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三 衆を養うを先とする

昔から名君といわれる人は、富国、つまり人民を富ますことを先にし、次いで強兵に心がけた。

言志四録に「五穀自ら生ずれども、未相を仮りて以て之を助く、人君の財成輔相も、ま

すき

た此れと似たり」(五穀は自然に生ずるが、人が鋤で助けないと立派に実らない。人民も自然に生まれるものだが人君が助けないと立派な民にはなれない)とある。

三国志の雄、蜀の劉備は八年間に五回もの大きな遠征をしている。並の指導者なら、国は乱れ人民は苦しみ、内部分裂を起しそうなものだが、それらの記述は残されていない。諸葛孔明という名参謀をえて、よほど治世に心したのではないか。また西漢の創立者である劉邦が、功労者の報賞に際して、内政の責任者である爺何に、第一等の賞を与えたことは既にのべたとおりである。このように、衆を養うことを先にして、しかもそれらの中から強兵を養っているのである。

現代の企業においても、大企業に飛躍しようとする者は、まず、人材を求め、育てることに重点をおいている。新入社員の学力・知力に大きな差があるとは思わないが、五年十年とたつ間に大きな差がついてくる。導き方の巧拙である。

先輩に甲乙つけ難い能力者が二人いた。 一人はまことに厳しい人であったが、後輩の教育に熱心で、面倒をみることも惜しまない。もう一人は、能力はあったが、お気に入りの部下を集め、それに君臨して得々としている人であった。いずれも常務の地位にあって、実力者として自他ともに許していた。

その結果をみると、前者の薫陶を受けた者の大部分は役員に昇進しているが、後者からの役員は五指に足りない。

前者の教育は極めて厳しかったが、将たるべき人間を育てるための教育であった。そのため、その部下もそれなりの勉強をすることになる。後者につく者は、勉強よりも、いかにして先輩の意にそうことができるかに腐心している。私は前者に従う一人だったが、夜学を卒えて挨拶に出向いたとき「これから何を勉強するつもりか」ときかれ、「毛筆習字を始めました」と答えたところ、「そんなことはどうでもよい。鉛筆一本で仕事をする人間を志せ」と一喝されたことがある。

また「活字を読まず行間を読め」といわれて面食っていたら「そこにあるものは誰にも見える。将来現われるものを見る習慣をつけろ」と教えられた。時勢洞察、先見力を養えという意味である。

そうかと思うと「君にも必ず退職ということが来る。退職後、現職時代より収入が減るようであったら、現職中怠けていたと思え」。これは三十才代に言われたことである。さらに、取締役に就任した五十才のときである。「役員になったら、平素は昼行燈でもよいが、公事に一旦緩急のときは自分を捨ててそれに当れ」、などなど記憶に新しい。

それらの教訓はいまも私の心に生きている。言志四録ではないが、上に教えられなければ、生まれながらの人間でしかない。教えられたから人並になっている。しかし、それだけでは先輩の恩に報いることはできない。これを自分の後輩に、より良くしてゆずるのが任務といえるのではないか。

社長は能力に優れ、やる気十分だが、従う者がはなはだしく劣るということでは、 エンジンばかり馬力が高くてもタイヤがバンクしているに似ることになる。

ある会社の社長が交替し新社長は「社員教育など費用ばかりかかって効果がない」といっているという。目先の小損を惜しんで、将来の大損を招くようなものだ。たまたま、その会社で講演する機会があり、前職時代の経験から話しだした。

「私が銀行の課長時代、昭和三十年頃の話である。新時代に対応すべく銀行の組織・制度を全面改正するため、プロジェクトチームが編成された。私がそのチーフを命ぜられたが、まず手をつけたのが行員の研修制度の確立であった。当時の金融界では、全社的な研修制度などというものがなかった頃だから、職員組合を中心に反対もあった。なにごとにも反対はつきもの、『人材教育なくして銀行の将来はない』と反対を押しきった記憶がある。

それから数年たち、業界の草分けとしての研修制度が定着した頃に、頭取室に呼ばれた。頭取自ら経費予算の審査をしているところであった。当時は節約合理化の徹底がさけばれ、審査というよりは削減といったほうが正しい。

『どうだ、このとおり一律十%の削減だ。これを見たまえ』といって一覧表を見せてくれた。見ると、行員研修費まで例外なく削ってある。そこで恐るおそるいった。

『研修費だけは削減しないほうがよいと思います。仮に年一千万円節約しても十年で一億円、半分税金で消えますから社内留保されるのは五千万円。これを年十%に運用したところで年五百万円の利益を生みだすに過ぎません。削減しないで、五千人行員の頭脳貯蓄をすれば、その利益ははかり知れないものがあります』

『それもそうだ。これは削らないことにしよう。しかし、これを減らさないことにすると、削減予定額に達しない。どうしたものか』

しばらくして頭取、『名案がある。君の月給、ボーナスをなしにすれば、いくらか補足できる。どうだ名案だろう』。まさか、タダ働きはさせまいと思ったから『結構です』といって引き下がった。トップの人材教育の熱意を知って嬉しく思ったものである」と。次に銀行からある会社に移ってからの話を続けた。

「新入社の日、社長から『私は技術屋だから、人事、財務など一般管理部門を任せたい、よろしくたのむ』といわれた。翌朝出勤してみると、課長会の幹事がきて、今朝課長会があるから新任の挨拶を願いたいと突然いわれた。そこで、『昨日社長から人事も任された。課長の皆さんの頭の中が空になったら部長にすることを約束します。挨拶はこれだけです』と話した。十秒ぐらいであったろう。

後刻、そのわけをききにきたから言った。『現在もっている能力を押さえ抱えして課長の地位を守ろう、としている課長に課長の資格はない。自分の能力のすべてを部下にゆずれ。ゆずれば頭の中は空になる。空にするほどの者は空にしっ放しということはない。次により優れた能力をえて、それをまた部下にゆずるだろう。こうして上司部下とも切磋琢磨して成長することになる』と話しておいた。それから二年はどたってからである。人事部長から相談を受けた。

『A課長は最近かすんで見えるようになった。課次長がめきめき能力を発揮するようになったからだ。この際A課長を閑職に回し、次長を課長に抜櫂したいと思うがどうか』というものである。

きくと、A課長の能力が落ちたわけでもなく、他の課長と見劣りするようになったわけでもない。課次長の能力が優れてきたからだ、という理由である。

『それでは結論をだそう。課次長を課長に抜櫂することには大賛成だが、A課長は閑職とするのは反対だ。むしろ、他部の部次長に昇格させるべきだ。それに、かすみもしない何十人かの課長は逐次閑職にして新進の抜燿に努めてもらいたい』と話した。

理由をきかれたので『A課長は自分より優れた部下を育て上げた能力と功績がある。昇格は当然である。他の課長は、部下を育てていないから自分がかすんで見えないだけだ。課長の資格はないといえるだろう』と話した。

『与えられた権力を乱用するよりも、与えられた権力を行使しないほうが悪徳である』といった人がある。部下の非を諭し、導く、賞罰を公平にするなど上に立つ者、つまり権力を与えられた者の任務、言い換えれば、権力者の最高の任務は己より優れた部下を育てることにある。それを怠ることは、権力を行使しない悪徳管理者といえるのである」。そして「部下後輩の指導は社長命令で管理職全員であたれということである」とつけ加えた。その社長はどう受けとめたか。

本書の各所でのべているが、私は、何から何まで人材育成に結びつけてきた。企業の公共性とは、人材育成をもって第一とする、とさえ考えているわけである。

さて、ここで私なりに考えていることがある。その前に曲学阿世の故事を紹介しておこう。前漢五代の武帝は天下の賢良の士を求めた。

まず詩人の転固生を呼び出した。固生は九十才にもなっていたが帝のお召しに感激して遠路出てきた。

だが、剛直な老爺にこられてはエセ学者たちにとっては煙たくてたまらぬ。帝に思いとどまらせようと悪口をいい出したが帝はこれを抑えて登用した。

そのころ、固生と同じ山東の生まれの少壮学者の公孫弘も召されていた。孫弘も、このおいばれ爺いぐらいに思っていたが固生は気にもせず、あるとき、こう語った。

「学問の道が乱れ、俗説が一般化している。このまま放っておいたら由緒ある学の伝統は姿を消すことになるだろう。貴公は若いが好学の士ときいている、どうか正しい学問を十分に勉強して、世におし広めてもらいたい。決して自分の信ずる学説を曲げて、世の俗物どもに阿ないように」。これが″曲学阿世″のいわれだが、孫弘も固生の立派な人格と、その学識、それに節を曲げない心に感じ入り、無礼を詫びて弟子入りしたということである。いまでも、働くことや、勤倹が悪徳視されたり、浪費が美徳とされたり、はなはだしくは人格までが無用視されている。

ことに近年では、わが国古来の美風までが海外からの非難攻撃などによって損なわれようとしている。これは、海外の他力依存から出た安易な考えや羨望からのものである。 つまり、わが国の美風を損ねることによって優位を取り返そうとしているかのようである。皮肉に考えれば美風を霧消しようとする謀略でもある。いわば曲学阿世でしかない。そこで、いいたいことは、社内教育にあたっても、海外の負け犬のいいぶんを、まともにきいて後輩を育ててはならない、ということである。

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