわかりません。また、あまり会社が汚かったり、応対が杜撰だったりすると、マイナスの口コミを発信されるおそれもあります。悪い評判はすぐに伝わります。しかも、誇張されて広がります。東伸様の完璧な環境整備は、現場によって自分たちの会社が評価を受けるという原理原則を理解しているからできることです。それゆえ、どのような方が見えても、必ず高いレベルの応対ができるのです。▼会社は「現実」「現場」「現物」によって評価される
金融機関は、現場を見て融資を決めるお客様・監督官庁と並んで、厳しく会社をチェックしているのが金融機関です。現実問題として、金融機関から借入をせずに経営が成り立つ会社はごく一握りです。会社は赤字でも倒産しませんが、資金が底をついたときに倒産します。そうである以上、常に銀行とは良好な関係を維持しておかなくてはなりません。武蔵野が経営サポート事業を通じて付き合いがある、全国の中小企業経営者・経営幹部の中には銀行出身の方がいらっしゃいます。有名銀行の支店長、副支店長、本店の審査部とご経歴はさまざまです。経歴は違っても、銀行業務の第一線を経験された方が口をそろえて、おっしゃることがあります。「会社は書類だけでは信用できない」銀行は現場を見てその会社を判断しています。現場チェックの典型的な例が、支店長の会社訪問です。銀行の支店長は、アポイントを取らずに突然来られるケースが大半です。そして例外なく「ちょっと近所まで来ましたので」などとおっしゃいますが、そんな暇な支店長がいるはずがありません。目的は、「現実」「現場」「現物」の確認です。会社に行ってみたら社内は雑然として、社員はろくに挨拶もしない。中には「あのオヤジは何者だ」などという不躾な目で見る者もいる。そんな淀んだ空気の会社がいくら立派な書類をつくっても、融資してくれる銀行などあるはずがありません。ただし、銀行は融資をしたくないのではありません。確実な相手を選びたいだけの話です。武蔵野は、銀行の支店長の訪問を受けるばかりでなく、逆にお招きするケースがあります。それが、経営計画発表会です。発表会では社長がさまざまな方針を説明します。たとえば、環境整備についてはこういう方針で、具体的にはこのようにやっていきます、という具合です。支店長は、発表会でどれほど感心したとしても必ず現場に足を運びます。そこで計画と実情が全然違っていたという事実を確認したら、絶対に融資はしてもらえません。逆に、突然訪問してみたら整理、整頓、清潔も大丈夫。返事、挨拶、笑顔も明るく、分離礼は完璧だという事実があればどうなるでしょうか。発表会で社長の言ったことがきちんと実施されている会社、つまり社長のリーダーシップがしっかりしている信用できる会社だ、と支店長は判断します。こうなると銀行の態度は一変します。これまでは「融資してやる」という姿勢だったものが、一転「融資させてください」となるのです。利率や借入期間といった条件面についても、こちらが優位に立って進められます。銀行は、融資したくないわけではありません。貸すのが商売です。信用できる会社なら、銀行は融資したいのです。優良な顧客を、むざむざライバル銀行にとられるわけにはいきません。この点は銀行とて普通の会社と同じです。銀行の支店長だから丁重にもてなせ、ということではありません。そもそも支店長の顔など知っている社員はほとんどいないはずです。会社には、いつ誰が来るかわかりません。だからこそ「我ら以外皆お客様なり」なのです。売上が伸びない、銀行がお金を貸してくれない……上手くいかないことの根本的な原因は、すべて会社の現場にあります。この原理原則を知らないで、または知っても実践しないまま経営を続ければ、やがて銀行から見放されます。そうならないためにも、社長は「現実」「現場」「現物」を大切にしていかなければなりません。地道な取り組みをコツコツ積み重ねることで初めて、会社は強くなっていくのです。▼売上が伸びない、銀行がお金を貸してくれない――問題の根本的な原因は、すべて会社の現場にある
「物」「人」「情報」の環境整備に取り組もう以上、3つの環境整備と、環境整備の効果について解説しました。物的環境整備と人的環境整備を根とし、コミュニケーションを幹に、強い企業文化という枝葉を広げた樹木となったとき、初めて、会社は実りの季節をむかえます。この仕組みが強いほど多くの花が咲き乱れ、豊かな果実がたわわになるのです。物、人、情報の環境整備が利益をもたらします。これが、経営の原理原則です。原理原則を知らないまま、上手に会社を育てるのは、極めて困難です。まして、原理原則を無視して、社員や部下に漠然と「とにかく利益を上げろ」「何でもいいから売上を伸ばせ」と言うだけでは、命令する側の意に反して利益は下がり、売上は落ちるでしょう。リーダーは「もっと利益を」「日本一になりたい」「上場したい」といろいろな花を咲かせることを望みます。社員の方も、「もっと休日がほしい」「ボーナスをいっぱい」と願います。どちらも当然の思いです。偉大な教育者、森信三先生が「現場再建の三大原理」として「場を浄め、礼を正し、時を守る」ことを挙げ、「学校の再建はまず紙屑を拾うことから――。次にはクツ箱のクツのかかとが揃うように。真の教育は、こうした眼前の瑣事からスタートすることを知らねば、一校主宰者たるの資格なし」と述べています。同様に、物、人、情報の環境整備に取り組むことによって、初めて、会社は、経営者も、社員も望む結果に到達することができるのです。▼場を浄め、礼を正し、時を守ろう
第4章環境整備は、形から入り心に至る
見えるもの、形あるものから始めるとうまくいく
前章では、環境整備によって会社の評価が決められることをお話ししました。環境整備の重要性を、感じていただけたと思います。本章では、環境整備を導入するときの原理原則を説明します。まず、環境整備は、目に見えるもの、形あるものから始めてください。明確な指示ができ、結果が納得のいく確認ができるからです。他人にやる気や奮起を促す作業は簡単ではありません。何しろ人の心は一定ではなく、たえず変わっていきます。上司から発破をかけられて、そのときは「よし、頑張ろう」と思っても、翌日には「ああ、面倒くさい」と考え、そして事実サボってしまう。それがまともな人間です。心という「目には見えないもの」を相手にしようとする限り、この問題は常につきまといます。ですから、環境整備では、まず、目に見える「物」から着手します。この壁を磨いて白くしなさい、ここの書類を50音順にまとめなさい、という具合に、具体的な形がある物であれば、指示が出しやすくなります。「壁を磨け」と言われて、何をどうしていいのかわからない人はいません。「やりたくありません」という気持ちにはなっても、「できません」と答えることは不可能です。上司に「やりたくない」とは言えませんから、渋々ながらも手を動かします。さらに目に見えるもの、形があるものからがいいのは、結果についても、納得のいく確認ができることです。指定した範囲が白くなったかどうかは一目瞭然です。もう1つ、目に見えることから始めた方がいい理由があります。「会社を良くしたい!」と願うリーダーの多くは、勉強熱心です。各種のセミナーに参加したり、ビジネス書を読んだり、勉強をするのが好きな方がたくさんいらっしゃいます。しかし、リーダーだけが進化しても会社は良くなりません。むしろ社員とのギャップが広がる分、業績は悪化しがちです。勉強したことをパートやアルバイトまで含んだ全従業員に徹底して、はじめて血肉となり、会社が変わります。ここで、全従業員に浸透させようと、学んだことをすべて教えても、相手は理解できません。人は、何かを学ぶとき、過去の経験と照らし合わせて理解しています。つまり、階層が下がるにつれて経験も少なくなりますから、あなたが納得したことをすべて伝えても混乱するだけです。あなたの意とはまったく異なった理解をすることも少なくありません。森信三先生の『一日一語』に「相手の心に受け容れ態勢が出来ていないのにお説教するのは、伏さったコップにビールをつぐようなもの――入らぬばかりか、かえってあたりが汚れる」という言葉があります。本やセミナーで何か学んだら、その中から、相手にふさわしい情報を取捨選択して教えましょう。いくらすばらしい内容でも、すべて伝えるのは自己満足です。最初は個人の能力には関係なく、誰でも理解できることを教えるのが効果的です。それにはやはり、見えるもの、形のあるものから始めるべきなのです。▼物的環境整備から始めること
環境整備は、具体的な指示で、小さく始める環境整備を、見えるもの、形あるものから始める理由に、やる気に影響されずに手を動かしやすいこと、結果について納得のいく確認ができることを挙げました。これらの効果を出すために、指示の仕方に工夫が必要です。主観の余地のない、具体的な指示を出しましょう。たとえば、「きれいにしなさい」という指示は厳禁です。「きれい」には主観の介在する余地があるからです。見る人によって基準が違います。雑な作業をされても、「私はきれいだと思います」と言われたら反論できません。だからこそ、「白くしなさい」「50音順にまとめなさい」という具体的な指示が生きるのです。人的環境整備も形から入ります。挨拶をしたか、しないか、おじぎは分離礼かどうか、これらは一目瞭然です。このように、わかりやすいところから始めてください。「いい返事をしなさい」では主観が介在します。人によって認識が違うので、指示した側の期待と違う行動になるのです。言われた方は、いい返事とはどのような返事で、何をすればいいのかがわかりません。野卑な流行り言葉で返事をされても、「この方が親しみやすいと思いまして」と反論されたら切り返すことはできません。「いい返事」という指示をした方が悪いのです。指示は具体的にしましょう。「返事はラ音で、『はい、かしこまりました』と言う」。これならば、誰でも練習すればできるようになります。情報環境整備では、まず、時間を守ることから始めると言いました。時間を守ることは誰でも取り組めます。時間を守ったか、遅れたか、これも目に見えるところからです。人間は誰しも、いきなり難しいことはできません。そこで、「できない」とは絶対に言えない簡単なことの繰り返しを徹底させます。それには目に見えるものから始めるのが効果的なのです。ただし、一気に実行しようとしてはいけません。すぐに挫折してしまいます。そして挫折すると、往々にして前よりも状況が悪化します。挫折しないためには、目に見えるもののうち、誰もが抵抗感なく手をつけられるところから小さく始めるのが秘訣です。不要物が山積している倉庫の整理は後回しにして、喫煙所まわりを掃除するところから始めるのです。「喫煙所くらいがキレイになっても……」と軽視してはいけません。そのわずかなことすらも放置していたのが会社の文化となって、業績に表れているのです。小さなことをコツコツ徹底し続けた暁には、会社が大きく変わったのを実感するでしょう。▼一気に実行しようとすると失敗するので小さなところからコツコツ始めてみよう
汚いことに気づけない人はお客様の心にも気づくことはできない環境整備によって、良い社風ができると述べました。環境整備によって、利益が上がると言いました。社風と環境整備、利益と環境整備は直結しないように思われるかもしれません。ここでは、環境整備によって良い社風ができ、利益が上がるのはなぜか、お話ししたいと思います。環境整備はおろか、普通のお掃除や片づけすらもできていない会社があります。床に落ちたクリップやポストイットは放置、喫煙所は灰だらけ、トイレの床にはトイレットペーパーの芯が転がりっぱなし、手入れをしないまま枯れた植木……。こういう会社が業界のトップのシェアを持っているとか、どこにも真似できない独自技術を持っているといったことは断じてありません。社内が乱雑な会社は、例外なく業績も悪いのです。なぜ、フロアや喫煙所、トイレや植木の状態が会社の業績に関係するのでしょうか。原理はとても簡単です。乱雑さを乱雑さとして認識できない鈍い感性は、当然、お客様対応にもビジネスの進め方にも悪い影響を及ぼすからです。毎日汚い環境の中にいるとどうなるでしょう。それが当然になります。つまり、社員の心も自然と汚れていくのです。きれいが普通だと、少しの汚れにも気づきます。たとえば、書類の山と化したデスクに、ティッシュペーパーの箱を置いても気づきません。しかし、机の物を置かないきまりになっていたらどうでしょう。消しゴム1個でも気づくはずです。汚いのが日常と化すと、気づきの感性が摩耗します。人間は、自分の目で見ている物、感じている物に気持ちがだんだん似ていきます。目に見える物、形のある物は、最終的に人の心につながるのです。これは、「日本を美しくする会」を創設された、鍵山秀三郎先生から教わったことです。この原理原則を知っているかいないかで結果は大きく変わります。もう1つ理由があります。物的環境整備は、一見単純作業のように思えるかもしれません。しかし、毎日徹底的に続けるのは意外に簡単ではありません。そもそも環境整備に取り組む人間の心が一定ではないのですから、最初のうちは、ばらつきが出るものです。それでも徹底して続けると、やがてやるべき環境整備以外の場面でも、「ここが汚い」などと気づけるようになります。このような感性が養われた先に、ようやく変わり続ける「お客様の心」に気づける域に到達します。野球選手の基本はキャッチボールです。傍からは単純に見えますが、一流選手は絶対におろそかにしません。一球一球丁寧に投げる中で、わずかな体調の変化やフォームの乱れに気づくことができます。会社も同じです。床に落ちたゴミや壁の汚れといった、明らかに目に見える物を見逃す人間が、どうして転変してやまないお客様の心を推察できるでしょうか。気づける感性を養えたとき、お客様の心にそった仕事ができます。するとお客様は初めて、「花と実を採っていいですよ」と言ってくれるのです。▼環境整備は、気づきの感性を養うもの
トイレ清掃で7年間体育祭が開けなかった高校が生まれ変わった「朱に交われば赤くなる」という言葉の通り、人間は環境に支配される動物です。汚い中にいれば、心が荒むのはむしろ当然の成り行きとも言えるでしょう。それを本人の性格や努力不足のせいにしたところで、何の問題の解決にもなりません。これは、すべての組織にあてはまります。広島県の安西高校の話をご紹介しましょう。これは、23年来の友人である、「広島掃除に学ぶ会」会長の井辻栄輔さんにご紹介された、山廣康子先生からうかがった話です。同校の荒れぶりは半端ではありませんでした。校内暴力は日常茶飯事、学級は崩壊し、入学者の半数近くが中退するといった有様でした。もちろん校内はゴミだらけ。教室の床の上に教科書やジャージが散乱し、机の向きもばらばらという状態です。教師にも、諦めに近い雰囲気が漂っていました。2001年4月に教頭として赴任した山廣先生は、複数の教師の言葉に衝撃を受けました。それは「問題行動を起こす生徒は1学期でやめていくから、学校は2学期には静かになる」というものでした。生徒が辞めるのを待つのは、正常な教育現場の姿とは言えません。山廣先生は、改革を決意します。学校が変わる大きな転機となったのは、同年の12月に行った「全校トイレ掃除」です。公衆トイレの掃除をボランティアで行っている、先述の「広島掃除に学ぶ会」の指導を受け、教員、生徒全員で取り組みました。対象は全校114個の便器です。素手によるトイレ掃除に、生徒は、はじめは及び腰でした。ところがやってみたらどうでしょう。自分の手でトイレがぴかぴかになったことに感動しました。トイレと同時に、自分の心もきれいになったのです。また、何かをやり遂げたという達成感も自覚できました。山廣先生は、「やればできる」という言葉を大切にしていますが、まさにそれを生徒が実感したのがこのトイレ掃除だったのです。なお、私は、かつて山廣先生と一緒に、文部科学省の前の清掃活動を行ったことがあります。そして、そのときの先生の清掃のスピードが、ものすごく速いのが印象に残っています。トイレ掃除の結果、学校は確実に変わり始めました。それまでが特にひどかっただけに、変化は劇的でした。荒れた校内もだいぶ落ち着きを取り戻し、トイレ掃除の翌年には何と7年ぶりに体育祭を開催できるまでになりました。かつては草が生い茂り、ただの空き地と見まごうばかりの様相を呈していた校庭はきれいに整備され、当日は生徒たちの明るい声が響き渡りました。懸念されていた生徒の問題行動など、1つもありません。「まさか、再び体育祭が開けるとは」この変わりように、地元の人も教員も驚きを隠せませんでした。しかし、最も驚いていたのは他ならぬ生徒たち自身だったのです。生徒たち自身も、「変わりたい」という欲求はあったのです。しかし心はそう簡単には変わりません。そこに「環境整備」が導入され、目に見えるものが変わり、大きな変化を達成できたのです。場を浄めること、物的環境整備から始めれば、確実に変わる。これは高校でも会社でも同じです。人間集団というものは、原理原則を知って実践に移すと、劇的に変われるものなのです。広島県には、二葉中学という、やはり荒れた学校がありました。そこも、安西高校と同様に、「広島掃除に学ぶ会」の指導のもと、清掃活動によって、生まれ変わり、29年ぶりの体育祭を開いたのですが、私が共に学ばせていただいている塾の塾生が同校のOBであり、しかもその息子さんが、体育祭を開いたときの生徒会の副会長を務めていたという不思議なご縁もありました。安西高校のエピソードの中で、もう1つ私にはとりわけ強烈に印象に残っているものがあります。山廣先生はその後、同校の校長になりました。毎日玄関に立って、生徒に声かけをします。時には服装の乱れを諭す場面もあります。人的環境整備です。生徒は「人を見た目で判断するな!」と、もっともらしい反論をしますが、そこで原理原則を知っている校長先生は何と切り返したでしょうか。「お前の良さをわかってもらえる前に、シャッターが下りる!」です。そんな服装ではそもそも相手にもしてもらえないよ、中身の良さを知ってもらえないよ、というわけです。会社組織に当てはめて考えてみましょう。たとえば「わが社を見た目で判断してもらっては困る」「うちの工場を見た目で判断するな」「1言2言の挨拶で、私の何がわかるの」などと社会人が言ったらどうなるでしょう。商品や会社、その人の良さがわかる前にシャッターが下りてしまいます。シャッターを下ろすのはお客様です。お客様は、「会社は汚いけれど、製品は信頼できるかもしれない」と思うでしょうか。「社員の服装はだらしないけれど、いい仕事をしてくれそうだ」、「訪問したのに誰も挨拶しないけれど、本当は親身に大切にしてくれるだろう」などと考えてくれるでしょうか。第3章で述べたように、人間は見た目と音で9割判断されます。お客様は、そのようなところはさっさと通り過ぎ、ライバル店に行ってしまうのです。▼人、会社は見た目で判断される
清掃活動で、安全な街、きれいな街が生まれた環境整備によって生まれ変わったのは、学校だけではありません。もう1つ、新宿歌舞伎町の例を紹介しましょう。歌舞伎町と言えば、日本を代表する歓楽街です。ある程度、年配の方ならご記憶だと思いますが、かつてこの街のモラル、治安は荒れ果て、地に落ちていました。転機が訪れたのは、都庁の新宿移転でした。新宿のあまりにひどい現実を前に、当時のリーダーはこのままだと東京が、ひいては日本がダメになると危機感を募らせました。そこで警視庁に、そのような現状を改善できる人を送り込んでほしい、と要請したのです。白羽の矢が立ったのは、竹花豊さんでした。竹花さんが、治安担当副知事に就任されて、最初に取り組まれたのが、掃除でした。竹花さんが、広島県警本部長時代に、暴走族の若者と一緒にトイレ掃除をして彼らを更生させる活動をしていた、「日本を美しくする会」のメンバーが、副知事着任時に「全面的に支援する」と声をかけてくれたのです。それが、鍵山秀三郎先生をはじめ、ともに20年来の友人である、「日本を美しくする会」代表世話人の田中義人さんであり、「東京掃除に学ぶ会」の代表世話人である、千種敏夫さんたちでした。まず始めたのが、都庁のある西口の清掃でした。一カ所が整うと、他の汚いところが目につくのは、家でも会社でも街でも同じです。今度は最も汚い歌舞伎町をどうにかしよう、という話になりました。そして日を決めて地道にゴミ拾いやドブさらいを始めたのです。最初は奇異な目で見られていた清掃活動ですが、じわじわと浸透していきます。やがて、ホストクラブのホストさん達が、お世話になっている歌舞伎町をきれいにしようと、ゴミ拾いを始めるようにもなりました。効果は劇的に表れました。あまりの荒廃ぶりに、きれいになるのには、早くても5年はかかるだろうと思われていたのが、3年もたたないうちに変わり始めたのです。何より地元の人が「歌舞伎町がこれほどきれいになるとは」と驚きました。街がきれいになると、お客様の層が変わります。使うお金の単価も増え、お客様の数も増えました。その一方で、犯罪が減少したおかげで、治安対策のコストが低下しました。収入が増えて支出が減るのですから、これほどいいことはありません。現在、この新宿の取り組みにならえと、さまざまな自治体に、環境整備の取り組みが広がっています。たとえば、新宿の南に位置する渋谷でも、清掃活動が始まりました。そこには、武蔵野の経営サポート企業である株式会社山崎文栄堂様(山崎登社長)も参加されています。自社で環境整備に取り組むだけでなく、会社のある渋谷の街をきれいにしたいと、「東京掃除に学ぶ会」の活動に参加されているのです。山崎文栄堂様は、オフィス用品通販アスクルの販売取扱店ですが、東京西エリアトップの販売実績を誇っています。環境整備という地道な取り組みを続けることが改善へとつながります。それは学校、自治体、会社、業務形態を問わず、すべての人間集団にあてはまることなのです。▼環境整備の効果は、業種業態を問わない
会社も物的環境整備で必ず変わる全国の何万という会社の経営を再建してきた一倉定先生が、次のような言葉を残されています。「多くの人びとは、環境整備について知っているようで、その実よく知らない。環境整備に対する認識も関心も薄いのである。私に言わせたら、これだけ奇妙な現象はない。盲点中の盲点と言うことができよう。この〝盲点〟にきづいて、これを行なう会社こそ幸いなるかな。社内改革の起点である環境整備のない所、会社の発展はあり得ないのは勿論のこと、社会秩序も住み良い世の中も、いや国家の繁栄さえ絶対に有り得ない」一倉先生をして、このように言わしめるほど、多くの人が環境整備について正しく理解をしていません。しかし、これは、考えようによってはチャンスでもあります。本書で環境整備の成功のポイントをご紹介しました。これを即実践に移せばいいのです。早くスタートすればするほど、ライバルに差がつけられます。まず物から始める、これが最大のポイントなのです。▼環境整備を実践しよう。早くスタートすればするほど、ライバルに差がつけられる
第5章今から、ここから、自分から変わる
リーダー自身が先頭に立たないと環境整備は定着しない
環境整備や「言語」「認識」「道具」の共通化を進めるにあたって重要なことがあります。それは、必ず集団のリーダーが先頭に立つことです。これは学校でも自治体でも、もちろん会社でも同じです。新しいこと、特に環境整備に積極的に取り組みたいと思う社員はごく稀です。いないのが普通だと言ってもいいでしょう。誰もがやりたくないことを、担当者に任せたらどうなるでしょうか。上からも下からもブーイングです。そのような状態が続けば、担当者の胃に穴があくのは時間の問題です。会社にいづらくなって、退職というケースもあります。事実、私はそんな実例を数多く見てきました。環境整備という新しいことを任せようと思った社員ですから、それなりに実力があるはずです。そのような社員をみすみす辞めさせるのはもったいないことです。しかし、どれほど嫌なことでも、リーダーが先頭に立って進めれば、さすがに誰も嫌とは言えません。文句を言えない状況をつくっていくところから、環境整備は始まります。▼まずはリーダーが先頭に立とう
リーダーの本気を伝えるはじめから環境整備に取り組みたい社員はほとんどいません。ですから、リーダーにその気がないのなら、始めない方がいいくらいです。リーダーの言うことは聞き流していい、という事実を1つ残すだけだからです。今でこそ環境整備が進み、ぴかぴかに磨き上げられている株式会社武蔵野ですが、最初からすべてが上手くいっていたわけではありません。取り組んではいたのですが、あまり効果が上がらず、「武蔵野の環境整備はままごとだ」とまで言われたこともありました。この一言が社長の小山の心に火をつけました。何と3週間の海外視察旅行を成田空港でキャンセルし、その期間を環境整備の徹底にあてたのです。いわゆるドタキャンですから、旅行代金の90万円は1銭も戻ってきません。常軌を逸しています。しかし、それゆえに社長の決心が全従業員に伝わりました。「社長は本気だ」と、誰もが実感しました。この日から、環境整備の質が一気に向上したのです。もし小山が、「旅行から帰ってきたらどうにかしよう」と考えたら、状況は何も変わらず、今の武蔵野はなかったかもしれません。リーダーの決心と覚悟は、それほど大きな力を持つのです。▼リーダーは自分が本気であることを示さなければならない
本気の決定で社員を動かすリーダーの本気の決定が、環境整備定着の鍵を握ることを示す例を、もう1つ紹介します。それが、関西を中心にインドアのテニススクールを運営しているノアインドアステージ株式会社様です。同社は2007年から、武蔵野が提供する環境整備定着プログラムに取り組まれています。ノアインドアステージ様の環境整備への取り組みの本気度は、当初から非常に高いものでした。まず、関西11拠点と関東2拠点から、従業員総勢120名を宝塚校に集めました。会場は、真冬のインドアテニスコート。ここに布団を持ち込み、テニスコートに寝泊まりして、環境整備の実行計画を策定したのです。大西雅之社長は、非常に勉強熱心で、それまでもさまざまな会社改善の方法に取り組んできたそうです。しかし、いずれも長続きはしませんでした。ですから、大半の社員は、またしばらくすれば、環境整備もフェードアウトしていくだろうと、高をくくっていたそうです。しかし、3カ月たっても、4カ月たっても、5カ月たっても、大西社長は環境整備の取り組みをやめようとしません。しばらくすると、目に見えて環境整備の効果が現れてきた拠点が出始めました。会社から出てくる空気が変わってきたのです。そして、お客様も増え始めていきました。各拠点の幹部たちは、毎月、社長と共に、他の拠点をベンチマークに訪れます。その変化を目の当たりにすると、自分たちも本気で取り組まなければ、となり、一気に定着が加速してきました。結果、わずか2年弱で、同社の拠点数は13から17にまで増え、2010年にはさらに増える予定です。今では、武蔵野が社員旅行で、ノアインドアステージ様に視察に行き、学ばせていただくほど、非常にレベルの高い環境整備を行っています。この取り組みには、後日談があります。ノアインドアステージ様は、大西社長のお父様の大西壬会長が経営されている株式会社日東社様の子会社です。お父様は、当初、ノアインドアステージ様が環境整備の取り組みを始めると聞いて、その効果を疑問視していました。そして、最初のテニスコートでの研修に〝スパイ〟を送り込んだそうです。しかし、大西社長の本気度と、環境整備の効果に感心し、その1年後には、日東社様でも、環境整備定着プログラムに取り組み始めたのです。プログラム開始にあたって、私は、日東社様でも、ノアインドアステージ様と同様に、講演をさせていただきました。講演を始める前、幹部の中には耳を貸そうとされない方が何人かいらっしゃいました。そのときです。日東社様でも、社長を務めている大西社長が、普段からは想像もできない形相で「俺がやらないと思ったら大間違いだぞ!環境整備をやると言ったらやるんだ!」と、烈火のごとく怒り始めたのでした。すごい決意表明でした。そして1年後、私が訪問させていただいたとき、日東社様は、ノアインドアステージ様と同様、人も物もまったく違う会社に生まれ変わっていました。一言で言うと、「社長のもとで自分達もやっていこう!」というまとまりが生まれていたのです。このとき、大西会長が、母校の先生方、そして、ご自分の後任である次期PTA会長さんを連れて、環境整備プログラムの現場に現れました。あれほど、環境整備の取り組みを疑問視していたお父様が、母校を良くするためにと、先生方に環境整備を見学させるまでに変わったこと、そして、その中のある先生が、「私たち教職員は、お客様という発想がなくて勉強になります」と感想を漏らしたことが、個人的にとても印象に残っています。日東社様は、マッチ、ポケットティッシュなどPR商品を、企画製造販売するメーカーです。それまでは、テニスの方にしか気持ちが向いていないと思っていた大西社長の、日東社様への本気が伝わったのでしょう。また、父・息子のオーナー会社ですから、社員もいろいろと人間関係を見ているところがあったかもしれません。環境整備の成果は目に見えて明らかでした。これも大西社長が、不退転の決意で率先して取り組むことを決めた結果でした。環境整備定着の成否を握るのは、リーダーの決定と覚悟、そして実践であること、この事実を、同社の取り組みは、明確に示しているのです。▼リーダーの決心と覚悟が社員を動かす。実践すれば、会社は変わる
社長が先頭に立てば日本一にもなれるどんな組織でも、リーダーの決定でいかようにも変わります。地域一、日本一になるのもリーダーの決定次第です。実際に、日本一になった実例をご紹介しましょう。広島県に本拠を置く、自動車メーカーの販売ディーラー、スズキフロンテ福山販売株式会社様です。同社は、それまでずっと系列のディーラー内で日本一でした。ところが社長が変わったとたん1位の座から滑り落ち、以来戻ることができません。そこで佐々木通誠社長は、何としても1位に戻ろうと決心します。この決定が重要です。2位か3位ならまあいい、と社長が決めると、二度と1位になれないのはもちろん、4位以下にどんどん落ちていきます。1位を目指すところと、1位を諦めたところとでは、社長以下全社員の取り組みが違うからです。1位に戻る決心をした佐々木社長がまず行ったのは、原理原則の確認です。根は強いか、幹は太いか、枝葉は強いか、を徹底的に見直したのです。そして、原理原則を実践しました。経営計画書をつくり、経営計画発表会も行いました。当然、最も重要な根っこの部分である環境整備についても力を入れました。佐々木社長自らが幹部と共に現場を回ります。店舗を展開するエリアが広いので、新幹線による移動も必要でしたが、1日かけて徹底的に点検を行いました。スズキフロンテ福山販売様は、自動車メーカーのディーラーですから、工場のように汚れやすいところがたくさんあります。点検は本当に大変です。しかし、佐々木社長自らが工具の置き方から古タイヤの処分まで、満遍なく点検していきました。社長は現場を知り、現場は社長の生の指導を受けます。互いに実情に沿った改善を図れますし、何よりもコミュニケーションが良くなります。物的環境整備を通して、情報環境整備も高まりました。こうして原理原則に従い、根から吸収した栄養が幹を通り、枝葉となり、最後には豊かな収穫になるよう、佐々木社長は徹底的に各所をつなげていきました。結果はすぐに出ました。何と環境整備に取り組んだ翌年に、どれほど頑張っても返り咲けなかった日本一に戻ることができたのです。それから同社はずっと1位を維持しています。「日本一」と聞くと、カリスマ社長が天才的なひらめきで経営を行っているかのごとき錯覚に陥ります。目立つことや派手なことをしなくては、日本一などなれないような印象もあるかもしれません。実際は違うのです。原理原則に基づいて、地道なことを、コツコツとひたすら徹底することで収益が上がり、日本一にもなれるのです。▼リーダーの決意と、地道なことの徹底で日本一も実現する
変わらなければ、お客様はライバルを選ぶ「やるぞ」「変わるぞ」と決心したものの、なかなか上手くいかないという話をよく聞きます。しかし、心配する必要はありません。なかなか変われないのが普通なのです。また、ここまで読まれてもなお、皆さんの中には「変わりたくない」と思われる方もいらっしゃるはずです。それも自然です。人間は元来保守的な動物です。ですから、基本的に変化を好みません。私自身、さまざまな体験を通じて原理原則を知り、変化の大切さを痛感しています。それでも、少し気が緩むと「変わらない」ことを選びそうになることもあります。まず、変わるためには、まず目的意識が重要です。変化は人間の本能に背く行為ですから、何も目的がなくて実行できるはずはありません。変わる目的は、きれいな花と美味しい実(利益)をいただくためです。いただけない状態が続くと、「あなたは、必要ありません」と市場から退場、すなわち倒産を言い渡されます。どんな会社にも、複数のライバルがいます。そのライバル各社が、日々変わっていこうと努力する中、1社だけが変わらないでいたらどうなるかは明らかです。周りが進歩しているのですから、取り残されていくだけです。現状維持でいればとりあえず今の業績が保てると思っていたら、まったくの誤りです。変わらないでいると、ライバルとの比較で相対的に後れをとってしまいます。そうすると、お客様から見捨てられます。お金を払って仕事の仕方を教えているのに、ちっとも変わらないのであれば当然です。最後は倒産です。周囲が変わる以上、変わらないというのはありえない選択肢なのです。では次に、なぜ変われないのかを知りましょう。理由がわかれば、対策もとりやすくなります。1つは、変わらない方が楽だからです。整理、整頓、清掃は、やらなくていいのなら、それにこしたことはありません。返事、笑顔、挨拶など、面倒くさいに決まっています。そう感じるのもまた自然です。変わらない方がはるかに楽なのです。楽な方を選ぶのは、人間の本能です。しかし、だから変わらなくていい、という話にはなりません。保育園児ですら、時間が来れば起きて保育園に行きます。本能に任せて、寝たいだけ寝るというわけにはいきません。つまり、本能のおもむくままに変わらない、変わろうとしない社会人は、保育園児以下ということになります。そのような人間が集った会社の存在を、いつまでもお客様が許してくれるはずなどありません。変われない2番目の理由は、失敗を恐れるからです。失敗することを考えると、どうしても現状を維持したくなるものです。しかし、本当に悪いのは失敗をすることではありません。変化をしないことです。失敗したら、やり直せば済む話です。失敗からは学ぶところも多くあります。積み重ねるうちにいろいろなことがわかってきます。そうすると、案外失敗は少なくなります。変化を積極的に受け入れる人は、経験でこの仕組みを知っています。ですから、どんどん変わり続けられるのです。変わらないことの恐ろしさは、失敗の比ではありません。一見変わらないように見えて、実は退行していることは、先に述べたとおりです。変化を阻む3つ目の要素は「抽象性」です。会社を変えようと言うときに、よく「市場の変化」「時代の変化」「業界の変化」などという言葉が使われます。これらは非常に便利な言葉で、使うと、発言や文章が重厚な感じになります。自分がいかに重要なことを考えているかというアピールにもなります。しかし、実はこれほど曖昧な言葉もありません。「マーケット・時代・業界が変化した。我々も変わらねば」と言っても抽象的で、人によって思い浮かべるものが異なります。その結果、何もアクションを起こすことができなかったり、方向性がばらばらになって、何も変わらないまま終わることになります。変化を成功させるためには、具体的に考えなければいけません。教え上手なリーダーは、例外なく具体的な言葉を使います。たとえば、「マーケットの変化」を具体化してみましょう。第1章で「マーケットにはお客様とライバルしかいない」という原理原則を確認しました。つまり、「マーケット」は「お客様とライバル」と換言できます。「マーケットの変化」とは、「お客様とライバルの変化」となります。さらに具体性を高めるために、お客様とライバルの名前を考えてみましょう。紙に書くとより具体的になります。ここでは、何十社も考えずに、最も大切なお客様と、最も手ごわいライバルを各2社ぐらい挙げるのが効果的です。すると、「マーケットの変化」とは、「絶対に失いたくない○○様の変化、手ごわい○○社の変化」というように具体的に見えてきます。顔の見える個別のお客様とライバルなら、具体的に観察することができます。観察すれば、お客様もライバルも、昨日より今日、今日より明日と変わり続けているのがわかります。先ほど、「ライバル各社が、日々変わっていこうと努力する中、1社だけが変わらないでいたらお客様から見捨てられる」と述べました。これでピンとこなかった人も、あなたのお客様やライバルの変化を目の当たりにしたら、自分も変わらなければならないと実感できることでしょう。繰り返しますが、変わりたくないのは人間の本能です。しかし、変わらないと、生き残ることができないのです。▼「変わらなくてもいい」ましてや「変わりたくない」という意思決定は、自ら「不幸な社会人人生でもいい」という意思決定をしていることに他ならない
今から、ここから、自分から変わろう世の中には、絶対に変えられないものが2つあります。過去と他人です。しかし、変えられるものも2つあります。未来と自分です。例を挙げながら解説していきましょう。過去は変えられません。起きてしまったことには手を着けられないのです。ですから、本書を読んで反省しないでください。「今までご縁のことなど考えたこともなかった」「環境整備をしてこなかった」――いくら悔いてもどうにもなりません。これからご縁を強く意識し、環境整備に取り組めばいいだけです。次は「他人」です。ここでいう他人とは、自分以外のすべての人を指します。お客様に向かって「○○社では買わないでください」というお願いはできません。同様に、ライバルに対して「○○様との取り引きをやめてくれ」と命じることもできません。相手が部下であると、つい自分が教えて変えるもの、と思いがちです。しかし、その部下も、自分で自分を変えるしかないのです。あなたは、変えられないものについて思い悩んでいませんか?過去と他人は変えられませんが、未来と自分は変えられます。手をつけるべきは、ここなのです。変えられないものは変えられないのですから、なんとかしようとするのは無駄な時間です。未来は変えられます。あなたは、未来の〝どの地点〟を変えますか?この質問は「いつから変わりますか?」と言いかえてもいいでしょう。正解は、明日でも今夜でもありません。まさに今やって来る次の瞬間から変わる、その決断こそが正しいと私は思います。今すぐがいい理由は2つあります。1つ目は、周りが変わるからです。とにかくライバルよりも先手、先手で徹底的に変わっていかなければ、置いていかれます。また、お客様はライバル以上に速く変化します。良いものはどんどん取り入れ、駄目なものにはさっさと見切りをつけます。実に厳しい目で見て、判断をくだされます。変わっていかない会社など、相手にしてはくれません。お客様は各社を比較して選択をしているのです。価格や品質、サービスの変化に実に敏感です。その感覚に後れを取っているようでは、お客様からの支持をいただくことは絶対にできません。「今すぐ」であるべき理由はもう1つあります。その方が楽だからです。極端な話、変化を始めるのは明日でも3日後でも構いません。3日間何もしなくても、当面、会社はつぶれません。しかし、〝どうしてもこのタイミングで始めないと〟というものが存在しないことに関しては、いつからにするのか決めがたいですし、後回しになりがちです。すると面倒になり、やらなくなります。ですから、「今すぐ」とすればいいのです。このようにお話しすると、「人間は急には変わらない」と反論される方がいらっしゃいます。それは事実です。しかし、それはあくまでも変化に要する時間の話です。「今、変わり始めるのは無理だ」ということではありません。時間がかかるのであれば、一刻も早く変化の実行に着手した方がいいとは思わないでしょうか。まずは簡単なことから始めるのが正しい決定です。メモをする、靴をそろえる、きちんと返事をする……。今までやっていなかったことを始めればいいのです。お客様もライバル会社も、日々変化しています。「いつか」「そのうち」などと考えていては、差は広がる一方です。変わると決めたら、とにかく早く始めましょう。もし「今すぐ」変わるのが嫌なら、考えてみてください。今すぐ変わるのが嫌なのはなぜでしょうか。いつならいいのでしょうか。おそらくほとんどの人は、どちらの問いにも答えられないと思います。ただ面倒くさいだけだからです。すぐに、という決断ができない人は、まだ「変えたくない」と思っているのです。そのまま突き進むと、悪循環にはまり込んで、抜け出るのに時間がかかってしまいます。しかし、残念ながらこれも自らの意思決定の結果なので仕方がありません。始めるタイミングは「今」「ここ」しかないのです。今すぐ、未来を変えることを決めました。では、何を変えるか。もう1つ変えることができるのは「自分」だけです。お客様、ライバル、部下、上司……他人はあなたの意思で変えることはできません。ですから、お客様に支持されたければ、お客様に喜ばれる変化をすればいいのです。ただし、現場をよく知らないで変えると、これは取り返しのつかない失敗になってしまいます。お客様に喜ばれない変化を実施したのですから、当然の結果です。しかし、恐れることはありません。現場に赴いて、起きていることを正しく把握した上で方向性を決めれば、そのような失敗はありえないからです。現状で部下が思うように育たないのであれば、まずリーダー自身が変わることから始めるのです。変化したあなたを見て、あなたの教えに気づいたとき、部下も変わります。これが「育った」ということです。
わが社の小山は、株式会社武蔵野の社長に就任したとき、幹部の質のあまりの低さに呆れて全員解雇しようとしました。しかし、仮に幹部を入れ替えても、同じレベルの人間しか入って来ない、つまり状況は変わらないと気づいたのです。そこで小山は、まず自分自身が変わるところから始めました。この決定こそが、現在の武蔵野の出発点となりました。変えられないものに手を着けて、いたずらに悩むのは、無駄です。それを仕事と勘違いしてはいけません。過去と他人は変えられませんが、未来と自分は変えられます。「今から、ここ
一倉洋先生、環境整備とのご縁エピローグにかえて、私のご縁について少しお話しさせていただこうと思います。私の父母は、戦後まもなく、生まれ育った土地を離れ、長野県南西部の八ヶ岳山麓の標高1400メートルの高冷地に入植しました。高原野菜の栽培や牧場経営などを手がけましたが、なにしろ1955年8月までは電気も来なかった僻地であり、加えて厳しい信州の気候に阻まれて挫折し、やむなく登山に来られた方向けの小さな山荘を始めることになります。農業から宿泊業へ、すなわち第一次産業から第三次産業への180度の転身です。商売を軌道に乗せるまでには相当な苦労がありました。特に母は、生まれ育った温暖な九州・天草から、酷寒の信州への入植。環境の変化に加え、うまくいかない農業、慣れない山荘の商売、電気もない中での子育て……筆舌に尽くしがたい苦労だったことと思います。父母は、必死の思いで私を含む4人の子どもを育て、爪に灯をともすような生活を長く続けながら、山荘から民宿、民宿から小さなホテルへと商売を少しずつ大きくしていきました。私は、朝は暗いうちから、夜は手許が見えなくなるまで働いていた父母の姿をつぶさに見ていました。この経験は、現在の私の仕事観や価値観にも大きな影響を与えています。四男として育った私は、大学を卒業してすぐ、両親が経営する池の平ホテルに入社します。父母が始めた小さな、小さな山荘は、このとき、すでに長野県内でも有数の規模に成長しており、大勢の従業員を抱えていました。私は、経験のない自分がいきなり経営の中枢に参画することに、正直、不安がありました。大勢の従業員の生活がかかっています。そして、父母が大変な苦労をして育ててきたホテルです。それを私の代で傾かせるようなことがあってはならない。一刻も早く力をつけなければ、と思いました。力をつけるためには、「現実」「現場」での体験が必要不可欠です。宿泊業ですから、まさに365日24時間の生々しい現場の積み重ねです。縁あって池の平ホテルを選んでくれた従業員に「ああ、二世に生まれて来なくてよかった」と思われるくらいまで、現場で汗をかき続けることがスタートラインだ――そう自分に念じながら現場経験を重ねました。現場体験と同時に大切なのが、理論です。確固たる経営ノウハウを習得し、一層、経営を安定させたい、それも若くて吸収力のあるうちにと思い、積極的にさまざまな経営セミナーに参加し、勉強しました。どれも大変に有用なセミナーでしたが、特に1986年に出会いをいただいた、一倉洋先生の「後継社長塾」というセミナーに大きな感銘を受けました。本書で繰り返し述べてきた、「社会人にとってお客様がいかに大切な存在であるか」ということ、そして、「環境整備」の重要性を、私に叩き込んでくださったのが、一倉洋先生でした。
から、自分から」変わっていくのが正しいのです。▼過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。「今から、ここから、自分から」
繰り返しを重ねれば良くも悪くも変わるいよいよ、本書の最後のアドバイスとなりました。「続ける」ことについてお話ししたいと思います。変わろうと決意し、環境整備や言語・認識・道具の共通化を始めた。けれど、「なかなか続かない」このように悩まれる方もいらっしゃるかもしれません。「続けているけれど、効果が感じられない」と思って本書を手にとられた方もいらっしゃるでしょう。薬でもダイエットでもそうですが、効果が現れないと不安に陥ったり、焦ったりします。どのようなことも、効果が現れない場合、2つの原因しか考えられません。①正しいことを、正しいやり方でしていない②効果が出るまで続けていないつまり、正しいことを、正しいやり方で、効果が出るまで続ければ必ず成功するということです。まず、確認です。正しいやり方で行われていますか?本書で解説してきたポイントを振り返ってみてください。正しいことであればそこでやめてはいけません。やめてしまえば、やらなかったのと同じになります。難しいことをしなくてもいいのです。急変しようとすると長続きしません。ひたすら地道に繰り返していけばいいのです。すぐに効果を実感できない場合がほとんどですが、挑戦している限り、ゆっくりと着実に変わっていきます。毎日の積み重ねがいつか実を結びます。変わるのは難しいものです。だからこそ達成したときの効果が大きいのです。かつて私はすごい言葉との出会いを経験しました。「人間は良いことも悪いことも繰り返せば上手になる」この言葉を残されたのは、鈴木鎮一先生です。長野県の松本でバイオリンの英才教育に長らく携わり、江藤俊哉さんをはじめ、多くの世界的バイオリニストを育てられた方です。日本よりも、海外で有名な方でたとえば、アメリカのカーター大統領が赤い絨毯を引いて出迎えたとか、イギリスの雑誌では「20世紀を作った、100人の人」という記事の中で、10人選ばれた日本人の中の一人であるなどの逸話が残っています。変わろうとして変われないでいると、どうしてもストレスになります。くじけそうにもなります。この言葉は、そういう心を勇気づけ、励ましてくれます。一方、「悪いことも繰り返せば上手になる」という部分には、ぞっとするようなすごみが感じられます。良いことを繰り返すのが望ましいのは誰にでもわかります。しかし、「悪いこと」については思いが至りません。この場合の「上手になる」というのは、程度がひどくなることです。いい加減な返事、おざなりな挨拶、曇った表情。これらも繰り返していると、どんどん習慣化してひどさが増していきます。道に落ちているゴミを拾うのか、捨てるのか、その一見些細に思える行為の積み重ねが、その人の人生を決めてしまうのです。ゴミを捨てることを繰り返して上手になっている人は、絶対にゴミを拾いません。次第に、ゴミが落ちていることにすら気づけない鈍感な人になります。目に見える形あるゴミに気づけないのですから、目に見えない人の心に気づけるわけがありません。一方、ゴミを拾うことを、繰り返して上手になっている人は、絶対にゴミを捨てません。だんだん、ゴミに気づくことも上手になっていきます。どんどん気づく感性が磨かれます。お客様の心にも、ライバルの変化にも敏感に気づく力が高まります。無意識のうちに日々行っていることが一人の人間をつくり、その集合体が1つの会社の文化をつくりあげているのです。「人間は習慣の動物である」と言われる所以です。このように繰り返しは、非常に大きな力を持っています。どうせ繰り返すのなら、良いことを選びましょう。私は、繰り返していくことの成果を自ら体を使って実演し、実感してもらうことがあります。靴を脱いで椅子の上に登ります。膝は曲げずに、体を前に曲げ、両手を下に垂らします。学校の体力測定で行った、立位体前屈を行います。指の先は、足の爪先を通り過ぎ、両手首が足の爪先につきます。私は、2009年で50歳になりました。体の機能が低下する速度は増す一方です。そこで少しでもそのスピードを遅くしようと、自宅はもちろん、出張先のホテルでも柔軟体操を欠かしません。腹筋や腕立て伏せもしています。どれも、特に難しい運動ではありません。簡単な運動を、ひたすら毎日続けているだけです。継続することの効果は大きく、最初に比べてずいぶん曲がるようになりました。正直な話、前夜飲みすぎてしまった日の朝はつらいのですが、1日でもやめたら体が味をしめ、2日、3日、1週間とさぼってしまうでしょう。そうすると、体はすぐに硬直化してしまいます。もう50歳ですから、一度硬くなると、そう簡単には元に戻りません。私は30年余り、柔軟体操という「良いこと」を繰り返してきました。その結果が皆さんに見ていただく柔らかな体です。一方、柔軟体操をやめるのは、良いことをやめる、つまり悪いことです。これを繰り返せば、悪いことが上達します。人様の前で実演などできなくなってしまいます。どんなことでも、繰り返せば上達します。そしてどんなことでも効果が見られるまでには時間がかかるものです。良いことは繰り返しましょう。やめてしまうのは悪いことです。身についている習慣の善し悪しで、どのような人生を歩めるかが決まっていきます。その差は年齢を重ねるごとに大きくなります。あなたも、良いことを続けましょう。本書をきっかけに、より良い仕事、より良い会社、より良い人生をつくりあげていただけたら嬉しく思います。▼人間は良いことも悪いことも繰り返せば上手になる。良いことを続けよう
一倉定先生とのご縁で小山昇と出会う一倉洋先生の父君は一倉定先生といい、これもまた大変に有名な経営コンサルタントです。一倉定先生もすでに亡くなられましたが、現在でも「一倉教」と言われるほど熱烈な信奉者が全国にいます。私もかねてより先生のご高名はよく存じ上げており、「いつかお父さん(一倉定先生)のセミナーも受講してみたいものだ」と思っていました。そのチャンスは、一倉洋先生のセミナーを修了した翌年の1987年に訪れました。このセミナーには、当時株式会社武蔵野の社長に就任したばかりの小山も参加していました。そこで私は初めて、小山と出会うことになります。セミナーの主題は経営計画書の作成ノウハウについてでした。このとき、小山が持っていたのが、第2章で述べたように、現在も武蔵野で使っている手帳サイズの経営計画書でした。「この人の話を聞いてみたい」。そう思って私は初対面にもかかわらず、持ち前の人懐っこさで小山に近づいていきました。そして、夜な夜な小山の部屋で、他の参加者とともに、小山の「講義」を聞きました。この当時から、小山には、〝らしい〟逸話が事欠かないのですが、そちらについては、わが社のメルマガ「『社長と幹部と社員のカン違い』から目を覚ませ!!」に譲ることにいたします(http://www.musashino.co.jp/)。とにかく、そのようにして、オーストラリアでのセミナーは修了しました。この時点で私は、まさか武蔵野に入社して小山の下で働くことになろうとは露ほども想像していませんでした。事実、それから半年間、小山からはまったく音沙汰がありませんでしたし、私も日常の忙しさにまぎれて連絡を取ることもありませんでした。普通は、そこでご縁は途切れるものでしょう。ですが、小山は違ったのです。
「ご縁」をつなげた1本の電話一倉定先生のセミナーを修了した半年後の1988年3月、1本の電話がかかってきました。電話の主は小山でした。受話器の向こうで彼は言いました。「矢島さん、これからそっちに行っていいですか?」。聞けば小山は、毎年3月になると都内のシティホテルに缶詰めになって経営計画書をつくっていました。一倉定先生は、「経営計画書は、会社の魂のようなものだ」とおっしゃっていましたが、小山は本当に魂を込めて書き、できあがるころにはグッタリしていたのです。そして、その後、東京を離れ、リフレッシュするのが習いでした。私が嫌なはずはありません。半年前、話を聞きたくて訪ねて行った相手が、今度は向こうから、こちらに「来てくれる」のですから。小山はこのとき、2泊したと記憶しています。帰り、最寄りの茅野駅に送る車中で小山は言いました。「信州の大自然の中でリフレッシュするのもいいな。矢島さん、これから毎年お邪魔していいかい?」。そして本当に、翌年の3月も小山は来たのです。しかもそれは、実に10年近くも続きました。このように、小山は一度決めたことは絶対に守る強さがあります。それが、武蔵野の成長や、小山を慕って学びたいと集まってこられる全国の経営者・幹部の方々からの支持につながっているのでしょう。小山の滞在中、私は業務の合間を見つけて話を聞いたり、教えを請うたりしていました。しかし、私だけが、一方的に教わっていたわけではありません。池の平ホテルでは、定期的に外部から講師を招いて社員教育を施していました。西順一郎先生のマネジメントゲーム研修や、ハガキ道の坂田道信先生の講演もその一つです。私はその都度、小山のところに出向き、「今度はこういう先生が講演しますよ」「こんな研修をしますが、参加しませんか」などと誘いました。小山も快く参加してくれました。こうした経験は、現在の武蔵野で開催している各種研修の基になっています。また、武蔵野が日本経営品質賞に取り組む契機にもなった南後浩先生、末松清一先生との出会いもここでありました。小山が足繁く池の平ホテルに通うにつれて、噂を聞きつけた小山の社長仲間や、一倉定先生、一倉洋先生らとご縁のあった人たちが続々と全国からやって来るようになりました。少し名前を挙げさせていただくと、長野の久保田輝男様、北海道の高橋敏幸様、静岡の佐野富和様、東京の矢澤宣志様、大阪の志村隆夫様、福岡の川本元様、秋田の金沢正隆様……。いずれも中小企業ながら、名物社長としてマスコミへの登場も多い有名な方ばかりです。私も、業務の合間を縫って勉強会に積極的に顔を出し、机を並べて一緒に勉強していたものです。余談ですが、小山は気をきかせて、オフシーズンの平日に来て勉強会を行い、お客様が増える週末には東京に帰ります。このあたりに、ずうずうしさの裏に隠れる小山の気遣いが表れていると思います。私はその頃から、現実・現場・現物を変える実務者でありたいと思っていました。そのためには異業種の、さまざまな経験や勉強をしている社長に教えを請うのが一番だと考えていました。この勉強会は私にとっては、本当にありがたいものでした。
武蔵野、日本経営品質賞とのご縁こうして、私は、勉強会に積極的に参加しては、社内にフィードバックして、組織の改善に努めてきました。勉強の目的は、ホテル経営のため。学んだことをいかに活かし、いかに会社を良くするかと常に考え、実践してきました。環境整備のために、自らカッターを持ってダンボールの蓋を取っていったのも、その一例です。入社から15年、ホテル業務はやりがいがあり充実していましたが、私は、その後、会社を辞める決断をします。悩みや迷いはもちろんありました。当時、私はすでに結婚して2人の子どもを抱えていましたし、私が辞めれば、母が悲しむことはわかっていました。会社を辞めようかどうか迷っているとき、勉強会で知り合った社長たちにも相談しました。ありがたいことに、多くの方が「それならばわが社に来てください」「人材を探している会社を紹介しましょう」とおっしゃってくださいました。小山に相談すると、彼はこう言いました。「矢島さん、あんたは2代目だし、どうせいずれホテルに戻るんだろう。するとあんたを引っ張ってくれた社長に大迷惑をかけることになる。であれば武蔵野に来なさい。俺はオーナー社長だし、同族経営でもない。うちなら、途中でホテルに戻っても迷惑はかからないよ」ハッとしました。それでなくても私は「ご縁」の1つを断ち切って転職しようというのです。さらに私の転職を斡旋してくれた社長にまでも不義理をするような真似だけは、絶対に慎まなくてはいけません。小山から、ご縁を大切にすることの重要性を改めて教えてもらったのです。小山の言葉が契機となって、私は、武蔵野に入社を決めました。1996年4月のことでした。それから、14年、現在の私は、たとえばセミナー講師として全国を回り、多くの方とお近づきになる機会をいただき、素晴らしい経営者の薫陶を得る機会をいただいています。だからといって、私は何一つとして特別なことをしてきたわけではありません。ただただ、いただいたご縁を大切し、これまで多くの先生方から教わってきた、「会社の現実、現場、現物を、お客様に喜んでいただくために、どのように変えればよいか」という原理原則を愚直に実践してきただけのことです。ご縁を大切にする気持ちを持っていたから、普通の人よりも少し上手に「今から、ここから、自分から」変わり、正しいことを続けてくることができたのだと思います。現在、武蔵野は中小企業としてはそれなりの地歩を築いたといっていいと思います。小山昇は「名物社長」として、ベストセラーを連発し、メディアの取材なども受けるようになりました。そして、経営サポート事業部を通して、300社以上の中小企業経営者・幹部の方々が、武蔵野に学びにいらっしゃいます。セミナーには、6000社が参加され、メールマガジン「『社長と幹部と社員のカン違い』から目を覚ませ!!」は、4万5000人の方々にお読みいただいています。本書の冒頭でもふれたように、武蔵野が飛躍した大きな契機は、2000年度の日本経営品質賞を受賞したことにあります。わが社に、この日本経営品質賞の存在を教えてくださったのが、池の平ホテル時代の勉強会で小山ともどもご縁をいただきました、南後浩先生、末松清一先生です。両先生は、時に徹夜までしながら、わが社のサポートをしてくださいました。そして、実に3年もの長きにわたる取り組みの末、2000年、受賞にこぎつけるまでに組織改革ができたのです。その後も、改革は続き、2004年、2009年とさらなるレベルアップを図っています。
「(武蔵野の)事業の成長力の源泉はすべての職場で徹底的に仕事のPDCAを廻していること。これらの活動を可能にしているのは、環境整備により仕事を徹底する風土と現場重視の考え方が浸透しているからである」(2009年評価レポート審査総括より)これは、社長の小山を筆頭に、わが社が原理原則に基づいて、会社を変える決定と覚悟をし、継続してきた結果です。お客様が喜ぶ方向に改革をし、正しいことを続ければ、必ず会社は変わり、成果を得ることができます。そして、このような結果をいただけたのは、もとをたどれば、すべてのご縁がつながったから、というのは、本章で述べてきたとおりです。人も会社も、単独では存在しえません。必ず誰かに助けられています。それが「ご縁」だと、私は思います。ご縁をどのように受け止めるかは、すべて自分の意思決定に基づくもの。だから、失敗も成功も、「今の自分に起きていることは、100%自分の決定」なのです。つまり、日々の自分の意思決定が、幸・不幸を決めます。であれば、あなたは、今から、ここから、何を始めるでしょうか――最後にあらためて、この原理原則を確認していただきたいと思います。
おわりに29年間、多くの師から学び、現場で実践してきた経験をもとに、より良い仕事、人生を目指す方々の助けになりたいという思いで本書を書きました。最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。日々たくさんの本が出版される中で、本書とご縁を結んでいただき、心から感謝します。朝起きたら「やるべきこと」があり、私を待っていてくれる人がいる──今の自分は、多くの恩人なくしてはありませんでした。このような幸せがあるのも、両親から生を受け、真剣に仕事に向かう姿を幼い頃から見せてもらったおかげです。ありがとうございます。そして、私が弱音を吐いたり仕事を投げ出したりすることなく、今日までやってきた理由には、身近な人たちの死があります。原理原則という形で自らを律することができるのは、志半ばで倒れた彼らの思いがあるからだと感じています。一人は、両親の入植後、寒さと極貧による肺炎で生後半年で亡くなった次兄、矢島政人です。私は、長い命を与えられています。だらしない生き方をしては、兄に申しわけが立ちません。もう一人は、従姉妹の長男、鈴木研一です。少年時代からスピードスケートを始め、長じてからはオリンピックでのメダル獲得が嘱望されるほどの選手でした。それが、19歳で白血病を発症し、「余命半年です」「お正月を越せるかどうか」といった告知を何度も受けながら、2年後に亡くなりました。無念だったことでしょう。彼の無念を思うとき、私は「自分を甘やかし、自分を不幸にする人生を断じて送ってはならない」と気持ちを新たにするのです。彼の壮絶な生きざま、死にざまは、『生への熱情〜愛息が残してくれた心の財産』という書籍にまとめられています。私だけでなく、多くの方にとって、励ましや戒めとなっています。そして、経営コンサルタントの一倉洋先生。日本の企業経営者に自覚を促す指導を通して、その志と使命を自覚した経営者と共に世の中に影響を与えて日本を甦らせたい──ずっと想い念じ続けていらっしゃった先生。先生は病魔に侵された身体をおして、20代の駆け出し経営者だった私に、さまざまな真理を教え諭し、原理原則を意識する直接的なきっかけを与えてくださいました。先生とは2年ほどのお付き合いでしかありませんでしたが、それでも先生の言葉は今でも心の箴言として、私の奥底に深く深く刻まれています。先生がいらっしゃらなければ、今の私はありません。現在のような人生を送ることもできていなかったでしょう。ありがとうございました。志半ばで倒れた先生の遺志を引き継ぐことが、私の使命である、今は、そう思っています。一倉洋先生が亡くなってから数年後、先生の教え子たちで追悼集『飛翔』をつくりました。1992年に、私がこの追悼集に寄せた文章を、転載して本書の締めくくりとさせてください。最後までお読みいただき、ありがとうございます。深謝***一倉先生の教え「だから二世は嫌いだ!」。吐き捨てるようにもの凄い迫力で叫ばれた洋先生の口からは、お客様第一主義から始まる経営者としてのあるべき姿や人間としての基盤等について、生まれて初めて聞く凄まじい言葉が語られてゆきました。私と洋先生との初めての出逢いは、一九八六年の十一月二十五日、晴海グランドホテルでの「後継社長塾」でありました。以来「想念の会」(六本木)、一九八七年九月の経営計画合宿(オーストラリア・パース)とその反省会(八芳園)のわずか四回の出逢いでありました。しかし今でも、その時々の先生の表情や一言一句が鮮烈に私の脳裏に焼付いております。「人を呪わばあなふたつ。」「情けは人のためならず。」「万事に感謝せよ。」「マイナスの想念は発信せず、プラスの想念を発信し続けること。そして〝宇宙のパワー〟に支援されるような想念・言動を続けること。その入口が環境整備・礼儀作法。これが運気を良くするコツ。」等々。そしてそれ迄の人生観を覆すようなショッキングな言葉「捨てるという事ができて経営者として半人前である。経営の世界では捨てる事がすべての出発点である。」「より多く捨てられる人程強く、捨てた量に比例して人間が深くなる。」に出逢い、愕然としました。最初は半信半疑であった自分ですが、病魔と闘いながらも正に命懸けで思いを伝えんとする先生の姿と、〝使命感〟から来る〝気〟に接している内に、先生の並々ならぬ深い愛情がひしひしと伝わって来て、思わず目頭を押さえたことが何回あった事でしょう……。あれから数年経ちますが、年をおう毎に、洋先生がおっしゃられていた事が「宇宙の原理原則」に基づいた真理であったと気づかせて頂いている毎日です。己が一命を挺してまでも、未熟な若輩者に正しい道を教え導いてくださいました〝信念の人〟一倉洋先生──二十代の後半に先生と出逢わせて頂いた事に、今もって毎朝毎晩先生の遺影を前にして衷心より感謝しております。有難うございました。合掌
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