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五 知、行一体

明の王陽明は、知行合一を説いている。

「知は行の始め、行は知の成るなり。知行は分かちて両事と作すべからず」(知は行を予定し、行は知を前提として成り立つ。知の実現が行である。それ故、知と行は一体のものとして理解されなければならない)。

それをさらに理解させるため「そもそも知るということは、必ず行なうことに結びつくもので、知っていながら行なわないのは、まだ知っていない、ということである」としている。極端にいえば、知識を口にだして言うだけでは知っているとはいえない。たとえば、会社経営をいかに理論的に論じ立てても、経営の経験がなければ経営を知っているとはいえないということになる。

同じ経営の話をきいても、体験のある人の話をきくと「あれはほんものだ」というが、経営に本物、偽物の違いはない、体験の裏づけのあることを評価しているのである。

さらに、知だけのものと知行一体との大きな違いは、勇気があるかないかにある。知識だけでは勇気を必要としないが、知行には行なう勇気が要るということである。宋時代の話である。

宋は、北方から興った金の張大に押され、南下を余儀なくされていた。そのとき宋都を死守していたのが宗沢であった。その臣に若い岳飛という将校がいた。農民の子であったが剛弓をひき、果敢に行動してよく功をたてていた。

この青年将校をさらに伸してやりたいと考えた宗沢は、ある日、軍陣をしく方式をのべた陣図を示してこう言った。

「おまえの勇気、才能は、昔からの名将でも及ばぬほどだ。しかし、一つだけ注意したい。

おまえは、よく好んで野戦をするが、これでは万全とはいえない。これを見るがよい」と。このとき岳飛は「陣をしき、その後に戦うというのは、戦術の常であります。しかし、運用の妙は一心にあると存じます」と答えた。

戦術は方式であって、その型だけでは役にたたない。これを活かして成果を得るかどうかは、その人の心一つにかかわることで、活用しなければ、型にはなんの値打ちもないものです、という意味である。これをきいて宗沢は満足した、という。これを端的にいえば知だけでは敵に勝つことはできない。行なってはじめて知の値打ちがでる、ということになる。

よくのべることだが、創業者のすべては知行一致で功をあげている。後継者は、知だけで会社を潰している。学問では学ぶことのできない勇気に欠けているからといえよう。先年ある地方の同族会社の専務から相談を受けた。

「値上り見越しで土地を買って三年ほどもっているが、その利息と、不良商品在庫の借金利息で毎年数千万円の赤字になっている。土地は、いま売れば二億円ほどの売却益がでるが、それ以上の地価の値上りはみられない。なんとか、会社を建て直したいと思うが、どうしたらよいか」ということであらたo                          75

そこで「もし事情が許して私に一年経営を任せてくれたら、数千万円の赤字を、数千万円  一の黒字にすることができます」。

「その方法を教えて下さい」「その方法を教えることは私にはできませんし、どんな立派な経営学者でも教えられないでしょう」「それは一体、どういうことです」

「それは果断の勇気というもので、こればかりは、書物で学ぶことも人から教えてもらうこともできないことです。お宅の再建は勇気さえあれば誰にもできます。まず、土地を売って借金を返します。土地売却益で不良在庫の償却をします。それで会社の重荷はなくなり、本業の利益がそっくり計上されることになります。

土地をもっていれば、まだ値上りするかもしれない、と考えているでしょうが人口の増えない地域の地価の値上りは期待薄です。幸い値上りしても利息で帳消しされるでしょう。

また、社長が同業者の組合の理事長をしていて、土地を売ったとなると信用をおとし、名誉に傷がつくと気にされているが、倒産の不名誉を考えれば、土地売却の不名誉など些細なことでしょう」と話しておいた。

二、三日たって長距離電話が入った。「帰っておやじと相談した結果、土地を売却することにしました」と。それから約二年たつが音沙汰はない。

結果が良くて電話をかけてくれる人はほとんどない。多分成功したのだろうと私のほうは思っているわけだが、悪くすると計画倒れに終っているのかもしれない。

マキタ電機製作所の創立者故後藤十次郎氏と対談したとき話してくれた。

「昭和三十年にマキタを引き受けたが、大手会社と競合する小型モーターなんか造っていたら、いつになってもうだつがあがらないと考えて電気カンナに切り替えた。

昭和三十七年には商品在庫が山積みになってしまった。在庫整理は売る以外にない、と考え全国へ販売店を三十力所出せと指示した。抵抗が強かったが強行したおかげで翌年には任庫を一掃してしまった」等々。まさに決断経営ともいえるものである。

知ったら行ない、行なって知れ、経営の基本を知るためにも必要なことである。いわゆる、体現、体得を重んぜよ、ということである。

部下を説得するにも、体験して成果を得た人のそれには迫力がある。見聞だけの知識ではいかに名調名解であっても説得力がない。峻険をよじ登った体験者の話には引きこまれるが、映画で見ただけの人の話に感銘を受けることはない。これと同じく、実際に体験した人の話には魅かれるが、知識だけで体験のない人の話に魅かれることはない。

人を率いる場合も同じで、知恵もあり、体験のある人の命令には安心して従うことができるが、知識だけの人の命令には不平が伴う。昔の軍隊では、士官学校や大学卒業者は、見習士官といって少尉の下の位であった。二等兵から昇進していった者は歴戦を体験した者でも特務曹長が最高とされていた。見習士官より階級は下であったが兵隊は特務曹長を頼もしく考えていたものである。

「百聞は一見に如かず」という言葉はいまもよく使われている。漢の宣帝のとき、趙充国という七十才を過ぎた、歴戦の勇将がいた。

宣帝は匈奴討伐の将を誰にするか決しかねて趙充国に相談した。そのとき帝は「将軍がもし、匈奴を討つとすれば、どのような計略を用いるのか。また、どれはどの兵を用いればよいか」と尋ねた。充国はそれに答えた。「百聞は一見に如かず。百回きくより、 一度みるほうがよくわかります。およそ軍のことは、遠くからははかり難いもの。願わくは、 現地に赴いていただきたい、そこで図面を開いて説明します」と。帝はそれに従ったという。趙充国は現地の状況から屯田を上策と考え上申し、それを実行して一年その地にとどまって匈奴征服に成功したという。実践からでた計略が功を奏したわけである。知だけがあってでる勇気には少なからず危険が伴うが、知、行一致からでた勇には心配がない。部下の勇も安心感のうちにでるだけに強いともいえるのである。

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