前項で陳勝が秦に反旗をひるがえしたとのべたが、これを知った江東の郡守だった殷通も、これに呼応し、あわよくば天下を狙おうと、有力者の項梁を招いてこう相談をもちかけた。
「いまや江西地方はみな秦に反旗をひるがした。これは、天が秦を亡ばそうとしているのである。先んずれば即ち人を制し、後るれば人の制するところとなる。そこで、相談なのだが、君と桓楚の二人に挙兵の指揮を任せたいと思うが、どうかね」
「桓楚はいま逃亡中でいないが甥の項羽ならおりますから一応相談しましょう」
項羽と打ち合わせて戻ってきた項梁は項羽に目くばせして、やれ、といった。項羽は剣を抜くなり、殷通の首をきり落してしまった。先んじようとした殷通はかえって項羽に先んじられてしまったわけだ。
かくして項羽は七千の兵を率いて秦都成陽を目ざすことになるが、天下は劉邦の得るところとなる。
「先手必勝」なる言葉もあるとおり、先を見て早く手を打つことが勝利への道で、勝負の世界でも、先手をどう早くとるかに腐心している。当然に勝に近づくからである。現代の企業間競争、あるいは利殖の世界でも、先を早く読み、早く手を打ったはうが勝になる。
前職時代に、データ通信網を開設するための機械化計画を立案したときのことである。今でこそ、どこの銀行でも当り前になっているデータ通信であるが、当時はわが国で初めてのものであった。
常務会に何回出しても、計画案が審議未了で返されてくる。私は席上、わかりやすく説明したつもりであるが、なにしろ例のない計画であったから数字に明るくても機械にうといお偉方には理解されない。ついに六回返され、七回目はトップ直々に決裁を求めに行った。頭取室で「計画のどこが悪くて決裁されないのか、うかがいたい」と直談判である。
「採用機種に問題があるのか」
「機械が気に入らないわけではない」
「採算に合わないという理由か」
「ソロバンは君のほうが達者だろう」
「全体の費用が多過ぎることか」
「この程度はかかるだろう」
「それでは、決裁にならぬ理由は何もなくなるが」
「たいへん分厚い資料だが、 一回目に提出してから、どこか訂正したことがあるか」
「万全と考えているので一カ所も訂正していない」
「今後も訂正する考えはないか」「十三分に研究、検討したつもりで、訂正の考えは全くない」
「どうだ、 一カ所というのではなく、たった一字だが訂正するか。君がここで訂正すれば、承認するがどうだ、あとは持ち回りで常務たちの印を押してもらえばよかろう」
「一字だけならどうということはありません。訂正しましょう。一体、どの字ですか?」分厚い資料をめくり出した。
「そんなにめくることはない。最初の一字だ」
「最初は、七カ年機械化計画……」「その″年″を″期″に訂正するだけだ。 一字なら、どれを訂正してもよい、と君がいったばかりだ。訂正するぞ」といいながら頭取決裁印を押してしまった。
銀行は上下の二期、七年を七期にすれば三年半で終えねばならない。
印を押された以上しかたがない。部内へ持ち帰ると、三年半でできるわけがない、と部員はあきれ顔である。「常務会でこのままズルズルと引きのばされるよりましだ。とにかく進めよう」と、説得して取り組んだところ、三年半どころか三年で完了している。データ通信の試運転のとき、頭取が始動スイッチを入れた後の挨拶で「進歩の時代には進歩に歩調を合わせることが他の先に出る道だ。今回の計画を半分にしてもらったが、僕としては大変な誤りを犯したと思っている。それは年を期としたが、月としなかったことだ」と。七年を七ヵ月ということは、できない相談だが遅れて他の後塵を拝すことを恐れたからである。
第二の会社で設備更新を計画したときの話である。担当長がもってきた「新設備計画」をみて、二つ条件をつけた。
「二年計画になっているが、これでは″新″という字を″旧″に変えてもらわなければならない。新設備を必要としながら、なぜ二年もかけるのか理解できない。他社がもし一年で設備を更新したら、当社は一年遅れになってしまう。 一年以内に設備を完了すること。完了期間を二年にすれば、それに比例して心の緩みがでる。また更新に時間がかかると、それだけ要員も増えコスト高となるからだ。
二つは、説明によると、新設備が稼動すると二十五人の要員減となる計画であるが、稼動する前に二十五人を配置転換して、他の技術部門にまわすこと。新設備に慣れてから減員するのでは、機械が動きだしても減員はままならない、ということになる。最初から減員して専任させれば、責任を自覚して、″おれがやらなければ誰がやる〃という気になり、必ず二十五人の減員が達成できる」と。こう断言できたのも、銀行時代の体験があったからである。ことに、利を争う社会などでは寸分の遅れが致命的になったり、タッチの差で勝敗を決することになる。そのため情報を得るために熾烈な競争が展開されることになる。
株式投資などにしても一刻も速く情報を得たものは売りも早く、買いも早くなる。遅れた者はババを掴む恐れさえでてくる。
ただ、知行合一の項(第四章五)でものべたが、いかに早く知っても行なわなければ、知らなかったのと同じになるということである。
たとえば、こういう見通しだから株は値上りする、と判断しても買わなければ先見したことにはならない、ということである。値上りしたあとで、私も上がると思っていたという人がある。これは先見に自信がないか、断行の勇気がないからである。
無一文から創業して大を成した創業者何十人かと対談し、その人物を知って、行をともにした人たちに、これらの株を買っておけば、相当の財産家になれると話しておいた。もし、人にすすめる前に、自分が何千株ずつ買っていたとすれば現在は何億円かになっていたろうに一株も買ってない。自分の不明を自嘲するだけである。
コメント