経営者が部下を思いやり、相手の立場になることは、指導者の姿勢として欠くことはできない。
「桃李もの言わざれども下自ら曖を成す」の教えで知られる漢の李広は、匈奴制圧にも功の多い将軍であった。下賜された恩賞はそのまま部下に分け与え、飲食もつねに兵士と同じものをとり、しかも兵士全員に行きわたるまでは決して手をつけようとしなかったという。そのため部下は心から李広を慕い、厳しい命令にもよく服したという。
「李将軍は話は上手ではないが、桃やすももの花が美しく咲くのを見にくる人が多いために、その本の下に自然に細い道ができるように、将軍を慕って人々が集まる」。これが桃李もの言わざれども云々という言葉になっている。
また兵法書「呉子」で知られる呉起も、魏の将軍であったころ、つねに下っ端の兵士と同じものを着、同じものを食べ、寝るときも薦を用いず、行軍するときも車馬に乗ることなく、自分の食糧は自分で持ち歩き、苦労を兵士と同じくしたとある。
第二次大戦も終るころ私も召集されて伊豆の大島へ渡って教練を受けた。水不足、食糧難には悩まされたが、夕方、将校宿舎を覗くと食卓にはビールがおかれ、銀飯が並べられている。これでは忠君愛国を強いられても合点がいかなくなる。さて、部下の立場となるといっても部下が何を考えているのか、何を望んでいるのかを知らなければ思いやるにもやれないことになる。
部下の望むことは、第一に名利で、地位を望み、収入の多いことを願うことは誰も同じである。
第二に、生き甲斐、働き甲斐を望む。意欲的人間であれば、危険を冒しても新天地を開拓してみよう、創造的分野に挑戦してみようという意欲がある。いわば発展への自由を求めている。さらには、定年後の不安の緩和に努めることも部下の立場に通じる道である。
つまり社員の立場を思い、欲求をかなえてあげようとする心、これが″恕〃といえるだろう。それらに不満を抱いたり、かなえられなくなったりすれば、たちまち士気は衰え、もてる力さえ発揮できなくなる。
そのため賢明な指導者は希望に上限を設けていない。名利にしても最上まで得られるようにしてある。
ある国王は宰相の率いる敵に攻めこまれ亡国寸前まで追いつめられた。そこで敵の宰相に使者を送ってきかせた。
「あなたは宰相で民として最高の位にあるが、ここでわが国を攻め亡ぼせば、 功によって、その上の位が与えられるのですか」
「いや、私の上は国王であるから、どんな功をたてても国王になることは許されない」
「それではわが国を亡ぼしても手柄にはならないということになりませんか」
宰相はそのため攻撃を中止してしまったという。
功も認められず与えられもしないということになると意欲もとたんに落ちるということである。これを逆にすれば部下の意欲を限界なく認めることが士気を長続きさせる道といえるのである。
関係した会社の社長は創立者でありながら株式上場の際開放してしまい、発行株数の四%以下の持株でしかない。能ある者ならトップの座も夢ではないことになっている。誰にもな 一れることではないがトップまで出世の道が通じていることは働く者にとっては大きな魅力に Шなる。 .
客の立場になれば商売繁昌とのべたが、これと同じく社員の立場になり社員の欲求を満たすことは代価以上に士気昂揚が計られ、会社を発展に導くものである。かつてある地方で講演したあと、帰り際に質問を受けた。
「円高をまともに受けて赤字決算になりそうなので夏の社員ボーナスを出すまいと思いますが、どんなものでしょうか」
「それでは、無配転落ですね」
「対外信用も考慮しなければなりませんので積立金をくずして前期並みの配当をしようと思います」
「株主は多いのですか」
「いや、私が大部分持ち、あとは家族と親戚です」
「社員にボーナスを出さないということでは、すでに社長さんの月給は三分の一かゼロにしているのですか」
「そこまでしなくてはいけないでしょうか」
こうなると、さすがの私も二の句がつげなくなった。「然るべく、おやりになることですね」といって別れた。控え室に戻ってから主催者の人に話した。
昔、唐の老詩人曹松は、こういう詩を作っている。
「沢国の江山戦図に入る。生民なんの計ありてか樵漁を楽しまん。君にたのむ語るなかれ封侯のこと、 一将功成りて万骨枯る」(江淮の山も、川も、戦火にまきこまれ、木を切り、魚をとったりする、のどかな生活もどうしてつづけられようか。君にたのむから、功をたてて諸侯に封ぜられるなどの話はしないでもらいたい。 一人が諸侯に封ぜられるそのかげには、骨となって朽ち果てる名もない人が何万人もいるのだから)と詠んでいる。昔はそれでもすんだろうが、いまでは一将枯れても万卒を生かすということでなければ人はついてこないのではないだろうか、と。このように部下の立場を無視し、自分の利を先にしたのでは、いずれは自分の生活さえおびやかされるのではないか。
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