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二、我が社の未来を語る

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我が社の未来を語る

我が社の未来を語る

S精密(株)を一五人程の仲間と見学させていただいたのは、たしか昭和四十一年のことであった。当時の従業員は六五〇名程であった。創立以来、二十有余年、ただ一期の例外もなく三割配当を続け、躍進を続けている超優良企業である。

そのうえ、すばらしい労務管理で有名であり、その実証は同社のS専務の語るところによると、定着率は一〇〇%、出勤率は九九%という。この数字だけで充分である(蛇足であるが定着率一〇〇%、とは会社に愛想をつかして、自分の意志でやめてゆく人がないという意味である)。

見学の最後に、S専務を囲んでお話をうかがった後に質問に入った。真先に出た質問は、「どのような労務管理をしているか」ということであった。これこそ、見学者の最も知りたいところだったのである。

この質問に対する専務の答えは、『その質問には返答に困ります。というのは何もしていないからです』と言うのである。専務の説明を補足してみると、

  • ①寮や社宅はいっさいつくらない。そういうものは不平不満のもとになる(たしかにそうである。やれ畳替えをしてくれないとか、冷暖房がまずいとか、規則が厳しすぎて自由を拘束される、というような不平の起こらないところは少ないであろう)。
  • ②給食はいっさいしない(自分の食事は自分で考えよ。会社はそんな事まで面倒を見てやれない、というのだ)。
  • ③社員旅行はやったことがない(旅行がしたければ労働組合で勝手にやれ。日程だけは都合してやるし、 一人、何程かの費用の補助はする。まさにみごとな割切り方である)。

というようなことである。なるほど、世の先生方が推奨されるようなことは何もやっていない。それだけではない。

その前に、社内を巡回した時に、廊下の突当りにトイレがあり、その扉は丈が短く、日かくしの役だけで、トイレに入っている人の足は外から見えるのである。案内をして下さった総務部長の説明によると、「仕事中に、トイレに入ってサボルものがないように」このようにしたというのだ。ヒューマン・リレーションの先生が目を回すような考え方がそこにあるのだ。

表面に現われたこのような事象だけを見れば、ここの経営者は分からず屋の見本であり、時代錯誤も甚だしいと言わなければならない。ところが、この会社が既に述べたように、定着率一〇〇%、出勤率九九%というのだ。

女子社員の生理休暇は「無期限有給」になっているにもかかわらず、休暇をとるのは半数以下で、しかもほとんどの人が一日休むだけで、二日以上休む人はむしろ例外だというのだ。

後に私がこの会社のある課長さんに会った時に、『うちの会社は絶対につぶれません』と言い切ったのにはビックリしてしまった。社員のモラルがいかに高く、しかも会社に対して絶対ともいえる信頼を寄せていることがうかがえるではないか。

― いったいその秘密はどこにあるのだろうか。専務が何もしていないと言ったのは、恐らく、世の多くのエセ労務管理の先生方を皮肉ったものであろう。私もS精密の実例を見るにつけ、枝葉末節の労務管理のテクニックや施策がいかに空しいものかを、いやという程思い知らされるのである。

何もやっていないどころか、S精密ではすばらしい労務管理を行なっているのである。専務の言によると、一般に言われているような小さな労務管理は労働組合に任せている。何をやるか、やらないかは、組合の意志に任せてある。会社では大きな労務管理だけをやる、というのである。その大きな労務管理とはどのようなものかを、紹介しよう。

まず第一は、労務管理の基本はトップのビジョンである。トップのビジョンなくして何の労務管理ぞや、というのだ。これこそ、労務管理の真髄をついているのではないだろうか。S社には十年計画がある。

年功序列、終身雇備という日本独得の、そしてそれは外国人のうらやむところでもある制度のもとでは、会社の将来の業績が、そのまま社員の将来の生活を左右する。だから、社員は自分の会社の将来に、異常なまでに大きな関心を示しているのだ。

私はこのことについて思い知らされたことがある。二年程前に、私がお手伝いをしていた小さな会社で、社員募集のチラシを、新聞に折込んだところ、何と三二人の応募があった。それまでにも、何回となく新間に折込広告で社員を募集したけれども、応募者はほとんどなかったのである。大量の応募者とは、まさに異常である。

その異常の原因は、募集広告の文面にあった。それは、「有望な新製品の開発に成功したので、その増産のために増員する」という意味だったのである。未知の会社の、どんな新製品かも知らずに単なる広告だけで応募するとは、軽はずみな、あるいは誤った行為かもしれない。

しかし、私はその軽はずみな行為の中に、人間としての欲求が何であるか、社員は会社の業績向上にどんなに強い関心があるのか、いかに現在の会社に失望していて、ワラをもつかむ気持で応募したのか、を私自身の体験ともあわせて考えさせられたのである。

S専務が自己の信念と責任において、自社の未来像を明示し、先頭に立って奮闘する姿こそ、社員にとってはこのうえもなく心強いのである。

しかも、十年以上も前からこのように未来像が示され、それが着々と実現されていくのを見せられている社員が、経営者に全幅の信頼をおき、この会社こそ自分の一生を託すところである、と思うのは当然のことである。こうなってくれば、もはや表面的な労務管理の施策など社員にとってはどうでもよいのである。これこそ、労務管理の理想であると言えよう。

第二には、現在の給与の高いことである。年齢別の平均賃金は、同地区の大企業よりも高いという。

そのうえ、ボーナスの支給率は、会社創立以来二十年余りただの一度も前回の支給率を下回ったことはないということである。誠に驚くべきことである。

しかし、このような実績の裏には、血のにじむような努力があり、絶大な社会的責任感がそうさせるのである。

しかも、心憎いのは、賃金は決して高すぎない。せいせい一〇%くらいということである。あまり高すぎると、かえって従業員のためにならないというのだ。

これについて私は0社長の嘆きを思い出すのである。0社はすばらしい業績を誇っている。そこで0社長は、これも社員の努力の賜だから、これに報いてやりたいと、他社より三割以上の高給とした。ところが、かえってこれが悪かった。他社と比較して、多い分を「飲んでしまう」のである。なかにはブレーキがきかずに足を出すものもあり、出勤率が悪くなったものもいる。

0社長は、『社員によかれと思ってやったことが、逆に社員のためにならなくなってしまった。給料は、単に高ければよい、というものではないのですね。全く難しいものです。せめてもの親心として、給料用の貯金通帳を作り、これに振込むことにしています。そうすれば引き出すときに少しでも残してくれるかもしれませんから』と、私に語ってくれたのである。

S専務の考えも、恐らくこのようなものなのであろうと思われるのである。

第二には、持家制度である。労務管理で忘れてならないのは、人間的な欲求を満たしてやることだというのである。

とはいえ、人間の欲求は十人十色である。 一人一人違う欲求を、いちいち聞いて満たしてやることはできないことであるし、あまり細かく面倒をみると、これも本人の為にならない(その実証は、二、不平不満の生産者を参照されたい)。

だから、人間的欲求の最大公約数的なものをとりあげて、これを満たしてやることにしている。

それが、現在のわが国の状況からみれば「自分の家を持つ」ということだと思う。そこで持家制度を作り、これに加入すると、毎月給料から天引きして貯金をしてやり、これには銀行利子よりも高い利子を払う。

家を建てたい時には、これを担保にして、その三倍を貸してやる。基準としては、三十歳で自分の土地と二〜二部屋を持った家を建てられる額としている、ということである。

専務は、『うちでは、三十歳になっても自分の家を持てないやつは肩身が狭いのですよ』と言って笑っていた。自分の心掛けの悪さを証明していることになるからだという。

その他にも、最近は中卒の採用を止めているが、それ以前に中卒で入社したものは、会社の費用で定時制高校に通わせて、全員高卒の資格をとらせている。全く、大きな労務管理は完璧とも言える程である。これでは、いやでも定着性がよくなるはずである。

この専務にも労務管理上の悩みはないか、という質問に対しては、『社員がやめないことが悩みの種です』という返答である。何というゼイタクな悩みであろうか。

その意味は、指定校が二十余りあって、毎年採用希望人員を知らせると、その数倍の応募がある。その中から試験をして採用するけれども、やはり「カス」がいる。こういう社員には、退職してもらいたいのだけれども、退職するものがいない、というのだ。

いつも採用希望の数倍の応募、試験をして採用・定着率一〇〇%で、ゼイタクな悩みをもつS精密。現実に存在するこの会社に、われわれは学ばなければならないと思うのである。労務管理の本質は何であるか、ということを。

― これに対して反論もあろう。会社の業績がいいからそういうことができるのだと。しかし、これは負け惜しみである。というのは、S専務の経営に打ち込む姿勢はまさに真剣そのものであり、頭の下がることばかりなのである。

例えば、この会社の技術系の課長でさえ、バランス・シートが読めるのである。経営者でさえ読めない人が少なくないというのによくそこまで教育したものだと思う。

また、ある協力工場の経営者は、『私どもは、いろいろの面倒をずいぶん見てもらっています。特に敬服するのはお願いをしたことは、必ず三日以内返答がもらえることです』と言っている。

最近のS専務は、「今こそ年功序列型賃金を強化すべきである」という主張をしている。

それは、『最近の賃金の上昇傾向は、若年層が高く、中高年層に低い。考えてみると、会社のためにいちばん骨を折り、屋台骨を支えているのは、それらの中高年の人々だ。

ところが、それらの人々は、家族も多く、しかも子供の教育に金のかかる時代だ。それらの人々の賃金があまり上がらず、生活が苦しくなってきている。

それらの人々に後顧の憂なく、会社のために働いてもらうためには、もっと賃金をたくさんとれるようにしなければならぬ。そのための年功序列賃金の強化が必要なのだ』というのである。

S専務が、いかに社員のことを考えているかが、このことだけでよく分かるではないか。

私は、S専務と二人だけで、S精密の応接間で三時間話し合ったことがある。その間、誰一人として指示を受けに来る者もいなければ、「ハンコ」をもらいに来る者もいなかった。

ただ一回、分工場から電話があり、一分足らずの話で終ってしまったのである。

専務いわく、『僕はワンマンである』と。何とみごとなワンマンではないか。日常業務はほとんど完全に任せている。

専務の仕事は、企業の将来に関する方向づけと決定であり、これは誰にも任せず、まさにワンマンの責任において決定しているのである。私はS専務に「経営者の理想像」を見るのである。

この次は俺の番だ

L社は、給油所(ガソリン・スタンド)を二十程持っている石油販売会社である。

L社の属している石油元売業者の系列中で、売上高では最近ベスト・テン入りしたくらいであるが、収益ではおそらく首位であろう。

そのうえ、すばらしい成長力で、二〜三年後にはベスト・ファイブ入り、さらに二〜三年でベスト・スリー入りをするのではないかと思われる程である。

地方都市なので、 一給油所当りの自動車保有台数は、東京より遥かに少ないにもかかわらず、東京の一給油所当りの売上高より高いのである。

この業界は、労働条件が悪いので、 一般には定着性が悪いのであるが、L社の定着性は非常によい。

急成長会社なので、絶えず増員しているけれども、スカウトの専任者がいるわけでもなし、募集に特別の努力をしているわけでもない。

総務課長の話によると、『必要な時には、新間に募集広告をするだけで、だいたい充足できますよ』とこともなげに言ってのける。社長は、『充分という程ではないが、特別に不足して困る程のことはない』と言う。驚きであるその秘密は何であろうか。

社長の言によると、その原因は、「高賃金」であるという。『よその会社は、なるべく低く押えようとしている。世間相場を見ながら、仕方なしにベース・アップをしているようなことで、社員が居つくはずがない。うちは世間より常に一歩先がけて昇給をしている。

これが定着性がよい原因だと思う。しかし、実際のところ、他社に先がけての昇給は容易なことではない。いつも、今までと同じことをやっていたら赤字になってしまう、と思う。

いやでも、いままでよりも厳しい要求を社員にするようになる。年々厳しくなる私の要求に、社員はよく応えてくれている。しかも、私の要求が厳しくなればなる程、定着性はよくなってゆくのです』という社長の言である。

なる程、社長の掲げている売上目標は非常に高いのである。

社長の言は、定着性のよい原因の一つを言っているのであって、それが全部ではない。単に賃金ベースが高い会社なら、私は幾つも知っているけれども、必ずしも定着性はよくないからである。私の見る原因は別のところにあるのだ。

それは、社長が絶えず未来を語っているところにあるのだと思う。私と話をしていても、社長の話題は、大部分自社の未来のことなのである。「労務管理の基本はトップのビジョンである」というS精密の専務の考えと、ピタリと一致するのである。

未来を語るだけではない。語ったことが着々と実行されてゆくのである。だから、社員は社長を信頼し、懸命に働く。そのうえ、楽しみがもうすぐ手の届くところにある。それは給油所長のポストである。

今年の給油所新設は三カ所で、それはどことどこと、どこだ。そして、その責任者には誰がなる。来年は四カ所新設で、どこそこである、というようなことを、社員はよく知っている。

そして腹の中で、俺はいつ頃には給油所の所長になれる。頑張れば、もっと早まるかもしれない、と思っている。そして、給油所長になった時には、恥ずかしくない成績を上げなければならない。今から勉強をしておかなければ、という意識が相当強いのである。

給与が高くて将来に楽しみがある。これで勤労意欲が高まらず、定着性が悪いはずがないのである。

一国一城の主になれる

N製作所は社員二十名程の小企業である。しかし、業績はなかなか良く、しかも安定している。仕事は小型の自動旋盤で部品加工をしている。吹けば飛ぶような感じではあるけれど、どうしてどうして、山椒は小粒でもピリリと辛いのである。

この人手不足時代に、人手不足を知らず、たくさんの外注工場をかかえて、ひとかどのボス企業なのである。

N社長の方針として、会社はこれ以上大きくしない。増大する注文は、すべて外注で賄うというのである。外注工場は、すべて、かつてはN社の社員だった人がやっている。

というのは、N社長は社員に対して、いつまでも人に使われるな、独立せよ、 一本立ちできるだけの腕を身につけたら独立するのだ、その時は機械は貸してやるし、仕事は責任をもって回してやる、と言っているのだ。

N製作所の外注工場群は、このようにして独立した人たちによってでき上がったのである。だから、人間的にも仕事のうえでも、深いつながりがあり、小なりといえども強固な企業集団を形作っているのである。

人間誰しも人に使われたくない。といっても、独立することは容易なことではない。だから心ならずも人に使われているという人々が非常に多い。

特に、学歴のない人にとっては、特別に秀れた能力でも持っていない限り、下積みで終ってしまう公算が多いのだ

そのような人々にとって、腕をみがきさえすれば小なりといえども一国一城の主になれるとするならば、これは大きな魅力である。

N製作所は、このような人々の望みをかなえてくれるところなのだ。だから、独立した社員の後がまには少しも困らない。いつでも予約があるのだ。

そのうえ、社員の不平不満などないし、やっかいな労働問題はいっさい起こらないのである。こうして、この企業集団はそれぞれの生きがいと、それぞれのささやかな満足感を得て運営されているのである。

しかし、世の中はよいことばかりあるのではない。景気が悪くなって仕事が減ることもある。そのような時にも、団結し、お互に譲り合って苦境を乗りきってもらいたいものである。

僕は株主様だ

S酸工のS社長と知りあったのは、昭和四十年の秋であった。私が講師をつとめた、あるトップ・セミナーに参加されたのである。

夜、私の泊っている部屋に遊びにきて、いろいろな話を私に聞かせてくれた。その話の中に、S酸工の社員持株制があった。それは次のようなものであった。

三年前、創業間もない時期であり、社員は僅か六名しかいなかった。創業期の苦しい時代を安給料でがんばってくれた社員である。そのような人々に何とか報いる道はないかと考えた。いくら利益を出しても、その半分は税金として消えてゆく。

それならば、利益は減っても、給料を上げたほうがよい。といって、単に給料を上げるだけでは、それだけの意味しかない。何とかもっと有意義なやり方はないか、とあれこれ思案の末、株を持ってもらったらいいという結論に達したのである。

そうすれば、社員は同時に株主であり、業績が上がれば配当がもらえるからだ。そこで、社員を集めて以上のようなことを説明し、給料をたくさん出すから、その分貯金をしておいて、その金で、会社の増資の時に株を買ってもらいたい、と要望した。そして社員の賛同を得た。社員は毎月一万円の貯金。社長は五万円の貯金をした。

このようにして三年たった現在では、この分だけの増資が六百万円にも達したというのである。その結果は、社員は実によく働く。目標さえ示しておけば社長の仕事はない。こうして、三日でも四日でも会社を留守にしてセミナーに参加しても、何の心配もない。

現在、社員は十二名に増えた。新しい社員も株主になるための貯金をしている。というような主旨であった。

それから一年後に、S社長に乞われてS社の社員のセミナーを行なった時には、社員は二十名以上になっていたのである。小なりといえども、このような社長をいただくS社の社員は幸せである。

社員持株制では、ビル建築下請のK工務店もそうである。社員は二十名程である。

普通、建築関係の技能労働者は、ボーナスがない。けれどもK工務店では、年二回のボーナスを支給している。ただし、その一部は話合いの結果貯金しておき、定期的に株に振替えている。そのせいか、勤労意欲が非常に高いという。

K社長の話によると、社員は実によく働くという。五十歳を過ぎた人までが、頼みもしないのに、工事現場に泊り込んで仕事しているというのだ。だから、同規模の同業者が三カ月かかる仕事をニカ月でやってしまうという。こうなると、親企業の信用が厚くなるし、頼りにされる。

建築は、それが営業用のものである時は、完工時が決まっている。落成式の日取りも、テナントの開業日も決まっている。 一日の遅れも許されないのである。

しかし、建築、特に大きなビルなどでは、工期も長いし、非常にたくさんの業種や下請、下職の有機的な連係のもとに工事が進められる。

それだけに、思わぬトラブルや支障が発生して工事が遅れる。これを取り返さなければ建築業者の信用は全く失われてしまう。だから、工事の遅れを取り返すことは、金銭や損得の問題ではない。信用の問題なのである。

このような時に、K工務店の短い工期が威力を発揮する。そして、時間をかせぐ代償として、有利な価格で仕事がとれる。親企業としても、いざという時に、頼りになるので、常時優先的に仕事を与えている。このようにして、K工務店には仕事のない時はほとんどなく、しかも高い収益を確保できる。この高収益が年二回のボーナスを可能にし、安定した配当になるのである。

中小企業の社員持株制度について、その是非がいろいろ論ぜられている。私は、その是非を決めるものは、経営者の姿勢であると思う。

この二つの例にみる経営者の姿勢は、ともに立派であり、それだからこそ持株制度が生きて、会社の業績向上と、社員の利益を実現しているのである。

経営者の姿勢とは、私心がないとか、従業員の幸福を考えるとかという精神的なものだけではない。安定的な配当……中小企業の場合は三割配当以上……という実際のメリットを生み出さなければならない。

そのうえ、次第に持株を増やすことを社員の負担なしで行なうことが大切であり、退職時の買い戻しまで配慮してやらなければならない。さもなければ、持株制度は有名無実なものとなってしまうであろう。

もしも、経営者の姿勢が正しく、持株制が計画的に推進されるならば、以上に上げたほかに資本蓄積が確実に進められ、企業体質強化にも大きく役立つのである。

未来を語ることこそ労務管理の基本である

経営者が社員に最も期待することは、能力もさることながら、何といってもク勤労意欲が高く、情熱をもって仕事に打ち込み、定着性のよいことクであろう。社員を、このように動機づけることは、長い間の経営者の重大な命題であり、深刻な悩みでもあったし、これからもそうであろう。

このような命題に対して、ゴマンといろいろなことが言われてきた。また、言いつくされたかの観がありながら、あまりというよりは、むしろ少しもその解答になっていない、と言えよう。いったい、これはどうしたことなのであろうか。この疑問に答えるのは、難しい。しかし、その理由は意外な程簡単なのである。

それは、今までの考え方が本質をついていない、ということである。経営学と称する管理学(これは私の主張)の中で、この命題は最もしばしば、最も多くの人々によって論ぜられてきたし、今でも論ぜられていながら、これ程までに効果が上がらないのは、それらの論拠が本質をついていない、としか解釈のしようがないではないか。それらの論議は、言いつくされたように見えながら、その実極めて片寄ったものでしかないのだ。その中味は、四十年前に主張された、エルトン・メーョーの″ホーソン効果クを繰り返し、繰り返し、手を換え、品を換え、人を換えて論じているにしか過ぎないのだ。

その主張を要約してみれば、勤労意欲を向上させるには、人間的な欲求を知り、これを満たしてやることだ。その欲求とは、自分の仕事にやりがいを感じ、自分の能力を発揮できることである。さらに、日標や計画を立てる時には、これに参画させることだ、というようなことになる。いずれも、もっともなことであり、またそれなりの効果を上げてきたことも事実である。

しかし、このような主張は、何と片寄った、何と次元の低いものであろうか。むろん、このようなことは人間的な欲求の一部であることは疑いもないかわりに、あくまでも、ごく一部でしかも次元の低いものでしかないのだ。それを、あたかもモラル向上の決め手であり、これ以外にはないような言い方をするから物事がおかしくなってしまうのである。

このような主張をなさる先生方は、このような考え方が企業体内に導入されて、現実にどのような効果を発揮しているかを、観察したことが一度でもあるのだろうか。もしも、虚心に観察したならば、その効果の少なさに疑間を起こすはずである。さらに深く観察したならば、意外なところで、意外な副作用を起こし、これが企業にとってマイナスになるだけでなく、いかに人々の不満を助長させているかを知るはずである(その実証の一端を、次章で述べる)。

従来論じられている″人間的欲求´なるもの、つまり仕事にやりがいを感じたり、計画に参画させたりすることは、あくまでもク仕事の欲求クの充足であり、それ以外の何物でもない。人間はク仕事の欲求クの満足だけで、はたして仕事に情熱を打ち込むだろうか。人間とはそんなにも単細胞なのだろうか。こんなことにゴマ化されて懸命に働くほど程度の低いものだろうか。

私はこのようなク人間的欲求クの充実を唱える人々の意識の裏に「クブルー・カラークという程度の低い人種は、こういうふうに取扱えばよく働く」という人間蔑視の思想が隠されている、とさえ思いたくなるのである。というのは不思議なことに、人間関係の理解者、権威者を自称する人ほど、インギン無礼で、そのくせ尊大で、陰険で、鼻もちならず、他人の立場など考えず、人々に嫌われているからである。それはおくとして、ク仕事の欲求″のみしか説かれていないのは何故であろうか。

その理由はクアメリカの直輸入品″だからである。アメリカの労働者にとって、企業とはク働いて収入を得る場所´であって、それ以外の何物でもない。だから収入さえよければそれでよい。そのためには、わが国ではとても我慢のできないような悪い労働条件のもとでも我慢する― ‐私の先輩がアメリカの工場を見学した時に、バフエがそれこそ全身まっ黒に汚れながら作業しているのを見て、日本人にはとても我慢できない、と思ったという話を聞いたことがあるのだ。― ‐

企業に対する自分との一体感がないから、会社の業績がどうだろうと、それは自分の収入の関連で関心があるだけだし、もしも、もっとよい収入が得られる会社があれば、さっさと転職してゆく。もともと、会社の将来の運命に関心のない人々に向って、トップのビジョンを説いても、全く意味がない。だから、ク仕事の欲求が何か″を研究し、これを満たしてやることによって動機づけを試みるより外に方法はなこれが、アメリカ式の人間関係や労務管理には、ク仕事の欲求クを満たしてやる思想しかない理由なのだ。

これに反して日本人は、自己と企業との一体感を持っている。ハーマン・カーンの言によると、「日本は、企業に関係のある誰も― ‐経営者・労働組合・消費者・家族・一般大衆― ‐が企業の成功はすなわち国の成功であり、自分たち自身の成功である、とみなしている世界で唯一の国である」(「超大国日本の挑戦」)ということなのである。

アメリカと日本は、このようにその土壌が全く違うのである。この違いを知らずに、アメリカで言われていることは何でも正しいし、それが日本にもそのまま当てはまる、という観念にこり固った観念論の先生方によって輸入され、そのまま日本の企業に押しつけられているのだ。まったく迷惑千万な話である。

日本の土壌― ‐終身雇備、年功序列による企業と個人との一体感― めもとでは、企業の将来の運命と自分の将来の運命が密接不離の関係にある。

ところで、人間的欲求の最も根底をなすものは、仕事のやりがいや参画意識ではない。それは、 一生を通じての生活の安定と向上である。これが″将来への欲求クである。

ク将来への欲求″が達せられる可能性がなければ、いかにク仕事の欲求クが満たされようと、人間は本当に仕事に情熱を感じてこれに打ち込むことはしないのである。将来がどうなるか、まるっきり分からないでは、不安で仕事どころではないのだ。これは本能である。

今働いている会社で一生を過ごすのであれば、会社の将来こそ、最も重大関心事である。だから、その会社を経営し、自分達をリードしてくれる経営者が、どのような姿勢で経営に取組んでいるか、将来どのような会社にしようとしているか、このことこそ、社員にとっては最も知りたいところである。それが何であるかが分からないのでは不安でしかたない。経営者がこれを示さなければ、不安から、或いは本能的に経営者の姿勢や力量を感じとって、より将来への期待が持てる会社へ移ろうとする。

アメリカの労働者は、よりよい収入を求めて転職し、日本人は、よりよい将来を求めて会社を変わるのである。

従業員の将来の生活の安定と向上まで責任を持たなければならない日本の経営者は、社員の現在の生活だけの面倒をみればよく、不況になれば一時解雇してその間の当人の生活は国で見てもらえばよいアメリカの経営者に比較すれば、遥かに重い社会的責任を負っていると言えよう。それだからこそ、日本の経営者はその負っている外国にも比を見ない重い社会的責任を果たすために、死にもの狂いで経営をしなければならないのである。

そのために必要な社員の協力を得、懸命に働いてもらうためにも、自分の持っている経営理念を明らかにし、それを具体化するための自社の未来像を明確に掲げ、社員に周知徹底させることが大切なのである。

S精密の専務が、「トップのビジョンなくして何の労務管理ぞや」と喝破しているのこそ、正鵠を射たものと言えよう。

この章で上げた幾つかの実例は、S専務の言を裏付けするものであろう。それには、それぞれの経営者の考え方や行動は違うけれども、その根底には、いろいるの意味で社員の将来を語り、これを実現してゆくという共通の思想と行動があることに注目していただきたいのである。

労務管理のいろいろな小手先のテクニックや、キメの細かさなどは、枝葉末節論であって、そのようなものだけで労務管理がうまくいくと思ったら、とんでもない間違いであることは、そのようなことを行なった経営者であるならば思い知らされているはずである。真の労務管理があれば、そのような枝葉末節はどうでもよいのだc

深く人間性に根ざし、人間の本当の要求― ‐将来への欲求― ‐を知り、これを満たしてやらなければならない、という使命感を持った経営者こそ、優れた経済的成果を上げられるのである。この使命感がなければ、社員の心からの協力は得られないだけでなく、経営を真剣になって考えているとは言えないであろう。

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