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七、新技術を効果的に事業化する

目次

規格化を行う

サーミスタ、バリスタ(温度に反応する半導体)の専門メーカーであるS社にお伺いした時に、恐らくは数千はあるだろうという多品種に、販売、生産、在庫管理など、いろいろな面で多くのトラブルが発生していた。何故そんなに多品種が必要なのかをきいてみると、「お得意様の注文があるのだから仕方がない」というのである。つまり、完全な注文生産形態をとっていたのである。これでは品種が増える筈である。何とかならないのかというと、どうにもならな

冗談じゃない。同じ半導体でも、ダイオードは完全に規格化されている。そして、それで少しも不便はないのである。

ダイオードの発明は、ソニーの江崎博士の開発したものであるけれども、いったんアメリカに輸出されて実用化され、それが日本に逆輸入されたという恰好になった。アメリカにおいて規格化されていたために、そのまま輸入した日本では初めから規格化されていたというわけだ。

アメリカでは、特注品はベラ棒に高くつくが故に、規格化して多量生産を行い、コストを下げているのだ。設計者は、その規格品を使って設計するという仕組みなのである。規格が整っているから少しの不便も感じないし、品種面でもコスト面でもよい結果をもたらすのである。

サーミスタ、バリスタとて規格化のメリットはダイオードと同様である。それなのに初めから規格化するという考え方は、どうも日本人の不得手とするところらしい。ジックリと腰を落着けて規格化をしてから発表するということよりも、手っ取り早く売り込みをし、相手の注文通りのものを作って商売をしようというのが日本人である。

手っ取り早く目先の利益を追うために、長い日で見た場合に、自らもお客様も大きな損をしていることになる。お客様の立場とするならば、規格が完備し、それを安価で手に入れることができれば、当然のこととして、その規格品を使って設計するのである。規格がないからその都度の要求に合わせて設計することになる。これが多品種のそもそもの原因である。多品種は自らの招いたものなのである。

私は、S社長に、今からでも遅くないから規格化を進めるべきだと勧告した。すると、それは難しいという。当り前である。難しいからこそ社長の決意をうながしているのであって、やさしければ誰かがやってしまっているのだ。試みに規格を作ってみたところ、従来の品種の数分の一で、お得意の要求の九十五%は賄えることが分った。残りの五%とて、もしも規格があったなら、恐らくはもっと減っている筈である。S社長は検討してみる、ということになった。

すでにある商品で、規格がなく、注文生産によっていた商品を立派に規格化した例を紹介しよう。

協育歯車工業は、小型ギヤーの規格品の専門メーカーで、立派な業績を上げている。小型歯車業界も、かつては規格などなく、受注生産を行っていた。社長の井田氏は、この不合理とムダを省けば、自らもお客様もともにメリットを得ると、小型歯車の規格化に着手した。

これは大変な仕事であった。大分類でも、スパー、 ヘリカル、ウオーム、ベベルなどがあり、それぞれさらにモジュール(歯の大きさ)、歯数、厚さ、軸孔などの違いがある。それらを丹念に整理し、「協育規格」を作りあげた。これをハンドブックとしてお客様のところへ配布した。

しかし、いままでの習慣もあり、おいそれとは受入れられなかった。また、規格歯車に合わせて現在の商品を設計変更するなどできることではない。新設計から取入れてもらえる可能性はあったが……。

売れなくとも、従来の受注品をこなしながら根気よくキャンペーンを続けた。少しずつ規格品の注文が入るようになったのは、 一〜二年後であった。規格品使用の流れができたあとは時間の問題であった。今では殆んどのユーザーが協育の規格歯車を使うようになったのである。これによるユーザーのメリットは大きい。井田社長の功績は大きい。

顧客のために、「業界の習慣を変える」という難事をなし遂げた井田社長の情熱とねばりには深く頭を下げるのである。これこそ、真の事業家といえるのである。立派な社会奉仕だからである。

規格化のメリットは大きい。それにもかかわらず、これに逆行している業界がある。発泡コンクリートによる建材である。代表的なブランドに、「イトン」「シポレックス」「ヘーベル」などがあるが、どのメーカーも規格化を図ろうとせず、反対に「どんな寸法でもできます」とやってしまったのである。こうすれば売り易いと思ったのだろうが、これが顧客にとっては大きなマイナスになり、売上げが遅々として伸びない原因になっているのである。

建築業者は、発泡コンクリートを使う場合には、建物の図面からコンクリートの寸法を製図し直し、これをメーカーに発注するという煩わしい作業を、 一つ一つの物件について行わなくてはならない。従ってどうしてもコスト高になる。メーカーにしても大変である。それらの特注品毎に型枠を変えなければならない。そして、アジャスタブルの型枠を開発するというような、全く見当違いの努力をしている。

不良品や破損品が出た時にも、これの補充が大変である。当然、コストが高くなる。一円のコストを争う建築業界にとって、これは大きな不利益となっている。だから、防音、断熱、施工のやさしさ、外観などに数々の利点を持っていながら、なかなか普及しないのである。

それらのメーカーには、規格品、標準品、特注品という分ったような分らないような区分があり、品種など数えることもできないのだ。煩わしい限りである。このような状態は本質的には受注生産であることに、メーカーは気がついているのかいないのか知らないが、コスト高で売りにくいくらいのことは分っている筈である。それでも規格化に踏み切れないのは、セメント業界の古い体質のせいであろう。

ある建築業者の言によると、規格品が百五十種ほどあれば殆んど間に合う、間に合わない分は現場で鋸引(これが可能なのだ)すればよい、その余りなど、現在のロスからみたら問題にならないという。

こんな事は、社長が顧客のところへ出かけていけば、一発で分ることではあるが、大企業の社長というものは、顧客のところへ行ってはいけない、という不文律があるらしいのである。                               

もしも、発泡コンクリートの規格化ができた暁には、たちまち売上急増が実現することは間違いないであろう。

発泡コンクリートを槍玉にあげたのは、何も他意あってのことではない。他山の石として、自らの会社を考えてもらいたいためである。

規格化というものは、メーカーにとって有利だというよりは、顧客のためにやらなければならない企業の責任だという認識こそ大切である。顧客のためになることは、必ず顧客の支持が得られる。それが我社の収益として返ってくるのだ。衣料や靴の規格化を見れば分る。

規格化の対象になるものは、それがある程度以上の量(決して多量とは限らない)が継続して使われる総ての商品について、基本的に適用可能なのだ。だから、新商品を出す時には、まず規格化を行い、その上でキャンペーンを展開したほうが、長い眼で見た場合に顧客と我社の両方によい結果をもたらすのである。

また、新商品のみならず、我社の現在の商品を洗い直して規格化に踏みきることも、広い意味での新商品といえるのである。いたずらに新商品を夢みているだけでなく、こういう地道な努力こそ大切なのである。

さあ、もう一度我社の商品を規格化という面から見直そう。規格化の可能性を見つけだして実現する。これを根気強く顧客にキャンペーンする。この努力は必ず報われて、我社に大きな収益をもたらすものであることを忘れてはならないのである。

新技術を活用する

第四章でのべた、アキタのVプロセスは画期的な新技術であるだけでなく、その活用の仕方が極めて優れているのである。それは正に完璧に近いものといえよう。

私がVプロセスの話を久保社長から聞いた時に、 一番先にした質問は「周辺特許はいくつか、どことどこの国へ特許出願しているか」ということであつた。久保社長の答えをきいて、私は舌を巻いてしまった。

周辺特許は約百五十、現在出願中のものが五十くらいあるという。特許というものは、基本特許だけでは守りきることは先ず不可能である。基本特許を十重二十重に取囲む周辺特許で守るものなのだ。さすがの三菱重工がこの特許を破ることができないのである。きくところによると、三菱の技術陣によって破られない特許というのは数少ないという。その三菱がどうにもならないのである。

周辺特許は、このように基本特許を守るだけではない。周辺特許の有効期間だけ、実質的には基本特許の有効期限が延びる。それにもかかわらず、久保社長は『この特許の実質有効期間は八年だと思って対策を立てています』という。何という周到さであろうか。その周到さは、外国に対する特許申請にもみられる。

外国に対する特許は「鋳造工場をつくられるおそれのある国は全部」というのである。例えば、ルクセンブルグに特許を申請しておかなかったならば、どこかの国の会社が、ルクセンブルグ国籍をもつ会社を、ルクセンブルグ国内につくって、そこでVプロセスを始められたらそれまで、だからである。

次は事業方針である。箇条書で説明を進めよう。

一、Vプロセスによる製造は、自社においては一切行わない。

これは誠に賢明である。というのは、特許は、やがては切れる。その時には、多くの会社で一斉にこれによる生産を始める。塩ビのブローホール成型法がいい例だ。もしも自社製造していれば、その時には、会社は一気にいままでの強味のすべてを失い、限界生産者に落ち込んで、またもとの小さな鋳物工場に逆戻りしてしまう。それまでに稼げばいいじゃないかと思われるけれども、いくら頑張ってみたところで、特許の有効期間中の生産力など、設備投資をいくらやったところで、元が小さいのだから知れたものである。恐らくは、潜在需要の数千分の一か数万分の一しか供給できない。それほど大きな潜在需要があるのだ。そんな、労多くして功少なく、危険が大きなやり方は愚の骨頂である。久保社長の方針は、他社への技術供与によって許諾料とロイヤリティを得るというのである。これは賢いやり方である。自社には生産設備はいらないし、特許が切れた時にも、単にロイヤリティがなくなるだけで、それ以外の打撃もその上、他社への技術供与ということになると、日本中、いや世界中の鋳造会社がこの対象となり、そこからあがる許諾料とロイヤリティは、自社製造の場合の収益とは天と地ほどの差がある莫大な収益を手にすることができるのだ。

二、自社で行うのは、Vプロセスの設備技術の向上研究と用途開発、もう一つはVプロセスを使用する新商品の開発と鋳造方案の作成をし、新商品は鋳造方案と共に他社に製造販売権を与えて、許諾料とロイヤリティをとる、というものである。何とうまい方法ではないか。原材料と工賃を売るという、低収益活動は一切行わず、あくまでも頭脳集団となって、効率の極めてよい収益性の高い活動だけに絞るというのだ。

三、頭脳集団化とその強化のために、研究所を思いきって拡充する。

これは、 一万数千坪の敷地を購入してこれに充てることにした。特許の活用による収益があればこそ、これができるのである。

四、研究所では研究対象をVプロセスに限定せず、自由な発想による新技術や商品の開発に力を入れる。

Vプロセスの特許は、やがて切れる。それに代る収益を得るための研究を始めるというのである。

五、Vプロセスの機械は、製造権を特定の業者に与える。(ここでも許諾料と口イヤリティが入る)その業者の機械の販売先は、Vプロセスを供与した会社に限る。

製造権を与えるといっても、実質は委託製造である。業者が勝手に販売することはできないからだ。

というのが、その骨子である。開発した技術について、最少の投資で最大の収益をあげるという、誠に優れた方針である。このような優れた方針を打ち出すことができたのは、 一つは市場の注意深い観察であり、もう一つは社長の脳漿を絞り尽しての、血の出るような苦心があったからである。

方針の推進に当って、最も重要なのは、他社への技術供与をどうするかということである。下手をすると業界が大混乱する恐れがあるからだ。通産省でも、この技術スケールの大きさを重視し、行政指導の方向としては、「最も基本的技術であるから、ロイヤリティは取ってもいいが、どの企業でも自由に使えるようにする」と  ・いう完全な公開方式であった。しかし、これは役人の「実際を知らない観念論」で 2 28ある。こんな事をしたら、業界は蜂の巣をつついたようになってしまう。日本人と  .いう人種は、業界のことも他社のことも考えずに、自分の会社だけの立場と都合だけで猛進するからだ。

大企業が中小企業の分野をメチャクチャに荒してしまうのは目に見えている。久保社長は、通産省の意には副うけれど、そのやり方は、自らの考えであるということで通産省を説得した。社長の打ち出した具体策は、次のようなものだった。

一、零細企業と小企業およびその商品は対象から外す

この業種の代表的なものが、高岡の置物や南部の鉄器などの地場産業である。

こうしたものを特定の業者に許諾したら、他の業者はつぶれてしまう。このような業者をVプロセスによって殺すことはできない、だから、いかなる企業にも許可しないというのである。立派な態度である。

二、許諾を与える企業は、信用と実績のある優良会社とし、業界に混乱を起さないように、厳密に対象商品を決める。

つまり、技術許諾を受けても、何でも好きなものが造れるというのではない。決められたものしか造れないのだ。こうでもしなければ、大企業が中小企業の分野であるフェンスのようなものまでやり出して、中小企業を苦しめるからである。フェンスのようなものは、中小企業の許諾品目とするのである。

この鮮かな交通規制によって、業界の混乱を起さずに、それでいてそれぞれの許諾会社にメリットを与え消費者の利益も同時に実現しているのである。見事としか云いようがない。

外国に対する許諾は、国毎にその国に強い商社を選び出して、その商社をエージェントとする。この場合には、商社が権利だけかかえ込んで動かないという場合が起る危険がある。こうなると、その国に対してはエージェント自身が壁になってしまう。これを防ぐために、その国に対する自らの行動の自由は確保してある。もしもエージェントが動かなければ、直接又は他社を新たなエージェントとして選定することができるのだ。ここにも社長の用意周到さが見られるのである。

まだある。それは、特許を守る責任を、ある大企業に許諾時に契約している。特許侵害という厄介な問題が起った時には、その大企業の責任において防がなければならないようにしてある。まったく抜け目がないのである。

Vプロセスは極めてスケールの大きな発明である。そして、それをうまく活用する久保社長の手腕によって、優れた成果を収めている。技術の開発は重要である。

しかし、活用の道を知らなければ、優れた効果は実現できない。技術開発の活用は技術開発そのものの難しさとは別の難しさがある。その難しさというのは、その活用が外部に対するものだからである。外部に対してどうしたらよいかは、外部の状況が的確につかまれていなければ、どうにもならないのだ。

だからこそ社長は、私が口を酸っぱくして「外に出よ」という真意を理解して外に出てもらいたいのである。

スケールの大きな優れた技術を持ちながら、Vプロセスとは反対に、その優れた技術の活用方法を知らない例を紹介しよう。Vプロセスの例と対照して研究していただきたいのである。

F社長から、別会社でやっている新技術の実用化がうまくいかないからという相談をうけた。どうも社長族は別会社が好きだ。まだ海のものとも山のものとも分らないうちに別会社などつくるものではないのだ。                  

とにかく、会社へお伺いして現物を見せてもらい、いきさつをきいた。それは、ある街の発明家から権利を買った技術で、全く新しい方式を使った低騒音のさく岩機である。

従来のさく岩機は、エアーコンプレッサーを使っているため、「タッ、タッ、タッ」という排気音が物凄い。これがユーザーの悩みの種である。騒音公害として批判を浴びているからだ。

新型のさく岩機は、エアーと油圧との組合せで、エアーを機械の中で循環させてしまう。そのために排気音は全くなく、破砕音だけである。エネルギーの効率はいいし、構造が簡単なので小型軽量、価格が安く維持費が安い。

排気音を出さない方式のさく岩機は、アメリカに一つ、ドイツに一つあるが、どちらも大がかりなもので、価格も維持費も高く、E社の商品の方があらゆる点で優れているという。

いいことずくめのようでいて、何故うまくいかないのかというと、砕く相手がコンクリートであったり自然の岩石であったりする。特に自然の岩石は硬さが違うために、なかなか思うような性能が発揮できず、これが販売の大きなネックになって初めのうちは最終商品を狙ってエンジン付の車輌に乗せようとしたが、車輌自体がどうしてもうまくできないので、今はユニットとして既存の土木機械に取付けできるようにしている。このユニットを現在月産三十台ほど造って、土木機械メーカーに売っていて、収益性はいいけれども、とかく性能上の問題が多くて困っている。

もう三年もの間、ああでもない、こうでもないと模索しているが、相手が自然のものだけに手を焼いている。開発費はすでに二億円以上を注ぎ込んでいる。早く何とかしないと持たなくなってしまう、というのである。

一通りの事情をきいて、私は、これは困ったことだと思った。F社長は、事業とはどういうものなのかが、全然分っていないのである。

誰も社長に事業経営を教えてくれる人がいないのだから、それはいたし方ないが、このままでは破綻するか、断念するより他にない。

私は、事業そのものの原則から説かなければならなかった。正しい事業認識の上に立って、第一歩からやり直さなければならないことを強調した。その要点を、次に箇条書にしてみよう。                             

一、特許を事業化する時には、特許が切れた時のことを、発想の原点とするこ

一こ。

特許をとると、これが特許庁から出た販売保証書と思い込んでしまう社長が多すぎることは既にのべた。そして、他のことは何も考えずに、しゃにむに商品化しようとする。それがうまくいかないと、品質性能価格などについて問題点と思われるものを探し出して、これを改善しようとする。改善すれば売れると思い込んでいるのだ。ク天動説´である。

事業というのは、そんな簡単なものではない。もっと根本的なことから考えなくてはいけないのである。

特許というものは有効期間がある。その期限を過ぎたら特許の効果はなくなる。だから、特許が切れた時にどういうことが起るかを考えて、ここから出発するのである。

E社の場合を考えてみると、この特許は非常に優れており、マーケットは非常に大きい。(F社長の言によると、年間一千億円ということである)とすると、特許が切れた瞬間に、いままで特許切れを待っていた会社が一斉に乗り出してくるのは火を見るよりも明らかである。その時に、もしもE社が自社工場で製造をしていたら、どういうことが起るだろうか。E社は一挙に限界生産者に落ち込んでしまう。そして、いままでの蓄積をジリジリと喰いつぶして、結局はこの世から姿を消さなければならなくなる。生き残るに必要な規模まで大きくなるには、あと十年しかない期間で、ゼロから出発したE社にはできない相談といっていい。

これを考えたら、自社生産、自社販売ということはやってはいけないのだ。特許を他社に使わせて、そこから収益を得ることを基本方針としなければならなとかく中小企業の社長は、特許をとると、それがどんなものであれ、しっかりとかかえこんで自分の会社で造り、自分の会社で売ることしか考えない人が多い。

それは市場というものを考えないからである。市場の大きさが自らの会社に比較して小さい場合は、特許が切れた時にたとえ他社が進出して来ても、自社の受ける影響は少ないから、それほどの危険はない。しかし、もしもマーケットが大きいと、特許切れの瞬間に限界生産者になってしまうことを知らなければならないのである。

だから、こうしたものは自社製造、自社販売などはやめて、他社に技術供与をして、そこから収益を得ることを考えるのである。マーケットが大きいだけに、そこから上がる収益も大きいのだ。特許が切れた時には、そこから入る収益がなくなるだけで、それ以外の危険はないのである。

二、別会社は特許を活用する頭脳集団にならなければならない。

一 から導きだされる結論は、必然的に頭脳集団ということになる。

ここでは、さらに性能アップをする研究と、用途開発を担当する。開発した商品は、技術と共に製作販売権を与えてロイヤリティをとる。現在の自社は、試作工場とすればメンバーは、自社だけでなく、技術供与をする会社から出してもらう手もある。

この場合は、これから生れる特許権は共同所有とする。こうするとその特許は相手の会社が守ってくれる。特許が切れた時には、それ以後やっていける見通しがつけば続けるし、さもなければ解散するのだ。この時に、自社の研究員は共同研究している会社に引き取ってもらうようにあらかじめ約束できれば最高である。このようにすれば、もう何の危険もない。安心して事業が行えるのである。右の事業構想を推進する場合の用途開発について、さらに勧告をした。

『現在、たった一種類のパワーだけというのは、単品もいいところだ。これでは事業にならない。三年も研究していながら、何をしているのかと言いたい。現在硬い岩で問題があるのなら、パワーアップしてテストしてみる手がある。また、もっとパワーの小さなものの用途はないか、最小限度三段階くらいのパワーのものを考えて、用途を調べなければならない』と。

私の勧告に基づいて、パワーの大きなものを試作してテストしたら、いままでの問題が嘘のように解決してしまった。何のことはない、パワー不足にしか過ぎなかったのである。

この技術を応用できる用途を調べたところ、いろいろなものに用途があることが分った。特にパワーの小さなものは、私が見ても面白そうなものが多かったのである。まったく、何もかも抜け穴だらけだったのだ。ところで、この事業構想を直ちに推進できなかった。というのは、総代理店制をとっていて、その総代理店に完全に首根っ子を押えられていたからである。

何から何まで「ヘマばかり」といえばいえるが、これと似たようなケースは決して少なくはない。私のところへの新商品の事業化の相談に、可成りあるからだ。

単品では事業になりにくい

私のところに新商品の相談にくる会社のほとんどすべてが、単品だけをひっさげてくる。しかも、その大部分が日用品雑貨類である。

日用品雑貨はあまり感心しないことは、ク王様のアイディアクのところでのべておいたが、人間というものは、何故こうも決まりきったパターンでだけしか物を考えられないのだろうか。それは、マーケットを知らないため、自分サイドで考えるより外に仕方がないからである。

単品だけを考えるのは事業を知らないからなのだ。だから単品だけですぐに商売になると思い込んでしまい、まずチラシを作ってそれから特約店を募集しようとする。特約店は直ちにみつかり、たちまち売上げが伸びると思い込んでしまう。そして、その夢は実現しない場合が殆んどなのだ。

単品で商売になるのは、まず第一には多品種化の場合である。すでにある商品群に新たな戦力を加えることになるのだから、商品力さえあれば売上げは期待できる。

これは、販売チャンネルがすでにでき上がっているからできることなのであって、新しいマーケットに、いきなり単品で乗りだしても、おいそれと売れるものではない。それは、販売チャンネルがないからだ。

いま仮に、根気よい販売促進活動によって販売が成功したとしても、単品では販売費が割高になって、採算を維持することは極めて難しいのである。

単品の、もう一つの欠陥は陳腐化である。もしも陳腐化してしまったら、もうそれで終りである。

このようなことは、ちょっと考えればすぐ分ることなのに、それを考えようとしないのはク天動説クのなせる業である。商品さえ開発すれば、お客は必ず買ってくれると思い込んでしまうのだ。恐ろしいのはク天動説クである。

新商品を事業化するには、単品であってはダメと思わなければならない。どうしてもク商品群″でなければならない。問屋が低マージンでやっていけるのは、たくさんの商品を同一チャンネルに流すからこそ、 一品当りの経費が割安になっているためである。

だから、メーカーが新商品を考える場合には、間屋のように「同一マーケット、同一販売チャンネル」に乗せる商品を揃えるようにしなければならない。単品だけを開発するのでなくて、ク商品群クの開発を考えるのである。

もしもク商品群´としての構想がまとまらなかったならば、そうしたものには手そして、商品群の構想というものは、社長が社内にいて考えてもダメだ。社長自ら外に出てゆき、マーケットをよく見ることによって、はじめて可能になるのである。

多量販売の悪夢からさめよ

第一話

S社は、冷凍コロッケのメーカーである。二年前から赤字に転落して困っているから診てくれという。

会社へお伺いして決算書を見ると、先々期から赤字転落し、先期は赤字が可成り増えている。今期の赤字はいくらかときいても、社長は答えられない。『社長が赤字額を知らなくてどうするのだ』と気合をかける。(しかし、社長が我社の期中の赤字額を知らない会社は可成りあるのだ。怠慢至極といわなければならない。)

とにかく今期の赤字を確かめなければ始まらないので、試算表から推定額を出す。

今期は更に赤字がエスカレートしている。このまま進んだら間違いなく倒産である。一刻も早く手を打たなければならないのだ。社長に挽回策などある筈がない。あればとっくに打っている筈である。

社長に、外へ出るかときいてみると、殆んど出ないという。穴熊社長ではどうにもならない。資金繰りを心配したが、数力月は大丈夫なことを確認したので、『社長自ら一週間か十日売場に立ってみなさい、そうすれば恐らく何故売れないのか分る』とすすめた。

一週間売場に立った社長は『一倉さん、うちの商品の売れないわけが分りました。それはまずいからです』という。

どんな事があったかきいてみると、そこはフードセンターのようなところで、もう一店コロッケを売っている店があった。そこは値段が高いけれどよく売れているのである。

しかも、社長の店の前を素通りして高いコロッケを買うお客様が可成り目についた。ある時、そういうお客様の一人をつかまえて、何故買ってもらえないのかを聞いたところ、答は素気なかった。それは、『おいしくないからよ』であった。社長はショックを受けたのである。いままでは、安くすることばかり考えて、コスト第一主義できたからである。現実に、日の前で高いコロッケが売れているのを見せつけられているのだ。

私は、『社長、お分りになったでしょう。高くともいいから、うまいコロッケを作らなければダメですよ』と勧めた。

社長は、コストは無視してうまいコロッケを作る決意をし、そして、これが効を奏して何とか黒字転換はした。しかし、これは私にいわせれば、当面の対策にしかすぎないのだ。

S社の本当の間違いは、コロッケを作っていること自体にある。S社は、創業当時は「中華料理シリーズ」ともいうべき、蟹玉、酢豚などを作っていた。そして、それは立派に採算に乗っていたのである。

しかし、S社長は、中華料理ではマーケットが小さくて伸びる余地が少ない。何かもっと大量に出るものはないか、と考えた。最も大量に出るものといえばコロッケに決まっている。そこでコロッケに転換したのである。たしかにマーケットは大きい。直営店だけではさばききれないので、食品の大商社に売り込んだ。大商社にかかったら値は叩かれ放題叩かれる。そこでコストということになってしまった。

私は、『小企業は、自らの規模に見合ったマーケットを対象とした商品でなければならない。その中で大きな占有率を確保すればク大手クである。このようなマーケットは競合が少ないので値段が通るだけでなく、値崩れの心配は少ない。だから、大きくなりたかったなら、新たに小さなマーケットの商品を見つけて、これを手がけるようにするのだ。小さなマーケットをつぎつぎと増やしていけば、全体では大きくなれる』と説明した。

私にいわせれば、とにかく黒字転換したのだから、これを踏み台として今度は商品転換をしなければならない。まず、もとの中華料理を始めること。それが軌道に乗ったら、新たな小市場の商品に乗りだす。これと並行して、コロッケを縮小してゆくことが正しいのである。

第二話

T社は製材業である。私のセミナーに参加した。T社長の相談というのは、『新規事業として、仏壇をやりたいと思う。いろいろ調べたところ、 一尺五寸と二尺と二尺五寸が圧倒的に売れる。だから、これを主力にしてやりたいがどうか』という。私の返答は『仏壇はどうかときかれても、これはやりようで良くもなれば悪くもなる。そこでやりようだけど、あなたの考えている主力商品は、最も多く売れると同時に最も競合が激しく、最も収益性が悪いという特性をもっている。何を好んでそんなもので苦労をするのか。私だったらその二つを避け、その上の高級品指向をする』というものであった。

第三話

A社はプラスチックの加工業である。下請では、いつまでたってもウダツが上がらないので自社商品をやりたいという。A社長の探してきたのは洋花の植木鉢だった。余った材料を使えるし、色合いもいろいろできるので、売り先の調査をするようにすすめた。A社長はいろいろ調べた結果、三号(上部の直径が三寸のもの)四号、五号、

の三つを一組とし、六号、七号を一組として取引する習慣があることが分ると同時に、その売れ行き比率は九対一であるということも突きとめた。すると、A社長は、『たくさん出る三号、四号、五号をやる』といいだした。私は、『多い、少ないといっても、その絶対数はいくつなのだ。それを調べる必要がある』と社長

調査の結果は、三号から七号までの鉢を、八丈島と指宿の園芸連だけで年間二十万個使うという。日本中では膨大な数になる。とすると、三号組は過当競争に決まっている。だから六号組を主力にすることを社長にすすめた。六号組の方が大きいので値がよいに決まっているし、A社の規模からしても六号組の方がマーケットが小さくて(といっても、その絶対数は大きくて、A社でいくら力んでもそのうちの数十分の一しかできないのだ)占有率の面から見ても有利だからである。

第四話

C社は高級ネクタイの専門メーカーである。C社長は、『高級品ではどうしても売上げが伸びないので、ボリウム商品をやりたい』という。私は、ネクタイの総需要はいくらかときくと、年間四千万本だという。そのうちの高級品は五%程度ということだから年間三百万本になる。『あなたの会社は、いままで高級品一本で立派にやってきた、いや、高級品だからこそ収益性もよく、その中で大きな占有率を保てたのだ。もし、ボリウム商品に乗り出したら、収益性は悪いし、競合は激しい。その中ヘゼロからなぐり込みをかけたところで、必要な占有率を手に入れることは難しい。労多くして功少なしだ。それだけではない、あなたの会社の高級品のイメージが崩れてしまう。あくまでも高級品に絞るべきだ』と社長の考え違いを指摘してボリウム商品は断念するようにすすめたのである。

世の社長族の大部分は、「たくさん出るものを扱いたい」という願望を持っている。「たくさん売りたい」からではあるが、この考え方の間違いは、「マーケットが大きいと我社の売上高も大きい」という単純な図式を持っていることである。

たしかにたくさん売れる可能性はある。しかし、問題は売上げの絶対数でなくて「占有率」にあるのだ。大きなマーケットほど多くの、そして大きな業者がひしめいている。その中で大きな占有率を占めることは、中小企業には不可能といえよう。その上過当競争で収益性は悪いに決まっている。これでは事業としては極めて不利である。

中小企業の生きる道は、小さなマーケットで大きな占有率を占めるところにあるのだ。当然のこととして、高級品となる。これが賢いやり方である。早く低収益の多量販売の悪夢からさめて、高級品を扱うという有利な道を歩いてもらいたいものである。

タイミングはよいか

東芝で開発した自動炊飯器(松下では電気釜と名づけた。ここに東芝と松下の体質の違いがある。東芝は機能、松下は親しみ易さをうたっている)は、今や生活必需品にまでなったが、これは、昭和初期に一度発表されたものだという。しかし、これは失敗してしまった。

当時はまだ世の中がこれを受入れる社会情勢が整っていなかったためである。昭和初期は、世界的恐慌から引続いた不況の後遺症のため日本は貿易収支の赤字に悩み、民度は低く、電気に対するなじみもなかった、というような状態だったからであろう。

つまり、タイミングが悪かったのである。いくら優れた商品でも、客観情勢が熟していなければ失敗するのだ。

同じく昭和の初期に出た、宝石鑑定機も売れなかった。しかし、これだけ大衆が宝石になじんできた現在は、客観情勢が違うので、売れる可能性はないとはいえない。しかし、売れるか売れないかは、タイミングだけでなく、性能、価格、販売法など様々な、条件の組合せであるから、本当のところは売ってみなければ分らないのである。

ビデオテープレコーダーは、テレビの次の目玉商品として、電子レンジと前後して開発されたが、電子レンジの方が一足早く軌道に乗った。VTRはやっとこの二年ほど、ボチボチ売れ出してきて昭和五十二年には成長期の入口に到達した感があ  一る。新商品というものは実際のところ、いつがタイミングであるかは事前に分るも 249のではない。まだ発売しない商品の需要予測など不可能だからだ。観念論者にかか  .ると、新商品の需要予測をやれと教えるが、「馬鹿も休み休み云え」と云いたい。片手鍋を開発したメーカーが、事前に需要調査をしたことがある。戸別訪間により、丹念に主婦の意見をきいて廻った。その調査結果をまとめてみたら、「有意差なし」と出た。つまり、いままでの鍋と別に変らないということだ。しかし、いざ発売してみると非常によく売れた。何故こういう結果が出るかというと、主婦は片手鍋を使った経験がなかったから、いいとも悪いとも答えようがなかっただけのことである。

だから、タイミングというものは、社長が外に出て自分の日で見、耳で聞き、肌で感じとった事や社内外の意見をよく検討して、適当と思われる時期を決めるより他にない。それが正しいかどうかは、決めた時点では誰も分らない。すべては「売ってみなければ……」である。最終判定はお客様がするものだからだ。

このお客様の判定をうまくつかんで、タイミングのよい発売をするのが松下電器である。

同社の「二番手商法」といわれているものがこれである。松下電器は、他社に先きがけて新商品を出すことは、絶対ともいえるくらいやらない。他社が売りだした商品の売れ行きをジッと見ていて、「いける」と判断するとパッと売りだす。そのタイミングが実にうまい(電卓のように出遅れたものもあるが)。商品は発売当初は売上げは極めて徐々にしか伸びない。これをゆりかご期又は発生期という。この期間を経ると、売上げが目に見えて上昇しだす。ここから成長期が始まる。松下電器は、この成長期の初期に売りだすのだ。これほど有利なことはない。売れることは間違いないし、二番手には先手がとれる。そして持ち前の販売力で業界一の占有率をたちまち確保してしまう。だから「マネシタ電器」といわれるようになったのである。

これは松下のお家芸ともいうべきもので、松下系の会社は、みなこの方針をとっている。子は親を見習うものだ。

人まねも二番手二番手くらいまではよいが、それより遅れると、今度は後発の不利に見舞われる。後発の不利についてはのべるまでもないだろう。下手をすると不利どころか、大変なことになりかねないのである。特に、大企業が乗りだすほどのブームになったら絶対に乗りだしてはいけないのだ。典型的な例で考えてみよう。                         

戦後、最大のブームを巻き起したものの一つにボーリングがある。はじめ、ボーリングは中小の事業家によって開拓されていった。開拓期に始めたある人は、「のるか、そるかの賭け」の気持だったと私に語っている。海のものか山のものかも分らない時期だけに、この気持は当然のことだろう。このような人々によって開拓されたボーリングは次第に盛んになり、昭和四十六年頃には五万レーンとなり、その翌年には十一万レーンを越すほどのブームになった。しかし、十一万レーンになった途端にボーリング熱はさめ出し、それからはご存知の通りの体である。

この異常事態をひき起したのは、大企業が重要な役割りを演じている。

日本の大企業は、稟議制というまことに不思議な体質を持っている。稟議は下から起り、だんだん上に行って社長決裁となる。しかし、これがうまくいかない時には、稟議を起したものが責任をとらされるという。これまた不思議なことである。誰がどのような稟議を起そうと決裁したものが責任をとるのが当り前なのに。

そのために、稟議を起すものは、慎重というよりは憶病になる。 一か八かの賭けのような稟議はまず起さない。絶対安全とはいかないまでも、成功の確率の大きなものということになる。そして、もしもそれがうまくいかなかった時に、なるべく責任をとらされないようなものを選ぶ。

だから、他社のやることを見ていて、実績の上がった事業や、伸びていて将来性のありそうなものを選んで稟議を起す。これならば失敗した時も責任回避の言訳のネタがあるからだ。

このような理由から、大企業ではブームの兆を見せてきたボーリングに、文字通り一斉に稟議が起りその結果は一斉進出である。どの会社の誰の考えも似たりよったりだから一斉になるのだ。

ところで、大企業が乗りだすとなると、 一カ所やニカ所では、そこから上がる収益は知れたもので歯の間にはさまってしまって腹の足しにならない。腹の足しになるには、たくさんのボーリング場が必要なのだ。どの大企業でもこうやるから、その数は膨大なものとなる。これに中小の出遅れ業者が加わったために、十一万レーンを越すというような超供給過剰が起きたのだ。

供給過剰は、何事によらず客離れする。まだ出遅れのボーリング場が完成しないうちに火が消えたようにボーリング熱はさめてしまったのである。ブームというのは供給過剰の直前の状態だと思うべきである。その時に乗りだしてもすでに時機を失している。だから、ブームになったものは、いくら食指が動いても、絶対に乗りだしてはいけないのだ。

特に大企業が乗りだした時は、供給過剰が間違いなく起ると思ってよい。その意味で、大企業の一斉進出は、立派なバロメーターとして使えるのである。ボーリングで儲けたのは、危険をおかしてブーム前に始めた事業家たちであった。

このことからも、タイミングというものは、まだブームにならず、先行きがどうなるか見通しの難しい時にあるのだということを知らなければならない。そして、その時には、失敗の危険も多いのである。危険のないと思われる時はすでに時機を失しているのだ。「危険がない」と感じた事業こそ失敗の危険が大きいのである。

タイミングというものは、結局は外部情報から社長が判断しなければならないということは前にのべたが、その判断の基準として考えられるのは、「成否相半ばする」と考えられる時といえよう。このように感じた時が最後のチャンスであって、成算の方が大きいと感じた時は、明らかに時機を失しているといえる。この、最後のチャンスというのは、決して「最もよい時機」を意味しない。むしろ「失敗の危険の少ない最後の時機」というべきである。

新事業を起すタイミングは難しい。そして、その難しい事を決めるのは社長である。しかも、全くの孤独の中での苦しい決定である。そして、その結果がうまくいかなかった時にも、社長只一人で責任をとらなければならないのである。そして、うまくいった時には、「社員諸君の協力の賜」ということになるのだ。

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