あらゆる生き物には誘導システム、すなわち目標へ邁進するメカニズムが内蔵されている。それは目標、大雑把に言えば「生きる」ことの達成を助けるべく神の手で組み込まれたものだ。
シンプルな生命体の場合、生きるという目標は、単に個体と種の両方が肉体的に生き延びることを意味する。
人間以外の動物に内蔵されたメカニズムは、食料とねぐらを見つけ、敵や危険を避けたり打ち負かしたりして、種を存続させるという機能に限定されている。
人間の場合、「生きる」という目標は生き延びることだけではない。人間には、動物にはない情緒的・精神的な欲求がある。
人間にとって「生きる」という概念には、肉体的な生存と種の繁殖以上の意味が含まれている。「生きる」ためには、情緒的・精神的に満たされることも必要なのだ。
問題を解決し、発明をし、詩を書き、事業を営み、商品を売り、科学の新しい地平を探り、心の平穏を手に入れ、より優れた人格を作り上げている。重要なのは、このような成功へのメカニズムが誰にでも備わっているという事実を受け入れることだ。
イマジネーションは世界を支配する
春に生まれたリスには、冬の経験がない。それでも、秋にはせっせと木の実を貯え、食料が獲れない冬の間をしのぐ。渡り鳥も、巣作りや飛行を教わらない。それなのに何千キロも、ときには大海原を越えて飛行する。
天気を教えてくれる新聞やテレビがあるわけでもなく、温暖な地へ向かう地図があるわけでもない。にもかかわらず、寒い冬が訪れる時期、それに何千キロも離れた温暖な地の正確な場所を「知っている」のだ。
これを説明しようとするとき、私たちはたいてい、動物には「本能」があるからだと口にする。この本能を分析していくと、動物が環境にうまく適応する仕組みをもっていることがわかる。
いわば、動物は「成功本能」をもっているわけだ。動物は、自ら目標を選択できない。日標(自己保存と繁殖)は、あらかじめ設定されているからだ。
動物の成功メカニズムは、このあらかじめ組み込まれた目標をイメージすることに限られ、それを私たちは「本能」と呼んでいる。
一方、人間はどんな動物よりもはるかに優れていて、もっと複雑な成功本能をもっている。それは「創造的なイマジネーション」と呼ばれている。
イマジネーションを使って、人間はさまざまな目標を生み出せる。人間だけが、イマジネーションによって自らの成功メカニズムを方向づけることができるのだ。
「創造的なイマジネーション」というと、発明家や詩人などにしか当てはまらないと思われがちだ。
しかしイマジネーションは、私たちが行うすべてのことに対して創造的に働かせることができる。
いつの時代の思想家も、実務家でさえも、イマジネーションが働く理由や仕組みを理解していたわけではなかったが、その存在を認めて利用していた。
かのナポレオン・ボナパルトは「イマジネーションが世界を支配する」と語ったし、スコットランドの哲学者、ドゥーガルド・スチュワートは「イマジネーションの力は、人間の活動の源であり、人間が向上するための主な原動力である。これを失うと、人間は野獣の状態と変わらなくなる」と言っている。
現代の実業界のリーダーたちも、イマジネーションの重要性とその力を認めている。スターバックス・コーヒーの急成長に、イマジネーションが果たした役割を考えてみよう。
スターバックスのCEO〈現会長兼チーフ・グローバル・ストラテジスト〉ハワード・シュルツは、著書『スターバックス成功物語』(小幡照雄・大川修二訳、日経BP社)のなかで、イタリアの街を歩き回り、イマジネーションをとらえるものがあったと語っている。
街頭の小さなコーヒー。バーやエスプレッソ。バーには和気あいあいと人々が集い、エネルギーに満ち、ロマンスもたくさん生まれていた。
シュルツは、自ら言うように一般的な商品であるコーヒーを新しく創造する機会を見つけたのだ。彼はこう述べている。
「誰かのイマジネーションをとらえたなら、それはほかの人のイマジネーションもとらえる」いまあるスターバックスの店は、イタリア人の楽しくロマンチックな日常とエスプレッソ・バーを、街やショッピング・センターに再現しようという、シュルツの創意に富んだ努力の産物なのである。
シュルツは、こうも語っている。
「スターバックスはどの店も、顧客が目にし、耳にし、触り、匂い、味わうすべてのものの質を高めるよう細心の注意を払っている。
……あなたがスターバックスの店に近づいたとき、最初に気づくのは何だろう?・それは、ほぼ間違いなくあの独特の香りだ。
香りは五感で感じるもののなかで最も強く記憶を刺激する。だからそれは、明らかにわれわれの店に人々を引き寄せるうえで重要な役割を果たしているだが、あのコーヒーの香りを純粋なまま保つのは容易なことではない」
さらに彼は、コーヒーの香りの純粋さを第一に考えて、禁煙が一般化する前から店内を禁煙にし、またBGMも慎重に選んでエスプレッソ・マシンのたてる音や新鮮な豆をスコップですくう音がかき消されないようにするなど、さまざまな工夫についても語っている。
このように細部にまで徹底した注意を払うには、まさにイマジネーションが必要となるのである。
あなたが持っているコンピュータのような仕組みを利用する
人間は機械でもなければ、コンピュータでもない。しかしながら、人間というのは生まれながらにして超高性能で、コンピュータにも似た「成功への自動誘導システム」をもっていて、それを自在に使いこなすことができる。
脳と神経系がサーヴォ機構を働かせ、日標を自動的に追い求める機能を備えているからだ。
つまり脳と神経系が目標へ邁進するメカニズムを構成し、自動追尾式のミサイルや魚雷がターゲットを探して向かっていくように、自動的に目標を達成してくれるのだ。
一九四八年、数学者のノーバート・ウィナー博士は、こうした人間や動物における運動制御と、そのための情報のやりとりを対象とした研究分野を示すのに、「サイバネティクス」という言葉を初めて使った。
サイバネティクスという言葉は、先述したようにもとはギリシャ語で「舵取り」を意味する。サーヴオ機構は、日標を達成する方向へ自動的に舵を取ったり、外からの刺激に対して適切に反応したりする。
同時に自動的に問題を解決し、必要な答えを提示し、新しいアイディアやインスピレーシヨンを湧かせる。
私たち人間の脳と神経系を、サイバネティクスの原理によって動くサーヴォ機構の一種ととらえると、人間の行動の原因と理由についてこれまでにない知見が得られる。
この新しい考え方を、「サイコ=サイバネティクス」と名づけた。サイバネティクスの原理を人間の脳に応用したのである。
繰り返すようだが、サイコ=サイバネティクスは、人間がコンピュータだと言っているわけではない。人間はコンピュータのようなものをもっていて、それを利用できるということだ。
では、コンピュータのような機械的なサーヴォ機構と人間の脳との関係を見てみることにしよう。
成功を記憶し、失敗を忘れる
サーブォ機構は、大きく次のふたつのタイプに分けられる。
ひとつは、日標や「答え」がわかっていて、それに到達したりそれを成し遂げたりするのが目的のタイプ。ふたつめは、目標や「答え」がわかっておらず、それを探し当てるのが目的のタイプ。
人間の脳と神経系は、このどちらをも働かすことができる。
最初のタイプの例は、自動追尾式の魚雷や迎撃ミサイルだ。目標はわかっている。敵の艦船や飛行機だ。それに到達するのが目的である。この場合、ターグットが明確になっていなければならない。
また、ターグットのほうへ向かわせる推進システムもないといけない。ターグットからの情報をとらえる「感覚器」(レーダー・ソナー。熱検知器など)も必要となる。
この「感覚器」は、針路が正しくても(正のフィードバック)、誤っていても(負のフィードバック)、そのまま情報を伝える。正のフィードバックに対しては、反応しない。すでに正しいことをしているからで、それまでどおり続けられる。だが、負のフィードバックに対しては、修正装置が働かなければならない。
針路の誤りが伝えられると―たとえば右に逸れているとすれば、修正メカニズムは自動的に舵を切って左へ向ける。
直しすぎて左に逸れてしまったら、その誤りが伝えられ、右へ向かうように舵を戻す。こうして、前進し、誤りを犯し、修正を続け、ついには目標に到達する。ジグザグの経路をとりながら、文字どおり「手探りで」目標へ向かうのである。
第二次世界大戦中に目標探知装置の開発を手がけたノーバート・ウィナー博士は、これとよく似たことが人間の神経系でも起きているのではないかと考えた。
目的のある活動をするときには、いつでもそれが起きる。テーブルから鉛筆を拾い上げるといった、実に単純な動作でもそうだという考え方である。
そもそも、鉛筆を拾うために使うすべての筋肉について知っているのは解剖学者ぐらいのものだ、とウィナー博士は言っている。たとえ知っていたとしても、こんなふうに自分に言い聞かせてはいないはずだ。
「肩の筋肉を収縮させて腕を上げよう。次に上腕三頭筋を収縮させて腕を伸ばすぞ……」ともかく私たちが鉛筆を拾うという目標を達成できるのは、自動制御メカニズムのおかげであり、意思、つまり意識的な思考だけではできないのである。
意識的な思考にできるのは、日標を選び、欲求によって行動を起こし、手が常に正しい方向へ向かうように自動制御メカニズムヘ情報を伝えることだ。
「あなた」が目標を選び、それに向けて行動を起こしたなら、あとは自動制御メカニズムの出番となる。
たとえば鉛筆を拾うとき、以前に拾ったことがあるか、似たような行動をしたことがあれば、あなたの自動制御メカニズムは必要とされる反応を学んでいることになる。
次に、自動制御メカニズムが、日から脳へ伝わったフィードバック・データを利用する。日は、脳に鉛筆までの距離を伝える。このフィードバック・データのおかげで、自動制御メカニズムはたえず手の動きを修正して鉛筆へと向かうのである。
赤ん坊の場合、筋肉の使い方を覚えかけているとき、たとえばガラガラに手を伸ばすときにこうした修正のプロセスがはっきりと見て取れる。
赤ん坊には、この時点でまだ動作の参考になる情報がほとんど入ってきていないので、暗中模索をする。
ただ学習するうちに、どんどん正確になってくる。
野球でセンターフライをキャッチする行動を想像してほしい。ピッチャーが投げ、バッターが打つ。打球がセンター方向に飛んでいく。
本来ならプレーヤーは、打球の速度、方向、速度の減少率、落下曲線、風の影響などを考慮しているはずだ。
また、打球の落下地点に到達するための速さ、方向まで計算しないといけない。しかし、実際はそんなことをいちいち考えてはいない。考える余裕もない。
日と耳からのデータをもとに、脳のコンピュータが、打った瞬間に情報を選択し、保存されたデーターーフライのキャッチに成功した記憶と失敗した記憶とを比べる。
必要な計算が一瞬のうちに行われ、体の筋肉を動かす命令が下る。そうして、日標に向けて「ただ走る」のだ。
車の運転にも同じことがいえる。初めのうちは、ハンドルを修正しすぎて道をジグザグに進んでしよう。しかし、一度正しい反応を成し遂げると、それは将来利用できるように記憶される。
その後また機会が訪れると、自動制御メカニズムがこの成功した反応を再現する。このメカニズムは、どうすれば成功したかを覚えている。
成功を記憶し、失敗を忘れ、成功した行動を習慣として繰り返すのである。
答えは必ずどこかに存在している
真っ暗な部屋で、鉛筆がどこにあるかわからない状況を考えてみよう。テーブルにいろいろなものと一緒に鉛筆もあることがわかっている。
すると無意識のうちに手探りを始め、その手はジグザグの動きをして(スキャニング)、物体をひとつずつ排除し、やがで鉛筆を見つけて「認識」する。
これは、サーヴォ機構のふたつめのタイプを示している。ど忘れした名前を思い出すというのもそうだ。
脳の「スキャナー」が、正しい名前を見つけるまで記憶の中身をさぐるのである。こうした場合、まずマシンに大量のデータを入れる必要がある。
蓄えられた(記録された)情報は、マシンの記憶(メモリ)となるからだ。
ある問題が出されると、マシンは記憶をスキャニングして、やがで問題のすべての条件に合致するただひとつの答えを見つけ出す。
また、問題の一部分が与えられると、マシンはぴったりはまるレンガのようなもうひとつの「片割れ」を見つけてシステムを完成させるのだ。
新しいアイディアや問題の答えを探すのは、忘れてしまった名前を思い出そうと記憶を探るのによく似ている。
このとき、その名前が自分の記憶にあると知っている。でなければ探そうとしないだろう。脳のスキャナーは求める名前を「認識する」まで、つまり「見つける」まで、蓄えた記憶を探ることになる。
それとほぼ同じで、新しいアイディアや何かの問題の答えを探そうとするときも、答えはどこかに存在していると信じ、それを見つけようとしなければならない。
ノーバート・ウィナー博士はこう言っている。
「科学者が問題に取り組むとき、その問題に答えがあると思った瞬間に態度ががらりと変わる。その時点で、答えに至る道のりの五〇パーセントぐらいは通過してしまっているのだ」
セールスであれ、事業を営むのであれ、詩を書くのであれ、人間関係を改善するのであれ、人は何か創造的な作業に取り組むとき、まず目標を思い描く。
目標とは、成し遂げるべき目的や「ターグット」となる答えだ。それは、漠然としているかもしれないが、成し遂げられたとき、それだとわかるものである。
熱烈に何かを望み、問題をあらゆる角度から真剣に考えれば、あなたのもつ「創造のメカニズム」が働きだし、スキャナーが蓄えられた情報をスキャンし、答えを模索する。
このメカニズムは、アイディアや事実や過去の一連の体験をあれこれ選び取り、それらを結び、あなたの環境に欠けている要素を埋め合わせ、ひとつの意味のあるものに仕立て上げる。
つまり、問題を解決してくれるのである。
この答えが意識に差し出されると――往々にして、ほかのことを考えていてふと頭に浮かんだり、さらには意識が休眠状態のときに夢に現れたりするのだが――ヒラメキが生じ、すぐにそれが求めていた答えだとわかるのである。
自動成功メカニズムの五つの基本原理
不幸にも失敗するタイプの人格だと思っている人が、新しい自己イメージを生み出そうと、意思の力だけで決意したからといつて、それを得られるものではない。
これまでの自己イメージが誤りで、新しいイメージこそふさわしいと判断するためには、何らかの理由づけが必要となる。新しい自己イメージが真実に基づくものだと思わないかぎり、それを思い描くことさえできない。
経験的に言って、人は自己イメージを変えるとき、何らかの理由で自分自身についての真実に「気づいた」感触を得ている。
エマーソンは「この世には、偉大な人間もいなければ、役に立たない人間もいない」と述べている。
人に見放され、自分でも見込みがないと思っていた人間が、ある幸運な出会いをするということがある。
その人は誰にも見えなかった可能性を、その人間に見出し、本人以上にその出会いを信じ、決定的な影響を与えて、自己イメージを方向づけてくれる。
だが、こうした出会いをじっと待つ必要はない。
サイコ=サイバネティクスを使えば自分でそれができる。サイコ=サイバネティクスが語る基本的なメッセージは、どんな人も神によつて「成功するようにつくられている」ということだ。
どんな人も、自分が考えているよりも強大なパワーをもっているものなのだ。
あなたが、成功し幸せになるようにつくられているのだと考えるなら、自分は幸せに値しないとか、何かで秀でることなど生まれつき無理だとかいった、失敗が「運命づけられている」という自己イメージは、どれも間違っているのがわかるはずだ。
自動成功メカニズムを働かせる次の基本原理を頭にたたきこもう。
あなた自身のサーヴォ機構を働かせるのに、コンピュータの天才になったり神経学者になったりする必要はない。自動車を運転するために自動車を製造する必要はなく、また明かりをつけるために電気技術者になる必要がないのと同じだ。
それでも次のことは理解しておく必要がある。
(1)あなたに内蔵された成功メカニズムには、日標やターゲツトがなければならない。目標やターグットは、とにかく「すでに存在している」ものとして思い描くこと。
成功メカニズムは、①存在している目標に向かって導いたり、②すでに存在しているものを「発見」したりすることによって機能する。
(2)自動成功メカニズムは間接的に作用する。すなわち、「最終結果」となる目標に対して働きかけ、それに向かって方向づけられるものなのだ。手段がわからなくてもがっかりすることはない。目標を設定したら、自動成功メカニズムは手段を提供するように機能する。最終結果をもとに考えれば、手段はおのずとついてくる。
(3)一時的な失敗や誤りを恐れない。どんなサーヴォ機構も、負のフィードバックによって目標を成し遂げる。つまり、前進し、誤りを犯したらすぐに軌道修正を行うことで到達できる。
(4)どんな技能も、試行錯誤によって身につけることができる。誤りを犯してから心のなかで目標を修正し、やがて成功に至る。さらに学習を続ければ、過去の誤りを忘れ、成功した反応を覚えて「模倣」できるようになれば、継続的な成功が得られる。
(5)自分の「創造のメカニズム」がきちんと働くと信頼しなければならない。働くかどうか気にしすぎたり、必要以上に意識的に働かせたりしてはいけない。
創造のメカニズムは、無理やり働かせるのではなく、自然に働かせるべきものである。
信頼しなければならない理由は、創造のメカニズムが潜在意識のレベルで働き、そのレベルで何が起こっているのかは本人には「わからない」からだ。
さらに、「創造のメカニズム」は、そのときの必要に応じて自動的に働く。だから、あらかじめ保証はない。
あなたが行動し、行動によって要求が出されて初めてそれは働くのだ。保証が得られるのを待って行動するわけにはいかない。保証があるかのように行動することだ。
●注記*1ナポレオンoボナパルト…一七六九〜一八二一年。
フランスの皇帝Q砲兵士官としてフランス革命に参加。
一七九九年、クーデターによって統領政府を樹立、自ら第一統領となり、一八〇四年帝位につき第一帝政を開いた。
ナポレオン法典の編纂をはじめ、フランスの近代化に尽くした。
一八一五年、イギリス・プロイセンとの「ワーテルローの戦い」に敗れ、セントヘレナ島に流され、その地で生涯を終えた。
*2ドゥーガルド・スチュヮート…一七五三〜一八二八年。
スコットランドの哲学者。
エディンバラ大学数学教授、ついで道徳哲学教授をつとめる。
スコットランド学派。
*3ノーバート・ウィナー…一人九四〜一九六四年。
アメリカの数学者。
確率論の解析学的研究に貢献。
第二次大戦頃から、計算機械・通信・自動制御などの理論の開拓に努力し、サイバネティクス研究の中心的指導者となる。
*4スキャニング…①放射性物質を体内に入れて、その動きを撮影して行う診断法。②監視観察のこと。
*5スキャナー…テレビの走査板、走査機。人の行動などを探るテレビ装置。
*6スキャン…念入りに調べること。精査すること。
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