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二、マーケティングの碁本理念

目次

マーケティングとは

マーケティングとは「総合的な市場活動」のことと解釈すればよいだろう。難しい定義づけなどは学者に任せておくことである。

市場というものは、そこに顧客がいる、そして顧客こそ企業存続の鍵を握っているのだ。その顧客にどう奉仕するかで企業の運命が変る。

この点については、私はすでに「経営戦略篇」で結論を出している。「変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりかえる」ことこそ事業経営である、という結論である。

この結論から導きだされるまず第一のことは、顧客の要求とは何であるかをつかむことである。さらに、その要求はどう変ってゆくのかの注意深い観察を必要とするのである。

第二には、顧客の要求を満たすために、我社はどうしなければならないか、何を捨て、何を築いてゆかなければならないか、ということである。右のような設間に答えるために必要な基本理念とは、いったいどんなものなのだろうか。

その理念をふまえて、顧客の方を向き、顧客の立場に立って考えてこそ、はじめて事業繁栄の道を見つけだせるのである。それは、

  1. 真の顧客は誰なのか
  2. 顧客は何を買うのか
  3. 顧客はどういう買い方をするのか
  4. 顧客の好みはどう変ってゆくのか
  5. 顧客は何に不満をもっているのか
  6. 販売網とそのチャンネルはいいか
  7. 販売促進活動は妥当か

というようなことである。これらの一つ一つについて、もう少しくわしく考えてみることにしよう。

真の顧客は誰か―購買決定者に売込め

K製作所は、建築金物のメーカーである。販売は建築金物問屋を通じて、工事業者に売られていた。販売促進活動は、それらの間屋に対するカタログの配布と訪間であった。

売上げは停滞気味で、業績も冴えなかった。

私は、『いくら問屋だけ攻めてもダメだ。問屋は工事業者に売れるものでなければ仕入れないからだ。だから、工事業者に直接働きかけることが必要なのだ』と説いた。

ところが『うちは間屋と取引しているのだから、そんなことはできない。もしも、そんなことをしたら問屋を怒らせてしまう』という返事である。

私は、『何も工事業者に直売せよといっているわけではない。だいいち、あなたの会社の体勢からしたら、そんなことができる筈がない。取引はあくまでも間屋を通して行なわなければならないのだ。私がいうのは、工事業者に直接働きかけて「私どもでは、このような商品を取揃えております。どうぞご用命を」とやるのではない。これでは間屋無視だ。

そうではなくて、間屋自身で行なうダイレクト・メールを、あなたの会社が代行することから始めるのだ。

問屋は何百種類もの商品を扱っている。人手も足りない。だから、ダイレクト・メールなどやりたくともなかなかできない。ましてや、あなたの会社の商品を特別にキャンペーンなんかできる筈がない。

だから、あなたの会社が問屋の代りにダイレクト・メールをするのだ。カタログには間屋のハンをおし、間屋の社名の入った封筒に入れ、あなたの会社で宛名を書く。費用は一切あなたの会社でもつ。

これは、まず問屋から得意先名簿を借りなければならない。しかし、間屋では簡単には貸してくれない。貸してくれる筈がない。問屋の立場からすれば、メーカーに直売されはしないか、という不安があるからだ。それは間屋が悪いのではない。

だから、よく趣旨を説明して、絶対に直売はしないことを約束する。

これは大切なことだから、社長か専務が問屋の社長に会って話をすること、決してセールスマンにやらせてはいけない。

ダイレクト・メールは、最初一カ月以内に二回同じものを出すこと。こうすると効果がある。

あとは、年一〜二回程度でよい。むろん、新商品発売などの時は特別にやるようにする。ダイレクト・メールの次には、あなたの会社のセールスマンが工事業者を直接訪問する。この時にも、必ず問屋に話をして了解をとってから行なうこと。同行販売でもよい』と勧告したのである。

ダイレクト・メールを問屋名で出すことは極めて大切である。一つには、問屋が喜ぶ。問屋にとっては、扱い商品の宣伝もさることながら自らの会社の宣伝になることを、より一層期待するからである。

つまり、「我社の宣伝」が主で、「特定メーカーの商品」などは二の次である。これが分らなければ、間屋とのつき合いをうまくやることはできないと知るべきだろう。

もう一つは、工事業者に対してである。同一の工事業者に対して、二つも三つもの問屋がK製作所の商品を売込んでいる。

これを、メーカーの名前で工事業者に宣伝するのでは、特定の問屋からの宣伝にはならない。同じ費用をかけるなら、間屋の喜ぶ方法がいいにきまっているのだ。

それよりも、間屋を通じての販売は、あくまでも間屋の顔を立てることが大切なのだ。これが顧客第一主義の精神なのである。

※大手はまず直接開拓して、その後、細かい販売は、問屋に任せる。

さて、K製作所のその後の売上げはというと、人手不足で思うようにはなかなか進まなかったけれど、それでもジリジリと売上げが上がりだしたのである。

その後、石油ショックで売手市場になり、販促活動は一時中断の形となった。

石油ショック後の不況に、また販促の必要にせまられた。今度こそ本腰を入れて販促をしなければならなくなった。私は再びハッパをかけた。

特に工事業者への直接訪間を強力に勧告した。何とか人をやりくりして、まず地元から再整備をすることにした。担当者がきめられ、間屋のセールスマンとの同行販売から始めた。その成果は目ざましかった。

不況でどうにもならなかった売上げが、この地元だけはニカ月間で約二割増である。

こうなると、間屋が喜ぶ。定期的に打合わせ会を開く、というような取りきめができる。問屋のセールスマンも張りきる。セールスマン同士はますます親しくなる、といいことずくめである。

この実績をふまえて、さらに地元の強化と、新たに重点地区を設けて、この二つに工事業者直撃作戦を開始したのである。成果が上がりだしたのはいうまでもない。こうして、K製作所は、不況の中で着実に業績をのばしていったのである。

K製作所の実例は、我々に「真の顧客とは誰か」ということについての、貴重な教訓を与えてくれる。

はじめ、K製作所では、顧客は建築金物問屋であると思っていた。したがって営業活動も問屋のみであった。しかし、よく考えてみると、間屋は工事業者が買わないものは扱わないのである。つまり、「工事業者の買わないものは間屋に売れない」ということである。

とすると、いくら問屋に日参して、「我社の商品を買ってくれ」といっても、それは販売促進ではなくて、押売りをやっているにしかすぎないことになる。

本当の意味での販売促進は、工事業者に買ってもらうような活動をすることである。買うか買わないかは、工事業者が決めるのだからである。

買うか買わないかを決める人を、「購買決定者」という。購買決定者こそ、真の顧客である。

K製作所の場合に、購買決定者は工事業者であり、間屋は「購買行為者」にしか過ぎないのである。いうまでもなく、K製作所のみならずすべてのメーカーにとって、間屋というのは購買決定者ではなくて、購買行為者なのだ。

この違いを知らずに問屋に対して販促行為を行なうのは、明らかに見当違いなのである。

子供がマーケットに惣菜を買いに行くのは、ママのいいつけで行く。つまり購買行為者である。その子供をつかまえて、『坊っちゃん、今日のエビフライは特別サービスですよ』と売込んでみても、『僕、ママにきかなければ分らない』ということになるだけだ。

購買決定者は主婦なのだ。こんな馬鹿な惣菜屋はないだろうが、世のメーカーの大部分は、購買行為者をつかまえて、あまり効果のない販売促進を行なっている。まったく阿呆らしいことである。

我社の商品の購買決定者は誰か、を先ず考えて、ここに直接売込みをするのが正しいのである。

しかし、購買決定者が一般大衆である場合には、訪問販売と通信販売を除いては、直接売込むわけにはいかない。その場合には、購買決定者に最も近いところ、つまり小売店や工事業者を狙うのである。

また、例えば玄関の扉のように購買決定者は消費者であっても、施主が業者のすすめによって選ぶ場合には、どんなものを業者がすすめるかによってきまる。

業者のすすめないものは、まず買わないからだ。この場合には、実質の購買決定者は業者であるとみなすことができるのである。

購買決定者に直接売込むことが大切だからといって、購買行為者を軽視して購買決定者にたやすく接触できるのは、購買行為者である間屋あってのことである。

メーカーにとっての購買決定者は、間屋にとってもやはり購買決定者である。だから、メーカーと問屋は共同の顧客に対して、共同の作戦を展開するのが正しいのである。

メーカーが真の顧客を認識せず、顧客は問屋であると思いこみ、問屋との間の価格の駆引きばかりやっているうちは、真の販売はないことを、よくよく心得なければならないのである。

顧客の要求は何か

N社は、パチンコ機械の販売会社である。N社の販売方針は、単に機械を売ればいいという、いい加減なものではない。パチンコ機械の引合があると、それが新設店である場合には、いきなり機械を売るようなことはしない。

まず、立地条件を調べる。もしも、それがパチンコ店として不適と判断すると、ここは立地条件が悪いからパチンコ店をやってもダメだから、やめたほうがよいでしょうと、断念をすすめるのである。

機械を売りたいのは山々であるが、はじめからダメと分っているのに機械を売ったら、うまくいかない時に、必ず機械が悪いといわれる。それでは会社の信用を落す。それよりもお客様に損害をかけることになる、というのだ。

立地条件がよい場合には、店舗設計からレイアウト、玉売器から景品、さてはかける音楽のレコードまで、お客様の要望によってすべての段取りをとる。「釘師」の紹介までしたかどうかは聞きもらしたが、ここまでお客様のためにやるとは立派なものである。

そういうことは、すべて儲けにつながるじゃないか、と横槍を入れる前に、同社の方針をきいてもらいたい。それは、我社はパチンコ機械を売るのではない。

パチンコ店の繁栄を売るのだ、というのである。これこそ正しい態度である。この正しい態度は、当然のこととして利益を生む。お客様への奉仕の正当な報酬である。

顧客が欲しいのは商品ではない。商品のもっているはたらきである。

パチンコ機械が欲しいのではなくて、事業の繁栄が欲しいのである。そして、顧客の要求を満たすことこそ会社の使命である。その使命を、よりよく果した会社が、その度合いに応じて報酬を手に入れることができるのである。

だからこそ、社長は我社の事業を考える時に、先ず顧客の要求を知るところから入らなければならない。「お客様は何を我社に求めているのか。我社の商品やサービスのどこに不満をもっているのか。お客様の好みはどう変ってゆくのか」というようなことをよく研究するところから入るのである。

そして、「お客様の要求を満たすには、我社は何をしなければならないか」という設問こそ大切である。

それをやらずに、やたらと売りあせっても、決していい結果は得られないのであり、お客様の要求を満たすと、即座に収益が手に入るのである。

F社は小さな「単店スーパー」であった。扱い商品は小型スーパーの常道に従って、食糧品と日用雑貨である。商圏は半径三百メートルにも満たなかった。業績は芳しくなく、決算はいつも赤黒の境界線を出たり入ったりしていた。

社長は、業績の悪いのは立地条件が悪いと思っていた。それは、ある意味では当っていた。日曜日には、お客様は都心部へ出て買物をするために、F社の売上げは落ちるからである。

しかし、立地条件が悪いといってみても何の解決にもならない。困り果てて私のところへ相談をかけてきたのである。

F社にお伺いして、右のようなことを社長からきいた後に、売場を見せてもらった。 一見して分ったことは、社長がスーパーの品揃えの原則である「商品回転率」を知らないように思えたので、商品別の売上げと陳列面積(私は陳列長でみる)当りの売上高を調べてみた。

案の定であった。最も売上高の高い、つまり商品回転率のよいものはク揚物´であり、次には「鮮魚」、ついで「青果」であった。ドライ食品瓶・缶詰類のうち、缶詰類が特に悪かった。日用雑貨はごく一部を除き、売上げは振るわなかった。

どんな品揃えの方針をとっているのかときいてみると、それが分らなくて困っているという。「目玉商品」についても、どうもピンとこないし、特売の要領もよく分らないというのである。

これでは業績が上がらないのが当り前である。何をやるにも、そこには顧客の要求をふまえた自らの事業方針がなければならないのである。まず、それを確立しなければならない。

私は社長に次のように勧告した。

定石通りにいけば、商品の回転率基準を設けて、それによる商品のスクラップ・アンド・ビルドを行なうのである。また、やる必要がある。

そして、それなりの効果はあるだろうけれど、売場面積、立地条件など考えると、それだけでは多くを期待できそうもない。これといった特色をもたせることにはならないからだ。

ここで考えなければならないのが、お客様の要求ということである。いわずと知れた、「良い品を安く」である。特に食糧品の場合に、この要求が強い。

この要求のすべてを満たそうとしても、そんなことができる筈がない。だから、特定のものに限って、それについてお客様の要求を十分に満足させることを考えるのがよい。

あなたの会社の場合、それは生鮮三品(青果、鮮魚、精肉) と惣菜を狙うべきだ。生鮮三品は、都心部の大型スーパーが必ずしも強くない。だからこそ、あなたの会社の特色になるのだ。

そのやり方は、三品のうち、野菜と鮮魚は毎日の相場の上がり下がりが非常に大きいので毎日市場で一番安い商品を、二〜三点いつもの三倍仕入れて、「本日の特売品」として売るようにする。反対に、高いものは仕入れないようにするのだ。こうすれば、お客様には喜ばれ、あなたの会社の収益は増加する。

安売りしても十分な収益率は確保できるからだ。これが商売の知恵というものだ。

これを毎日続ける。 一日も欠かしてはいけない。食事は毎日やるものだ。こうなると、お客様は、あなたの店に来れば必ず安い品があると思うようになる。だから毎日必ずやらなければならないのだ。

もしも、特売があったりなかったりしたら、お客様は「あて」にしなくなる。

これではお客様を引きつけることはできない。だから市場に、もしも適当な商品がなかった場合でも、原価販売する気で特売品を必ずつくることを怠ってはいけない。

お客様第一だからだ。

そして、この奉仕は必ず報われる。次に精肉だが、これは精肉という枠を外して考えること。その第一は臓物だ。

これは、仕入先でスーパー用には何がよく出るかをきいて、まずそれを一種類か二種類売って見る。これだけでは、いかにも芸がない。私だったら、「臓物の試食販売」と「臓物のおいしい調理の仕かた」というチラシかパンフレットをつくる。これくらいの努力をしなければダメだ。手をこまねいていて業績など上がるものではない。

※調理の仕方のパンフレットを入れる。

最後に「惣菜」である。これは、サラダが一番よく売れているから、まずサラダをさらにうまくする工夫をする。これには仕入先ばかり頼らずに、自分のところで作ることを考えてみてはどうか。

そして、煮物を十種類、できれば二十種類をそろえ、パッケージでなく、ガラスケースに容器盛りつけとし、計り売りという対面販売に切換える。

それに「揚物」である。これも、少なくとも五種類程度は揃えたい。人手が新たに要るのだろうが、惣菜と揚物は、夕方のピーク時に時間を限定するなどの工夫をしてみてはどうか。

以上のようなことは、どれもやってみなければ分らない。成功するかどうかは、お客様がきめる。お客様の要求に合えば売上げが伸びるし、合わなければダメなのだから止めたらよいのだ』というようなことである。

先ず手始めに、野菜と鮮魚をやってみた。特売品は連日売切れである。そして、次第に来店客数が多くなっていった。小売店というところは、来店客の数と売上げが比例するという性質をもっている。こうして、特売品以外の売上高も次第に上がるようになったのである。

T社長は、『なかなか好調です。これで自信がでてきました』と大喜びであった。

顧客の要求を満たすと右のようになるのである。当然のこととして、顧客の要求に合わなければ、その事業や商品は顧客から見捨てられてゆくのである。

長野県のY温泉のある旅館は、「安ければよい」と思いこんで、徹底した安値作戦をとった。これで繁盛間違いなしと思いきや、お客様は次第に減り、ついに倒産してしまった。「安かろう、悪かろう」だったからである。

スキー客や海水浴客相手の民宿ではあるまいし、ただ安ければいいというものではない。そのスキー客や海水浴客でも、学生ならいざ知らず、安いだけではダメである。

Y温泉は、民宿などはない。レッキとした温泉地である。その温泉地に、安いだけの旅館が成立つわけがない。わざわざ旅費をかけて楽しみと安らぎを求めて来るお客様の要求を全く知らなかったのである。

K社にお伺いした時に、会議室にパイプ製のお粗末な「マッサージ椅子」が置いてあった。きいて見ると″見本クだという。『これは売れませんね』というと、『どうして分りますか』という社長の質問である。私に図星をさされたからだ。

私は次のように説明した。『マッサージ椅子というものは、どんなお客様が買うか考えてみたら分る。 一般大衆は先ず買わない。買うのは、旅館、浴場サウナなどの営業用と、この椅子を置くスペースのある広い家をもった個人であろう。営業用に、こんな粗末なものを買う筈がないのはいうまでもないし、個人にしても、これを買うゆとりのある家は、可成りの収入がある。その家に、こんなお粗末なものを置けるかどうか考えてみたら分る』と。

自動販売機全盛時代とまではいかないけれど、かなり普及されてきた。ところで、初期の自動販売機の故障で迷惑を受けた覚えは大方お持ちであろう。最近はかなり良くなってきたが。

何故あんなにも故障が多いのだろうか。理由は簡単、「安いことはいいこと」という「神話」のためである。末端価格あるいはリース料が安ければ売れるという、単細胞的思想がメーカーにこびりついて離れないのである。

そのためには、「コストを安く」ということになり、設計は全くお粗末極まるものになってゆく。故障しない方が不思議なのだ。

その上、流通業者のマージンが、これまた低い。その低いマージンの中で、次から次へと故障する機械の修理をしなくてはならない流通業者は、たまったものではない。

私の知人がこれをやっているが、『こんな世話のやける機械はない。その上、低マージンで何をやっているか分らない。乗り出した舟だから、何とかやり続けたいとは思うけれども、何とも馬鹿らしいことだ』と私にボヤイているのである。

「安ければよい」という「神話」は、日本人の中に深く根を下ろしてしまっている。たしかに安いにこしたことはない。しかし、「安かろう、悪かろう」では何にもならない。これではお客様が迷惑するだけだ。お客様はバカではない、 一時は安いということでとびっいても、品質が悪ければ、やがてははなれていく。お客様に見放されたら、事業は終りなのだ。

賢明な社長は、必ず「顧客の要求する商品と、その商品に備えなければならない品質」を一番先に考える。価格は二の次だ。これが本当である。

だから、商品の品質のよし悪しは、社長が賢いか馬鹿かのバロメーターになるのだ。よい品質でなければ、お客様の要求に答えられないことを、賢い社長は知っており、馬鹿社長は知らないのである。

メーカーにとって、流通業者は流通機構であると同時に顧客でもある。顧客であるからには、その顧客の要求をどう満たすかがメーカーの課題である。

流通業者の欲しいのは只一つ。それは「マージン」である。この当り前のことが意外なほど理解されていないのは、どうしたことなのだろうか。

そのいい例が、メーカーの作るヵタログである。あとで改めてふれるが、いつたい消費者向けなのか、それとも流通業者向けなのか分らないものが、恐らくは過半数はある。

流通業者向けのカタログに、商品のメリットを説明して何になるというのだろう。全くの見当違いである。流通業者に商品のメリットを説明するには、消費者向けのカタログとかチラシで事は済む。

流通業者向けか消費者向けか分らぬカタログは、恐らくは「兼用」しているのだろうという善意の解釈でもしておこう。

流通業者の要求はただ一つマージンであることを認識し、それを満たすにはどうするかを考えるのである。それは、単にマージン率を高くしたらいいというような簡単なものではない。このような考え方は明らかに「天動説」である。「流通業者にはマージンを高くしておけば我社のために懸命に働く」という思想である。

そうは問屋が卸さないのだ。マージン率を高くすれば、たしかに流通業者の動機づけにはなる。しかし、もしも過当競争の業界であると、それは価格競争をあおる原因になる。そして、流通業者は低下したマージン率では引合わないので、メーカーに対して値下げを要求してくる。

この要求に応じたら、流通業者はさらに価格競争に走る、という悪循環を繰返すことになってしまう。

では、本当の意味で、流通業者にマージンを得させるためには、メーカーはどうしたらいいのか。ここでは設間のみに止めておくことにする。

顧客の好みはどう変ってゆくのか

『最近、婚礼用は二点セットがよく出るようになりましたよ』と、ある家具店の主人の話である。婚礼家具といえば、かつては三点セットあるいは四点セットであった。それが最近は変ってきたというのだ。

それは、最近団地が多くなり、団地の狭い家では三点セットや四点セットは置くスペースがない、ということが原因らしい、とその主人は話してくれた。さあそうなると、メーカーの方で考えなくてはならない。それは、三点セットや四点セットがそのまま売れることもあれば、そのうち二点だけしか売れない場合もある。二点だけ売れると、その分だけ補充買いをすることになる。

こうなると、メーカーは少なくとも一年間はモデル・チェンジができなくなるのだ。モデル・チェンジすると、小売店の補充買いに応ぜられず、こうしたメーカーの商品は小売店が買わなくなるのだ。

ところで、婚礼家具のメーカーは殆んどが婚礼家具専門である。そして、モデルはあまり多くない。手のかかる婚礼セットに、そう多くの型は作りきれないからである。

もしも、新型が売れないとなると、一年間売れない商品をかかえて苦しまなくてはならなくなる。どうしても売れる商品をつくらなければならない、という困難な課題と、売れたものだけ補充生産する、という厄介なことをやっていかなければならないのである。

顧客の好みというものは、世の中が変るに従って変ってゆく。特に石油ショックを境にして大きな変り方を見せている。「消費は美徳なり」という使い捨ての時代から、「節約は美徳へ」と大きく変った。そのために、修理業、修繕屋が大忙しということになり、補修部品がよく売れる。すべて実質時代に入ったのだ。

当然、いままで売れていたものが売れなくなり、売れなかったものが売れるようになる。

売れなくなったものを作っていたメーカーや、それを取扱っていた流通業者は痛手をうける。

売れなくなってからでは間に合わない。 一日も早くこの兆候をとらえて手を打たなければならない。それにはどうしたらいいのだろうか。

商品というものは、水物や際物を除いたら、急に売れなくなる、ということはまずない。売行きの伸びがだんだん落ちてゆき、頭打ちし、除々に下がってゆく、という過程を辿るものだ。

この過程は、売上高年計グラフ(経営戦略篇三二一頁を参照されたし)で見ていれば分る。

しかし、グラフだけ見ていればいいというものではない。グラフには、顧客の好みの変化だけでなく、他社の「割込み」による影響もある。このように色色な要因が合成されているものだからである。

だから、年計グラフだけに頼っていては分らない。どうしても外部情報を的確につかみ、その情報をふまえて年計グラフを読んでこそ、正しい状況判断ができるのである。

外部情報を的確につかむためには、セールスマンの情報だけでは、甚だ偏ったものになる。セールスマンの情報には、常にセールスマン自身の利害がからんで、本人の不利になるような情報は握りつぶしてしまうからである。

それだけではない。セールスマンというものは、販売することが役割であり、その関心は情報にはない。ただ一つ敏感なのは、自分の売上げに直接影響のある情報なのだ。

ある社長は『うちのセールスマンは、うちの競合商品でうちより安いものの情報しか手に入れない』と笑っていたが、こんなものである。

大切な情報はセールスマンからは得られない、と思うべきである。それよりも、我社の将来を左右する重大な情報活動をセールスマンに任せておくこと自体、社長にとって怠慢この上ないことである。社長自ら外部に出かけて行き、自ら情報を集めるべきである。

同じことを見ても、聞いても、社長とセールスマンでは、とらえ方の次元が全く違うものである。また、社長が行けば、相手の会社でも偉い人が必ず応待してくれる。当然、次元の高い情報が手に入ることになるのである。

顧客はどんな買い方をするか

ある土産品専門の菓子のメーカーである。売上げが停滞して赤字続きで困っているというので、とにかくお伺いして商品を見せてもらった。全商品が机の上に並べられた。 一目見て、「これはいけない」と感じた。

容器のデザインが全く成っていなかった。すぐ、デザインの変更を勧告した。この場合にも、全部一度にとりかえるのではなくて、先ず一つか二つを取上げて、新デザインにする。それを試売してみる。

成績がよければ切換え、悪ければ捨てる、というように、除々にやることを注意した。

それらの商品の中に、最近容器を変えたらさっぱり売れなくなったものがあその商品は、従来はプラスチックの箱で、フタが透明であった。しかし容器が高すぎるので、紙に変えたというのである。

現物を見ると、「これはいけない。これで売れるわけがない」と思った。その容器は中味が見えなかったのである。商品名は、凝った名前なので、それから中味が何であるかは分らない。何が入っているか分らない商品が売れるわけはないのだ。

こんな初歩的なことさえ分らないのでは商売はできない。すぐ、容器のデザインはそのままでいいから、取りあえず上面だけ透明にしたものに変えるように申しあげた。

その結果、売上げはもとにもどったのである。また、ある家具店で、客引のために子供用の三輪車を店先に並べたらどうか、という。馬鹿言うんじゃない。家具店のお客様は子供づれで来るのじゃない。

婚礼家具ならば、母娘づれか、フィアンセをつれてくるにきまっている。応接セットなら夫婦でくる。ピント外れなことは止めて、家具それ自体の売れ筋商品を研究すること。さらに大切なことは、何でもかでもの「万屋」根性をすてて、重点商品をきめて豊富な品揃えをして特色を出すことを勧めたのである。

ある風呂釜のメーカーは、本社の立地条件がいいから、表通りに面したところをショールームにしたい、という。だいたい、風呂釜なるものを、通行人が見る筈がない。

人間というものは、自分の関心のないものは見ようとしないのだ。風呂釜は買廻り品ではなくて、業者に勧められて買う。街へ出て、風呂釜を見ようという人はいないのだ。

こういうのを自己満足という。K市第一の商店街の、しかも角店という絶好の位置を占める洋品店があった。

小型店にもかかわらず、大きなショーウインドを設けていた。そのために、中に入るには一メートルくらいの狭い入口しかない。こういう店は売れないぞと思い、前を通るたびに中をのぞいて見た。いつもお客様はいなかった。

一流商店街である。いくら小型店とはいえ、これではヒドイと思った。二年程で店じまいをしてしまった。その後を引継いだ店は、同じ洋品店ではあったが、ショーウインドを奥行方向に長くし、しかも小さく改造して入口を広くした。今度はお客様がよく入るようになった。その店は、もう二十年以上も続いている。

商品は、「衝動買い」のお客様が大切なのである。そのためには、とにもかくにもお客様が店内に入って、商品をみてくれる、ということが先決なのだ。入口が大きいということはお客様が店内も見られるし、入りやすいのである。

それを、デパートの真似をして大きなショーウインドを設ける。デパートのお客様は、デパートを目指して来る。それに、いつも大勢のお客様がいるから気楽に入りやすい。だからこそ、入回は狭くとも、お客様の出入りに支障さえ来たさなければいいのである。

小店舗はデパートとは違う。狭い入口からお客様は入りにくいことを知らなければならないのである。メーカーや流通業者は、どういう買い方をするのだろうか。

まず、限界生産者の商品または限界商品はなかなか買おうとしない。消費者が買おうとしないからだ。また、実績のないものを買うことは稀れである。

エンドユーザーにとっては品質上の心配があるし、流通業者にとっては売込みが難しいからである。それを、「新商品とは、アイデア商品である」というおかしな神話ができ上がっていて、アイデア商品と称する実績のない商品を売ろうとしている。

アイデア商品必ずしも売れないのではないが、それには売り方に工夫を要するのである。

顧客の研究のないところに販売増進はありえない、という平凡な原理をふまえることが、事業経営を成功に導くものであることを肝に銘じなければならないのである。

社長はお客様のところへ行け

前項で、マーケティングの基本理念をのべた。一口で言うと、それは「お客様を知ること」ということになる。

お客様を知る方法にはいろいろある。社長は、あらゆる方法を使ってお客様を知ることに努力しなければならない。そして、それらは貴重な情報を社長にもたらしてくれるのである。

しかし、それらの情報の画竜点睛こそ、社長自らがお客様のところへ出かけていって、自らの目と耳と肌で、お客様の要求を見、聞き、感じとることなのである。

これをやらない社長は、何をどうやろうと、正しい事業経営はできないものと知るべきである。

このことは、拙著『一倉定の社長学』で、繰返し主張してきたし、これからも耳にタコができるほど繰返されると思う。それほど大切なことであると同時に、これほど認識されていないこともないからである。この項でも、実例をあげて強調しよう。

第一話

N社は、配電機器・機械の問屋である。創業以来十五年、業績は思わしくなかった。どうしても売上げが増えないのである。

社長は「穴熊」であった。大手三社の外は一度もお客様のところへ顔を出したことはないという。私は、三週間後にお伺いするから、それまでに最低二十社を訪問して、その結果を知らせてもらいたいと約束した。

三週間後にお伺いした時に、社長は『一倉さん、うちの売上げの上がらない理由が分りましたよ。得意先の殆んどが、五人以下の零細業者なのです。

私は、今の今までこんなことを全く知らなかったのは恥ずかしい次第です。それに、もう一つ大事なことがわかりました。

私のところは、S社の特約店ですが、S社の商品だけでは、お客様の欲しい品物を揃えることができないことが分りました。仕入先を増やさなければいけませんね』と。創業十五年で、はじめて我社の事業の実態をつかんだのである。

第二話

0社は中堅どころの製パン業者である。0社にお伺いして、社長は外に出るかをきいて見た。外には出るけれども、得意先であるスーパーや食品店には、全くといっていいほど訪問したことはないという。専務も常務も外には出なかった。重役陣も「穴熊」だったのだ。

私は社長はじめ全重役に、お客様を訪問することをすすめた。訪問先は、売上高ABC分析表にしたがい、Aクラス二十社、Bクラス二十社、Cクラス二十社だった。

訪問先で何を見、何を感じたかをきいてみると、 一番感じたことはCクラスの得意先に関してであった。それらは場末の零細店であったり、「梅千婆さん」がやっている店で折角のパンをガラス瓶の中にギューギュー押しつけてしまったり、 一店だけポツンと人家からはなれていたりした。

どの店を見ても、これ以上の売上げは期待できそうになく、その上、こんな店では会社のイメージ・ダウンになる、という結論に達し、私のすすめていた「九五%の原理」による陶汰の意味を理解し、売上高の二%で下位三〇〇店、得意先の数にして約三〇%を切捨てることを決定したのである。

しばらくすると、また得意先訪間をやらなくなってしまった。厄介な社長である。そこである時、とにかく会社の近所だけ十店か二十店、 一倉もいっしょに廻るからといって、首に縄をつけるようにしてつれだした。一番先に訪問したのは、会社のすぐそばで、売上高は一位のスーパーだった。

そこの店長に会って話をきくと『お宅のパンはよく売れるので、ゴンドラニつ分(六尺)に陳列しているのを、もう一つ、三尺分増やしたいと思い、いくらお宅のセールスマンに言ってもやってくれない。仕方がないので、別の商品をならべている』というのである。何たる事なのか。これで売上げが思うように上がらないとボヤイているのだ。

私は、ゴンドラを増やすだけでなく、会社から近いのだし、ベスト・ワンの得意先なのだから、 一日二回配送をしたらどうか、パンの売れだす午後三時までに二回目を行なうようにすすめた。

売行きのいい店を調べて、 一日二回配送をすることが、その次に考えられるのである。

それ以外に十店余り回った結果、いろいろなことが分った。パンは硝子ケースよりも、オープン・ケースのほうがよく売れる。

二年程前に、全得意先のケースをオープンに変えるよう指示したのに、まだ硝子ケースの店が数店あった。指示の出しっ放しで、あとのチェックをやっていないからこういうことになる。

ある店では、『あなたのところでは、何年も新製品をもって来てくれない。いったい何をしているか』という苦情である。

新製品を出していないどころか、あまり不用意に新製品を出しすぎるから、私はもっと十分お客様の好みを調べて確かなものを出しなさい、と勧告していたのだ。

パンは、どの店にとっても主力商品でない場合が殆んどである。そのくせ品種が多いので、どの店でもメーカーのセールスマンに任せきりにしている。

品揃えはセールスマンの考え一つで行なわれている。この店の場合は、セールスマンが面倒臭がっているのか、どうせ新製品など売れないから(本当に売れないものが多かったのだ)商品の入替えをしても仕方がない、と思っていたのかは分らないけれど、これでいいわけはないのである。私は次のような提案をした。

『品揃えをこちらでやるのなら、それなりの工夫がある。それは、品揃えの基準をきめて、全社統一するのだ。陳列ケースは大中小の二つに大別する。どのケースにも、ベース商品として、食バンとあなたの会社の切札商品の二種類をおき、それ以外のスペースは、大中小それぞれに、よく売れるものは分っているのだから、その順にまず小をきめ、それに中、次は大と商品の種類を増やすか、 一品当りの数を増やすかは研究するとして、とにかくきめること。

品揃えは固定せずに、 一週間単位のローテーションを組む。もう一つ立地条件による違いを加味することが必要である。仮に、商店街と住宅地と二つに分けたら、

この二つについて、それぞれ大中小の三種類、計六種類のローテーションができ上がる。百五十種類もあるものを、毎日毎日セールスマンの要求をまとめて作るなど、労多くして効少なし、基準をきめれば毎日の製造計画は自動的に組める。

このような基準に従ってやってみて、あとはその実績に教わって基準の手直しと、毎日の調整を行なうようにする。基準の設定については、あなたの会社のトップセールスマンにやらせたらいい』というのであった。

そのトップセールスマンは、今は管理職となって第一線から退いている。やっている仕事は事務系統だという。こういうのを「宝の持ち腐れ」という。

前にも社長たちがお得意先を廻った時に、あのセールスマンはどうした、うちの担当にしてもらいたい、という希望が多かったということだ。それを事務職にしてしまっている。

恐らく本人は、事務職よりも販売の方を望んでいるに違いない。それを、年功ということだけで管理職にし、本人の能力も希望も無視している。不用意なエスカレーター人事がここにある。

私は、『何ともったいないことをするのか、管理職にするのはいいが、やらせる仕事が間違っている。事務職などやらせず、会社の商品の得意先別品揃えの責任者にして、私がさっき提案したことをやらせるのだ。恐らくは、 一倉よりももっとよいやり方を知っているに違いない』と、半分はきめつけるような提言である。

その人のやり方は、何と私が提案したのと基本的には全く一致していたのには、私の方で驚いてしまったのである。

第三話

N社は家具問屋であった。業績は振わず、社長は会社にこもりっきりで、どうしていいか分らなかった。

私は社長にお客様のところへ行かなければダメだ、どうしたらいいかは、お客様が教えてくれる、とすすめた。

私のすすめで得意先訪間を始めた社長がまず気がついたのは、セールスマンは社長が訪問してもらいたいところへは行かずに、自分の行きよいところへ行く、ということだったのである。

社長がセールスマンに行ってもらいたい店は、大型店、店格の高い店、立地条件のいい店などであったが、セールスマンはそこにはあまり行かないのである。

中には二年以上も訪問していない店があり、先方から、お前のところはなぜ来ないのだ、といわれた。かつては上得意であったものが、今は殆んど取引中止のような状態であった。

セールスマンがしばしば行く得意先は小さな得意先で、とても売上げ増大を見込めるような店ではない場合が多かった。

それどころか、いつ店じまいするか分らぬようなところも、かなりあった。あるセールスマンの如きは、得意先に友達がいるので、毎日訪問していた。これでは営業ではなくて、遊びに行っているのだ。

しかし、もっと重要なことをお客様から言われた。それも、大型店、店格の高い店からである。それは、N社の商品構成の偏りであった。

家具は、数年前から、メーカーが問屋をとび越して直接小売店に販売するケースが増えてきたのである。これに対して、N社では、メーカーが小売店に直売のやりにくいもの、つまり「低価格で多量に出るもの」という線にそって、食堂セットその他の「足物」に重点を置いていた。完全に「逃げ」の経営だったのである。

ところが、大型店や店格の高い店では、仕入先はなるべく少なくする、という方針をとっていた。多数の仕入先から、少しずつ仕入れるのでは面倒だからである。当然、強い商品を多種類持っている問屋がよいことになる。N社はこのお客様の要望に合わなかったのである。

このことは、既に社長はセールスマンの報告で知っていた。しかし、それほど大きな問題とは思っていなかった。現在の商品構成こそ、メーカーの直売攻勢をかわせる体勢だと思っていたからである。

お得意を訪問して、社長自ら先方の要望をきくと、腹にこたえた。今までの自分の考え方が間違っていたことを、イヤというほど思い知らされたのである。社長の得意先訪間によって、N社の新しい方向づけの示唆が得られ、これに基づいて、新たな方針がきまった。

まず第一には商品構成の充実である。従来の主力商品である食堂セットに食器棚、座卓を加えて、この二つを最重点商品とし、主力商品として、従来も多少扱っていた応接セットと書棚を選定した。

それらの商品は、それぞれ品種を充実するとともに、その種類をいくつにするかの基準をきめ、あとは実績によって、スクラップ・アンド・ビルドを行なってゆく。以上を五本柱として、その周辺を守る商品と、成行に任せる商品、陶汰する商品をきめていった。

商品は格段の充実ではあっても、会社全体としての品種はかえって減少したのである。得意先に対する訪間は、得意先をABCの二つに格付し、それぞれの基準訪問回数をきめることにした。

このような方針は、「経営計画書」に明文化され、社内に徹底された。その後、N社は徐々にではあるが、業績向上の道を確実に歩みはじめたのである。

第四話

K商事は高級衣裳の問屋である。問屋とはいえ、高級ドレスなどは、自社にデザイン部門をもっている。この意味ではメーカーでもある。

得意先は全国の高級専門店で、デパートには入れていない。この辺は立派である。自らの販売チャンネルを自らの意思でしっかりときめているからだ。

社長のK氏から、ちょっとでいいからお目にかかりたい、というので、仕事が終ってから会社へ参上した。

特に用事はなく、なんでも知人から私のことをきいたので、 一度話をしてみたかったということで、気楽に雑談をした。

その雑談の中で、私は、社長は外に出なければダメだということを申しあげた。K社長も、あまりお得意先の訪間はしていなかったらしい。

K社長は私の言に、何か感じたことがあったのだろう、早速、お得意先を廻りだした。その結果は、人伝てにきいたところでは売上倍増だという。本当に三倍になったのではないだろうが、相当大きな売上増だったのだろう。

K社長は、『こんなに効果があるとは思わなかった。これからは、毎年定期的に全国のお得意先訪間をする』と言われたという。

その後、同社の常務が私のセミナーに参加されたので、社長のことをきいてみたら『張りきってお得意先を廻っていますよ』とのご返事であった。

第五話

E社は、ある機械部品が主力商品であった。社長は社内にこもり、内部管理に懸命であった。社長の最大の関心は「コスト」に向いていた。

私のすすめで、得意先を廻ることになった。ディーラーを訪問しても、あまり意味はない、エンド・ユーザーを訪問しなければダメだ、という助言にしたがって、ユーザーを廻ったのである。

エンド・ユーザーのうち、E社が最重要顧客として何とか売上げを伸ばしたいと思っていた会社からの注文が最近減少の一途を辿っていた原因が、ハッキリ分った。

ディーラーが最近全くそのエンド・ユーザーを訪問していないというのである。「ディーラーに任せっぱなしではいけない」という私の意見が実証されたというのが社長の感想である。

また、これも最重要得意先であるけれども、そこで、E社の商品と競合会社の商品との比較試験があった時に、これに立会った。

その時、社長の目の前でE社の商品がこわれてしまったのである。これはまさにE社長にとっては痛棒であった。コスト主義の危険をまざまざと見せつけられたのである。

この事実をふまえて、品質というよりも、その上をゆく「信頼性」向上の必要性を説く私の意見を容れて、E社では「信頼性向上プロジェクト計画」をたて、強力に推進することになった。

第六話

T社は塩ビ製のホースの専門メーカーで、業界では中堅どころであった。

私がお伺いした時には、石油ショック後の不況のため、売上げは減少の一途であった。しかし、まだ赤字というわけではなかった。

実質的経営者である専務の悩みはいろいろあった。その中で最大なものは、我社の商品構成をどうするか、ということであり、もう一つはマーケットを拡大するための商品の改良であった。どちらも事業経営に関する基本命題である。

私はそういうことはお得意様に教えてもらう以外に手はないことを説明し、専務が自らお得意先に出かけて、お得意様の意見をきかなければダメであると説得意先を廻りはじめた専務の最初の感じは『特約店は我社の商品をかつぎ廻って売ってくれない』という、むしろ不満であった。それが「天動説」なのだ。

特約店だから我社の商品を売ってくれるのが当り前だと思っていたのに、水をかけられたのである。私は『お得意先を廻るのは、いい薬だ。やっと本当のことが分ったのだから』と専務に申しあげた。

得意先で、口を揃えて言われたことは「材質が硬すぎる」ということであった。冬期にはコチコチになって、切売りするのに大変だというのである。

そのことは、いままでもセールスマンから聞いてはいた。しかし、専務はそれを聞き流していたのであった。

ところが、どこへ行ってもそれを言われるので、これは重大問題だと気がついた。やはり、自分の耳で聞かなければならないと痛感したのである。

材質をやわらかくすることはできる。現在、 一部高級品として作っているからだ。しかし、コストが三割も上がる。これでは競争には勝てない、という新たな問題が持ち上がってきた。「忠ならんと欲すれば孝ならず」である。

専務は悩んだ。私は『専務、そんなことを心配する必要はない。こういう場合に大切なことは、 一度に両立させようとしないで、先ず一方を解決する。次に残った方を攻める、ということだ。この場合は、何といっても品質が優先する。

だから、コストは二の次にして、まず狙った品質を実現する。これは、原料を変えればいいというのだから、事は簡単。問題はコストということになる。

この点について、一倉の考えをいえば、社員が三割高というのは、まず、必ずといっていいくらいサバを読んでいる。サバで悪ければ安全率だ。

こうした場合に、社員は必ずこういう答え方をするものであることを、知っていなければならない。「三割上がるな」と思うと、「三割上がります」と答えるのだ。

見積原価表を提出させたところで安全率を織込むことに変りはない。何故かというと、もしも三割以上上がった場合に、見積り違いの責任を追及されるからだ。

高めに報告しておいて、実際にやって見たら、それ以下だった場合には、責任を追及されない。だから、社員の言うことを鵜呑みにせず、まずは三割五分以上は上がらないと思ったらよい。

原料は現在袋詰を買っているということだが、「小口買」の値段をハジイている。これを、 一車単位の「大口買」にしたら下がることは間違いないし、メーカーが新プラントを建設する計画があるということ

だから、値下がりの可能性がある。製造工程だって、工夫をすれば合理化の余地がかなりあることは、いままでの経験で分っていることだ。

だから、あくまでも高級化を狙って、これを推進することだ。それでも、始めのうちはうまくいかないかも知れない。その時は収益性は落ちても値上げは最少限に抑えて、あくまでもお客様の要求を優先する。道は必ず開けるのだ。それは専務の決意次第だ』と「決」を促したのである。そして、専務は、品質改良を決意した。

専務の得意先廻りは次第に多くなり、最近は殆んど出張である。金曜日の夜に家に帰り、土曜日は会社に出る。日曜日の晩からまた出張という日程である。会社の方はどうかというと、何も問題は起こっていない。

こうして得意先を廻っているうちに、専務の頭の中には、だんだんと、我社の商品構成に関する構想がまとまってきた。

いままでは「売りたい」の一心で多種類を作っていたが、得意先の要望が明らかになるにつれ、あまり多品種はかえって得意先の要求を本当の意味で満たすものではない、ということが分ってきた。

それよりも品種を絞り、規格化を行なってゆくべきである、と。この構想は、見事に成功した。

ある時、私のセミナーに参加された専務の帰路と、私の出張先が同方向だったので、 一緒に汽車に乗っていろいろお話をお伺いした。その時、専務は手に下げている紙製の買物袋について『この中に一週間分の洗濯物が入っているのですよ』と。

第七話

U社は乾麺のメーカーである。ある時U社長の案内で工場を見せてもらった。工場に入って見ると、三台ある「結束機」のうち一台しか動いていなかった。

あとの二台は故障している。動いている一台さえも具合が悪く、時々結束できなくなる。そのたびに作業を中止して直さなければならない。故障というよりは、「機能不良」のように私には思えた。

社長は、『この機械は故障ばかり起こしております。ご覧のように、三台のうち一台しか動かず、それもこの有様です。作業は遅れ、お得意様からヤイノヤイノの催促なので困っております』という。

事情をきいてみると、メーカーに修理を頼んでも、すぐ来てくれない。修理してもまたすぐ故障する、という厄介物なのだそうだ。それがもう何年も続いているという。これでは商売にならない。

こういう無責任なメーカーに、無精に腹がたってくる。私はU社長に、『もうメーカーの営業担当者を通してのクレームではなく、社長に直接文句をいうより外ない。とにかく、何が何でも社長に来てもらって、この状態を見せなければダメだ』と申しあげた。

U社長はメーカーに電話した。ところが、電話に出た営業担当者が、言を左右してなかなか社長に取次がない。やっと電話回に出た社長に文句をつけ、とにかく、こちらへきて、社長の目で見てくれ、と交渉した。

渋々かどうか知らないが、U社に来たメーカーの社長は、実情を見せつけられて驚くと同時に恐縮して、「今まで全く知らなかった、申し訳ない、すぐ修理する」と約束をして帰っていった。

メーカーの社長は、会社へ帰ったら、恐らくは責任者を呼んで叱りとばすだろうが、これは明らかに責任者が悪いのではなくて、社長が悪いのである。

「自らの商品に責任を持つ」という、事業経営として当り前のことが全く忘れられている。社長としたら、そんなことはないというだろうが、それならば、自分自身でお客様のところへでかけて行き、自分の眼で確かめ、お客様の声をきくべきである。これは、担当者を信頼する、しないの問題ではなく、社長の責任として、やらなければならないことなのである。

それをせずに、担当者の報告だけきいているから、本当のことが分らない。

社員というものは、自らの失敗やお客様からのクレームは、なるべく上司や社長の耳に入れまいとする。叱られるだけでなく、自分への評価がマイナスとなるからだ。人間というのは、 一番先に自分の事を考える動物だ、ということを忘れて人は使えないのである。

だからこそ、社長は、事業経営にとって基本的に重要なことは、必ず自分で確かめなければならない。

その重要事項中の重要事項としての「我社の商品はお客様の要求を満たしているか」という問いに対しては、何をおいても自分の眼で確かめなければならないのだ。

これは同時に、我社の事業そのもののチェックにもなり、自らの方針に誤りがないかどうか、さらに、我社は将来どっちへ行ったらいいか、という基本的決定のための、貴重な情報を手に入れることができるのである。

第八話

N社は、婦人用ブラウスのメーカーである。ファッションの先端を行く業種だけに、売れ筋商品の開発が最大の課題であった。かつては、デザイナーを雇ったこともあるが、完全な失敗に終っていた。

なにしろ、年十二回切換といわれるくらい、次から次へと新柄、新型を開発してゆかなければならない業界である。もう一つの難題は、「生地」の確保である。

当ったからといって、その生地を補充しようとすると、もう品切れ、というケースがしばしばある。 一時期、大企業が一斉にファッション産業に乗りだしたけれど、すべて失敗してしまったのは、このような業界の特殊性によるものなのだ。

N社長も、ご多間にもれず、お得意先を訪問しようとはしなかった。セールスマンの報告だけを判断の材料にしていた。これが間違いのもとである。当然、業績は芳しくなかったのである。

私の見るところ、N社の得意先は数が少な過ぎた。どう数えても、今の四〜五倍の得意先を必要とする。これは珍しいケースといえる。

私のお伺いする殆んどの会社で、私は得意先が多過ぎるから、九五%の原理に従って得意先を半分にしなさいとか、少なくとも三割くらいはカットした方がよい、という勧告をするからだ。

私は社長に右の事を話して、得意先― それは店格の高い店でなければならない― の開拓を急ぐこと。そして、それは社員の役割ではなくて、社長の役割であることを説いた。

とはいえ、新規得意先の開拓だけやればいいのではない。現在の得意先をまず訪問して、売上げ増大を計るとともに、新しい販売促進方策をその中から見つけださなければならないことを強調した。

社長が得意先訪間を始めてからしばらくして、『一倉さん、優秀な店は売場が立派で事務所が狭い。反対に、業績の悪い店は事務所が立派ですね』と感想をのべてくれた。

特に、O市の鈴屋のごときは、事務所なんてものじゃない狭っ苦しいものだったという。店舗は、高い地価あるいは権利金を払っている。それを、収益を生まない事務所に使うようでは、経営者として落第だといえよう。

その鈴屋の品揃えを見た社長は感ずるところがあった。売れ筋商品についてである。

そこで、試みに、鈴屋で要求する商品を、別のある店格の高い店に― その店とは取引がまだなかった― 持ち込んだところ、相手の社長が、『お前のところは売れ筋商品ばかり揃えてもってきている。なかなかいいセンスを持っている』といわれて、商談成立。継続取引を許されたのである。

N社長いわく、『これで、売れ筋商品のつかみ方が分ったし、新規開拓の自信もついた』と。

N社は、社長の得意先訪間によって壁を破り、新しい「販路拡張と充実の計画」が設定され、推進に移されたのである。

開拓営業は社長の役割である

日本航空電子は、昭和二十八年、沼本実によって創立された会社である。創立当初は社長以下三名で、日本電気の事務所の一隅に問借りしての発足で、工場も設備も従業員もいなかつた。

沼本社長は、極東空軍の立川基地へ、 一年間も雨の日も風の日もかかさず日参して、修理品の受注活動を続けた。この当時のことを、当の沼本社長は『あるのは熱意と根性だけ』と述懐している。

その熱意には、相手になる係官が悲鳴をあげ、 一計を案じて沼本社長閉め出しをしようとした。

それは一個のトランスで、新しい樹脂でかためてあり、内部が故障していたのである。日本の大会社を全部持ち回っても、どこでも直せなかったという札つきの難物だった。

沼本社長は持前の熱意でこれと取組み、ついにこの樹脂を溶かして修理に成功した。しかし、もと通りに固める樹脂が日本にはない。立川基地の係官のところに、アメリカから取りよせてくれるよう依頼した。これには係官がビックリすると同時に、沼本社長に惚れ込んでしまった。早速樹脂を取りよせてくれただけでなく、大切な製造技術書まで貸してくれたのである。

この時の受注価格は五ドルだったのである。これを機に、その係官のロコミによって、責任者に会うことができ、ついに極東空軍の修理とオーバー・ホールの年度契約に成功したのである。

この仕事をベースとして、コネクターの製造を始めた。これは、米国最大のプラグメーカーであるキャノン社との技術提携によるものである。この提携の成功は、日本航空電子に絶対的な信頼をおいていた極東空軍の側面援助があったからである。

昭和三十四年、ハネウエル社と、ジャイロの技術提携を企図した。当時従業員二百人足らずの小企業が、従業員五万人のマンモス企業に狙いをつけたのである。

沼本社長は自らアメリカに飛び、ハネウエル社に提携を申し入れた。その時には既に日本の大企業十三社が申し入れをしていたのである。

ハネウエル社の社長と会った時に、先方の質問は「あなたの経営理念は何ですか」「あなたの人生哲学はどうなんですか」ということだけで、会社の規模や受注能力などの質問は全然なかったという。

月とスッポンでは話にならない。どうせダメだろうと、工場見学をさせてもらったのを土産に日本へ帰るつもりの沼本社長は、帰国のあいさつにハネウエル社社長を訪問したところ、社長はその場に国際部長を呼び、『現在日本の十三社が交渉に来ているが、ハネウエル社は日本航空電子工業にだけライセンスの交渉に入る。他社は断わってくれ』と命じたのである。

これには沼本社長がびっくり仰天しただけでなく、国際部長もびっくりして、『日本航空電子なんて会社は聞いたことがない』と大反対であった。

社長は『私も日本航空電子なんて会社は知らなかった。しかし、このヌモトという男は知っている。日本航空電子にでなく、この男にやるのだ。会社なんてものは社長で決まるものだ』と。(注・傍点は筆者)

会社は社長で決まる。日本航空電子の発展は、文字通り沼本社長で決まったのである。

会社の発展の最も大きな要素は、優れた商品、優れた顧客である。当然のこととして、それらの開拓は社長の役割であって、他の誰でもないのだ。

企業の運命をきめる最重要事項なればこそ、社長がやるのであって、この最重要事項を社員に任せるのは、明らかに社長の重大な怠慢である。ここのところが分らない社長が多すぎる。

そのような社長に一言申しのべたいのは、『あなたの会社の主要得意先は誰が開拓したかを考えていただきたい』ということである。

社員の開拓した重要得意先などは、例外中の例外である。

もしも、そんな社運を左右するような重要得意先を開拓できるような人材がいるとしたら、そういう人は独立して自分で事業を始めている。社員にそんな人材がいる筈がないのである。

社長は「人材待望論」という空しい理論は捨て去り、自ら先頭に立って優れた得意先、事業の開拓に取組むのである。こうしてこそ事業は発展し、優れた業績が期待できるのである。

このことが分らぬ限り、永久にボロ会社でいるより外に道はないと知るべきである。

優れた会社の社長は、自ら先頭に立って奮闘し、ボロ会社の社長は自らは何もせずに社員の能力や熱意に期待する。この期待が満たされないと、社員を批判することしかしない。こういう社長は、事業経営の資格がないのである。

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