ランチェスター戦略とは
ランチェスター戦略というのは、「戦闘の科学」ともいえるものであって、「どうしたら敵に最大のダメージを与えられるか」という軍事的な要求を満たすための戦略のことである。
この戦略を創始した人は、イギリス人でF・W・ランチェスター (フレデリック・ウィリアム・ランチェスター)といい、一八六八年生れ、一九四六年(昭和二十年)死去した人である。初めは自動車工学のエンジニアであったが、後に航空工学のエンジニアに転身した。
第一次世界大戦が勃発し、彼は専門の航空工学面から空中戦の資料を研究しているうちに、航空機よりも空中戦の勝敗のほうに興昧を移し、一つ一つの空中戦における両軍の飛行機の数と撃墜された数との関係の計量的な研究に乗りかえてしまったのである。乗物の技術者だけに乗り換えが得意だった。後には空中戦だけでなく、数々の地上戦闘まで研究範囲を広げていった。
それらの研究の結果、そこには双方の飛行機数や兵力数と損害数との問に数式化できる法則があることを発見したのである。
この法則が、後に「ランチェスターの法則」と呼ばれるものである。これは、単に「戦闘の科学」だけというのにとどまらず、企業における「販売戦」においてもこの法則が適用されるということが明らかとなったのである。
それは、あらゆる商品ー個別生産品・多量生産品・装置生産品を問わず、大企業・中小企業・零細企業の別なく、いやしくも「販売」(サービス業も) である限り、すべてに適用できるという極めて普遍的なものである。
かくいう筆者も多くの会社でランチェスター戦略を使っているが、その経験を通じていえることは、これなくして販売戦に勝利を収めることは極めて困難だということである。
このことは、ランチェスター戦略が知何に優れたものであるかの実証である。
さらに、この戦略の効果に輪をかけるものが各会社で、特に中小企業では全くといっていいほど販売戦略を持っていない点である。I社の社長のごときは「全く無人の野を行くようだ」とさえ云わせたほどである。
この会社の場合などは、No. 1は大企業だったのである。たとえ相手が大企業であろうと、こちらが戦略を持って立向かうと、意外なほどのモロさを見せることをI社の場合以外でもしばしは私は経験している。「大企業恐るるに足らず」というのが私の実感である。
ましてや中小企業などは、相手から攻撃を受けると全く何のなすすべもなく右往左往するばかりという会社が大部分である。
このよう立状態の中に、戦略を持った会社が生れたら、どういうことになるだろうか。I社長の言のごとく、無人の野をゆく、ということさえ起るのである。
たとえ、それほどでないにしても、確実に占有率を伸ばしていくことは間違いないのである。
その戦略は、決して難しいものでも複雑なものでもない。極めて簡単な法則に基づき、自らの会社の戦力ーたとえそれが小さなものであろうともーに応じた作戦が可能なのである。というのは、セールスマン一人、いや社長一人からでも作戦を開始できるからである。
そこに戦略理論で武装した強昧があるのだ。社長たるもの、この理論を身につけないという法はないではないか。ただし、只一つの条件がある。
その条件というのは「社長自らが陣頭に立って指揮する」ことである。
「販売なくて経営なし」、事業経営の最重要活動を社長が自ら指揮しないというのでは、いかに優れた戦略であろうと、それは絵にかいた餅にも等しいものになってしまうのである。
販売戦の先頭に立たない社長こそ、怠慢社長の最たるものと云われでも仕方がないのである。
「ランチェスターの法則」の面目は何か
ランチェスターの法則は、あくまでも実戦のデータから得られた「戦闘の法則」である。そして、その法則を逆に実戦に応用して所期の戦果をあげたという実績に裏付けられた戦闘法則そのものである。
つまり、「知何にして敵に勝つか」という戦闘の基本原理であり、競争の理論である。
日本人には、この理論づけがなかなかできない。誰かがもしも理論づけをすれば、「戦いは理屈通りいくものではない」と頭から否定して、その人聞をむしろ軽蔑するのが日本人である。
日本人の得意とするところは「敵は幾万ありとても・・・・・・」であり、「断じてこれを行なえば鬼神もこれを避く」である。そして最後は神仏の加護という神風精神だから始末に負えない。
それが、販売戦においては多くの会社に見られるセールスマンを対象とした「販促スローガン」となり、毎朝「エイ、エイ、オー」という奇妙な絶叫ということになっていく。阿呆らしくて話にも何もなったものではない。こんなことで販売実績が上がるとでも思っているのだろうか。
こうしたことは、実は「どうしていいか分らない」ところから出てくるアセリにしか過ぎないものである。
それというのも、販売戦というのはセールスマンとセールスマンとの競争であると思いこんでいるところにある。セールスマンが主役だから社長はセールスマンの心得を説くだけに終り、セールスマン個人の能力こそ決め手と錯覚し、優秀なセールスマン、優秀なセールスマネジャーを欲しがるようになってしまう。
むろん、優秀なセールスマンやセールスマネジャーは大切ではあるが、だからといってそれらの人々の能力にだけ頼っていたら、近代販売戦に勝つことなど夢か幻である。
近代販売戦というものは、市場原理ーつまり競争原理に基づき、社長自らの販売戦略による科学戦と人的能力とを有機的に組合わせた総合戦なのである。
その総合戦における科学こそランチェスターの法則であり、これを知らずに戦いを進めるのでは、所詮勝ち目はないのである。
とはいえ、ランチェスターの法則は競争の法則の総べてではない。その上、数々の非現実的な前提条件や制約があることを心得ての上で駆使するものである。
しかし、これらの前提条件や制約は、いささかもランチェスターの法則の価値を落とすものではない。
それどころか、非現実的なるが故に極めて現実的であり、制約があるからこそ本当の意昧で実戦に役立つものなのである。ここに、ランチェスターの法則の面目があるのだ。
ランチェスターの法則の非現実的な前提条件というのは、「両軍の武器効率は同一である」というものである。
こんなことが現実にあるわけがない。武器効率だけではない。武器を使いこなす技伺も同じということはあり得ない。
補給修理、修復力などは戦闘能力に大きな影響を及ぼす。第二次世界大戦におけるドイツ軍の機関銃などは完壁な互換性をもっていた。どの部品をどの機関銃に使ってもドンピシャリ、完全に機能したのである。
それは、ドイツ陸軍の機関銃製造工場の認定法にあった。百丁の機関銃を試作させ、それをネジ一本まで完全分解し、その部品をゴチャゴチャに混ぜてしまい、改めて組立てて百丁のうち三丁が試射の基準に合格しない場合には、その工場に発注しない、という厳しきだったからである。
タクトシステムとDIN(ドイツ工業規格)で培われた大量生産精密工業の威力だった。
閑話休題、話をもとにもどそう。
戦いというものは、作戦計画、指揮官の統率力、決断力、兵力、武器効率、技価、補給力、志気など、様々な戦闘要素の総合発揮で決まるものだ。それらを一切無視して数量だけを取上げての数量法則なのである。質的な条件は一切無視しているのである。
こんな乱暴な理論はあまり例がないかも知れない。もしも日本人がこんな理論を発表したら、恐らくは一笑に付されて誰も取りあげないに違いない。
日本人という人種は、同じ日本人の理論に対しては、重箱の隅を楊子でほじくるようなことをやって、取るに足らない欠点を探しだし、これで全体を否定しようとする始末に負えない狭量人種だからだ。
ランチェスターの法則が日本人によって提唱されたのではなかったことは幸いだった。西欧人はランチェスターの法則の真の価値を認めて、これを第二次大戦に応用して戦果をあげているのだ。
日本人には、この基本法則ー数量法則の分らない人が多すぎる。それは、我国の戦いの歴史にあるのかも知れない。
古くは「元冠の役」から、「日清戦争」「日露戦争」において、大国と戦って勝利を得たことによるところにあるのだと私には思われる。
そうでなければ、「太平洋戦争」という大国アメリカと戦って、文字通り完膚なきまでに叩きのめされてしまうという大無謀、大誤算などおかす筈がないのだ。
日本人の数量無視は、販売戦においても恐ろしいほどの無智ぶりをさらけだしている。
少数精鋭主義なんていってみても、勇ましいだけで「少人数でやる」程度のお粗末極まる内容しか含んでいない。当然のこととしてセールスマンの人数など全く意に介せず、販売戦に敗れて我社を苦境に陥れていることなどご存知ないのである
多くの会社で使われている「セールスマン一人当り売上高」という物差は、「高いほどよい」という全くのトンチンカンぶりである。
われわれは、数量法則を無視した販売戦などあり得ないことを、よくよく肝に銘じていなければならないのである。それを、ランチェスターの法則は教えてくれているのである。
しかし、それは戦いにおいては質的条件などどうでもよいという意昧では決してない。それどころか、もしも戦いにおいて勝つための数量法則が満たされていない場合には「どうしたらよいか」という作戦ーつまり質的条件を同時に教えてくれるものでもあるのだ。
それだけではない。もっと大きなメリットがある。
戦いというものは、量的条件と質的要因の掛け合わせである。
ところが、この二つを同時に考えた場合には、様々な変動要因と波及要因が複雑にからみあって考えきれるものではない。
そこに、指令官として最も戒めなければならない「鴎踏濯巡」が生れる危険がある。これほど恐ろしいことはない。
このような時にランチェスターの法則は絶大な威力を発揮する。というのは、「数量に関することはランチェスターの法則で割りきってしまい、質的な要因だけを考えればよい」からである。
実戦にとってこれほど有難いことはない。質と量との無限の組合わせを考えることなど全く不可能だからだ。
それを、量と質を切放して考えればよいのである。
質的な条件を無視するという非現実的な法則が、実は最も現実的な法則になっているのである。だからこそ実戦で縦横に駆使できるのだ。
質と量を同時に考えているのでは、優れた戦略などいつまでたっても生れないことを知らなければならないのである。
次にランチェスターの法則の制約はそれが、「個々の戦闘にのみ適用される」ということである。つまり、一つ一つの戦闘lー局地戦のみに限定される法則であって、「総合戦」の法則ではないということである。
このことが、また素晴らしいメリットを持っている。
戦いというものは、彼我の総合戦力の分析と総合の上に立っての「総合戦略」の樹立がまずなされなければならないのはいうまでもないが、個々の戦場における状況分析と判断が的確にできるほど、総合戦略がたてやすいだけでなく、優れた戦略が生まれる。
その個々の戦場における正しい状況判断が、ランチェスターの法則によって極めて簡単に、しかも短時間でできるのであるから、こんなに有難いものはないのである。
もう一つの大きなメリットは、局地戦の法則なるが故に、総合戦力では劣っていても、一つ一つの戦場においてはランチェスターの法則を適用して敵に勝つことができることである。
つまり、弱者が強者に勝つ道、寡で衆を撃つ方法を知ることができるのである。ひいては小さな会社が大きな会社と戦って勝つ可能性を見つけだすことができるのである。
小さな会社は、好むと好まざるとにかかわらず、大きな会社と戦わなければならない。特に市場の成熟や不況期においては、大手が小さな優良会社を狙って、自らの強大な力をたのんで強圧を加えてくる。
このような時にどうすべきか、一歩対応を誤ればたちまち押しつぶされてしまう。このような時にも、ランチェスターの法則は「どうすべきか」について有効適切な反撃法を教えてくれるのである。
ランチェスターの法則はこれを正しく理解することによって、物量に勝る場合の戦略だけでなく、物量に劣る場合の戦略の樹立にも立派に役立つことを知ってもらいたいのである。
ランチェスターの法則は極めて簡単である。しかも、たった〈二つ〉しかないのだ。
法則というものは、簡単であれはあるほど「普遍性」が高いものである。ということは、法則の応用範囲が広いということである。
応用範囲が広いということは、これを駆使する人によって大きな「差」ができるということを意味している。事実、ランチェスターの法則は、まさに使う人の能力と知恵の問題になってくるのである。
知恵の問題であるから、企業の大きさとは関係ない。ここに、中小企業が大企業と渡り合ってこれに勝つ道があるのだ。
大企業で打ちだす戦略は、トップが基本戦略を打ちだす場合と販売部門からの上申による場合の二つがある。トップが基本戦略を打ちだす場合には、第一線の事情がよく分らないという弱点が必ずどこかにあるから、これを見つけだしてそこを衝くと意外に脆い。
下からの上申の場合は、実情には即しても、多くの場合に次元があまり高くないから、これを上廻る戦略をとれば恐るるには足りないのである。
恐ろしいのは敵側にあるよりは、我社の側にあるほうが圧倒的に多いのである。大企業から攻勢に出られた時に、何等対抗する術を知らず、敵のなすがままにまかせることである。
大企業の攻勢に対抗して、これに反撃を加えることができるかどうかは、社長がどれだけ自らお客様のところを廻るかにかかっているといえる。
どんな強大な敵にも必ず弱点があるのだ。その弱点を見つけだす最良の方法は、社長自身のお客様訪間にあることを肝に銘じてもらいたいのである。
二つの法則
第一法則 一騎打の法則
刀、槍を使った戦い、空中戦などである。このような戦いでは、どんな結果が生れるだろうか。
今、A軍十五名 B軍十名で一騎打の戦いをしたとしよう。両軍の一人一人の技伺は互角(武器効率は同一であるというのがランチェスタlの法則) だから、A軍の十名とB軍の十名は相打ちで戦死B軍は全滅し、A軍は五名が生残ってA軍の勝ち。
何とも当り前すぎることである。これが第一法則の総べてである。
これを補足説明すれば
①兵力の多い方が勝つ
②占有率の大きな会社が勝つ
つまり、強いものが勝つという何とも当り前のことなのである。
乙の法則の教えることのまず第一は、戦いには、必ず敵に勝る兵力を投入せよということである。
これは、ランチェスターの法則の制約条件であるところの「局地戦」に限定してのことであることを忘れないでもらいたい。
強者の立場からすれば、これはいと易い。そして、それだけで優位に立てるのである。
しかし、だからといって、強者が総べての戦場において、常に優位に立てるとは限らない。特定の戦場においては敵に劣る場合があることを心していなければならない。もしも、その戦場が重要な場合には、大打撃を受ける危険があるのだ。
その典型が、「桶狭間の戦い」である。五万の大軍を率いた今川義元は、自らの圧倒的優勢に油断し、桶狭間(正確には田楽狭間) に本陣を構えるという戦略的には全く考えられない大愚行をおかしてしまったのである。
ここに強者の陥し穴があるのだ。
その陥し穴を衝いた織田信長の奇襲を受けて義元は戦死、今川家は亡びてしまったのである。織田軍の戦力は今川軍と比較したら、初めから勝負にならないほどの劣勢だった。まともに戦ったならば勝敗は分りきっている。信長としたならば、全軍の総力を結集して只一点ー義元の本陣を衝くという乾坤一概(けんこんいってき)の大決戦をいどむ以外に勝算はなかったのである。
その一榔の戦場をどこに求めるかこそ信長の大苦心だったのだ。そのために、籠城と見せかける「味噌買い」にかこつけて今川軍の動静を探るという一石二鳥の策を木下藤吉郎に命じてやらせたというのが、山岡荘八の小説「織田信長」の筋である。
以心伝心、信長の意を体した藤吉郎が見事この大役を果たした。藤吉郎の急報により、電光石火の作戦行動で見事に義元を打ちとったのである。世に、信長は縦横の機略によって「寡よく衆を制した」 と評されているが、決してそうではない。
反対に信長こそ「一騎打の法則」をよく知っていたのである。信長とすれば、寡兵よく敵を制するのではなくて、寡兵でも敵より優位に立てる戦場を選んだというのが本当であろう。
信長は、戦いを義元の本陣だけに焦点を絞り、これを桶狭間で決行し、勝利を収めたのである。信長が敵より少兵力で戦ったのは、この桶狭間の戦いだけである。信長が奇略を好んだというのは誤りである。
桶狭間の戦いは、劣勢な織田軍が優勢な今川軍を破ったのではない。今川義元の本陣において織田軍が強かったのである。今川軍五万の大軍は桶狭間の戦いには参加しなかったのだから、無いのと同じだったのである。
この例は「三国志」 にもある。
蜀軍が呉の国に攻め入った時に、孔明は都合があって留守を守り、玄徳が総大将であった。
進攻する萄の大軍を目の前にしながら、呉の軍師陸遜は「どこ吹く風か」とばかり、全く軍を動かさなかった。玄徳は大軍を揚子江岸に沿って長蛇の布陣をしいた。
布陣が終った瞬間に、陸遜は疾風迅雷の知く玄徳の本陣に襲いかかった。
不意を衝かれた玄徳の本陣は大混乱に陥り、もしも孔明の出した早舟の救援がいま一時遅かったなら、玄徳は命を落としていただろう。
孔明は、本国で玄徳軍の布陣の報を知らされた瞬間に陸遜の作戦を読みとり、玄徳の敗北を予見して、玄徳救出の早舟を揚子江を下って急派したのである。名軍師は名軍師を知る。
玄徳の布陣は、自らの大軍を誇り、呉軍を一挙に打破しようとしての戦線拡大であったが、これこそ最も危険な布陣だったのである。
如何なる大軍といえども、長蛇の布陣をしてしまえば、総べての地点で弱くなってしまう。戦いというものは、両軍の総兵力の大小で勝負が決まるものではなくて、個々の局地戦における両軍の戦力で決まるものなのだ。
信長と陸遜は全く同じ作戦をとって、局地戦に勝ったのである。玄徳には孔明がついていたので危うく命を落とさずに済んだが、義元には孔明のような名軍師がいなかったために亡びてしまったのである。
戦いは大軍の方が強いのはいうまでもない。しかし、強者といえども、その作戦を誤り、戦線を拡大し過ぎると必ず弱点が生れる。
そこを敵に衝かれたら敗戦の憂き目を見なければならなくなる危険があることを、知っていなければならない。
「危険は戦線を拡大しすぎたところに起る」ということを、強者は心しなければならないのだが、この危険は弱者から見た場合には、「チャンス」になることを知ってもらいたい。
戦いというものは、常に弱点を衝かれるところに敗因があり、敵の弱点を衝くところに勝機が生れるのだ。
次は、弱者の立場から第一法則に従った戦略をどう展開したらいいか、ということになる。
それは、
大手と喧嘩するな
ということである。大手とまともに戦っては勝てないのだから、これを避けるのである。
ところが、大方の弱者のおかす誤りは、大手を避けるどころか、大手と戦わなければならない市場に進出したがる。大消費地こそ売上げをあげる市場と思いこんでしまう。また多量生産品こそ売上げ増大の最短距離だと思いこんでしまうのである。
なるほど、たしかに市場それ自体は大きい。市場が大きければ売上げも大きいという短絡が誤りの原因である。たくさんの会社の社長がこう考えて、我も我もと参入する。ところが、大市場には必ず大手がいて、新規参入の余地があまりないところへ中小業者がドッと殺到する。
大中小入り乱れての超過密マーケットとなり、超過当競争が行なわれるということになる。この戦いは、ランチェスターの第一法則が働いて、弱者は必ず敗れ去ってしまうのである。
ローカルの中小企業は、我も我もと東京・大阪などの大市場に参入する。しかし、成功した例を私は知らない。知っているのは失敗の例だけなのである。
この点をモデル化して考えてみよう。
いま、大市場の大きさを「百」とし、小市場の大きさを「十」とする。大市場には我も我もと企業が参入して、業者数は「二百」に達する。小市場は多くの業者が顧みようとはしないために、業者数は少なく「五」しかない。
このモデルの場合の大市場と小市場の一社当りの市場は、大市場は「0・五」、小市場は「二」となる。一社当りの市場の大きさは大市場では小さく、小市場では大きいのである。だからこそ、大市場では小さな売上げしかあげられないのである。
もう一つの要因は、大市場における「九十五%の原理」である。大市場の大きさ「百」のうち「九十五」は「二百社のうちの上位百社」によって占められてしまうから、下位百社の市場は「五」にしかすぎず、一社当りにすれば僅か「0・0五」にしかすぎないのだ。
大市場における小企業一社当りの売上げは、全く問題にならないくらい小さいのだということを知ってもらいたいのである。
その小さな売上げも、中味をしらべてみると、大市場内の売上げ先は限界企業とだということを知ってもらいたいのである。
相場が決まっている。あとは大市場の周辺というより、むしろローカルなのである。そして、損益は殆ど「赤字」ということになっているのである。
小さな会社が自らの力も知らずに大市場を狙う愚をおかしては、アブ蜂とらずということになるのが落ちである。
では、賢い方法とはどんなものだろうか。行商がこれを教えてくれる。私はこれを「行商の理論」と名付けている。行商は僅かな商品を背負って、辺部な村々から山奥の樵小屋、峠の一軒屋と廻って細々と商いをする。爪に火をともすような節約をして資金を少しずつためていく。
この資金で大八車を買い、今度はかなりの量の商品を積んで、村から町、町から村へと廻り歩いて商売をする。資金がたまると、次の段階は田舎町の場末に小さな店を借りて丁稚を一人雇う。
田舎町の店で成功すると、初めて県庁所在地に乗り込む。といっても二流の商店街である。いきなり一流の商店街に出店するわけにはいかないのである。「格」というものがあるからだ。
一流の商店街に出られるのは、二流地で実績をあげることが条件なのである。一流商店街は最後になるのである。
右が競争市場の競争原理なのである。行商は最も力の弱い業者である。だから、最も辺部な地域ーつまり最も競争の少ない地域でなければ生きられない。何をおいても生きることが至上命令である。
生きられる地域で必死の努力で商いをし、力をつけるのである。力をつけたら、その力で生きられる、ややましな地域に商圏を移し、こ乙で力をつけて更に大きな地域に進出していく。これが行商ーつまり弱者の戦略なのである。
行商の理論では、戦っても勝つ見込みのない敵の勢力固には近づかないのである。昔の人は経験によってランチュスターの第一法則と同じ法則を知っていたのである。
現代の中小企業の社長は、このことを知らない。誰も教えるものがいないからである。そして、戦っても勝てる見込みのない大市場に進出しては敗戦を繰返しているのである。
もう一つの戦略として、敵の強いところを攻めるなということである。囲碁の格言に「敵の強いところに近よるな」というのがある。
敵の強いところで戦いを挑めば、必ずひどい自にあうからである。企業間競争とて全く同じである。
L社は事務用機器のメーカーである。ほぽ全国的な販売を行なっていて、全国シェアは圧倒的である。一番強いのは和歌山県で、占有率は六十%以上にも達している。和歌山県の陥2はS社である。
L社長が和歌山県のお客様のところを訪問すると『お前のところの製品なんか買いたくないが、どこへ行ってもお前のところの製品が入っている。仕方がないのでお前のところの製品を買うのだ」というようなク憎まれ口。を叩きながら、買ってくれるのである。
陥2のS社が必死になって攻めては来るが、少しも恐ろしくない。殆どが空振りに終ってしまうからである。それだけではない、S社の動きが手にとるように分る。
お客様が教えてくれるのだ。まさに金城湯池(きんじようとうち)である。
ところが、埼玉県になるとS社が断然強く、L社の販売実績は僅かしかない。その埼玉県ではいくらL社が攻勢をかけても殆ど成功しない。そのくせL社の動きはS社に筒抜けである。L社ではよりすぐったセールスマンを投入して相手の鼻をあかそうとするのだが、やはり駄目である。そのためにセールスマンは自信喪失をしてL社をやめていく始末であった。
全国シェアはL社のほうが大きいのに、埼玉県ではS社に対して手も足も出ないのである。
いくら全体で強くとも、局地において弱ければその地では勝てないのだ。これが「局地戦」の理論なのである。ランチェスターの法則はこれを云っているのである。
いくら全国シェアが陥ーといっても、全国すべての地域でナンバーワンというわけには、なかなかいかないのが普通である。また、必ずしもその必要性はない。ここにナンバー2、ナンバー3の生きる道があるのだ。
だから、相手が小さいからといって油断はできないし、大きくてもその勢力の間隙を縫って販売するととが可能なのである。
ところで、「相手の強いところは攻めるな」というのでは、「いつまでたってもその地域ではウダツが上がらぬではないか」と思われるかも知れないが、その心配は無用である。相手の強いところでも、攻め方によって勝利をおさめることは可能である。
その可能性も実はランチェスターの法則が教えてくれるのだ。
ちょっと考えると矛盾しているようだが、これに矛盾はない。ではどうすればいいかは追々述べるがそれは「敵の強いところへは近づくな」という法則と、次にのべる第二法則を組合わせればよいのである。
以上、ザッと第一法則の説明をしたが、賢明な読者は既にお気付きのことと思われるが、この第一法則は、
作戦地域の選定
について特に役立つ考え方であるということである。
われわれの販売戦において、まず第一に大切なごとは、「どこに戦場を求めるか」である。これを間違えたら、先ずは勝ち目はないのだ。
その戦場の選定について、ランチェスターの法則は明快な解答を与えてくれるのである。この法則をよく理解して誤りなきを期することこそ、販売戦の第一歩といえよう。
第二法則集中効果の法則
飛び道具を使った戦いである。
局地戦の法則であるから、ミサイル戦には適用されない。モデルで説明しよう。
いま、A軍三名とB軍二名で鉄砲の撃ち合いをしたとする。武器効率は同一で、各人の射撃技術も同じーこれがランチェスターの法則での前提条件ー両軍とも一人一分間に六発を敵に射かけた時に、両軍一人一人の危険度はどうなるのだろう。
まず、A軍三名の一人一分間当りの危険度は、B軍の二名から一分間に六発ずつ撃たれるから計十二発、これが三名に射かけられるので一人当りは「四発」ということになる。
B軍は、A軍の三名からそれぞれ一分間六発、計十八発を射かけられるから、人一分間に「九発」射かけられるのである。
A軍「四」の危険度に対してB軍は「九」なのである。人数の比率は「三対二」であるが、危険度の比率は「四対九」になる。「三対二」にはならないのである。
これが集中効果の法則というものである。
これを定義づけると「飛び道具による戦いにおける両軍の危険度は人数の二乗に逆比例する」となるのである。
しかし、この定義づけは「西欧的」であって日本人にはいささかなじみが悪い。そこで、これを日本的に表現を改めたほうがよさそうである。
「危険度」というのは敵の戦力の強さであるから、危険度を戦力で置きかえると、「飛び道具による戦いにおける両軍の戦力は、人数の二乗に比例する」となる。
これなら分り易い。三人と二人の戦いにおける両軍の戦力比は「三の二乗対二の二乗」だから「九対四」となるのである。
蛇足ながらつけ加えると、戦力が「九対四」の両軍の危険度は、相手から受ける戦力であるから「四対九」となってランチェスタlの法則そのものとなるのである。
以下、本書では「戦力」という表現をとる。
敵が三人で昧方が二人だから、戦力の比率は「三対二」だと思い込むと大変なことになる。「三対二」ではなくて「九対四」と半分以下になっていることを、よくよく認識しなければならないのである。
人数が半分になると、戦力の比は「四対一、三分の一になると何と「九対一」になってしまうのである。人数が「四対一」に開いたら、もう全く戦いにならなくなって、相手の思うままになってしまうことを忘れではならないのである。
知何に「数」というものが決定的な要因になっているかということを知ってもらいたいのである。
これについて思い出されるのは、昭和五年ロンドンの海軍軍縮会議における米・英・日三国の保有屯数の比を「五・五・三」としたことである。日本の主張は「十・十・七」だったのである。さきのワシントン条約では戦艦の屯数比率を五・五・三に押さえられていただけに日本は必死だった。
どちらに決まっても大した違いはないように思われるが、実はさにあらず、これは明らかにランチェスターの第二法則が適用されるのである。海軍の戦力はいうまでもなく飛び道具である。
とすると、「五・五・一一こは明らかに「二十五対九」となり、「十・十・七」は「百対四十九」であることが分る。「五・五・一一こと「十・十・七」では戦力比でこれほど大きな違いができるのである。
だからこそ、日本は必死で頑張つたのである。
しかし、衆寡敵せず、日本はついに無念の一棋を呑まされたのである。量的には話にならない劣勢に立たされた日本海軍は、「質」に勝負をかけるより外なかった。
そこに「月月火水木金金」という日本海軍の言語に絶する猛訓練が生れたのである。
日本海軍をここまで追いつめたほど、集中効果というものは大きな力を持っているのである。集中効果に苦しめられた日本海軍も、かつてはこれを最大限に利用して大勝利を収めたことがある。
日露戦争の時の日本海海戦の大勝利である。東郷元帥の大胆極まる、そして極めて危険な作戦というのは、パルチック艦隊の頭を「椀形」に押さえて集中砲火を先頭艦から順に二番艦、三番艦へとあびせたのである。
その戦力比は「何十対一」になった筈である。その強力極まる戦力を発揮するために、パルチック艦隊の前に連合艦隊の横腹をさらけだした。まさに攻撃は最大の防禦だったのである。
では、集中効果の法則がある限り、強者は常に弱者に対して勝利を収められると考えて間違いないのだろうかということになるが、これは確かに間違いはないのである。
ただし、勝負は総合力の強弱ではなく、局地戦における兵力の強弱によって決まることを知っていなければならない。
では、ベトナム戦争はどうであったか。
圧倒的優位を誇る米国は、北ベトナム軍のゲリラ戦法である。米軍が攻撃をかければ逃げ散ってしまい、
ついに北ベトナムに敗れてしまったのである。その原因は、北ベトナム軍のゲリラ戦法である。米軍が攻撃をかければ逃げ散ってしまい、ゆるめればゲリラ隊が米軍の手薄な地点を狙って、その地点の米軍より強い戦力を投入していためつけた。
その地点では、集中効果を発揮して米軍より強かったのである。敵の弱点を衝き、敵よりも強い戦力を集中して敵に勝つことこそ集中効果の法則の実戦応用である。
強者が自らの戦力によって弱者をやっつけるのが集中効果の法則なら、弱者が強者の弱点を衝いて強者に勝つのも集中効果の法則である。
旧日本陸軍の「作戦要務令」の綱領の中に、
「戦捷の要は有形無形の各種戦闘要素を綜合して、敵に勝る威力を要点に集中発揮せしむるにあり」
というのがある。これは、集中効果の法則を定性的に表現したものである。
全く同じ法則を、イギリス人は数式を使って定量的に理論づけ、日本人は散文を使って定性的に表現している。ここに民族性の遣いがハッキリと表われているのである。
ところで、この法則は企業経営にとってどのような実践的な考え方をもたらすだろうか。
まず、基本原理として、仰企業の戦力は企業規模の二乗に比例する。
ということである。占有率の大きな企業は、この戦力をフルに利用して敵を撃破していくことが基本戦略であり、占有率の小さな企業は、如何にしてその圧力から身をかわすかというのが大きな命題となるわけである。
次に、応用原理として、局地戦においては、両軍の総戦力とは無関係に、個々の局地における両軍の投入兵力の二乗に比例した戦力となる。
ということである。ここに大きな企業の警戒しなければならない点がある。油断をしていると、小さな企業に痛い目にあわされるからである。同時に、小さな企業が局地戦において大きな企業に勝つための作戦の理論的根拠ともなるものである。
大は大なりに、小は小なりに集中効果の法則は駆使する道がある。何れにせよ、「如何にして敵に勝る戦力を要点に集中するか」こそ、社長の力量発揮の場となるのである。
限りある我社の戦力の重点配置をどうするか、営業所をどこに出すか、どこの営業所からはどこを攻めるか、セールスマンは何人必要か、訪問先の選定をどうするか、訪問瀕度をどれだけにするか、陳列商品のスペース割付け、ゴンドラの数と大きさ、商品アイテム数の決定にいたるまで、集中効果の法則を適用する範囲は広い。
最末端の例として、ある会社で自社製品のゴンドラを作った時に、初めJ二尺。のゴンドラだけだったが、狭い店舗用としてゴ一尺。のものが欲しいという要望が小売店からあった。そこでゴ一尺。のゴンドラも作った。
ところが、J 一尺。ゴンドラの売上げ実績は、ク一二尺。の半分に満たなかったのである。これは、集中効果の法則そのままである。
つまり、「三尺の二乗対二尺の二乗」である。社長は『二尺のゴンドラは効率が悪いからやめた』という決で「九対四」定を下したのである。
以上、集中効果の法則がわれわれに教えてくれるものは、資源集中の強昧である。
投入資源を一割増加すると効果は一・二一倍となり、二割増加すれば一・四四倍・:というように、その効果が幾何級数的に増加するのである。
二倍なら効果は四倍、三倍ならば九倍、五倍なら二十五倍、十倍ならば何と百倍の効果があるのだ。
反対に、投入を半分にしたら効果は四分の一、三分の一にしたら九分の一と急激な低下を見るのである。
だとしたならは、社長たるものは敵と戦う時には常に我社と敵との総合戦力を比較して作戦をたでなければならない。
中小企業の社長の最もおかし易い誤りとして、「投入資源の分散」があるが、れが知何に大きな誤りー時としては致命的な誤りにさえなり得ることを知らなければならないのである。
以上述べてきたことから、第二法則は、戦時地域内の攻防における資源配分に役立つことを知ちされるのである。
我社の有限の資源を如何に有効に使うべきかについては、量的なものはいささかも迷うことなく決定できるという大きなメリットがあるのだ。そして、くどいようだが、それは必ず資源の集中使用にあることを肝に銘じてもらいたいのである。
占有率の自然の成行きは、どうか
『ランチェスターの法則は分った。しかし、そんなものは知らなくとも今までやってきたし、業績も上がっている。販売は戦いである限り成功することもあるし失敗することもある。「勝敗は兵家の常」ではないか。あまり気にすることもないではないか』というようなご感想を持たれる社長もおられることと思う。もっともなご感想である。
このように思われるのは、販売戦は本物の戦いとはいささか様相を異にするからである。本物の戦闘ならば、我軍の損害は戦死者何名、負傷者何名などと数字で実感される。
ところが、販売戦では我社の損害ということになると、明確な数字で捉えることはできない。「実現した売上げ」という、むしろ成果として実感されるからである。
敵との販売戦で敗れた場合ーそれは「売損い」である。この「売損い」 は、数字で捉えることは不可能である。これは、会計学的にいうと「機会損失」なので損失を数字的に捉えることが不可能ならば、数字で捉えられるものに置き換えてみるのである。それはそれは「占有率」であり「ランク」である。
「れだけしか売れない』と考えることである。
この物差を使って、ランチェスタlの法則など全く関心のない会社の自然の成行きを検討してみよう。
第一例
〈第1表〉をご覧願いたい。岐阜に本社を置くアパレルメーカーK社である。社員数は五十名あまりの完全な限界企業である。私がお伺いした時には三年来赤字だった。
会議室に日本地図がかけてあり、これに主要得意先一社毎に丸頭のピンがさしてあった。その丸頭の色別で売上高のランクを示していた。
この地図からどんなことが分るかをきいてみたが、「売上状況が分る」程度のこと以外は何も分つてはいなかった。まあ、そんなものだ。私が見れば「ハハアー」とうなずけるものがあるのだが、それを分り易く社長に説明するために、この表をつくってもらったのである。
この表を検討する時に大切な乙とは、K社の唯一の営業所が東京だということである。というのは、K社長の考えというのが『岐車のような田舎町とその周辺、そして名古屋地区くらいでは売上げは知れたものである。どうしても大消費地ー東京に進出しなければダメだ』というところにあるということである。
このように考えるのは、ローカルの中小企業の社長の大部分であるということを、私はウンザリするほど見せつけられているのである。
最重点地域である東京の実績は、年商三百万円以上のところにやっとこ社である。
年商一千万円以上は七都市八社で、地方経済の中心都市は大阪と仙台だけで、あとは完全なローカル都市にしかすぎない。人口三十八万しかない宇都宮に二社もあるのは面白い。
栃木県というところは、他県から非常に入り易い地域なのである。私は、東京に進出したがっている社長、東京で地方進出をしようとしている社長には、
「宇都宮又は栃木県の都市を先ず狙うとよい』という勧告をするのである。
年商六百万円以上では、地方の中心都市は札幌だけで、ここに二社、あとはローカル都市、飯田に至っては人口たった八万の信州の伊那の小都市にしか過ぎないのだ。中央高速道が開通したので、名古屋から二時間となり、名古屋の業者が入ってくるかと思っていたら、全然そんな気配もない。全くの」目点。都市なのである。
それだからこそK社のような限界企業がここで成功を収めることができたのである。
年商三百万円以上で、東京と福岡以外は四国の二都市と、あとは岐阜市からほど近い人口五万の中津川と、小さな温泉地下呂にしかすぎない。
以上、大きな市場では大阪の一社を除いて全く成功していない。東京は何とかやっているように見えるが、中を調べてみると、年商三百万円以上の二社は東京都ではなく、千葉県だった。都内の得意先はすべて三流以下、これが実態だった。
反対に、小さな市場では数カ所で何とかやっているし、最も成功しているのは小さな都市、それも辺部な田舎町である。力のないK社は大手が手の届かないところつまり実際には行商的な企業だということをでしか成功できないでいるのである。
証明しているのである。札幌から福岡と日本全国にわたる販売網も、実は全くの「破れ網」にしか過ぎないのである。
進出している総べての都市で戦いに破れている。これが限界企業の姿である。というよりは、こういうことをやっているから限界企業から脱出できないのである。
私の勧告というのは、
検討した後にセールスマンの訪問禁止を行ない、浮いた戦力を重点戦略地域に商品力は競合他社に対してもほぼ互角なのでそのままとする。
得意先別売上高ABC分析による下位五%の得意先は、シンデレラの有無を投入する。
ω最重点戦略地域を岐阜市内とその近隣都市とし、地の利をフルに活用して定期蛇口訪問回数を最低限競合他社の二倍以上とする。
凶重点戦略地域を東京営業所を根拠地とする東京都の周辺、特に千葉県、埼玉県東南部とし、この地域に対して、敵の二倍以上の蛇口訪問を確保できる得意
(6) (5)
先
限
定
し
て
訪
問
を
行
な
っ
最重点・重点地域以外の得意先に対しては、従来の訪問回数を守る。
セールスマンは午前九時半までには必ず営業所を出発する。(従来は、
ゃ
れ
書類の整理だ、見積書作成、だ、商品の入荷待ちだ、得意先からの返答待ちだと
口実を設けて十一時頃まで社内にいることが多かった) 。
というものだった。
ランチェスタlの第一法則による戦略地域の設定と、第二法則による蛇口訪問の
強化である。その結果は、売上げ増大によって三年続きの赤字から脱出したのであ
る
第
例
〈第2表〉をご覧いただきたい。建具製造業のO社で、社員約三百名である。本
社は東京で、営業所は北海道から九州までくまなくカバーできるもので、まさに云
うところないものと社長は思っていた。こういう会社は、もう少し売上げが増えるハ可U
というよりは、思うように増えないと、この次には広島・新潟と営業所を設けてい
ランチェスター戦略
くにきまっている。さらに高松にでも営業所を出したら、もう完全無欠の販売網と
社長も社員も思いこんでしまうだろう。
社長が最も力を入れているのはいうまでもなく関東地方で、悩みは近畿地方以
西の売上げ不振であった。
業界の総売上の推定値があったので、これを地方ブロックの世帯数に割付け、。
2
社の推定占有率を計算したのが乙の表である。
この表を見た社長は、意外なことばかりだった。先ず第一には、関東地方の占有率が社長の思っていたよりもかなり大幅に低かったことであり、近畿以西は低いとは思っていたが、こんなに低いとは思っていなかったのである。反対に、たいしたことはないと思っていた東北地方の思わざる高率である。
社長の意図に反して、東京・名古屋・大阪・福岡などを含む地方では成功せず、実態は東北地方を主とする田舎企業にしかすぎないことを、この表は示しているのである。
の届かないところでしか成功しないことを、ごの表は語っているのだ。全国的に、小さな会社は、大きな市場でいくら頑張っても大手企業には勝てない。大手の手隈なく販売しているように見えたのは、営業所の配置であって、本当のと乙ろは、このような、偏ったもの、だったのである。
2
O社長への私の勧告は、
mw 東北地方を最重点地域として、四十%以上の占有率にもっていく。∞ 関東地方を重点地域として、占有率を十%以上とする。この場合に、関東地方全域に万遍なく力を入れるのではなくて、各県別に市場を細分化して最も占有率の高い県に最も力を入れ、ここで三十%の占有率をまず実現するoqJ その他の地方は、県別ではなく、得意先一社毎に洗い直して、得意先における我社の地位をぬ1にできる可能性の多い会社の上位から順に他社に勝る資源を投入してゆく。というものだった。
強いととろは広域に作戦を展開し、弱いところは地域を限定してここで勝つ作戦
をとり、最も弱いところはまず点の強化を行なうのである。
O社長にとっては、このような作戦は全く考えてみたことはなかった。ただ、大
市場を狙い、全国的に販売活動を展開するということだったのだ。そして、それは社長の意図とは別の結果を招来していたのである。その結果さえどうなっているのかを、私の行なった分析結果を見るまで知らなかった。それは、金額だけを見て占有率を見なかったからであり、その金額もタ対前年比。を見て伸び率がどうの乙うのと云っていたのである。
い。絶対額と対前年比では、
販売の数字というものは、絶対額だけではダメで、必ず占有率でなければならな
、、、、それは我社だけの数字にしか過ぎない。会社の販売数字である限り、それは競争会社との対比である占有率でなければならないのである。
その占有率も、「いくら伸びたか」ではなくて、「競合他社より伸びたか」でなければならないのである。占有率が競合他社の伸びよりも低かったなら、それは敵に敗れているということであり、下がった占有率は我社の損害と思えばいいのである。
第三例
M社は仙台の衣料品問屋で、社員は二十名にも満たない限界企業で、売上げ不振から赤字に転落していた。
私がお伺いする直前に、営業部長が営業員数名を引抜いて独立するという事件があり、残った社員は動揺していたのである。
展示場を兼ねた倉庫を見せていただいたが、商品構成そのものに私は赤字の原因を発見した。それは、まぎれもなくク総合問屋。のそれだった。
紳士物・婦人物・子供物と揃えている上に寝装品まであるのだ。それも、「洋品なら何もかも」という品揃えだった。
紳士物は、先ず背広から始まって、、ブレザー・スラックス・コl卜・ワイシャツ・ネクタイ・靴下・ハンケチ・ベルト・ネクタイピン・カフス止め・サスペンダーと無いものはない。冬になればマフラーから手袋まで扱うことは間違いない。
婦人物もスlツから始まってアクセサリーに至る。年齢層はジュニアから始まつて、ハイミセスまである。子供物はトドラ(幼児) ガールズまですべて揃えてある。からボlイズ寝装品も総べてのレパートリーをカバーしている。
その上、ジーンズまで取扱っているのだ。それも子供物まであるのだ。このような品揃えの場合にランチェスタlの法則からどんなことがいえるのだろうか。
それは、集中効果の法別である。「特定品種における商品力は、アイテム数の二乗に比例する」のである。
例えば、五千円クラスのワイシャツの戦力は、ワイシャツのアイテム数の一
乗
で
中のすQ。
これは、単なる第二法則の適用ではない。お客様は耐久消費財を買う場合には、見くらべて買うのである。アイテム数が多いということは、見くらべるものが多数あるということである。これが強昧である。この強味がアイテム数の二乗に比例するのである。
広範な品種をすべて扱うと、当然のこととして一つ一つの品種のアイテム数は少なくなる。何もかも揃えようとすると、何もかも揃えることができなくなるのである
M社の誤りは、右のような-ものである。戦わずして既に敗れていたのだ。孫子の兵法によると「敵を見ずして敵を制するを戦略という」である。
1b十品、1l M社長に右のことを説明し、その誤りを正すところから始めたのである。
そ
(2) (1) れ
は
次の
ょ
っ
な
も
のだ
っ
た
寝装品は切捨てる。但しパジャマだけは残す
紳士物は、ブレザー・スラックス・ワイシャツの三つを柱とする。他は縮小または切捨てる
2
(4) (3)
婦人物はミセス物を主とし、下着・肌着・アクセサリーは総べて廃止する
子供物はトドラ(幼児) のみとする
(5)
ジーンズは現状通り
というものだった。
寝装品は最も弱かったから切捨ては当然である。寝装品は専門業者がおり、
と戦うことなどできる筈がないのである。扱うこと自体初めから間違っているのだ。
これ
パジャマだけ残したのは、当初は切捨てる予定だったが、お客様の要望が強かったので残すことにしたのである。お客様の意見では、「大メーカーのパジャマは、
アイテム数が少なくて売りにくい。M社はアイテムが多いから売り易い」というものだった。大企業のお客様の要求を忘れたクコストク第一主義がお客様の不評を買っているのだ。もしも、大メーカーの社長がお客様のところを廻っていたら|||それは十店舗も廻れば分るのだ||こうしたことは起らないのである。
それは別として、『アイテム数が少ないから売りにくいということは、あなたの会社の他のすべての商品にいえることだ。一倉の主張がここに裏付けられている』と、社長に実物教育ができたのである。
紳士物も、背広は当然専門業者でなければゃれない商品である。扱うこと自体が誤りであることを説明したのだが、何しろ高額商品であるだけに社長は未練があった。仕方がないので「在庫を置かない」ことを条件として取扱うことで妥協した。
私としたら、他の商品が売れるようになれば、自然消滅するという見込みを持っていたからである。
背広の在庫に投入していた資金を、ブレザーとスラックスに投入してアイテムを増やす。。フラ’イスゾlンは売れ筋を中心にして絞りこみ、それより安いものと高い
ものを少しずつ上下に配置する。プライスゾlンの一格高いものの売上げに注目し、これの在庫は売れ筋商品の半分の回転率を目安とする。これをやらないと、お客様AU の好みは必ずグレードの高い方に移っていくのだが、それを見逃がすおそれがある
おとりからだ。売れ筋より安いものは、売れ筋商品を買い易くするためのク図。商品として必要なのである。料理のメニューにタ松竹梅ψとあるのと同じ理屈である。タ竹ψを売りたい時には、それより安いク梅ψ が必要なのである。人間にはクミエψ 、があるからだ。
ワイシャツは、M社の商品の中で品揃えが最も充実しており、売上げ実績もよかったので、これを紳士物の最重点商品として思いきった充実を行なう。将来は「ワイシャツのM社」とお客様からいわれるようになり、これで東北地方の陥ーになることを目標とする、ということにしたのである。
問題なのは婦人物だった。品種も売上げも多かったが、
義とヤング中心という限界企業として最もまずい考え方だったからである。
私から見ると何もかも主
何もかも義の悪いところは既に述べた通りであるが、困ったのがヤング指向である。
しも草も木も、
たしかにヤングのマーケットは大きい。大きいというだけの理由で、猫もしゃくなび
ヤングへと磨く。そこには超過当競争が起っている。そヤングへ、れも、小さな業者ほどヤング指向が強いのである。「早く大きくなりたい」というわけである。しかし、この願望がかなえられることはまずない。超過当競争による売上難と低収益で、いつまでたってもウダツが上がらないのだ。
「人のいく裏に道あり花の山」で、私はミセス物を中心とすることを勧めたのである。これは、穴熊だったM社長の尻を叩いてのお客様訪問によって、ミセス物の要求がかなりあることが分っただけでなく、店格の高い店ほどとの要求が強いことも確認されたからである。小さな業者は常に小さなマーケットを指向し、そこで大きな占有率を確保することこそ存続から繁栄への正しい道なのである。
ミセスになると競争はグッと少なくなり、。フライスゾlンは上がる。M社にとってこんな有利なマーケットはないのである。アンダーウエアを捨てるように勧告したのは、乙こまで手を広げる余裕がないからである。過去の実績を調べても、ろくな売上げがないのはアイテム数が足りないところにあったのだ。
厄介なのは子供物であった。トドラ(幼児) から十三歳まで、それも男女両方である。広い年齢層に、男女両方の品物で、他社に勝る品揃えなどできる筈がないのだ。これは社長自身がこれを感じていたので、スンナリとトドラだけに決まったの
こうして第一段階の商品の絞りこみが行なわれた。私は、さらに社長に申し上げ勺JnU である。
たのは次のことである。
「これで商品の絞りこみが終ったのではない。あくまでも暫定的なものだ。将来淘汰していくのだ。そして、
売れるものは更にアイテムの強化を行ない、売れないものは将来は何かの商品で東北地方で陥ーにもっていく。は売上げ実績を見て、
1商品を育てることに執念を燃やすのだ』と。
2私とすれば、近い将来に子供物を切るのが望ましいと思っていた。
そして、紳士物・婦人物・ジーンズの三本建でしばらく進み、次にはジーンズを切って紳士物・婦人物の二本建となり、最後にはそのどちらかを切って、文字通りの専門問屋になる。私としては、婦人物を切るべきだという意見だった。その時には、さらに高級品も扱い、状況によったら品種を増やすことも考える。安物を除いた紳士物、又は婦人物の東北地方一番の総合問屋になる、というビジョンを持たなければならない。これが私のM社長への次の段階へのアドバイスだったのである。商品の方向づけは決まった。あとは販売である。
私がお伺いした第一日目の第一発のハッパが『お客様のところを廻りなさい』
だったわけだがこれを行なった社長はいままでの営業任せがいかに間違っていたかを痛感させられた。一番驚いたのはセールスマンがお客様のところをあまり訪問していないことであり、配送サービスの悪さであった。廻っているうちにお客様と親しくなり、いろいろな要求や悩みなどもきかせてもらえるようになったのである。前述のJミセスク物の要求もこの中の一つであったの、だ。
販売方針は、お客様の要求と売上げ実績の分析とを併せて検討した。そのうちのつが〈第3表〉である。それぞれの都市の得意先売上げを合計し、その都市の人
口で割ったものである。これは周辺の人口は含まれていないが周辺の人口も、
ほlま
都市人口に比例すると考えれば、都市人口で割っても一人当りの売上げ比率はそんなには変わらないからである。
この表を見て、あなたはどんな感じを持たれますか。
ベストテンの七社までが人口が少なくて。市。になれないク町。であり、陥1の瀬峰町は、仙台市北方約五十キロメートルにある。この町は県北平野のほぼ中心地である。これは戦略を展開してゆく上に、拠点としての重要な価値を持っているののであった。
nhvnU だ。乙れが一人当り売上げMM1というのは将来の楽しみがあると私には感ぜられるぬ2の宮崎町にいたっては、県北の西寄り、奥羽山脈の麓の小さな町で、仙台市から道筋ぞいに七十キロメートル以上もある。山形県に抜ける道もないク行止まり。
の町である。周辺の人口も少ないことは、三方を山にかこまれていることで推定できる。むろん、東北本線も東北縦貫道とも無縁の町である。お得意先は一社で、M社長は一回もお伺いしたことがないばかりか、セールスマンさえ訪問したことがないという。お得意様のほうから買いに来て下さるというのである。
M社長が最も力を入れ、セールスマンの訪問の大部分を投入している地元の仙台市はランクが十位で、全く訪問しない宮崎町が陥2なのである。仙台で弱いのはM社が限界企業だからであり、宮崎町で強いのは大手が無視しているためにM社の出番があるからなのだliつまり、弱者は大市場に弱く、小市場に強いのである。
この表では、十一位以下はタ市。だけにしているが、二十三一位までにク町。が六つあるのだから、タ市。とほぼ同数である。
以上をざっと見ても、ク市。では弱くク町。では強いのである。社長の意図とはゥ, 全く反対だったのである。
さらに、地域別に見ると、仙台市を境にして南は亘理町(第五位)、岩沼市(第八位)、角田市(第十三位) と、百一理町以外はランクが低い||つまり、県南に弱いのである。これは、百一理町と角田市はク磐城。の国であって、岩沼市以北の宮城県はク陸前ψ の国であるからだ。国が遣うのは、江戸時代まではク経済圏ψ が違っていたということである。これが売上げ実績が低いことと関係があると考えられるのである。
右のような検討の後、新戦略を打ちだした。新戦略の基本は、従来の仙台最重点作戦を捨てて、大手の子の届かないローカルに重点をおき、社長を初めとする営業員の全力をあげての定期訪問をベlスにしたものである。
全県を仙台市・東北部・県北部・県北西部・県南部とし、
山仙台市は限界的地位なので大手との全面対決を避け、紳士物はワイシャツ、
婦人物はミセスを最重点商品として得意先を絞り、この得意先に対して敵より
(2)遥か多訪問回数を実施する
東北部は、多賀城||塩釜ーl石巻||涌谷ll豊里||志津川||気仙沼
という線の市場とし、最重点地区として従来に数倍する定期訪問を実施する。
(M社の有利に戦いを進められる有望市場の利点を生かして敵を圧倒する) o
qJ 県北部はM社のぬ1都市である瀬峰を中核とし、同心円的に面戦略を展開する
県北西部は、古川市を拠点として鳴子・宮崎・小野田などの山麓都市を攻め、さらに余力がある場合には大和・三本木などにも進攻する。
県南部は、M社が苦戦している地域なるが故に攻勢はとらず、有力な得意先を拠点に選び、拠点の強化を行なうことにより、将来の攻勢への足場を確保する
いささか限界企業としては強気にすぎるようだが、仙台と県南への投入資源をやや減少することと、得意先ABC分析による訪問先の絞りこみ、社長の得意先訪問、セールスマン一人一日当りの訪問回数の増加などの総合的な手を打つことにより、とにかくやってみる。あとは、その結果を見て作戦を再検討することとしたのである
私がM社長に直接お手伝をしたのはここまでである。多忙なために申し訳ないと日吋Uは思いつつも、首を長くして待っていて下さる多くの社長さん方のことを考えるとそうもいかないからである。
ランチェスタ一戦略
M社長の頑張りにより、その期は黒字転換してしまった。いつも私が感ずるのは、「アッケナイ」ということである。ここが戦略の強昧なのである。相手に戦略もなにもないのだから、こちらで戦略をもってのぞむと、相手はなす術もないのである。翌期は、『経常利益四千万円に挑戦します』というお電話をいただいた。
そして、昭和五十九年一月の電話では、『商品は紳士物一本に絞り、紳士物で東北地方でぬーになった』というものだったのである。
第四例
T社は、食品製造業で九州のK市に本社をもち、九州に二十二の営業所をもっている。〈第4表〉は、その営業所毎の一人当り粗利益を営業所の占有率順に並べたものである。
この表を見て、すぐに気のつくことは、多少の凹凸はあっても、占有率の高い営次に、個別に検討してみると、さらに色々のことが分る。陥3のJ営業所は占有日U 業所ほど一人当り粗利益が大きいということが分る。率は四十%近くあるのに、粗利益は下位から七番目である。その原因は、この営業所は本社のある地区の営業所で、長年猛烈なセリ合いを続けているライバル会社と一騎打を行なっているためである。お互いに面子にかけても絶対に負けられないということで、採算は全く度外視しての意地の張り合いをやっているためである。他の競争会社は全部ハネ退けられて、両社で七十%以上もの占有率を持っているというク二大寡占。刑主である。そのために、占有率は高くとも収益性は悪いということになっているのである。
一番収益性が低いのは、MmMのR営業所である。これは実は福岡である(F営業所としないのは、秘密を守る必要性があるので、イニシャルをそのまま使わずに他の文字を当てた)。ここは九州一番の大市場なので、九州の殆どのメーカーが営業所を持っているだけでなく、中央の大手もここに営業所を持っていて、大激戦を繰広げているために、価格などメチャクチャである。こんな阿呆らしいことはないのだが、どの会社もボヤキながらも懸命な販売努力を行なっているのである。そのために、どの会社も決定的な占有率を確保するごとができずに、完全なク草苅場。となり下がってしまっているのである。
では、反対に辺境の地の営業所の成績はどうなっているのだろうか。ぬ6のN営業所、れmmのI営業所、buのD営業所である。阿蘇山よりさらに奥、平家の落人部落の子孫といわれる人吉などが乙の中に含まれている。こういうと乙ろは、どの会社も関心が薄い。それがタ盲点ψ となっているのだ。人のいく裏に道ありがここでも証明されているのである。
ところで、経費はどうなっているのだろうか。金額はこの表からでは分らないが、間違いなくいえることは、が小さいことはお分りいただけると思う。
一人当り粗利益が大きい営業所ほど粗利益に対する比率ということは、占有率が高いほど利益も大きいということである。J営業所は例外である||それは過当競争による値崩れであることはさきに述べた。
サントリー・では、ビールを発売してから二十二年目に、占有率が十%に近くなった時に初めてピlル部門が黒字となったのである。T社と全く同様なことが起っているのだ。
このような例を見ても、占有率を高めることが如何に重要であるかということがつJお分りいただけると思う。
ところが、これがT社の場合には極めて難しいのだ。というのは、食品という完全な飽和市場の商品であるために、売上げを伸ばすためには他社商品を喰うより外にない。喰われた他社が黙っている筈がない。たちまち猛然と反撃に出る。そこに値崩れが起るのだ。特に大市場においては各社が重点市場として拡販に乗りだすために、メチャクチャな値崩れを起すのである。
そのような状況の中で売上げを伸ばし、占有率を高めるためには、他社の盲点を衝くことである。その盲点はどこにあるか、ということを教えてくれるのがこの表である。その盲点は明らかに辺境の地にあるのだ。
しかし、重点戦略地域は辺境の地であるだけに、ここで占有率を高めても今度は絶対額があまり大きくない、という壁にぶつかる。これは、いたし方がないことである。といって、占有率を高めることがあまり意味がないということではない。その分他社をいためつけるだけでなく、企業イメージ、新商品販売に有利など、様々なメリットがあるのだ。
大市場ではダメ、辺境の市場では絶対額があまり期待できない、というのが飽和A斗A市場というものなのである。このような状況の中でのT社の打つ手というのは、つには内部費用llt間接人員の削減による固定費切下げという手を打つと同時に、新商品を開発するということが重要な施策である。本当のところ、十年来同じような商品で勝負をしようとしても、それは低収益又は赤字ということになってしまうのである。
飽和市場において生き残り、本当の意味で高収益をあげる道は新商品であり、それに加えるに他の分野への進出がどうしても必要になるのである。
その好例が松下電器である。家電メーカーとしては陥ーであっても、飽和市場のために年率四1五%程度の伸びしか望めないのである。この行詰まりを打開するために、昭和五十九年の経営方針発表会において山下社長が打ちだした方針は、「家電メーカーから総合エレクトロニクスメーカーへの脱皮」だったことをさきにのべた。これは、松下としてはいささか遅い感なきにしもあらずだが、昭和三十八年の家電業界の不振に松下相談役が自ら営業本部長代理となっての打開策が、一つは流通機構の簡素化と(この時、値崩れ防止のためにテレビにかくしナンバーを打って、後にダイエーとの間にトラブルが起った) コンピュータからの撤退だった。この撤Ed退の後遺症がエレクトロニクスへの進出の遅れとなったのであろう。
世の中は変わる。当然お客様の要求も変わっていく。それにつれて会社も変わらなければ生き残ることはできないのだ。「変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりかえる」ことが事業というものであることは、筆者が「経営戦略・利益戦略」篇ですでに述べていることである。
以上の四社の実例について全体的な検討を加えてみよう。
四社は、業種・業態・規模などは大きく違う。また、どの会社の社長もタ市場戦略ψ は全く知らず、販売方針に具体的なものはなく、販売部門が自由にーーというよりは勝手に、それぞれの考え方に基づいて販売活動を行なっていたのである。それにもかかわらず、四社に共通のーーというよりはク判。で押したような全く
同じ現象が見られるのである。それは、
一、なるべく広い地域に販売網を広げている。しかし、成功しているのはそのうちのごく小さな範囲でしかない。
phv 二、大市場至上主義により、ここに大きな販売努力を集中しているが、それは成功していないというよりは、全く敗北しているといったほうが適切である。
三、殆ど力を入れていない小さな市場や辺境の地において思わざる成功を収めている。
ということである。
これは、何か目に見えない大きな力に左右されているとしか思えない。アダム・スミス流の表現をとればク見えざる神の手ψ のようなものである。目に見えないもの||それが。市場原理ψ である。そして、その原理とは、明らかにランチェスタlの法則そのものである。さきに述べてあることと重複するが、これが根本的に重要なことであり、これが分れば市場戦略は半分は成功したも同様なので、あえてもう一度ここに強調することとした。
売上げを伸ばしたい。そのためには沢山売れるところ||つまり大市場を狙わな
ければダメだと誰しも考える。ここが肝腎なところである。誰しもそう思って大市場に殺到する。大市場は売手の超過剰となり、当然のこととして激しい競争となる。ここにランチェスターの法則が働いて弱いものは敗れ去っていく。
市場そのものは円i 大きくとも、多すぎる業者が参入するために、一社当りの市場は小さなものとなり、小さな市場だからこそ売上げは小さいのだ。この点をよくよく心得てもらいたいのだ。大市場で成功するのは、力の強い大子なのだ。これがランチェスタlの第一法則である。
大市場だということだけで参入しても、それは自分の会社だけではない。殆どの会社が自分の会社と全く閉じ考え方をして参入してくるのだ。この点の考慮が全く欠けているのである。それが失敗につながるのである。
大市場に対する考え方の完全な裏返しが、小市場・辺境の地に対する考え方である。そのためにこれらの市場に力を入れる業者は少なく、一社当りのマーケットは大きい。競争が少ないために値崩れも起さず、結局は大市場よりは遥かに有利なのである。
弱者の販売戦における自然の成行きは、常に大市場に弱く小市場に強いのだ。
くら大市場で成果をあげようとしても、そこには常に強者がおり、そこで勝つことはできないのである。
ランチェスタlの法則を知ろうと知るまいと、どのように行動しようとも、結果06 においてはランチェスターの法則どおりになってしまう。
それならば、ランチェスタlの法則を知り、この法則を利用することこそ賢明である。それには、まず市場の状況||特に敵の行動を調べて、敵に勝る兵力を要点に集中してこれを撃破し、あるいは敵の盲点を衝いて成果を収めることである。
人間の行動様式を知らず、ランチェスタlの法則を知らずに、急流にさかのぼるような愚をおかすようなことがあってはならないのである。
強者の領地に自らの力もわきまえずに攻め込んで、敗戦を繰返すなどの誤りを避け、自らの力で敵に勝てる戦場を自らの意思で選び、戦いに勝つ賢明さを身につけ
てもらいたいのである。
「強者」「弱者」 の戦略はどこが遣うか
戦いである限り、必ず強者と弱者がある。
では、その「強者の立場と弱者の立場で、ランチェスターの法則の販売戦略への適用はどう違うのだろうか」ということになる。この質問に対して、本当のところ私は返答に困るのである。
というのは強者であろうと弱者であろうと、その戦略は基本的には全く同じだからである。
もしも、これが遣うとしたら、そのほうがおかしいのである。戦いの法則である限り、強者だろうと弱者だろうと全く同じである。要はその法則をどう利用するかにあるのだ。
ランチェスターの法則が局地戦のみに適用される限り、弱者だろうと強者だろうと、特定の局地戦において、戦略的優位性をいかに実現するかなのである。
ただ、強者は総合力が大きいから、多くの戦場においての戦略的優位を発揮することができ、弱者は総合力で劣るが故に、いかにして敵の鋭鋒をかわし、自らの力で敵に勝る戦力を投入できる戦場に限定するかという限定戦になる。この点が違うだけである。
では、実際の戦略はどうかということになる。この点を考えてみよう。
強者の戦略
一口にいうと、総合力を如何に発揮するか、ということになる。
まず第一には、商品力を充実することである。
商品のレパートリーを広げ、その一つ一つのレパートリーにおいてのアイテムを多くするという「多種多品目」戦略である。お客様に商品選択の機会を多くすることになるからである。
トヨタとニッサンの車種数とそれ以外のメーカーの車種数の差を見れば分る。
第二には、サービスの優位性を確立することである。
この点は実に大手の弱点となっていて、弱者に乗ぜられる危険のある分野である。
特に、修理・メンテナンスに弱くクレーム処理にいたっては全く無視されるか、甚だしい場合には頭から認めようとしないことさえある。
もっとも、これらの点については弱者といえども決して十分ではない。大手が本当にお客様サービスに徹したなら、その偉力たるや絶大なものとなることは言をまたないのである。
第三には、キャンペーンの強化である。
強化のメリットは、強者において最も大きいからである。これによって企業イメージ・商品イメージの高揚を計るのである
第四には、作戦地域の拡大である。
自らの優位性を確保した余力をかつてまだ十分な占有率を確保していない地域の戦力を強化して、この地域を制覇するのである。
もう一つは蛇口数の拡大である。蛇口のカバー率を高めることも強者の特権である。
第五には、価格政策である。
プライスリーダーの地位をフルに活用して占有率をワ臼更に高めたり、収益性を向上させたりするのである。
ランチェスター単文略
そして、第六には陥2を叩くことである。我社の地位をおびやかすものは、常にぬ2だからである。陥2との聞の占有率の差を大きくして追随できなくすることごそ、本当の意味で勝利を収めることだからである。
第七には、敵を我が陣営に引入れることである。敵を叩くばかりが能ではない。これを我が陣営に引入れてしまうことは大きなメリットがある。特に、価格面の安定において非常に効果的である。
第八には、部分的な休戦又はタイアップを行なうことである。岡村製作所とイトlキで行なっている商品製作面での共同作戦は、お互いに得意な商品を相手に供給するというものである。
第九には、我社の占有率が圧倒的な場合には、弱小業者の生きる道を残しておくことである。弱小業者の商品と価格、得意先などを荒らさないことである。あまりいじめると、かえってク窮鼠猫をかむψ ことになりかねないのだ。特に価格を荒らされるおそれが多いのである。完全制覇は、かえって自らの損害が大きくなるので
以上が強者としての主な戦略である。では、弱者の戦略はどんなものであろうか。
弱者の戦略
一口にいえば、強者の戦略の逆をいくことである。強者と同じ土俵で角力をとったら敗れるのが当り前である。具体的にいえば、強者の死角・盲点を衝くことを主眼とし、自らの力に応じ、その力の範囲内で敵に勝る威力を発揮できる商品・地域に限定して、そこに販売努力を集中する、といううことになる。右の考え方に基づいて展開する作戦は、まず第一には、大手の苦手の商品||大手よりグレードの高い商品、プロ向けの商品、管理・取扱いに手数のかかる商品(たとえば生鮮品)、ファッション性の強いもの、特別の機能(たとえば耐火・超精密など)をそなえているもの、特殊仕様など、大手との正面衝突を避けるごとである。
第二には、サービスである。これは大手との正面衝突のようではあるが、4里ψの分野ではなく、ク質。の分野であるだけに数量法則が働かないのである。?」れ
は大手に勝つための弱者の最も強力な武器の一つである。
第三には、キャンペーンであるが、これは大手の手の届かない地域、
い商品に集中し、スキ間戦略に徹することが大切である。
持っていな
間違っても大手と同じ分野で同質のキャンペーンを行なわないこと、これをやれば逆に大手を利することになるからである。
第四には、作戦地域の限定である。自らの力で特定の作戦地域で大手に勝る戦力を投入するごとは、どんな小さな会社でも可能である。ある一社に限定して入り浸りとなれば、どんな会社でも必ず大手に勝つ戦力投入が可能だからだ。そとまでいかなくとも、毎日訪問となれば五社や十社はできる。毎日訪問を大手がやっている会社を避ければ、これだけの会社では大手に勝てることを考えていただきたいのでゃの司令。
敵に勝る訪問を確保できないところを、いくら訪問しても、その成果はみじめなばかり小さいのだ。このことを、くれぐれも忘れないように心に刻みつけていただきたいのである。
というのは、この原理を知らずに、我も我もとばかりに大市場に参入するという誤りを殆どの弱者が行なっているからだ。本節の実例の四社全部がそうだつたし、何故こうも人間というものは全く同じ誤った発想をするものかとあきれてしまうのである。大市場では大手に絶対に勝てないのだから、絶対に参入してはいけないのである。参入するのは、自らが大手と戦えるだけの力をそなえた後でなければならないのである。筆者が、くどく何回でも強調していることの真意をよく考えていただきたいのである。
弱者のもう一つの誤りは、戦線の拡大である。戦線の拡大は大手の戦略である。
これをやればやるほど一つ一つの戦場における我軍の兵力が小さくなってますます苦戦に陥るばかりだからだ。
それだけではない、この誤りの上にさらに誤りを積重ねるのは、拡大してもまだ空白の地域があるうちはここを狙って一日も早い進出をしようとすることであり、もう一つは進出している地域のうち、社長が最大の関心を払うのは、最も小額の売上げしかない地域だということである。こうした地域は我社の力が及、ばないからこそ、そうなっていることを忘れているのであり、もう一つの忘れものは、それらの地域は既に敵が制覇している、ということである。
Ed このような誤りは、すべて社長が。戦いψ を全く忘れてしまっているところから生れるのである。戦っていながら戦いを完全に忘れてしまっているという、何とも不可思議極まることなのである。いったい、このような社長の頭の中はどうなっているのだろうか。
第五には、価格であるが、強い商品はそれなりの価格を維持することができる。問題は弱い商品である。これは、大手よりは低価格でなければ売れないという不利はまぬかれない。その不利をおかしてまで大手と張り合うのは愚の骨頂というもの、不利であるからには、何か明確な理由がない限り、販売に力を入れることは誤りである。もともと大手より安いのだから、売れるだけにとどめておくのが賢明である。それが口惜しければ高く売れる商品を開発することである。
それを忘れて、さらに値引きして売上げを伸ばしても、それは成果ではなくて安売りによる収益低下||つまり、その分は損害だということを忘れないでもらいたいのである。
ところで、安くとも販売に努力しなくてはならない明確な理由というのはどういう場合であるかを考えてみよう。
まず、喰うためにはいたし方がない、という場合である。残念だが、その必要がphuなくなるまでは続けなければならない。次には、ク戦略的。安売りである。これは敵を安売りに巻込んでいためつける場合である。これは意図的なものだから、作戦計画の中に織込んで行なうべきである。決して無計画に行なってはならない。無計画に行なうのは単なる「乱売という経営者の怠慢」になってしまうのである。
第六には、我社のすぐ下の敵を叩くことである。大手がMm2を叩くのと同じ作戦である。これをうまく行なうことにより、我社より大きな敵と戦いを激化せずに差をつめる乙とができるのである。そして、それは大きな敵と戦うよりは楽である。我社の優位性こそ十分に利用することが名将のやることである。
第七には、どこかの会社と組んで||それは全面的ではなく部分的でよい||戦力を増加し、狙った敵を攻めるのである。場合によると我社より強い敵を目標に選ぶことさえ可能になるのだ。
しかし、乙れはかなり高度な作戦で、政治力を必要とするものだけに、いつでも、どこでもというわけにはいかない。慎重で十分な検討の後に行なう作戦である。以上が弱者の戦略の主なものだが、くれぐれも留意しなければならないのは、自らの力以上のムリをしないことである。もしも、ムリを承知でやる場合には、ムリは一箇所だけに限定して、社長が先頭に立って奮闘しなければならない。そして、
その進展状況を冷静に見きわめながら、いつでも撤退するという決定こそ、真の勇気であろう。
もしも成功を収めた場合には、それは初めからあまり戦力の差がなく、こちらの努力で戦力が上廻ったのであり、ムダ骨に終った時には、そこから教訓を汲みとることが大切なことである。
強者、弱者のともにおかし易い誤り
これは、既にのべたことであるが、重要なことなので再確認の意味で述べることにする。それは、飽和市場に対して新たな攻勢をかけることである。
この戦いは誰も得をするものがないのだ。たとえ販売に勝っても値崩れという損害をこうむるからである。
だから、飽和市場に対しては、そっとしておくことこそ最良の策である。
飽和市場に乗りこんで成功を収めることができるのは、優れたク新商品。である。新商品にとって、そこは飽和市場ではなくて新市場だからである。
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