水の中にたらしたインクの色
いま、一滴のインクを水の中にたらしたとしよう。それがプールに満たされた水の中だったら、インクの色は全くつかない。
いや、洗濯機の槽どころか、洗面器の中でも色がつかないか、ついてもごく淡いものだ。ところが、茶碗の中の水だったらハッキリ色がつく、盃の中の水だったらさらに濃くなる。
このインクの色の濃さが占有率の大きさだと思ったらよい。
インクの量に比較して水の量が多すぎるとインクの色がつかず、インクの存在は分らない。
つまり、占有率が低いと市場においてその存在を認められないということになる。市場において無視されるか、無視されないまでも軽視されるのである。
I社長いわく『S県の占有率は四十%もあるので、お客様の店を訪問する時は、競争相手のことなど無視して店の中に入っていく。もしも、競合のP社のセールスマンがいると、早急に話を切りあげてコソコソと帰っていく。ところが、M県になるとP社は強く我社は弱い。お客様の店舗訪問時に、もしもP社の車が止まっていると中に入れないで、P社のセールスマンが帰るまで外で待っているのですよ」と。
K社は、大型製紙機械のメーカーであった。実はこれがK社の業績不安定の主要因だったのである。会社の規模に不釣合いに大型なために工期が長く、資金の回転は悪い、新規引合いがあっても能力の大部分は現在の仕掛品に喰われているために受注も思うにまかせず、そのくせ次の受注のタイミングは現在の仕掛品の完成時期とは惟い違って社内の生産能力に遊びができる、というチグハグだった。
これを解消する道は、製品を小型に切換えて台数を多くすることである。小型機受注の新方針に基づいて、まず静岡県の製紙工場地帯に訪問を開始した。この地帯は、地元のメーカー数社がガッチリと押さえており、巡回訪問サービスを各社とも実施していた。
K社の訪問は、どの会社でも全く受付けてはもらえなかった。当り前である。ヨソ者が入ってきたからといって相手にしてくれる会社などある筈がないのだ。
ところが、他県で製紙工場が一社ポツンとあるようなところでは、初めての訪問にもかかわらず、とにかく受付けて話をきいてくれたのである。こうした会社には、メーカーの巡回サービスなどはなかったからである。
市場占有率の大小によって、お客様から受ける待遇は以上の知しである。占有率が限界的である限り、かろうじて存在できるのが関の山である。インクの色が認められるような濃度が必要なのである。
社長たるもの、占有率を高めることこそ最優先させるべきなのに、多くの社長はそれをやるよりも広い地域に売ることを第一に考えるという困った習性をもっているのである。
F社は、ある事務用什器の限界メーカーである。国内のみならず、輸出にも力を入れ始めていた。その国別のある年の輸出実績は次のようであった。
先進工業国は一つもない。先進国は大手に押さえられているからである。
そこで大手のあまり力を入れていない低開発国を狙ったというわけである。そこまでは正しいのであるが後がいけない。
たくさんの国に僅かずつ輸出している。
そして、なおも多くの国に販路を開拓するために、社長は近く社員を海外に出張させる予定だという。
占有率を高めるという考え方は全くないのだ。
いままでの国だけでは売上げはこれ以上多くを望めないから、新しい輸出先を開拓しなければならないと考えているのかというと、そうでもないのだ。ただ、何となく新しい輸出先を開拓しなければならない、それが売上げを伸ばす道だ、というように思いこんでしまうらしい。
市場戦略も何もあったものではないのだ。これでは、いつまでたっても売上げは上がらないのは当然である。考えてもみていただきたい。輸出先のどの一国といえども超限界的な地位を抜け出しているところはない。ということは、どの国でもF社の商品の存在など殆ど認められてはいないのだ。
F社としての正しい方針は新しい輸出国を開拓することではなくて、現在の輸出国に対する売上げを伸ばすことなのである。
それも、すべての既輸出国の売上げを万遍なく伸ばすのではなく、自らの力で一刻も早く市場に存在を認められる占有率を手に入れられる国に限定することである。これこそ市場戦略なのである。
多くの社長のおかす誤りのまず第一は、カバレッジ(カバーをしている率ー問屋・小売店の何%をカバーしているかということ)を最も重視して占有率に関心を示さないことである。
輸出ならば総べての国に輸出すること、国内ならば総べての県、総べての都市に売上げ実績をつけることが売上げ増大の道だと頭から思いこんでいることである。
問屋では、自らの商圏の中のすべての小売店に売上げ実績をつけることこそ売上げ増大の必須条件だと思っている。
そして、順序として先ず大きな国、大都市、大会社に売上げ実績をつけることを考える。
それらに対して少しでも売上げ実績がつくと、「これで一安心」と思いこんでしまい、そこで占有率を高めることよりも、まだ進出していない国や都市、未取引の会社への売上げ実績をつけることに関心の重点を移してしまうのである。
占有率など、どこ吹く風である。あとは漠然と「売上げをもっとあげたい」という願望だけで、販売部門にドライブをかけることだけしかやらないのである。
第二の誤りは、進出している地域のうち、最も売上額の小さな国・都市・得意先の売上げをもっと上げなければならないと思い込んでいることである。
何故こういうように考えるかというと「ほかよりも売上げが少ない。だから他所並みには上がる筈だ」ということらしい。何とも困ったことである。
売上げの少ないところは、我社の事情ー遠距離だとか、人手が足りないなどで販売活動ができないからである。もしもその地域の売上げをあげるために人員を投入したら、その分だけ従来の地域への投入人員が減って、そちらの売上げが落ちるのだ。この点を全く考えずに営業部門にハッパをかけるのは誤りである。
たとえ、営業人員を増加してこの地域への人員投入が可能になったとしても、そこは空白地帯ではない既存の業者が頑張っているのだ。その業者に戦いを挑んでも、事は簡単には運ばないのだ。
そんなことをするよりも、そこに新規投入する人員を我社の既存の地域に新規投入するほうが、遥かに大きな成果をあげられるのだ。
この点をこれまた全く考えないのである。
以上のような誤りを犯すのは、市場占有率こそ企業の存亡に関する重大事だということを認識していないからである。
社長たるものは、「ただムチャクチャに売上げ増大を焦っても成果は上がらない。正しい市場戦略を持ってこそ戦果をあげることができるのだ」ということを肝に銘じて、自ら取組まなければならないのである。
その市場戦略をたてるために必要な占有率に関する知識を持っていなければならない。
この知識のあると無いとでは、その戦略に天地雲泥の差ができてしまう。
そこで本章では、社長として「最小限これだけは知っていなければならない」ことを述べることとする。
占有率のランク
占有率は、市場における戦力のバロメーターである。
戦いというものは、自らの戦力と敵の戦力との、絶対的戦力と相対的戦力との様様な組合わせによって、どうしたら最も有利に戦いを進められるかを考え、戦略をたて、作戦を練り、戦闘行動を開始するものである。
とするならば、戦力のバロメーターである占有率について、その戦力の度合い、戦いに与える影響と敵から受ける影響をよく知っていなければならない。
これを知らないために、多くの会社で知何に多くの誤りをおかし、有利に戦いを進められるところを不利な戦いをしているかを私は見せつけられ続けているのである。何ともったいないことではないか。
では、占有率の大小によって、どのように遣うのだろうか、どのような戦略をとったらいいのだろうか。
1. 独占的占有率
占有率七十%以上になったら独占的な断然たる強昧を発揮できる。
残りの三十%は、ナンバー2が二十%以上の占有率というようなことはあるかも知れないが、その力は集中効果の法則が語るように、占有率の「七十対二十」は力においてlま「四十九対四」で全然問題にならないのである。
だから、もしもその会社の商品が「消費財」「公正取引委員会」が独占禁止法を適用してくることであったなら、は間違いないのである。
市場における「知名度」 は高く、もしも他社がキャンペーンを展開してくると、その会社の売上げは伸びずに、独占的占有率の会社の商品の売上げが伸びるのである。
その好例が、さきにのべたビール業界である。かつて占有率の落ちてゆく「サッポロ」「アサヒ」が、自らのキャンペーンを行なうと「キリン」が伸びるという結果に終ったのである。だから、今では「サッポロ」と「アサヒ」はラガービールの
キャンペーンはやらずに「生ビール」だけに絞ってキャンペーンを行なっている。「キリン」は、ともすれば売上げが伸びて占有率が上がることを恐れて生ビールの発売を遅らせたではないか。
「キリン」は、占有率が伸びれば「独占禁止法」に引っかかり、といって下がったのでは会社のイメージダウンになるという、何とも難しい状態におかれているのである。
もしも、独占的占有率の会社が戦線を拡大するとどんな事が起るだろうか。
N社は、ある機械部品メーカーで占有率九十%にも達していた。(最終製品ではないので「独禁法」にはふれていなかった。
それにもかかわらず利益率はあまり良くなかった。その原因は占有率が高すぎることだった。
社長の方針が「何が何でも九十%の占有率を確保する」というものなので、引合いの総べてを取るくらいのつもりにならないと九十%を割ってしまうので、みすみす収益性の悪いのを承知で受注していた。
これが利益を喰っていたのである。私の勧告は『どんな業界でも収益性の悪いものが二十%や三十%はあるものだ。それを洗いざらい取ろうとするから利益が低いのだ。収益性の悪いものは受注せずに占有率を七十%いや六十%までは落としても心配ないのだから、そのような方針に転換すべきである』というものだった。
「多多益々弁ず」とは限らないのである。シャニムニ一人占めをしようとするのは引合わないことを知るべきである。
また、中小企業でよく起る例に、地域性の強い業界ー例えば工事関係などーや小さな業界で、強い一社が七十%とまではいかなくとも六十%以上くらいになっている場合に起る業界全体の「値崩れ」現象がある。
大きな占有率を確保してはいるが、売上げの絶対額はそれほど大きくない。売上げがもっと欲しいので販売努力を強める。
この場合には、どうしても雑魚のような業者と競合することになる。僅かな売上げを取られたら零細業者は喰っていけない。
ここに値崩れが起るのだ。窮地に立たされた零細業者は、苦しまぎれに大手の得意先に安値攻勢をかける、という循環が起り、業界全体がどうにもならない泥沼に落ちこんで苦しむことになるのだ。
こうなることを防ぐには、会社自体はそれほど大きくなくとも、大きな占有率を持っている会社は、たとえ独占的ではないにしろ、業界全体の値崩れを防ぐために手を打たなければならない。
それは自分の会社だけで出来ることだからである。
打つ手というのは「得意先別売上高ABC分析」を行なって、下位五%の得意先に対して「訪問禁止」を指令する。
こうすれば、これらの得意先は次第に他社に移っていく。
さらに、上位から累計八十%以下の得意先に対しては、やや高い価格基準を設定するなどの手を必要に応じて打っていくのである。
さらに、安値受注をして仕方のない会社に対しては、さきにふれたように、これに仕事を廻すことも考えなければならないだろう。
以上のようにいろいろな手を組合わせて収益性の向上を計るのである。
そして、もっと上策は、我社の新たな収益を得るための事業に乗り出すことである
要するに、横綱角力として受けて立つ正攻法をとって、奇策は弄さない。業界の過当な競争を防止する、ということである。
そして、忘れてならないのは、商品とその構成で優位を保つことであり、大きな占有率の上にアグラをかいてお客様サービスを怠ることのないように絶えず注意することである。
2. 主導的占有率
占有率四十%以上をいう。
四十%を超すとまずはこわい相手はいなくなる。こうなると特に努力をしなくとも、従来通りの努力で自然に占有率が伸びるという結構な身分となる。
企業イメージはよく、お客様は安心して買ってくれる。
特に、プライスリーダーの地位を獲得できる点は大きなメリットといえよう。
値上げをしても売上げを落とす心配はあまりない。
競合相手は安値で売上げを伸ばそうとするよりは追随値上げの公算のほうが大きいのである。苦しいのは何処も同じだということが分るのも、プライスリーダーなればこそである。
当然、収益性はよく、そこから生れる収益を未来事業に投入する余裕ができて、これが将来の優位性を確保する道を開いてくれる。
さらに、占有率の低い地域に対する追加資源の投入をも可能にしてくれるのである。
他社の開発商品でヒットしたものがあれば、これを二番手商法として発売して相手を上廻る売上げをあげることもできる。
何もかもうまいことずくめのようだが、だからといって圧倒的な強みを持っているわけではない。
占有率は四十%なのだ。こういう場合には、ナンバー2が強く、その占有率が二十%以上、時によると三十%くらいの時さえある。
とても大手意識に安住しているわけにはいかない。ナンバー2と場合によると十五%以上ものナンバー3を含めての寡占状態になっている。
少しの油断がたちまち占有率低下を招く危険が伏在するのである。
特にナンバー2には一時といえども警戒をゆるめるわけにはいかないのだ。
ナンバー2はナンバー1に対して物凄いライバル意識をもっている。二言目にはナンバー1の名前が飛び出してくる。何が何でも追いつき追い越せというすさまじい闘志を漉らせているものである。
ここに、ナンバー1とナンバー2のお互いに意地をかけた激闘が展開される。
このような一騎打は、両方にすさまじいエネルギーを生みだし、いつ果てるともない戦いを続けているうちに、両者ともに力をつけ、三位以下との差をひろげ、成長と繁栄をもたらすことが多いのである。
トヨタとニッサン、象印とタイガーなどはこの例である。ライバルとの競合は、最も好ましい状態といえそうである。
占有率四十%以上というのはマーケットの断然たる優位性を確保して様々なメリットを享受しながら、だからといってその占有率の上にアグラをかいているわけにはいかない、かなり強力なライバルがいるという立場にある。
これが安易感にひたって内部腐敗を起すことを防いでいるという、まさに理想的な占有率である。
3. 不安定な一流占有率
二十五%で一流である。
いままでの苦労と努力がやっと報われて、とにかく一流の仲間入りができたというところである。収益性も向上し、市場におけるブランドの知名度は高くなり、企業イメージも上がる。
しかし、まだ総べての面に不安定で不十分である。
そのくせ業界の風当りは強くなる。まず第一にくるのは、上位からの圧力である。I社の場合は上位二社が腹を合わせ、I社の人気ナンバーワン商品とソックリのイミテーションを、I社の価格の二十%安で同時発売してきた。
C社の場合にはナンバー1の企業がC社の主力商品と同様な商品を三十%安で市場に出してきた。
E社の場合には、大手が品名七文字のうち四文字まで同じにして、ディスプレースタンドまでそっくりのものを発売してきT社の場合の如きは、その主力商品と同様の商品を大手三社のうち二社が二十%安、一社は何と三十%安まで値引きしてきた。
何れの場合にも、社長はまっ青になったが、私はどの会社に対しても『心配なし、対抗値引の必要なし』という勧告をした。
それというのは、震えている社長を叱時しながら相手の商品を子に入れて検べた結果、何れも粗悪品だったので、一時的には多少の売上げ減少はあるが、天下の大勢に影響なし、という判断を下したからである。
そして、その通りだったのである。これらについては「第八章市場戦争考」の章で詳しくふれることとする。
この場合、大手の戦略は拙劣を通り越して間違っているのである。
企業占有率は低くても、その主力商品は業界で既にナンバー1なのだ。それを叩くのに、それより劣質の商品をぶつけても勝てるわけはないのだ。
それを上べだけ類似にして、低価格にしてみたところでお客様をゴマ化すことはできないのである。お客様サービスこそ企業の使命であることを全く忘れて、お客様の目をあざむこうとしたことが間違っているのである。
間違っているとはいえ、攻撃を受けた会社は震え上がる。大手の力を背景にしての価格攻勢だ。
平素、お客様から二言目には『値下げせよ』という要求をつきつけられ続けているからである。
このような時に大切なことは冷静になることである。あわてたら、もらいが少なくなるだけである。冷静に相手の弱点を見きわめることである。大きな弱点があれば無視しても心配はないのだ。
さきの実例でいえば、I社の敵の商品は不味だった。これを買ったお客様は食べて気がつき、二度と買わなくなった。C社の場合はその商品の占有率が三十%を突破していたために、流通業者が相手にしなかった。
C社の商品はよく売れておるのに、何を好んで三十%も安い商品を仕入れて売る必要があるのか、というのが流通業者の考えであった。安い商品は粗利益が少ないからである。
ここのところの流通業者の心理が安売り至上主義のメーカーには理解できないのである。
E社の場合には、売場が違っているだけでなく、E社の売場は売れる売場、後発大手の売場は売れない売場だったのである。
T社の場合には、劣質の上に配送サービスまで悪かったので全然問題にする必要はなかったのである。その上、安売りが失敗に終った時に、T社はどの流通業者からも『お前のところは値を崩さなかったのは立派だ』とお褒めの言葉をいただいたのである。
値下げしなかったのは、流通業者の収益を同時に守ることだったからである。
メーカーで、「流通業者の利益を守る」ことが如何に重要かを知るものは殆どいない。最終価格さえ安ければ売れると思っている。
流通マージンがなければ流通業者はソッポを向いてしまうのだ。流通業者とて霞を喰って生きているわけではないのである。
上位からの圧力だけでなく、下からも足を引っ張られる。これも殆どの場合に「安値」攻勢である。
これは不安定な一流に照準を合わせているわけではなく、売上げ増大という単純な考えの場合が多いのだが、この安値攻勢は占有率四十%以上の大手よりは不安定な一流のほうが被害が大きいのが普通である。
上下からの挟み打ちに遇うのが不安定な一流の宿命である。
とのような状況の中での戦略のまず第一は、戦線の拡大は最小限にとめて、既得の市場での占有率向上である。
業界占有率が二十五%という場合には、その中には必ず占有率四十%またはそれに近いテリトリー又は商品が一つや二つはあるものだ。
そうしたものを一つずつ優先的に伸ばして占有率を更に高める。
ナンバーワンにもっていくということこそ戦略の中心でなければならないのである。
あとは、占有率の高い順にナンバーワン を目指すのである。
そのためには商品のレパートリーやアイテムの充実、欠点の改良、性能向、デザインの斬新化などを進め、サービス向上につとめ、少しでもユトリがあればセールスマンを増員して蛇口訪問の強化を行なうことである。
4. 過渡的占有率
占有率十%以上をいう。
一流ではないが限界的でもないという二〜三流企業である。
まず第一に心しなければならないのは、無計画にテリトリー拡大をしてはならないということである。
まだ新戦場に打って出る力はないのだ。自らの力はまだ弱いことを認識して、ひたすら現テリトリーの占有率向上に専念すべきである。
それも、市場を細分化し、最も占有率の高い地域に集中的に資源を投入し、まずは二十五%の占有率を実現し、これが実現しても手をゆるめたり他地域に重点を移してはならない。
あくまでもこの地域だけに資源を集中して四十%の占有率を確保することだけを考えるのである。
この細分化された地域での主導権を握ることこそ最も優れた作戦である。
これによって、大きな占有率による知名度の向上と収益性増大を実現するという直接のメリットだけでなく、他の地域にも好影響を及ぼして作戦がやり易くなり、思わざる占有率向上を来すからである。
地域だけでなく、商品についても同様である。K社は調合調昧料のメーカーだった。ようやく限界企業から抜けだしたばかりで、まだまだ力は弱かった。強昧は昧がよいごとと、社長が販売の第一線に立って、得意先廻りをよくやっていることだった。私がK社長への勧告で最も強調したのは、『何かで日本一になれ』ということで中の守合。
K社長は、最も評判のよいク大学いものたれψ を選んでMml作戦を開始した。それから二年ほどの後、ついにぬ1の地位を獲得したのである。すると、思わぬ現象が起きて来た。K社長の言をかりれば寸大学いものたれψ でMmーになったら、他の商品もこれに引っ張られて売上げが伸びだしました』と。
ぬ1商品をつくるということは、こんなにも有利なことである。もしも、万遍なnuFhυ くいろいろな商品の販売に力を入れていたら、それは力の弱い会社の商品である、なかなか成果など上がるものではないのである。
占有率四十%作戦、陥1作戦こそ過渡的占有率の企業の基本戦略であるが、これに加えて次の戦略の準備を怠らないことである。力が弱いとはいえ、ある程度の力はあるのだから、二十五%以上を目指す細分化地域の設定を行ない、機をみて作戦を開始するとか、有望な拠点を更に強化して将来の地域戦の核にするとかの戦略を並行的に進めることが大切である。ただし、それは基本戦略に支障をきたさないということが条件なのである。
己の力の不足をよくわきまえ、あくまでも自らの力で十分に敵に勝つ成算のある作戦に限定し、決して多くを望まぬことこそ、結果において多くの実りを手に入れることができるのである。
5. 限界的占有率
十%以下の占有率のことである。
限界企業の運命は消え去るのみであることは既に述べた通りである。特に市場が成熟してくると確実にジリ貧になっていくと思わなければならない。
では、どうしたらいいの、だろうか。先ず自らの力の決定的なまでの弱さをよく自覚した上で、生き残りの戦略を立でなければならない。
戦略とは口ハ一つ、徹底した一点集中(後述) である。ランチェスターの第二法則
集中効果の法則を忠実に守ることが只一つ戦いに勝つ道である。
その一点は、必ず自らの会社が優位に立てるテリトリーでなければならない。優位に立でなければ優位に立てるまでテリトリーを縮小するのである。このテリトリーに全力集中し、乙の地域に限った場合には、二十五%の占有率どころか四十%もの占有率を手に入れることである。こうすれば、その地域ではク大手ψ である。戦いは大手が勝つのだ。
この市場原理を無視してテリトリ!の拡大をしても、それは決して成功しない。いたずらに戦力を消耗し、骨折り損のくたびれ儲けだけである。戦いというものは、強いものが勝つことを肝に銘じ、小兵力で敵よりも強い立場に立てる戦法・地域を死にもの狂いで探し、工夫しなければならない。
ゲリラ戦は有効な戦法の一つである。小兵力と劣った武器で敵に勝つには、敵の手薄なところを急襲し、援軍がかけつけた時にはもう引上げてしまう。ベトナムやFhuアフガニスタンのゲリラ戦を、われわれは学ばなくてはならないのだ。
奇襲作戦、陽動作戦、スキマ商品なども有効である。敵の弱昧で知らなければならないのは質的なものである。それはサービスである。
、サービスこそ、どんな小さな会社といえども敵に勝ることはいと易しい。フォロl・メンテナンス・修理・配送・納期・クレーム処理などは、本当のところ及第点をとれる会社はごく少ししかない。これこそ限界企業が敵に勝つことが最もやさしい領域である。これで攻めればどんな大敵にも一泡も二泡もふかせることができるのだ。場合によると完全勝利さえ夢ではないのだ。
お客様サービスこそ、占有率の大小に関係なく、総べての会社にとっての最大の武器なのだが、占有率が大きくなるにつれてこれが忘れ去られていくのは残念である
この残念なことが、世の常ともいえるくらい多くの会社のかかっている大病であることは、小さな会社が大手に勝つことができる最大、最短の可能性を示しているものである。
悪いサービスにお客様がどれだけ困っており、また怒っているかを、社長自らのお客様訪問によって認識してもらいたいのである。そして、そこに大敵を破る道があることを知ってもらいたいのである。
細分化ということ
前節で市場占有率についてのべてきたが、いったい「何を対象としての占有率なのか」という疑問が生れてくることと思う。
「うちはいくつもの業界にまたがっているが、業界によって占有率が遣う。我社の占有率とはどういう意味なのか」ということになる。
この疑問にまずお答えしておかなければならない。
占有率という場合にはそれは必ず「業界の占有率」という意昧だということである。その「業界」という一言葉が略されているのである。
「その業界の占有率といっても、それは全国を対象としているのか府県別なのか」、うちは様々な商品をもっているが考えたらいいのか」、「問屋業としては同業界だが、相手はデパートに強く、我社は商品によって占有率が違う。これはどうになる。スーパーを主体としている。この場合に占有率はどう考えたらいいか」
ということになる。
そこで、占有率の考え方を整理する必要がある。〈第5表〉「占有率細分化表」をご覧願いたい。
これは、市場を地域別と商品別に細分化したものだ。左上の@というのは、A地域におけるa商品の占有率のことであり、同様に⑪と@はA地域の商品別占有率を表わしている。合計の④というのはA地域の全商品の占有率である。
同様に、⑮と@はa商品の地域別占有率であり①はa商品の全国占有率である。そして、右下の⑦が会社の総売上の全国占有率である。
このように市場を細分化して考えることが絶対に必要である。
というのは、どんな会社でも地域別・商品別に占有率は大きく違う。占有率が違えば戦略を変えなければならないからである。
占有率の原理というのは、あくまでも細分化された市場の占有率に対して働くのだ。
全国占有率で「八%」なら限界企業にしか過ぎないけれども、A地域の占有率が二十五%なら、A地域においては「不安定な一流」ということになる。
A地域を仮に「Al」「九」「A3」と一つに細分化し、「へ」地域の占有率が四十%を超していれば、「へ」地域では「主導的占有率」となって、この地域のさらに、主導権を握ることができるのである。
細分化は、いくら細かくしても差支えない。最終的には「一社」「一店舗」にまで細分化できるのである。
地域細分化は必ずしも行政区画通りとはならない。というよりは、行政区画にこだわらないほうがよい。
後述するが、経済圏というものは行政区画とかなり違っている地域があるからだ。
その経済圏に従ったほうがよい。経済圏というものは、地理的条件や気象条件・水質・土質の違いによる農産物や地場産業などによって、大昔から人間の社会生活が規制され、それぞれの経済圏となっているからである。
そして、それぞれの経済圏独自の物の考え方や習慣などが出来上がってきたのであり、現代においてこれほど交通が発達して人々の交流や移住が行なわれでも、同度な情報伝達が行なわれていても、それらの特性は今も厳然と存在しているからである。それを無視するとうまくいかないのだ。
また、小売店などは、商圏として、店舗を中心とした同心圏という考え方をすると便利である。「うちの第一商圏は半径五百メートル、第二商圏千メートル」というような具合でよい。
もしも、市場活動に何となくシックリしないものを感じていたなら、「細分化が間違っていないか」という疑問を持つことこそ肝要なのである。
大切なのは、「有利な戦い」が進められるということであって、このためには行政区画も時には異なる経済圏を組合わせることや分割することも、そして、敵のテリトリーと一致しようと喰い違おうとも、それらのことを承知の上で、「自分に最も都合のよい」テリトリー細分化を行なえばよいのである。
商品の細分化についても、様々な細分化が考えられる。大きくは「民生品」「工業品」というような分類から、品種別・品目別まで細かく分けられる。商品のグレードによって「高級品」「中級品」「普通品」というように分けられる。
こうしたものは「価格帯」によって分ければ簡単である。また、大きさによって「大型」「中型」「小型」という分け方も必要になってくる。
デザイン的にも、「モダン」「クラシック」「華やか」「渋い」「オーソドックス」「サイケ」などなど、様々な細分化ができるし、素材による分類もある。
年齢層による分類、お客様の職種や職業などによる分類など・・・。我社の商品、だけでも無限といっていい分類があるのだ。そしてその分類は必ずマーケットや客層を分類するのであって、我社の立場からの分類であってはならないのである。
「自社商品」「他社商品」という分け方をしている会社は数多い。自社商品は懸命になって売るが、他社商品はママ子扱いして力を入れない、というような何とも呆れた現象に数多くぶつかるが、こんな考え方は百害あって一利ないのだ。
自社品だろうと他社品だろうと、お客様には関係ないのである。間違わないでいただきたい。
我社の商品だけでなく、お客様の細分化も絶対に必要なのである。
建築業界ならば、官公庁・ゼネコン・工事業者・建材店という細分化がある。そ。δ の官公庁でも、庁舎・文化施設・学校・病院から塵芥処理施設まで様々ある。物件の大きさで大型・中型・小型というように分けて考える。鉄筋・鉄骨・木造という分類も必要である。オフィス・マンション・店舗・住宅・工場と分けられる。
流通業者であれば、デパート・スーパー・専門店は分けて考えなければならない。銀行・ガソリンスタンド・理髪店というように業種別にも分けなければならない。右にあげたように、細分化には無限に近い分類があるのだ。
「どのような分類をしたら最も我社にとって都合がいいか」ということは、自らの力と競合他社との力関係、我社の方針と敵の方針や戦略などを総合的に検討して社長が決めるのである。決して役員に決めさせてはいけない。管理職などに決めさせるのは論外である。
いったん決めたテリトリlは、それが「適切である」という保証があるわけではない。
いな、適切でない場合がかなりあるというのが現実である。また、状況が変化すると適切だったテリトリーが不適切になってしまう。
このような状態を発見した場合には、直ちにテリトリlの変更を行ない、同時にphd投入資源の変更を行なうのである。営業所を移転しなければならないとか、店舗のスクラップ・アンド・ビルドが必要になるかも知れないのである。このような時に、その土地建物が自社のものである場合に、それにとらわれて移転やスクラップ・アンド・ピルドに、ブレーキがかかる恐れなしとは云いきれないのである。この点をよくよく心していないと、変化への対応ができなくなって業績低下を招きかねないのである。だから、「営業所や店舗などは借りたほうがよい」ということが市場戦略の立場から正しいという主張は、一理も二理もあるのだ。私はこの説を支持する側である。
結論的にいえば、市場細分化というものは極めて流動的な市場なるが故に、常にその変化の方向を見きわめながら、柔軟な思考によって再編・修正を行なっていかなければならないものだということである。
「差別化」ということ
一言でこれを定義づければ、それは「目立たせる」ことであって、「目立つ」ことではない。
タ紅一点。というのは、これが自然の成行きの結果であれば差別化ではない。意図した場合がク差別化。である。
市場戦において販売を有利にするためには、どうしても「目立たせる」ことが必要であることはいうまでもない。だからこそ、各社とも血眼になって差別化に海身の努力を払うのだ。
我社の商品、我社のサービス、我社の企業イメージなど、総べての会社があらゆる知恵を絞って目立たせ作戦を遂行する。
商品の性能・機能という最もオーソドックスなものを中核として、大きさ・形状・色・包装と差別化を行なっていく。
一点ものからアソlト、セット、シリーズと進んでいく。サービスも、値札張り・直納・直送からフェlシング・フォローと、ますますエスカレlトする。特売・展示即売などはお客様から見たら日常化してしまった。
営業時間延長から深夜・二十四時間・年中無休へと進んでいく。テレホンサ1ピnb スからコンピュータサービスまで行なう。
宣伝に至っては、次々と出現するニューメディアの利用でエスカレートしていく。以上、様々な差別化は、有効なもの無効なもの、トンチンカンなもの、阿呆らしいもの、逆効果のものなど多様であるが、インチキを除いてはお客様に実害を与えるものは少ない。
ところが、お客様に実害をもたらす差別化がある。それはクひとりよがりの設計。である。詳しくは拙著「社長の姿勢」(産業能率大学刊) にゆずるが、一言だけ云わせてもらえば、自動車と住宅とホテルの三大害悪商品がある。それらのものの総べてが悪いのではない。中には立派なものがあるが、それらのものは昔の設計に多く、新しいものは「差別化といえどもお客様の要求に優先しない」ということを忘れてしまった設計技術者||実はそんな設計を許す社長乙そ害悪の張本人であるがーーーによって、箸にも棒にもかからないものが次々と生れてくる。
乗用車の設計は、何故あんなにもク低く狭く。、ばかりを狙うのか。。カッコ。よさばかりを狙い、乗用車は人間が乗るものだということを全く忘れてしまっている。「スカG」「ファミリア」「シティ」などのヒット車は天井が高いことを設計者は考えるべきである。自動車は。安全。と。快適。?」そ設計の基本思想でなければならないのである。
住宅とて同様である。外観と機能性ばかり追求するというのは好意的すぎる批判で、実は一番大切なのはクコスト。なのだから何をかいわんや、である。。築十年。でサニタリl (水関係) は全く老朽化してしまうのを、建築業者は何と見ているのだろうか。日本人の身体がとれほど大きくなっているというのに、寸法単位はいまだに三尺をメートルに換算した九十センチなのだから。ゆとり。ある住宅など設計できる筈がない。八十平米の小住宅でもクゆとり。をもたせることは可能なのである。このような設計の家は、「アッ」という聞に売れてしまうのを建設会社も設計事務所も全く知らないのである。いや、考えたこともないのである。考えることは、いたずらにク奇。をテラった設計なのである。
その代表的なものが最近のホテル(店舗とて同様だが) である。最高裁や東京オリンピックの国立屋内総合競技場のような建物は、いたずらに奇をテラった見本であり、設計者の自己満足のみを表面に出したにすぎない。建物というものは人間が使うものであって、眺めるものではないということが全然分っていないのだから、どうにもなるものではない。ホテルなどは、宿泊したお客様が呆れ果てて「もうあ内ペリハhuんなホテルには二度と泊らない』といっている声が、ホテル経営者の耳には決して入らないのだ。いや、初めからお客様の声をきく気持など毛頭持っていない。偉い人。なのである。誤った差別化もここに極まったという感じである。
誤った差別化の阿呆らしい例として、社標・社名・商標などの字体である。装飾性を強く(これこそデザイナーの腕の見せどころとばかりに張りきって)出しすぎて読みにくいどころか、判読に苦しむようなものが多い。ボロ会社ほど読みにくい
字体が多いということは、社長のお脳の程度のバロメーターかも知れない。流通業者の最大の悩みのつは商品の差別化である。ナショナル、ブランドでは全く他社との差別が不可能である。そこで、世界中の流通業者が考えることは、とうよりは悲願ともいうべきものがプライベートブランド(PB) である。
その気持は分らぬではないが、いやしくもPB商品として我社独自の商品を売り出すのなら、それにふさわしい商品をつくるべきなのに、悲しいかな。安売り屋ψ の本性たがわず粗悪品をつくり、お客様からソッポを向かれてしまった。お客様はブランドを買、うのではなくて中昧を買うのだ。
意味のないPB化を行なうよりは良質の商品を探由に受付けないのだからいつまでたってもク安売り屋。からの脱皮などできる筈すべきである。たまたまそうした商品が持ち乙まれでも、僅かばかりの高価格を理がない。
そして、安売り屋だけではこれからのお客様の満足を買うことはできない。スーパーのピンチがここにあることを経営者は知らなければならない。
販促の差別化でバカバカしかったのは、数年前に行なった石油業界の。ワッペンク作戦である。石油製品は、各社とも品質的な差別は全くといっていいくらい無い。それだけに販促で何とか差別化をしなくてはならないとばかりに脳昧噌を絞る。昔前のセクシーアッピールはもう陳腐化してしまったので、何とか新しい販促をと考えたものである。
キャラクターめいた様々なワッペンを作って、ガソリンスタンドのガラス窓にべ夕べ夕張りつけたのを見て、私は吹き出してしまった。こんなもので販促効果があると本気で思っている石油会社の首脳は精神鑑定の必要がありそうだ。汚れ放題の店舗でもキレイに掃除するほうが先ですよ、と私はいいたいのである。だいたい、「Ss」なんて字を店頭に書いていることからしてどうかしている。SSとはサービスステーションの略で、業界には通じてもお客様には何のことか分らないのだ。ガソEJ リンスタンドはお客様のためにあるので、石油会社のためにあるのではないことが分っていないのである。
ガソリンスタンドのワッペンがいつの間にやら消えたと思ったら、今度は家電の
小売店のガラス窓にワッペンが出現した。選手交代ということだが、?」れも聞もな
く消えることは間違いない。
大阪の「北の新地」を昼間通ったことがあるが、立並ぶビルがここを先途と外観を凝りに凝っているのを見せつけられて呆然としたことがある。新地の営業は夜間だけだ、外観などよく見えないのだ。だいいち、乙うしたところで外観によってお客様を呼べると思っているのだろうか。そんなことよりホステスの訓練の方が這かに大切なのである。
タ差別化ψ が市場戦を有利に進めるための作戦の一つだとばかり思っていると、これはいかに、それと全く反対の作戦がある。。反差別化。という作戦があるからだ。
反差別化とはク差別を意識させない。乙とである。この作戦を行なうのはク弱者ψ に限定されている。自らの非力を、強力な企業やもなく、イミテーション作戦である。
商品に似せることによって強力になろうとする場合、だからだ。この作戦はいうまで小さな会社が、著名な大企業と極めて紛らわしい社名をつける。会社は違うけれどもその関連企業のような印象を与えようとのコンタンである。
ひどいのになると、一字遣いというのがある。真似したほうは得をし、真似されたほうは損をすることになる。これを防ぐ道は、自分の会社の商標や商品に類似のものを登録しておくことである。
最も多いのは、強い商品の形状・色彩から包装までクソックリサン。にする手である。これは必ずしも小さな会社が大手のソックリサンを出すとは限らない。大手といえども特定の商品では小さな会社にかなわない場合には、臆面もなくその商品のソックリサンを発売する。「今のうちに叩いておかないと悔いを将来に残す」という危機感と面子を織りなしたような気持がこれをさせるものらしい。
そして、すべてのニセ物は必ず本物より安値で売り出す。大手にこれをやられると小さな本家は大恐慌を来してアワテふためくことが多い。ムリもないことである。
しかし、殆どの場合にニセ物はやはりニセ物で、ついには失敗するケlスが多い。ハhu お客様はいつまでもニセ物にだまされてはいないのだ。安いだけでは戦いには勝てないのである。
差別化と反差別化についての私の感想は、それが社長の正しい姿勢||お客様の市場占有率ためーーによって生れたものはむしろ少なく、多くの場合にお客様のためではなくて、我社のためのものであるということだ。
何とかして売上げを伸ばそうという意図は結構だが、そのためにいたずらに奇をてらい、ひねくり廻す、恥も外間もなく他社の真似をするという手合いが多すぎる。どうひねっても実体はゴマカしなのだ。
いくら工夫をこらしたところで所詮はニセ物、本物にかなうべくもない。お客様はパカではないのだ。最後にはお客様の要求をよりよく満たす商品が勝つのである。差別化を計るのなら、競合商品を十分に研究し、その欠点、弱点をみつけだし、これをカバーするだけでなく、さらによりお客様の要求を満たす商品を開発することである。包装やネーミングもよいが、それらはあくまでも主体である商品が優れたもので口δnhu なくては意味がないのだ。
高級食品店の「紀ノ国屋」などになると、包装など全く眼中にない。某社できらびやかな包装の商品を持ちこんだら、『うちはこんなものに用はない。. 、。、、,,- ;ll ; -J ,ノ・rv持っていけ』と一言ではねつけられてしまった。『我社は中味でお客様にサービス、、、、、、、、、、、、、、するのだ。包装など何でもよい」というのだ。包装に注ぐ努力があったら、これを、、、、、中昧に注げというのが紀ノ国屋の精神なのである。何とも頭の下がるごとである。本当の差別化とは、この紀ノ国屋の精神である。差別化とはサービス競争であるという認識乙そ差別化に勝つ道である、と私は断言してはばからないのである。
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